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2009年04月29日

 護憲派は安保論議から逃げてはいけない

 
 護憲派は安保議論から逃げてはいけない
 

 4月24日に、安全保障問題に関する二つのテレビ番組に呼ばれて参加してきた。一つは関西読売テレビの「やしきたかじんのそこまで言って委員会」の収録(放映は5月3日)、もう一つは「田原総一郎の朝まで生テレビ」の実況である。

 いずれの番組も、少数の護憲派ゲストが、多勢のタカ派の論客によって罵声を浴びせかけられる、そういう番組である。タカ派の視聴者は溜飲を下げ、護憲派の視聴者は歯軋りさせられる、そんな番組である。

 このような番組は、安全保障問題を深く考えない一般国民を改憲派に導くおそれがある。番組の意図もそこにあるに違いない。

 しかし、番組を出演した護憲派の一人としてつくづく感じたのは、攻撃されているのは決して平和主義者のほうではないということである。実は追い込まれているのはタカ派なのだ。そのことをつくづく感じた。

 たとえば、国を守るのに、「強い軍隊を持つべき」か、「憲法9条を堅持する」か、という単純な二者択一の議論になると、たちまちタカ派が勢いづく。「平和憲法で日本が守れるか、馬鹿なことを言うな」と罵声を浴びせる。スタジオに集まっているサクラのような観客の多くが、そういう時に限って拍手をする。

 軍事力か平和憲法か。そのような対立軸で議論を始めればたちまち対立する。平行線を辿る。声の大きいものが勝つ。議論は成り立たず感情論で物事が決まる。だから私はそんな議論にまともに参加する気はない。

 そのかわり、各論でタカ派の主張の矛盾を一つ一つ突いていけばいい。そうすればたちどころに彼らは行きづまる。そしてタカ派の間の喧嘩がはじまる。

 なぜか。それは国際政治の現実がタカ派を追い込んでいるからである。タカ派の強硬な発言は、無知な世論を誤魔化すことが出来ても、国際政治の現実を誤魔化す事はできないのだ。

 たとえば、「自主防衛力を高める事で日本の安全を守る」ことは当たり前だとタカ派は主張する。しかしこの考えはたちどころに国際政治の壁につきあたる。軍事力で国を守ろうとすれば行き着く先は核武装しかない。核武装まで行かなければ、彼らの当面の敵である「核を持った北朝鮮」に勝てないからだ。北朝鮮から脅され続ける事になるからだ。

 そして日本の核武装については、田母神氏のような単純強硬派は、わが意を得たりとばかり「その通りだ」と言う。

 しかし、多少なりとも国際政治の現実を知っている自称インテリ親米保守派は、「米国はそれを認めない。日本は世界の孤児になる」、と核武装を否定する。

 こうして保守・タカ派の間で罵り合いが始まる。

 もう一つの大きなテーマである「日米同盟の是非」については、保守・タカ派はもっと追い込まれている。

 「米国が日本を守ってくれると本当に信じているのか」と聞けば、彼らは答えに窮する。誰も、内心は、米国が日本を守るなどとは思っていない。特に最近の米国の日本軽視を見れば、誰でもそう思う。

 しかし、彼らは決して「米国は日本を守らない」とは言えない。それは彼らの最後の砦である「日米同盟こそ日本外交のすべてである」という考えに、ほころびが入るからだ。いったん日米同盟に疑念を持ち始めると、たちどころに日米同盟神話の崩壊につながる危険がある。それを彼らは知っている。

 私はその質問を安倍元首相にぶつけてみた。「おじいさんがつくった安保条約はもはや米国によって否定されているのではないか。ソ連共産主義の脅威を前提にした日米同盟はもはや不要ではないのか」、と。

 それに対する安倍元首相の答えが、今の政府・自民党の矛盾のすべてを物語っていた。

 「日米同盟は日本の安全の為だけにあるのではない。世界の平和と安全についての共同責任もある。それに、集団的自衛権を行使できない日本にも責任がある。米国が戦っている時に、それに協力しない日本を米国が本気で守る気になるだろうか。守ってもらえるためにも、まず日本は集団的自衛権を使えるような国にならなくてはいけない」という。

 これは嘘である。苦しい言い訳である。日本が集団的自衛権を行使しようがしまいが、米国は国益に合致しなければ、日本の為に米軍を動かす事はない。

 岸元首相が結んだ安保条約は、世界の平和の実現に向けた日米共同責任などといはどこにも謳っていない。あくまでも日本の防衛のための軍事同盟である。

 要するにこのような言い訳をしない限り、もはや日米安保条約を擁護できないのだ。

 日米安保条約はもはやその根拠を完全に失っている。だからこそ政府・自民党は「米軍再編への協力」とか、50周年を迎える来年に想定されていると報じられている「新しい日米安保宣言」などという政府決定によって安保条約に代わる新しい政策をつくろうとしているのだ。

 しかも、国会条約を結んで堂々と国民の前で審議することはしない。政府決定でこれを行なう。つまり国民の知らない間に日米安保条約を書き換えようとしているのである。

 ほかにも争点はいくつかあるが、最後に北朝鮮のミサイル脅威に関する論点を一つだけ述べておく。

 今度の北朝鮮のミサイル実験により、北朝鮮のミサイル脅威がことさら強調されるようになった。日本のミサイル迎撃能力を強化しなければならない、という声が政治家の中にも、メディアの中にもあがっている。

 いいだろう。確かに北朝鮮のミサイル脅威は深刻だ。それでは、どこまでミサイル迎撃システムを強化すれば日本国民の生命を守れるのか。憎き北朝鮮とのミサイル戦争に勝てるのか。

 中途半端な迎撃システムの強化は無意味だ。危険ですらある。北朝鮮のミサイル攻撃を打ち砕くためには膨大な予算が必要だ。

 しかし、ただでさえ深刻な国民経済の中で、ミサイル防衛強化に予算を振り向けられるのか。それを国民が許すのか。

 それよりもなによりも、すでに何百発もあると言われる北朝鮮のミサイルをすべて撃ち落せるのか。核弾頭を積んだミサイルが一発でも東京に落ちた時、その犠牲ははかり知れないことを本気で考えたことがあるのか。その犠牲を誰が甘んじて受けるのか。その犠牲を覚悟しろと誰が言えるのか。

 保守・強硬派の議論は各論に入るとたちまち行き詰まる。だから司会者は決して各論に入ろうとしない。都合の悪い質問になると、たちどころにさえぎり、無視し、矛先をそらして終わりにする。そして最後は必ず憲法9条を唱えるだけでは無責任だ、という事にしてしまう。

 これは茶番だ。勝手にそう言っていればいい。そのうちに日本は米国にとって利用価値がなくなる。見捨てられる。そんな馬鹿な事を許してはならない。

 護憲派は安保論議から逃げてはならない。安保議論に強くなって、各論で保守・タカ派の矛盾を打ち負かさなければならない。

 時代はそこまで進んでいる。そして国際政治の現実は、ますますタカ派に不利に動いていく。馬鹿でない限り、最後は憲法9条のありがたさに気づく事になる。

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2009年04月25日

二枚舌を使った大前研一氏 他

 二枚舌を使った大前研一 
 
 私は2月20日のメールマガジン第64号で、大前研一氏の近著「さらば アメリカ」(小学館)」で、彼がオバマ大統領に、いまこそ日本を見習って 憲法9条のアメリカ版をつくれ、と提唱している事を紹介した。

 彼のような親米、資本主義の象徴のような人間が、ついに平和憲法の重要性 に気づきはじめた、とこれを歓迎した。

 ところが、その大前研一氏が、今発売中の5月13日号SAPIO誌上で 堂々と改憲、自主防衛を訴えている。驚くべき二枚舌である。

 彼は「最強国家ニッポンの設計図」という連載の最終回として「大前国防論」を展開している。その中で、今こそ日本はタブーなき「憲法改正」論議に踏み込み、真の独立国家を目指すべきである、 と言っている。去勢国家から脱却するため、核、空母、爆撃機、そして国民皆兵を議論すべきだ、とまで言っている。

 私は勘違いをしていたのだろうか。そう思ってもう一度、大前研一著「さらばアメリカ」を読み返してみた。

 勘違いではない。確かに次のように書いてある。

 「・・・私はこの文章(憲法9条)をそのままアメリカに献上したい。日本の戦後の繁栄もこのおかげであったし、本書でも述べたように、アメリカ のつまずきはまさにこの文章に反することをいとも簡単に、しかも不必要に 多用したことに尽きる。これは人類の尊厳に対する蹂躙であり、リーダーたる 者の資格を疑わせるものである。核兵器は結局、相互抑止力となって使えない ものとなったし、あまりにも強い通常兵器は、その使用自体が人類社会に対する挑戦である。
 もしアメリカが世界平和を希求するなら、みずから進んでその破壊力を共同管理の下に提供すべきであり、その他の国もそれに従うべきである・・・」(268ページ)

 大前研一氏はまったく正反対の事を、わずか2ヶ月後に書いているのだ。

 彼に好意的に解釈すれば、SAPIOの記事は連載記事であり、ひょっとしたら、この原稿はオバマ政権ができる前に書き終えていたものかもしれない。その後オバマ大統領が誕生し、ブッシュ政権からチェンジするためには平和外交に切り替えるしか米国の再生はない、と大前研一氏は思い始めたのかもしれない。だから「さらばアメリカ」で述べられている彼の考えが最新の考えかもしれない。

 それにしても、大前研一氏は読者に説明する責任がある。わずか2ヶ月の間に、彼は読者に二つのまったく異なる見解を述べたのだ。お金を払って彼の意見に耳を傾けた多数の読者に誠実に対応しなければならない。さもなければ、彼が今後どのように偉そうなことを書いたところで、「二枚舌の大前研一」の一言で一蹴されてしまうだろう。

 少なくともその二つの言説をお金を出して購読した私はもはや大前研一を信じることはできなくなった。

                                                  (完)

  テレビ業界にジャーナリズム精神は存在しない


  前回のSAPIO誌(小学館)は、「誰が総理を殺したか」という特集を組んで、小沢事件を徹底的に検証していた。それが面白かったので、私はメルマガで4回にわけて紹介した。

 今回5月15日号は、「テレビ報道番組は滅絶寸前」 という特集号を組んでいる。これがまた極めて面白い。そのレポートはかなりの量であるから、サブタイトルだけを以下に列挙するにとどめておく。

 それを読むだけでも、テレビ業界がいかに腐敗しているかがわかる。今更ながらテレビはもはやジャーナリズムなどではないと思い知らされる。

1.社員は記者クラブでふんぞり返り、厳しい現場は制作会社に丸投げする
  殿様報道局
2.「映像最優先」と「善悪二元論」が視聴者をミスリードする本質的構造
3.新聞、雑誌を見て東奔西走するいまどきのテレビニュースのつくり方
4.報道も、「見た目が9割」、「タレントキャスター」ばかりが続々増殖中
5.政府、与党に媚び、民放に追随するNHKに受信料を払う価値があるのか
6.もはや政官の「介入」に抵抗すらしなくなったテレビ・ジャーナリズムの
  「自殺行為」

 このほかにもまだまだ面白い指摘があるのだが、ここで止めておく。そのかわり、残されたスペースで、日刊ゲンダイ4月24日のきわめつけの記事を引用して終わることにする。

 「テレビ業界に石を投げると有名人の子供にぶつかる」という見出しのその記事は、「キャスターとしての評判は様々だが、親としてはマトモかもしれない」という書き出しで、古舘伊知郎の事を褒めている。
 何事かと思ったら、成城大学4年生の長女が「テレビ局に入社」せずに、アパレル会社に進路を決めたからだ」という。

 その後に続くテレビ業界と有名人の子息、令嬢の就職実態をみると、古舘が褒められている理由がわかる。

 みのもんたの長男と次男はともにTBSと日テレ。故松岡利勝農相の息子はNHK。「嵐」の桜井翔の妹が今年日テレに総合職で入社。桜井の父親は総務省総合通信基盤局長で将来の次官候補。中川昭一前財務省の長女はフジテレビ社員。鈴木宗男の娘も4月からNHKに入局・・・

