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2009年05月08日

 小沢事件と二人の検察OB


 小沢事件と二人の検察OB


 連休明けから再び小沢問題がメディアの焦点となる。その前にどうしても
書いておきたい事がある。

 小沢一郎が政治生命をかけて国民に知らせてくれた事は、この国の検察官僚
の思いあがりと危険性であった。

 3月3日の突然の小沢秘書逮捕に、はたして国民を納得させられる合理的な
理由があったのか。

 この疑問は、小沢一郎を支持する者だけでなく、小沢一郎を批判する者たちに
とっても、抱かざるをえない素朴な疑問であるに違いない。

 小沢一郎の政治資金問題を批判する国民も、この点については、検察官僚の
越権に疑念と脅威を感じているに違いない。

 だからこそ、あれほどのメディアの小沢批判の中で、いまでも「小沢ガンバレ」
の熱い声がなくならないのだ。小沢一郎が代表にとどまっていられるのだ。

 つまり、検察の説明責任は、小沢事件の鍵である。そして、それほど重要な
「検察の説明責任」について、いま二人の検察OBがガチンコ対決している。

 おおげさに言えば、これこそが、「麻生、小沢の戦い」、「自民党と民主党の
政権交代をかけた戦い」、の代理戦争であると言えるのだ。

 事の発端は堀田力の朝日新聞「私の視点」(3月19日)に、堀田力が
「違法献金事件 検察に説明責任はない」という意見を寄稿した事に始まる。

 堀田力とは、いわずと知れたロッキード事件の元東京地検特捜部検事である。

 堀田の寄稿は、同じ「私の視点」(3月12日)欄でジェラルド・カーティス
米コロンビア大学教授が、「検察には説明責任がある」と書いていた事に対する
反論である。

 しかし、この堀田力の反論は、「真実解明のために逮捕が必要とあれば
ためらうことなく万全の捜査を遂げるべし」、それが説明責任だ、といわん
ばかりの驚くべき検察官僚の驕りの表明であった。

 さすがの私もあきれ果てて読んだが、すかさず翌週の田原総一朗のサンデー
プロジェクトで郷原信郎が、「堀田さんは私の尊敬する先輩検事だが、この
説明だけは同意できない」と批判した。

 たまたまその番組を見ていた私は、それ以来郷原信郎という検察OBの発言を
漏らすことなく聞き、読んできた。

 彼は実にいい。もし小沢一郎が今回の事件を乗り切り、無事にこの国の首相に
なったなら、他の誰をおいても郷原信郎に感謝しなければならないと思う。

 そしてその明晰で、公正な検察手腕を買って法務大臣に抜擢し、この国の
検察・司法改革を委ねるべきだ。

 前置きがながくなったが本題に入る。

 4月23日の日刊ゲンダイに、「特捜検事OB直接バトル 堀田力が郷原信郎に
放った一言」という記事があった。

 新聞、テレビなどではほとんど報じられることはないが、「政治資金問題
第三者委員会」(4月11日設立、座長飯尾潤政策研究大学院大学教授)と
いうものが出来て、様々な分野の関係者との意見交換を通じて、今回の事件を
検証している。

 その4月21日の有識者懇談会(堀田力氏との意見交換)の模様について
ゲンダイの記事は次のように書いていた。

 「・・・驚いたのが、検察リークに関するやりとりだ。『マスコミに対する
検察リークの有無や是非』を問われた堀田氏は、質問に対して直接答えず、
突然、『・・・郷原さんの捜査手法はすばらしいが、リークが過ぎる、
との話があったがどうか』と逆質問したのだ・・・」

 これだけでは何のことか正確にはわからない。そこで第三者委員会のHPで
調べてみたところ実際のやりとりはこうなっていた。

 堀田力 (委員の一人から検察からメディアへのリークはなかったのかと
聞かれ)リークの方は、郷原委員に聞いてもらう方が適切かなと思う。
郷原委員は、非常に優秀な検事であったが、検察の中でいわれていたのが、
捜査指揮はすばらしいけれども幹部にはリークがあるのが問題だということ
であった・・・

