2009年06月12日
2009年06月12日
読者の皆様へ テレビ出演、週刊金曜日対談、のお知らせ
ブログ読者の皆様に参考の為にお知らせします。私の考えを共有する読者も、私と敵対する読者も、
その気になればご覧になってください。購読してください。
関西読売テレビ の6月14日(日)午後、確か1時過ぎごろからと思いますが、「やしきたかじんのそこまで言って委員会」という番組があり、そこで私が出演しています。
今回は「あなたは陰謀を信じるか?」という特別番組で結構面白いので是非時間がある読者はご覧になることをお勧めします。
5人の出演者がテーマごとに10分ほど話し、それに対しておなじみの出演者が勝手な事を喋ります。
最初は藤田幸久民主党議員が9・11事件について問題提起します。デーブスペクターが珍しく出演して、藤田議員を馬鹿呼ばわりします。あまり酷いのでやっぱりお前はCIAの手先か、と誰かが言って爆笑するという場面があります。
二番目は私の番で、CIAは日本に跋扈しているか、という事について話します。いつもは三宅とか勝谷とか宮崎とかに罵倒される私ですが、今回は皆がCIAの跋扈を信じていて私に同調しました。
後は須田慎一郎氏が一流企業がヤクザと一体になっている現実を話し、これは相当カットされるということです。
4番目は金なんとかという関西の大学の教授で、大韓航空事件は韓国の陰謀だったかどうかという話です。
最後は極めツケでベンジャミン・フルフォード氏がこの世はイルミナティの陰謀で動かされているという話をします。ゲストの誰もがそれを信じませんでしたが。
そういう娯楽番組と思ってみてください。
二つ目は6月19日発売の週刊金曜日に私と孫崎氏の対談が掲載されます。これは必読です。保存版です。
孫崎氏は発売中の中央公論7月号で岡崎久彦氏と対談しています。退職後初めての対談で100%立場が異なるところが面白い。どうみても孫崎氏のほうが説得力がある。岡崎氏がこれほど言いこまれた事ははじめてだと思います。
私との対談は孫崎氏にとって二度目で、これは100%二人の意見が一致しています。岡崎氏との対談とあわせて読むと面白いと思います。
以上 関心のある読者の為にお知らせしました。
2009年06月12日
「オバマの核なき世界」は笑止千万
6月12日の共同通信は、北朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」が11日、オバマ大統領が提唱する「核なき世界」を「笑止千万だ」と切り捨て、非難する論評を掲載したと報じた。
それを読んで私は苦笑せざるを得なかった。
「日本海を血の海にしてやる」、とか、「宣戦布告だ」、とか、とかく紙芝居がかった仰々しい言葉で敵を非難する北朝鮮には、毎度ながらうんざりさせられる。
しかも世界中が評価しているオバマ大統領のプラハでの非核演説をここまで非難するのだ。
私のように核廃絶を提唱する者ならずとも、この北朝鮮の挑発的態度には反発を抱かざるを得ないだろう。どうしようもない連中だと苦笑する他はない。
しかし、今回に限っては私の苦笑は別のところにある。
共同通信が伝える北朝鮮の論評の、その後に続く次のような断片的な部分を読んで、私は苦笑した。いや大笑してしまったのだ。
北朝鮮次のように言ってオバマを笑止千万と非難する。
「米国は同盟国の核兵器開発は黙認し、協力までする一方、思い通りに動かない国の核は問題視し、核問題の裁判官のように振舞っている」、
「米国の核の脅威が消え去るまで、われわれは核抑止力を決して放棄しない」、
これはまさしく正論ではないのか。オバマ大統領はこれらに正しく反論できるというのか。
実はこの北朝鮮の論評と同じような事は、誰もが内心思っていることなのだ。
最近では岡田民主党幹事長でさえ、北朝鮮の核実験直後のテレビ番組で、米国や日本がインドを核不拡散条約の例外扱いにしておいてどうして北朝鮮の核実験を非難できるかという矛盾はある、と発言していた。私はそれを見逃さなかった。
イスラエルの核保有を認めておきながらイランやイラクの核の脅威は先制攻撃で排除する、というのでは理屈が通らないだろう。
読売新聞の連載「核の脅威」で登場する海外の専門家たちも、「彼らはよくてなぜ我々はいけないのかという思いはイランにも北朝鮮にもある」(6月4日ハインツ・ゲートナー・オーストリア国際問題研究所教授)、