 おそらく同様の例は山ほどあるに違いない。これではテレビに権力批判などできるはずはない。馴れ合いなのだ。

 それにしても、なぜこのようなことになるのか。SAPIOの記事とあわせ読むと、その答えは、「まともな番組をつくることなく高給がもらえるからだ」、という事になる。

 羨ましい限りだ。せめてコネ入社でないことを願う。
                                          (完)

  

  読者へのお知らせ

 やしきたかじんの「そこまで言って委員会」につきましては4月24日の午後に関西読売テレビで安倍元首相の参加をもとに無事収録を終えました。

 その放映は明日(27日)の日曜日だと思っていたのですが、5月3日の憲法記念日に放映するということがわかりました。

 読者の皆様におかれては、どうか5月3日にこの収録が放映される事について注目してください。

 私の発言というよりは安倍元首相の発言に興味深いものがありました。

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2009年04月23日

 これは今世紀最大の言論封殺事件ではないのか 他


  これは今世紀最大の言論封殺事件ではないか


 大手新聞やテレビが一切流さないが、すべての週刊誌やゴシップ誌が
書いている事件がある。

 それは何か。この問いに瞬時に答えられる読者は、世の中の動きを注視
している人だ。

 しかし、そのような人たちでも、この事件の異常性と深刻性に気づいている
人はどれほどいるだろうか。

 その事件とは、「松竹芸能」というプロダクションに所属している関西の
タレント、北野誠が、あるラジオ番組で失言し、それがもとですべての番組
から降板させられたという事件である。

 失言問題で政治生命や芸能生活を棒にふる人たちを我々は何度も見てきた。
しかし、それらはいずれもメディアに大きく報道され、公開されるのが常で
あった。

 世間のまともな批判や、まともでない言葉狩りなどによって、衆人環視の下
でその責任を取らせられるのが常であった。

 ところが今度の北野事件は一切が不明のままなのである。彼がどのような
失言、放言をして、誰の怒りをかったのか、どの週刊誌、雑誌を読んでみても
断定的な事は何一つ書かれていない。

 北野誠の失言、放言が以前から問題になっていたとか、芸能人仲間の過激な
裏話を口にすることで有名だったとか、そんな憶測記事は山ほど書かれているが、
どれひとつとして特定、断定しているものはない。

 それにもまして、北野誠とそのプロダクションに対して、芸能界からの永久
追放ともいうべき徹底した制裁を加える事のできる人物、もしくは組織とは、
誰なのか、何なのか。これがまるでタブーのごとく触れられていないのだ。

 それでも、報じられている事を総合して判断すると、どうやら芸能業界の
ドンと呼ばれるバーニングプロダクションの周防郁雄社長を激怒させたことが
理由らしい(週刊朝日5月1日号ほか)。

 その異常さを4月22日の日刊ゲンダイは次のように書いている。

 ・・・(すべての番組から降板させられた、そんな)舌禍事件に対して、
所属事務所も放送したラジオ局も、それを報じるマスコミも、「不適切な発言」
というだけで具体的な内容は一切明かさなかった。それが一層興味をかきたてた
わけだが、複数の週刊誌が最新号で「大手芸能プロダクション・バーニングに
対する誹謗・中傷」と報じたことで、騒ぎは一瞬にして収まった・・・」

 驚くべきことだ。バーニングプロダクションという名を聞いたとたん、
関係者がみな納得して口をつぐんでしまったというのだ。

 もしそうであれば、さらに重大な疑問が湧いてくる。泣く子も黙る芸能
プロダクションバーニングとは何なのか。

 そこで思い浮かぶのはタブーなきラジカル・スキャンダルマガジン月刊
「紙の爆弾」(鹿砦社)である。

 バーニングを批判したとして名誉毀損で訴えられた鹿砦社は、一審の敗訴にも
屈することなく、言論の自由をかかげてドンキホーテのように控訴して
闘っている。

 その経緯は同誌の4月号に詳しいが、最後の次のくだりをここに紹介する。

 「・・・現在わが国の芸能界は、バーニング、吉本興業、ジャニーズ事務所の
三巨頭を中心として群雄割拠し、秩序が形成されている。一方、マスコミ出版界、
とりわけ芸能マスコミといわれる領域は、三巨頭に翼賛化され、ほとんど批判的
な言論が存在できない事になってしまっている。小なりといえども、それらに
対してタブーなく批判できるのは、僭越ながら本誌『紙の爆弾』ぐらいだ。
 だから、本件訴訟で、私たちが屈することは、数少なく残された批判的
メディアの壊滅を意味する。芸能界が今後、健全たろうとするならば、意に
沿わない批判的言論を力でおしつぶすのではなく、まっとうな主張には耳を
傾ける度量がなければならないだろう。
 私たちが、名うてのヤメ検・矢田次男弁護士を守護神とした『芸能ゴロ』と
非妥協的に闘うことにより、今後さらなる苦境に追い込まれるやもしれない。
その際には、読者の皆様方のご支援を賜り、彼らの理不尽な攻勢に断固立ち
向かっていく決意である・・・」

 読者の皆さんに私が何を言いたかったか、もうお分かりであろう。

 北野誠事件は、単なる芸能ゴシップ問題ではない。権力と言論の自由、
そして検察官僚の天下りが絡んだ、法と正義の危機の問題でもある。

 鹿砦社の闘いを孤立させてはいけない。
                                   (完)

   限界集落にこそ人間らしい生活がある


 誰が名づけた言葉かは知らないが、いつの間にか限界集落という言葉が
メディアに目につくようになった。

 過疎化や少子化によって人口の半分以上が65歳以上の高齢者となり、
社会的共同生活の維持が困難になってしまった集落、というような意味らしい。

 いかにも官僚的な冷たい言葉だ。物事を効率や合理性で片付けてしまう発想
から生まれた言葉だ。

 サンデー毎日5月3日号に、限界集落をヒッチハイクや車で巡りながら、
現地の農家に寝泊りし、その土地の魅力を掘り起こしてブログで発信している
若者の事を書いた記事があった。

 無農薬・循環型の農業に従事する夫婦との出会いや、里山の豊富な水資源を
利用してエネルギーを自給する取り組みを始めた人、自家栽培の米と大豆を、
昔ながらのかまどで炊事する人。

 「住むこと、食べることを自分で出来れば、外部環境に依存しない自立した
生活が送れる、限界集落にはそんな思想が隠れています・・・お金を得るため
に言いたい事が言えなかったり、自分の人生に筋を通せないことがある。
 お金はなくても心から喜ぶ暮らしができる・・・」

 そのような話に頷きながらその若者は旅を続けるという。

 この記事を読んで、私は、少し前に読んだもう一つの記事を思い出した。
その記事とは月刊誌「創」4月号にあった大川豊の記事である。

 大川豊とは、就職試験で153社に落とされたため、自ら大川興業を設立
してその総裁におさまり、154番目のその会社の合格内定をみずからの手で
出した、と称するギャグ男である。

 その大川総裁が、ある限界集落を訪れた時のレポートを次のように
書いていた。

 「・・・長野県の栄村に行き、山田義輝さんという、なんと90歳の元気
バリバリのおじいさんに会った・・・さっそく栄村で有名な田直しの話を
聞いた。国の補助事業だと30アール以上のたんぼでないと補助金は出ないが、
勾配の激しい山肌にあるたんぼはそんなに広くはつくれない。それに、そんな
広いたんぼが欲しいわけではない。田植え機や刈り取り機が通れるだけの広さ
でよかった。それに国の補助を受けると、村もお金を出さなければならない。
そこでパワーショベルの達人と言われる青年と契約した。10アールあたり
200万円弱かかり、農家と村の負担がそれぞれ50万円ずつかかるところを、
自分たちでやることで、10アール40万円にコストがさがり、農家の負担も
20万円で済んだ・・・
 山田さんは道直しもしている。国の補助を受けるには道幅6-7メートルで
ないと規格が通らないし、土地買収や家屋の移転、さらには国土交通省への陳情
にも手間がかかる。そこで、冬のあいだ除雪作業をやってもらった5人の作業員
を通年契約にしてもらい、村職員と建設班をつくって、一緒にブルドーザーを
動かして、道路を広げた・・・補助事業でやると、1平米あたり3・5万円
のところ、1万円。3割以下のコストですんだ。しかも10倍以上のスピード
で直してしまった・・・」

 政府に頼らず自助努力でここまでできるのだ。官僚行政に頼る事が、いかに
割高で不自由であるか、ということだ。

 大川総裁のレポートは医療や観光誘致にまで及ぶが、長くなるのでここ
でやめる。しかし大川総裁の次の言葉だけは紹介しておきたい。

「・・・若者とお年寄りの元気を合体させたい。情報を若者や他の集落に
伝える事によって、『俺たちもやろう』となる。非常に高い可能性を感じる。
限界集落というよりも、明るく楽しい無限界集落をつくりあげていこう
じゃないか・・・この山の多い国で、知恵と勇気で頑張ってきた限界集落に
派遣村を作ってほしい。おばあちゃんの煮物もおいしいし・・・」

 この最後の煮物のところだけ少し説明がいる。大川総裁が山田義輝
おじいちゃんと話している時に、突然おしかけた大川総裁たちのために、
おばあちゃんが煮物をつくってくれたという。その時の状況を大川は次の
ようにほほえましく描写している。

 「・・・『だべでけ』と言うんだけど、『いぞいでづぐっだからうまぐね』
とも言う。一口食べると、非常においしく、『うまい!』と言いながらながら、
おじいちゃんに道路の話を訊いていると、『やっぱり、いぞいでづぐっだがら
うまぐね』と入ってくる。『そんなことないですよ。おいしいです。僕たちは
外食ばかりですからおいしいです!』、『でも、やっぱり、ダメだ。
いぞいでづぐっだから』、と絶妙の間で入ってくる。
 家の周辺を案内してもらっている時も、あばあちゃんは、普通よくお年寄り
が押しているカートではなく、クロネコヤマトとか宅急便の人が使うような、
ものすごくでかい台車で、ものすごく大きな醤油を運んでいた。
『おばーちゃん、僕が運びますからーーーー』と思わず叫んでしまったくらい、
デカい台車とデカい醤油だった。その醤油を使って作ってくれていた
(煮物だった)のだ・・・」

 限界村で生きている人たちには間違いなく厳しい生活を強いられている。
必死で生きている。しかしそこには生活の知恵と喜びがある。生きる充実感が
ある。それこそが本来の人間の生きる姿ではないのか。

 永田町と霞ヶ関で作り出されるこの国の政策にははるかに及ばない
温かさがある。

 我々の税金の分捕り合戦で明け暮れる政治家や官僚は自らを恥じるべきだ。

 政治などなくても人々は立派に生きていけるという事を思い知るべきだ。

                                        (完)

 おしらせ

  24日深夜の朝まで生テレビ、26日の たかじんのそこまで言って委員会 に
  出演します。

  

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2009年04月21日

 ついに東京新聞が「日米同盟の正体」を取り上げた 他

 
 ついに東京新聞が「日米同盟の正体」を取り上げた


 ついに大手新聞が取り上げた。4月20日の東京新聞は一面の社説「筆洗」で孫崎享氏の著書「日米同盟の正体」(講談社新書)について書いた。しかもその著書の核心部分である「日米安保条約は外務官僚の手で国民の知らない間に書き換えられていた」という事を正面から指摘した。

 東京新聞の社説はこういう書き出しで始まっている。

 「日米安保条約にとって代わった文書が存在する。こんな話をされたら『いつの間に』と不思議がる人もいよう。外交上の秘密文書ではない。2005年10月29日、日米の外務・防衛担当閣僚が署名した文書である。正式な題は『日米同盟・未来のための変革と再編』という・・・」

