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2008年10月29日

 これが国会質問の現実である


 28日の参院外交防衛委員会で行なわれた二つの質問に焦点をあわせ、国会質問のあり方、国会議員の役割について考えて見たい。

 ひとつはカップめんの値段を聞かれて麻生大臣が400円ぐらいではないか、と応えた質疑応答である。

 私はこの質疑を実際に聞いていたわけではないが、今日29日の新聞で一斉に報じられて知った。

 メディアの論調は一様に麻生首相批判のそれであった。

 すなわちホテルの高級バーに連日通うような大金持ち麻生首相が、秋葉原で街頭演説したり、スーパーを訪れタクシー運転手に景気はどうかとたずねてみても、カップヌードルの値段ひとつ知らないではないか、何が国民目線だ、という論調である。

 しかし、私はこのようなメディアの論調よりも、29日のテレビ朝日「やじうまプラス」でコメンテーターのやくみつるや大谷昭宏が言っていたほうに、より共鳴を覚える。

 それは、いやしくもテロ給油法の是非を審議する外交防衛委員会である。カップヌードルの値段を総理に聞くような質問を国会議員がしている場合か、という意見である。

 テロ給油法延長の適否については、アフガン情勢の現実を質すことからはじまって、給油の流用疑惑(この問題はいつまでたっても解明されないままである。28日の朝日新聞では、ソマリア近海で海賊対策をしている米海軍に給油していることまで明らかになっている)、米国のテロとの戦いに協力することの憲法違反性など、聞くべき事はやまほどあるはずだ。

 質問者である民主党の牧山弘恵という一年生議員の事を私は知らない。あるいは彼女は他にもっと重要な質問をしていたのかもしらない。しかしカップヌードル質問で麻生首相の庶民性の嘘をあばいてみせたといって点数を上げたと評価されてはたまったものではない。

 もうひとつの質問はひげの隊長こと元陸上自衛隊一佐の佐藤正久議員の質問である。

 彼の質問は、外交官の殉職と自衛隊の殉職の場合に補償額に差があるのはおかしいではないかというものであった。

 自衛隊とその家族百万人の代表として自民党全国比例区から立候補した時点で彼の当選は約束されていた。

 そして当選した暁には、およそ国民の利益などには目もくれず、もっぱら自衛隊の利害を一手に引き受けて国会質問を繰返す。これでも国会質問であり、彼もまたれっきとした国会議員なのだ。

 国会質問を聞いていてつくづく思うことがある。

 何のための質問か。誰のための質問かと。

 ごく一握りの政治家を除いて、ほとんどの政治家はその役割が限定されているのだ。

 選挙で当選した時点でその役割のほとんどを終えている数合わせの政治家、

 特定の利益集団の支持を得て国会議員になり、その利益集団のことばかりに奔走する政治家、

 そんな政治家がなんと多い事か。

 そんな政治家でも国会質問が許される。

 そんな議員の質問に国会審議が消費される。

 ただでさえ質問時間が限られている共産党、社民党の議員に少しぐらい時間を分けてやってはどうか。

 そうすれば国会審議は少しは活発化する。少しは意味のあるものになる。
 

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2008年10月28日

日本の対アジア外交の限界


 米国発の行過ぎた金融資本主義が破綻しつつある現在において、メディアにあらわれる論調には、米国一辺倒の日本のありかたに疑義を呈するものが目につくようになった。

 しかし、私はそのような論調が日本において主流になっていくとは思わない。

 まして日本の指導者たちが、そのような政策に舵を切るとはとても思えない。

 それほどまでに日本の外交姿勢は対米一辺倒に終始してきたのだ。

 そしてそれを日本国民も、積極的にせよ、消極的にせよ、支持してきたのだ。

 しかし、もしも、という過程の話をすれば、の話である。

 もしも日本が、世界最大の援助国を誇っていた80年代のはじめ頃に、本気になってアジア諸国の経済、技術の発展に貢献していたのならば、そして、アジア諸国の経済、技術力の発展は日本の利益にもなるという認識の下に、本気になってアジア諸国民の生活の向上に貢献し、アジア諸国の国民から尊敬と感謝をもって受け入れられるような国となっていたならば、どうだったか。