「インドを例外扱いした米印原子力協定は悪例だ。例外扱いされたい北朝鮮を勇気づけ今回の核実験を誘ったかもしれない」(6月3日、マルコム・クック豪ロウィ研究所東アジア研究部長)、
などなど、皆米国の核政策の矛盾を指摘している。
そうなのだ。
核廃絶は決して難しいことではない。米国が率先して自らの核を廃棄すればいいのだ。それに従わない国はない。
北朝鮮問題の解決は決して難しいことではない。米国が率先して米国の北朝鮮に対する脅威を取り除く事を約束すればいいのだ。北朝鮮の恫喝外交はたちどころになくなる。もはや意味が無いからだ。
本当の事を誰も米国に正面から言わない。言えない。
それを北朝鮮がやってのけたのだ。そしてオバマ大統領はその問いにまともな返答ができないままだ。
私が笑ってしまった理由がそこにある。
2009年06月09日
読者の皆様へ 私に寄せられた読者からのメールを共有したい
以下の文章は私に寄せられた読者からのメールの引用である。皆さんと共有
したいと思って本人の了解を得て紹介させていただく。ご意見をお聞かせ
願いたい。
私はいま限りなくこの投稿者の言わんとしている事に共鳴できる状況になり
つつある。
私はもともとはエネルギーのある人間だった。戦いをいとわず競争心旺盛な
人間であった。
常に強者の側に立とうとした人間だった。それにもかかわらずもう一人の
自分がいて、その葛藤に悪戦苦闘してきた。
外務省を解雇された時の怒りと屈辱と失望感から逃れられない6年間であった。
しかし、負け惜しみではなく、その6年間は私という人間を変えた。鍛えて
くれた。
今私はこの投稿者の心境に近づきつつある。まだそこには到達していないが、
残りの人生はそこに向かって歩み始めることになる。
つきつめれば人間は皆神に向かって歩んでいくという事だ。もちろんそれに気づく時は
人生の最後でいいと思う。無限の未来が広がっている若者たちは、そんな事に
気づかなくてもいいと思う。
以下引用文
・・・私は、一般的なサラリーマンとはかなり違った変わり種でございます。
5年前に大きな手術をいたしまして、その折にいわゆる臨死体験を致しました。
それ以来、ビジネスそのものにはまるで興味を失い、自分が死んだ後のことも
あまり心配しなくなりました。しかし、自分の死に様は安らかでありたいと願う
ものでございます。死そのものはそんなに怖いものではありませんが、テロや
戦争に巻き込まれ殺戮の恐怖と激痛の中で孤独に死んでいくのは、いかにも
悲惨で避けたいと願っております。自分の家族や仕事の仲間たちや、今まで
知りあった優しい人達が、幸せな一生を笑顔で送ることができることを、心から
願っております。
天木様の貴重な人生の経験と冷静な分析力を尊敬申し上げております。いろいろ
と命知らずな過激な発言をされる方が多い中で、バランスのとれた言動や行動は、
日本で陰謀めいた話を公言する人たちの中にあって、宝石のような光を感じます。
真実を知るということは、とても怖いことでございます。真実は、必ずしも
他人から聞いたり文字で得た情報とは違うものだと思っています。歴史は、
その時々に暮らしている人たちにとっての事実であって、ありのままの事実とは
まるで関係ない単なるイメージですから、その過去の一時点に留まるような
生活には、人間としての大いなる進化は訪れることはありません。人類は今、
そのほとんどが単なるイメージの中で怖がったり保身に走ったり、憎んだり、
そして殺しあったりしております。それも、結局はイメージの中に出来上がった
過去の伝統へ呼応する実態の無い必要のない行為だと思っています。
私たちは、そもそも喧嘩なんかしたいと思ってはいないはずです。毎日毎日、
人を憎んで、殺し殺される不安の中で誰かを犠牲にしていくことほど馬鹿げた
ことはありません。
資本は、いつも我儘にその特性としての膨張の欲求を満たそうとします。大きな
集団同士が対立することによって、生存への不安から莫大な備蓄の欲求が創出
されます。その莫大な需要は、実は我々の不安のイメージが現出しているだけで、
本当に必要な需要ではないと思っています。世界中が平和で仲良く暮らしていれば、
