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2008年11月04日

 いまだに小泉構造改革を褒め称える者たち


 11月4日の産経新聞「今日の突破口」でジャーナリスト東谷暁(ひがしたにさとし)が、次のような書き出しで、日本経済の立て直しを現実的に実行すべきだと主張していた。

 「いまだに構造改革のイデオロギーを振り回し、構造改革の遅れが日本経済の景気を後退させていると論じる政治家や評論家がいるのにはあきれざるをえない。そうではない。構造改革のイデオロギーが、政府の迅速な不況対策を阻害しているのだ・・・」

 未だに構造改革の必要性を繰返している評論家でまっさきに思いつくのは竹中平蔵であるが、構造改革を唱えている政治家で私がまっさきに思い浮かぶのは、中川秀直でも小池百合子でもなく、塩川正十郎である。

 もっとも、塩川が唱えるのは、経済政策としての構造改革ではなく、小泉偽構造改革を支持するだけの単なる小泉擁護でしかない。

 読売新聞「時代の証言」の連載記事の中で、11月3日から塩川正十郎の回顧録がはじまった。

 その第一回において塩川は、小泉改革「まだ中途」、という見出しで、次のように小泉にエールを送っている。

 「・・・できれば小泉には首相をもう少しやらせたかった。小泉改革が中途半端になってしまったからですわ・・・(小泉改革の)罪とされる格差拡大や地方の疲弊は、構造改革がなお途中であるためです・・・(小泉は)閉塞感に覆われていた日本に明るさをもたらした。将来へ向けて世の中を変えるんだという意識改革ですな。政治的には政官業の既得権益構造と官主導の政治を変えるということ。それが『自民党をぶっ壊す』ということですわ・・・」

 驚くほどの厚顔ぶりだ。

 5年半も首相の座に居座りながら、政官業の既得権益構造に何も手をつけなかったからこそ、官僚支配による日本の崩壊がここまでひどくなったのではないか。

 真の改革に手をつけず、米国金融資本主義の手先となって日本を新自由主義の餌食にしたのが小泉改革であった事は、誰もが知るようになった。もはや後世に語り継がれる歴史的事実である。

 その塩川が次のように締めくくっている。

 「佐藤政権末期から田中角栄が力を持ったですな。政官業の癒着構造は田中政治によって形作られたものです。
 『田中支配』、その流れをくむ『竹下派支配』の自民党にあって、私ら福田系は長いこと踏みつけにされてきました。私も小泉も、政官業の癒着構造と一体の『田中的自民党』を変えたいと思ってきたんですよ。小泉内閣で、ようやっと仕掛けることができました・・・」

 語るに落ちるとはこの事だ。

 小泉改革とは角福戦争に敗れた怨念晴らしでしかなかった事はこれまでにも散々言われてきた。書かれてきた。それを公然と白状したのだ。

 小泉も塩川も、つまらない自民党政治家のひとりでしかない。福田派の派閥政治家でしかない。

 改革という言葉をもてあそぶにはおこがましい政治家だったということだ。

 

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2008年11月04日

見ているがいい。裁判員制度は来年5月の導入とともに大問題となる。

 私は7月15日のブログで、来年5月からはじまる裁判員制度は第二の後期高齢者医療制度になると書いた。

 つまり、現実に導入されるまでは国民は関心を払わないが、導入して自分がかかわってみて初めて、その制度がいかに実害を与えるものであるかに気づいて猛反対する、という意味である。

 私に関して言えば、裁判員制度導入の必要性をまったく認めない。

 司法官僚の思いつきに付き合わされてはたまらないから対応策も考えている。

 誰かが書いていた事であるが、くじで当たった者であっても、極端な思想の持ち主や、権力に楯突く者は、裁判所は決して裁判員に選ばない。

 「私のような知識の無いものが人を裁いてもいいのでしょうか」、などという、よく言えば謙虚、悪く言えば権力に従順な者ほど、司法官僚は裁判員にさせるというのだ。いわゆるカモである。

 裁判員制度ができたところで、最後は裁判官がすべてを決める。

 素人の国民は、裁判に参加した(させた)というアリバイ作りでしかない。

 だから従順な国民の方が都合がいいのだ。まじめに裁判に取り組む良心的な国民こそ好ましい。

 これほど国民を馬鹿にした制度があろうか。

 裁判員になりたくなければ裁判所を困らせるような態度をとればいい。俺は死刑論者だから、誰彼かまわずに悪い奴を死刑にする、などといった極端な意見を口走っていれば、絶対に裁判員に選ばれる事はない。

 さて前置きが長くなった。

 なぜ私が裁判員制度について再び書く気になったかといえば、11月3日の産経新聞に曽野綾子の裁判員制度反対の次のような意見を見つけたからだ。

 曽野綾子といえば私の考えの対極にある人物だ。

 ことごとく私の考えとは異なる考えを語る人物である。

 だから私もこのブログで、たびたび曽野綾子の言論批判を行なってきた。

 そんな曽野綾子であるが、裁判員制度に反対する意見については見事に一致した。

 彼女は言う。

 「・・・裁判員制度が発足するというが、まだこんなことが出来ると考えている人がいる。
    素人もいっしょに判決を出せるなら、なぜ大学の法科に受かるのも、司法試験に通るのも、あんなにむずかしくしなければならないのか。その難関を通った玄人とずぶの素人が、どうして一緒に仕事ができると思うのか・・・
   PR用と称して『サイバンインコ』なるキャラクターを作るセンスも、幼児化の典型である。子供に裁判員になってもらうなら、なだめるためにおもちゃも必要だろうが、大人がなんでディズニーを真似る必要があるのだろう。」