  アジア経済圏の経済力を背景にして、危機の痛みを最小限におさえる事ができたかもしれない。

  アジア円経済圏や世銀・IMF体制に代るあらたな経済体制の構築に、踏み出す可能性を考えること ができたかもしれない。

  しかし現実の日本のアジア外交ははそうではなかった。

  アジア重視という言葉とは裏腹に、日本のアジア外交もまた対米従属外交の前に、アジア諸国を裏 切ってきた外交でもあったのだ。

  この事を小倉和夫国際交流基金理事長が10月20日の朝日新聞で次のように述べていた。

 「 ・・・明治時代から1930年代までの日本外交では富国強兵のために帝国主義諸国との協調が重んじられ、アジアの中での強国の地位を追いかけ過ぎた結果、アジアの民衆運動に背を向けたのみならず、英米の主導する国際秩序の変更を軍事力で追求した結果、アジアの民衆に被害と屈辱を与え、国際社会から糾弾された・・・
  第二次大戦後、日本は、アメリカの世界戦略に協力する形で、アジアと向かい合った。日本外交はアジアの民衆よりも、相手国政府の戦略とアメリカのアジア政策と連携した。
 アジアのいくつかの主要国が、非同盟主義や第三世界の経済論理を主張するとき・・・日本はいつも「西側」の陣営からものを見ていた。
 アジアの国の発展が軌道にのり、何人かの東南アジアの政治指導者がアジア的価値に基づく経済発展と政治的成熟への論理を持ち出したとき、日本の政策当局は白い目を向けた。国民の大多数も、アジアよりは、アメリカを向いていた。
 近代において、日本の国民とアジアの民衆との間に、真の連帯意識が生まれたことは、一部の人々を除いて存在しなかったといっても過言ではない・・・」

 小倉和夫氏は外務省の幹部職を歴任し、国際交流基金理事長に天下った外務官僚である。

 その小倉氏は、現職の時にこのような意見を公言し、対米一辺倒の外交を変えようとした事はなかった。

 その小倉氏が外務省OBとなった今、このような事を言ってみても、外務省の対米従属外交は微動だにしないであろう。そこに矛盾と限界を見る思いだ。

 
 

  

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2008年10月27日

「海賊退治に自衛隊派遣」を提案した民主党


 私にも遠慮はある。

 民主党批判をしていいのか、という遠慮である。

 それは私が政権交代をすべてに優先するからだ。

 それに、民主党批判をすれば直ちに批判のメールが届く。

 批判など気にしないと強がりを言っている私であるが、やはり批判されると考えてしまう。

 それでも私には譲れないものがある。

 それは憲法9条を守る事こそ最強の安全保障政策であるという、私がたどり着いた確信に反する事である。

 憲法9条否定につながるいかなる政策にも、私は異を唱える。

 10月17日の衆院テロ特別委員会で民主党の長島昭久や浅尾慶一郎が海賊対策に自衛隊を派遣しろと提案したらしい。

 私はその答弁を聞いていなかったので、後日新聞報道などで知った。

 これはとんでもない提案である。

 そもそも海賊対策に自衛隊を派遣するなどということは自衛隊法の想定するところではない。

 もちろん憲法9条の恣意的な拡大解釈という危険性がある。

 ご丁寧に鳩山由紀夫民主党幹事長は18日の広島呉市で講演し、海賊対策での海上自衛隊派遣に向けた新法に理解を示した発言をしている。民主党政権が発足した暁には、本格的に法律の制定を検討すると言ったらしい(10月19日産経)。

 そういえば鳩山幹事長は、かつて、平沼赳夫のグループと連携したいという発言までしていたことがあった。それを知ったときわが耳を疑ったものだ。

 私が情けなく思うのは、この「海賊退治に自衛隊派遣を」という考えが、憲法で期待されている専守防衛の自衛隊の責務に基づいて周到に考え抜いた末の提案ではなく、インド洋での給油活動に反対するだけでいいのか、国際貢献から背を向けて政権担当の資格があるのか、と自民党から責められて、海賊対策で批判をかわそうとする、底の浅いその場しのぎの思いつき提案であるということだ。

