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2008年10月11日

 行きつ戻りつ、迷い続けながら、自分の考えを確かめ続ける毎日


  毎日この国の政治を外から眺めていると、つくづく嫌になってくる時がある。

  一つとしてまともな政党がない気がする。本物の政治家を見つける事がどんどんと難しくなって来ているような気がする。

  それでも政治から目が話せないのは、こんな政治家に好き勝手をさせておいていいのか、という思いがあるからだ。

  政治から目を離すという事は、同時にまた、政治家を手玉にとって生き残る官僚支配のやりたい放題を見過ごすということでもある。

  圧倒的な権力を握るこの国の政治家と官僚のもたれ合いで動かされてきたこの国の政治から逃げることは、彼らに権力を握り続けさせるという事である。

  それによってもたらされる国民生活の犠牲から目をつむることである。

  だから、やはり政治から目が離せない。

  行きつ戻りつ、迷い続けながら、そんな自分の考えが正しいのかと自問する毎日である。

  政治を良くするためには、やはり一度は本当の政権交代を実現しなくてはならない。そのためには民主党を応援するほかはない。

  民主党がいかに矛盾に満ちた政党であっても、政権交代実現のためには仕方がないではないか、そう何度自分を言い聞かせてきた。

  しかし本当に民主党は政権交代に値する政党なのか。

  行きつ戻りつ、迷い続けながら、自問自答する毎日である。

  そしてこんな記事を目にするにつけて、今日の私は、政治に不信を抱かざるを得ない自分を見つけるのである。

  10月11日の読売新聞に6日パレスホテルで開かれたという読売国際会議2008年秋季フォーラム「あらたな秩序を求めてー政権選択への視点」の要旨が掲載されていた。

  出席者の一人である野田佳彦議員(民主党広報委員)の次の言葉は、民主党を支持していいのか、と改めて思わせてくれた。

 ・・・外交・安保の基本的な柱は自民党と同じだ。日米同盟が基軸で・・・現実的に対応する・・・自衛隊海外派遣のルールを定めた恒久法の議論を、本格政権をつくった上で進めたい。民主党にはそう考えている人が結構多い・・・

   いくら政権交代を優先させるからといって、自分の考えの基本的なところでまったく異なる方針を抱く政党を支持できるのか。

  その民主党と選挙協力をして今度の総選挙で当選を確実にした社民党の辻元清美議員について、今日発売の週刊プレーボーイ(10月27日号)は、はやくも浮かれてしまった辻元議員は、政権をとったら防衛大臣にでもなってみたいなどと軽口を叩いていると書いていた。自民党と民主党はカレーライスかライスカレーかの違いでしかない。どちらも同じだと民主党を批判していたのにである。

  いくら護憲で考えが一致するからといって、自分と生き方の根本において異なる人間を支持できるのか。

 行きつ、戻りつ、私の迷いは続く。

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2008年10月10日

金融危機の原因の一端は日本政府、官僚の対米従属政策姿勢にあったという説


 これは私が言っているのではない。

 朝日新聞経済面に「経済気象台」という匿名のコラムがある。

 そこで書かれている事である。

 日付を書き込むのを忘れたが10月はじめの頃の記事であった。

 その記事は次のような書き出しではじまっている。

 「米国側の認識として伝えられている説がある。『日本国内で使い切れないほどあまっているカネは、世界経済の繁栄のために、返済を求めないカネとして米国に託している。この事は日米政府が合意している』、というものだ。
  この説に従えば、現在の世界的な金融危機の原因の一端は日本にある・・・」

 主要国の中でも唯一金利ゼロという異常な政策を長年とり続け、国民の利息収入を奪い続けた日本政府。

 日本の銀行に預金された金利ゼロの資金はまわりまわってハゲタカ金融資本に差し出され、彼らの巨額な投機益でありつづけた。

 そのバブルがはじけた今、公的資金の投入によって金融機関が救済されようとしている。

 それにしても「返済を求めないカネとして米国に託している」というのは何か。

 それは米国債や預託金となって米連銀の金庫に眠っている日本の外貨準備に違いない。

 そのカネを日本の意思で動かす事ができないとはどういう事か。

 日本の意思で動かせないことについて日米政府が合意しているというのは本当なのか。

 米国関係者の間で共通認識があり、日本の金融関係者、経済専門家の間でそれがまことしやかに語られている、とはどういう事なのか。

 かつて橋本龍太郎元首相が米国での講演で、「国債を売り飛ばしたい誘惑にかられる」と口走って米国政府筋からにらまれた事があった。

  外貨準備はもとをただせば日本国民が働いて手にした資金である。

  いまこそその資金は国民の生活や日本企業を救う資金として使うべきではないのか。

  国民の税金や更なる赤字国債の発行によって、米国発の金融危機の救済に日本が協力させられようとしている。

 どこまで行っても、割を食わされるのは日本である。

 それに従うしか能のないのが日本政府と官僚である。

 

 