 法務省の人事課長や官房長を歴任した堀田ならではの内情暴露だ。

 出世がすべての官僚の世界で、お前は問題を抱えていたから幹部になれ
なかった、とバラしたのだ。これは暴言だ。最大の侮辱だ。信義違反である。

 これに対して郷原はもちろん次のように否定している。それどころか
その答えは検察庁幹部に対する強烈なリーク批判である。

 郷原  自分がリークしたという噂ははじめて聞いた。上級庁に報告して
いない、長崎地検しか知りえない事が報道されれば、長崎地検から情報が出た
とすぐにわかるので絶対にできない。(むしろ)最高検や法務省に報告して
捜査を進めるようになってから、どんどんと情報が外にでるようになった・・・

 私は、かねてから、一見温厚で善良に見えるこの堀田力という検察官僚OB
の言動を、不信感を持って見て来た一人であるが、後輩検事である郷原信郎に
放ったこの一言で、その正体を見た思いである。私の堀田に対する評価は
これで完全に定まった。

 堀田はよほど郷原に腹を立てていたに違いない。しかしこの事は、裏を
返せば、「検察は説明責任を果たしていない」と一貫して検察批判を続ける
郷原に対して、説得力のある答えがまったくできない堀田の苛立ちでもあるのだ。

 そしてそれはまた堀田が弁護する検察そのものの苛立ちでもある。いや、検察
はいま追い込まれている、苦境に立たされている、と言ったほうが正しい。

 くりかえして言う。小沢一郎の政治資金規正法違反問題と、検察の説明責任は
表裏一体である。

 小沢の代表辞任を求める前に民主党にはやることがある。

 それは検察を国会に証人喚問し、説明責任を求めることだ。

 小沢と検察のどちらの言い分に説得力があるか、それを国民の判断に委ねる
べきである。

 それこそが小沢事件の最善の解決方法である。
    
                                     完
 
 


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2009年05月06日

「地域包括支援センター」という言葉をしっていますか? ほか


 「地域包括支援センター」という言葉を知っていますか?


 4月26日の東京新聞に、「地域包括センター 低い知名度」という見出しの記事があった。ついこの前までの私であれば、この記事を見過ごしていたに違いない。記事の存在さえも気づかなかったことだろう。

 ところが、この記事が出るわずか二日ほど前、私は知人を通してある介護保険のボランテアの方と話す機会があった。そしてその時はじめて、私はこの「地域包括センター」という言葉を耳にしていたのだ。

 「地域包括支援センター」などという抽象的な言葉のどこにも、介護や医療をあらわす響きはない。しかし、これこそが、小泉・竹中改革による弱者切捨て医療改革の落し子なのである。

 私の記憶に残るボランテアの方の悲憤慷慨は、およそ次のようなものだった。

 ・・・後期高齢者医療制度ばかりが問題にされているが、同時に行なわれた改正介護法もひどい。要介護者の負担を増やす一方で、国側の責任の所在が不明になってしまった。相談窓口として「地域包括支援センター」という組織ができたが、これがまったく知られていない。何を聞いても埒が明かない。いままでは市町村の担当部局に行って直接に文句が言うことができたが、これからはすべて「地域包括支援センター」に相談してくれ、となった。ところがそのセンターの所在がよくわからない。要介護者はどんどん切り捨てられている・・・

 このボランテアの方の言葉の記憶があったので、4月26日の東京新聞の記事が私の目にとまったのだ。その記事はこう書いている。

 ・・・お年寄りの医療や介護の総合的な窓口となる「地域包括支援センター」が、認知症の疑いがある高齢者の6割とその家族4割にまったく知られていない実態が、東京都の調査でわかった。センターは認知症の予防と早期発見の役割が期待されているが、十分に活用されていない現状が浮かぶ・・・

 この国ではとんでもない事が行なわれつつあるような気がする。要介護や認知症の老人は国が手厚く面倒を見るのが当たり前ではないのか。ところが、正常に頭や体が動かなくなった老人たちが、自分で地域包括支援センターに働きかけて、国の助けを求めなければ面倒を見てもらえないのだ。しかも助けを求めても十分な支援が得られないのだ。国民の知らないところでどんどんと行政が悪くなっていく。
                                              
                                                    完

  国際政治の中の中国、台湾、日本の関係を考える


 4月30日の産経新聞は、湯浅博氏のコラム「くにのあとさき」で、NHKが最近放映した「シリーズ・JAPANデビュー」の第一回、「アジアの一等国」という番組を批判している。インタビューに応じた知日派台湾人が日本の台湾統治を批判した、それが中国共産党の圧力に屈したNHKの偏向番組である、というのだ。