 更に言えば、その根本には、国連決議があれば自衛隊をアフガンに派遣できると言った憲法違反の小沢党首発言を撤回できない、民主党の矛盾がある。そこを衝かれればたちどころに窮してしまう民主党のトラウマがある。

 ましてやソマリア沖の海賊退治に自衛隊を派遣するなどという事はとんでもない危険を孕むのだ。

 それを軍事ジャーナリストの田岡俊次氏が今日発売の週刊アエラ(11月3日号)で見事に言い当てている。

 ソマリア沖で最近跋扈する海賊問題の責任の一端は米国にある。

 親米のエチオピア軍がソマリアに侵攻し、首都モガディシオを制圧したイスラム原理主義勢力を制圧したため、イスラム原理主義勢力がゲリラ戦で抵抗し、巻き返しをはかりつつある。

 海賊が激化したのは、ゲリラ側が軍資金を調達しているという側面もある。

 つまりアフガニスタンで麻薬を厳禁したタリバン政権を倒して、アフガンをアヘンの増産に走らせ構図と同じだと田岡氏は解説してみせる。

 そうだとすれば、それはイスラム原理主義政権を倒した米国の「後始末」をさせられることでもある。

 反米テロとの泥沼の戦いにのめり込む事になる。

 一度護衛艦や哨戒機を出せば、海賊を撲滅するまで続けざるを得ない。

 そんな覚悟が民主党にあるのか。

 民主党は、政局におぼれた自らの提案の軽率さを、真摯に反省すべきである。

 

 

 

 

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2008年10月27日

政界大連立の前に大手新聞の大連立が進む

 
 昨日(26日)のブログで、リベラル紙の雄であるはずの朝日新聞が、ついに消費税増税を社説で訴えるようになった、と書いた。

 それに驚いたと書いた。

 しかしもっと驚くことがある。

 大手新聞が消費税増税で大連立を組んだ事を改めて知った。

 27日の読売新聞が、その社説で、朝日新聞とまったく同じ消費税増税論を掲げている。

 すなわち、

 少子高齢化で膨らむ一方の社会保障費を賄うには消費税しかないことははっきりしている、

 与野党とも衆院選に向けて財源論を避けてきた中で、(麻生首相が)消費税に正面から取り組む姿勢を示したことは大決断だ、

 政府・与党は消費税引き上げまでの明確な行程表を作り上げ、国民に示すべきだ、
 
 民主党も明確な財源を示し、与党と政策論争すべきである・・・と。
 

 朝日新聞の社説と見事に一致している。

 こんな馬鹿な事はない。財源不足をいたずらにあおり、その対策には増税しかないという。

 これは政治ではない。政策ではない。単なる官僚の無策の追認である。鸚鵡返しである。

 要するに、今の朝日も読売も、強者の論理、官僚の論理と、その上に乗って日本を動かしてきた政府・与党の論理を主張しているに過ぎない。

 読売新聞が政府擁護の記事を掲げる事には驚かない。

 しかしそのライバル紙としてリベラル派の雄を誇ってきた朝日新聞の、この保守化、官僚化はどうだ。

 もはや日本にはジャーナリズムというものが失せ、メディアが政府の御用新聞と化しつつあるかのようだ。

 これは危険だ。

 見ているがいい。

 次は安全保障政策である。

 そのうち朝日も読売と同様に、今のままの憲法で果たして国が守れるのか、と言い出すに違いない。

 だめになったからといって、それでも米国に代って信頼できる国が世界広しといえども他にあるというのか、と言い出すに違いない。

 政治の世界では保守二大政党による大連立がすすむと危惧されている。

 しかし、それに先駆けて、すでに大新聞の大連立が進みつつある事に気づかなければならない。

 

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2008年10月26日

消費税増税をけしかける朝日新聞


 10月25日の朝日新聞の社説「消費税アップ、麻生首相は本気を示せ」には驚かされた。

 ここまで国民生活が苦しめられているのに、消費税増税を麻生首相に要求している。

 きっかけは、麻生首相が新総合経済対策に消費税率の引き上げを含む税制の抜本改革を指示した事にある。

 少子高齢化で膨らむ社会保障の財源については、具体的なスケジュールを描き、負担増について国民に訴える、もし麻生首相の指示が言わんとしているところがそうであるなら、その言やよし、である、と書いている。

