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2009年03月28日

小沢政権誕生を恐れる外務官僚 ほか

2009年3月24日発行メルマガ第0114号要旨

 北朝鮮ミサイル発射問題に見る日本外交の無策 
―3月24日発行メルマガ第0114号要旨

  私は3月14日のメルマガで北朝鮮ミサイル発射問題の深刻さについて書いた。日本が成すべき事は米国、中国と協議して、何としてでも北朝鮮に発射を思いとどまらせるべきだ、と書いた。日本の外交力がいまこそ問われている、と書いた。それから10日あまり、どうやら日本はこの最重要外交ですっかり米中に外されてしまったようだ。

 北朝鮮に発射を思いとどまらすことができるかどうかは、勿論わからない。しかし少なくとも首脳レベルでの必死の外交交渉が行われなければならない。その事を一番必要としているのは日本だ。北朝鮮のミサイル発射で危険にさらされるのは日本だけだ。その日本がなす術がない。メディアもその事をまったく報道しない。
 報道される事といえば、北ミサイル破壊命令を閣議を経ずして発令するとか(3月24日東京)、秋田、岩手に迎撃弾を配置する(24日朝日)とか、制裁措置を強化する国連決議をめざして奔走する、などという強硬姿勢ばかりだ。ピント外れもはなはだしい。
 考えてもみるがいい。ミサイルが一端発射されてしまったらどうするつもりだ。迎撃ミサイルを撃たなければ弱腰と批判される。撃って当たれば戦争だ。撃って外れれば迎撃ミサイルが無用であるとばれる。ミサイル発射後に制裁措置を強化してみたところで後の祭りだ。
 3月末に予定されていた麻生首相の訪中が中国側の都合で延期された。その一方で米中はオバマ・胡錦涛首脳会談を4月1日に行なうと発表している(3月24日毎日)。日本はと言えば斎木アジア大洋州局長レベルの会談でお茶を濁している。日本最大の外交、防衛危機に際して、外交がまったく機能していない。それどころか日米同盟が機能していない。その事に対して誰も問題にしない。メディアが指摘しない。
日本だ。

 世の中の不正に異を唱え始めた官僚OBたち
―3月25日発行メルマガ第0115号要旨

 サンデー毎日4月5日号の岩見隆夫の「サンデー時評」に私の目は釘付けになった。
 その記事は、元最高裁判所福田博判事の新著「世襲政治家がなぜ生まれるのか? 元最高裁判事は考える」(日経BP社)を紹介しながら、福田氏が「一票の格差」問題で最高裁大法廷の多数意見に異を唱えている事を私に教えてくれた。

 福田博元最高裁判事は私が仕事の上で最も深くつきあった外務官僚の先輩である。駆け出しの頃の直接の上司であり、マレーシア日本大使館公使の時は特命全権大使として文字通り直属の上司であった。
 福田博氏は東大法学部を卒業して外務官僚となり、中曽根首相秘書官、条約局長、外務審議官を経て最高裁判事を10年間務めた人物である。外務次官や駐米大使にこそなれなかったが、つねに外務省の中枢のポストを歩み続けた自他共に認めるミスター外務省でであった。
 その福田氏が、選挙制度の欠陥を指摘し、それを許し続ける最高裁を次のように
批判しているというのだ。
 「・・・選挙区割りとか議員定数は議員立法で改正されることが多いが、改正に
かかわるのは当選した議員たちだ。そうした議員立法を最高裁判所は「国会の立法権の裁量の範囲」として認めてきた。その結果、有力議員の選挙区割りが変わる事は現実には起こらない。地盤は極めて安定し、引退する時は後継ぎとして二世、三世、四世議員がどんどん出てくる・・・世襲議員には、明らかに勉強不足、資質欠如、経験不足・・・が少なからずいます。それは、日本の進路を的確に決定できる能力のある政治家の層が薄くなっていくことに結びつく・・・」

 元最高裁判事が、違憲判断を避け続けてきた最高裁を批判し、歴代の首相の殆ど
が世襲議員であるこの国の進路を憂う、これは紛れもなく驚愕の書である。日米同盟の正体を暴いた元外務官僚の孫崎享氏といい、この福田博元最高裁判事といい、官僚人生の真ん中を歩いてきた人たちが政府中枢の政策や判断を公然と批判するようになった。いままでには考えられなかった事だ。何かが変わり始めている。

 ミサイル防衛は「荒唐無稽な愚挙」
―3月26日発行メルマガ第0116号要旨

  私は何度でも書く。ミサイル迎撃システムという聞き慣れない言葉でも、これだけ連日に報道されるようになると、どんなに軍事に素人の国民でも、これが茶番だということに気づかされたに違いない。
  「ミサイル防衛は荒唐無稽な愚挙」という表題の言葉は私の言葉ではない。月刊誌「選択」09・2月号の記事の表題である。その記事は米国の専門家や政府関係者の発言を引用しながら、ミサイル防衛システムはいまだ「実戦」には役に立たないと書いている。
  そして、それを実戦に使える完全なものにする為にはさらなる開発が必要だが、費用対効果の観点からオバマ・バイデン政権は予算を優先的にまわすつもりはない、と書いている。米国に言われるままに唯々諾々とミサイル迎撃計画を進めてきた日本は、この米国の現実をよく考えろ、と書いているのだ。
その「選択」の記事の中で引用されていた専門家の一人にフィリップ・コイル三世国防情報センター上級顧問(元米国防次官補)という人物がいる。その彼が昨年3月から4月にかけて行なわれた米下院公聴会で行なった証言は驚愕的である。すなわち、国防総省ミサイル防衛局は、完成品が満たすべき要件を定めないで試行錯誤の兵器を実戦配備しているというのだ。配備しながら改良しており、日本もそのような中間品を高額で買わされながら実験につきあわされていると、次のように証言したという。
 「間取り図面が絶えず変更される家を建築しているようなものである。非常に高くつく家になるし、出来上がってみると滅茶苦茶なものになっているだろう」
  そのフリップ・コイル三世に産経新聞ワシントン支局長有元隆志氏がインタビューをしていた。そのインタビュー記事が3月26日の産経新聞に掲載されていた。コイル氏は言う。
  「ロケットでも弾道ミサイルでも打ち上げ当初は見分けがつかない。1分後ぐらいにロケットとミサイルでは上昇角度が変わってくる・・・早期警戒衛星は発射を探知できるが、夜間や悪天候では感度は高くない。より性能の高い宇宙空間赤外線システム衛星などの配備は計画が遅れている・・・(日本のイージス艦が)迎撃するとは想像ができない。イージス艦による迎撃の問題点はミサイルの速度が遅いことだ・・・このシステムはもともとイージス艦自身やその周辺を防御するために開発されており、迎撃可能範囲は狭い・・・迎撃するには飛行するミサイルの近くにいないといけない・・・これまで14回迎撃実験を行い7回成功したが、過去6回の実験では4回は失敗だった。20回以上実験に成功しなければ、MDが効果的という事にはならない・・・発射に失敗し回転しているミサイルの一部を迎撃する実験はいまだ実現していない・・・」

   要するにミサイル迎撃は役に立たないという事だ。それでも麻生首相は「破壊措置命令」を閣議決定せざるを得ない。北朝鮮がミサイルを発射したのに指をくわえて何もしないわけにはいかないからだ。ここに日本の安全保障政策の欺瞞がある。

2009年3月27日発行 第0117号

 孤立する日本の対北朝鮮ミサイル外交
―3月27日発行メルマガ第0117号要旨

 これを書いている今、政府は安全保障会議を開催してミサイル迎撃命令を決定している頃だろう。それが今日のニュースに仰々しく報じられることになる。
 私は安全保障会議をお膳立てする内閣審議官だった(1988-90年)。その経験から、安全保障会議なるものがいかに空疎なものかを知っている。すべては官僚たちがお膳立てし、総理以下関係閣僚はそれに従って発言して終わりである。そこには何の議論も無い。

 問題はそのような官僚主導のこの国の政策決定の実態だけではない。大騒ぎしているのは日本だけだという現実である。日本以外の世界のどの国も、北朝鮮が今回ミサイル実験をしたところで自国に危険が及ぶなどという事はない。だから世界は大騒ぎしないのだ。
 しかし米国はそうであってもらっては困る。米国は、日本と安全保障条約を締結し、日本を守る立場にあるはずだ。日本の危機を自らの危機と受けとめて深刻に対応しなければウソである。
 ところが、その米国が、言葉とは裏腹に、本気で北朝鮮のミサイル実験阻止に動こうとしていない。
 ニューズウィーク日本版の3月25日号は「核の脅威」の特集号を組んでいた。そのなかで、米核戦略の専門家であるグレアム・アリソンハーバード大学教授が次のように語っている箇所があった。
 「・・・ロバート・ゲーツ国防長官は最近、『テロリストが核兵器を手に入れる』ことを想像すると眠れなくなると語った・・・」
 この言葉が今の米国の安全保障政策のすべてを物語っている。米国は北朝鮮の核保有を問題にしているのではない。北朝鮮の核がテロリストにわたることを問題にしているのだ。逆に言えば北朝鮮との間でテロ対策の合意ができれば、北朝鮮がどんなにならずもの国家であろうが許すのだ。リビアの例がそれを証明している。
 周知のように米国の対北朝鮮核政策は猫の目のように変転してきた。クリントン政権の融和政策に懲りた米国は、6カ国協議の場を提案して共同責任で北朝鮮の核保を阻止すべく強硬姿勢をとった。北朝鮮の核保有が避けられないと見るや北朝鮮との直接交渉に変節し、北朝鮮とシリア、イランとの間の核協力を断ち切る戦略に切り替えた。
 北朝鮮のミサイル危機が露呈したものは、単に日本のミサイル防衛の無力さだけではない。日本外交の無力さ、情報不足さもまた明らかにした。何よりも日米同盟関係の欺瞞を明らかにしたのである。

 佐藤優が語る外務省の内幕―田中真紀子追放劇
―3月27日発行メルマガ第0118号要旨

  最近の週刊誌、雑誌で、佐藤優の二つの外務省批判を見つけた。それを二回にわけて解説する。その第一回目は、発売中の週刊文春4月2月号に出ていた田中真紀子追放劇の内幕である。
田中真紀子と鈴木宗男は、外務官僚がもっとも警戒した政治家であった。使い道がなく危ない言動ばかりしていた田中真紀子外相(当時)は一日も早く排除しなければならない存在であった。田中真紀子と違って鈴木宗男は利用価値があった。人事権を振り回して恫喝したり、外交に口出しする鈴木宗男は、外務官僚にとっては恐れられる存在であったが、同時に鈴木宗男は外務省の予算獲得や権限拡充という組織防衛には役立った。鈴木宗男に取り入る不利をして出世競争に利用するという点で使い道はあった。さんざん利用した後で、邪魔になった頃に追い出せばいい。毒をもって毒を制した後に、すべての毒を排除する。これが田中真紀子追放劇の内幕であった。
  週刊文春4月2日号で佐藤優が語っている以下のごとき田中真紀子追放劇は当事者である佐藤しか知らない貴重な情報である。私にとっては、ついこの間まで一緒に仕事をしていた先輩、同僚たちの卑劣な動きを思い出させてくれるドラマの再現でもある。
 平成13年(2001年)5月、佐藤優は当時の事務次官である川島裕に次官室に呼ばれてこう言われたという。
 「婆さん(田中真紀子)は外交には関心がない。興味があるのは、機密費問題で外務省を叩くことと、人事だけだ」
 田中真紀子の事を「婆さん」と呼ぶのはいかにも川島次官らしいもの言いだ。その川島次官は同年6月に赤坂のTBS会館地下の「ざくろ」で鈴木宗男と密かに会って、「田中外相では外交ができなくなります。外務省を守ってください」と頼み込んだという。
 「ざくろ」は外務省が会食でよく使う場所だ。もちろんその食事代は機密費から支払われる。
そして佐藤優は、田中外相攻撃を依頼してきた幹部がもう一人いた事を鈴木宗男から聞かされる。
 「おい、佐藤さん。飯村(豊)官房長が来て、田中外相をやっつけて下さいと言うんだ・・・」
 飯村官房長は私の同期の一人である。同じく私の同期である谷内正太郎や田中均と次官ポストを争った功名心の強い男である。川島次官の片腕として外務省を守る事によって自らの生き残りを図ったのだ。
 田中真紀子は翌2002年1月に外相を更迭される。知りすぎた鈴木宗男が邪魔になった外務省は、今度は鈴木宗男バッシングを始める。その時の情景を佐藤は次のように再現してみせる。
  「鈴木さんとの関係でキミが一番苦労しているのだから、(今度は)鈴木批判に回れ」
 私にこう持ちかけてきたのは、ほかならぬ飯村氏でした・・・
 いかにも飯村が言いそうな事だ。卑劣さを絵で書いたような言動だ。

  佐藤優が語る外務省の内幕―小沢政権誕生を恐れる外務官僚
―3月28日発行メルマガ第0119号 全文

 発売中の月刊誌「新潮45」の4月号に佐藤優でしか書けない外務官僚の困惑ぶりを見つけた。外務官僚は小沢政権の誕生に恐れおののいているという。
 今年の2月末、佐藤優は全国紙(朝日新聞と思われる)の記者から次のような話を聞いた。

