ベルリンの壁崩壊20周年に関する二つの報道に思う
以下は今日の「天木直人のメールマガジン」で配信した全文です。
鳩山首相の目に留まる事を願って全文引用することとします。
引用開始
1989年の今日11月9日はベルリンの壁が壊された日であるという。
そしてその翌年10月には東西ドイツの統一が実現した。
そういう事もあって11月8日の産経新聞と毎日新聞が特集記事を掲載していた。
ところがこれがまるで正反対の記事なのだ。
すなわち産経新聞はソ連の機密文書に基づいた情報であるとして、当時の英仏首脳、つまりサッチャー首相とミッテラン大統領がともにドイツの再統一を阻止するようゴルバチョフに働きかけていたと報じた。
その一方で同じ11月8日の毎日新聞の特集記事は、毎日新聞が独自に入手した仏外務省の未公開文書に基づくものであるとして、少なくともフランスは、ベルリンの壁崩壊前から独統一は「不可避」と断定して、統一に前向きに対応した、と報じた。
史実の評価は、あらゆる歴史的文献を総合的に判断して定まるものである。この二つの報道の違いも
いずれ歴史家により評価は定まる。
だが、ミッテラン大統領が独統一に反対したか、支持したか、などは瑣末なことだ。
おそらく英仏ともに独統一は欧州の安定を損なうと考えた事は事実だろう。
しかしサッチャー首相の強固な反対姿勢にくらべ、ミッテラン大統領は独統一を避けられないと見て、それを欧州の不安定化にさせてはならないと戦略的に対応した、その程度の違いだろう。
そんな事よりはるかに重要な事がある。それは、英も仏も、そしてソ連さえも、統一を願うドイツ民衆の願いを阻止出来なかったということだ。
11月8日の新聞には、ベルリンの壁崩壊の特集記事の陰に隠れてほとんど注目されないもう一つの「壁崩壊」の記事があった。
それはロイター通信が流した、パレスチナ「分離壁」に抗議する若者の記事である。
イスラエルは国際司法裁判所の「国際法違反」勧告を無視して「テロリストの侵入阻止」と称して
「分離壁」の建設をつくりつづけている。
それはベルリンの壁よりもはるかに高く、長い、残酷だ。
その壁を、「どんな高い壁も必ず倒れる」と訴えて壁によじ登って傾かせようとしたパレスチナの若者たちを、イスラエル治安部隊が催涙弾などを発射して阻止したと言うニュースである。
おりしも11月8日沖縄では、米軍普天間飛行場の県内移設に反対する沖縄民衆とそれを支持する全国の市民2万人余の集会が開かれた。
パレスチナ問題と、普天間基地に象徴される在日米軍撤退問題。
この二つは、遠いところで深く結びついている。米国の言う「テロとの戦い」という1点で。
圧倒的な軍事抑圧に抗する市民の願い。不可能と思われる「分離壁」の崩壊と、不可能と思われてきた沖縄からの米軍基地の追放。
それは歴史の流れの中で間違いなく結びついている。そう私は感じるのだ。
高まる市民の声を国家権力が抑圧することは、たとえ一時的にそれが出来ても、永遠に押さえ続ける事はできない。歴史はそれを証明している。
いままさにその時ではないのか。
鳩山首相も、そしてオバマ大統領も、今その歴史の挑戦に直面しているに違いない。
今度のオバマ大統領の訪日と、そしてその時に行われるオバマ・鳩山会談は、そのような壮大な歴史的流れの中で行われるという認識を鳩山首相は持たなければならない。
普天間基地をどこへ持って行こうとか、日米同盟がどうなるとか、オバマ大統領の訪日が短くなったとか、そんな事は、官僚が心配する瑣末なことだ。
たとえ短時間でも、鳩山首相が真っ先にオバマ大統領と話す事は、歴史の流れに沿った正しい政策だ。
それを二人で作っていこう、そう語り合う事こそ今度の首脳会談の歴史的意義である。
鳩山首相は今までのどの歴代首相も成しえなかった対等な首脳会談を、その政治生命をかけて、いや文字通り命がけで、行うべき時である。
このようなチャンスを与えられた事を歴史の神に感謝すべきだ。
引用終わり