 その上で、小泉、安倍、福田政権は、いずれも、税制の抜本改革を言いながら結局は先送りしてきたから、またみせかけの公約で終わるのではないか、と心配しながら、

 「(麻生)首相は本気かもしれない。増税論を語らない民主党とここで差をつけ、責任政党として存在感を示すというのなら、それは王道だろう」

 とまで言う。「王道である」とまで言うのだ。

 そして、

 「この際、首相に提案したい。増税の時期と引き上げ率などを具体的な行程表にして総選挙に臨み、勝てばただちにそれを法律で定めると約束することだ」

 とけしかける。

 ひょっとしたらそうけしかけて、総選挙で自民党を大敗させ、民主党への政権交代の援護射撃をしているのではないのか、と思いたくもなるほどである。

 しかし、どうやらそうではなさそうだ。

 朝日新聞は財政再建のためには増税やむなしと本気で考えているらしい。

 「社会保障の負担をどのように分かち合っていくか。当面の経済失速を防ぎつつ、財政も再建していく」、そのために増税は必要であると言い、「消費増税を否定する民主党にも、説得力ある税制論、財源論を求めたい」、と締めくくっている。

 さすがは官僚と仲良しの朝日新聞である。財務官僚が泣いて喜びそうな社説だ。

 しかし、今必要な事は、官僚と仲良くすることではない。

 官僚的発想から脱却しなければ日本の未来はないという認識である。

 国民から吸い上げた富をすべて米国金融資本に貢いできた官僚の政策が、米国金融資本主義に崩壊とともに破綻した。

 これ以上対米従属を続けていれば国民生活は本当に殺されてしまう。

 これは嘘でも誇張でもない。本当の事なのだ。

 「今は未曾有の緊急事態だ。米国からの防衛装備購入を凍結して社会保障にまわす、あるいは、政治家を半減し、公務員の新規採用を当分見送って、浮いた人件費を減税の財源にまわす、そういった、およそ財務官僚の発想から決別した予算編成を、今こそ行なう時である」、

 朝日新聞にはそれぐらいの社説を書いてもらいたかった。

 
 


 

 

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2008年10月25日

ポール・サミュエルソン教授の言葉


 10月25日の朝日新聞に経済学者ポール・サミュエルソンのインタビュー記事が載っていた。

 なつかしい名前だ。

 もう40年以上も昔の話になるが、その著書「経済学」を、大学生になったばかりの私は教科書の一つとして読んだ。

 その内容はすっかり忘れたが、その後まもなくノーベル経済学賞を受賞したサミュエルソンの名前は、ケインズの名前とともに、いまでも鮮やかに蘇る。

 今はマサチューセッツ工科大学名誉教授である今年93歳となるポール・サミュエルソン教授は、朝日新聞編集委員の小此木潔氏インタビューに、現下の金融危機について述べている。