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2008年10月09日

何をそんなに焦るのか、民主党。

  
 ・・・民主党が「早く結論を」といい、与党が「じっくり議論を」という。普段とは逆になっている・・・

 これは10月9日の読売新聞の政治記事が、解散圧力をかけている民主党を冷やかしているくだりである。

 たしかに民主党は麻生政権に解散を迫っている。

 補正予算もテロ特措法も早く片付け、麻生首相に解散先送りの口実を与えないという戦略らしい。

 なぜそんなに民主党は解散・総選挙を急いでいるのか。

 なぜ堂々と受けて立てないのか。

 解散が遠のけば選挙に不利になるというのか。そんなに自信がないのか。

 今選挙すれば勝てるからだというのか。それは本当か。

 いいだろう。今度の選挙は負けたほうが壊滅する。生き残りをかけた天下分け目の戦いだ。

 あらゆる戦略を弄するがいい。

 しかし、10月9日の読売新聞の次のくだりを読んで、私は心底失望した。

 ・・・輿石参院議員会長は8日夜、甲府市での会合で、(新テロ対策特措法改正案の)参院審議について、「一日でも一時間でも結論を出せる」と述べ、早期解散に応じる考えを強調した。「衆院選は11月中にあるだろう。補正とテロを片付け、解散させるように追い込む」とも語った・・・

 補正予算の早期成立に反対しないのは理解できる。

 経済危機に迅速に対応しなければならない。補正予算の成立を遅らせて国民の批判を買う愚をおかすべきではない。

 しかし新テロ特措法の審議はまったく別だ。急ぐ事は何もない。真剣に議論をつくし、国民の前で新テロ特措法成立を急ぐ麻生首相、公明党の誤りを追及しなければならない。

 今アフガンで何が起きているか。

 ハリリ・アフガン副大統領は、「(米国は)戦え、戦え、というが、受け入れられない。戦闘だけでは永遠に勝てない」と述べ、タリバンとの和解交渉を行なっている事を明らかにしたという(10月8日毎日)。

 米国、NATOに何が起きているか。

 マレン米統合参謀本部議長が「(アフガンとの戦いで)勝っているとの確信が持てない」と9月10日の下院公聴会ではじめて証言し(10月5日読売、「政なび」もうひとつの悪夢、飯塚恵子政治部次長)、これに呼応するかのように駐アフガン英軍司令官も、「この戦いには勝てない」と発言した。国連のアフガン支援ミッション代表が6日、「結果を出すには対話以外にない」と語り(8日毎日)、ゲーツ米国防長官も同じ日の6日に、「問題解決のカギはアフガンの人々の和解にある」と述べ始めた(同毎日)。

 アフガンのテロを追ってパキスタン領内に侵入して攻撃した米軍とパキスタン軍との間で戦闘が行なわれるまでに至っているのだ。

 そんな中でテロ給油は国際貢献だと叫び続ける麻生政権の愚を国会で徹底的に追及すべきではないのか。

 一時間で結論が出せる、と言い放った輿石民主党代表代行は何を考えているのか。

 民主党よ、何をそんなに焦っているのか。

 堂々と構えよ。堂々と構えて麻生政権を迎え撃てばいいのだ。

 そんな事で、政権を取った後、どうして日本を正しく導いていけるというのか。

 

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2008年10月08日

民主党は麻生首相に解散を迫るな。堂々と受けて立てばいいだけの話だ


  あいもかわらず政治記事は解散・総選挙のことばかり書いている。

  しかしもはや解散・総選挙どころの話ではない。

  経済破綻が現実のものとなって日本経済を、そして日本国民の生活を脅かすことになった。

  異常事態なのである。

  麻生太郎はつきのない男だ。最悪の時にこの国の最高責任者になってしまった。

  民主党はもはや麻生政権を倒す事を考えなくてもいい。

  政権取りを急ぐ必要はない。

  今政権を取ったところで、日本が直面する諸問題を解決できるか。

  解散を急いでいるのは、池田喚問を恐れる公明党だけだ。

  その公明党も、さすがにここまで経済問題が深刻になっている時に、自分の事だけで解散をごり押しすることは出来ない。

  繰返して言う。

  民主党は解散を迫ってはいけない。

  民主党は自公政権に今の日本の困難を解決する政策を急げと迫るだけでよい。

  その間に、政権を取った時にどうすれば少しでも日本国民の生活を守る事ができるか、

  その政策を真剣に考えておくことだ。

  自公政権では、もはや逆立ちしてもこの国を救う事は出来ない。

  その事を黙って見届け、解散を迫るエネルギーを、政権を取った時に何を真っ先にしなければならないか、それを見つける事に集中すべきだ。

  国民は株価暴落について怒りを募らせ、その矛先を、なす術もなく立ち往生する麻生政権とそれを利用して自らの生き残りだけを考える身勝手な公明党に向けるに違いない。

  くどいようだけどもう一度繰返す。

  民主党は対米追従の小泉・竹中偽改革に国民の怒りが向かうことを見届けていればいい。

  そしていつ行なわれても勝てる次回の総選挙をいたずらに急ぐことなく、政権交代後の最初の施策について、何が国民にとって最善であるか、それを党をあげて考えるだけでいい。