資源の配分は効率的に行われ、余分な備蓄の欲求は発生しえないのですが、莫大な
需要も発生しないので、資本はその膨張の欲求を満たすことができません。
資本は、あるようで実は実体としては存在せず、「あると思っている」私たちが
いるだけです。その実体の無いものに自分達自身がいろいろな悲惨を創造して
しまっていることに気がつくべきだと思うのです。
資本を管理運営する者達は、それを熟知しています。そして、莫大な需要を創出
し膨張の継続性を確保するために、対立を創出しているのだと思うのです。対立
の創出こそ、一番簡単で、効果的で、自分達自身が苦労することなく目的を達成
する為の技術だと思うのです。それは、ずっと昔から行われてきました。
すべての不安のイメージを取り払い、恐怖なしに生きることが出来るようになった
ときに人間の次の進化が始ります。恐怖は、実体の無い私たちの心の中だけに
あるものだという気づきが重要です。
ありのままを無垢で純粋で天真爛漫に語る時に、愛と思いやりが発生します。それ
こそがすべてのイメージを破壊するエネルギーになると思います。
死を恐れながらの発言は、対立を発生させます。どんなに素晴らしい言葉・行為
であったとしても、死への恐怖感は保身を産み育て、対立する人たちに対しての
攻撃という形でしか人々の意識に入って行きません。それは、結局、今までと
なんら変わり映えのしない、対立の創出につながり、私たちの中に葛藤と紛争を
発生させてしまうのではないでしょうか?
私たちは何か勘違いしていないでしょうか?私たちが敵だと思っている人たちは、
実は人類全体の一部分で、私たちの仲間なのではないだろうか?人間の心の中
には、人類すべてが持っている喜怒哀楽といった感情が備わっていて、その感情
のうちのどういう感情を選んでいるか・・だけの違いではないだろうか?と思う
のです。私たちが敵だと思っている人達は、実は、自分達の中にもある残虐な
感情を選んで表現しているだけかもしれないな・・と思うのです。
世界大戦の時、日本の一般市民や兵隊さんや血まみれになって死んでいったのは
紛れもない事実だと思います。私たち日本人は、その復讐をしないと誓った国民
です。そして、戦争をしないと誓った国民です。そんなことを誓った国民は、
世界中どこにもありません。だからこそ、私たちはそれを大事にして、紛争の
解決を武力を行使しないで、そして大国からの様々な攻撃への不安を持たないで、
天真爛漫に、「平和が一番楽しい!」と笑顔で語らなければならないと思うの
です。
どんなに対立創出の工作があったとしても、私たち自身の心の中にさえ恐怖を
抱くことがなければ、殺戮の片棒を担ぐことはありません。
原因は私たち以外のどこか他所からくるのではないのです。原因はすべて、
私たちの中にあって、それこそが全ての源だと思っています。
私たちが何をするかではなく、私たちがどういう事実を知るかではなく、私たち
が本当に平和を望んでいるかどうか、そして同時に本当に他の国々の人達の
安全も尊重しているかどうか、、そういうことが問われているのだと思います。
本当は、私たちはどう思っているか?それが、すべての源になると思います。
ながながと生意気なことを書いてしまいました。
天木様のご活躍を心からお祈りしております。
お体、ご自愛くださいませ。
2009年06月08日
ソマリア沖の海自活動報道を垂れ流す大手新聞
大手新聞各紙を毎朝せっせと批判的に読み比べている私には、そのすべてをブログに書ききれないほどの様々な事に気づく。
しかし、この事だけはどうしても指摘しておかなければならないと思って書いている。
それは、ここ二、三日の各紙が、判で押したように一斉にソマリア沖の海上自衛隊の活動について大きく取り上げている事である。
海自護衛艦がソマリア沖に出かけて3ヶ月ほどたった。その間、ほとんど報じるような事件も起こらず、自衛隊員もすることがないというのに、今になって、なぜ各紙が一斉に書くのか。
それはいうまでもなく防衛省が大手各紙の記者を護衛艦に乗船させて取材を許したからだ。
ただでさえ情報開示を拒む自衛隊の活動について、しかも独自の取材は困難かつ危険なソマリア沖海賊取材について、防衛省丸がかりの取材ができるのだから各社が飛びつかないはずはない。