 かつての教科書の先生の言葉として、私はこれを学生時代にもどってなるほどと思って読んだ。

 そのさわりの部分を以下に紹介してみる。

 ・・・今回の危機は大恐慌以来、最悪の危機であることは間違いないが、これは避けられた危機だ。ブッシュ大統領がクリントン大統領から政権を引き継いだとき、経済は健全であり、財政は黒字ですらあった。
    ブッシュ大統領が掲げた「思いやり保守主義」は、億万長者を作り出すには役立ったが、中流以下の人々には優しくなかった。その結果、米国の人々の生活は厳しさを増した。
    イラク戦争と並んで、これがブッシュ大統領の不人気の理由であり、米国の歴史において最悪の大統領として名をとどめることになるだろう・・・
    「億万長者への思いやり」とは、たとえば証券取引委員会(SEC)の委員長に、能力が低く利益相反の危険がある人物をわざと採用して、市場への監督と規制を緩くしたということだ・・・
    「悪魔的でフランケンシュタイン的怪物のような金融工学」が危機を深刻化させた。そのもとで、信じられないほど激しいレバレッジが横行した。人々は自分が何をしているのかがわからなくなってしまっていたのだ。
    グリーンスパン議長が95年ごろからはじまった株式市場のバブルに対策を講じなかったことも、惨状を招いたひとつだ。
    これらの背景には、81年に就任したレーガン大統領が力を注いだ「右傾化」がある。
    我々が「極右サプライサイド(供給重視)経済学」と呼ぶ路線をとった。それが、「悪い規制緩和」や「無能な人物の登用」といったブッシュ路線に引き継がれた・・・
    この危機を終わらせるためには何が有効なのか。それは「赤字をいとわない財政出動」だ。極端に言えば、紙幣を増刷してばらまくような大胆さで財政支出することだ。
    大恐慌を克服したのは戦争のおかげだという人がいるが、そうではない。当時私はシカゴ大学の学生だったが・・・周囲では3人に1人以上が失業していた。それほど高かった失業率を一桁まで減らしたのは33年に就任したルーズベルト大統領の政策だ。それは戦争前のことだ。
    ルーズベルトがとった政策は、赤字財政であっても、公共事業や農業支援計画を通じた巨額の支出だった。それが資本主義を救った・・・
    戦前のフーバー大統領は、ケインズをマルクス主義者呼ばわりするような人物で、恐慌克服になんら有効な手を打っていなかったことが響いた・・・
    現在の危機は米国民の生活を脅かしており、来月の米大統領選挙に影響を与えるのは確実だ・・・米国政治における民主党の歴史的復権が実現する。これはレーガン時代以降続いた共和党主導の政治を大きく変えることになる。ブッシュ政権の大きな失政を機に民主党優位の時代がはじまる・・・
    しかし、現在の危機が解決したとしても米国の将来はなお厳しい。レーガン政権が誕生した81年ごろから続いてきた経常収支の巨額の赤字が、10年後には一段と深刻な問題になってくるのではないか。
    懸念されるのは、ドルからの逃避、それも無秩序なかたちの逃避がおこるのではないか。それが起こったときには、外国人が米国市場から資金を引き揚げるだけでなく、米国のヘッジファンドが先頭に立ってドルを売り、外国通貨を買う事態になってしまうだろう。
    もっとも、今は家が火事になっているような時だから、そんな先の心配をすべき場合ではないのだが・・・

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2008年10月25日

誤りを認めたグリーンスパンとグリーンスパンを謝らせた米下院公聴会

 
 このところ経済関係の報道は世界金融危機一色だ。

 それほど深刻な事態ということだ。

 しかし、その危機は突然起きたものではない。

 もとをたどればレーガン時代の新自由主義、いわゆるサプライサイドの経済政策から端を発していた。

 そして、ブッシュ大統領の8年間の富裕層に優しい保守主義こそ、今日の金融危機への行き着く先であった。

 皆が漠然とした不安を感じならが、儲けに乗り遅れまいと走ったのだ。

 そんな中で、その流れに逆らう言説を言う事は勇気のいる事だ。

 たとえ警告を発しても異端視されるのがオチだっただろう。

 そうだ。今の金融危機は皆がもたらしたものなのだ。

 それに、危機が現実となった今となっては、その対策を考える事が最優先さるべきだろう。

 責任者は誰だ、そいつを罰しろ、と叫んでみたところでむなしい。

 それはその通りである。

 しかし、同時に、真の再生の為には、何が誤りだったのか、その責任の所在を明らかにすることはやはり重要であろう。

 23日の米下院公聴会で、もの凄いやり取りがあった。24日の産経と朝日が詳しく報じている。

 ワックスマン委員長(民主党)が、18年半という史上最長の任期をつとめたグリーンスパン前FRB議長に対し、「金融市場の規制緩和の支持でもっとも影響力があったあなたは、間違っていたのか」と容赦ない質問を浴びせた。確答をさけるグリーンスパンに、最後は「イエスかノーか」と詰め寄った。

