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2008年11月07日

何一つ解決していない年金問題


 11月7日の東京新聞に年金問題に関する記事が二つ並んでいた。

 ひとつは、年金改ざんが全国的に行なわれていた可能性がでてきた、という記事だ。

 もうひとつは、年金記録確認のために発送されるはずの「ねんきん特別便」が、事務作業のミスで50万便も届かなかった、という記事だ。

 そういえば年金問題があった事を思い出した。

 あれほど大騒ぎをした年金問題の、何か一つでも解決したか。改善されたというのか。

 11月3日の朝日新聞に、尾崎孝雄元社会保険事務所職員の「年金偽装 私が告発した理由」という投稿があった。

 それを読んで、私は暗澹たる気持ちになった。

 その投稿が訴えていた事は、厚生労働省の官僚から地方の社会保険事務所職員、更には労働組合員までが、保身、昇格、天下りのために不正に目を瞑って来たという現実だ。

 その感覚の麻痺、異常さが覆う職場の空気が、結局は5千万件の消えた年金記録問題につながって言ったのではないか、という指摘だ。

 組織的な不正につながる制度、慣行を根本的に変えないといけない、その思いで告発に踏み切った、という訴えだ。

 私が暗澹たる気持ちになったのは、その構造的不正の実態ではない。

 尾崎元社会保険事務所職員の告発で問題の本質がここまで明らかになっているというのに、

 そしてメディアも野党政治家も、その尾崎氏の告発をさんざん利用しておきながら、

 本気になって責任者の追及を最後まで追い詰めない、という卑怯さについてである。

 事は年金問題だけではない。

 われわれが毎日見聞きしているこの国の諸問題のすべては、真の責任者の追及がなされないまま曖昧な形で幕引きされて終わってしまう。

 弱者が必死で訴え、救いを求めても、届かない、かなわない。

 その現実に、暗澹たる思いを抱かざるを得ないのである。

 強い憤りを覚えるのである。

 舛添!、何やってるんだ。

 

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2008年11月07日

11日の参考人招致で行なう事は田母神の歴史認識の誤りを国民の前で正面から糾すことである。


 繰り返し書いている事であるが、今回の田母神問題は極めて深刻な問題である。

 この認識が、今の与野党の政治家にはわからないらしい。

 この問題を退職金返納などという瑣末な問題に矮小化してはならない。

 麻生政権の任命責任を問うのはいいが、決して政局だけに終始してはいけない。

 麻生首相に、田母神氏の歴史認識をどう思うかと聞かなければならない。

 そうする事によって田母神氏の歴史認識の誤りを首相みずから糾弾させなければならないのだ。

 11日の参考人招致で何よりも行なわれなければならない事は二つある。

 ひとつは文民統制の重要性を国民に知らせる事である。

 もうひとつは、そしてこちらがより重要な事であるのだが、田母神氏の歴史認識の誤りを国民の前で糾す事である。

 文民統制の重要性とは何か。

 それは、かつての軍国主義の誤りを繰り返さない為に自衛隊を政治の統制下に置くことである。

 しかし、もっと重要な事は、文民統制とは軍事クーデターを起させないための制度的保障であるということだ。

 最近出版された岩波新書に、油井大三郎氏の「好戦の共和国アメリカ」という本がある。

 そのなかで、戦争大国アメリカでは文民統制が徹底しており軍部がクーデターを起せないようになっているというくだりがある。

 また、英国からの独立戦争を経験した米国には、常備軍は「君主」の「手兵」とみなし、民主制には危険な存在と受け止める歴史があったと書かれている。

 今では圧倒的な軍事力を誇る戦争大国米国さえ、常備軍の反国民性を認識していたのだ。

 田母神問題で明らかになった事のひとつは、わが国ではその文民統制という制度的保障が、いつの間にか完全に有名無実化しているという恐るべき実態であった。

 田母神論文の不適切さを認めたからこそ、防衛大臣や防衛次官ら防衛省幹部が、責任をとって給与の一部返納などの処罰を受け入れたのではなかったか。

 ところが、田母神前航空幕僚長は、その政府の命令に服する事なく、事情聴取に応じなかった。

 更迭後の言動も、政府の方針に反して何が悪いと悪びれるところがない。

 しかも、78名もの空自幹部が田母神前幕僚長に従って同様の歴史認識を競い合っていた。

 更に、海自幕僚監部の精神教育資料にも、「敗戦を契機に日本国民は愛国心を口にすることのできない賤民意識のとりこになった」、などと書かれている事実が6日の参院外交・防衛委員会で明らかになった(7日朝日)。

 政府、防衛省は、これら制服組の言動を知ってなお、それを制止できなかったのだ。

 今を生きる戦後世代の日本国民は、軍事クーデターなどあり得ないと思っているかもしれない。

 しかし、この国には、かつてまぎれもなく軍事クーデター未遂が行なわれた。

 その結果首相以下要人が軍人に暗殺されている。

 与野党の政治家は、まず、この文民統制の重要性と、その文民統制が危機に晒されている現実を、国民に知らせなければならない。

 しかし、より重要なもうひとつの使命は、田母神氏の歴史認識の誤りを、国民の前で証明することだ。

 正しい歴史認識とは何か。

 それは全体としての史実の客観性を認める事である。

 今を生きる我々が過去の史実を100%正しくとらえる事は不可能である。

 それは、歴史の全貌は、ひとりの人間がとらえるには不可能なほど膨大かつ多面的なものであるからだ。

 しかも、残される史実は権力者に都合のいいように歪曲されて後世に残る事が多いし、史実のすべてが公表されるとは限らない。隠蔽され、封印された史実にこそ真実がある事が多い。