おまけに各社の競争意識が働く。取材に遅れてはならない。特オチは許されない。だから各社がこぞって書いているのだ。
しかし、これほど馬鹿げた事はない。そこから得られるものは、嘘とは言わないまでも、真実の誇張である。宣伝記事である。御用報道である。
かつてイラク戦争が始まったばかりの頃、米軍による「埋め込み」報道が盛んに世界に流されたことがあった。世界がそれにだまされた。要するに米国によるイラク攻撃の正当化報道である。
あたかもそれを真似したような今回の海上自衛隊の「埋め込み」報道だ。そこまで米国に追従するのか。
連日一面で護衛艦の「活躍」と自衛隊員の「健闘」を称える産経新聞の張り切りぶりはご愛嬌としても、すべての紙面がここ二、三日、この関連記事で埋められている。
しかし、メディアはよく考えたほうがいい。
海自のソマリア沖派遣は違憲である。百歩譲って違憲でないとしても、明らかな不法行為だ。
なぜならば派遣の根拠法がないままに見切り発車して海自は派遣された。根拠法がなかったから政府はあわてて国会で新法を通そうとしたのだ。
防衛省にここまで依存して、どうして批判的な記事が書けるというのか。違法な行為に便乗した取材で、どうして正しい記事が書けるというのか。
「ジャーナリズム精神に反するから取材の誘いはお断りする。今回の海自活動の報道は他紙にまかせる」。そう言って取材の誘いを控えた新聞社がいたならば、私はその社をためらうことなく絶賛したに違いない。
2009年06月07日
読者の皆様へ(有料メルマガにおける動画配信について)
「天木直人のブログ」の愛読者の皆様へ
6月7日のブログでご案内した有料メルマガにおける動画配信につきましては、私とベンジャミンフルフォード氏および植草一秀氏との対談の商品の一部を編集してメルマガの読者に配信するよう試みましたが、私の技術の不足により円滑に配信する事ができず、再検討することにしました。
つきましては動画を期待して有料メルマガを購入される方々にはご迷惑をおかけする事になりますので、適切な動画配信の方法が見つかるまでの当分の間は動画配信は行う事ができない不都合をご了承願います。
動画配信が確実にできるようになり次第、このブログでお知らせしますので、動画を期待してメルマガを購入されようとお考えの方は、購入は差し控えていただきたいと思います。
ご迷惑をおかけしたことをお詫びさせていただきます。
天木直人
2009年06月07日
読者の皆様へ(有料メルマガにおける動画配信の開始について)
「天木直人のブログ」の読者の皆さんにおかれましてはご承知のとおり、私は本年1月から月額525円(消費税込み)の有料メルマガを開始し、そこで毎日365日休みなく、日本と世界の動きについての私の独断を配信し続けています。
このたびその配信コンテンツに私と各界の有識者との対談動画が付け加わる事になりました。
この対談動画はマグマグ社が最近企画したあたらしい商品で、そのサンプルはマグマグ社の案内ページで誰でも参照できる事になっています。
その動画商品を、マグマグ社との交渉の結果、私が短縮版を作成し、その短縮版を私の有料メグマガの読者に限って無料で配信できるようになりました。
私の有料メルマガのコンテンツの強化ということです。
ブログの読者の皆様におかれましては、この機会に有料メルマガへ加入される事をお勧めします。
ベンジャミン・フルフォード氏と植草一秀氏との対談動画の縮小版が今日(6月7日)から有料メルマガで配信されるようになりました。
私としましては今後は月に一回程度対談を行なってそれを有料メルマガで配信する事を目標にしています。
次回は副島隆彦氏、孫崎享氏との対談を企画しています。田母神氏とも対談しようと思っています。
読者の皆様がお考えの対談希望者をお聞かせ願えれば交渉してみます。
2009年06月06日
杉村太蔵議員「不出馬」表明の報道に思う
6月5日の各紙は、自民党の杉村太蔵衆議院議員の不出馬表明を小さく報じていた。すったもんだのあげく、結局今回の総選挙を断念したという。
どの記事も、「現状では厳しい結果になるのは間違いない」、「無所属で立候補すれば民主党を利するだけだ」、「いずれ一回りも二回りも大きくなって挑戦したい」、などという杉村氏の言葉を書いて終わりである。
これを読んだ読者は、さすがの杉村議員もやっぱりあきらめたか、などと思って読み流したことだろう。その程度の感想である。私もそうだった。
ところが6月6日の日刊ゲンダイの記事を読むと感想は俄然違ってくる。にわかに腹立たしくなってくる。
エラソーに「出馬断念」会見の資格ナシ、ムダ飯食いだった4年間
こういう見出しで書かれているゲンダイの記事は次のごとくである。
・・・勝利が見込めない事を理由に挙げていたが、当たり前だ。記者会見を開くこと自体、おこがましい。
05年の郵政選挙でタナボタ当選して以来、政治家としての実績はゼロ。当選直後の「BMWを買いたい」、「料亭というものに早く行ってみたい」といったおバカ発言に始まり、この4年間でニュースになったことといえば、議員になって早々に結婚を決めたことや議院秘書との二股交際疑惑、ブログで他人の文章を盗用するなど、しょうもない話ばかり。昨年は公設秘書が自殺するという事件もあったが、肝心の政治活動となると、まったく聞こえてこない・・・
今月2月には、国会会期中に妻と1歳の娘を連れて、ノンビリ沖縄でバカンスを楽しむ姿が目撃されている。最後までフリーター気分が抜け切らなかったようだ・・・ 「ロクに政治活動をしていないから、月100万円の文書交通費も手付かずでしょう。4年間の任期で数千万円は貯まったと思いますよ。非難の的の衆院赤坂宿舎に入居して家賃も浮かせてますしね。(国会議員という)貴重な経験ができて、
本人はいい思い出になったんじゃないですか」(与党関係者)・・・
こんな輩を税金で養ってきたのかと思うと情けなくて涙が出てくる。「思い出づくり」に使われる議員の椅子なんて・・・やはり議員定数は削減したほうがいい。
なるほど、こう書かれてみればその通りだ。これまでの報道を一つ一つが蘇って来る。4年間も経ったのだ。政治家として何をやっていたのか。
大手新聞、しっかりしろ。日刊ゲンダイに書けて、大手新聞になぜこの記事が書けなかったのか。書けない筈はない。
2009年06月06日
国民に負担をしわ寄せするこの国の産業界
すこし前の新聞記事になるが、5月31日の朝日新聞一面に、きわめて意味深い記事があった。どうしてもひと言書いておきたいと思ってその記事をとっておいた。
その記事は、政府が公表している2020年までのCO2削減の中期目標のデータについて、朝日新聞が民間シンクタンクに依頼して独自に試算した結果を書いていた。
そこで分かったことは、産業界に求められるCO2削減量はさほど変わらないが、そのぶん国民の暮らへしわ寄せがいく構図がくっきりと浮かび上がった、という。
そしてその背景には、鉄鋼をはじめ排出量の多い業界の強い働きかけがあったという。経済界と結びつきの深い経済産業省の息のかかった研究機関に、政府の目標づくりが丸投げされていたという。
この事を、その朝日新聞の記事はこう書いていた。
そこには、数値目標を強い政治意思で作り上げる欧米と異なり、業界主導でつくられる日本の『異例』さがある、と。
われわれが等しく責任を負うべき人類と自然の共生の問題、地球環境の問題ですらこれである。
この試算の詳しい内容をここで検証する事がこのブログの目的ではない。朝日新聞が指摘しているこの国の「異例」さについて考えて見たいのである。
産業界の自民党に対する政治献金は民主党に比べて圧倒的に多い。民主党の政策に対する産業界の評価は極端に低い。
日本経団連という利権団体をつくって日本の産業界は万年与党の自民党と利害一致させてきた。そしてこの二つでこの国の政策を決めてきた。その政策は国民優先ではなく企業優先だった。
この二つに官僚が加わる。国民軽視は官僚の専売特許だ。こうして政官財の国民支配の構図が完成する。
しかもこのCO2削減の数値目標の作成のからくりに象徴されているように、われわれ国民の目がまったく届かないところで巧みに政策がつくられてきた。
おまけに最近はメディアや検察、司法までもが露骨に権力側に立つようになった。
このままでは国民は浮かばれない。もはや国民の我慢の限界のところまで来ているのではないか。
国民は主権を取り戻さなければならない。それが政権交代なのだ。政権交代とは国民復権ののろしである。
われわれがはじめて手にする民主革命ということだ。どこの国も国民も、必ずいつかはその時を迎える。それを歴史は教えてくれている。