 問題はこの社説の意味をどこまで読者が、国民が、理解できるかということである。

 そのためにも、この社説がきっかけとなって他の大手新聞、メディアがこの問題を次々と取り上げられていかなければならない。
 
 外交・安保問題を専門とする学者や評論家が「日米同盟の正体」の著書の内容の是非について正面から論ずるようにならなければならない。

 その事によって、結果として何も知らなかった国民の頭の中に問題意識が芽生えるようにならなければならない。

 果たしてそうなるだろうか。残念ながらそうはならないだろう。政府・外務省、防衛省は孫崎氏の「日米同盟の正体」が論議されるようになって困るのだ。だから必死に押さえ込むだろう。朝日新聞などは決して孫崎氏の著書を持ち上げはしないだろう。

 孫崎氏の著書「日米同盟の正体」が正しく評価される日本にならなくてはならない。すべては国民の覚醒にかかっている。

 
 朝日新聞の劣化は目を覆うばかりだ

 たとえば4月19日の新聞各紙を読み比べでみて、今更ながら朝日新聞の劣化を痛感した。

 東京新聞は、今年の7月末に、韓国が(北朝鮮ではない。念のため)、人工衛星搭載のロケット打ち上げを計画していること、それが日本の領海上空を通過することで日韓両国が最終調整していることがわかった、とスクープしている。政府は、北朝鮮のミサイル発射で大騒ぎする一方で、韓国のミサイルが領海上空を飛ぶ事については口をふさいで国民に隠していた、ということだ。

 産経新聞は、北朝鮮がミサイル発射前の3月に、米政府がカーター前大統領を極秘裏に訪朝させて北朝鮮に発射実施を思いとどまらせようとしていた事を教えてくれている。 やはり米国は米朝協議を重視していた。これからも米朝協議を模索するだろう。ますます日本は蚊帳の外に置かれることになる。

 日経新聞は、訪米中の安倍元首相が、ワシントンでの講演会で、同行した民主党の前原誠司副代表の名前を出して、「前原さんが民主党政権で首相になれば、自民党とほとんどかわらない」、などという発言をしたことを報じていた。その発言の内容もさることながら、政権を投げ出した安倍元首相はどの面をさげて訪米できるのか。

 毎日新聞は、東京で開かれているパキスタン支援会議に出席中の米国特別代表ホルブルック氏が、東京の外国特派員協会で会見し、「アフガニスタンとパキスタンのテロリストたちが東京など世界主要都市への攻撃を計画しているのは間違いない」と発言したと報じている。 とんでもないウソの脅迫発言だ。他の主要都市はいざ知らず、日本が反米、反イスラエルのテロに狙われるはずはない。狙われるとしたら米国に加担させられたからだ。

 これらの記事の一つ一つは重要な問題を含んでいる意味のある記事だ。

 それにくらべ朝日新聞には興味ある記事がまったくない。それどころか一面トップで報じられている記事といえば、家電販売大手「ベスト電器」の郵政不正事件であり、舟橋洋一主筆とガイトナー米財務長官とのインタビュー記事である。

 前者は西松事件と同じ構図の民主党叩きであり、後者は舟橋主筆の宣伝インタビューでしかない。内容はまるでない。そもそもガイトナー米財務長官で米国の金融危機が乗り切れるのか。

 朝日新聞はもはや購読に値しない新聞になりさがりつつある。毎日熱心に大手新聞を読み比べている私がそう思うのだから間違いない。


 朝日新聞の経営陣は読者の声に謙虚に耳を傾けるべきだ


 朝日新聞の劣化について書いたところ複数の読者から、自分もそう思っていた、ながらく愛読してきたがついに購読を止めることにした、などなどの意見が寄せられた。

 朝日の愛読者だからこその意見であろう。朝日新聞の経営者はそのような貴重な読者の声に謙虚に耳を傾けるべきだと思う。

 われわれが新聞に期待するのは、迅速で正確な事実の提供である。しかしそれだけであれば新聞は一つでいい。

 われわれが新聞に期待するのは、同時にその事実の背後にある解説であり、論評である。そしてその解説、論評記事の中にこそ、各新聞社の存立意義があるのだ。その拠って立つ主義、主張が失われればどうなるか。

 かつての朝日新聞は、権力を監視し、平和、人権を尊重するリベラル紙を標榜していた。その考えに共感するからこそ読者は朝日新聞を購読していたのだ。その基本的な軸が、いつの間にぼやけ、ついに権力側に与するようになってしまった。

 読者が離れるのも無理はない。朝日新聞を購読する意味はなくなったと多く読者が思うゆえんである。
 それにしても、朝日新聞は変わった。変わっただけでなく紙面がおどろくほどに劣化した。朝日に一体何が起こったのであろうか。

 
 政治の軸にならない貧困問題

 東京新聞に時々掲載されるロナルド・ドーア氏の「時代を読む」という論評がある。彼の肩書きは英国ロンドン大学政治経済学院名誉客員である。その論評に私は共感を覚える事が多い。4月19日の「政治の軸にならない貧困」という見出しの論評もそうであった。

 彼は、先日発表された麻生首相の緊急経済対策について、小泉・竹中路線から転向し、供給面の規制撤廃より、総需要刺激策のほうが景気対策にとって必要だ、やっと麻生首相はそれに気づいたか、めでたい、めでたい、と皮肉交じりに一応は歓迎してみせる。

 私が注目したのは、その後に続く次のくだりだ。

 彼は56.8兆円のうち、雇用対策費は4.4兆円、金融対策費はその十倍の44.8兆円である、と指摘した上で、『麻生政権の関心の優先順位はそんなもんか』と失業者は怒らなければならないと言う。

 他の先進国、特にアングロサクソンの国でも、新自由主義に基づく「制度改革」による不平等化は見られるが、日本で不思議な事は、この不平等の問題が政党政治の重要な軸にならないことだ、と言う。

 貧困関係の本が書店にあふれ、メディアの関心も外国に比べ強いにもかかわらず、日本では貧困・再配分の問題が政治論争の主要軸にならないという。

 ドーア氏はその理由については何も書いていない。それどころか、この論評を、「なぜだろう」という問いかけで終えている。

 なぜだろうか。その答えは勿論私にもない。しかしいくつかの問題提起はできる。

 労働組合をバックに持つ社民党や共産党は、湯浅誠を自らの政党の候補者としてなぜ取り込もうとしないのか。彼を政治家にさせ、この国の雇用問題、所得格差問題について政治の場で活躍させれば間違いなく雇用、失業問題は政治の中心課題となるだろう。

 もし湯浅誠がそのような誘いを受けているのならば、みずからのライフワークを完成させるためにも、彼の支持者と一緒に政治の場で活躍すべきだ。もし湯浅が社民党や共産党のような既存政党に飽き足らないのであれば、湯浅新党を立ち上げて政治に風穴をあけるべきである。

 もし社民党や共産党が湯浅誠とその背後にいる派遣労働者を政治の中に取り込もうとしないのなら、社民党や共産党の雇用対策、失業対策は口先だけと言うことだ。政治を、貧困問題の真の解決よりも、自分たちの組織存続、拡大を優先しているということだ。

 そしてもし湯浅誠が、あくまで政治から距離を置き、貧困問題の解決は政治家の仕事だ、と突き放しているのなら、政治の力を過小評価しているということだ。自らが政治家になったときに及ぼしうる影響力に気づいていないということだ。

 貧困問題が政治の軸にならないようでは、その真の解決はおぼつかない。これだけははっきりしている。

  政治の軸にならない平和問題と国民新党の役割


 私は、ロナルド・ドーア氏の論評を引用して、この国では貧困問題が政治の軸にならない、政治家は誰も本気になって貧困問題を政治の場で解決しようとしない、国民もまたそれを政治に要求しない、と書いた。

 同様のテーマはもう一つある。それは平和の問題である。平和もまた政治の対立軸になっていない。

 政治家は憲法9条を踏みにじる政府・官僚を本気になって追及できない。国民は平和の問題を政治の主要テーマにしない。

 これは由々しい事だ。我々の生活の基本である憲法9条(平和)と25条(生存権)が、政治の軸にならないのである。

 ここ数ヶ月間、与野党は解散・総選挙絡みの駆け引きばかりに終始し、国会において、平和の問題もまた放置してきた。

 米海兵隊のグアム移転協定しかり。海賊対策法しかり。いずれも重大な憲法9条違反の法案であるにもかかわらず、まともな審議が行なわれないまま急いで成立させられようとしている。

 しかも政府は国民に嘘をついてまで成立を急いでいる事が明るみになったと言うのに、である。

 たとえば沖縄からの米海兵隊削減計画である。我々は8000人削減されると繰り返し聞かされてきた。そのように報道されてきた。しかし4月3日の衆院外務委員会で、外務省の梅本和義北米局長は、社民党辻元清美氏の質問に対し、それが嘘である事を認めた(4月9日朝日新聞)。07年9月時点での在沖縄海兵隊の実数は1万3200人という。その数が1万人になるだけなのだ。わずか3200人の削減に過ぎない。その見返りに膨大なグアム移転費を負担させられようとしている。国民に十分な説明がないままに国民の税金が使われようとしている。

 海賊対策法の嘘もまた明らかになった。4月19日の東京新聞は、ソマリア沖に派遣されている海上自衛隊がこれまでに警護した日本関係船舶は、政府が説明していた数の3割程度しかなかったことをスクープしている。不景気によって航行する日本関係船舶が急減しているのだ。

 本来ならば派遣そのものを見直さなければならないのに、現実は逆だ。政府は海賊対処法の成立を強行しようとしている。

 政治は何をしているのか。護憲政治家は何をしているのか。共産党や社民党の政治家が怠慢だとは言わない。圧倒的に少数なのだ。非力なのだ。そして雇用問題と同様に、野党第一党の民主党が動かないのだ。

 そのような中で、私は国民新党の動きに注目している。4月21日の新聞各紙は、国民新党の亀井久興幹事長が横浜市で記者会見し、一旦受け入れた民主党の海賊対処法修正案にもとづく与党との修正協議から、国民新党は離脱する方針を決めた、と報じた。海上自衛隊の海外派遣に反対する社民党との連携を重視して方針転換したという。

 国民新党は平和の政党になったのか。そういえば国民新党の亀井静香代表代行の最近の発言を聞いていると、平和外交の重要性を言い出し始めた。国民新党は平和の政党に脱皮しようとしているのだろうか。そうだとすれば私はそれを歓迎する。

 やがて国会で海賊対策法案をめぐる審議が始まる。私は国民新党が民主党より憲法9条に忠実な立場を取ろうとしている事に注目している。

 保守的な国民新党が平和を標榜する政党になれば、より幅広く国民に訴える事が出来るのではないか。護憲・平和問題が左翼イデオロギー政党の独占物でなくなった時こそ、護憲・平和問題が政治の軸になる時かもしれない。国民新党の活躍に期待したい。


 天木直人メルマガ懇親会のお知らせ。

 現在までに確定した懇親会の案内です。最寄りの地に在住の方の参加を歓迎します。参加希望者は開催場所を明記の上メールにてご一報ください。メルマガを購読されていない方も歓迎します。思いを同じくする者たちとのネットによる連帯の輪を広げていきましょう。

 京都開催 

 日時 5月16日(土) 午後1時―5時
 場所 キャンパスプラザ京都(JR京都駅烏丸口から西徒歩5分)2階
(収容80名)
 集会名  天木直人メルマガ懇親会(以下同じ)
 参加要領 メルマガの購読者を優先しその他一般開放(以下同じ)
 参加費  会場代分担 一人当たり500円見当

 東京開催
 
 日時 5月31(日) 午後1時―5時
 場所 高井戸地域区民センター(収容70名)
 京王井の頭線高井戸駅徒歩3分、荻窪駅南口から関東バスで 4番
「芦花公園駅前入口行」「給田行」 高井戸駅下車 徒歩2分
 参加費   無料

 富山(高岡)開催

 日時 6月10日(水) 午後1時―5時
 場所 ビジネスイン高岡 4階研修室・会議室(収容45名)
    富山県高岡市駅南 5-3-3
    JR高岡駅南口徒歩1分
 参加費 500円(会場代分担)