 実はこのNHK番組は、同様の理由でタカ派保守の間ではいたるところで激しく批判されている。なぜ彼らはこのNHK番組をそれほど強く批判するのか。

 その背景には、「反共の台湾、親日の台湾までもが日本の植民地政策を批判するのか」、という危機感があるからだ。

 さらにいえば、中国と台湾の関係改善が進めば、台湾有事が遠のき、日米同盟の意味がますます希薄化していくという深刻な問題がある。

 この考えを象徴する考えが、月刊「宝島」6月号に見られる。「桜井よしこが語る台湾と日本の危機」がそれである。そこで桜井よしこ氏は要旨次のように語っている。

 「 北朝鮮ミサイル問題に目が奪われている日本だが、日本にとって本当の危機は中台関係の急激な変化(融和)にこそある。
 世界中見渡しても、台湾ほど親日国家は他に類を見ない。その台湾と日本との良好な関係が損なわれるようなことがあってはならない。中国を喜ばせるだけだ。
 台湾と中国が統合されれば、日本の船舶の多くが通過する台湾海峡が中国の内海となり中国は大きな外交カードを持つ事になる。
 台湾は日本と同様の価値観を持つ自由と民主主義の国であり、その台湾が、そのような価値観をまったく認めない共産主義の中国に席巻されることは看過できない。
 なによりも、中台が一体となれば東南アジアの多くが中国の影響下に入り、その結果日本は孤立する。日本に残される選択肢は、中国の言いなりになるか、対峙するしかなくなる・・・」

 なるほど。このような考えに立つ限りは、台湾の国民が日本の植民地政策を批判しはじめる事は悪夢に違いない。

 しかし、残念ながらこの桜井よしこ氏の考えに象徴される日本のタカ派保守の考え方は、中国や台湾、そして米国や国際社会の考えを捨象した一方的な考えだ。国際政治の流れに逆行する考えだ。

 馬英九台湾政権の中国接近とこれを歓迎する中国、米国の中国重視政策など、大きな歴史的流れは、もはや誰の目にも明らかである。

 おりしも4月30日の各紙は、WHO総会に台湾が参加することを中国が認めたと報じている。台湾の国連機関への参加は71年の台湾の国連脱退以来初めてであるという。

 産経新聞の論説を書いた湯浅博氏はこう書いている。

「(NHK)制作者がシロをクロと言いくるめる番組をつくろうと思えば、取材対象の見解からクロばかりを抽出すれば事足りる。そこには、善意ある台湾人の複雑微妙な心理は配慮されない・・・」

 この言葉は、そっくりそのままNHK番組を批判する湯浅博氏の論説にも当てはまる。NHKの番組でインタビューに応じた親日台湾人は「日本統治の善しあしは半分半分なんです。NHKには両方言った」と述べているのだ。

 タカ派右翼の外交論に望みたい。国際政治の大きな流れを直視すべきだ。みずからに都合のいいところだけを抽出したり、国際政治を無理に捻じ曲げたりしてはいけない。国際政治の流れを見極めた上で日本外交をどう効果的に展開していくか、それが国益にかなう外交である。

                                             完

   議員世襲制のウラに隠された犯罪


 国会議員の世襲問題が急に政治のテーマの一つに浮上してきた。これを法律で禁止するなどという事は困難だ。世襲議員とはどこまでを指すのかとか、これを禁止するのは憲法で保障されている「職業選択の自由」に反するのではないか、とか、いろいろと口実が出てきて意見はまとまらない。

 しかし、もし、国民の大半がこれに反対しているのであれば、民主党は自らのマニフェストに世襲議員を公認しないと発表して、自民党との対比を国民の前に断固示すべきだ。 世襲議員は圧倒的に自民党議員に多い。だから自民党は不利だ。民主党はこの問題を政権交代の争点の一つに大きく取り上げるべきだ。

 なぜ世襲議員は問題なのか。それは親の地盤を引き継いだ世襲議員が、能力もないのに地盤、看板、カバンの力で当選できる。それは不公平だけでなく、政治家の質を落すという事である。政権を途中で放り投げた首相や漢字も読めない首相、それにヘロヘロ記者会見で世界に醜態をさらした財務大臣などはいずれも見事に世襲議員であった。

 しかし、議員世襲制の弊害はそれだけではない。政治家は稼業だ、と言われるほど、政治家を利用した親子代々のうまみがあるのだ。そこを暴露して、一般国民の怒りに火をつけるのだ。 その一例として、「政治資金管理団体による相続税支払い逃れ」という問題がある。この事を、ジャーナリストの上杉隆が、週刊SPA! 5・5-12号で見事についている。堀江貴文の連載インタビュー「今さら言うのはなんですが」の中で、次のようなやり取りを見つけた。