 「自民党から民主党に政権交代があっても、外交はわれわれ専門家が行うので変化はない」
 そううそぶく外務省幹部にその記者はこう言った。
 「そうかな、認識がちょっと甘いんじゃないですか。鈴木宗男さんは、民主党と選挙協力をしているんですよ。民主党政権になれば、鈴木さんが外務副大臣になって戻ってくるんですよ。それが政権交代というものです」
 それを聞いたとたん、その外務省幹部は震え上がったという。
 この話を聞いた佐藤優は3月初旬のある夜、鈴木宗男とゆっくり話す機会があったので、鈴木宗男にその事を確かめたという。そうしたら鈴木宗男は次のように答えたというのだ。
 「本気だ。3ヶ月でもいいから、俺は外務副大臣になって、徹底的に人事を行なう。無駄なカネと部局を全部カットする。俺は外務省の連中に言われるままに予算や定員をつけた。それが国益のためになると考えたからだ。しかしそれは間違いだった。その罪滅ぼしだ・・・
  それよりも俺はもっと面白い事を考えている。田中真紀子先生と手を握ろうと思うんだ。そして田中先生と二人で、外務省の機密費に手をつける・・・」
 佐藤優はその記事の最後にこう書いている。
 「・・・機密費問題をめぐる真実や、外務省の『隠れた財布』になっている国際機関(拠出金)についての真実が表に出れば、背任や横領を構成する事案が山ほど出てくるであろう・・・」
 実はその通りなのである。外務官僚がもっとも恐れている秘密なのである。外務官僚が小沢政権誕生を心底恐れるわけである。外務官僚はどんな手を使っても小沢政権誕生を阻止しようとするだろう。
 おりしも小沢代表の続投をめぐって壮絶なバトルが繰り広げられている。その帰趨は、単に小沢一郎の政治生命や民主党の政権交代がかかっている問題にとどまらない。国民から隠されてきたこの国の権力犯罪が明るみにされるかどうかの瀬戸際なのである。官僚支配と国民主権の最終戦争なのである。

 国際原子力機関の事務局長選挙に勝てなかった日本
ー3月28日発行メルマガ第0120号要旨

 北ミサイル実験問題で大騒ぎの中で、見落とされている重大な外交失態がある。それは27日にウィーンで行なわれた国際原子力機関の事務局長選挙に日本が勝てなかった事である。
 あのイラク攻撃の時、核査察を巡って重要な外交的役割を果たしたエジプトのエルバラダイ事務局長が11月に退任する。その後任を決める重要な選挙である。おりから北朝鮮やイランの核開発問題が国際政治の最大の課題として浮上してきている。このポストはますます重要な役割を担うこととなる。外務省は何としてでも手にしたかったポストである。
 外務省はこの選挙に勝って権威発揚を狙うべくあらゆる方策を重ねてきたに違いない。決して有力ではない南アフリカ代表との一騎打ちとなった今回の選挙でははやくから優勢が伝えられていた。それが勝てなかったのである。これほどの失態はない。
 なぜ勝てなかったのか。日本の候補者である天野之弥(ゆきや)在ウィーン日本政府代表部大使とうい外務官僚に魅力がなかったというばかりではない。日本という国が、開発途上国から先進国代表とみなされ、原子力利用をめぐる先進国と開発途上国の対立の壁を乗り越えられなかったからだ(28日読売)。
 なんという情けないことだろう。唯一の被爆国として核拡散、核廃絶を訴える立場にある日本が開発途上国の支持を得られなかったのである。先進国の片棒を担いでいると警戒されたのである。
 この敗北は、これまでの日本外交の正体を浮きぼりにさせた。途上国に対してはカネをばら撒いて済ませる。本気で途上国の為の外交をする気は無い。その一方で、顔は常に先進国に向いている。その中でも、最後は米国の意向を最優先する。それよりも何よりも、唯一の被爆国である日本が米国に従属するあまり、非核政策を本気になって世界に示そうとしてこなかったのである。これでは世界の信頼を得られるはずはない。

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2009年03月23日

日米同盟の正体を明かした外務省OB 他


 こういう記事を読むと腹が立つ 3月20日メルマガ第0110号要旨

 20日の新聞で、19日の参院予算委員会における民主党議員の質問振りが報じられていた。「外交・安全保障」の集中審議であったにもかかわらず西松建設の違法献金問題を巡る検察捜査批判に終始したというのだ。

 いま、国会で外交・安全保障問題に関して論じなければならない重大な問題は山ほどある。北朝鮮ミサイル発射問題に対する政府の対応はあまりにも不透明、かつ粗雑だ。在沖縄米海兵隊のグアム移転協定に関する政府・外務省の秘密外交が検証されなければならない。3月20日はイラク戦争開始6周年だ。米国民はもとより、世界中の批判の中でブッシュ大統領が去ったいまこそ、あの攻撃を支持してイラクへ自衛隊を派遣した日本外交の是非が国会で追及されなければならない。

 それなのに喜納昌吉の質問は何だ。いくら小沢問題が民主党の危機だといっても予算委員会の外交・安保の集中審議ぐらいはまじめにやれ。

 私は小沢民主党による政権交代を望む。今回の検察捜査についても批判的立場である。だからといって、私は政権をとった後の民主党に期待はしない。民主党が政権をとった時は、今度はその民主党を厳しく監視していく事になるだろう。

 そもそもこんな質問を許しているようでは民主党が政権を取る資格があるか疑わしい。

 イラク開戦から6年、あの戦争は何だったのか 3月21日メルマガ第0111号

 今から6年前の2003年3月20日、ブッシュの米国はイラク攻撃を始めた。この国の首相は「ブッシュ大統領は正しい」と世界に公言し、米国のイラク戦争に加担した。それから6年たった09年3月20日の大手新聞のなかで、イラク開戦6年を社説で取り上げたのは、わずかに東京新聞と毎日新聞だけであった。その中でもイラク戦争の総括が必要だと、次のように明確に書いたのは毎日新聞だけだった。

 「・・・日本はこの戦争をいち早く支持した。イラク戦争とは何だったのか。
たとえ遅ればせでも、国家としての総括を怠ってはならない」

  3月20日になったからといって、いまさらイラク開戦記念の社説を掲げる必要はないだろう、という声が聞こえてきそうだ。その通りである。おそらくメディアが3月20日にイラク戦争について書くのは今年が最後だろう。それでいい。

 しかし今年こそはすべての新聞は、米国のイラク攻撃を支持した小泉外交を総括、検証して、後世にその評価を残しておくべきだった。今年はブッシュ大統領が去ってはじめて迎えるイラク開戦記念日である。オバマ大統領が米兵のイラク撤退を宣言して迎えた初めてのイラク開戦記念日である。来年以降は、イラク戦争は完全に過去の出来事となる。だからこそその総括を行なう最後のチャンスなのである。

 米国のイラク攻撃が残したものは一体何だったというのか。おびただしい数の犠牲者と、その後に残された悲しみ、憎しみでしかなかった。いい事は何ひとつなかった。「イラクをサウディアラビアと並んで中東の米軍基地とする」という米国の目論みさえ叶わなかった。

 そんな米国の戦争に加担した日本外交は正しかったのか。「どこが戦闘地域か自分に聞かれてもわかる訳がない」と国会で言い放った小泉首相や、自衛隊のイラク派遣は憲法9条違反だったという名古屋高裁判決を、「そんなの関係ねえ」と一蹴した自衛隊幹部の、そんな不真面目、不誠実な物言いを放置したままでいいのか。そんな事で後世の世代に説明責任が果たせるのか。

 ごまかしの外交を引きずったままでは、正しく、強い外交ができるはずはない。政権交代が起こったならば、是非ともイラク攻撃を支持した旧政権の外交を総括してもらいたい。外交もまた心機一転して出直さなければならない時が来ている。

 よみがえる外交機密費流用事件 3月22日メルマガ第0112号要旨

 2月26日の週刊文春にジャーナリストの山口和夫氏が、01年前に世間を揺るがした外交機密費流用事件を鮮やかによみがえらせてくれる記事を書いていた。この事件に関与していたとされる外務省幹部たちが、ほとぼりがさめたとばかり最近の人事で続々と要職に復帰しつつある、という記事である。

 この記事を見落とさない人物がいた。外務省批判では右に出る者がいない佐藤優氏である。彼は発売中の週刊アサヒ芸能3月26日号のみずからの連載コラム「有事 ニッポン!」の中で次のように書いていた。

 「外務省が腰を抜かすような恐ろしい情報がある。2月26日発売の週刊文春の記事だ・・・松尾事件は外務省の組織犯罪であると筆者はにらんでいる・・・筆者が知る範囲でも松尾氏のお世話になった外務官僚は何人もいる・・・松尾事のとき警視庁捜査二課の責任者であった萩生田勝氏は以下の証言を残している、『私は、松尾から外務省の上級幹部に必ず現金が行っていると睨んでいました』(萩生田勝著 警視庁捜査二課 講談社 259頁)。筆者も萩生田氏の見立ては間違えていないと思う・・・」

 そうなのだ。松尾事件の深刻さは、それが単なる会計担当官の横領事件ではないところにある。歴代の外務省事務次官以下本流を歩む幹部のすべてが関与していた組織犯罪の疑いが強いところにある。それを外務省が組織をあげて隠蔽し、国家権力もメディアもそれを見逃したところにある。なにしろ渦中の人物の一人は天皇陛下側近の宮内庁侍従長の職に天下っているという驚くべき現実まで放置されているけじめのなさだ。

 民主党が政権交代を果たした暁には、是非この外務省機密費問題の真実を解明し、国民の前に明らかにしてもらいたい。それはまた外務省の為でもある。正しく、力強い外交をするためにもけじめは必要だ。

 日米同盟の正体を明かした外務省OB 3月22日メルマガ第0113号要旨

 驚愕の本がまたひとつ出た。元駐イラン大使であり現防衛大学校教授の孫崎享氏の手による「日米同盟の正体 迷走する安全保障」(講談社現代新書)という近刊書である。

 この本の何が驚愕なのか。それは、日本を守ってくれているはずの日米安保体制(日米同盟)が、国民の知らない間に、完全に米国の戦争協力の道具に変えられてしまっている現実を白日の下にさらしたからだ。

 この本の何が驚愕なのか。それは、国会承認条約である日米安保条約が、2005年10月29日の「日米同盟:未来のための変革と再編」という一片の行政合意で、いとも簡単に否定されてしまった事を国民に教えたからだ。法秩序の下克上だ。

 この本の何が驚愕なのか。それはもはや米国にとっての唯一、最大の脅威は、中東の「テロ」であり、これからの日米同盟とは、米国の「テロ」との戦いに日本がどうやって協力させられていくかという事でしかない、その事を明らかにしたからだ。
 
 この本を書いた孫崎氏はキャリア外交官として任期をまっとうした元外交官だ。国際情報局長という幹部職を経歴し、駐イラン大使を最後に退官した後は、防衛大学校へ天下って今日に至っている人物である。その経歴を考えるとまさしく権力側に身を置いて、権力側について飯を食ってきた要人である。日本政府の安全保障政策を担ってきた一人である。その彼が、日本の国是である日米安保体制の正体を明らかにし、もはや日米同盟は空洞化していると公に宣言したのだ。これを驚愕と言わずして何と言うのか。

 おりしも今日3月23日の各紙は、22日に神奈川県横須賀市で開かれた防衛大学校の卒業式の模様を報じている。そこで麻生首相は、相も変わらず日米同盟の強化を訴えている。その光景を報じる写真の中に、あのブッシュの戦争を支持し、この国をブッシュの戦争に差し出し小泉元首相の姿がある。おまけに来年2010年には日米安保条約改定50周年記念を迎え、政府、外務省の手によって盛大な日米同盟万歳の合唱が繰り返されようとしている。

 壮大な茶番劇である。この本をきっかけに、日米同盟見直しの論議が起こらないとウソだ。対米従属から永久に逃れられない。この国に将来はない。

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2009年03月19日

「小沢一郎の真価が問われている」他


 放置されている不正診療請求 3月15日メルマガ第0104号要旨


  私のところへ最近寄せられたメールのなかで、「医師による診療報酬の不正請求が行なわれているのでそれを取り上げて欲しい」というものがあった。そのメールが具体的に指摘していたのは、架空の患者名を使って医療費を不正要求している医師がいるというものであった。
  そんな不正が行なわれているのだろうか。そう思っていたら、3月14日の朝日新聞の特集記事を読んで驚いた。そこには、診療報酬の不正請求を監査するはずの医療Gメン制度が十分機能していないという事が書かれていた。
  その記事によればこうだ。病院や診療所による不正請求の疑いについて情報が寄せられると、医療Gメンと呼ばれる指導医療官が調査に動き出す。これは1981年に設けられた制度で、政府によって各都道府県にある厚生局の事務所に指導医療官が配置される事になっている。しかし現実は十分に機能していない。
  その理由の一つは、医療Gメンになるには医師か歯科医の資格が必要であるが、医療Gメンの収入は通常の医師の収入より低くなるので、なり手がいないという。いまだに17の都道府県で医療Gメンが不在であるという。
  もう一つの理由は、医療仲間がGメンになるわけだから、追及が徹底しない、どうしても手心を加えてしまうという事だ。医療のボスが悪事をしていても、下っ端医師にそれが追及できないのは世の常だ。
  これでは不正請求が放置される事になるのは当たり前だ。おそらく、様々な形の不正請求が行なわれているに違いない。不正請求の横行を厚生労働省が知らないはずはない。本気で取り締まろうという気がない違いない。
  そう思っていたら3月15日の読売新聞が一面トップで農水省が組織的に「ヤミ専従」を隠していたとスクープしていた。ヤミ専従とは公務員が給与をもらいながら勤務時間中に組合活動をすることである。農水省は組合側に調査をする日付を教えて、無許可で組合活動をする職員がゼロになるまで調査を繰り返していた、という。政府と組合が結託した「ヤミ専従隠し」である。この世は犯罪隠しで溢れている。しかもそれが官僚と関係者の間の組織的共犯となっている場合が多い。それが世の常だ、と高をくくって放置していいのか。割りを食うのは、何の組織も、つながりもない、孤立無援の多くの国民だ。この世の中の無数の弱者たちだ。彼らこそ最大の犠牲者だ。彼らの立場に立って彼らを救う事こそ正義であり、政治の究極の目標であるべきだ。