 福岡開催

 日時 6月14日(日) 午後1時―5時
 場所 アクロス福岡 セミナー室2(収容70名)
    福岡市中央区天神1-1-1
 参加費 500円-1000円(会場代分担)

 福島開催

 日時 6月28日(日) 午後1時―5時
 場所 郡山ビッグバレット(収容60名)
 参加費 500円―1000円(会場代分担)

 盛岡開催

 日時 7月25日(土) 午後1時―5時 
 場所 いわて国保会館  せせらぎ(収容40名)
    盛岡駅から徒歩5分
 参加費 500円(会場代分担)

 山梨開催

 日時 8月22日(土) 午後1時―5時
 場所 生涯学習センターこぶちざわ
 JR小淵沢駅徒歩15分
 参加費 無料

 徳島開催

 日時 9月13日(日)
 場所 未定

名古屋開催

日時 9月20日(日)
場所 未定

 ─────────
 

 


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2009年04月17日

 麻生親書を携えて訪米する安倍元首相 ほか

 
 麻生親書を携えて訪米する安倍元首相

 4月14日の朝刊各紙は、麻生首相が13日夜、官邸で記者団に答え、「米国と連携して核兵器の廃絶に取り組む意向を伝える親書を、14日から訪米する安倍元首相に託した」と発表し事を報じていた。

 この一見何でもなさそうな記事に、私は二つの大きな疑問と不快感を持つ。

 一つは核廃絶に対する日本の積極性のなさである。

 今から二年ほど前に、キッシンジャーやシュルツ、ペリー、ナンといった米国の安保・外交の重鎮が、「米国が主導的立場に立って世界から核兵器を廃絶しよう」、と新聞広告を出したことがあった。

 このニュースを聞いた時、私は自らのブログで外務官僚に呼びかけたものだ。日本が活躍する大きなチャンスだと。この提案に乗って米国を動かせ。そして唯一の被爆国日本が核廃絶の先頭に立て、と。残念ならが外務官僚は動かなかった。

 それから2年。再びチャンスがやってきた。オバマ大統領が5日、プラハで核兵器全廃包括構想を発表したのだ。ところがまたしても外務省の反応は鈍かった。

 外交の麻生は、「日本は核軍縮を一貫して言ってきた数少ない国。米国が取り組むのは極めていい傾向だ」、などというひとごとのようなコメントを発表しただけだった。

 そして今度の首相親書の発出である。なぜ10日近くも間延びしたのか。なぜすぐに親書を出さなかったのか。

 それは麻生首相が自ら親書を書かなかったからだ。外務省幹部が自ら書こうとしなかったからだ。事務官に命じて書かせ、それを順番に裁決していくうちに日にちが経ってしまったのだ。要する誰も即座に英文の手紙を書けない、書かないのだ。

 それよりも私が腹立たしく思ったのは、親書を託した政治家に安倍晋三元首相を選んだ麻生首相のセンスのなさである。

 安倍晋三は憲法改憲をとなえ、核武装も辞さないと唱える連中と一緒になって「美しい国」をつくろうとしている右翼イデオロギーの政治家だ。 あの従軍慰安婦問題で米国議会を怒らせた政治家だ。何よりも、訳の分からない理由で施政方針演説直後に首相職を放り投げた無責任な政治家である。とっくに引退していなければならない政治家だ。

 そんな政治家に核廃絶の親書を携行させてどうする。米国がまともに相手にするはずがない。またしてもチャンスを見逃している。


   日本は一日もはやく北朝鮮との首脳外交を行うべきだ
    
 4月15日の毎日新聞と4月16日の産経新聞に、奇しくも防衛大学校の倉田秀也教授の意見が立て続けに掲載されていた。日本も北朝鮮との二国間協議を始めるべきだ、という意見である。まさしくその通りだ。

 そもそも6カ国協議と2国間協議とは二者択一の問題ではない。同時並行的に行なわれるべきものだ。

 北朝鮮は6カ国協議に復帰することを取引材料にして米国や中国との直接交渉を狙っている。米国も中国も、6カ国協議の開催に向けて、それぞれの利害と思惑から北朝鮮との直接協議を進めるようとしている。

 6カ国協議と2国間協議を並行して使い分けているのだ。

 それは当然である。なぜならば各国はそれぞれの国益があるからだ。それに基づいて外交を展開しているからである。

 6カ国協議は、いわばそのような各国の利害を認め合う最後の国際合意の場なのである。

 当然ながら日本も日本の国益がある。北朝鮮ミサイルの脅威をもっとも深刻に受けるのは日本であるし、何よりも日本は拉致問題という国民的懸案がある。

 しかも日本は北朝鮮に対しては巨額の経済援助という強い取引材料がある。北朝鮮にとっては喉から手が出るほど欲しい金だ。米国や中国との関係に比べれば、北朝鮮にとっては日本との関係正常化こそはるかに重要なはずだ。

 だからこそ北朝鮮は小泉訪朝を歓迎し、平壌宣言に合意したのだ。その意味で、国交正常化を首脳間のリーダーシップで実現しようとした小泉外交は正しかった。

 問題は、動機が不純だった事にある。ノーベル平和賞欲しさの小泉首相と出世を焦った外務官僚が、国民を欺き、みせかけの国交正常化を行なおうとした事にある。

 その思惑が外れ、予想以上の国民の反発をかったとたんに腰砕けになり、結果的に何度も北朝鮮を欺く事になった。これに北朝鮮が反発して日朝交渉は完全に行き詰まった。

 日本が北朝鮮との二国間交渉に踏み込めないのは、まさしく小泉外交がもたらした拉致問題の行き詰まりのためである。

 麻生首相に助言する。今こそ小泉北朝鮮外交を白紙に戻し、原点に返って金正日総書記との直接交渉を決断するのだ。

 過去を謝罪し、経済協力を行なって国交正常化を図る事と同時に、北朝鮮には拉致の全貌を明らかにさせて謝罪と原状回復を求める、核の脅威を取り除かせる。この同時的、包括的解決を行なうのだ。

 それしかない。その困難な協議をやり遂げてこそ、歴史に名を残す首相になれる。小泉首相がやりたくても、ついに果たせなかった国家的事業を成し遂げることができるのだ。


  天木直人メルマガ懇親会のお知らせ。

  京都開催(5月16日)および京都開催(5月31日)の参加者はほぼ定員に達しました。

  これらの懇親会に参加ご希望の方は私宛にメールでお知らせ下さい。

  なおあらたに山梨が次のように確定しましたのでお知らせします。

 山梨近郊にお住まいの方は参加申込みを受け付けます。

 日時 8月22日(土) 午後1時ー4時

 場所 生涯学習センターこぶちざわ

     山梨県北杜市小淵沢町7711

     電話 0551-42-1495

     JR小淵沢駅徒歩15分

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2009年04月13日

こういう人と世直しをしてみたい、 他

税金と予算は等しく国民のものである 

 麻生自公政権が4月10日、15兆円を超える財政支出をともなう2009年度補正予算を決定した。
 これは、これまでの最大だった小渕政権時の緊急経済対策(7.6兆円)のほぼ二倍であるという。先に成立した2009年度予算と合わせた一般会計予算額は、単年度で史上
はじめて100兆円を突破するという(4月10日読売)。当然のことながら、「国債の追加発行も過去最大級となる見通しで、財政規律は崩壊寸前」(4月10日朝日新聞)だ。
 痛みを国民に押し付けて突き進んだ5年半の小泉財政再建はいったい何だったのか。 あれほど国民に痛みを押しつけて強行した財政再建は、債務を膨らせたまま、米国発の金融危機によって更なる債務超過を招いただけだった。
 不況脱出が最優先だ、という。結構じゃないか。だけどその金はどこから来ている。その金を召し上げるこの国の税制は誰が決めている。財務官僚のいうままになり下がっている自民党政治家だろう。大企業への利益誘導に傾斜して見返りに献金を受けている自民党だろう。
いうまでもなく税(歳入)と予算支出(歳出)は表裏一体である。我々はあまりにも税制の決定権から遠ざけられてきた。われわれはあまりにも予算の適正な支出に対して無力なままに放置されてきた。
今度こそ政権交代を実現し、国民は税と予算を自らの手に取り戻さなければならない。


  北朝鮮の後はパキスタン支援で米国に振り回される事になる 

 私は4月8日のメルマガで対北朝鮮国連安保理決議の交渉は上手くいかないだろうと書いた。米国と日本との間で、対北朝鮮政策が根本的に異なるからだ。
案の定日本は米国に引導を渡されて引き下がらざるを得なくなった。それを素直に認めればいいものを、「決議にこだわって、その内容が緩くては意味がない」(麻生首相)と取りつくろい、安保理決議から議長声明に譲歩せざるを得なくなったことを誤魔化そうとしている。
 どこまで米国の言いなりになるのか。いつになったら自主、自立した外交を手にする事ができるのか。今度はパキスタン支援だ。4月11日の新聞にパキスタンをめぐる二つの対照的な記事があった。一つはパキスタンに対して1000億円の援助を行なうという日経新聞の記事である。
 政府・外務省は世銀との共催で4月17日に対パキスタン援助を東京で開催するという。その際に必要資金40億ドルの4分の一にあたる1000億円の支援を表明するという。この事を政府・外務省はあたかも日本の国際貢献であるかのよう宣伝する。メディアもその片棒を担いで大きく報道する。しかしこれはパキスタン国民のために支援では決してない。オバマ大統領の対テロ戦争の拠点となるパキスタンの政情を安定させる為の支援だ。対米テロ戦争支援である。
 それよりも何よりも、そもそも今のパキスタンが援助を受け入れられる状態であるというのか。11日の毎日新聞はパキスタンの平和がいま危機に瀕していると報じている。
パキスタン政府と武装勢力が2月に合意した和平合意が、米国の圧力で棚上げにされたままだという。このまま推移すれば反政府勢力が結束し、ザルダリ政権を攻撃するという。「近い将来、パキスタンの首都が戦場化するおそれがある」とまで毎日新聞は書いているのだ。
 援助の大前提は和平の実現である。パキスタンもまず和平の実現こそ先決である。和平が実現さえすれば、日本は他のどの国よりも立派な援助ができる。パキスタンの国民が真に喜ぶ援助ができる。その事を一番良く知っているのは外務省のはずだ。
対米従属が日本の外交のよさを損ねている。 

 大騒ぎする一方で本当の事を伝えない最近の報道

 大騒ぎする割には本当の事を伝えない。伝えても政府側に不利になる事は小さく報道する。目立たない形でごまかそうとする。この傾向が最近の報道にとくに目立つような気がする。その例を、北朝鮮非難決議をめぐる一連の報道で検証してみる。
 麻生首相はタイでの温家宝中国首相との会談の後で、「大変お待たせして申し訳ない。北朝鮮ミサイルの話で中国側と長い話になったもんですから」(4月12日毎日新聞)、と勿体をつけて記者会見に臨んだという。
 その上で、「日本としては(強制力のある安保理)決議が望ましいが、強い内容が確保され、国際社会が一致して迅速にメッセージが出せるのであれば形式に固執する必要はない」と記者団に明言した(4月12日朝日)、という。この事を4月12日の産経新聞などは一面でとりあげ、「名」捨て「実」 首相粘る、という見出しで持ち上げている。
 しかしこれには二つの大きなウソがある。ウソというのが言い過ぎならごまかし、誤誘導の作為がある。
 議長声明への妥協を麻生首相が決めたのは、温家宝首相を説得した(粘った)にもかかわらず、成功しなかったからではない。その前にすでに米国が「効果のない決議より、中身のある議長声明を目指す方針に転換」(4月12日東京)し、日本側にこれ以上安保理決議に固執するなと引導を渡していたからだ。温家宝首相との会談は、麻生首相が温家宝首相に強く迫ったというアリバイを作ってみせただけなのだ。
 より深刻なウソは「拘束力のない議長声明を受け入れた見返りに、日本側の主張する厳しい内容が受け入れられることになった」と言わんばかりの報道ぶりである。ところがどのような議長声明案がニューヨークの国連代表者間で話し合われているかの報道はない。
 そう思って探してみたらいくつかの小さな記事が目にとまった。その一つは、「米国にはしごを外され・・・決議断念に追い込まれた上、議長声明も甘い中身になれば、世論の批判を浴びかねない・・・」、という4月12日東京新聞の記事である。もう一つは「議長声明案は米国と中国がとりまとめを主導し、既に英仏ロも大筋同意した、という日経新聞の記事である。極めつけはその日経新聞が報じている「調整中の議長声明案」という小さな囲み記事である。現在安保理メンバー間で協議されている議長声明案は米中が主導して作成されたもので、その中には「ミサイルを発射した」という表現がどこにも使われていないという。
 我々は、北朝鮮非難に関する議長声明がどのような内容のものに終わるのか、注目しなければならない。日本のメディアがこれをどう報道するかを厳しく監視する必要がある。 「外交の麻生」の正体が明らかになるのはもうすぐだ。

