中川昭一元財務相の死の裏に見つけたもう一つの死
中川元財務相の突然の死は確かに衝撃的ではある。
それに、何といっても元自民党大物政治家の死だ。社会的影響力は大きい。
メディアがそれを一斉に取り上げるのは当然である。
しかし、外務官僚やそのOBたちにとっては、もっと衝撃的な死があった。
10月5日の各紙は中川元財務相の死について大きく取り上げている。
その陰にかき消されるように、一段の小さな死亡記事が各紙一斉に掲載されていた。
それは原口幸一宮内庁式部官長(68)が登山中に急逝心臓死したという記事である。
この死亡記事は私にとっては中川元財務相の死よりも衝撃的であった。
原口氏は、外務次官こそなれなかったが、官房長、外務審議官などの要職を歴任し、国連大使、日朝国交化交渉担当大使などを経て宮内庁式部官長に天下りした外務官僚である。
私より5年先輩であった原口氏は、能力、人柄など、どれをとっても私が尊敬する数少ない外務官僚だった。ともに仕事をしたことも何度かあった。
その立派な彼をしても、外務省という組織を守るために、機密費スキャンダル核密約などの外務省の恥部については、国民を欺かざるを得なかった。
さぞかしつらかったに違いない。
その原口氏が、宮内庁の式部官長となって、皇室外交に貢献すべく張り切っていたに違いない、その矢先の突然死である。
報道によれば、宮内庁職員でつくる山岳会の仲間6人と市内の宿泊先を出発。登頂を終えて下山途中、昼食をとってたちあがった直後に倒れたという。
その死を今朝の報道でみた私は、中川元財務相の突然の死よりもはるかに衝撃を受けた。
外務官僚もまた私以上に衝撃を受けたに違いない。
おりから政権交代で外務省は数々の改革を迫られようとしている。
もはや外交を独占して、反国民的外交をすることは許されなくなる。
外務省という官僚組織もまた変革を迫られ、外務官僚はその能力が厳しく問われることになる。
そのような劇的な変化の時に突然死したエリート外交官原口氏の一生を考える時、人生において一体何が本当に重要な事なのか、保身や出世だけがすべてではないのだ、などとつくづく思い知らされる。
外務官僚やOBたちも、同じ思いで彼の突然死を受け止めた事に違いない。
合掌
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