 同感だ。

 11月4日の毎日新聞の「質問なるほドリ、最高裁長官はどう決まるの?」の中で、先日最高裁長官に決まった竹崎博允(ひろのぶ)氏が、48年ぶりに最高裁判事を飛び越えて東京高裁の裁判長から異例の抜擢で最高裁長官になった理由が次のように述べられていた。

 「・・・竹崎氏は最高裁事務総長など司法行政の中枢ポストを務めた際裁判員制度の設計で中心的な役割を果たしました。現在64歳で、定年まで5年8ヶ月という長い任期を確保することで、制度の円滑なスタートと定着に向けて尽力するよう期待されたのでしょう・・・」

 総選挙の際に行なわれる最高裁判事の国民審査では、私は竹崎氏に不信任のバツを記入する事を決めている。

 

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2008年11月04日

もう一度だけ書く。田母神暴言は更迭だけではすまない深刻な問題である


 その後次々と明らかにされる田母神前航空幕僚長の論文事件を見るにつけ、この問題の深刻さを思わずにはいられない。

 そのいちいちを書き連ねていく事はばからしく、腹立たしいのでやめておくが、私がもっとも驚き、深刻であると考えるのは、田母神前航空幕僚長の暴走をいさめる事ができず、今回の事件が大騒ぎになってさえもなお彼を厳しく懲罰できない防衛省や、この国の政治力の弱さについてである。

 田母神前航空幕僚長は同様の考え方を空自幹部らが購読する雑誌「鵬友」に数年前から寄稿し、隊員にも政府見解と異なる歴史観を投稿するよう進めていたという(11月3日朝日)。

 今度の懸賞論文事件にしても、多数の自衛官が応募している事が明らかになった(11月2日毎日)。

 おまけに11月4日の産経新聞「政論探求」で花岡信昭客員編集委員が認めているように、今回の懸賞論文は、彼自身が渡部昇一氏らと並んで審査委員を務めていたという「真の近現代史観」懸賞論文である。

 つまり政府の歴史観を最初から否定する事が決まっている論文の競い合いであったのだ。

 だからこそ、花岡委員が11月4日の産経紙上で認めているように、審査をしながら、政治記者時代の直感で、「ただではすまない」と今日の事態を予感した、というのである。

 このような制服組の暴走を防衛省が知らなかったはずはない。

 そしてそれに当惑していなかったはずはない。

 それにもかかわらず、止めさせる事ができなかったところにこの問題の深刻さがある。

 政治の弱さがある。

 浜田防衛相は報道陣に、「かなり思い切った事を言う方だな、というのは聞いていた」と述べたらしい(11月3日朝日)が、この事がそれを物語っている。

 知っていながら適切な対応をしなかった、できなかったのだ。

 なぜ今回の事件が起きるまで黙認され続けたのか。

 それは、今度の事件が発覚してもなお田母神元幕僚長を懲罰できず、腫れ物に触るように定年退職の形を整えてお引取り願っている、政府、防衛省の対応をみても明らかだ。

 制服組みに遠慮しているのである。近年の政治の緩みが制服組を次第に増長させていたのである。

 シビリアンコントロールが、もはや機能していないという事である。

 その行き着く先が、11月3日の田母神前航空幕僚長の退任記者会見である。

 自分は正しいと開き直り、政府の方針と異なる事をいう事を許されない日本は北朝鮮と同じであるなどと繰返す。

 しかし田母神元幕僚長の言動には最大の矛盾と限界がある。

 侵略戦争を否定することは占領国米国が裁いた東京裁判を否定することだ。

  「テロとの戦い」に協力し、米軍と一体化しつつある自衛隊の幹部が、もっと言えば米軍の指揮・命令のもとに米国の傭兵と化しつつある自衛隊の幹部が、その親分の米国に向かって「日本は侵略国家ではなかった」と言えるのか。

  信念であるというのならもう一度米国に向かって言ってみればいい。

  それが出来ないようでは、しょせんアジア蔑視の空威張りでしかない。

  田母神論文の本当の問題はそこにあるのに違いない。

 

 

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2008年11月04日

 お詫びと訂正


 11月2日のブログで沢田研二の事を、「現役を引退した」と書いたたら、多くのファンの方がたから、それは間違いで今でも歌手活動を精力的に続けているという指摘が数多くなされた。

 歌手の活動を詳しく承知しているわけではない私にとっては、メディアで見かけることが無くなれば第一線を退いたのだろうという程度の認識でそう書いた。

 もとより私のブログでは、間違いや誤認は多々あり、その都度注意や助言をいただく。

 その一つ一つに答えすべて訂正することはしてこなかったが、訂正しなければならない誤りは直ちに謝罪と訂正を行なうつもりだ。

 今回の現役引退についての記述は、まさにそれであり、ここにお詫びとともに訂正させていただきたい。

                                                    天木

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