 週刊現代誌上で「日米同盟の正体」を語った外務省幹部OB

 きょう(4月13日)発売の週刊現代4月25日号を見て私は本当に驚いた。元外務省国際情報局長の孫崎享氏が、北朝鮮への非難決議を巡って日本が孤立している本当の原因は、米国の裏切りにあると喝破しているのだ。米国は、日本を重視する振りをしながら、その実は対中国重視政策にある、対北朝鮮融和政策にある、と述べているのだ。
 それはもはや誰の目にも明らかだ。そのような指摘はすでに多く見られる。しかし、日本を代表するインテリジェンスの専門家(外務省国際情報局長)であり、ついこの間(3月31日)まで防衛大学校教授をつとめていた安保政策の第一人者である孫崎氏が、そう指摘するのである。その言葉の重みが違う。世間に与える衝撃度が違う
 私は3月23日のメルマガ第113号で、孫崎氏が上梓した「日米同盟の正体」(講談社現代新書)を読んで、それが驚愕の書であると紹介した。なぜなら、その書が日米同盟の欺瞞を指摘し、対米従属一辺倒の政府、外務省の外交では国益を損なうと、批判をしているからだ。
 それにもかかわらず、いや、だからこそ、この衝撃の書が、メディアから完全に無視されてきた。その異常さを私は3月31日のメルマガ第123号で書いた。そして今回の孫崎氏の週刊現代誌上での日本孤立発言である。
孫崎氏はこれで完全に外務省から決別した。外務省は孫崎氏を完全に敵と見なす事になる。裏切り者呼ばわりする事になる。
4月12日の東京新聞に石原慎太郎に請われて日本オリンピック委員会理事に就任した野上義二元外務次官の記事があった。野上義二は孫崎享と同期だ。先のWBCの際に米国までのこのこ出かけて観戦していたプロ野球コミッショナーの加藤良三前駐米大使は、孫崎享の一年先輩だ。
 日本外交がここまで危機に瀕している時に、外交について憂うことなく、優雅な天下りをむさぼっている二人の外務官僚OB。彼らと比べ、孫崎氏の覚悟に私はすがすがしさを覚える。彼の警告こそ国民は耳を傾けるべきだ。

こういう人と世直しをしてみたい

 送られてきたアジア記者クラブ通信の4月5日号に、3月13日に行なわれた土肥信雄都立三鷹高校校長の講演録が載っていた。
 私は土肥校長とはもちろん一面識もない。彼の人柄などは何も知らない。知っている事といえばメディアで報じられる土肥校長の言動ぐらいである。
 校長になるような人や、校長になれる人は、教育委員会に従順なものと相場が決まっている。しかしこの土肥校長は違う。教師の自由を奪うような通達を出してはいけない、と、東京都教育委員会を正面から批判した。そのせいもあってか、定年後の再就職として非常勤教員に応募したが、採用されなかった。そんな理不尽な教育委員会に泣き寝入りすることなく、土肥校長は不合格取り消しと損害賠償を求める訴訟を起すという。
 私が土肥校長に対して持つイメージは、報じられるそのような反骨漢という程度であった。
 しかし講演録の中の土肥校長の言葉の数々が、私を強くひきつけた。大学紛争のさなかに東大生であった土肥氏は悩む。人間は平等でなければならないと思い、マルクスや社会主義にひかれたが、権力の象徴である東大をやめる勇気はなかった。酒乱で暴力を振るう父親を見て暴力否定主義者になった土肥校長は、角材とかヘルメットを持つ事はできなかった。大学を出た後は一流商社に就職して利潤追求の尖兵となった。
これらの悔恨の思いが、今日の教育委員会との闘いにおいて絶対に譲れないと頑張る背景であるという。
 商社で輸入肉をやっている時に談合をやれと頼まれる。「死ぬか生きるかの時は法律違反も止むを得ないかもしれない。しかし、大企業が談合なんてやるな」、そう言ったら一笑に付された。その時、この会社では将来はないだろうと思ってやめる決断をする。給料も
社会的な体裁もすごくよかったけれど、そういうものはすべて放棄した。
 そして、次の人生で何を求めたかというと、利潤を追求しないこと、言論の自由だけは大切にしよう、子供に未来を託そう、そう思って教員を選んだという。
 土肥さんは左翼イデオロギストではない。しかし人間は平等に扱われなければならないと考える。言論の自由を奪うものを憎み、誰よりも暴力を否定する。何よりも、土肥さんは平和主義者だ。彼が最後の卒業式で生徒たちに話した事は、基本的人権の尊重と平和主義であるという。戦争は人の心の中で生まれるものであるから、心の中に平和の砦を
築かなければならない、という。教えた子供たちが将来、他人の事を考える社会的リーダーになったら、それが校長として自分がやった最も価値ある仕事だ、と言い切る。(生徒へのメッセージはと問われ)平和な社会をつくってほしい。平和だけが日本が誇れることだ、と答える。
 極めつけは、日の丸、君が代問題についての都教育委員会の職務命令に従い、不起立の先生を処分した事である。その事について、土肥さんは左翼主義者から激しく批判されることになる。その時の土肥さんの態度に、私は土肥さんの真骨頂を見る。
 法令は遵守しなければならない。戦うべき相手は間違った法令を平気でつくり、押しつけてくるような教育委員会だ。教育委員会こそ倒すべき敵である、と土肥さんは言いきってその教育委員会と闘う決意をしたのだ。
 土肥さんは、私の言う「強者」である。世直しは強者が本気になって弱者を束ねて闘わなくては難しい。強者が権力者の悪と闘ってはじめて世直しの可能性が出てくる。これが私の持論である。土肥さんと私は世直しをしてみたい。


読者の皆様へ

 小沢事件の本質をめぐって、ベンジャミンフルフォードと忌憚なき対談をしました。それの画像が以下の通りマグマグから発売されています。
 この企画はマグマグの営業行為に私とベンジャミンフルフォードが乗ったものです。購入に値するものになったかどうかは自信がありません。
 ベンジャミンフルフォードは私の親しい友人ですが、彼と私の考えは同じではありません。私は彼ほど闇の情報に通じていません。それゆえに彼の闇の情報についても私はそれを全面的に信用しているわけではありません。しかし彼の言う事には共感できるところも大いにあります。何よりもベンジャミンフルフォードは気の置けない私の友人であり、それゆえに彼を前にして私は言いたい事を思う存分言うことができました。
 私はこの対談の中で、私の見る小沢問題の本質を言いたい放題語っています。ベンジャミンフルフォードとの話のずれが滑稽なぐらいです。
 私は今回のベンジャミンフルフォードとの対談をきっかけに、一つのアイデアを思いつきました。その私のアイデアの実現に向けてマグマグ社と交渉を始めました。
 それはどういう事かというと、私のメルマガの読者から私との対談を希望する人物を人気投票で選び、その人物との対談を次々と行なうということです。そしてそれを私のメルマガの購読者に無料で提供するのです。
 つまり月額500円の私のメルマガのコンテンツを追加する事によって読者を増やすとともに、私のメルマガをほかに類のないユニークで魅力的なメルマガとるのです。いわば読者とともに新しいメディアを作る、しかもそれは活字だけではなく、映像と生の声によるメディアという事です。
 この考えはどうでしょうか。読者の皆さんにとっては金銭的負担の追加なしで私と、読者の希望する著名人とのインタビューが見られるわけです。まだメルマガを購読されていない方はこの機会に是非購読してください。
 読者の皆さん。是非この考えに賛同してください。その事がマグマグを動かし、この夢企画の実現に一歩近づくことになると思います。
 そのためにはベンジャミンと私との小沢問題に関する対談(放談? 漫談?)を、興味ある方はこの際購入して見てください。
 繰り返して言いますが、これは決して購入をお願いしているわけではありません。
今回の対談は面白いとは思いますが、購入する価値があるかはわかりません。
 しかし新しい企画はこのようにして対談相手を代えて次々と行ない、それを読者にメルマガの一部として配信する事であります。対談相手は読者の皆さんが決めるのです。もちろんマグマグの依頼に対し相手が「天木との対談なんかは死んでもいやだ」、と断ってくる場合がほとんどかもしれません。それでも始めてみる価値はある。そう思っています。因みに次ぎはこれも私の懇意にしている副島隆彦氏との対談を考えています。
 ごらんになった方は今後の改善の為に意見をお寄せください。服装が良くないとか、話す態度が悪いとか、話すテーマが悪いとか、なんでも意見をお寄せください。
 ただし顔が悪いというコメントには、どうにも対応できませんので、この点あらかじめご了承ください。

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2009年04月09日

 またレイチェルから勇気をもらった 他


 またレイチェルから勇気をもらった

 4月3日号の週刊金曜日8-9ページに「国際短信」という小さな囲み記事があった。
 そこには6年前の2003年3月16日にガザにおいてイスラエル軍の武装ブルドーザーにひき殺された米国の女性反戦活動家、レイチェル・コリーさん(享年23歳)の両親が、ガザを訪た事が書かれていた。

 あの時の記憶がまざまざと蘇って来る。レバノンの新聞は、これ以上パレスチナ人の生活を破壊してはいけない、と、両手を高く広げてブルドーザーの前に立ちふさがっているレイチェルの写真を掲載していた。記事には、その叫びを無視するかのように、ブルドーザーが彼女の上を通り過ぎて行ったと書かれていた。

 イスラエルのパレスチナ弾圧を容認する一方で、さらなる犠牲者を招くイラク攻撃を行なおうとしている米国のブッシュ政権。しかもその最大の理由がイスラエルの安全保障のためだった。
 そんなブッシュ大統領を全面的に支持する日本の小泉首相を私は許すことはできなかった。
 自分にはレイチェルのような真似はとてもできない。しかし外交官としてこのまま沈黙をすることは許されるのか。私の背中を押してくれたのはレイチェルの勇気だった。いまでも私はそう思っている。

 週刊金曜日のその記事には、レイチェルが亡くなる前に残していたという次のような彼女の言葉が紹介されていた。

 「私は、パレスチナの人々が、信じられないような恐怖に襲われながら、笑いや寛容さ、家族との時間といったものを失わないで生きる強さに、大きな驚きを覚えます。ここまで人間とは強くなれるものなのかという事実と、恐怖の極限状態にありながら人間的であり続けられる彼らの能力を見出しています。いま、思います。この世界とは、威厳に満ちたものであるということを・・・」