 
 沖縄密約を公表すると発言した岡田民主党副代表の衝撃度 3月16日メルマガ第0106号要旨

 3月15日の各紙はいずれも一段の小さな記事でしか報道しなかったが、沖縄密約を公表すると言った岡田民主党副代表の発言は、今後の政局を左右する極めて衝撃的な発言である。
 戦後の日米関係は密約だらけで築かれてきた。その一つである沖縄密約の正体が明らかにされるという事は、そこを突破口として日米関係のウソがすべて明らかにされる可能性が出てくるという事である。それを自覚した上での岡田発言であればこれは小沢民主党を岡田が引き継ぐという宣言である。これまでの日本の権力構造を変える、と宣言したのだ。
究極の政権交代宣言である。果たして小沢と岡田は話し合いが成立しているのだろうか。岡田は小沢民主党を引き継いでいくのだろうか。民主党はそれで一致団結できるのだろうか。もしそうであれば不利と見えた小沢秘書逮捕事件の逆風を、民主党は一気に覆す事ができる。これが小沢・岡田の「密約」であれば、究極の「密約」となる。 

 ユダヤ系人権団体に噛みつかれた田原総一朗 3月17日メルマガ第0107号要旨

 一般のメディアには一切報じられていないが、田原総一朗がユダヤ系人権団体である「サイモン・ウィーゼンタール・センター」から噛みつかれていたことを知った。この事を3月12日の日刊ゲンダイが報じていた。3月8日放送のテレビ朝日「サンデー
プロジェクト」で、田原総一朗はゲストの田中真紀子相手に次のように語った。
 「田中(角栄)さんも結局ユダヤにやられた。お父さんもやられたように、小沢さんもやられた」
 この発言に対して、間髪を入れずユダヤ系人権団体サイモン・ウイーゼンタール・センターが噛みついたのだ。「ユダヤとアメリカの共謀など実在しない。報道番組を通じて、日本人に誤った認識を持たせる田原総一朗の発言は、断固として容認できない」、「テレビ朝日はこのバカげた発言を直ちに取り消し、田原総一朗とともに公式に謝罪する義務がある」などと、翌日9日付のホームページで糾弾の声明文を掲げている。それどころか、その間違った説明に反論しなかった田中真紀子まで批判している。徹底した批判、追及ぶりだ。
 我々は真実を知らなければならない。どちらが正しいのか。田原総一朗氏とテレビ朝日には、この機会に日本人にイスラエルという国について真剣に考えるきっかけを提供してもらいたい。正面から抗議を受けとめ正しく対応してもらいたい。イスラエル批判をこれ以上タブーにさせてはいけない。
 シオニストを自称する友人の佐藤優に頼み込んで、この問題にフタをしようとすることだけは、田原総一朗はしてはいけない。

  
 日本テレビ誤報事件が提示したもう一つの問題 3月18日メルマガ第0108号要旨

 日本テレビの報道番組「真相報道バンキシャ!」の誤報問題は、ついに日テレ社長の引責辞任にまで発展した。
 メディアの流す情報に頼らざるを得ない一般国民にとっては、誤報や、ましてや捏造、やらせ、情報操作などは、あってはならないことだ。だからこの誤報も、いくら厳しく批判されても仕方がない。
 しかし、3月18日の東京新聞のコラム「大波小波」に述べられていた「テレビと格差」という、次のコメントについては考えさせられた。
 「テレビ局はテレビ番組を作る会社だと多くの人は思っているかもしれないが、実際のところほとんどのテレビ番組は、下請けの番組制作会社が作っている。テレビ局が自ら作る数少ない番組も、(それをつくるスタッフは)半分以上は年収が圧倒的に低い制作会社からの派遣社員などで占められている。つまり日本のテレビ番組の制作現場は、格差構造を前提に維持されてきた・・・さらにここ数年、広告収入の低下を理由にテレビ番組制作費は大幅に削減されている・・・そんな(低い)予算ではできないと断ればいいと思われるかもしれない。ところが発注元であるテレビ局の権限があまりにも強いこの業界では、制作会社が制作を断るなどまずありえない・・・」
 ここで指摘されている事はテレビ業界に限らないに違いない。弱者と強者、経営者と雇用人、組織と個人、悪と善、この普遍的な葛藤が、経済不況と格差社会の進展によって、否応無しに加速されているのが今の日本ではないのか。
 湯浅誠が、その著書「反貧困」の中で指摘している、いわゆる「タメ」のない社会に日本は突入しようとしているのだ。人々が弱くなると、正義心も弱くなる、権力への抵抗心がなくなる、周囲の者への配慮を忘れていってしまう。そんな日本を皆の力で食い止めなければならない。いがみ合っている場合ではない。

 小沢一郎の真価が問われている 3月19日メルマガ第0109号 全文

 3月24日に大久保秘書の拘留期限が終わり起訴される。それにともなって小沢一郎は民主党代表を辞任する。これはもはや与野党関係者やメディアの暗黙の了解である。私もそう思う。
 問題はその後の政局の帰趨である。これについては誰も分からない。だから3月24日を境に小沢報道は再び大きく動き出す。マンネリになった小沢報道が、あらたな展開を見せ始める。そうなる前に、小沢事件の本質について、私の考えをあらためてここで強調しておきたい。
 小沢事件については、この事件が起きた3月3日のメルマガ「緊急メッセージ、小沢民党代表に告ぐ」以来、私は何度も書いてきた。警告を発信してきた。その小沢代表に対する私のメッセージも今回のメルマガでとりあえず終わりにしようと思う。だから少し長くなるが、読者には我慢をお願いしたい。
 なぜ私が今度の小沢事件にこれほどまでに強い関心と危惧の念を持つのか。それは一言で言えば今度の事件の結末いかんによっては、「この国の権力構造が変わるかも知れない」という期待が打ち砕かれてしまうと思うからだ。このまま「小沢民主党」が敗北することは、長く暗い日本が続く事になる。決してそうさせてはならない、と強く思うからだ。
 戦後一貫して続いてきたこの国の権力構造を変えることは容易ではない。それは大袈裟に言えば日本国民がはじめて経験する民主革命とも呼べる一大事件である。だから、小沢一郎でもそれを行なう事は容易ではない。それよりもなによりも、そもそも小沢一郎なる政治家がそれを意図しているか、それに値する政治家であるか、という疑念がある。
 しかし、私を含め、この国の権力構造を一度根本的に変えてみたい、そうすることしか日本の将来はない、と考えている国民側からみれば、今の政治家でそれができるのは小沢一郎しかいないのだ。
 自民党旧田中派の中枢にいた小沢一郎がカネに綺麗な政治家であるなどと思う国民はいない。権力志向の小沢一郎が本気になって弱者のための政治を行なおうとしているのかは不明だ。対米従属を批判する一方で日米同盟重視を繰り返す小沢一郎の安保・外交政策はあまりにも矛盾に満ちている。ついこの間まで大連立を画策しようとしていた小沢一郎が、この国の権力構造を変えようとしているかどうかは疑わしい。
 このようなあらゆる疑問や、不透明さを承知した上で、それでもこの国の権力構造を変える事のできる政治家は小沢一郎しかいない、そして小沢一郎は今となっては自らを変えたのではないか、変えざるをえないのではないか、国民のためにこの国の権力構造を主客逆転させようとする覚悟を決めたのではないか。そういう前提で私は議論を進めている。
 私がかぎかっこ付きで「小沢民主党」と呼び続けるのは、そのような小沢の衣鉢を継ぐ民主党であると意味である。すなわち「この国の権力構造を本気で変える覚悟を持った政治家の集まりである民主党」という意味である。
 繰り返して言う。小沢一郎でもこの国の権力構造を変えられる保証はない。しかし小沢なき民主党では、たとえ政権交代が実現しても、この国の権力構造を変える事は100%無理なのだ。勿論日本共産党や社民党ではこの国の権力構造を変える事などはじめから出来はしない。
 だからこそ、今度の事件を起した者たちの最大の目的は、小沢排除であったのだ。小沢一郎の政治生命を奪ってしまえば、後は政権交代が起きようが、政界再編が行なわれようが、誰がこの国の指導者になろうが、そんな事はどうでもいいことなのだ。この国の権力構造は微動だにしないのである。
「小沢民主党」が変えようとする権力構造とは何か。それは自公政権とそれを支える官僚組織、警察、検察、マスコミ、財界、そしてその権力構造に満足している国民である。その背後には日本を自らの国益の為に使えるだけ使おうとする米国がある。
 今度の事件の背景に米国の影響があったかどうかは私にはわからない。たとえあったとしても証拠をつかまれるようなドジな真似をもはや今の日米関係者が犯すはずはない。米国にとって重要な事は日本国民にそのような疑いを抱かせる存在であり続ければいいだけなのだ。
 3月24日に代表辞任に追い込まれる事が必至の小沢一郎は、これからの一週間をどう行動すればいいのか。これがこのメルマガの核心部分である。願わくばこれが小沢一郎の耳に入る事を願う。そして小沢一郎がその考えに賛同する事を期待する。
 「小沢民主党」が反転攻勢できる唯一の道は、相手が想像できないほどの大胆な行動を見せるということだ。
 それはまず、小沢自身が、自らを捨てても国民を守るという覚悟を固めることである。それは民主党代表を潔く捨てるという事だけにとどまらない。これをきっかけに政治家を辞めるということだ。若い世代に日本を託すと宣言することだ。こうする事によって小泉とか麻生とか森とか青木とかといった政治家はもとより、安倍晋三や中川昭一なども道ずれにできる。
 その覚悟を持って民主党を「小沢民主党」で固めることだ。菅、鳩山、輿石はもとより岡田、野田、前原、仙石などを集めて、自らの覚悟を披露し、岡田党首の下で「小沢民主党」による政権交代を目指すという事を取りつけておくことだ。それを3月24日までに済ませておく事だ。これは小沢院政を敷く事ではない。政治を引退する小沢の置き土産である。小沢の遺志なのだ。
 できれば主要マニフェストについて纏め上げ、3月24日にそれを公表することだ。それに欠かせないのが官僚支配の打破である。徹底した公務員改革である。今日の報道でも見られるように自公政権では公務員改革はできない。小泉改革の信奉者である渡辺喜美では公務員改革はできない。「小沢民主党」のみが真の公務員制度改革ができるのだ。そして公務員制度改革は待ったなしだ。これが出来なければ日本の将来はない。国民もそう思っている。
 あらゆる企業、組織からの政治献金禁止もこの際断固としてマニフェストに掲げるのだ。「企業献金まみれの小沢がいまさら何を」という批判がある。その批判を正面から受けて立つのだ。一番多く献金を受けていた自分だからそうするのだ。その弊害を一番強く反省するからこそそれを誰よりも強く打ち出すのだ。180度考えを改めたのだ、自分は変わったのだ、文句があるか。反論できるか、と堂々と言えばいいのだ。
 小沢一郎の命運は一人小沢一郎の命運だけではない。政権政党の議員になりたいと願う民主党議員の命運がかかっているだけでもない。その命運は、これまでの日本の権力構造の属さない、それゆえにそれら権力構造の埒外に置かれて来た、善良で、弱い、多くの日本国民の命運でもあるのだ。
 小沢事件の見所は、その自覚を小沢一郎が24日までに持てるかどうかにかかっている。

  


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2009年03月14日

天木直人のメールマガジン 要旨 3月11日ー14日分


 天木直人のメールマガジン 要旨 3月11日―14日分

 2009年3月11日発行 第0098号

 なぜ新聞は権力に弱くなったのか

 メディアが権力に追従するようになって久しい。なぜか。その理由はいくつあるだろう。しかし間違いなくその一つに新聞が権力側に弱みを握られている事がある。

 2月末の新聞に朝日新聞4億円脱税というニュースが流されていた。脱税といい申告漏れといい、「社会の木鐸」であるはずのジャーナリズムが不正をやっているようでは正義を本気で追及できるはずはない。権力側はメディアの不正を握っているのだ。国税庁は情報を掌握しているのだ。いつでもメディアを脅かすことができる。

 そのような新聞社の弱みの中でも、おそらく最も深刻な弱みは、「押し紙」という名の購読者数水増し偽装であろう。 これは業界のタブー中のタブーと言われてきたという。そのタブーについて経済月刊誌ZAITEN4月号がついに書いた。産経新聞がついに業界タブーである「押し紙」の廃止に踏み切ったと書いていた。しかし「押し紙」は何も産経に限ったことではない。大手新聞は皆行なっているということだ。