 そしてグリーンスパンはついに次のように自らの誤りを認めたのだ。

 「金融機関が自己利益を追求すれば、株主を最大限に守ることになると考えていた。私は過ちを犯した」

 グリーンスパン一人の責任にするのは酷だろう。

 大統領選挙を控え、彼がスケープゴートにされたという側面もあるかもしれない。

 しかし、やはり彼は最大の責任者の一人であることは間違いない。

 それにしても、と思う。

 金融政策のマエストロ(巨匠)と異名をとった米経済界の重鎮が、その老体を前にして、それまでの名誉をかなぐりすて、ここまで潔く自らの誤りを認めるとは。

 その一方で、その重鎮をここまで追い詰めることのできる米国議会の公聴会と、つねに追及不足、消化不足のわが国の国会質疑の、彼我の違いの大きさはどうか。

 今からでも遅くない。国会は小泉5年半の経済政策の責任を国民の前で徹底的に検証すべきではないのか。

 野党が政権交代を本気で求めるのなら、この金融危機を前にして、今日の日本の経済困窮をもたらした小泉改革の徹底検証こそ、最強かつ最善の選挙対策に違いない。

 

 

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2008年10月24日

米軍駐留に対する日本とイラクの違い

 
  国会論戦ではほとんど取り上げられる事はないが、米軍のイラク駐留の法的根拠をめぐって米国は今窮地に立たされている。

  現在の米軍のイラク駐留の根拠になっているのは今年末までとしている国連安保理決議である。

  そして米国は来年(2009年)以降の根拠を、国連安保理決議の再議決や延長ではなく、イラクとの米軍駐留地位協定へ切り替えようと、はやくからイラクと交渉を重ねてきた。

  なぜか。それは米軍を、一時的な戦時占領軍から常註のイラク駐留米軍に切り替えたい為だ。

  それはあたかも日本における米軍が、連合国占領軍から米国駐留軍へ、なし崩し的に切り替えていった事と同じである。

  その地位協定交渉で米国がイラクの反対にあって難渋している。

  その理由は、一つには治安権をイラクに渡した後もイラク政府との話し合い次第で米国軍が長期にわたってイラクに駐留できるよう米国が求めていることにあり、もう一つは傭兵を含めた米国駐留軍に治外法権を与えるよう、イラクに求めているからである。

  イラク国民はこれを認めようとはしない。

  バクダッドでは連日大掛かりな反米デモが起きるほどに至っている。

  マリキ傀儡政権もさすがに米国に譲歩できないでいる。

  米国も手を焼いている。

  イラクで繰り広げられるこの光景を見ながら、私は米軍駐留に対する日本とイラクの彼我の違いを感じざるを得ない。

  おりしも10月24日の各紙は、日本に駐留する米兵の犯罪について、日米間の地位協定では裁判権を日本に認めたにもかかわらず、裁判権を放棄していた密約あった事実が、米国立公文書館で公開された文書で明らかにされた。

  それにもかかわらず日本政府はいつもの如く密約の存在を否定し続ける。

  国民はそのような日本政府の欺瞞にも憤るところはない。

  結局このような矛盾を許しているのはメディアである。

  真実を国民の前に提供する事がその使命であるはずの新聞が、読売、産経、日経に至っては、この密約発見の記事を見事に黙殺している。

  米国にとって日本は世界でも稀有なほど従順な国であるに違いない。

  失敗ばかりしてきた米国の外国占領政策の中で、成功した例として米国が日本占領を事あるごとに引用する理由がそこにある。
 

 

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2008年10月24日

 きんもくせいの香りと一抹の哀しさ


 いい文章に出会った。

 このブログで時々とりあげている、野坂昭如の毎日新聞連載「七転び八起き」の10月24日の書き始めの文章だ。

 「玄関先に金木犀が散り敷いている。
  昔飼っていた犬ジジがこの花が好きだった。
  彼女はハスキー犬。
  庭をかけめぐり、この季節になると柿を眺め、色づいたそれを好んで食べていた。
  金木犀の木のそばで番をしているように動かない。
  いつしか小さな花が頭に積もり、まるで花かんむりだった。
  ジジはある日、ふらりと家を出たまま帰らなかった。
  金木犀を見ると彼女を思い出す」