 私はまたレイチェルから勇気をもらったような気がする。
                                        完 
 
  「テロとの戦い」に傾斜する米国と日本の的外れ

 対北朝鮮制裁強化をめぐる国連安保理決議の交渉に明け暮れる政府と外務官僚は、あまりにもピント外れだ。

 北朝鮮の脅威をなくす事を最大の課題とする日本と、北朝鮮の核がテロに渡らない事が
最大の関心事である米国。両者の安全保障政策は根本的に異なる。

 その事を、報じられる安保理決議案の内容が見事に証明している。

 たとえば禁輸品目の追加案を見るがいい。船舶の貨物検査義務強化案を見るがいい。海外資産凍結の対象企業、団体の拡大案を見るがいい。

 いずれも北朝鮮とテロ組織やテロ支援国家との核移転協力を防ぐためのものである。米国の案だ。北朝鮮に圧力をかけようとする日本の制裁案とはまるで違う。

 おりしも4月6日、ゲーツ米国防長官は主要な兵器調達の見直しを発表した。その中には日本が米国に懇願していた最新鋭ステルス戦闘機F22ラプターの生産中止が含まれていた。

 4月8日の各紙は、この事によって、わが国の次期戦闘機導入計画は振り出しに戻った、日本の防衛産業にも波紋が広がる、などと騒いでいる。

 その騒ぎの陰で重要な事が見落とされている。

 それは米国がもはや装備の面でも、はっきりと「テロとの戦い」にシフトしたということだ。

 4月8日の産経新聞はゲーツ国防長官が2010会計年度の国防予算編成に向けて兵器調達の根本的見直しを行なわなければならないと述べた事を報じている。 ゲーツ国防長官は、もはや米国の装備は費用対効果が高くなければならないと言っているのだ。F22のような未来型の戦闘機はイラクやアフガンという現場で一日も使ったことはなかったと言っているのだ。そんな装備より、テロやならず者国家への即応を念頭においた無人偵察機とヘリコプターの増強こそ重要だ、と言っているのだ。

 日本政府や外務、防衛官僚は両目を開いてこの現実を直視せよ。耳をよくかっぽじいてこのゲーツ国防長官の言葉に傾聴せよ。

 「北朝鮮がほかの国に技術を渡すのを防ぎきれるだろうか」。これがライス米国連大使が北朝鮮がミサイル実験発射後に発した言葉である(4月8日読売)。日本の安全保障など眼中に無い。

                                                     完

 
 オバマ大統領閣下、大丈夫ですか 

 オバマ大統領の就任から3ヶ月近くたった。オバマ大統領の評価を示す二つの興味深い記事を目にした。
 発売中の週刊サンデー毎日4月19日号に、浅川進介という記者が「対テロ戦争から足抜けしたい米国がますますはまる『泥沼』」という見出しで次のように書いていた。
 「・・・米オバマ政権をあざわらうかのように、『アフガニスタン新戦略』の要となるパキスタンでテロが相次いでいる。3月30日にはパキスタン東部、ラホール近郊の警察訓練施設を武装グループが襲撃、死傷者100人以上という悲劇が発生。米国、パキスタン政府へテロリストが挑戦状を突きつけた形だ・・・アフガンがオバマ政権にとって『ベトナムの再来』になりそう、という声もワシントンでは日に日に強まっているようだ・・・」
 この記事を裏付けるように、テポドン発射で大騒ぎしている4月7日、朝日新聞は、バクダッドで連続爆発があり34死亡、100人以上負傷と報じていた。4月6日の東京新聞は、パキスタンのモスクで自爆テロがあり少なくとも22人が死亡、50人以上が負傷したと報じていた。

 金融危機への対応もオバマ大統領らしいチェンジは見られない。4月4日の毎日新聞は、海外識者の時事評論コラム「VIEW POINT」の中で、米ワシントン・ポストコラムニストのユージーン・ロビンソン氏の次のような声を掲載していた。
 「オバマ政権は・・・デトロイト(の自動車メーカー)に『経営再建か破綻か』と迫る一方で、無謀な経済活動で危機を招いたウォール街(の金融機関)には、国民の莫大な血税を支援金として受け取るようにお願いしている。
 (たしかに)GMもクライスラーも何十年も前から経営難だった。しかし消費者の購買意欲が(ここまで)急落しなければ、これほど極端に流血することはなかった。(そして消費者の購買力の)急落は、国民への貸し渋りと、経済危機による買い控え心理が原因だろう。これはウォール街のひどい不品行の結果だ・・・
 それなのに、銀行救済には、気前のいい不良資産処理策や多額の補助金(を与え)、富裕な投資家がさらに金をもうける仕組みを盛り込んだ・・・昨秋以降(オバマ)政府がGMとクライスラーに融資した(額は)174億ドル。金融機関に投じた1兆ドルにくらべ圧倒的に小さい・・・」
 
 この二つの記事はいみじくもオバマ大統領のジレンマを物語っている。イスラエルとの関係を優先し、金融資本主義の利益保護に甘い、と非難される口実を与えている。それでも私はオバマ大統領に期待する。もうしばらくオバマ大統領が打ち出す政策を見守って行きたい。

                                                  完


 政権交代の後の生じる政治課題 
 
 4月8日の朝日新聞に菅直人が政権交代後の姿を語っていた。それは、菅直人の言葉を借りれば、「官僚支配を打破するビジネスモデルをつくる」ということである。具体的には民主党が政権を取ったら議員100名でチームをつくり、内閣や各省庁に送り込み、官僚を動かす、ということだ。

 私が注目したのは、この基本的な考えは、「鳩山由紀夫さんも、岡田克也君も、前原誠司君も、歴代代表はほとんど同じ」だと、菅直人が語っていたところである。

 もしそれが本当なら、民主党が政権を取った暁には、間違いなくこの国の運営は大きく変わる。政治が官僚を従え、官僚もまた政策に共鳴できる政治家のために働く事になる。

 これこそ国民主権の政治ではないのか。なんとしてでも民主党に一度は政権を取らせたい。もはや誰もがそう考え始めている。私もそれを願ってきた。それを願って政権交代の重要性を主張してきた。

 ところがここに一つの大きな落とし穴が潜んでいる。その落とし穴とは何か。それは民主党の政治家
100人が、すべて国民の為に正しい政治を行う政治家なのか、という事である。官僚を統率する能力のある政治家なのか、という事である。

 この事は民主党の政治家に限らない。あらゆる政党の政治家にあてはまる。どのような政党間の連立政権が出来ようとも、政権を握った政治家たちが、果たして、こころざしが高く、正しく、そして官僚を掌握できる政治家であるのか、という事である。

 現在のように、政治家が官僚に仕事を丸投げしたり、あるいは官僚が政治家に面従腹背する事は、決して好ましくはない。

 しかし、もし政治家と官僚を支配し、政治家と官僚が結束してこの国を動かす事になれば、その権力は絶大である。今の政権の権力の比ではない。

 その時、その絶大な権力が、国民の利益に背馳するとしたらどうか。特に、組織も影響力も何も持たない大多数の、政治的弱者の国民の声が、届かなくなるとすればどうか。

 いくら政治家が国民に選挙で選ばれたからといって、国民のための政治を行なう保証はない。ここに大きな落とし穴があるのだ。

 かねてから私が主張するように、権力を握った政治家を監視する政治家が必要なのだ。政権政党を一切目指す事なく、常に政権政党の権力の濫用を監視する、そのような、いわばオンブズマン政党が必要なのだ。

 財界、業界を含めたあらゆる利権集団や、労働組合、イデオロギー集団、宗教集団などを含めたあらゆる組織から独立し、本当の意味で国民一人一人の自由と基本的人権を守る政治家や政党が必要になってくる。
                                                       完

 天木直人メルマガ懇親会のお知らせ

京都と東京のメルマガ懇親会が好評です。メルマガの購読者でなくても一般に開放していますのでブログの読者で関心のある方は参加歓迎です。申し込みは私へメール通報するだけです。

 京都開催 

 日時 5月16日(土) 午後1時―5時(会場予約時間)
            準備の都合で30分ぐらい経ってから懇親会開始(以下同じ)
 場所 キャンパスプラザ京都(JR京都駅烏丸口から西徒歩5分)
               2階(収容能力80名)
 集会名  天木直人メルマガ懇親会(以下この名称で統一します)
 参加要領  メルマガの購読者を優先し、その他一般開放(以下同じ)
 参加費  無料、ただし会場代が必要な時は参加者で分担(以下同じ)

東京開催

日時 5月31日(日) 午後1時―5時
場所 高井戸地域区民センター(収容70名)
京王井の頭線高井戸駅徒歩3分
荻窪駅南口から関東バスで4番芦花公園駅前入口行、給田行 高井戸駅
下車 徒歩2分
 

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2009年04月06日

 ブログの読者の皆様へ


 ブログの読者の皆さんへ

 1月から開始した私の有料メールマガジンの読者は約1,000名となりました。

 この1,000名の読者の相互の連帯感を高める目的で、私は「天木直人メルマガ懇親会」を全国で順次開催することにしました。現在までの開催状況は以下のとおりです。

 集会は無料(ただし会場費が必要な時は参加者で頭割り分担)で一般にも公開しますので関心ある方は参加歓迎です。

 参加者が定員を超える時はメルマガ購読者を優先させていただきますのでこの点あらかじめご了解ください。

 問い合わせその他すべての連絡はこのブログあてに私までお寄せください。

                          記

 
               天木直人メルマガ懇親会開催状況(常時追加あり)

 京都開催(確定) 

 日時 5月16日(土) 午後1時―5時(会場予約時間)
            準備の都合で30分ぐらい経ってから懇親会開始(以下同じ)
 場所 キャンパスプラザ京都(JR京都駅烏丸口から西徒歩5分)
               2階(収容能力80名)
 集会名  天木直人メルマガ懇親会(以下この名称で統一します)
 参加要領  メルマガの購読者を優先し、その他一般開放(以下同じ)
 参加費  無料、ただし会場代が必要な時は参加者で分担(以下同じ)

 東京開催(近日中確定)
 
 日時 5月30日(土)または31日(日)
 場所 最適な場所を物色中

 盛岡開催(確定)

 日時 7月25日(土) 
 場所 いわて国保会館  盛岡駅から徒歩5分
 せせらぎ 定員40名(13時から17時)

 福岡開催(準備中)

 日時、場所ともに調整中

 山梨開催(準備中)

 日時、場所ともに調整中             


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2009年04月06日

 北朝鮮ミサイル発射がつきつけたもの

 
 北朝鮮ミサイル発射が突きつけたもの(その1)
 ―米国から否定された日米安保体制と沈黙する日本

 以下天木直人メルマガ4月6日からの全文転載です

 
 メディアは北朝鮮ミサイル発射問題一色だ。果たして国民はそのニュースを
どこまで詳しくフォローしているのだろうか。

 毎日の勤労に疲弊している国民の多くは、洪水のように溢れる新聞やテレビ
の報道を深く読んでいる暇はないだろう。

 しかしそれでよいのだ。どれもこれも同じようなニュースばかりだ。やっぱり
発射した。でも何も起こらなかった。よかった。日本政府は何もできなかった。
でも関係者にはご苦労様だった。それにしても北朝鮮はとんでもない国だ。
国際社会はこれを許してはいけない・・・これでいいのだ。

 まもなくこのミサイル発射騒ぎもニュースは取り上げなくなる。次々と新しい
ニュースが流される事になる。

 しかし、やはりそれだけではいけない。

 「金は無いけど暇ならある」私が、忙しい読者に代わって全国紙の殆どを毎日
詳しく読み、重要な記事を見つけて問題提起する。それがこのメールマガジンの
目的である。

 だから今回のミサイル報道についても、膨大な同じような記事の中から、
いくつかの注目すべき記事を探し当てて読者に紹介したい。第一回目は
「米国から否定された日米安保体制」についてである。

 4月6日の産経新聞に、日米同盟の「新たな真実」という見出しで、
ワシントン駐在編集特別委員の古森義久氏が次のように書いていた。

 「ゲーツ米国防長官は3月末のテレビとの会見で、北朝鮮のミサイルが
米国本土に向かってこない限り『迎撃の計画はない』と断言した。同じミサイル
が日本領土に照準を合わせて発射されても迎撃対象としないという意味になる。
文字通り解釈すれば、日米安保条約の米国の責務に反する重大発表だった・・・
北朝鮮のミサイル脅威(から日本を守ること)には米国には必ずしも依存
できないという深刻な新シナリオが浮かびあがる・・・」