 押し紙のどこが深刻な問題か。それはZAITENの記事が教えているように、公称販売部数によって広告料などが決められることである。数字を誤魔化して収入を余分に取ることはれっきとした犯罪ではないのか。広告主の会社がそれを知らずに支払っていれば騙された事になる。もし知っていながら黙認していたのなら背任行為だ。そして仲介役の広告会社はどう認識しているのか。

 権力側がこの存在を知らないはずはない。権力側がメディアを黙らせるのは簡単だ。メディアは権力におびえて膝を屈するよりも、国民とともに権力の横暴を監視する本来のメディア魂を取り戻さなければならない。

 2009年3月11日発行 第0099号

 いまこそミサイル戦争の愚かさを国民は知るべきだ

 私は3月1日のメルマガ第0080号で、北朝鮮とのミサイル戦争の危険性について書いた。日本国民の安全の最大の危機である。それにもかかわらず、いくら政局が混迷しているからといって、この奇妙な無関心さは一体どうしたことだろうか。

 これは米朝間の駆け引きであって、そんなことは起こらない、とでも言うのだろうか。 それとも、まさかそういう事は起こらないだろう、という根拠なき希望的観測で事の推移を見守っているのか。あるいは単純に、米国に追従してきた日本としてどう対応していいか分からない、対応のしようがない、という事なのだろうか。おそらくそのすべてが混じりあっているのだろう。

 そのような思考停止の状況の中で、政府もメディアも、そして右翼世論も、やれ安保理決議違反を許すな、人工衛星でもミサイルでも同じだ、日本に飛来したらアメリカから導入したばかりのミサイル迎撃システムで撃ち落すのは当然だ、などと勇ましい発言を繰り返す。これは笑止千万だ。

 この問題で難しい議論を繰り返す以前に、米国から大金を払って買わされた日本のミサイル迎撃システムそのものに重大な矛盾がある事を国民は知るべきだ。

 これを見事に白状したのが3月11日の読売新聞の「解説スペシャル」である。防衛問題専門の勝股秀通解説委員と政治部記者遠藤剛記者の記名入りのその記事は、迎撃システムそのものが、今度の北朝鮮のミサイル発射から日本を守る事について、まるで役に立たない事を白状している。日本はミサイル戦争を戦うことなどできない事を教えている。政府、防衛省は日本国民を守る事をまじめに行なってこなかったのだ。国民はそれを知って怒らなければならない。

 2009年3月12日発行 第100号

 小沢秘書逮捕事件の裏にあるもうひとつの真実

  今度の事件の裏にある真実は、もちろん政権交代を巡る自民党と民主党の最終戦争である。しかし私は、もう一つの真実を感じ取った。それは官僚支配と政治支配(国民支配)を巡る最終戦争であるという事だ。

 おそらく3月24日に大久保秘書が起訴され、それをきっかけに大きな変化が起きる。小沢一郎がそれでも頑張って民主党に大混乱が起きるか(この大混乱は、たとえば鳩山や菅といった現執行部の幹部が小沢に代わろうとした時に起きる大混乱も含む)、それとも民主党のためを思って小沢が代表を辞し、岡田代表で結束して選挙に挑む事になるか、どちらかだ。

 前者の場合は民主党による政権交代はなくなる。後者であれば民主党による政権交代が今より確実になる。大きな違いのように見えるが、小沢民主党政権の実現がなくなるという点では見事に一致する。

 小沢なきあとの民主党であれば、必ず自民党的政治は復活できる。小沢一郎がいなくなると、来年の衆参同時選挙までに起こりうる政界再編によって、どのような政党の組み合わせであろうとも自民党的なものは生き残る。

 そして、ここが重要なことなのであるが、そのような保守連立政権が続くという事は、対米従属と官僚支配の政治が続くということなのである。それをメディアも歓迎して応援しているという事なのである。

 これこそが、毎日繰り返される小沢批判の報道の理由である。自民党批判も行なってバランスを取っているが、小沢民主党代表を追放すればいいのである。目的を達成した事になる。

 そして、今度の事件をきっかけに小沢が民主党代表辞任に追い込まれるような事になれば、最大の勝利者は官僚であるということだ。政権交代はなされても官僚支配はかわらない。日本の政治は今までと何も変わらない。

 2009年3月13日発行 第0101号

 政治とカネの話よりも重要な事

 相も変わらず小沢一郎秘書逮捕のニュースが続いている。政治家と建設会社をめぐるカネのやり取りについて、次から次へと新たな情報を流し、政治家とカネの話が事こまかく報じられている。

 そんな中で私が気になるのは日本共産党と社民党が政治家とカネの問題についてやたらに正義感を振りかざしていることだ。「自民も民主も同根だ。政治に対する国民の信頼を回復しなければならない、などと声高に叫んでいることだ。

 これについては先日の某TV番組で、沖縄選出の下地幹郎(国民新党)が言っていた言葉を思い出す。正確な言葉遣いは忘れたが、下地議員が言っていた事は要するにこういうことだ。政治家はそれぞれの政党で政治資金の集め方が違う。資本主義にもとづく政党は企業からの政治資金に頼り、そうでない政党は労働組合とかそれぞれの資金集めの方法がある。要するに適切、合法に、政治資金が集められているかどうかだ、と。この下地議員の言葉の持つ意味は重要である。

 先日、森喜朗元首相が輿石東参院議員会長(民主党)の事を、「違法なカネを集めて当選してきた」と批判した。これを聞いた時に、ここまで暴言を吐いた森元総理に噛み付かなかった輿石議員は、なんと情けない弱腰議員か、と思ったが、12日の日刊ゲンダイに、森元首相がこれほど強気に出られた理由を書いていたのを読んで納得した。「輿石の出身母体である山梨県教育組合などで構成する政治団体が、かつて政治資金絡みの事件を起こし、会長ら2人が政治資金規正法違反で罰金命令を受けている」背景があるというのだ。

 企業献金もなく、政党助成金を唯一受け取っていない事が売り物の日本共産党は確かに政治資金に関しては正義を振りかざせるかもしれない。しかし日本共産党は選挙資金をどう工面しているのか。元日本共産党政策委員長の筆坂氏によれば、議員歳費などの議員報酬の一部が党の予算となっているという。かつて辻元清美議員の秘書給与プールが違法だと大騒ぎになり議員辞職に追い込まれた事があったが、議員歳費の一部を制度的に上納させて党予算の原資にすることが公然と行なわれていることに違法性はないのか。

 公明党については、政経分離の問題もさることながら、宗教法人は等しく無税であるという税優遇が選挙資金への厚遇にならないのか。公職選挙法上の問題はないのか。

 今度の小沢事件に背景にある最大の問題は政治とカネの問題ではない。捜査の公正性である。権力の恣意的行使である。小沢一郎が正しいと言っているのではない。政権政党と司法、警察、検察が結託したら、次期総裁候補の政治生命までも奪う事ができるという恐ろしさである。この事はいくら強調してもしすぎる事はない。

 有力政治家でさえそうであるから、権力が一般国民を弾圧することなど朝飯前なのだ。その犠牲になっても一般国民には救済の道はない。だれも権力に歯向かえなくなる。その恐ろしさこそ日本共産党や社民党は国民に訴えるべきである。選挙目当ての組織のエゴをむき出しにしている時ではない。

 2009年3月14日発行 第0102号

 北朝鮮が暴いてくれた日本の安全保障政策の欺瞞

 北朝鮮が4月4日から8日までの間に人工衛星を運ぶロケットを打ち上げる計画を国際海事機関(IMO)に通報した事が明らかになって、にわかにミサイル問題が騒がしくなった。メディアで取り上げるようになった。

  しかし、この北朝鮮ミサイル発射問題の危機に関し、政治家、安全保障政策の専門家、メディアの論調など、どれ一つとして答えられないでいる。皆が、困惑し、狼狽し、なす術がない。話せば話すほど矛盾を感じて顔を下に向けざるを得ない、視線を落さざるを得ないのだ。

  これは何を意味するのか。ズバリ、戦後63年間当然のように維持されてきたこの国の安全保障政策が、その実まったく機能していなかったという事である。わが国の安全保障政策がいかに欺瞞であったか、という事である。
  まず何よりも日米安保体制が日本の危機を救ってくれない事が白日の下にさらされた。
  次に、あれほど日本が重視してきた6カ国協議が、まったく無意味なものであった事が白日の下にさらされた。
  三番目に、ミサイル戦争に対して日本がまったく対応できないことが白日の下にさらされた。

  こう書いていくと、あたかも護憲、平和政党の言い分が正しかったとように聞こえるかもしれない。しかしそうではない。いわゆる左翼イデオロイーの反米、護憲一辺倒もまた、ならずもの国家北朝鮮のミサイル恫喝に対応できないのだ。彼らの対北朝鮮政策もまた間違いであったのだ。だからこそ護憲政党、政治家も沈黙を守らざるを得ないのである。

  どうすればいいか。絶対に北朝鮮にミサイルを発射させないことだ。そしてそれには米国が北朝鮮と話し合い、ミサイル発射をやめさせることしかない。それは米朝二カ国が、自らの利益の為に取引することではない。世界最大の軍事大国である米国が、日本の為に、世界の為に、そして何よりも米国の為に、北朝鮮に対する軍事的脅威をなくすことを伝え、北朝鮮のミサイル政策を思いとどまらせることだ。最終的には核兵器の脅威をなくす事を米国自ら率先して提唱することである。そのために米国が外交的指導力を発揮する事である。
  それをオバマ大統領にわからせるのは日本をおいて他にない。二度と核兵器を人類に使ってはならない、それを率先して世界に示す、その事を、憲法9条を掲げて米国に迫る事である。憲法9条こそ最強の安全保障政策である事を米国に気づかせることである。まさしく日本の外交力が問われている。


 2009年3月14日発行 第0103号

 江田憲司が語る安全保障政策に注目したい

  季刊雑誌にSIGHTというのがある。音楽評論家で雑誌編集者でもある渋谷陽一という人物が、自らの会社ロッキング・オンから発行している政治雑誌である。今発売中の春季号に江田憲司のインタビュー記事が載っていた。 彼は言う、
「・・・結局、内政問題というのは五十歩百歩なんですね。大きな政府だ、小さな政府だ、自由主義だとか、ナントカ言ったって、真実は真ん中にあるので、現実はそんな白黒はっきり分けられないんですよ。多少の違いは出るにしても、そんな大きな違いじゃない。大きな違いはやっぱり外交安全保障だと私は思うんですね。これについては自民も民主もぐちゃぐちゃだから・・・」
 よくぞ言ってくれたと思う。この点こそ私が言いたかった事であった。国内問題は結局のところどの政党も国民の生活を重視しなければならなくなってきている。最後は同じところに落ち着かざるをえないのだ。
 しかし外交安全保障政策はそうではない。意見の違いは大きい。そして自民も民主も、まともに安全保障政策を考え、論じる者が、あまりにも少ない。もちろん護憲政党の安全保障政策などは無きに等しい。要するに、この国にはまともな安全保障政策に関する論議が欠落してきたのである。それを真剣に議論する時が来ているのである。
 それでは江田憲司はこの最重要問題である外交・安全保障についてどう考えているのか。それを示すのが次の興味深い言葉である。
 「・・・やっぱり集団的自衛権を認めるかどうか、そこなんでしょう。日本の国民や国土を守るという点についてはコンセンサスができている・・・しかし、イラク戦争を支持して自衛隊を派遣したような、集団的自衛権の行使は反対だ、というのが私の立場です。  私は若手官僚の頃、集団的自衛権を行使して普通の国になれと思っていました。だけど橋本政権で官邸の中枢に入り・・・日米間の新しい安全保障宣言、それに続くガイドライン法(周辺事態法)の策定などに参画する過程で、今の政治家のガヴァナビリティのなさ、自衛隊のオペレーション能力のなさなどを体験的に知ってしまったんです。
 仮に、百歩譲って集団的自衛権の行使を認めるとしても、今の段階で集団的自衛権を行使して、米軍とともに戦うなんてことはとても出来ない。憲法理論とか理屈以前の問題で、そんな事を議論してもしょうがない。インターオペラビリティ(相互運用性)などありませんよ、今の自衛隊に。一緒に戦うと言ったって米軍に忌避されるだけです。しかも何も今更日本が軍事的に貢献して、他の200カ国近い国連加盟国と同じことやったって限界効用もない・・・ どんな小国でも持っているような集団的自衛権を行使して今さら軍事的に貢献しても、「ああ、そっか」っていうぐらいの話ですよ・・・そうじゃなくて日本に求められているのは、日本の得手の分野でしっかりと世界に貢献することでしょう・・・
 日本ではまったく責任も問われず、イラク戦争の総括もされないから政治家はいい加減になるんです。私は集団的自衛権の観点から、アフガン戦争にもイラク戦争にも一貫して反対しました・・・後方支援だって集団的自衛権の行使ですよ。日本にとって戦後はじめての事だったのに、小泉流の詭弁で簡単に通してしまった。イラク戦争なんて国際的な大犯罪だと思いますよ・・・そんなものに賛成した政治家は、懺悔して辞めるべきだと思いますよ・・・」

 元官僚出身で、元自民党の政治家で、ここまで自分の外交・安全保障政策を語った政治家を私は知らない。江田憲司とは是非一度外交・安全政策について話し合ってみたいものだ。彼の平和外交の考えが本物ならば、官僚支配打破と平和外交を二本の旗印に、思いを同じ政治家を集めて新党を結成してもらいたい。私はその新党を支持する。その必要性が今まさに求められていると思う。

 

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2009年03月10日

天木直人のメールマガジン 要旨 3月8日ー10日分


 天木直人のメールマガジン 要旨 3月8日―10日分

  2009年3月8日発行 第0090号

  対極にある生き様

 発売中の週刊新潮3月12日号の冒頭に、「こちら、撃ち逃げ」というタイトルの一枚の見開きの写真を見つけた。 それは小泉元首相、作家林真理子、奥谷禮子人材会社ザ・アール社長が、TSUTAYA創業者の増田宗昭なる人物に見送られるような形で、京都のお茶屋から出てくる写真である。
 つたや創業者の事については知らないが、後の三人は私がもっとも嫌う人物だ。小泉元首相の事は書くまでもない。林真理子は、うまいものとか、人間の美醜とか、金銭的な話とか、男女間の駆け引きとか、ブランド絶賛とか、まともな人間ならはばかるような人間の欲望を臆面もなく書き続ける事によって世に出た女性作家だ。奥谷禮子は、自己責任論を繰り返し、大手企業の弁護役を担っているいま活躍中の「財界人」だ。人材派遣業を生業としている。三人とも私がもっとも嫌う生き様を送る人物である。

 その写真には次のような解説がつけられていた。

 「“不機嫌の会”に参加していたんです・・・小泉さんは京都好きで、東京からわざわざ足を伸ばすこともあります」(事情通)・・・元首相が宴に興じていた日は、彼に続く造反議員を出すまいと与野党幹部が躍起になっていた。まさにそのとき、どこ吹く風と、一人5万円は下らない祇園有数のお茶屋で約5時間、彼は“不機嫌”どころか、ゴキゲンだった。政界引退目前で、後は野となれ山となれ、ということか。

 これら三人は、今の日本の苦しみなど、およそ自分たちとは無関係と思って生きているに違いない。この世の中には彼らと同じ考えに立ち、彼らの仲間であったり、彼らの話をありがたく聞くような人たちが多数いるに違いない。 そのよしあしを言っているのではない。人の考え、価値観、生き様は、様々だ。私は、この三人の生き様の対極にある生き方を選ぶ。対極にある人たちの側に立つ。良くも悪くも、好きも嫌いも、それが私という人間だ。私の言動の源だ。

 2009年3月8日発行 第0091号

 覇権大国が手を結ぶ事の恐ろしさ

 核軍縮について米国とロシアが合意したという国際報道が、あたかも喜ばしいニュースのごとく3月8日の新聞紙上をにぎわしていた。しかし、米ロの関係が良好になれば世界は平和になるのか。世界の人々が幸せになれるのか。
  二大覇権大国である米ロが、覇権国家としての自国の国益を二の次にして、世界の国々や人類の平和と繁栄の為に譲歩し合うという事はありえない。たとえ核軍縮に関する合意が米ロの間で結ばれたとしても、それはお互いにとって国益を損なうものでは決してない。それどころかそれぞれの思惑による取引に過ぎない。
 3月8日の読売新聞はいみじくもヒラリー・クリントン米国務長官の共同声明発表記者会見での次の言葉を報じていた。
「米ロは大量破壊兵器の拡散を深く憂慮する。我々は、この大切な分野で世界をリードする責任がある」、
「(米ロ)両国はアフガニスタン、中東、イランについて協力を深めていく」

 これを要するに、米国は「テロとの戦い」という名のパレスチナ弾圧政策を最優先事項であると宣言し、「テロ」が核兵器を持つ事は絶対に許さない、そう米国は世界に宣言しているのだ。

 もしロシアが、パレスチナ問題を自国の国益にとって二の次と考え、米国の「テロとの戦い」に協力するかわりに、自国にとってより重要な見返りを米国から取り付けよう、その見返りが得られるなら米国に協力してもよい、と考えるようになったらどうか。 パレスチナのハマス弾圧やアフガンにおける反米武装組織の掃討作戦が、米ロの了解のもとに一気に進む事になる。非人道的な弾圧と殺戮が放置されることになる。それを誰も止められなくなる。要するに覇権国家が手を結べば、何でもできる事になる。これほど危険な事はない。

 覇権勢力が手を結ぶ事の恐さを我々は知らねばならない。そしてそれは国際政治においてだけの話ではない。国内政治もしかりだ。政官財支配、いやそれに加えてメディア、警察、検察、司法、が手を結んだ勢力に、小沢なき民主党が加わったらどうか。政界再編後の保守大連立政権を想像してみたらいい。 そこでは体制に反対する声は見事に弾圧、抹殺され、人権までもが拘束されるようになる。対米従属が固定され、憲法9条がかなぐり捨てられる。

 2009年3月9日発行 第0092号

 日米合作の例がまた一つ見つかった

 私は3月6日のメルマガ第0087号で、日米関係はことごとく日米合作でつくられてきたと書いた。その例がまた一つ明らかになった。
 3月8日の東京新聞にこのような記事があった。私は知らなかったのだが、1945年の東京大空襲による犠牲者の遺骨約10万5千柱は、戦後、関東大震災(1923年)の犠牲者が納骨されている震災記念堂に合葬される事になった。空襲犠牲者の遺族から「間借りだ」と批判されている、いわゆる「震災・戦災合葬」である。
 この合葬案は、これまでGHQが考えた案とされていた。ところが長志珠絵(おさ しずえ)・神戸市外国語大准教授(歴史学)がGHQの文書を研究した結果、それは日米合作の案であったというのだ。重要な事は、長准教授が語っている次の言葉だ。
 「GHQの文書から分かるのは、日米とも元兵士にくらべ、空襲被害者に対する関心がほとんどないことです・・・(合葬をめぐるGHQとの交渉の一方で)空襲犠牲者の遺骨の身元調査すらしなかったため、戦後補償や追悼問題などを解決する可能性が閉ざされた。占領軍とともに、日本政府も問題を隠蔽してきた・・・」。
 日米合作で生み出された追悼政策は、そのほかの政策と同様に、常に「日本国民のため」という視点が欠落している。それが問題なのである。

 2009年3月9日発行 第0093号

 かき消されようとしている小泉発言

 「郵政民営化には反対だった」。この麻生発言にぶち切れた小泉元首相は、「呆れて笑っちゃう」と踊り出た。3分の2の議席を獲得したのは俺が仕掛けた郵政改革選挙だ。それを定額給付金成立に使うことは許さない、といわんばかりの傲慢発言をした。
 しかし、その目論見は外れた。世論がそれに動かず、自民党内部に同調者が現れなかった。それを見て取った小泉元首相は、「私は辞めていく人間だから、政局の話はしないし、かかわらない」と言って退散した。
 良くぞ言ったものだ。みずから政局を仕掛けておいて、それが奏功しないと見るや脱兎の如く撤退する。 笑っちゃう発言が出たのが2月12日、政局の話はもうしない発言が出たのが3月2日。わずか20日足らずの茶番劇であった。小泉元首相の政治的影響力は、これで完全に終わった。

 ところがこの重大な政治ドラマをメディアはまともに取り上げない。小泉批判をまったく行なわない。小泉改革の誤りを追及しようとしない。小沢秘書逮捕劇などが飛び出してこの問題が今やまったく忘れさられようとしている。 そんな中で、そうは許さないとばかり強烈な小泉批判をしている記事を見つけた。リベラルタイム4月号で堤堯(つつみ・ぎょう)という元文芸春秋編集長なるジャーナリストが、「小泉に麻生を『笑っちゃう』資格があるのか」という記事を書いていた。

 リベラルタイムがどのような雑誌なのか、堤堯氏がどのような考えのジャーナリストか、私は知らない。しかしこの記事ほど強烈に小泉郵政改革の欺瞞を批判した記事を私は知らない。小沢民主党政権がめでたく、無事できたら、小沢民主党政権は、「国策操作」と「郵政改革」の真相を、なんとしてでも国民の前に明らかにしてもらいたい。そうならないように自民党と官僚、メディアなどは必至になって小沢民主党を攻めいる。いや、攻められているのは小沢民主党だけではない。真相を突き止めたいと考えている我々国民でもあるのだ。

 2009年3月10日発行 第0094号

 村上春樹「エルサレム賞」受賞に思うー後日談

 私は2月25日のメルマガ第0073号で、村上春樹が「エルサレム賞」を受賞した事について、残念に思うという趣旨の私見を述べた。 その後私は注意深く新聞や雑誌の評論を見てきたのであるが、そのすべてが村上氏の受賞を素直に喜んだり、壁と卵のスピーチを、文学的表現でイスラエル批判をしたと称えたりするものばかりであった。

 そんな中で、3月9日の朝日新聞「風」でカイロ発平田篤央の記事が目にとまった。彼は書いていた。
 ・・・講演後、会場では大きな拍手がわき起こった。歓声も上がった。その場にいた私も感銘を受けた。しかし、何か、もやもやが残った。あえてイスラエルに来て、文学的表現で批判する日本の作家。それを受け止めるイスラエル人。知的な緊張と交歓。 そこに紛争の一方の当事者であるパレスチナ人、アラブ人は不在である。あまりに大勢が殺されて、一人一人の人格が消えて「1300人」という数字に置き
換えられてしまうのと同じように・・・

 私が驚いたのはその後に続く平田氏の記事である。彼はアラブの文学者はいったいどんな気持ちでこの受賞を受けとめているのだろう、とした上で、2月23日付のアラブ圏紙アルハヤトに載っていたレバノンの作家・詩人であるアブド・ワジンの論評を紹介しているのだ。それはまさしく私が2月25日のブログで紹介したものだ。 天下の朝日新聞のカイロ特派員のよりも2週間早く、私はアラブ人の気持ちを読者に伝える事ができた。それを自慢したくてこのメルマガを書いた事を白状する。

 2009年3月10日発行 第0095号

 イスラエルを左右する極右政党党首リーバーマン

 2月10日にイスラエルで総選挙が行なわれた。日本の報道は、「和平派が後退し、強硬派が議席をのばした。その結果強硬派中心の連立政権が避けられない見通しとなった。パレスチナ和平交渉は後退せざるをえない」、というものばかりだ。
 しかし、現実はもっと酷い事が行なわれている。それを教えてくれたのがニューズウィーク(日本語版)2月25日号であった。
 今度の選挙の最大の勝者は極右政党「わが家イスラエル」のアビグドル・リーベルマン党首だ。120議席中15議席を獲得し(それまでは11議席)連立政権のキャスティングボートを握る存在になった。イスラエル政治の中心に浮上したのだ。
 ところがこのリーベルマンはとんでもない強硬派で、イスラエル国内にいるアラブ系国民を認めない男だという。因みにイスラエル国内には現在130万人のアラブ系国民がいる。これはイスラエル人口の20%にもあたる。彼らは1948年にイスラエルが建国された時に新国家イスラエルにとどまった約16万人の住民の子孫であり、れっきとしたイスラエル国民である。それにもかかわらず今日まであらゆる差別を受けてきた。
 リーベルマンはこの差別をさらに進め、パレスチナ自治区のヨルダン西岸に追放し、さもなければ市民権を剥奪するという事を主張しているという。しかもその考えを多くのイスラエル人が支持しているという。とんでもないアパルトヘイト(人種隔離)政策だ。
 当然アラブ系国民の反発は高まる。イスラエルにとっての最大の戦いは、パレスチナ強硬派ハマスでも、それを支援するレバノンのヒズボラやイランとの戦いもない。これからは自国内のアラブ系国民との戦いが始まることになる。

 2009年3月10日発行 第0096号

 イスラエル建国時の秘話

 これから書く情報が、反ユダヤ主義者の根拠のない扇動なのか、それとも歴史学者の間で共通に認識されている史実なのか、私は知らない。しかし私には驚きの記事であった。
 「タブーなきラジカル・スキャンダルマガジン」と銘打った月刊誌「紙の爆弾」という雑誌がある。「噂の真相」が休刊になった後に、それを受けつぐ形で国家権力の弾圧に抗して世の中の不正を暴き続けている雑誌である。
 その3月号に佐藤雅彦と名乗るジャーナリスト、翻訳家が、イスラエルがなぜパレスチナで「ホロコースト」を続けているのか、について書いていた。その中で佐藤氏はイスラエル建国時の秘話を次のように書いている。そこにユダヤ人のパレスチナ人虐殺の一つのヒントがある。

 ・・・シオニズム運動がすべてのユダヤ人から歓迎を受けたわけではない。欧州先進国に定住したユダヤ人の中には(現地に受け入れられ)社会的に成功した者も多かった。こうした同化ユダヤ人は、文明果てる世界の果てにざわざわ移住して開拓生活で人生をやり直そうとは思わなかった。(しかし)シオニストは、移住ユダヤ人と旧住民との摩擦が起きはじめると、これを解決するために、さらなる移住者増加でパレスチナ旧住民を圧倒する道を選んだ。ユダヤ人の中にはこの選択を批判する者も当然いた・・・そこで、(これはほとんど語られない事実だが)、パレスチナのユダヤ機関はナチス政府と秘密移送協定を結んで、ナチスがユダヤ人の「パレスチナ移住」を推し進める見返りとして、パレスチナのユダヤ入植者がドイツ製品を積極的に輸入する約束をした。この協定でドイツ在住ユダヤ人の2割にあたる5万人以上が、パレスチナに逃げ込まざるを得ない状況に追い込まれた・・・シオニズム運動の開祖ヘルツルがイスラエル建国の「父」、最大の金づるロスチャイルドが「母」だとすれば、少なくとも欧州ユダヤ人をパレスチナに追い払う最大の推進力となったヒトラーはイスラエル建国の「産婆」役を担ったことになる・・・筆者はナチスの人種差別政策を心から憎む。それゆえにナチスを利用した勢力の悪辣さを許すわけにはいかない・・・