 鳩山邦夫の秘書を経験している上杉は、鳩山邦夫の孫が一郎という名前で自分のおじいさんの鳩山一郎と同じ名前にしている事を明かした上で、「・・・選挙用に分かりやすい名前です。河野一郎も麻生太郎も似たようなもの・・・山村新治郎なんて、名前を世襲しまくって、山村さんで11代目でしたから・・・」などと、世襲政治家が名前まで選挙に利用する有利さ指摘している。

 注目すべきはその後につづく次の発言だ。

 上杉 「・・・でも、世襲政治家の一番の問題は、政治資金管理団体の継承です。団体にお金を入れて、寄付というかたちで子供に引き継がせて、相続税がかからないようにしている。それに僕は怒っているの。世襲政治家の多くは、相続税を逃れるために、政治資金管理団体をつくっているとしか思えない者ばかりなんです・・・」

 堀江 「それ、赤の他人へも寄付ができるんですか?」

 上杉 「はい。世襲政治家の中には、政治資金管理団体を金庫として使って、死んだら子供に寄付する。寄付行為は相続税ゼロです。立候補するなら誰でも団体をつくれますし、最初ならいくらでも入れることもできる。そのお金は運用もできてしまう・・・安倍、福田、小渕家などは実際にやっていますから」

 堀江 「・・・政治資金管理団体をつくれば相続税や贈与税がかからない。それって、メチャクチャおかしくないですか!」

 ホリエモンまでもがおかしいと驚いているのだ。

 いやおかしいでは済まされない。これは巧妙な脱税だろう。脱税は犯罪だろう。歴代の自民党首相が脱税をしていたという事だ。それを国税庁も検察庁も見過ごしてきたということだ。

 小沢事件だけをことさらに騒ぎ立てる事の滑稽さと作為性がわかるというものだ。

 民主党は世襲議員廃止を迫るべきだ。その際には、この問題を持ち出して追及すべきだ。税務署から厳しく取り立てられている国民の怒りに火をつけるべきだ。増税を迫られる国民の怒りを、自民党世襲政治家、首相に向かわせるべきだ。
                                              完

  密約でつくられた戦後の日米外交

 きょう5月5日の各紙を読んでみて、私が圧倒されたのは毎日新聞の日米密約史に関する特集記事であった。「日本が望んだ『密約』」、「対米依存外交の原点」、という見出しの見開き三ページにわたるその記事は、沖縄密約をすっぱ抜いた西山太吉記者を輩出した毎日新聞ならではの渾身の記事である。

 戦後の日米外交史に少しでも関心のある者にとっては永久保存版の価値がある。

 私が特に注目したのは、その特集記事が伝える外務省先輩幹部たちの証言である。いずれも私が駆け出しの外務官僚の頃に接した、「仰ぎ見る」先輩幹部たちである。その幹部たちが、ここまで国民をあざむく外交をしていたのである。

 牛場信彦外務次官 「・・・米国の核の傘にいる国々は、中国の脅威を日増しに感じており・・・なんらかの対応を米国がとることを期待している」
 ジョンソン駐日大使「日本にとって・・・米国が抑止力を維持するためにどんな行動が必要か」
 牛場       「繰り返し、適当な時期に確約することだ」
 ジョンソン    「言葉でか」
 牛場       「こちらは、あなた方の言葉を信じる」

 これは1967年8月22、23日に行なわれた安全保障協議委員会でのやりとりであるという。西南女学院大学の菅英輝教授が米国立公文書館から議事録を発見したという。

 毎日新聞はこう解説している。

 「・・・米側はいかなる議題であれ議論に応じる態度だった・・・日本に覚悟があれば核戦略を論じるつもりだった。(だが)日本側は・・・米国を信じることによる安心だけを求めた。核の傘とは具体的に何を意味するのか詰めるより、内容はすべて米国にまかせきりにして、言葉による保証だけを重視する日本の姿は、この後も日米安保関係の基本形となった。そのいびつな関係が、日米関係を『密約』だらけにする構造的温床となった・・・」

 大河原良雄外務省アメリカ局長 「米空母ミッドウェーについて核兵器の問題 はどうなのか」
 シュースミス駐日米公使   「母港化をお願いしている。(事前協議に関 する日本の了解を十分承知しているから)従来の了解になんら反することはしない」