 古森氏が指摘するまでもなく、これは極めて重大な現実である。米国による
義務違反宣言である。米国からの日米安保体制否定である。

 それにもかかわらず麻生首相はその事に対し一言も米側に懸念を表しようと
しない。日米同盟論者は一切語らない。メディアもこの事を一切触れない。
まるで怖いものから皆が意図的に目をそらしているかのようだ。

 その点古森委員は立派だ。その記事を掲載した産経新聞を評価する。問題は
古森氏のその後に続く言葉である。

 小森氏は言う。日本だって集団的自衛権を禁止しているではないか。日本の
防衛の為に行動する米軍部隊や基地に向けられたミサイルを撃てば、憲法違反と
騒ぎ立てるではないか。この不均衡を是正することが日米共同ミサイル防衛の
前提だ。
 麻生首相はこの際、「ミサイル防衛では集団的自衛権の行使の権利を留保する」
と国民に解禁宣言をすべきだった。そうする事によって日米同盟の希薄化を防ぐ
努力をすべきだった、と。

 語るに落ちるとはこのことだ。どこまで行っても対米従属から逃れられない。

 北朝鮮ミサイル発射が突きつけたもの(その2)
 ―日朝平壌宣言が破られたと言った田中均元外務省幹部
 
 元外務省OBの田中均氏が4月6日の読売新聞で北朝鮮ミサイル発射について
の意見を寄せていた。

 その内容は大方の評論家が述べている事柄の寄せ集めの如くであり、真剣に
読むほどのものではない。

 しかし、その中にただ一箇所、彼ならではのコメントが書かれていた。それは
次のくだりである。

 「・・・2002年9月の日朝平壌宣言には、ミサイル発射凍結が盛り込まれ
ていた。今回の発射は宣言違反であろう。日本は交渉を求め、『違反』と指摘
することが大切だ・・・」

 周知のように田中均氏は、米国にも、外務省にも十分知らせることなく、小泉
元総理と組んで密かに小泉訪朝をお膳立てしたと言われた人物である。

 当然のことながら日朝平壌宣言作成の裏事情にも精通している。いや、自ら
日朝平壌宣言を起草した張本人であるから、その有権解釈ができる唯一の日本人
と言ってもいい。

 その田中均氏が、今回のミサイル発射によって北朝鮮は日朝平壌宣言に違反した、
と言ったのである。

 日本最大の購読者数を誇る読売新聞紙上で、そう公言したのである。

 拉致問題を巡るその後の日朝間の交渉の行き詰まりで明らかなように、日朝
平壌宣言は、もはやとっくの昔に破られている。

 それにもかかわらず日本政府は、何かにつけて「日朝平壌宣言に基づいて」と
いう白々しい言葉を言い続けてきた。

 メディアもそれを許してきた。

 それは小泉元首相の面子を潰すわけにはいかないからだ。日朝国交正常化を
最優先する左翼政党を喜ばせて批判の矛先を向けさせないためだ。

 しかし、ここに至って、田中均元外務審議官は、日朝平壌宣言は破られたと
認めた。この発言の意味は大きい。

 そうであるならば、田中氏は外務省に提言すべきだ。もう一度振り出しに
戻って、日本と北朝鮮は交渉を始めるべきだと。

 拉致問題も核問題も日朝国交正常化も、すべて一括して交渉し、同時解決を
図るべきだと。

 そして今度こそは、この国の指導者の手柄の為ではなく、自分の出世の為でも
なく、国民に目を向けた外交を行うべきだ。

 拉致問題も北朝鮮のミサイル問題も、利害を一番有しているのは日本だ。
その日本が、米国の都合に合わせて六カ国協議の陰に隠れ、あげくの果てに
米国の気まぐれではしごを外される。

 自主、自立した直接交渉を北朝鮮としないままでいる。

 そんな愚かな外交があるだろうか。

 日本は今こそ日朝首脳協議を再開すべきである。制裁強化の国連安保理
決議づくりに無駄な奔走をしている時ではない

 北朝鮮ミサイル発射が突きつけたもの(その最終回)
 ―核ミサイルの脅威から日本を守る最善の方策は何か

 今回の北朝鮮のミサイル発射が我々に突きつけたもの、その最終回は、
究極の問いかけに対する答えである。

 それは何か。核ミサイルの脅威が現実のものになったとき、日本を守る
最善の安全保障政策はなにか、という問題である。

 実はこの深刻な問題は、今回のミサイル発射予告がなされた時から、
突きつけられていた。

 その事について私は3月1日のメルマガ第80号と11日の第99号で書いた。

 最終回のこのメルマガでズバリ本質に切り込んで見る。

 今度のミサイル発射は人工衛星かミサイルか不明だ。たとえミサイルで
あってもテポドン2号は日本向けではない。

 だから迎撃の対象はミサイルをロケットから切り離した後の落下物であった。
それが間違って日本に落ちてきた場合に粉砕すればいいというものであった。

 その可能性は極めて少ない事は分かっていた。間違って落ちてきた残滓を
ミサイル戦争の迎撃ミサイルで撃ち落す。こんな緊張感の無い迎撃でも
これほど騒いだのだ。

 しかし北朝鮮は日本向けのノドンミサイルを多数持っている。それが実戦に
使えるものである事は確認されている。

 北朝鮮が小型核弾頭の実用化に成功しているかどうかについては見方が
分かれているが、早晩保有する事は間違いない。この見方は一致している。

 つまり北朝鮮のミサイル核の脅威は現実のものなのだ。

 もし日本が今回落下物をめがけてミサイル発射をしていたらどうか。もし
北朝鮮が、米国のように、正当防衛だ、先制攻撃だ、と言って核弾頭を搭載した
ノドンミサイルを日本に撃ち込むという宣戦布告したら日本はどう対応するのか。

 ミサイルの応酬となる。ミサイル戦争となる。日本も独自で北朝鮮の
核ミサイルの脅威に対応できる軍備を持たなくてはならない。そうでなければ
舐められる、となる。

 この考え方は、なにも保守・右翼的な人の専売特許ではない。大方の日本国民
もそう考えるだろう。

 いいだろう。この考えに立って、ならばどうすればいいのか。行き着く先は
日本の核武装しかない。

 因みに、あの田母神前航空幕僚長さえ、日本の核武装を主張する事を
ためらっている。米国の核兵器の発射ボタンを日本が共有させてもらえばいい、
などという馬鹿な事を言ってごまかしている。

 米国が日本に核兵器のボタンを自由に使わせるはずはない。米国が日本を守る
保証がないことは今度のゲーツ国防長官の発言で証明された。

 北朝鮮の核の脅威を、「武力で抑止する」前提に立てば、日本も核兵器を
持たなければならないのだ。これは誰もが認めざるを得ない現実である。

 繰り返して言うが、もし、「武力で北朝鮮の核ミサイル脅威に対抗する」の
であれば、それを上回る核兵器を日本は持たなくてはならない。中途半端な
防衛力ではむしろ危険が高まる。

 日本が核兵器を持つことを米国は決して許さないだろう。国際社会は日本の
核保有に懸念を有するだろう。日本は孤立するだろう。今から核武装を行なえば
多額の予算が必要となり、ただでさえ苦しい国民生活は一層圧迫される。

 しかし、これらのマイナスをもろともせずに、一気に核武装に走らざるを
得ない。「武力で北朝鮮に対抗する」には、それしかない。

 問題はその後である。それでも日本の安全保障は確保されない。一発でも
北朝鮮の核ミサイルを撃ち損じれば、人口が密集し、機能が東京に集中して
いる日本が受ける打撃は壊滅的だ。

 政府は、そして国民は、その犠牲を覚悟できるか。

 しかも問題はまだある。最後の究極的な問題は、孫崎享氏がその著
「日米同盟の正体」(講談社現代新書)で述べているように、「核ミサイル
の脅威は北朝鮮だけではない。ロシアも中国もある・・・」のだ。

 つまり核ミサイル戦争を想定した場合、北朝鮮のみに適用できる装備では
不十分なのである。

 しかし、核大国のロシア、中国を仮想敵国としたミサイル防衛は、もはや日本
は不可能なのだ。何があっても日本は核戦争で国土の広い、人口の多いロシアや
中国に勝つ事はできない。

 今回の北朝鮮のミサイル発射事件に抗議して右翼が街宣車で弱腰日本を
怒鳴っていた。主婦らしき女性が、こんな情けない日本でどうするとわめいて
いた。それをテレビが映していた。

 その一方で評論家が、食うに困る最貧国の北朝鮮が世界で十指に入る
核ミサイル保有国になったのだ、この高揚ぶりは、WBCで優勝して国威発揚
している日本とは比較にならない、と言っていた。

 見ているがいい。核兵器がテロに渡る事が避けられないと見るや、米国は
核の全廃を世界に訴えるようになる。すでに米国はそう言い始めている。

 北朝鮮のミサイル実験が突きつけたもの、それは憲法9条こそ最強の安全保障
政策であるという事である。

 今こそ日本は世界に率先して平和外交の重要性を訴えるべきだ。

 安保理決議で北朝鮮に対する制裁強化を訴えるような愚を犯している場合では
ない。

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2009年04月03日

 オバマのアフガン新戦略 ほか

 
 オバマのアフガン新戦略が日本に送るメッセージ


 3月27日、オバマ大統領が対アフガン新戦略を発表した。「この戦いは武器だけで勝つ事はできない」と強調して、外交官や経済支援に当たる文民要員も増強すると明らかにした。
  オバマ大統領は間違っている。「この戦いは武器だけでは勝てない」のではない。「この戦いは武器では 勝てない」のだ。米国はまず武力行使の停止を宣言し、平和を実現した後で 経済支援や文民協力を行なうべきなのだ。その協力を世界に求めるべきなのだ。

 最近発売された「日米同盟の正体」(講談社現代新書)の中で、著者の孫崎享氏は つぎのように書いている。国際貢献を謳う背景には米国の長年の戦略があると言うのだ。

 「・・・(1990年代初期、日米安全保障面の責任者である国防省日本部長 の任にあった)ポール・ジアラは論文『新しい日米同盟の処方箋』(1999年) で次の説明を行なった。
 『PKOや人道援助、災害援助などの分野は政治的に受け入れやすい こともあり、共同で行なうことは同盟の結束を促す上でよい機会である。人道 支援などで作戦を日常的に行なうことは、はるかに緊張度の高い有事への作戦の準備としても絶好の訓練になる。このような活動で求めるものは有事と共通である・・・』
 今日米国は、イラク戦争への協力、アフガニスタンへの自衛隊派遣の模索に 見られるように日本に軍事力を高めさせ、これを積極的に米国戦略の中で活用 していくという姿勢が明確である。そしてこの傾向は間違いなくオバマ政権に 継承される・・・」

 武力行使と平行して経済支援や文民協力を行うことは目くらましだ。上手くいくはずはない。


 米国に「対話重視外交」などできるのか  

 
 ブッシュ大統領の単独主義から「チェンジ」することを掲げて登場したオバマ大統領。その政策は対話重視ということになっている。外交では「国際協調」路線となり、多国間外交となって現れる。イランへの外交対話の呼びかもオバマ新政権の柔軟なアプローチとして注目された。

 しかし米国は本当に「対話重視外交」にチェンジしたのだろうか。

 この問いかけに見事に答えているのが3月30日の読売新聞に掲載されていた「『対話重視』外交の盲点」という記事である。国際交流基金日本研究・知的交流部長の小川忠氏は次のように書いていた。

 「米国が対話と交流を重視する政策をとることを歓迎したい。しかし、対話と交流を通じて米国を知れば知るほど、(果たして)世界の若者は米国を好きになるだろうか・・・会って対話すれば対米感情が好転するという見方も(また)西洋優越意識の表れといえないだろうか・・・」、と。

 対話とは相手の意見に耳を傾ける事である。相手の意見に同調点を見つけようと努力する事である。自らの誤りを認める謙虚さと、相手の主張が正しければ譲歩する勇気を持つ態度である。 その気がない対話は対話ではない。対話するジェスチャーでしかない。最後は決裂して強硬手段に訴える事になる。果たして米国に本物の対話外交ができるのか。