 この佐藤氏の記事を読んだ時、私は米国にいたときのユダヤ系アメリカ人が私に言った言葉を思い出した。彼は私にこう言った。われわれは米国で快適な生活を送っている。米国こそが自分たちがもっとも安心して快適に暮らせる国である。いまさらイスラエルに行く必要はない。しかしイスラエルはユダヤ人の存在を世界に示す政治的意味を持つ国家だ。イスラエルに移住して危険な中でイスラエル国家を守っているユダヤ人には申し訳ない罪の意識がある。だからわれわれは彼らがどんな無茶な事を言っても全面的に支援する

 2009年3月10日発行 第0097号

 漆間官房副長官を更迭に追い込めないメディアの不甲斐なさ

 北朝鮮とのミサイル戦争が起こりかねない緊急事態にもかかわらず、この国の政治は尋常ならざる権力闘争ですっかり麻痺している。メディアもまたその渦中に巻き込まれて右往左往だ。おどろくべき機能喪失状況が日本を覆っている。

 国策捜査があったかなかったか、などという馬鹿げた問題が議論されているが、次期首相が確実視されている政治家の政治生命を一瞬にして奪うような捜査そのものが国策捜査なのだ。

 考えてみるがいい。もし検察官僚が官邸に何の連絡もせずに小沢の秘書を逮捕したとしよう。それこそ大問題だ。官僚の分限を超える越権行為である。そんなことはあり得ない。

 だから今回の小沢秘書逮捕は、当然のことながら東京地検幹部から事前に官邸になんらかの形で伝わっている。そして官邸側がそれに対しどのような指示をしようが、しまいが、官邸が知った時点でもはや国策捜査なのである。

 ところが更に驚くべき事は、漆間官房副長官やそれをかばう麻生首相が、そんな発言はしていない、記者の聞き間違いだ、などと責任逃れをしたことだ。さすがに嘘をついては責任問題になるとばかり、記憶にないとか、認識の違いだなどと、直ちに言い直しているが、言っている事は同じだ。記者の受け止め方と自分が言ったこととは違う、記者が不正確に報道したのだ、と言い張っているのである。記憶にないといいながら、言っていないと言い張っているのだ。

 情けないのは記者たちである。20人ほどの記者は雁首揃えて皆聞いていたはずだ。だからこそ同じような記事を一斉に流したのではないのか。それが首相、官房副長官の保身の言い逃れで否定されたのだ。お前らの聞き間違いだ、不正確なことを記事にしたからこんな騒ぎになったのだと居直られているのだ。

 それに激怒しないような記者は筆を折った方がほうがいい。国民に真実を知らせるという記者魂を捨て去った骨抜き記者たちということだ。権力に従順な御用記者たちということだ。 一昔前ならメディアは官房副長官の首を即座にとったものだ。首相の責任までも追及したに違いない。

 もしこのまま漆間発言がうやむやのうちに不問に付され、漆間巌が大きな顔をしてそのまま官房副長官に居座るような事になれば、もはや国民はメディアには何も期待できないという事だ。メディアは名誉にかけて漆間官房副長官の首をとらなければならない。

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2009年03月07日

天木直人のメールマガジン 要約 3月5日ー7日分


 天木直人のメールマガジン 要約 3月5日―7日分

 2009年3月5日発行 第0086号

  緊急メッセージ 小沢民主党に告ぐ(その2)

  日本の将来が左右される闘いとなる

  小沢一郎がここまで検察批判をして闘う姿勢を見せたのには驚いた。民主党がその小沢代表の下で結束して闘う姿勢を見せたのには驚いた。そうであれば小沢民主党は最後まで鉄の結束を保って国家権力と闘い抜くことだ。検察官僚の横暴を叩き潰すことだ。途中で腰砕けになってはすべてが終わる。なんとしてでも小沢民主党は勝たなければならない。そして政権交代を実現しなければならない。私は最後まで応援したい。
  これは国策捜査なのか。米国の日本支配なのか。その事の真偽を議論しても始まらない。はっきり言えることは、もしここで小沢民主党が潰される事になると、やっぱりそうだったのかという思いが国民を支配する事になる。何も知らされない国民の意識の中に、国家権力には逆らえない、米国を怒らせてはいけない、という漠然とした思い込みが定着してしまう。その悪影響ははかり知れない。国家権力がどんどんと強化されていく。対米従属が固定化していく。国家権力批判、対米従属批判をする者たちへの圧力が強化されていく。小泉・竹中構造改革派が息を吹き返し、この国は再び強者が支配する国に戻ってしまう事になる。そうさせてはならない。
 
 2009年3月6日発行 第0087号

 「年次構造改革要望書」と対米従属

 毎年米国から提出される年次改革要望書なるものが、米国から日本に発せられる指令書なのか。もちろん日米両政府はそれを否定する。しかし現実はその要望書の通り日本の政策は実施されてきた。果たして真実はどうなのか。

 その答えを示す証拠を3月6日の毎日新聞、連載「アメリカよ 新ニッポン論」の中に見つけた。その記事は、一方において官僚たちが「(あんなもの)ほとんどは目を通したらポイ、ですよ」と口をそろえて「指令書」説を否定する言葉を紹介している。また実際にも米国の要望の多くがないがしろにされている例をあげて、「指令書」説を一笑する。
 しかし、その一方で、米通商代表部日本部長として日米構造協議や日米包括経済協議を経験したチャールズ・レイク氏(在日米国商工会議所名誉会頭)の次の言葉を紹介している。

・・・米国側では対日交渉の事を「カブキに出る」って言っていました・・・

  つまりこういう事だ。日米間で交渉を繰り返し、最後は日本側で方向性を固める。その時、日本側は、米国の圧力で止むを得ないだろうと国内を説得する、お互いが大見得を切って芝居をする、それぞれの役割分担が出来ていた。歌舞伎に通じる様式美の世界だった、というのだ。

  このレイク氏の言葉は意味深い。日米関係は、単に米国が日本に指令してそれに日本が従うという単純な従属関係ではない。その従属関係を役割分担し、世間の目をくらまして受け入れる。つまり単なる対米従属よりも売国的だ。対米従属関係は日米が結託して構築されていると言っているのだ。
 思えば戦後の日米関係はすべてが万事である。東京裁判から始まって日米安保条約、そして今日の米軍再編に対する協力に至るまで、日米従属関係は日米両政府の共同作業の結果に他ならない。いくら国民が対米従属をやめろと叫んでも、政府、官僚が一切耳を傾けない理由がここにある。

 2009年3月6日発行 第0088号

  日米安保条約無効訴訟に関する読者からの情報提供

 3月4日のメルマガ第0084号で書いた日米安保条約無効訴訟の件については、どのメディアもこれを報じなかった。予想されていたとはいえ、見事な無視だ。これでは国民は真実を知る事はできない。
 そのかわり、私のメルマガの読者には、私に読者から寄せられた貴重な情報を提供させていただく。以下の文章は私のメルマガの読者の一人から私に寄せられたメールの要約である。あまりにも貴重な情報であり、是非私のメルマガの読者と共有したいと思ったからだ。

 「・・・本日の午後、いつものように天木様のメルマガを拝読し鼓動の高鳴りを感じました。『「天木直人メルマガ」 第0084号 日米安保条約は無効だという訴訟』こそ、本日の午前、私が傍聴した裁判そのものに他ならなかったからです。
 東京地裁631号法廷で10:00より行われた「日米安保無効訴訟」は日米安保条約無効訴訟の会・代表の長岩均氏によって提訴されたものです。建設関係の会社役員をされている長岩氏は、落ち着いた風貌の大変誠実な方であるとお見受けしました。また、今回の訴訟において事務局長をされている山崎康彦氏もメリハリのある語り口の非常にまっすぐな方で、信頼するに足る人物との印象を受けております。
 今回の訴訟を傍聴するに際し、このような真面目で誠実な市民の皆さんがこうして社会の矛盾に立ち向かう様に、私は大変感銘を受けた次第です。 しかしながら、裁判そのものは甚だ私たちの期待を裏切るものでしかありませんでした。なんと法廷はわずか3分ほどで終了してしまったからです!この日のために急遽休暇をとり八王子から霞ヶ関まで馳せ参じた私にとっては、肩透かしを食らったような、舐められたような、なんとも馬鹿にされたような思いに囚われました。閉廷直後、「しっかりやれよ!」という裁判官に対する罵声もとんだほどです。
 展開は次のようなものでした。裁判官は3名。中央の裁判官が原告・長岩氏、被告・国の書面内容をそれぞれ確認しました。その時、国側から当法廷での終結を求める要請がありました。つまり、今回の1回限りで決着(=棄却)をつけたいとのこと。これに対し裁判官は何ら異存がある風でもなく、原告側にその旨伝えます。当然原告側はそれでは納得いかないので異議を申し立てます。(ここで中央の裁判官は左右の裁判官と何やらひそひそと協議)。すると裁判官は「ここに書面があるのにこれ以上何か言いたいことでもあるのか」といった意味の突っ込みを入れ、それでも食い下がる原告に対し、「では、1回続行します」と宣言し、次回の開廷日程を確認し閉廷となったわけです。――この間、約3分。
 今回の裁判は紛れもなく出来レースとの印象を受けました。間違いなく棄却となることでしょう。国の代表は法務省・法務局からやって来た、若い女の子を含めた6名。被告席後列に座った女の子を含めた3人は、裁判が始まる前から楽しそうに世間話に花を咲かせ、裁判中も国が相手取られた訴訟という緊張感がまるで感じられませんでした。これも裁判官を含めた“身内”であればこそでありましょう。結果など最初から分かっているのです・・・
 訴訟の過程で分かったこととして、1970年に10年の延長が国会で強行採決された、俗に言う「70年安保」について、その後の延長はどうなっているのかということについてです。このことについては私も初耳でした。長岩・山崎両氏はてっきり10年ごとの更新と思っていましたが、実は、1年ごとに更新されていことが分かったのです。長岩氏が外務省の条約課に直接電話し、要するに「無期限条約なのか」と担当官に聞いたところ、返事は「それは違う」とのことでした。「省内で意見をまとめ、毎年アメリカ側と協議している」とのことだったのです。つまり、1年1年外務省の窓口のレベルだけで、国会でも審議せず、国民にも知らせず、マスコミにも言わず、そして野党も追及せず、そのようなことが実は1971年以降脈々と30数年間続いてきたわけです。そのようなことがまかり通る国は一体何なのか?実に衝撃的な事実であります!・・・」

 私は名古屋地裁、高裁における自衛隊イラク派兵差止め訴訟にかかわってきて、裁判の現実をはじめて目撃した。だからここに書かれている裁判所の状況は手に取るようにわかる。そしてあらためて名古屋高裁の違憲判決が歴史的判決であった事を思い知る。
 それにしても日米安保条約が外務省の下っ端官僚だけで毎年更新されているという現実を知って、さすがの私も驚いた。この国をわれわれ国民の手に取り戻すには一体どうすればいいのか。