  その答えを出すことは、政権交代を実現することよりもはるかに難しい。

  それを自覚して、政権を取った後の責任の重さを今からかみしめておくがいい。

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2008年10月08日

米国金融資本主義の破綻は日本にとって米国から自立する千載一遇のチャンスだ


 世界金融恐慌の流れが止まらない。

 世界経済は、そして日本経済は一体どうなるのだろう。

 メディアは当分この事を報じ続けるだろう。

 他のニュースがかき消されていく。

 私は、かき消されていく重要なテーマを追い続けたい。

 だから金融危機については、最初で最後のつもりで、このブログで一言書くことにする。

 経済の専門家でない私が何を言っても誰も相手にしないだろう。

 それは当然だ。それでいい。

 しかし、よく考えて見るがいい。

 今度の金融危機について自信をもって正しいことを言える者がいるというのか。

  どんな経済学者、専門家でさえも本当の事はわからないのではないか。

  政策決定権を持ついかなる政治家、官僚も、無策ではないか。

  しかし、今度の金融危機がどんなに解決困難であっても、我々は、一切の見栄や、てらいや、立場の違いを乗越えて、この問題を考え、解決策を見つけなければならない。

  なぜならば、経済が崩壊すると、最も打撃を受けるのは経済的弱者であるからだ。

  私の考えはこうだ。

  この問題には短期的対応と長期的考察を峻別しなくてはいけない。

  短期的対応とは、すなわち世界的株価暴落の連鎖を止めることである。

  この点については、これからも連日のように意見が述べられ、対策が講じられるだろう。

  どんな乱暴な政策でもいい。詐欺的な手を使ってでも株価底打ち感を人々の心に

  芽生えさせる対策が講じられなければならない。すべてはそこから始まる。

  それは投機や投資を行なっている金持ちの為ではない。

  毎日を懸命に生きている経済的弱者を守るためにである。

  私がここで書こうとするのは長期的考察についてである。

  米国発の今回の金融危機は、神が人類に与えた啓示ではないか。

   ブッシュ政権で行き着くところまで行った米国の軍事的暴力と詐欺的金融資本の暴力は、人間性を冒涜したものではなかったか。

   その事に対し、世界は、そして日本は、あまりにも追従的ではなかったか。見て見ぬ振りをしてこなかったか。

   世の中に正義というものがあるのなら、そして人間を慈しむ神の存在があるのなら、

   今回の危機はそれらが米国に与えた鉄槌に違いない。

   その米国に、意見の一つも言えずに追従した日本に対する警鐘だと思うべきだ。

   日本はこれを千載一遇の歴史的チャンスととらえ、時間をかけてでもいいから、日本の将来のあり方を変える努力を始めなければならない。

   米国の誤りが、軍事的過信と濡れ手で粟をつかむ行き過ぎた金融資本主義によってもたらされたものである以上、それから自立することこそ日本のとるべき道である。

   それは憲法9条を掲げて平和外交を推し進めることであり、実物経済に立ち返って、かつての日本の経済の強さを取り戻すべきなのだ。

   この日本経済の強さへの自覚と回帰こそ、我々がこれから目指すところでなくてはならない。

   すなわち、日本の経済、社会政策が長期的に目指すものは、金融機関のてこ入れや株式市場の再活性化などではなく、人間性を取り戻す実物経済重視の政策であり、実物経済の堅実な運営で満足な生活ができる、そのような社会政策を整備していくことである。

   高額な収入がなくても豊かな生活ができる社会資本の充実、福祉・保障政策の充実、廉価な住宅、公共サービスの提供こそ政府の目指す政策である。

   国民が安心して生活、労働できる環境をつくり、世界に歓迎される商品、サービスを提供する日本の産業の蘇生。

   その事によって、バブル経済の不安定性から脱却する強い経済力を持つ国を目指すべきだ。

   そのような国が世界に存在することを証明すれば、その日本から世界経済は蘇生していくに違いない。

   時間がかかるかもしれない。

   時間がかかってもいい。

   日本は、今こそ米国の呪縛から自立し、世界の平和と真の豊かさの発信源たる国を目指すべきである。
  

  

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2008年10月08日

国会審議を正しく報道、解説しない政治メディアの業悪

 まともに国会審議を聞いている一般国民は少ないに違いない。

 汗水たらして働いている国民にはそんな暇はないからだ。

 だからどうしても国民が国会審議を知るのは政治報道に頼ることになる。

 しかし、その政治報道が、国会審議を正しく報道、解説していないとすればどうなるか。

 たしかに、メディアといえども、時間的、スペース的制約によって、国会審議のすべてを報道する余裕はない。

 さわりの部分だけを報道するしかない。

 しかし、その報道されるさわりの部分が、故意にせよ、報道関係者の眼力のなさにせよ、国民に正しく報道されなければ、国民はいつまでたっても国会審議を正しく評価できないままで終わってしまう。