 孫崎享著「日米同盟の正体」(講談社現代新書)の書評が見当たらない

 どうやら政府・外務省は外務省OBが書いたこの本を徹底的に無視するつもりだ。この著書が脚光をあびては困るのだ。

 そうであれば私が紹介する。そこに書かれている以下の事はすべて資料や関係者の発言に基づいて書かれた事実なのである。国民必読の書である。若い世代が読むべき本だ。

1.日米安保条約は、2005年10月29日の日米外務・国防大臣間の合意(日米同盟:未来のための変革と再編)によってとって代わられた。しかし政府・外務省は、国民には、何も変わらない、といい続けてきた。

2.日米同盟関係というが、実態は、守屋元防衛次官が認めているように、米国が一方的に決めたものを日本が従うだけの関係である。そもそも自主、自立した安全保障政策を持たない日本なのだから、「共通の戦略」などあろうはずはない。米国の戦略に従うほかはない。

3.日本に国際貢献を求める米国の狙いは、政治的に受け入れやすいものからはじめて、最後は軍事協力に行かざるをえない状況にもっていくことである。PKOや人道支援、文民協力を言い出し始めたのはその戦略のあらわれだ。

4.日本人は安全保障問題を軍事的、戦略的に考える事ができないので、経済を絡ませて説得すればいい、と米国は考えている。石油に依存する日本は中東問題に貢献しなければならない、などというのがその好例である。

5.危険の分担は求める。しかし自立した抑止力は決して持たせない。これが米国の一貫した対日安全保障政策である。

6.米国の重要な外交は謀略でつくりだされてきた。南北戦争も真珠湾攻撃も9・11も、それをきっかけに国民を戦争に駆り立てる謀略だった。米国は北方領土問題でみずからの立場をわざと曖昧にし、日本とロシアを永久に争わせる、それが米国の戦略だった。

7.日米同盟を唱える者たちは、米国の戦略が正しいと思ってそう言っているのではない。損得勘定で得だと考えたからだ。「議論で勝って(正しい政策を主張して)、人事で飛ばされる」、それが組織で生き残る知恵だ。なんと寂しいセリフだろう。

8.いまの米国の安全保障政策の要は中東政策である。その米国と軍事的一体化を進める日米同盟強化が、国益なのか。日本国民のためなのか。

9.日本ではいま、ミサイル防衛が国防の柱になりつつある。しかしそれは有効ではない。ミサイルが真に怖いのは核弾頭を搭載した場合である。  そしてそのミサイル攻撃に最も脆弱なのは日本なのだ。日本はミサイル戦争をしてはならない国である。 
 

 小沢民主党にエールを送りたいが・・・
  

 小沢問題は二つのまったく異なった問題が混同されている。一つは小沢一郎の金権政治批判であり小沢一郎嫌い問題である。もう一つは検察官僚の横暴である。国民はメディアが流す小沢批判に目を奪われて検察官僚の横暴の深刻さを見落としてはならない。

 小沢民主党が潰される事になれば、この国は官僚とメディアという目に見えない無責任な権力が、今よりも倍加してのさばる事になる。

 そうなればもはや如何なる権力批判もできなくなる。対米従属が無条件で進みこの国の平和理念は空疎なものになる。支配者と被支配者の関係が固定される。そうさせてはならない。

 この国の指導者になろうとしている政治家を一夜にして潰せる検察の権力を放置すれば、国民弾圧など朝飯前ということになる。

 果たして小沢一郎と民主党はこの戦いに勝てるのか。それはもちろん私には分からない。小沢一郎と民主党の出方を見ていると心細い。それでも小沢民主党にエールを送らなければならない。それがつらい。 

 矢野絢也が語る小沢民主党への直言   


 週刊新潮4月9日号の「永田町を斬る!」で矢野絢也元公明党委員長が次のように書いていた。私は彼の政治評論をどの政治評論家のそれよりも信頼、評価している。小沢民主党に対する以下の直言も私はまったく同感だ。小沢一郎も民主党も耳を傾けるべきだ。

 「・・・洪水のような西松がらみの献金情報は・・・仮に検察のリークであるにしても、ボディブローのように小沢氏にダメージを与えている。小沢氏の反論に多くの国民は同調していない。小沢辞任を求める世論は多い・・・ 政治はマスコミもひっくるめて所詮、権力闘争の修羅場なのだ。すでに小沢氏は政治に負けている・・・氾濫する報道が怪しからん、と小沢氏が怒る気持ちはわからないでもないが、怒ってみても国民の疑惑は消えない・・・ 後は小沢氏がどう判断し、それを有権者が選挙でどう判断するかの問題だ・・・ 民主党議員は、「小沢氏は選挙に不利になると判断すれば自発的に辞める」と期待しているらしいが、そうやって洞ヶ峠を決め込んでいるうちに国民は民主党を見捨てる。これではせっかくの政権交代の可能性を確実に潰す。小泉元首相のブームは、是非がはっきりしていたことが源泉だった・・・こういう大事な時に是非を論じない民主党に政治の劇的転換を期待するほうが無理かもしれない。ただ口をつぐんで周りを見回すだけの民主党議員の無気力さ、ぶざまさ。まだ麻生おろしを堂々と言う自民党のほうがまともに見えてくる・・・」

 
 ドル支配体制に挑戦し始めた中国
  
 3月28日の朝日新聞は、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁が「基軸通貨として米ドルには限界がある」という趣旨の論文を発表した、と書いていた。朝日新聞はまた4月1日の夕刊で、中国がドル基軸通貨体制からから距離を置き始め、人民元によるアジア共通通貨圏構想を本格的に検討し始めた、と書いていた。

 おりからG-20首脳会議がロンドンで始まる。サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機が騒がれた前、あらゆる経済専門家が米国のドル支配は終わった、パラダイムシフトなくして世界経済危機は乗り切れない、と叫んでいた。

 それから半年、世界経済は更に深刻さを増している。それにもかかわらず世界の首脳は、自国の利害を優先し危機打開の国際合意を見出せないでいる。 米国はルールを変えようとせずにドル覇権にしがみついているかのようだ。対米従属しか策のない日本は、世銀・IMF体制支援を繰り返している。 そんな中での中国政府のドル支配体制に対する挑戦の動きである。

 しかし、私が注目したのは、中国要人のドル離れの発言だけではない。その発言が、中国国民の高まる不満に押され、それを静めるために行われ事を知ったからだ。

 発売中のニューズウィーク日本語版4月8日は、「アメリカに甘い」自国政府に反発、と言う見出しの記事の中で、次のように書いていた。

 「アメリカ発の世界不況のなか、中国では対米批判が噴出している。それをもっとも気にしているのは米政府ではなく中国の指導部かも知れない。 危機を引き起こした張本人であるアメリカを、なぜわが国政府は支持し続けるのか・・・不況にあえぐ中国国民の間でそんな感情が高まっている・・・
 こうした批判を静めるために、中国政府はアメリカに対して厳しい態度を取り始めた・・・周総裁は3月23日に公開した論文の中で、ドルに代わる準備通貨をIMFが創設すべきだと主張した。これに先立つ3月13日には温首相が、『(現在の金融危機における米国債保有を)心配している』と発言した・・・
 それでも中国強硬派の不満はおさまらない・・・IMFの準備通貨をドルから変更するだけでは不十分だ、IMF自体がアメリカの管理下にあるではないか、中国政府は米国債に投資するのをやめて、その資金を国内のインフラ整備や国防強化、社会福祉の充実にまわすべきだ、と主張する・・・」

 正論だ。「アメリカに甘い」と自国政府に堂々と反発する中国国民と、その声を背景に対米外交を進める中国政府。もしそれが現実のものであれば、これこそが自主、自立した外交ではないのか。米国の単独主義外交に唯一抗することのできる国民外交である。

 思えば1997年のアジア通貨危機の時、当時の宮沢首相、榊原財務官は円アジア通貨圏構想を未熟なまま提案し、米国の逆鱗に触れて潰された。

 それから10年余がたって、中国は国民外交に裏打ちされた元アジア通貨圏構想に向かって動き出したのだ。経済危機に襲われ弱体化した米国経済は「ドルは現在極めて強い。米国が世界最強の経済で、政治システムも最も安定していると投資家が考えているからだ」と強がりを見せる(3月24日のオバマ大統領の記者会見)一方で、生き残りをかけて北米通貨圏構想(アメロ)を密かに進めているという噂はたえない。今まさに壮大な金融戦争が繰り広げられているのではないか。
 何事につけて中国を批判するわが国の強硬派は、中国の強硬派を少しは見習ったらどうか。叩く相手を間違えることなく、日本政府に自主、自立した対米経済外交を少しは要求したらどうか。日本は本気になって米国から自立した経済戦略を語るべきだ。日本国民はその事を政府に突きつけるべきだ。

  
 
浅田真央ちゃんの敗北とその理由   
 
 発売中の週刊文春4月9日号に、3月24日から米ロサンゼルスで開かれた世界フィギュア選手権で完敗した浅田真央選手の敗北の理由について書かれた記事があった。
 ことの発端は3月中旬。キム・ヨナ選手が韓国のテレビ局のインタビューで「2月の4大陸選手権試合の直前の練習で日本選手に妨害された」と発言した、と報じられたことにある。
 これに過剰反応したのが日本側のスケート連盟。妨害した事実はありませんと声明を出し、韓国スケート連盟にも調査を求める公式文書を送るなど否定に躍起になった。
 両国連盟が話し合いの場を持ち一件落着した後も、日本スケート連盟の関係者には、「韓国側の妨害工作だ」、「絶対今回だけは負けるな」などと憤る者もあらわれたという。浅田選手自身もロサンゼルス入り後この件で取材を受けざるを得ず、日韓対決のような周囲の雰囲気に巻き込まれて神経質になっていたという。その影響もあって、我々がTVで見たとおり浅田選手はミスを連発した。
 それでも日本の関係者中には「キム・ヨナは点数が出すぎじゃないか」、と敗北をジャッジのせいにしたり、感情的になったりした者が多かったという。
 この件について聞かれた安藤選手のモロゾフコーチはこう語ったという。
 「(今回安藤選手が三位に入ったのは)誰一人として僕のじゃまをしなかったからだ。連盟の中には変わった人がおり、いろいろ口を挟んでくる。普通なら一番に選手、二番にコーチだが、日本は連盟があって次に選手。これはいけない。きょうの真央にも同じことが起きた・・・」

 私がこのメールマガジンで言いたいことは、このモロゾフコーチの言葉の中に
ある。
 権威や組織を優先する日本社会の特殊性は、メリットも確かにあった。しかしそれはまた官僚支配や権威主義となって目に見えない社会的圧力になり、個人や民間の自由なエネルギーを押さえ込んできたのもまた事実である。
 おりしも日本は未曾有の政治、経済の混迷期にある。この困難な時に、官僚、組織、権威、が幅をきかせ、何もしない、できないのに、その既得権だけで国民の財を食いつぶしていく。
 その一方で、権威を持たない個人やフリーランスや若者が割りを食わされたまま沈黙を続けざるをえない。
 これは不合理ではないか。この構造を主客逆転しなければ日本は救われないのではないか。
 選手よりも監督が目立った星野ジャパンよりも、選手を信じ、尊重し、選手に一丸となってやる気を起こさせた原ジャパンが世界一になった理由はそこにあるのではないか。
 一度は政権交代を起こしてみたいと国民の多くが思い始めた理由もそこにあるのではないか。
 さびしげな表情を見せた真央ちゃんは、「また頑張りたいという気持ちが出てきた」とけなげに語ったという。
 その真央ちゃんに再び勝利の笑顔をよみがえらせるためにも、スケート連盟は引っ込むべきではないか。
 既得権に胡坐をかく日本の支配者たちは、このあたりで総退陣すべきではないか。そう考えさせられる週刊文春の記事であった。

 


 

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