 だからこそ、時代とともに、次々と新たな事実が発見され、それとともに歴史もまた改められていくのだ。

 今日を生きる我々は、そのような先人専門家、研究者の調査、検証、発見などの積み重ねで形作られた史実の一部を学んで、歴史を知っていると思い込んでいるに過ぎない

 膨大な史実の一部を、自分に都合よくつまみ食いして、歴史を知っていると思い込んでいる者があまりにも多い。

 しかし、自分が知りえた史実だけをすべてと思い込んで、自分は歴史を正しく認識していると考えるのは、誤りであるばかりか、思い上がりだ。

 田母神氏は私と同様戦後世代である。しかも私より若い。

 その彼が、自分の考えに都合にいい史実の一部を受け売りし、あたかも自分の歴史認識が正しいと言い張るのは、傲慢だ。

 私は彼の論文なるものの詳細を読んだ上でこのブログを書いている。

 彼の言っている事の一つ一つには、史実の一部としての正しさはある。

 同意できる部分は勿論ある。

 しかし、彼と私の最大の違いは、私には、自分が正しいと思っている歴史認識であっても、それが今日の大方の歴史家、専門家の歴史認識と異なるのであれば、自らの考えは考えとして、その大勢の歴史認識に従う、少なくとも従わなければならない、という認識があるという事だ。

 我々の知る歴史とは、先人たちが調べ、研究した努力の積み重ねの上で作り上げられた史実のほんの一部でしかない。

 そうであるならば、歴史認識とは多数の意見によって形作られた歴史認識に従わなければならないという事なのだ。

 慰安婦問題といい、沖縄自決に軍の強制があったかどうかの問題といい、さらには太平洋戦争は避けられなかった戦争であったなどという考えといい、史実の一部を強調し、歴史認識を我田引水する事は、やはり許されないと思う。

 もうひとつは、歴史認識とは歴史を形作った政治、とりわけ国際政治と不可分であるという事である。

 植民地主義が世界を支配していた帝国主義の時代にあって、日本の植民地政策のみが責められるのはおかしいと考えるのは自然である。

 東京裁判が勝者の裁判であったという主張も頷ける。

 しかし、今の国際政治は、かつての植民地政策を否定した上で成り立っている。

 日本は、東京裁判の判決を受け入れる事によって戦後の国際社会に復帰したのだ。

 負けた事が無念であるからといって、あるいは日本だけが悪いのではないからといって、国際政治に受け入れられた歴史認識に公然と異を唱えるという事は、誤りであるばかりか、国益に反する事である。

 政府の方針に絶対服従すべき立場の、制服着用を認められている自衛官が、国益に反する行為を公然と行い、悪びれる事がない、それで自衛隊はいいのか。

 11日の国会審議で与野党の政治家が成すべき事は、その事を国民の前で田母神氏に正面からただすことである。

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2008年11月07日

企業の社会的責任


 私は会社経営者の立場に立った事がないのでえらそうな事をいうつもりはない。

 しかし、ひとりの常識人として、企業には企業の存続に不可欠な利潤追求のほかに、「それを失えばいくら収益の高い企業であっても存続する価値はない」、という社会的責任があると思う。

 11月7日のトヨタに関する新聞記事を読んでこの思いをあらたにした。

 各紙が一斉に報じていたのは自動車業界の収益悪化である。

 自動車業界といえばトヨタの存在が圧倒的だ。

 なにしろ、財政赤字の国はあてに出来ないので、JR東海と組んで自己資金で東京から本社のある名古屋までリニア新幹線を走らせようとするほどの企業である。

 だから各紙もトヨタの木下光男副社長の大幅減益発表のニュースを大きく報じていた。

 読売新聞はその社説で、「あのトヨタすら大幅減益に」という見出しで世界経済状況の深刻さを強調し、その対応策にとしてコスト削減、新技術の導入、企業合併・買収などで生き残りを期待したい、などと書いていた。

 しかし、報じられるトヨタの副社長の言葉にも、読売の社説にも、そこで生活している従業員の苦境や地域経済への影響に関する言及はない。

 その一方で、11月7日の東京新聞は、派遣社員の大量解雇により街がガラ空きとなりつつあること、毎日新聞は、トヨタがくしゃみすれば下請けはかぜをひき、まご請は重態になる、という69歳の組み立て会社社長の言葉を引用し、国民生活に及ぼす影響の深刻さについて書いていた。

 企業の社会的責任とはなにか。

 それは公害、薬害、食品偽装など、明らかに反社会的行為を行なわないという事だけではない。

 その関心を、企業の拡大や生き残り競争にだけに目を向けるのではなく、業績がいい時はその利益の一部を社会に還元し、業績の悪い時はその痛みを社会とともに分かち合って乗り切っていくという覚悟を持つという事ではないのか。

 アシストというコンピューター会社の社長であるビル・トッテン氏の言葉を思い出す。

 日本に帰化した米国人のビジネスマンである。

 その彼がかつてその著書でこう言っていた。

 今はまだアシストの業績は大丈夫だ。しかしいずれ厳しい時代が来るかもしれない。その時私は、社員に理解を求めるつもりだ。雇用カットをして乗り切るより、給与カットという痛みを皆で共有し、力をあわせて厳しい状況を乗り切る道を選びたい、と。

 社会的貢献とはこういう事ではないのか。

 人間が人間を疎外してはいけない。

 みなで力をあわせて生きることこそ人間のみに与えられた知恵ではないのか。

 弱肉強食の世界は動物の世界だけでよい。

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