 このような報道が繰返されてきたからこそ、この国の政治意識が低いままに放置されてきたのだ。

 国会審議をメディアが報ずる時の決まり文句は、すれ違い、不毛、平行線などと、決まっている。

 そしてそれは、所信表明演説や、代表質問についてはその通りである。

 あれはあらかじめ官僚が書いた演説の読み上げである。

 野党の質問に答える必要のない一方通行の発言である。まったく無意味だ。

 本格的な審議の始まるのは委員会質疑だ。

 その中でもすべての分野に渡って質問が許され、総理以下全閣僚の出席を求めることのできる予算委員会は国会審議の中心である。テレビ中継もされる。

 ところが、その予算委員会でも、与党議員の質問は八百長質問であるからまったく意味はない。

 あれは与党議員が選挙運動のために自己宣伝をする目的で行なわれるやらせのようなものだ。

 与党議員の質問時間は、大臣を補佐する官僚にとって安心して一息つける休息時間であった。

  このような国会審議は、間違いなく、すれ違い、不毛、平行線である。

   しかし野党議員による委員会質問が始まると国会は俄然熱を帯びる。官僚たちは緊張する。

  いっそ国会質問は野党に限って行なえば多少なりとも国会が政治家のまともな仕事場になる。

  問題は、そのような野党議員による国会審議の場であっても、質問者の不勉強振りと質問の稚拙さによって、審議が深まらない事が多いということだ。これでは政府を追い詰められない。

  たとえば、7日の国会審議を報じる各紙によれば、共産党の志位和夫委員長が、「日本を代表する企業が正社員を非正規雇用に置き換えて大儲けしている」とか、「労働者派遣法を1999年の原則自由化に戻すべきだ」と言ってみたり、社民党の阿部知子政審会長が、「後期高齢者医療制度は75歳以上の高齢者を差別するものだ」と政府を攻撃している。

  実際の質問を聞いていないから無責任な事は言えないが、このような一般的な質問、自分の意見表明のような質問を続ける限り議論は深まらない。政府を追い詰めることはできない。

  かつて小泉元首相は、共産党議員の追及を、「それは共産党の意見だろう。見解の相違だ」という一言で一蹴した事があった。議論が深まらないまま権力を盾に審議拒否で終わってしまうのだ。

  そんな不毛な国会審議の中でも、正しく、鋭く質問すれば政府を追い詰めることができる。

  たとえば同じく7日の菅直人民主党代表代行の質問である。

  自民党と公明党で立場が対立している定率減税の規模と財源問題を巧みについて、「民主党は財源を提示したのに、政府はなぜ未だに明示できないのか」、「今度の選挙のマニフェストになぜ盛り込めないのか」、と質した。麻生首相も斉藤環境相(公明党)もこれに応えられなかった。

  創価学会の政経分離問題に関して法制局の見解を質し、法制局長から「政経分離は憲法で定められた原則だ」という言質をとった。それを麻生首相に確認させた。この事により、この問題をさらに追及する時の足がかりを確保した。

  野党への提出資料の事前検閲問題については、石破農水相の謝罪発言を引き出し、官房長官の省庁横断的な改善策を約束させ、それを麻生総理の責任で行なう約束まで取り付けた。

  これらの発言は議事録に残る。それを根拠に更なる追及ができる事になった。

 さて、前置きがながくなったが、今日のブログの目的は次の一言である。

  7日の予算委員会を政治報道や政治解説者が正しく報道し、解説していれば、政治的に中立的な一般国民は、誰が見ても自民・公明党の対応はいかさまだと思うに違いない。もはやこれ以上自公政権が続いてもだめだと思うに違いない。民主党に政権担当能力があろうがなかろうが、一度は任せてみようと思うに違いない。

