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2008年12月20日

もう一つの新党構想ー 橋下、東国原知事による「地方主権政党」の結党宣言 その②

  今朝(12月20日)の読売テレビ「ウェーク」はいつもと少し違っていた。ゲスト出演者は橋下、東国原の両タレント知事のほかに、片山虎之助元総務(自治)大臣、片山善博前鳥取県知事、中田宏横浜市長を加え、更に議員報酬を日当制にした福島県矢祭町の根本前町長など首長、首長経験者がずらり並んで、地方分権の必要性を徹底して訴える番組であった。

  その訴えは要するにこうだ。もはや地方の財政赤字を解決するには権限を国から地方に移すしかない、国から地方に交付される資金は地方がその責任と権限で自由に使えるようにしなくては有効策は打てない、それにもかかわらず、今のシステムは、すべてが国の命令で縛られている。これを変えなければならない、という事である。

  折から、派遣職員の解雇、失業問題が大きな社会問題となっている。一方においてまじめに働いている若者が理不尽に解雇され困窮している現実があり、他方において国から地方にばら撒かれる12兆円もの税金が霞ヶ関の官僚や族議員の利権と天下りに使われる。仕事もないのに官用車と大きな部屋があてがわれ、天下りポストを渡り歩いて億単位の給与を手にする連中がいる。こんなことが許されるはずはない、というものであった。

  さすがの片山虎之助自民党元総務大臣もこれを認めざるを得なかった。御用メディア読売テレビの敏腕キャスターである辛抱氏も官僚批判をせざるをえなかった。

  この番組を通じ見えてくるものは何か。

  それは、もしこの国に真の政治革命が起きるとすればこれしかない、と思わせる三つのキーワードである。

  すなわち一つは脱官僚(国家権力を官僚の手から国民の手に取り戻すこと)であり、二つは地方主権(地方分権というよりも地方主権こそより正確である)であり、そして三つ目は脱政治(橋下、東国原的なるもの)である。

  その一つ一つについて若干の説明を加えたい。

  まず脱官僚については今更多くを語る必要はないだろう。これについて異論を唱えるものがいるとすればそれはもはや官僚とその家族ぐらいだ。

  なぜ地方主権が最大のテーマであるのか。それは脱官僚のすべてがそこに集約されているからだ。言い換えれば、中央と地方の絶対的主従関係こそ明治以来今日まで続いたこの国の官僚支配の核心であるからだ。

  だからこそ官僚がもっとも強く抵抗する分野である。あの小泉改革も手をつけられなかった。というよりも官僚の抵抗を知っているからこそはじめから手をつけようとしなかったのだ。

  この事は、三つ目のキーワードにそのままつながる。すなわち地方主権の実現は、決して政治家や官僚OBでは達成することはできないということだ。ましてや政治家、官僚に頭のあがらない財界人や評論家ではとても手に負えない。

  真の地方分権を達成できるのは、国民、しかも権力とは程遠い一般大衆の怒りがあって初めて可能なのである。

  その一般庶民の声にもっとも近いところにいる政治家は、橋下であり東国原であり、もっといえばビートたけしなのである。

  こういうと読者の中には違和感を抱く人が出てくるに違いない。反発する人が出てくるに違いない。
彼らは所詮お笑いタレントだ、彼らの言動は乱暴だ、その考えは保守・反動だ、などなど。

  私はそれを否定しない。彼らの言動には賛成できないところも多い。しかし、彼らには既存の政治家には決してないものがある。それは脱イデオロギーであり、脱エリート主義であり、そして何よりも一般大衆に親近感を抱かせる大衆性だ。

  いまの日本で大きな政治のうねりを作るにはこの大衆性が不可欠である。彼らが本気になって地方主権を実現しようと立ち上がったならば、どの既存の政治家、政党よりも、はるかに大きな力でそれが可能なのである。なぜならば一般大衆が後に続くからである。

  橋下知事はテレビ番組の最後のところで繰り返し言っていた。地方分権は選挙でしか実現できない、皆さんは地方分権を唱える政治家を選ぶしかない、と。

  そうではない。そのような政治家がいくら増えても、彼らが地方主権を最大の政治目標と掲げて団結して行動をとるようにならなければ目的は達成されない。

  もし橋下知事が本当に地方主権を実現したいのであれば、自ら新党を立ち上げて新しい政治の動きを造らなければならない。

  これは最近マスコミでよく流されている橋下、東国原知事を顔にした自民党の生き残り策や、保守議員たちの新党づくりの顔としての橋下、東国原の動きなどとはまったく違う。

  世界金融危機から見えてきたパラダイムシフトにつながる構想だ。日本の蘇生策としての地方主権の実現である。

  この続きをその③最終回で書いてみたい。

  

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2008年12月20日

 もう一つの新党構想 橋下、東国原知事らによる「地方主権新党」の結成宣言 その①

 霞ヶ関主導の日本の政治は、単に無能であるばかりでなく、国民の求めている事に迅速に対応できない仕組みになっている。その事に国民はやっと気づき始めた。

 そんな政治を変えるにはどうすればいいか。

 何はともあれ政権交代だ。私もそう思って来たし、今でもそう思っている。最近の世論調査でも、日を追って一度は民主党のやらせてみたらよいという声が強まりつつある。

 メディアの麻生叩きが異常なほど激しいのは、今度の総選挙の結果自公政権がなくなる事を、メディアもまた見越したからだ。というよりも、メディアにはむしろ自公政権をなくそうという意思すら感じられる。

 その一方で、それにかわる新しい政治の姿が一向に見えてこない。

 唯一はっきりしている事は、総選挙の前にせよ後にせよ、政界再編とか大連立といった政治混乱が生まれることである。言い換えれば、単純な自民党から民主党への政権移行は行われないということだ。これはほぼ間違いない。

 しかし、それでは今までの政治の繰り返しである。見せ掛けの政治変化は起きるだろうが、この国の支配構造は変わらない。国民の声は政治に届かない。政治家と官僚がこの国を動かし、メディアがその側に立ち、そして企業がその政治に面従腹背しながら相互依存する、そういう構図はかわらない。国民は救われないのだ。

 私が、しがらみのない政治家である田中康夫と、今の政治の外にあって貧困問題解決の為に行動する湯浅誠のコラボに期待するのは、そんな既成政党間の閉塞した政治ゲームに楔を打ち込み、国民の為に、国民とともに行動する政治の実現を期待するからである。ひょっとして日本に新しい変化が起きるのではないか、そう期待したいのである。

 これが現実的な考えかどうかはわからない。それはもちろん田中康夫と湯浅誠の本人同士の意見が一致するかどうかによる。更に言えば、本人同士の意見の一致だけでなく、それぞれの背後にある支援者の考えもまた一致しなければならないのだろう。

 しかしこの構想が成功する最大の決め手は、仮に両者の考えが一致するとして、それが一般大衆を動かすうねりになるかということである。

 私には官僚の経験に基づく一つの確信がある。いまの日本で政治革命を起こそうとすれば、それは強者が一般大衆を動かして起こす革命しかない。弱者が一般大衆を動かす事はできないのだ。

 そう考えた時、私の頭の中にもう一つの構想が思い浮かんだ。ひょっとしたら日本の政治革命は、橋下と東国原が「地方主権新党」宣言をした時点で革命的な動きが起きるのではないか。大衆の圧倒的な支持を受けて霞ヶ関主導の政治を打ち破るきっかけを作ることになるのではないか。これこそが日本の政治革命の最短距離ではないか。

 私がそう感じたのは今朝(12月20日)の読売テレビ「ウェーク」を観た時である。その理由を次のブログで書いてみたい。

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