 これは1972年10月に東京・外務省で始まったミッドウェーの横須賀母港化(73年10月合意)に関する日米事務レベル協議の一コマである。

 毎日新聞の解説はこうだ。

 ・・・核持込の密約の対象はあくまでも「寄港」であり、「配備」まで認めていない。「母港化」は単なる「寄港」とは言えず、密約でさえも認められない灰色部分だった。それをシュースミス公使は母港化も「寄港密約」の従来の了解で扱うと言った。大河原大使はこれに反論しなかった。その瞬間母港化という日本への核兵器「配備」が事実上決まった・・・(筆者註:米国海軍に母港を提供しているのは世界で日本だけである。)

 極めつけは沖縄返還(1972年)の際の次のやりとりである。毎日新聞の記事はこう書いている。後に明らかになる若泉敬京都産業大学教授の密使外交を裏付けるエピソードである。

 ・・・沖縄返還が正式に合意された1969年11月の日米首脳会談の初日。冒頭ニクソン大統領と二人だけの会談を終え、愛知揆一外相らの待機する控え室に戻ってきた佐藤栄作首相は喜色満面で「B案で話がついた」と言った。
 外相も外務省の随員も首相が何を言っているのか理解できなかった。佐藤首相がポケットから紙を取り出した。「核抜き返還」に関する日米首脳の共同声明案文だった。外務省条約課長としてその場にいた中島敏次郎氏は「愛知外相は『これはなんだ』となった。自分だけが知らなかったと思ったようだが、外務省も知らなかった・・・」と証言する・・・
 外務省は米国が核抜きでは返還に応じないとの見通しを持っていた・・・愛知外相は「米国はベトナム戦争をやっているので『核抜き』での返還には展望が開けない」と指摘。「核付き」返還協定の試案作成を指示したという・・・。

 どうだ。密約どころか外交そのものが秘密外交であったのだ。

 しかもこの沖縄密約外交のウラには、あまり知られていないもう一つの事実があることを毎日新聞の記事は教えてくれている。

 米国で公開された公文書によると、米国の国家安全保障会議は1969年5月の時点で、すでに沖縄の核兵器について、「緊急時の貯蔵と通過の権利を条件に核兵器の撤去を考慮する」という政策文書を決定していたという。しかも沖縄からの核撤去は中国との関係改善を視野に入れた米国の中国に対するメッセージだったという。

 被爆国の反核感情と沖縄に対する贖罪意識によって密約にこだわった日本。その一方で、核の貯蔵と通過の権利さえ密約で確保されれば、核撤去を対中外交カードに使おうと考えた米国。それにまったく気づかなかった日本。

 これを示す毎日新聞の次のエピソードは驚がく的である。

 ・・・条約課長だった栗山尚一氏(のち外務次官、駐米大使)は、在米大使館に勤務していた返還実現後の74年、米国防総省の担当者から、「米国が沖縄からの核撤去をいつごろ判断したと思うか」と聞かれ、「最後までわからず心配だった」と正直に答えた。するとその担当官は、「実はだいぶ前から決めていた」と笑って言ったという。「核抜き」は米側の譲歩ではなく、事前方針どおりの妥結ラインを確保しただけだった・・・

 返還交渉に外務省アメリカ局長としてかかわった吉野文六氏は、「沖縄の核抜き返還は、キッシンジャー米国務長官が中国に対して色をつけた意味がある。頭がいいやり方だったが、当時、我々はまったくそうとは意識していなかった」と振り返る・・・まもなく日本は、ニクソン米大統領の電撃訪中宣言(71年7月)に「外務省最大の悪夢」と驚く事になる・・・

 これが日本の対米外交の実態なのだ。その後の日米外交が「悪夢の連続」である事はわれわれが日常茶飯事のごとく目撃しているとおりである。
                                                    完

  麻生首相はオバマ大統領あて親書を国民に公開すべきだ

 オバマ大統領が4月5日にチェコで行なった核廃絶の演説は、核廃絶を願う人たちに期待を持たせた。なにしろ、「米国は、核兵器を使った世界で唯一の核大国として行動する道義的な責任がある」とまで述べたのだ。

 もちろん、地球上から核を取り除く事はオバマ大統領でも容易ではない。ゲーツ米国防長官も5月3日に放映された米CNNテレビのインタビューで、究極的核廃絶は、「たどりつくには長い道のりだ」と強調したという(5月5日毎日新聞及川正也ワシントン特派員)。