  問題は政治報道がそのような報道をしないところにある。

  どちらもどっちだ、議論が深まらない、という書き方でお茶を濁して終わってしまう。

  これはフェアではない。

  この国の政治を国民から遠ざけてきたのは、この国の政治報道と政治評論家の責任である。

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2008年10月07日

 民主党の山口壮議員は平和外交を託す事のできるこの国のリーダーになれるか

まず、次の文章を読んでもらいたい。

 「・・・(給油活動の対象である)アフガン情勢が悪化する中、戦略を誤っている米国の言うままに『テロとの戦い』を大義名分に掲げる麻生首相は完全に間違っています・・・
  アフガン問題の根本には、米国の中東政策の失敗があるのに、麻生首相や自民党にはその認識が著しく欠けています。アフガン攻撃の理由とされた2001年9月の米同時多発テロは、米国がパレスチナ問題などへの対応をめぐり、世界中のイスラム教徒を敵にしたため起きてしまった。正しい世界観の持ち主なら、米国自身にも原因がある側面に気付くはずです・・・
 小泉純一郎元首相は『対米関係さえ良ければ日本の安全保障は大丈夫』とうそぶいたが、そんな考えはあまりに幼稚です・・・
 米経済に変調をもたらした根本原因は、アフガニスタンとイラクで垂れ流す巨額の戦費です。毎日6000億円から1兆円と報道されていますが、75兆円の金融安定化法案に比べ、いかに途方もない金額であることか・・・
 麻生首相が志向する”御用聞き”外交では日米双方の国益は損なわれる一方です・・・
 米国は中東情勢だけで手いっぱいで、北朝鮮との二正面作戦など無理。明らかに北への譲歩に動いています。米国に頼っていれば大丈夫という”刷り込み”はとっくに破綻している。『給油は安上がりな国際貢献』という人もいるが、そんな志の低い理屈は捨て、アフガン問題の根本解決に英知を傾けるべきです・・・
 悪化するアフガンやイラクの実情を直視すれば、力によるテロ解決の限界が浮き彫りになります・・・誤爆、誤射等が外国軍隊への敵視を招く中で、給油の選択では軍事優先のやり方を追認してしまう・・・”戦争をつくる”のではなく”平和をつくる”ことでしかテロはなくならない。自民党は”戦争の党”であり、民主党こそ”平和の党”なのです・・・」

  これは民主党の山口壮(つよし)(兵庫12区)衆院議員が、いま発売中のサンデー毎日(10・19号)誌上で述べている言葉である。

  彼がどこまで本気でこの立場を民主党内部で訴えているか私は知らない。

  彼が、今頃になってこんな事を言い出したのか、米国のイラク攻撃の時から一貫してそれに反対し、このような言動を行なってきたのか、私は知らない。

  しかし、少なくともこの発言は私が繰返して発言してきた事と同じである。

  この考えを突き詰めれば、私がたどり着いた結論、すなわち日本の将来は日米軍事同盟から決別し、憲法9条を世界に掲げて自主、自立した平和外交を行う事ができるかにかかっている、という考えに行く着くはずだ。

  果たして山口壮はそのような政治家なのだろうか。

  それは前原や長島といった民主党の国防、安保政策議員の親米路線と完全に矛盾する。

  民主党の中でどのような議論が行なわれているのだろうか。

  私はまったく知らなかったのであるが山口壮はキャリア外交官出身であるという。

  入省年次は私より10年後の外交官だという。

  2000年に国会議員になったという。

  このような考え方を持った外交官出身の人間が民主党にいて、小沢一郎の外交参謀をつとめていたとは知らなかった。

  「次の影の内閣」の外務大臣候補であるという。

  俄然興味が沸いてきた。

  このサンデー毎日の記事をきっかけに、私は政治家山口壮の今後の言動に注目しようと思う。

  彼が民主党の中にあって、この言葉どおり民主党を平和外交の政党にしていくことができるのか。

  米軍再編協力に完全に舵を切った日本政府の誤りをただし、憲法9条を守る外交の先頭にたって米国と正しく外交していけるのか。

  そこを見届けたい。

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2008年10月06日

岩国から目を離してはいけない


 毎日の報道を根気よく見続けていると、おのずと気づく事がある。

 どの新聞もテレビも、報道する事柄は同じだ。

 それは、限られたスペース、時間帯の中で、最大公約数的に世間が関心を持つニュースは、おのずと決まってくるからだ。

 その同じテーマについて、報道各社が、より早く、より詳しく、そしてより正確に報道しようと競い合う。

 各局お抱えのコメンテーターが、その同じニュースを無責任に評論して終わってしまう。

 しかし、我々受け手にとっては、そのようなニュースや解説は、どれか一つで十分だ。

 それよりも、報道されていない物の中にこそ、我々の生活にかかわる重要な出来事がある。

 とくに権力者の悪については、権力者はそれを国民から隠そうとするする。

 だからこそジャーナリズムは、それを国民に代って発掘し、報道しなくてはならない。

 同じような報道をなぞるばかりでなく、国民の「知る権利」に一つでも多く応えて見せる事こそ、ジャーナリズムの使命なのだ。

 その観点からいえば、今日(10月6日)の報道でなんといっても群を抜いていたのが、東京新聞「こちら特報部」の岩国市米軍住宅建設をめぐる記事である。

 私が岩国市の米軍住宅建設問題を知ったのは、今年2月に行なわれた岩国市長選挙で井原市長を応援する集会にゲストスピーカーの一人として招かれ、岩国市を訪れた時の事だ。

 岩国市財政逼迫の原因の一つに愛宕山開発事業があると、タクシーの運転手に聞かされた。

 1998年にはじまったというその事業は、激しい騒音を伴う米空母艦載機の滑走路を沖合いに移設する工事と関連がある。

 その工事に必要な埋め立て用の土砂を、岩国市の背後にある愛宕山を削って供給し、その跡地を整備して県民数千人が暮らす新しい街を作るという青写真で始められた事業だった。