 何度もこの文章を読みながらその光景を頭に描いてみた。

 夜遅く一本の電話を受け取った。

 警察の裏金告発をして世の中を騒がせた愛媛県警の仙波敏郎巡査部長からの電話であった。

 彼の名誉挽回のため仙波さんを支え続けた元産経新聞記者の東玲治さんが急死したという。

 「来年の三月に仙波さんが無事定年退職できればお祝い会を盛大にやるから愛媛まで来てほしい」、「喜んでかけつけたい」、そう電話で話し合ったばかりであった。

 仙波さんの名誉が回復された事を見届けるかのように逝ってしまった。

 電話の向こうで、号泣した後に冷静を装って電話をかけてきたに違いない仙波さんの姿が浮かぶ。

 世の中はままならない。

 しかし、それでも我々は生ある限り生き続けていかなければならない。

 そんな時、いい文章に出会うと心がなごむ。

 金木犀の花かんむりをいただいたジジの姿を空想してひとり微笑んでみる。

 喜びも哀しみも生きているあかしだ。

 生きている限りそれを乗越えて行かなければならない。

 
 

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2008年10月23日

まちがいなく総選挙どころではなくなった

 株価暴落がいよいよ深刻になってきた。もはや総選挙どころではなくなりつつある。

 株の問題を語るには、自らの株とのかかわりを述べなければフェアではないので、恥を忍んではじめに告白しておく。

 私は退職金の殆どをここ数年の株価下落で失った。

 金利ゼロの下で、定職のない自分が資産を増やす手っ取り早い方法は株ぐらいしかない、そう安易に考え、資金をつぎ込み、損を重ねた。

 だから今回の株暴落に際してはもはや失うものはほとんどない。おかげで心配することもない。

 そういう自らの事情を白状した上で、株暴落と日本のこれからについて一言書いてみる。

 先日講演で地方に出かけた時、乗り合わせたタクシーの運転手が向こうから語りかけてきた。

 「お客さん、お仕事ですか」

 「まあ、そんなところです」

 「商売がうまく行くといいですね」

 そういう会話ではじまったやり取りの中で、そのタクシー運転手は話してくれた。

 なんでも彼は山一證券の社員であったが、倒産してふるさとへもどりタクシーの運転手をはじめたという。

 その元証券マンが、こちらが聞きもしないのに、「もう時効だからいいでしょう」と前置きをして次のように語った。

 「証券マンの頃にはインサイダーで随分儲けさせてもらいましたので、失職しても文句は言えませんわ・・・」

 これが現実なのだ。

 また、別の元証券マンはかつて私にこう語ったことがある。

 なけなしの老後資金を騙し取るような仕事をさせられ、入社した時はこれでいいのかと良心の痛みを感じたけれど、すぐに麻痺するようになった、と。その一方で、大口投資家には一般投資家から巻き上げたカネで損失補てんをしてきた、と。

 このようないかさまの本尊が米国証券業界であり、そのアダ花がサブプライムローンだったのだ。

 10月30日の週刊文春の立花隆「私の読書日記」の中で、「サブプライムを売った男の告白」(ダイヤモンド社)について彼が次のように書評している。

 ・・・「こんなローンを扱うのは道徳感の低い人間か、頭がどうかしている人間だろうと」思ったというくらいそれはひどい金融商品だった。そこには業界全体が詐欺師集団のような騙し合いの世界だった・・・

 その詐欺師集団に世界中の金融機関が集った。その金融機関に世界中の一般投資家が騙された。

 そして今詐欺師たちが自らのゲームに敗れて慌てふためいている。

 彼らはこれからあらゆる方便を弄してこれ株価の下落を防ごうとする。

 それを期待する証券会社が、株価は異常な安値だといい、今が底値だといい、不安に駆られた一般投資家が、心配を払拭したい一念でそう期待する。

 しかし株価暴落にともなう企業収益の悪化が発表されるのはこれからだ。

 それにともなって実体経済が打撃を受けるのはこれからだ。

 その事は隠しようがない。

 それでも株価が下がらなければ、その株価はいかさまで支えられた株価だということだ。

 そのうち必ず下がる。

 10月22日の毎日新聞で鹿島茂という仏文学者が、1929年にはじまった大恐慌を振り返るガルブレイスの次の言葉を引用して、「私は間違いなく今回の金融危機は大恐慌の再来だと答える」と書いている。