2009年3月7日発行 第0089号

 小沢秘書騒動の山は越えた

  突然の小沢秘書逮捕から始まった壮絶な権力闘争は、まさしく政権交代闘争の最終章だ。もちろんその結末はまだわからない。しかし希望的観測を交えて今の時点での私の考えを書いてみたい。それは一言でいえば、覚悟を決めた小沢一郎が勝った、ということだ。
もちろん検察官僚の意地がある。自民党の生き残りをかけた国家権力濫用がある。権力に迎合したメディアがある。事態は秘書の逮捕や小沢の意見聴取、代表辞任という流れになるかもしれない。
  しかし例えそうであっても、民主党への政権交代への流れが変わらなければ小沢民主党の勝ちだ。小沢は自分の政治生命と引き換えに政権交代を実現した事になる。私はそういう流れになると思う。
  もしそういう流れにならず、小沢民主党代表辞任とともに民主党がガタガタになり、世論の支持を急激に失い、政権交代実現が雲散霧消すれば、この国は暗黒の世になる。国家権力の国民弾圧が加速し、対米従属が固定化される。憲法9条は捨てられる。絶対にそうさせてはいけない。希望的観測を交えて、私は以下の通り小沢民主党の勝利を予言する。
  小沢秘書の突然の逮捕の直後に、私はブログとメルマガで緊急メッセージを配信し、小沢代表は直ちに代表を辞任して国策捜査との闘いに全力を傾注せよと訴えた。すかさず多くの反応が寄せられた。反応は賛否両論であった。小沢民主党を何故擁護するのかという意見の一方で、小沢代表は絶対辞職してはいけない、代表にとどまって闘ってこそ民主党を救えるのだ、として小沢辞任を求める私の腰砕け振りを激しく攻撃するものがあった。
  私は小沢民主党による政権交代論者だから、反小沢サイドの意見はここでは問題外だ。私が傾聴に値すると思ったのは「小沢代表は辞任してはいけない」といって私の弱腰を批判する意見であった。
  その意見と私の意見は、「政権交代を妨げる卑劣な国策捜査と断固闘うべきだ」という意味で同じであるが、異なるのは状況判断であり、戦略の差だ。私は民主党を巻き込んで闘うのは負けた時にあまりにも打撃が大きい、たとえ小沢代表が潰されても民主党に及ばない形で闘うべきだ、と考えたのだが、その批判者は、小沢を代表から外すのが敵の大目的であり、小沢が代表を辞めると民主党は崩壊する、ここは民主党代表として断固闘うしかない、というものであった。
その後の進展を見ると私の戦略は甘かったかもしれない。というよりも小沢一郎の気迫と覚悟が私の慎重戦略を上回ったようだ。小沢代表の最初の記者会見は言い過ぎだったと思った。しかしあれは小沢氏が政治生命をかけた検察との闘いを宣言した記者会見だったのだ。あの迫力がこの闘いの帰趨を決めたと思う。
  その思いを私は二回目の緊急メッセージを書いた。そこまで小沢氏が決意し、民主党もそれで結束できるのなら、もはや引き返せない。これは自民党から仕掛けられた政権交代潰しの最終闘争であるととらえ、政権交代を賭けた死闘を闘い抜くほかはない、がんばれ、と書いた。
  そしてこのメルマガを書いている3月7日朝の時点において、どうやらこの壮絶なバトルの山は越した、小沢民主党が勝つ事になる、私はそう思い始めた。新聞やテレビが流す報道と、ネット上に流れる玉石混合の情報を総合して下した私の見立てはこうだ。
 小沢氏は、法的に最後まで闘ってでもこの問題に白黒をつけると二回目の記者会見(3月6日正午)で繰り返した。そこには覚悟と共に余裕も見られた。一回目の表現が言いすぎなら訂正すると軟化した。それは譲歩ではなく、これから始まる長い戦いを勝ち抜くという決意を改めて示したのだ。たとえ国策捜査で負けても、ただでは負けない、という覚悟すら感じた。清廉潔白でなくても皆が同じような事をやって見逃されてきたのに、ここで自分だけを標的にされてたまるか、という「正しさ」を検察、自民党に突きつけたのだ。
言い換えれば、メディアが今後小沢不利のどのような情報を流しても、それが法的に立件できるほどしっかりしたものでなければ、その手法に対する批判もまた強まっていく。そんな記事ばかりを流し続けられるか、という事である。
  私は検察官僚は追い込まれつつあるような気がする。ある情報によれば西松建設との政治献金の仕組みが出来たのは大久保秘書の前任者の時代からであり、その秘書は今度の選挙で自民党から出馬予定だという。とんだ茶番だ。「自民党には捜査は及ばない」と失言した政府高官の問題も、大失敗だ。政府と結託している大手新聞、テレビは、知っていながら名前を明かさないが、3月7日の日刊ゲンダイは漆間官房副長官だとあっさりばらした。元警察官僚(元警察庁長官)である。検察官僚と警察官僚が自民党と結託して小沢民主党つぶしをやっていると認めたようなものだ。
  それに、自民党の大物代議士たちがつぎつぎと資金返済を表明し出した。小沢氏と同様の立場に追い込まれつつある。政治資金規正法はザル法である。皆が工夫をして合法化を装ってきたのだ。調べればほこりは出る。知らなかった、記載訂正すればいい、というのであれば、小沢と同じ事になる。
  西松検察の犯罪をいくら暴いても、それは西松側の犯罪だ。暴けば暴くほど関係者が増えていく。小沢と西松だけの関係を特殊な犯罪であると主張する事は無理がある。検察関係者もそれを認めだした。
  最後の決め手は世論がどう判断するかだ。すでに一部世論調査が出ている。これから一斉に出てくる。当然その数字は小沢民主党に不利な数字となる。しかし小沢民主党が大きく支持率を下げない限り、麻生自民党の支持率が大きく増えない限り、国策捜査はうまくいかなかったということだ。
  検察はもはや落しどころを考え始めたのではないか。名誉ある撤退を模索しているのではないか。メディアの騒ぎも心なしに静まりつつあると私は感じる。要するに山は越したのだ。終わったのだ。
  果たして小沢民主党政権が出来るのか。それが出来たら単なる政権交代にとどまらず、国家権力の移譲が行なわれる。主客逆転が起きる。それが今度の事件で決定的になった。検察官僚は震え上がる事になる。
  今度の騒動で明らかになった事がいくつかあった。一つは日本共産党が小沢批判をしたことだ。戦前の言論弾圧や拷問などで国策捜査の卑劣さを知っているはずの日本共産党が、自分たちが選挙で票を伸ばせるチャンスだとばかり、小沢民主党代表を批判した。正義者ぶって組織防衛を最優先した。私の日本共産党不信は決定的になった。
  もう一つは前原誠司や渡辺周などが小沢国策捜査発言を批判したことだ。政治生命をかけて闘っている身内の党首を批判したのである。私が小沢なら決して許さないだろう。もし小沢民主党が政権をとったなら、小沢の下で国策捜査に闘った連中と、距離を置いた連中の間の亀裂が決定的になる。距離を置いた連中は民主党を出るしかなくなった。
  残る問題は、政権交代に闘って傲慢になるだろう小沢一郎とその民主党が、果たして国民にとって正しい政治を行なうかどうかだ。日米関係をどうするかだ。外交、安全保障政策をどうするかだ。保守大連立に走らないかだ。
  しかし私はそれにはあまり関心がない。権力者はすべて悪をなすというのが私の立場であり、小沢政権が実現すれば小沢政権の誤りを厳しく監視していく事になるからだ。
  いずれにしても自公政権を国民の手で倒すことがまず先決だ。その後の政治がどのように展開していこうとも、国民の声がより強くなって政治を監視できるようになっていけばそれでよい。政治が正しく監視されていれば、政治などに関心を持つ必要はない。政治は所詮人生の重大事ではない、それが私の考えである。

 

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2009年03月05日

  日本の将来が左右される闘いがはじまった

 
 日本の将来が左右される闘いがはじまった

 
 ここまできたら小沢民主党は一丸となって最後まで闘ってもらいたい。闘いに勝って政権交代を実現してもらいたい。どんなことがあっても腰砕けになってはいけない。その闘いは一人小沢民主党のための闘いではない。日本の将来が左右される闘いであるからだ。
 これは国策捜査なのか。背後に米国の影響力がある小沢潰しなのか。その真偽を詮索しても始まらない。重要なことは、もしここで小沢民主党が潰される事になると、やっぱりそうだったのか、という事になるということだ。国家権力に歯向かっては勝てない、米国を怒らせてはいけない、という漠然とした恐怖心が国民の意識に定着する。その悪影響ははかり知れない。
 国家権力がどんどんと強化されていく。対米従属が固定化していく。国家権力批判、対米従属批判をする者たちへの圧力がますます強化されていく。小泉・竹中構造改革派が息を吹き返し、この国は再び強者が支配する国に戻ってしまう事になる。
 私は小沢一郎を支持するから応援しているのではない。民主党に媚びているわけではない。しかし、もしここで小沢民主党が空中分解し、政権交代が遠のくと、日本は長く暗い混迷に入ってしまうという危機意識を持つからだ。
 逆に、もし小沢民主党が勝って政権をとるようになると、これまで権力を握って好き放題をしてきた者たち(自民党政治家、官僚、メディア)の悪事が暴露され、裁かれる事になる。主客逆転が起きる。これこそ日本で起こりえなかったクーデターであり民主革命なのである。
 だからこそ権力側の小沢たたきはすさまじい。国家権力と米国の協力者になってしまったメディアは、検察の味方になって偏った報道を繰り返している。政治資金規正法違反では埒が明かないとばかり、収賄の疑いさえあるがごとき情報を流し始めた。このままでは時間とともに小沢民主党は追い込まれてしまう。世論は小沢民主党を応援すべきだ。今の日本を救うには民主革命しかない。

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2009年03月04日

天木直人のメールマガジン 要約 3月2日ー4日分


 天木直人のメールマガジン 要約 3月2日―4日分


 3月4日に政界動乱の第一幕が始まる

 3月4日に小泉元首相の定額給付金不賛成問題に報道が集中する事になる。欠席すると発言した以上欠席するだろう。その行動がブレたら小泉元首相は終わりだからだ。問題はその結果自民党内にどういう動きが広がるかだ。メディアは小泉劇場の再来を応援している。しかし日刊ゲンダイ3月2日号は、造反者はあらわれず小泉元首相の政治生命は文字通り終わると書いている。
 興味深いのは麻生と小泉の争いである。今日発売の週刊ポスト3月13日によれば「かんぽの宿」疑惑追及を巡っての暗闘があるという。それが事実ならば両者の確執は深く、激しい。権力争いは権力(政権)を握っているものが圧倒的に有利だ。小泉元首相は、かつて自分が権力に任せて橋本龍太郎など旧田中派を切り捨てたしっぺ返しを痛感しているに違いない。自民党の分裂は避けられない。
 しかし圧倒的に有利なはずの民主党も大きな矛盾を抱えている。小沢一郎個人の問題もあるが、やはり対米外交における小沢発言だ。それが党内の一致した意見であればいい。一丸となって対米従属から決別する覚悟があればいい。しかしそうではない。旧社会党議員を抱え込んだ党内事情もさることながら、社民党、国民新党と協力して政権を狙わざるを得ないところに民主党の最大の弱点がある。
 これは世間が考えている以上に大きな問題である。なぜならば背後にアメリカの存在があるからだ。小沢の最大の誤りは米国がこれまでの日本の政治に及ぼしてきた影響力を侮っているように見えるところである。政権交代が起きれば、戦後63年続いた対米従属政策の裏で行なわれてきた売国的な政策が国民の前に暴かれるかもしれない。その発覚を恐れる者たちが黙って下野するとはとても思えない。
 
 2009年3月3日発行 第0082号

 小沢たたきと拉致問題

 メディアの小沢民主党攻撃が続いている。とくに産経新聞の小沢たたきは執拗だ。今度は拉致問題についての小沢発言の批判を報じた。3月2日の産経新聞の「民主党解剖」第一回は次のような書き出しで始まっている。
 「2月上旬、都内で開かれた民主党議員と支持者による会合。党代表、小沢一郎が発した言葉に会場は一瞬凍りついた。『拉致問題は北朝鮮に何を言っても解決しない。カネをいっぱい持っていき何人かください、って言うしかないだろう』 日本人の人権と日本の主権を蹂躙した北朝鮮の犯罪をカネで解決させるー。あまりにもドライな小沢発言には、当然のごとく、緘口令が敷かれた・・・」
 この報道に反応するかのように細田自民党幹事長は2日の記者会見で、「発言が事実としたら関係者や被害者家族の期待を裏切る大変背信的な発言ではないか」と批判した。それをご丁寧に3日の産経新聞だけが報じている。
 2月はじめの話を今頃になって暴露して、外交・安保問題に続いて拉致問題についても暴言を吐いていると言わんばかりに小沢一郎を攻撃しているのである。 しかし産経新聞が書くべきは、カネで拉致問題を解決しようとした大先輩は小泉元首相だったという事だ。その事実こそ産経は真っ先に国民に知らせなければならない。
 この点について発売中の週刊現代3月14日号に重要な記事があった。田原総一朗の連載「霞ヶ関大研究」第5回は、「外務省が封印していた北朝鮮拉致被害者『生存』情報」というテーマであるが、その中で小泉元首相の電撃訪朝をお膳立てした田中均元外務審議官の次のような言葉が暴露されていた。
・・・なにより北朝鮮は日朝交渉を心底で進展させたい。国交を正常化し日本からまとまった金(1兆円)が欲しい。この金がないと、北朝鮮は本格的経済復興ができないからです・・・
 田中氏も今頃になってこんな話を田原氏相手によく平然と喋るものだと思う。あの平壌宣言は、拉致を求めさせる事と国交正常化交渉を行なう事と引き換えに1兆円を北朝鮮に渡す取引でできたものであった。その背後には日本のゼネコンが群がっていた。この事は当時随分憶測がながされた。報道関係者はみなそれを知っていながら一切報じなかった。
 産経新聞が拉致問題で今書くべき事は小沢民主党の「暴言」ではない。小泉元首相と外務省の国民に対する裏切り行為だ。小泉批判を出来ないような産経新聞に、麻生批判や小沢批判をする資格はない。

2009年3月3日発行 第0083号

 緊急メッセージ 民主党に告ぐ。肉を切らせて骨を穿て
(別途掲載済み)