 ところが経済情勢の変化で需要が見込められなくなったとして、事業主体である県、県住宅公社、岩国市は昨年6月にそのプロジェクトを中止せざるを得なくなったという。

 莫大な借金(244億円)が残り、その返済が市の財政を圧迫した。

 そのタクシーの運転手が言うには、愛宕山跡地は国が買い取って米軍住宅が建てられる、最初からそう決まっていたらしい、国に騙されたのではないか、と。

 私はそれを聞いた時、いかにも政府がやりそうな事だと思った。

 しかしその卑劣な政府のだまし討ちは、岩国市民や、まして岩国市議会の力では糾弾できない。そのやるせなさがこのタクシー運転手の言葉なのだ。

 飴と鞭で地方に米軍再編の負担を押し付けてきた政府の卑劣なやり方に対しては、この国の国会でさえ追及できていない。米軍再編問題についての野党政治家の追及はあまりにも弱い。

 ましてや地方議員や地方住民の力では政府のごり押しを防ぐ事はできない。

 暗澹たる思いを持ってそのタクシー運転手の話を聞いた私は、それ以来すっかりこの話を忘れかけていた。

 10月6日の東京新聞「こちら特報部」の記事は、忘れかけていたその時の話を鮮やかに蘇らせてくれたのだ。

 その記事は、この愛宕山開発問題について、岩国市が国と県から米軍住宅建設の打診を受けていた事実を示す文書の存在が明らかになった、とするスクープ記事であった。

 すなわち今年4月付で作成された「愛宕山地域開発室作成」の議事録によれば、岩国基地に民間空港を再開させる事と引き換えに米軍住宅建設を了承することについての関係者のやり取りが詳細に記されているという。

 6月の県議会では岩国市側は、そのような打診は国や県からは一切ないと言い張っていたという。市民や市議会に大嘘をついていたのだ。

 その岩国市の市長は今年2月の選挙で、空母艦載機のこれ以上の受け入れは住民にとって負担が多すぎると慎重だった井原勝介市長から、受け入れ賛成の自民党福田良彦市長に代った。

 市長が交代した途端に、国はそれまで凍結していた補助金を与え、米軍住宅建設を進めようとしたわけだ。

 東京新聞かスクープした議事録文書が本物であれば、国の背徳の行為はあまりにも露骨だ。

 政府が米軍住宅を建設したいのなら、なぜそれを堂々と岩国住民に説明して了承を取りつけようとしないのか。

 それが出来ないのは、政府の行なおうとしている事があまりにも不当であるからだ。それがわかっているから隠そうとするのだ。

 米軍基地を日本に抱え続ける限り、この矛盾は続く。

 米国の安全保障政策に従うばかりの日本の防衛政策は、いまや日本の国防とは大きく乖離した米国の戦争と、そのための行なわれる米軍再編に、完全に協力させられものとなった。

 その結果、日本を守る為の防衛政策は、もはや完全に国民の利益と反するものになってしまった。

 その矛盾が国会の場で論争されることなく、しわ寄せだけが地方住民に押し付けられていく。

 交付金ばら撒きの飴をなめさせられる住民とこれ以上の米軍基地負担には耐えられないと反対する住民が分断され、基地を抱える地方住民と基地の被害を感じない一般国民が分断されていく。

 分断されてはならない。国家権力の悪に抗していく国民の利害は常に一つのはずだ。

 我々は岩国市の愛宕山米軍住宅建設問題から目を離してはいけない。

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2008年10月05日

 偉大な指導者は現場主義だというポール・ケネディの言葉


  ポール・ケネディという英国の歴史学者がいる。かつてベストセラーとなった「大国の興亡」の著者である。

  そのポール・ケネディが10月5日の読売新聞「地球を読む」でフランクリン・ルーズベルト、ウィンストン・チャーチルと比べてブッシュ大統領を酷評している。

  その趣旨はこうだ。

  小児麻痺で窮屈な車椅子に乗るルーズベルトは第二次大戦の末期に信じられないほどの重要な国外旅行を行なった。英国ならびにソ連と交渉し、アイゼンハワーら司令官たちと協議するためだ。カサブランカ、カイロ、テヘラン、ヤルタ・・・その時の写真には、疲れきった彼の様子が如実に現れている。これらの会議に出席するため、ルーズベルトは死の直前、合計3ヶ月近い時間を費やした・・・

  チャーチルもまた戦時中に行なった旅行の数という点では際立っている。主要な連合国との会議ばかりでなく、戦闘の現場に繰り返し行きたいと言い張り、英軍と英国の大衆を大喜びさせた・・・ノルマンディーでの戦闘の真っ最中に、葉巻をくわえたチャーチルが、英軍の監視台に立ち、眼下のドイツ軍拠点で砲弾が炸裂するのを眺めている写真が残っている・・・

