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2009年11月30日

メディアは本当のことを国民に伝えなければならない


 
 意図的なのか、単なる不勉強、怠慢なのか、それはわからない。

 しかし毎日、新聞、メディアの報道をウオッチしている私には、どうみても
疑問を感じる報道がある。

 これから書く裁判員制度に関する記事もその一つだ。

 11月30日の朝日新聞に「動き出した市民参加」と題して裁判員制度の検証
記事があった。

 国民に、その意思に反してまでも裁判員を強要するこの制度を私は認めないが、
裁判員制度の適否についてはここでは今は問わない。

 問題は、我々は騙されているのではないか、ということだ。

 この記事の冒頭は、一つの放火事件をめぐる裁判の事から始まっている。

 しかし、放火事件が死刑をともなうような極悪、重大な刑事事件なのか。

 その場合もあるだろう。しかしそうでない軽微のものも多い。

 この放火事件はどの程度のものかわからない。

 しかし、この放火事件に限らず、裁判員制度に関する最近の記事を読んでいると、明らかに軽微な刑事事件が裁判員制度の裁判の対象になっている気がする。

  我々はこの裁判員制度は死刑をともなう重大な刑事事件に限ると聞かされてきた。さんざん
そのような報道がなされてきた。

 その適否をめぐる家庭で、裁判員制度は軽微な犯罪からはじめるべきだ、民事事件のほうが
なじみやすい、民意を反映させるには行政訴訟、国家賠償訴訟こそ対象にされるべきだ、など
多くの議論がなされた。

 それを押し切って重大な刑事事件に限る制度が強行された。

 そうではなかったのか。

 始まったばかりと言うのに、いつからそれが変わったのか。

 対象が軽微なものにひろがったのか。

 それとも、裁判の対象は、司法関係者の裁量にまかされているのか。

 我々はその全貌を知らされていないのか。

 メディアは意図的に本当のことを伝えていないのか。

 それとも単なる怠慢なのか。無関心なのか。

 この事は裁判員制度に限ったことではない。

 我々は世の中の動きについて、本当のことを知らされているのか。

 知らされていないとすれば、それは意図的に知らされているのか。

 単なるメディアの劣化なのか。責任放棄なのか。

 誰か教えて欲しい。

 今日の「天木直人のメルマガ」では「正しい日米関係のあり方」について考察しています。

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