 2009年3月4日発行 第0084号

 日米安保条約は無効だという訴訟

 3月3日の日刊ゲンダイに斉藤貴男が重要な指摘をしていた。なぜ新聞は日米安保条約の無効訴訟が行なわれている事を書かないのか、国民に知らせないのか、という問題提起である。
 戦後の日本の国の在り方を規定する「国是」は日米安保体制という名の日米同盟である。それを規定したのが日米安保条約である。ところが、その日米安保条約が、国政府からA級戦犯を免責、助命され、買収までされた岸信介首相の手によってつくられた事を知る国民はいまだ少ない。その事実を根拠に日米安保条約に正統性がなく、従って無効である、と長岩均(56)という国民が訴えているのだ。
 岸首相と米国の結びつきの闇についてはこれまでに多くの資料で明らかにされているが、その最近のものがニューヨーク・タイムズのティム・ワイナー記者が発表した一冊の著書である。日本でもその翻訳が「CIA秘録」上下巻(文芸春秋)として昨年11月に刊行されている。
 もちろんこれらの主張の信憑性を判断する権限は戦後一貫して権力を握ってきた自民党政権だ。司法もまた権力に従うのが現実だ。しかし少なくとも安保条約に正統性がなかったのではないかという疑義が国民に知らされることになる。司法は政治的判断を避けるであろうが、少なくとも何らかの調査をし、判断を下さなければならない。一切の判断を避けて訴訟を門前払いするとしたら、それはそれで大きな問題提起をみずから国民の前で行なう事になる。
 このように考えた時、日米安保条約無効訴訟はまさしく新聞が大きく取り上げて国民に周知すべき訴訟である。ところが不思議な事にマスコミは一切報道しない。その記事によれば第一回口頭弁論は3月4日午前10時に東京地裁631号法廷で行なわれるという。果たしてそれについての報道がなされるか。どこの新聞が、どのメディアがそれをどのように報道するか。私は注意深く見守る事にする。

2009年3月4日発行 第0085号

 ナイ次期米駐日大使就任報道の迷走

 早々と内定が報じられたジョセフ・ナイ次期米駐日大使の人事が、一向に決まらない。ヒラリークリントン国務長官の訪日の際も、麻生首相の訪米の際も、その姿はなかった。

 オバマ新政権の米駐日大使としてジョセフ・ナイ元国防次官補が内定したといち早く書いたのは1月8日の朝日新聞夕刊であった。「オバマ新政権がナイ氏を起用する方針を
固めたことが7日明らかになった」と報じ、日本に手厚い配慮をしたと歓迎していた。
 翌日の各紙も、書き方は微妙に異なっていたが、同様の記事を次々と掲載し、あたかも駐日大使はナイ氏で決まりであるかのような印象を日本の読者に与えていた。
 ところがその後一向に正式決定がなされていない。そう思っていたら最近発売された月刊誌リベラルタイム4月号において、「夫人の猛反対」で難航するナイ氏の駐日大使就任、という次のような記事が目にとまった。
・・・ナイ氏の夫人はボストンで画廊を経営しているため、夫の赴任先がワシントンぐらいだったら認めるが、それ以上だったらダメといって、OKを出していない・・・ナイ氏の駐日大使就任構想は幻になってしまう可能性がある・・・
 なるほど、そういうことか。しかし、それさえも本当かどうかはわからない。別の情報では、ナイ氏自身が駐日大使のポストに魅力を感じていない、ワシントンの要職であれば話は別だ、というものもある。
 そういえばシーファー大使夫人も日本は嫌いだった。朋友ブッシュに頼まれたシーファー大使は日本に赴任したが、一切日本に溶け込もうとせず、ひたすらブッシュ政権の要望を日本につきつけた。ブッシュ政権の終わりと共にその直前の1月15日にそそくさと帰任した。
 これが日米同盟関係の実態だ。駐日大使の人選の情報がつかめず右往左往する日本と、駐日大使のポストなど魅力を感じない米国、それが「最重要な日米同盟関係」の現実である。

 読者の皆さんへ

 突然の小沢民主党代表秘書の逮捕は大きな意味を持っている。その事についての私に意見はメールマガジンで書いていく。その要約をブログでもお伝えするつもりだが事態がどんどんと進展していくと思われるのでズレてしまうが、その点あらかじめご容赦願いたい。この問題は、大袈裟にいえば米国従属の日本が今後永久的に固定されるかどうかの大きな問題であると私は考えている。
 

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2009年03月03日

緊急メッセージ 民主党に告ぐ。 肉を切らせて骨を穿て

緊急メッセージ

民主党に告ぐ。肉を切らせて骨を穿て。

 民主党は直ちに新しい代表を決定して反転攻勢に出るべきだ。小沢民主党代表は自ら直ちに代表を降りて、身に降りかかった疑惑が不当であるのなら全力をかけてそれを晴らす努力をするべきだ。

 今回の突然の東京地検の動きは明らかに政治的な思惑によるものだ。総選挙に敗北必至である自民党は検察を動かし国策捜査を行なった、そう受けとめられても仕方がない。

 しかしそれを民主党がそれをみずから陰謀だと騒ぎたて、小沢党首をかばってはいけない。そうすれば自滅だ。敵の思う壺だ。

 民主党はこの事件を逆手にとって、党首を一新して自公政権の政策の行き詰まりを引き続き責めるべきだ。麻生自公政権ではもはや国民生活を救う事は出来ない。麻生自公政権がどのような策を講じても、もはや国民の信頼を回復することは出来ない。その事を民主党は、新たな態勢を整えて国民に訴えていくべきだ。一丸となって総選挙に臨むべきだ。

 まともな国民なら、今度の疑惑が起きたとしても、だから自公政権がよい、などという事には決してならない。それどころか自公政権の卑劣さに反発を覚えるだろう。

 ザル法である政治資金規正法迂回はこれまで聞き飽きるほど我々は見てきた。記録を訂正しただけで責任を免れてきた政治家がどれほどいたか。

 たとえ小沢一郎の秘書が不正をしていたところで小沢一郎が責任を取って代表を辞め、西松建設疑惑の徹底解明に全面協力をすればいいだけの話だ。自民党政治家を巻き込んで一蓮托生の腹をくくればいいだけの話だ。

 繰り返して言う。小沢代表はみずから即刻代表を辞して民主党を救え。民主党の政権交代を成就せよ。民主党は新しい代表を直ちに選んで反転攻勢に出るべきだ。そうすれば国民はついて来る。自公政権はますます追い込まれる。

 民主党は今こそ肉を切らせて骨を穿つべきである。それしか正しい戦略はない。

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2009年03月01日

 天木直人のメールマガジン 要約 2月27日ー3月1日


 天木直人のメールマガジン 要約 2月27日―3月1日

 2009年27日発行 第0077号

 北米新通貨「アメロ」がメディアで取り上げられる日

 読者の皆さんはアメロという言葉を耳にしたことがあるだろうか。私がこの言葉をはじめて知ったのは昨年6月はじめ、米国滞在中に米国知人から聞いた時だ。その時彼はこう言っていた。メキシコからカナダまで米国大陸を縦断する巨大な高速道路がつくられつつある。あわせて北米新通貨が導入されようとしている。この事は米国民にもほとんど知らされていない、と。帰国後私はこの話をブログに書いた。すかさず何人もの読者から北米新通貨構想はアメロであり、すでに米国のテレビでも一部報じられているという情報が寄せられた。

 その後私はアメロについて忘れていたのだが、昨年暮れに発刊された浜田和幸著「大恐慌以後の世界」(光文社)が再び私にアメロを思いださせてくれた。浜田氏は、フォーリン・アフェアーズ(2007年5・6月号)に発表された外交問題評議会の論文を引用し、次のようにアメロに言及している。
 ・・・(あらたな共通通貨による経済統合の)前段階として、NAFTA(北米自由経済圏:カナダ、アメリカ、メキシコ)で流通する共通通貨「アメロ(AMERO)」が急浮上することになった・・・

 不思議な事に、このアメロ構想については日本のメディアでは一切言及されていない。あたかも根拠のない与太話として無視されているかのようだ。 ところがここに来て二つのメディアがとりあげた。一つは現在発売中のサンデー毎日(3月8日号)であり、もう一つは2月26日付日刊ゲンダイである。
 おりしも麻生首相が訪米し、米国債の買い増しを突きつけられたという報道が流されている(26日毎日新聞など)。米国は金融危機を乗り切るために莫大な資金必要としている。その資金はとても普通の手段では対応できる金額ではない。アメリカという国はどんなことでもやりかねない国だ。気がついたら突然「アメロ」が発表され、日本の国債が紙くず同然になっているかもしれない。そのツケは国民にまわせれることになる。
 
 2009年2月27日発行 第0078号

 命取りになりかねない小沢失言

 私が危惧していた事が現実になりつつある。小沢民主党代表がついに取り返しのつかない失言をしてしまった。その失言とは、もちろん「(在日米軍の駐留は)第7艦隊の存在で十分だ」と言ったことである。
 この発言をはじめて知ったとき、私はその広がりを注視した。もし与党やメディアが、この失言を聞き逃して騒がなければ小沢民主党は助かると思ったのだ。現実は甘くはなかった。たちどころに自民党が反応し、メディアが取り上げた。問題は、これからだ。私が自民党であればこの失言を千載一遇のチャンスととらえ、最後まで執拗に追及するだろう。一気に攻撃するもよし、蛇の生殺しのように、安保問題の議論が行なわれるたびに持ち出すのもよし、米国と一緒になって小沢民主党代表の安保政策を追及する。そんな党首をいただく民主党に政権を任せられるかと繰り返す。国民はそうかと思い出す。やがて民主党内が動揺し、社民党との協力関係が亀裂する。こらえ性のない小沢一郎は嫌になって党首を投げ出す。そうなれば最悪だ。政権獲得を目前にして民主党は一気に混乱していく。敗北必死の自民党が息を吹き返し、政界再編含みの親米保守大連立の動きが加速する。
 そうならない事を願うばかりだ。

 2009年2月28日発行 第0079号

 これを好機として日米安保体制を再点検すべきだ

 小沢発言をめぐる反応はいまのところ抑制されているように見える。しかし必ず大きな争点になって浮上してくる。
 しかし、野党側にも大きな攻撃材料がでてきた。それは27日の読売新聞がスクープした米国の日米安保体制についての本音である。 尖閣列島の領有権を巡って日中間に紛争が続いている。読売新聞によれば1996年カート・キャンベル国防次官補代理(当時)は尖閣諸島を日米安保条約の適用対象と認め、有事の際には米国の防衛義務が生じるとの見解を米政府高官としてはじめて示したという。更に、2004年3月に中国の活動家が尖閣諸島に上陸した際にも、国務省副報道官は記者会見で「日米安保条約は日本の施政下にある領域に適用され、尖閣諸島にも適用される」との見解を改めて繰り返したという。
 ところが最近に至って米国がその方針を明言しなくなったと読売新聞はスクープしているのだ。おりしも北京では米中間の国防政策対話が開かれている。中国を重視する米国が、日本の知らないところで中国側と手を打っていないとも限らない。もはや米国は日米安保条約を日本有事の際に日本を守る条約と見なしていないとしたらどうか。それどころか日米安保条約は日本占領の手段としてはじめから利用されていたとしたらどうか。日本には守ると言い、その一方で中国とは手を握る。お得意の二重外交をしているとしたらどうか。
 野党はこの点を国会で徹底的に追及すべきである。野党は国民の目の前で堂々と日米同盟の欺瞞をあばくべきだ。右翼も反米に転じるだろう。反米に転じなければ右翼は米国のの手先だということだ。野党は肉を切らせて骨を砕く積もりで自公政権に挑むべきだ。いよいよ面白くなってきた。政治らしくなってきた。

2009年3月1日発行 第0080号

 これは北朝鮮に対するミサイル戦争の宣戦布告ではないのか

 これは北朝鮮に対するミサイル宣戦布告ではないのか。いや、そんな事は起こりえない。ありえない。すべてはゲームだ。瀬戸際外交はいつも瀬戸際で終わる。皆がそう高をくくっているのだろうか。誰も騒がない。
 2月28日の産経新聞はワシントン発有元隆志氏の署名入りで、次のような記事を載せていた。キーティング米太平洋軍司令官が26日の米ABCテレビのインタビューで、北朝鮮が弾道ミサイル「テポドン2号」を発射した場合、「オバマ大統領の命令がでれば対応する準備が出来ている」と発言したというのだ。「オバマ大統領にとっては厳しい試練となるだろう」とさえ述べている。
 この発言をそのまま受け取れば、米国は北朝鮮がミサイル実験をすればすぐ撃ちおとすという事だ。先制攻撃をするという事だ。北朝鮮が報復しなければ北朝鮮は張子の虎であることが露呈する。報復すればミサイル戦争が始まる。
 米国高官の発言よりももっと驚いたのは浜田防衛大臣が27日の閣議後に記者会見で答えた内容だ。北朝鮮の長距離弾道ミサイルを迎撃する事について、「以前からずっと(日米で)検討している」と述べ、ミサイル防衛システムで対応する(28日日経新聞)というのだ。テポドン2号は米国向けの長距離ミサイルである。それを日本が迎撃する。完全な集団的自衛権の発動だ。
 この重大な事態について産経新聞だけが連日のように大きく取り上げている。すなわち27日の紙面でミサイル防衛システムをはじめて「実運用」することになると報じ、3月1日の社説ではミサイル迎撃は当然だと言っている。
  このような重大な事態が目前に迫っているのに、政治は政局に明け暮れている。護憲政党は雇用問題ばかりを論じている。民主党は安全保障政策では身動きが取れない。メディアは産経新聞のほかは取り上げない。
 私が勘違いして大騒ぎをしているだけなのか。北朝鮮の実験予告は米国と示し合わせた芝居なのか。集団的自衛権を国民に認めさせる産経新聞と米国と日本政府が仕組んだ芝居なのか。


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