  この偉大な二人の戦時指導者の姿をなぜ思い浮かべたかと言うと、8年間の任期が終わろうとしているもう一人の戦時最高司令官(ブッシュ大統領)の事を考えたからだ。

  イラク侵攻に先立つアフガニスタン侵攻が始まったのは2001年、ほぼ7年前である。この間にブッシュ大統領がイラクを訪れた回数と時間を書き出してみる。2003年11月27日に「2時間半」。米兵との謝肉祭夕食会に出席。バクダッド国際空港内の米軍基地からまったく出なかった。2006年6月3日に「5-6時間」。厳重に要塞化されたバクダッドのグリーンゾーンを訪れた。2007年9月3日に「6-7時間」。西部アンバル州の米軍要塞アルアサド空軍基地を訪問した。

 つまり、戦闘が行なわれた5年あまりの中で、イラクにいた時間は丸1日も満たない。アフガニスタンを訪問に至っては一回限りである。情勢がかなり安定していた2006年3月1日に、カブールで「5時間」を過ごしただけだ。何の意味があったのか。

 これを、一体どう説明すればいいのか。長く混乱した戦争をあおり、何千億ドルもの戦費を要求し、米国民に支持を訴える指導者が、現場でしばし時間を過ごし、現状を見る、それをしない。こんなことがありうるのだろうか・・・
  
 
 読売新聞の記事でポール・ケネディが言いたい事は、偉大な政治家は現場主義であるという事だ。

 そしてハリケーン・カトリーナの直後にせよ、イラクの都市の荒廃した街路にせよ、あるいは9・11同時テロ直後の世界貿易センターの瓦礫にせよ、ブッシュ大統領は災害や挫折の後の現場に近づくのが苦手であり、暗殺をおそれるあまりすべての危険から完全に守られようとした、それをポール・ケネディは、過去の偉大な指導者と比較して疑義を呈しているのだ。

 このポール・ケネディの記事を読んだ私の頭によぎったのは小泉元首相の行動である。

 5年半もの長きにわたって対米追従と郵政改革を叫んだ。テロとの戦いに協力するといって憲法違反を犯して自衛隊をイラクに派遣した。

 しかし、ついにイラクには足を踏み入れなかった。退任した後ただの一度もブッシュ大統領に会おうとしなかった。命を賭けたはずの郵政民営化に至っては、民営化後の郵政会社に足を運んで民営化がうまく行っているのかを見届けようとはしなかった。民営化後の職員を励ます事は一度もなかった。

 小泉の言動は、すべていかさまだったということである。

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2008年10月05日

イランと国連非常任理事国を争う日本


 小さな記事であったが私の興味をひいた記事があった。

 10月5日の毎日新聞は、「現在の安保理にはイランよりもはるかに悪行をしている国がある」と述べて、イランにも立候補の資格があると言ってのけた国連総会デコスト議長(ニカラグア)の事を紹介していた。

 その記事で知ったのであるが、来年1月から任期2年で安保理非常任理事国の交代があるという。その選挙戦の真っ最中であるという。そしてアジア枠一カ国を絞る競争に日本とイランが立候補しているというのだ。

 思い出すのだが、この国連安保理非常任理事国の選挙には日本はいつも立候補して他のどの国よりも頻繁に非常任理事国のポストを独占してきた。

 選挙のたびに、これは負けられない選挙だと勝手に決めつけて、外務省をあげ、援助をばらまいたり、招待外交、訪問外交を繰返して奔走してきた。

 そのおかげもあって、殆どの選挙で勝ってきた。日本はこの非常任理事国のポストを、他の国に均等に与えるという配慮をすることなく、当然のごとく独占してきたのである。

 かつて日本が安保理改革によって常任理事国の座を射止めようとしていた時、「すでに他のどの国よりも頻繁に非常任理事国のポストを経験してきたではないか。それにもかかわらずろくな貢献をしてこなかったではないか。常任理事国ポストを欲しがるよりも、理事国になって何がしたいのか、できるのか、それを明らかにすべきだ」という陰口を叩かれたほどである。

 それに懲りることなく、今度もまた外務省はイランに勝とうと必死で外交工作に励んでいるに違いない。

 しかし、今度の選挙はいつもの選挙よりももっと負けられないに違いない。

 なにしろ、イランは米国、イスラエルと敵対している「テロ支援国家」である。「世界にはもっと悪行をしている国がある」からイランにも立候補の資格がある、と弁護されるくらい、評判の悪いイランである。

 そのイランと戦って負けるのなら、日本は「もっと悪行をしている」国と変わらなくなる。

 いくらなんでもイランよりも世界の支持を得られるに違いない、だから選挙で負ける事はない、そう一般的には思うだろう。

 しかし楽観は許されない。国際政治の現実はそう簡単ではない。

 同じく10月5日の朝日新聞は、中国の国連大使が3日に記者会見を開いて、「アジアグループが統一候補で合意できればその国を支持する」と発言をしたという。

 これは日本支持を明言する事を避けたという事だ。日本が必ずしもアジアグループで推されないかもしれない、という事を言っているのだ。

 私は注目している。果たして日本はイランを差し置いてアジアグループでの統一候補になれるのだろうか。

 その結果は、すなわち日本外交がアジア諸国からどう評価されてきたかを物語るものである。

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2008年10月05日

 私の判断は正しかった

 ・・・(小泉政権の)最大の功績は、9・11に傷ついたブッシュ大統領のアメリカを訪ね、テロとの戦いにおいて「共にある」と語り、それを実行して日米同盟をアップグレードしたことである・・・