 それでも、唯一の被爆国である日本国民にとって、オバマ大統領の発言に期待するのは当然だ。だからこそ、日本国民の願いを伝えるために、麻生首相はその発言を歓迎する親書をオバマ大統領に送ったのだ。

 親書を出すのが遅すぎるとか、なぜ核武装論者の安倍元首相に親書を託したのか、といった批判をする私でさえも、日本国民の声をオバマ大統領に伝えてくれた事はよかったと、ナイーブに考えていた。

 そんな思いを5月4日の毎日新聞が見事に打ち砕いてくれた。その毎日新聞は、「アメリカよ 新ニッポン論」の第一回目の記事の中で次のように書いていたのだ。

 ・・・オバマ米大統領の4月5日の核廃絶宣言の10日後、麻生太郎首相はオバマ大統領に親書を出した。 内容は非公開だが、(核廃絶)演説のさわりを引いて強い支持を伝える一方、「日本にとって日米安全保障体制下での核抑止力は重要」と米国側にクギを刺していた・・・

 これには驚いた。日本国民は見事に裏切られたということだ。

 麻生首相の親書の主眼は、オバマ大統領の核廃絶を歓迎することよりも、米国の核抑止力(核の傘)を減らさないでくれ、と頼み込むほうにあったということだ。

 この事を証明するかのように、同じく5月4日の毎日新聞「クローズアップ2009年」は、4月6日からワシントンで開かれていたカーネギー国際平和財団主催の国際会議で、孤立した日本の姿を報じていた。
 すなわち、46カ国の800人を超える政治家や核専門家が、会場で再現されたオバマ演説に盛大な拍手をし、会議は核軍縮歓迎ムードに包まれたというのに、日本だけが対米同盟を絶対視して冷戦時代の核抑止論を繰り返したという。その姿は場違いな孤立感を与えていたという。

 もはや政府・外務省の独占する日本外交は恥さらしだ。日本国民を貶めるものだ。

 麻生首相はオバマ親書を国民の前に公開し、オバマ大統領に何を伝えたのか説明すべきである。
 日本の国会議員は、連休明けの国会質疑で、あるいは質問主意書で、オバマあて麻生親書の情報公開を、国民に代わって求めるべきだ。

 もし麻生首相が、安全保障上の理由であるとか、相手国との関係もある、などという理由で公開を拒むような事があれば、間違いなく米国に核抑止を頼んでいたということだ。

 核廃絶と米国の核の傘に頼る事とは、完全に矛盾する。 米国の核抑止を米国に求めるということは、核廃絶など口先だけということだ。

 「麻生首相はくわせものだ」、そう言われないためにも、麻生首相はオバマあて親書を公開すべきだ。                        
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2009年05月03日

 漢検協会の醜聞事件と文科省の責任 ほか


 漢検協会の醜聞事件と文科省の責任

 
 財団法人日本漢字能力検定協会の金銭スキャンダル事件は一体何が問題だったのか。その本質は語られないままだ。

 報じられるところでは、公益法人に反して大儲けをしたこと、それを大久保理事長親子が私物化していたことだ。

 しかし、なぜそんなぼろ儲けが簡単に出来たのか。そもそも財団法人「日本漢字能力検定協会」とは何なのだ。そんな財団法人が必要だったのか。

 財団法人の認可を受けただけでぼろ儲けができる、そんな漢字検定制度を作った文部科学省に責任はないのか。そういう私の疑問に4月24日の日刊ゲンダイが見事に答えてくれていた。

 ・・・こんな検定に群がった受験者も浅はかだった・・・が、漢字検定協会の暴走を許した文部科学省の責任も重大だ。法大教授の尾木直樹氏(教育学)はこう言う。
 「漢検バブルは文部科学省のゆとり教育が招いたのです・・・学歴低下批判に泡を食った遠山文部科学相は、『まなびのすすめ』のお達しを出し、漢検を推奨した。文部科学省の言いなりの現場は、漢検に飛びついた。高校や大学の単位認定や受験で漢検資格が評価されるようになったのです。年間280万人の受験生の8割が、学校や予備校などによる団体受験(というかたち)で漢検の根幹を支えている。行政の後押しがなければ、こうまで漢検が幅を利かせることはありませんでした。漢字の学習は学校教育の一環で身につけ
ればいい類のものです」・・・

 その通りだ。そして日刊ゲンダイはさらにこう続けている。・・・漢検が履歴書に堂々と記入されるようになり、テレビで漢字クイズがもてはやされるようになったのも、文部科学省が太鼓判を押したからだ・・・

 三流官庁と揶揄される省庁ほどつまらない仕事を増やす。せめてもの救いは天下りがなかったことだ。しかし油断はできない。「文部科学省の官僚を天下りさせて監視しなければいけない」、そういう動きが出てこないように監視しなければならない。
                                     完

 
 「地域包括支援センター」というごまかし

 4月26日の東京新聞に、「地域包括センター 低い知名度」という見出しの記事があった。ついこの前までの私であれば、この記事を見過ごしていたに違いない。記事の存在さえも気づかなかったことだろう。

 ところが、この記事が出るわずか二日ほど前、私は知人を通してある介護保険のボランテアの方と話す機会があった。そして、その時はじめて、私はこの「地域包括センター」という言葉を耳にしていた。だからこの記事が目に付いた。

  「地域包括支援センター」などという抽象的な言葉のどこにも、介護や医療をあらわす響きはない。しかし、これこそが、小泉・竹中改革による弱者切捨て医療改革の落し子なのである。

  そのボランテアの方の悲憤慷慨は、およそ次のようなものだった。

 ・・・後期高齢者医療制度ばかりが問題にされているが、同時に行なわれた改正介護法もひどい。要介護者の負担を増やす一方で、国側の責任の所在が不明になってしまった。相談窓口として「地域包括支援センター」という組織ができたが、これがまったく知られていない。何を聞いても埒が明かない。いままでは市町村の担当部局に行って直接に文句が言うことができたが、これからはすべて「地域包括支援センター」に相談してくれ、となった。ところがそのセンターの所在がよくわからない。要介護者はどんどん切り捨てられている・・・

  この言葉どおり4月26日の東京新聞の記事はこう書いている。

 ・・・お年寄りの医療や介護の総合的な窓口となる「地域包括支援センター」が、認知症の疑いがある高齢者の6割とその家族4割にまったく知られていない実態が、東京都の調査でわかった。センターは認知症の予防と早期発見の役割が期待されているが、十分に活用されていない現状が浮かぶ・・・

  この国ではとんでもない事が行なわれつつあるような気がする。われわれ国民の気づかないところでどんどんと行政が悪くなっていく。
                              完

 今の外務官僚では正しい外交はできない

  4月28日の新聞各紙はいっせいに中曽根外務大臣の核軍縮演説を掲載している。都内で開かれた日本軍縮学界(会長・黒沢満大阪女学院大教授)の設立総会記念講演であるという。

 その講演が外務官僚の手になる下手な原稿の棒読みであることを丹羽敦子記者の手になる4月28日の朝日新聞の記事が見事に証明している。それは何か。一言でいえば、「国益達成の為の本気の外交ではなく、外交努力に励んでいます、という姿勢を世論に示す内政、つまりアリバイづくりの外交」、という事である。

 核軍縮を訴えるのはいい。そしてそれを実現する事が困難なことも理解できる。しかし、日本外交が本当に核廃絶を実現しようとするのなら、中曽根演説よりも先にすることがある。それは核廃絶に向けての対米外交だ。

 オバマ大統領の包括核軍縮提案の本音を聞きだすことだ。もしオバマ大統領が本気で核軍縮を進める気があるのなら、日本として全面的にそれを支援する意思を伝え、日本のできる事は何でもする、と伝えることだ。

 オバマ大統領でも核廃絶は困難だ。しかしオバマ大統領の米国がその気にならなければ核廃絶はできるわけがない。

 日本が本当に核廃絶を望んでいるのなら、オバマ大統領をその気にさせるしかない。インド、パキスタン、イスラエル、イラン、北朝鮮などに核を放棄しろ、と言ったところで何の意味もない。外務官僚のあさはかなスピーチ原稿とそれを棒読みする中曽根外相のなさけなさだけが目に付く。

 イラク駐留米軍の犯罪に抗議したマリキ首相

 小さな一段の記事であったが、極めて重要な記事である。4月28日の朝日新聞と読売新聞が、それぞれカイロ特派員発の記事として報じていた。イラクのマリキ首相が米国に対し、今年1月に結ばれたイラク駐留米軍に関する地位協定違反であると米国に抗議する声明を出したという。

 さる4月26日、イラク中部クートで駐留米軍のテロ掃討作戦が行なわれた。その巻き添えでイラク人女性ら二人が犠牲になった。数百人の抗議デモが起きた。地位協定は、米軍の掃討作戦にはイラク政府に対する事前説明と承認を受ける必要があると定めている。その約束を破ったとマリキ首相は声明を出した。これは米軍の「犯罪」だと非難し、米軍に責任者の引渡しを要求したという。

 マリキ首相といえば米国の傀儡と見なされてきた人物である。そのマリキ首相が、駐留米軍地位協定を盾にとって米軍責任者の引渡しを求めたのである。

 翻ってわが日本はどうか。国民が犠牲になっても米側に抗議はしない。出来ない。治外法権を定めた日米地位協定の改正については、地域住民の強い要望にもかかわらず、頑として応じようとしない。

 米国の傀儡首相であるマリキ首相でさえもイラク国民の怒り背に米国と交渉し、米軍の犯罪を非難、追及しているのだ。それができるのだ。

 日本の首相はそれ以下だということだ。
                                      完

 
 北方領土問題(米国にとっての利用価値)

 谷内政府代表の北方領土3・5島返還論の失言が大きな問題となっている。

 しかし、北方領土問題の解決を妨げたのは米国だったという歴史的事実を知っている国民がどれほどいるのか。

 「日米安保条約は実質的に終わっている」という書き出しではじまる 元外務省幹部孫崎享氏の著書「日米同盟の正体」(講談社現代新書)が、その著書のなかで、「北方領土は米国にとり、二度、三度と味 わったおいしいアーモンドグリコである」と次のように書いている。

 一度目はヤルタ秘密協定(1945年2月のルーズベルト、チャーチル、スターリン三首脳会談)である。ソ連の対日参戦を望んだルーズベルトは、千島列島についてのソ連の 領有権を承認し、この約束はトルーマンにも引き継がれた。

 二度目は1951年9月に署名された対日講和条約(サンフランシスコ条約)における千島列島の範囲に関する米側の曖昧な態度である。サンフランシスコ条約は、「日本国は、千島列島ならびに・・・樺太の一部 およびこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原および請求権を放棄する」と規定している。

 しかし、孫崎氏は、丹波實元駐ロ大使がその著書「日露外交秘話」(中央公論社)の中で、「日本に千島列島を放棄させるが、その範囲を曖昧にしておけば、この範囲を巡って日本とソ連は永遠に争う事になる・・・」と いう在京英国大使館発本国宛極秘電報を引用していることを紹介している。

 その上で、実はこれと同じ事を米国政府関係者が言っていたのだ、と、マイケル・シャラー、アリゾナ大学教授の著書「『日米同盟』とは何だったのか」(草思社)の次の言葉を引用して我々に教えてくれる。

 「・・・千島列島に対するソ連の主張に異議を唱えることで、米国政府は 日本とソ連の対立をかき立てようとした・・・うまくいけば、北方領土についての争いが何年間も日ソ関係を険悪なものにするかもしれないと彼らは考えた」

 三度目は極めつけの歴史的事実だ。鳩山一郎の二島返還合意の実現に対し、米国はこれに正面から待ったをかけた。その史実を孫崎氏は次のように書く。

 「1956年の鳩山一郎政権時代、歯舞、色丹を手に入れることで領土問題 の解決を図ろうとしたことがある。これに対し、同年9月7日、米国国務省は 日本に『日ソ交渉に対する米国覚書』を出している。それによると、日本はサンフランシスコ条約で放棄した領土に対する主権を他に引き渡す権利を 持っておらず・・・仮に(ソ連と)合意すれば、米国はサンフランシスコ 平和条約による一切の権利を留保する。平和条約はチャラになる、と言っている。凄い警告である・・・」

 賢明な読者はもうおわかりだろう。北方領土問題は、対ソ外交の問題であると同時に、実はこよなく対米外交なのである。

 いみじくも、鈴木宗男は平成18年10月23日提出の質問主意書で、「ロシアとの北方4島帰属問題を解決するにあたって米国の仲介が必要では ないか」と質している。

 これに対する10月31日付の政府答弁書がふるっている。
「政府としては・・・ロシア連邦政府と引き続き粘り強く交渉していく 考えである」。

 鈴木宗男の質問をかわした見事な官僚答弁だ。外務官僚では北方領土は返って来ない。

                                                  完

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