 ・・・1929年の大暴落の際立った特徴は、最悪の事態がじつは最悪ではなく、さらに悪化し続けたことである。今日こそこれで終わりだと思われたことが、次の日には、あれは始まりに過ぎなかったとわかるのだった・・・」

  10月23日の東京新聞「社会時評」で作家高村薫も書いている。株価も景気もいつかは回復するはずだという薄い期待をもちつつ息をひそめてみても、そもそもマネー経済というアメリカの基軸が消失した世界では、これまでのような株価の回復はあるはずはない、と。

  今日23日の日本の株式市況は近年の最低株価をさらに下回った。

  株を抱えた一般国民にとってはもはや総選挙どころの話ではない。

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2008年10月22日

 ブログへの批判に応えて


 このブログに寄せられる声はほとんどが好意的なものであるが、勿論批判的なものもある。

 ただし、その数は極めて少ない。

 しかし、最近は、少ないながらも、批判的な声が増えてきた。

 これも、政局が流動的で、選挙が近づきつつあるからかもしれない。

 その事について少しだけ私の思いを述べてみたい。

 私は投稿にはいちいち個別的に返答をしない事にしている。

 だからこの際、一般論の形で私の思いを書くことでいささかなりともその返答に代えたい。

 その返答は、そのまま私のブログの基本的姿勢でもある。

 まずネット右翼というカテゴリーからと思われる批判がある。

 これは、死ねとか、馬鹿とか、お前は何者だとか、といった単純な罵声であり、不思議なことに自公政権や外務省批判を行なうと、寄せられる。

 しかしこれは単純な罵声だけであるから意に介さない。

 むしろ私には右翼と心情的に近いところもあり、中には共鳴できる意見もあるので、ありがたく批判を傾聴させてもらっている。

 その他の批判的な声は、特定政党のシンパと思われるものからだ。

 日本共産党の批判をすると、てきめんに反発の声が寄せられる。

 これについては残念に思う。

 政策的には私は日本共産党のそれともっとも近いと思っている。

 唯一私が相容れないのは、共産主義体制を目指すところと、自由な意見を封ずる「民主集中制」である。

 これは私の信念に反するものであるので、仕方がない。

 日本共産党がこの二つを捨てて、国民のための政党となるのなら、まさしく私のめざす政党である。

 日米軍事同盟がますます強化され、憲法9条が踏みにじられようとしている日本を目の前にして、日本共産党が、ひろく一般国民から支持される政党になることを期待するのみである。

 批判の中で一番多いのは、明らかに民主党支持者からと思われる批判である。

 それは一口で言えば、ここまで来ているのであるからまず政権交代をすべてに優先すべきだ。それなのに水をさすような民主党批判はやめろ、というものである。

 私は、このブログで繰り返し書いているように、政権交代を最優先しているし、だからこそ民主党を応援してきた。

 しかし、私は政治家でもなければ特定の政党に属している政治活動家でもない。ましてや民主党に迎合して安易に政治家になろうとしているわけではない。

 私は、このブログで繰り返し書いているように、今のままの既存の政党、政治家では、日本を根本的に正しい方向に変える事はできないと思っている。

 その意味ですべての政党、政治家から自立し、一切の貸し借り、しがらみは無い。

 だからこそ自分の思いをそのまま書けるし、書いている。

  それでも私は既存の政党の中では民主党に頑張ってもらって政権交代を実現してもらいたい。

 そして、それでも私の気持ちは揺れ動くのだ。

 たとえば次のような事実を知ると、それでいいのか、と思ってしまうのだ。

 10月21日の毎日新聞の記事からの引用である。

 ・・・自衛隊の海外派遣に絡み、民主党の小沢一郎代表が「国連決議があれば海外での武力行使は可能だ」と主張している事に関し、民主党の直嶋正行政調会長は20日の衆院テロ・イラク支援特別委員会で「民主党が政権を取ればそういう方針で作業に着手する」と述べ、政権交代後に必要な法整備をすることにより、政府の現在の憲法解釈を実質的に変更する考えを示した・・・

 もしこの記事が正しければ、私は民主党を支持する事はできない。これでは自民党との大連立だ。

 いくら政権交代をすべてに優先するといっても譲れない一線は、私にもある。

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