 これは毎日新聞連載「時代の風」の10月5日付に掲載された五百旗頭真防衛大学校長の言葉である。

 イラク、アフガンでのテロとの戦いが完全に行き詰まり、戦争を支えるための経済政策が破綻しようとしている。それを世界が目撃し、大騒ぎをしている。

 そんな時に臆面もなく、ブッシュ大統領をいち早く支えた小泉首相の外交を「最大の功績」と讃えるのである。

 小泉、安倍、福田と続く自民党政権に寄り添って防衛大学校校長の職を手にし、防衛相改革や安全保障政策にかかわる数々の審議会、諮問会議の常連となって、いまや御用学者の中でも最も重用されている五百旗頭氏の面目躍如である。

 今から5年ほど前、私が二年後輩の北島官房長(当時)から「外務省を辞めてもらう」と電話一本で突然告げられた時、そのあとに続く言葉が次のようなものであった。

  ・・・2年間だけ生活の面倒を見てやる。神戸大学の政治学部教授のポストを考えている。お前にその資格があるかどうかは最終的には教授会が判断するので保証の限りではないが、竹内次官(当時)と五百旗頭教授(当時神戸大学政治学部長)とは懇意の間柄なので、なんとかなるだろう・・・

  お情けで与えられたその「ありがたい」オファーを、私は丁重にお断りをした。

  第二の人生は、二度と外務省という組織と交わることのない人生を歩んでみせる、そう私はその時決意した。

  それから5年あまりが経った。

  この五百旗頭防衛大学校長の言葉を目にした時、私の判断は正しかったと確信した。

 

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2008年10月04日

民主党はビートたけしを担ぎだしたらどうか


  このブログは半分冗談で書いている。しかし半分はまじめに書いている。

  中山前国交相が突然次の総選挙に出ないと言い出した。

  それを報じる新聞記事は、自民党がすかざず東国原宮崎県知事を担ぎ出すのではないか、と書いている。

  これはあくまでも私の直感であり何の根拠もないのであるが、私はそのまんま東は自民党に請われて出馬するのではないかと思っている。

  彼がどういう志を抱いて宮崎県知事に立候補したかは知らない。

  しかし、知事になってからのそのまんま東は、間違いなく中央政界に色気を出しはじめたと思う。マンゴーや地鶏のセールスに終始するためだけで宮崎県知事になったわけではなかろう。

  よしんばそうであったとしても、そのまんま東は知事職を通じてこの国の権力構造を知ったに違いない。

  中央集権国家のこの国では、所詮知事といえども中央政界のまえにいやというほど知事職の限界を思い知らされたに違いない。

  政治をやるにはやはり国会議員にならないとだめだ、と。

  そこで私の頭をよぎるのはビートたけしのことである。

  これも私の直感で、なんの根拠もないのであるが、私はビートたけしの心中が読める気がしている。

  彼は満たされないものを抱きながら生きている人間であるに違いない。

  満たされないがゆえに彼の生き様にはつねに虚無感が漂う。破滅的な暴力性を感じ取る。

  そんな彼を私はまったく評価しないのだが、少なくとも政権交代前夜の異常な政治状況にあって、ビートたけしの国民的人気は絶大な影響力を持っている。

  しかもビートたけしの一連の言動を見るにつけて、彼が最後に関心を持つのは政治に違いないと思うのである。

  ところがその政治の参加においてそのまんま東に先を越された。

  そしてそのまんま東が国民的支持を受けて脚光を浴びている。

  かつて面倒を見た子分の一人でしかなかったそのまんま東が政治の世界に飛び込んでここまで大成功をおさめた。

 そのことだけでも心中穏やかでないのに、今度は国政に打って出て成功し、中央政界で主要な人物となろうとしている。

 こんな事が許されるか、という気持ちに違いない。

 小沢一郎はビートたけしを訪問し、三顧の礼をもって民主党からの出馬を要請すべきだ。

  それに成功すれば今度の総選挙の勝利もほぼ間違いない。

  自民党のそのまんま東と民主党のビートたけしが、それぞれの政党の政権奪取を賭けた戦いに参戦し師弟対決を繰りひろげる。こんな面白い戦いはない。

  そのまんま東が自民党公認で出馬するかどうかはもちろんわからない。一般的には、様々な理由でそうならないであろうと思われている。

  しかしもしそのまんま東が自民党から出馬する事になれば、その時そこ小沢民主党はビートたけしを選挙に誘い込むべきである。

  そのまんま東に国政参加のインパクトがかすんで見えることになるかもしれない。

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