Font-size: small medium big

Blog Calendar

サイト内 検索

 


 人気blogランキング(政治)に参加しました、応援お願いします。 人気blogランキング

2009年10月08日

鳩山民主党政権の一カ月をどう評価すべきか

   

 これから当分の間続くに違いない民主党政権に我々はどう向かい合っていくべきか。

 結論から言えば、励ましと警戒の入り混じった思いで監視していくしかない、ということだ。

 そして、そのような是と非の入り混じった不安な状況は、これからも当分続くと考えたほうがいい。

 「励ます」とはどういうことか。

 それは鳩山民主党政権が打ち出そうとしている数々の試みは革命的なものであると積極的に歓迎、評価し、鳩山民主党は、それに対する不安や批判に委縮することなく、もっと早く、もっと大胆に政治主導を進めていけ、と求めて行くことである。

 奇しくも10月8日の毎日新聞「発信箱」で与良正男論説委員が、政策決定の仕組みを根本的に変えるのだから混乱は当たり前で、それを隠すことなく、国民を信用しろと書いていた。

 10月8日の朝日新聞「政策ウオッチ」で寺光太郎という記者が、混乱を恐れずに情報公開徹底を、と書いていた。

 
 たとえば補正予算見直し作業を例にとってみる。

 メディアは予算削減額が不十分だなどと批判的な報道をしているが、とんでもない。

 政務三役の政治家が自ら電卓をはじいて予算再編成を行う姿は、私のような官僚経験者にとっては感動的ですらある。

 これまでの予算編成作業は、夏から年末までの半年間に及ぶ長い日にちを費やして、大蔵官僚が、自分たちが、自分たちが世の中を動かしているといわんばかりに毎日夜遅くまで予算編成作業を繰り返して作られて来た。

 その挙句の果てが、国民の為にならないつまらない予算だった。

 大蔵省主計官という名の官僚がエリートとおだてあげられ、三馬鹿査定などと政治家のごり押しを非難しながら、結局はその族議員に逆らえずに予算を歪めて終わってしまう。それが、これまでのこの国の予算編成作業であった。

 それが、わずか一カ月足らずで、各省庁の数名の政治家がその予算を自らの手でつくり直してしまう。政治家がやる気になればそれが出来るのである。しかも国民にとってよりよい予算が。

 官僚たちの仕事がいかに虚構であったかということである。官僚たちはこの政治主導の前に
茫然自失しているに違いない。

 その一方で、「監視、警戒する」、というのはどういうことか

 民主党政権ができたとたん手のひらを返したように豹変する官僚にうまく手玉にとられないのか、
という懸念である。

 政治主導に値する能力のある政治家の数が十分にそろっているかという懸念である。

 なによりも鳩山首相の覚悟とリーダーシップが本物であるか、という懸念である。

 これらについての私の思いは正直言って交錯している。

 一部のメディアが報じるほど私は官僚の復権を警戒はしていない。古い官僚幹部たちが影響力を残す時代は確実に終わるだろう。
 
 しかし、若手官僚と、官僚出身の民主党議員との協力関係が、政治主導の政策決定の妨げにならない保証はない。

 二つ目に、民主党議員のすべてが官僚と渡り合っていく能力がないことは明らかだ。

 それどころか多くの民主党議員は多数決の際の数合わせ要員でしかない。

 今般大量に生まれた小沢チルドレンたちを、なぜ血税をかけて育成しなければならないのか、、なぜもっと即戦力になる候補者を擁立しなかったのか、という素朴な疑問と不満はある。

 しかし今の閣僚や政務三役の国会議員は、何人かの不適格者はいるとしても、多くは有能な政治家だ。その政治家の活躍を、期待を込めて見守っていくしかない。

 最も重要で監視に値するのが鳩山首相の政治家としての覚悟とリーダーシップである。

 鳩山民主党政権に問題が生じるとすれば、それは主要閣僚の間のねたみとひがみと争いである。

 意見の相違である。それからくる閣内不一致である。

 それを克服するのが鳩山首相の指導力である。

 いざとなったら閣僚を更迭してまでも求心力を発揮しなければならない。

 それよりもなによりも鳩山首相自身が、確固とした政治理念と政策を有していなければならない。

 その政策を実行していく覚悟と勇気を有していなければならない。

 10月8日の各紙は一斉に7日夜の鳩山首相の官邸における記者団への発言を引用し、普天間基地の県内移転を容認する方針転換をしたと報じている。

 もしこの報道が事実なら、私の鳩山首相に対する支持と評価は失われる事になる。 

  繰り返して言う。

 鳩山民主党の誕生は国民にとって歓迎すべきである。

 国民の手によって行われた政権交代はこの国の政治の仕組みに革命的な事をもたらす。

 しかし無条件でそれを歓迎するばかりではいけない。

 だからといって、それに代わるj政権を求める事は謝りである。

 民主党政権が真の国民政党となるよう激励しならが監視していく、これしかない。

 その時の要諦は、民主党も民主党の政治家も、国民あっての政党であり、政治家である、という認識である。

 その認識を民主党や民主党の政治家に持たさなければならない。

 なによりもその認識を国民が持たなければならない。

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング