Font-size: small medium big

Blog Calendar

サイト内 検索

 


 人気blogランキング(政治)に参加しました、応援お願いします。 人気blogランキング

2009年04月06日

 北朝鮮ミサイル発射がつきつけたもの

 
 北朝鮮ミサイル発射が突きつけたもの(その1)
 ―米国から否定された日米安保体制と沈黙する日本

 以下天木直人メルマガ4月6日からの全文転載です

 
 メディアは北朝鮮ミサイル発射問題一色だ。果たして国民はそのニュースを
どこまで詳しくフォローしているのだろうか。

 毎日の勤労に疲弊している国民の多くは、洪水のように溢れる新聞やテレビ
の報道を深く読んでいる暇はないだろう。

 しかしそれでよいのだ。どれもこれも同じようなニュースばかりだ。やっぱり
発射した。でも何も起こらなかった。よかった。日本政府は何もできなかった。
でも関係者にはご苦労様だった。それにしても北朝鮮はとんでもない国だ。
国際社会はこれを許してはいけない・・・これでいいのだ。

 まもなくこのミサイル発射騒ぎもニュースは取り上げなくなる。次々と新しい
ニュースが流される事になる。

 しかし、やはりそれだけではいけない。

 「金は無いけど暇ならある」私が、忙しい読者に代わって全国紙の殆どを毎日
詳しく読み、重要な記事を見つけて問題提起する。それがこのメールマガジンの
目的である。

 だから今回のミサイル報道についても、膨大な同じような記事の中から、
いくつかの注目すべき記事を探し当てて読者に紹介したい。第一回目は
「米国から否定された日米安保体制」についてである。

 4月6日の産経新聞に、日米同盟の「新たな真実」という見出しで、
ワシントン駐在編集特別委員の古森義久氏が次のように書いていた。

 「ゲーツ米国防長官は3月末のテレビとの会見で、北朝鮮のミサイルが
米国本土に向かってこない限り『迎撃の計画はない』と断言した。同じミサイル
が日本領土に照準を合わせて発射されても迎撃対象としないという意味になる。
文字通り解釈すれば、日米安保条約の米国の責務に反する重大発表だった・・・
北朝鮮のミサイル脅威(から日本を守ること)には米国には必ずしも依存
できないという深刻な新シナリオが浮かびあがる・・・」

 古森氏が指摘するまでもなく、これは極めて重大な現実である。米国による
義務違反宣言である。米国からの日米安保体制否定である。

 それにもかかわらず麻生首相はその事に対し一言も米側に懸念を表しようと
しない。日米同盟論者は一切語らない。メディアもこの事を一切触れない。
まるで怖いものから皆が意図的に目をそらしているかのようだ。

 その点古森委員は立派だ。その記事を掲載した産経新聞を評価する。問題は
古森氏のその後に続く言葉である。

 小森氏は言う。日本だって集団的自衛権を禁止しているではないか。日本の
防衛の為に行動する米軍部隊や基地に向けられたミサイルを撃てば、憲法違反と
騒ぎ立てるではないか。この不均衡を是正することが日米共同ミサイル防衛の
前提だ。
 麻生首相はこの際、「ミサイル防衛では集団的自衛権の行使の権利を留保する」
と国民に解禁宣言をすべきだった。そうする事によって日米同盟の希薄化を防ぐ
努力をすべきだった、と。

 語るに落ちるとはこのことだ。どこまで行っても対米従属から逃れられない。

 北朝鮮ミサイル発射が突きつけたもの(その2)
 ―日朝平壌宣言が破られたと言った田中均元外務省幹部
 
 元外務省OBの田中均氏が4月6日の読売新聞で北朝鮮ミサイル発射について
の意見を寄せていた。

 その内容は大方の評論家が述べている事柄の寄せ集めの如くであり、真剣に
読むほどのものではない。

 しかし、その中にただ一箇所、彼ならではのコメントが書かれていた。それは
次のくだりである。

 「・・・2002年9月の日朝平壌宣言には、ミサイル発射凍結が盛り込まれ
ていた。今回の発射は宣言違反であろう。日本は交渉を求め、『違反』と指摘
することが大切だ・・・」

 周知のように田中均氏は、米国にも、外務省にも十分知らせることなく、小泉
元総理と組んで密かに小泉訪朝をお膳立てしたと言われた人物である。

 当然のことながら日朝平壌宣言作成の裏事情にも精通している。いや、自ら
日朝平壌宣言を起草した張本人であるから、その有権解釈ができる唯一の日本人
と言ってもいい。

 その田中均氏が、今回のミサイル発射によって北朝鮮は日朝平壌宣言に違反した、
と言ったのである。

 日本最大の購読者数を誇る読売新聞紙上で、そう公言したのである。

 拉致問題を巡るその後の日朝間の交渉の行き詰まりで明らかなように、日朝
平壌宣言は、もはやとっくの昔に破られている。

 それにもかかわらず日本政府は、何かにつけて「日朝平壌宣言に基づいて」と
いう白々しい言葉を言い続けてきた。

 メディアもそれを許してきた。

 それは小泉元首相の面子を潰すわけにはいかないからだ。日朝国交正常化を
最優先する左翼政党を喜ばせて批判の矛先を向けさせないためだ。

 しかし、ここに至って、田中均元外務審議官は、日朝平壌宣言は破られたと
認めた。この発言の意味は大きい。

 そうであるならば、田中氏は外務省に提言すべきだ。もう一度振り出しに
戻って、日本と北朝鮮は交渉を始めるべきだと。

 拉致問題も核問題も日朝国交正常化も、すべて一括して交渉し、同時解決を
図るべきだと。

 そして今度こそは、この国の指導者の手柄の為ではなく、自分の出世の為でも
なく、国民に目を向けた外交を行うべきだ。

 拉致問題も北朝鮮のミサイル問題も、利害を一番有しているのは日本だ。
その日本が、米国の都合に合わせて六カ国協議の陰に隠れ、あげくの果てに
米国の気まぐれではしごを外される。

 自主、自立した直接交渉を北朝鮮としないままでいる。

 そんな愚かな外交があるだろうか。

 日本は今こそ日朝首脳協議を再開すべきである。制裁強化の国連安保理
決議づくりに無駄な奔走をしている時ではない

 北朝鮮ミサイル発射が突きつけたもの(その最終回)
 ―核ミサイルの脅威から日本を守る最善の方策は何か

 今回の北朝鮮のミサイル発射が我々に突きつけたもの、その最終回は、
究極の問いかけに対する答えである。

 それは何か。核ミサイルの脅威が現実のものになったとき、日本を守る
最善の安全保障政策はなにか、という問題である。

 実はこの深刻な問題は、今回のミサイル発射予告がなされた時から、
突きつけられていた。

 その事について私は3月1日のメルマガ第80号と11日の第99号で書いた。

 最終回のこのメルマガでズバリ本質に切り込んで見る。

 今度のミサイル発射は人工衛星かミサイルか不明だ。たとえミサイルで
あってもテポドン2号は日本向けではない。

 だから迎撃の対象はミサイルをロケットから切り離した後の落下物であった。
それが間違って日本に落ちてきた場合に粉砕すればいいというものであった。

 その可能性は極めて少ない事は分かっていた。間違って落ちてきた残滓を
ミサイル戦争の迎撃ミサイルで撃ち落す。こんな緊張感の無い迎撃でも
これほど騒いだのだ。

 しかし北朝鮮は日本向けのノドンミサイルを多数持っている。それが実戦に
使えるものである事は確認されている。

 北朝鮮が小型核弾頭の実用化に成功しているかどうかについては見方が
分かれているが、早晩保有する事は間違いない。この見方は一致している。

 つまり北朝鮮のミサイル核の脅威は現実のものなのだ。

 もし日本が今回落下物をめがけてミサイル発射をしていたらどうか。もし
北朝鮮が、米国のように、正当防衛だ、先制攻撃だ、と言って核弾頭を搭載した
ノドンミサイルを日本に撃ち込むという宣戦布告したら日本はどう対応するのか。

 ミサイルの応酬となる。ミサイル戦争となる。日本も独自で北朝鮮の
核ミサイルの脅威に対応できる軍備を持たなくてはならない。そうでなければ
舐められる、となる。

 この考え方は、なにも保守・右翼的な人の専売特許ではない。大方の日本国民
もそう考えるだろう。

 いいだろう。この考えに立って、ならばどうすればいいのか。行き着く先は
日本の核武装しかない。

 因みに、あの田母神前航空幕僚長さえ、日本の核武装を主張する事を
ためらっている。米国の核兵器の発射ボタンを日本が共有させてもらえばいい、
などという馬鹿な事を言ってごまかしている。

 米国が日本に核兵器のボタンを自由に使わせるはずはない。米国が日本を守る
保証がないことは今度のゲーツ国防長官の発言で証明された。

 北朝鮮の核の脅威を、「武力で抑止する」前提に立てば、日本も核兵器を
持たなければならないのだ。これは誰もが認めざるを得ない現実である。

 繰り返して言うが、もし、「武力で北朝鮮の核ミサイル脅威に対抗する」の
であれば、それを上回る核兵器を日本は持たなくてはならない。中途半端な
防衛力ではむしろ危険が高まる。

 日本が核兵器を持つことを米国は決して許さないだろう。国際社会は日本の
核保有に懸念を有するだろう。日本は孤立するだろう。今から核武装を行なえば
多額の予算が必要となり、ただでさえ苦しい国民生活は一層圧迫される。

 しかし、これらのマイナスをもろともせずに、一気に核武装に走らざるを
得ない。「武力で北朝鮮に対抗する」には、それしかない。

 問題はその後である。それでも日本の安全保障は確保されない。一発でも
北朝鮮の核ミサイルを撃ち損じれば、人口が密集し、機能が東京に集中して
いる日本が受ける打撃は壊滅的だ。

 政府は、そして国民は、その犠牲を覚悟できるか。

 しかも問題はまだある。最後の究極的な問題は、孫崎享氏がその著
「日米同盟の正体」(講談社現代新書)で述べているように、「核ミサイル
の脅威は北朝鮮だけではない。ロシアも中国もある・・・」のだ。

 つまり核ミサイル戦争を想定した場合、北朝鮮のみに適用できる装備では
不十分なのである。

 しかし、核大国のロシア、中国を仮想敵国としたミサイル防衛は、もはや日本
は不可能なのだ。何があっても日本は核戦争で国土の広い、人口の多いロシアや
中国に勝つ事はできない。

 今回の北朝鮮のミサイル発射事件に抗議して右翼が街宣車で弱腰日本を
怒鳴っていた。主婦らしき女性が、こんな情けない日本でどうするとわめいて
いた。それをテレビが映していた。

 その一方で評論家が、食うに困る最貧国の北朝鮮が世界で十指に入る
核ミサイル保有国になったのだ、この高揚ぶりは、WBCで優勝して国威発揚
している日本とは比較にならない、と言っていた。

 見ているがいい。核兵器がテロに渡る事が避けられないと見るや、米国は
核の全廃を世界に訴えるようになる。すでに米国はそう言い始めている。

 北朝鮮のミサイル実験が突きつけたもの、それは憲法9条こそ最強の安全保障
政策であるという事である。

 今こそ日本は世界に率先して平和外交の重要性を訴えるべきだ。

 安保理決議で北朝鮮に対する制裁強化を訴えるような愚を犯している場合では
ない。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2009年04月03日

 オバマのアフガン新戦略 ほか

 
 オバマのアフガン新戦略が日本に送るメッセージ


 3月27日、オバマ大統領が対アフガン新戦略を発表した。「この戦いは武器だけで勝つ事はできない」と強調して、外交官や経済支援に当たる文民要員も増強すると明らかにした。
  オバマ大統領は間違っている。「この戦いは武器だけでは勝てない」のではない。「この戦いは武器では 勝てない」のだ。米国はまず武力行使の停止を宣言し、平和を実現した後で 経済支援や文民協力を行なうべきなのだ。その協力を世界に求めるべきなのだ。

 最近発売された「日米同盟の正体」(講談社現代新書)の中で、著者の孫崎享氏は つぎのように書いている。国際貢献を謳う背景には米国の長年の戦略があると言うのだ。

 「・・・(1990年代初期、日米安全保障面の責任者である国防省日本部長 の任にあった)ポール・ジアラは論文『新しい日米同盟の処方箋』(1999年) で次の説明を行なった。
 『PKOや人道援助、災害援助などの分野は政治的に受け入れやすい こともあり、共同で行なうことは同盟の結束を促す上でよい機会である。人道 支援などで作戦を日常的に行なうことは、はるかに緊張度の高い有事への作戦の準備としても絶好の訓練になる。このような活動で求めるものは有事と共通である・・・』
 今日米国は、イラク戦争への協力、アフガニスタンへの自衛隊派遣の模索に 見られるように日本に軍事力を高めさせ、これを積極的に米国戦略の中で活用 していくという姿勢が明確である。そしてこの傾向は間違いなくオバマ政権に 継承される・・・」

 武力行使と平行して経済支援や文民協力を行うことは目くらましだ。上手くいくはずはない。


 米国に「対話重視外交」などできるのか  

 
 ブッシュ大統領の単独主義から「チェンジ」することを掲げて登場したオバマ大統領。その政策は対話重視ということになっている。外交では「国際協調」路線となり、多国間外交となって現れる。イランへの外交対話の呼びかもオバマ新政権の柔軟なアプローチとして注目された。

 しかし米国は本当に「対話重視外交」にチェンジしたのだろうか。

 この問いかけに見事に答えているのが3月30日の読売新聞に掲載されていた「『対話重視』外交の盲点」という記事である。国際交流基金日本研究・知的交流部長の小川忠氏は次のように書いていた。

 「米国が対話と交流を重視する政策をとることを歓迎したい。しかし、対話と交流を通じて米国を知れば知るほど、(果たして)世界の若者は米国を好きになるだろうか・・・会って対話すれば対米感情が好転するという見方も(また)西洋優越意識の表れといえないだろうか・・・」、と。

 対話とは相手の意見に耳を傾ける事である。相手の意見に同調点を見つけようと努力する事である。自らの誤りを認める謙虚さと、相手の主張が正しければ譲歩する勇気を持つ態度である。 その気がない対話は対話ではない。対話するジェスチャーでしかない。最後は決裂して強硬手段に訴える事になる。果たして米国に本物の対話外交ができるのか。


 孫崎享著「日米同盟の正体」(講談社現代新書)の書評が見当たらない

 どうやら政府・外務省は外務省OBが書いたこの本を徹底的に無視するつもりだ。この著書が脚光をあびては困るのだ。

 そうであれば私が紹介する。そこに書かれている以下の事はすべて資料や関係者の発言に基づいて書かれた事実なのである。国民必読の書である。若い世代が読むべき本だ。

1.日米安保条約は、2005年10月29日の日米外務・国防大臣間の合意(日米同盟:未来のための変革と再編)によってとって代わられた。しかし政府・外務省は、国民には、何も変わらない、といい続けてきた。

2.日米同盟関係というが、実態は、守屋元防衛次官が認めているように、米国が一方的に決めたものを日本が従うだけの関係である。そもそも自主、自立した安全保障政策を持たない日本なのだから、「共通の戦略」などあろうはずはない。米国の戦略に従うほかはない。

3.日本に国際貢献を求める米国の狙いは、政治的に受け入れやすいものからはじめて、最後は軍事協力に行かざるをえない状況にもっていくことである。PKOや人道支援、文民協力を言い出し始めたのはその戦略のあらわれだ。

4.日本人は安全保障問題を軍事的、戦略的に考える事ができないので、経済を絡ませて説得すればいい、と米国は考えている。石油に依存する日本は中東問題に貢献しなければならない、などというのがその好例である。

5.危険の分担は求める。しかし自立した抑止力は決して持たせない。これが米国の一貫した対日安全保障政策である。

6.米国の重要な外交は謀略でつくりだされてきた。南北戦争も真珠湾攻撃も9・11も、それをきっかけに国民を戦争に駆り立てる謀略だった。米国は北方領土問題でみずからの立場をわざと曖昧にし、日本とロシアを永久に争わせる、それが米国の戦略だった。

7.日米同盟を唱える者たちは、米国の戦略が正しいと思ってそう言っているのではない。損得勘定で得だと考えたからだ。「議論で勝って(正しい政策を主張して)、人事で飛ばされる」、それが組織で生き残る知恵だ。なんと寂しいセリフだろう。

8.いまの米国の安全保障政策の要は中東政策である。その米国と軍事的一体化を進める日米同盟強化が、国益なのか。日本国民のためなのか。

9.日本ではいま、ミサイル防衛が国防の柱になりつつある。しかしそれは有効ではない。ミサイルが真に怖いのは核弾頭を搭載した場合である。  そしてそのミサイル攻撃に最も脆弱なのは日本なのだ。日本はミサイル戦争をしてはならない国である。 
 

 小沢民主党にエールを送りたいが・・・
  

 小沢問題は二つのまったく異なった問題が混同されている。一つは小沢一郎の金権政治批判であり小沢一郎嫌い問題である。もう一つは検察官僚の横暴である。国民はメディアが流す小沢批判に目を奪われて検察官僚の横暴の深刻さを見落としてはならない。

 小沢民主党が潰される事になれば、この国は官僚とメディアという目に見えない無責任な権力が、今よりも倍加してのさばる事になる。

 そうなればもはや如何なる権力批判もできなくなる。対米従属が無条件で進みこの国の平和理念は空疎なものになる。支配者と被支配者の関係が固定される。そうさせてはならない。

 この国の指導者になろうとしている政治家を一夜にして潰せる検察の権力を放置すれば、国民弾圧など朝飯前ということになる。

 果たして小沢一郎と民主党はこの戦いに勝てるのか。それはもちろん私には分からない。小沢一郎と民主党の出方を見ていると心細い。それでも小沢民主党にエールを送らなければならない。それがつらい。 

 矢野絢也が語る小沢民主党への直言   


 週刊新潮4月9日号の「永田町を斬る!」で矢野絢也元公明党委員長が次のように書いていた。私は彼の政治評論をどの政治評論家のそれよりも信頼、評価している。小沢民主党に対する以下の直言も私はまったく同感だ。小沢一郎も民主党も耳を傾けるべきだ。

 「・・・洪水のような西松がらみの献金情報は・・・仮に検察のリークであるにしても、ボディブローのように小沢氏にダメージを与えている。小沢氏の反論に多くの国民は同調していない。小沢辞任を求める世論は多い・・・ 政治はマスコミもひっくるめて所詮、権力闘争の修羅場なのだ。すでに小沢氏は政治に負けている・・・氾濫する報道が怪しからん、と小沢氏が怒る気持ちはわからないでもないが、怒ってみても国民の疑惑は消えない・・・ 後は小沢氏がどう判断し、それを有権者が選挙でどう判断するかの問題だ・・・ 民主党議員は、「小沢氏は選挙に不利になると判断すれば自発的に辞める」と期待しているらしいが、そうやって洞ヶ峠を決め込んでいるうちに国民は民主党を見捨てる。これではせっかくの政権交代の可能性を確実に潰す。小泉元首相のブームは、是非がはっきりしていたことが源泉だった・・・こういう大事な時に是非を論じない民主党に政治の劇的転換を期待するほうが無理かもしれない。ただ口をつぐんで周りを見回すだけの民主党議員の無気力さ、ぶざまさ。まだ麻生おろしを堂々と言う自民党のほうがまともに見えてくる・・・」

 
 ドル支配体制に挑戦し始めた中国
  
 3月28日の朝日新聞は、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁が「基軸通貨として米ドルには限界がある」という趣旨の論文を発表した、と書いていた。朝日新聞はまた4月1日の夕刊で、中国がドル基軸通貨体制からから距離を置き始め、人民元によるアジア共通通貨圏構想を本格的に検討し始めた、と書いていた。

 おりからG-20首脳会議がロンドンで始まる。サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機が騒がれた前、あらゆる経済専門家が米国のドル支配は終わった、パラダイムシフトなくして世界経済危機は乗り切れない、と叫んでいた。

 それから半年、世界経済は更に深刻さを増している。それにもかかわらず世界の首脳は、自国の利害を優先し危機打開の国際合意を見出せないでいる。 米国はルールを変えようとせずにドル覇権にしがみついているかのようだ。対米従属しか策のない日本は、世銀・IMF体制支援を繰り返している。 そんな中での中国政府のドル支配体制に対する挑戦の動きである。

 しかし、私が注目したのは、中国要人のドル離れの発言だけではない。その発言が、中国国民の高まる不満に押され、それを静めるために行われ事を知ったからだ。

 発売中のニューズウィーク日本語版4月8日は、「アメリカに甘い」自国政府に反発、と言う見出しの記事の中で、次のように書いていた。

 「アメリカ発の世界不況のなか、中国では対米批判が噴出している。それをもっとも気にしているのは米政府ではなく中国の指導部かも知れない。 危機を引き起こした張本人であるアメリカを、なぜわが国政府は支持し続けるのか・・・不況にあえぐ中国国民の間でそんな感情が高まっている・・・
 こうした批判を静めるために、中国政府はアメリカに対して厳しい態度を取り始めた・・・周総裁は3月23日に公開した論文の中で、ドルに代わる準備通貨をIMFが創設すべきだと主張した。これに先立つ3月13日には温首相が、『(現在の金融危機における米国債保有を)心配している』と発言した・・・
 それでも中国強硬派の不満はおさまらない・・・IMFの準備通貨をドルから変更するだけでは不十分だ、IMF自体がアメリカの管理下にあるではないか、中国政府は米国債に投資するのをやめて、その資金を国内のインフラ整備や国防強化、社会福祉の充実にまわすべきだ、と主張する・・・」

 正論だ。「アメリカに甘い」と自国政府に堂々と反発する中国国民と、その声を背景に対米外交を進める中国政府。もしそれが現実のものであれば、これこそが自主、自立した外交ではないのか。米国の単独主義外交に唯一抗することのできる国民外交である。

 思えば1997年のアジア通貨危機の時、当時の宮沢首相、榊原財務官は円アジア通貨圏構想を未熟なまま提案し、米国の逆鱗に触れて潰された。

 それから10年余がたって、中国は国民外交に裏打ちされた元アジア通貨圏構想に向かって動き出したのだ。経済危機に襲われ弱体化した米国経済は「ドルは現在極めて強い。米国が世界最強の経済で、政治システムも最も安定していると投資家が考えているからだ」と強がりを見せる(3月24日のオバマ大統領の記者会見)一方で、生き残りをかけて北米通貨圏構想(アメロ)を密かに進めているという噂はたえない。今まさに壮大な金融戦争が繰り広げられているのではないか。
 何事につけて中国を批判するわが国の強硬派は、中国の強硬派を少しは見習ったらどうか。叩く相手を間違えることなく、日本政府に自主、自立した対米経済外交を少しは要求したらどうか。日本は本気になって米国から自立した経済戦略を語るべきだ。日本国民はその事を政府に突きつけるべきだ。

  
 
浅田真央ちゃんの敗北とその理由   
 
 発売中の週刊文春4月9日号に、3月24日から米ロサンゼルスで開かれた世界フィギュア選手権で完敗した浅田真央選手の敗北の理由について書かれた記事があった。
 ことの発端は3月中旬。キム・ヨナ選手が韓国のテレビ局のインタビューで「2月の4大陸選手権試合の直前の練習で日本選手に妨害された」と発言した、と報じられたことにある。
 これに過剰反応したのが日本側のスケート連盟。妨害した事実はありませんと声明を出し、韓国スケート連盟にも調査を求める公式文書を送るなど否定に躍起になった。
 両国連盟が話し合いの場を持ち一件落着した後も、日本スケート連盟の関係者には、「韓国側の妨害工作だ」、「絶対今回だけは負けるな」などと憤る者もあらわれたという。浅田選手自身もロサンゼルス入り後この件で取材を受けざるを得ず、日韓対決のような周囲の雰囲気に巻き込まれて神経質になっていたという。その影響もあって、我々がTVで見たとおり浅田選手はミスを連発した。
 それでも日本の関係者中には「キム・ヨナは点数が出すぎじゃないか」、と敗北をジャッジのせいにしたり、感情的になったりした者が多かったという。
 この件について聞かれた安藤選手のモロゾフコーチはこう語ったという。
 「(今回安藤選手が三位に入ったのは)誰一人として僕のじゃまをしなかったからだ。連盟の中には変わった人がおり、いろいろ口を挟んでくる。普通なら一番に選手、二番にコーチだが、日本は連盟があって次に選手。これはいけない。きょうの真央にも同じことが起きた・・・」

 私がこのメールマガジンで言いたいことは、このモロゾフコーチの言葉の中に
ある。
 権威や組織を優先する日本社会の特殊性は、メリットも確かにあった。しかしそれはまた官僚支配や権威主義となって目に見えない社会的圧力になり、個人や民間の自由なエネルギーを押さえ込んできたのもまた事実である。
 おりしも日本は未曾有の政治、経済の混迷期にある。この困難な時に、官僚、組織、権威、が幅をきかせ、何もしない、できないのに、その既得権だけで国民の財を食いつぶしていく。
 その一方で、権威を持たない個人やフリーランスや若者が割りを食わされたまま沈黙を続けざるをえない。
 これは不合理ではないか。この構造を主客逆転しなければ日本は救われないのではないか。
 選手よりも監督が目立った星野ジャパンよりも、選手を信じ、尊重し、選手に一丸となってやる気を起こさせた原ジャパンが世界一になった理由はそこにあるのではないか。
 一度は政権交代を起こしてみたいと国民の多くが思い始めた理由もそこにあるのではないか。
 さびしげな表情を見せた真央ちゃんは、「また頑張りたいという気持ちが出てきた」とけなげに語ったという。
 その真央ちゃんに再び勝利の笑顔をよみがえらせるためにも、スケート連盟は引っ込むべきではないか。
 既得権に胡坐をかく日本の支配者たちは、このあたりで総退陣すべきではないか。そう考えさせられる週刊文春の記事であった。

 


 

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング