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2008年10月03日

格差が問題ではない。分断されつつあることこそこの国の深刻な問題である。


  小泉元首相の引退に関するここ一週間の報道を眺めてみて、一つだけ共通したものがある。

  それは、次男を後継に指名したことに対してだけは、共通に批判、失望の声があがっているという事である。

  小泉偽改革を誉めそやす者であっても、さすがに今日の世襲制政治の支配を認める者はいない。

  それにもかかわらず、次男の当選は確実であるという。

  民主党がどのような候補者をたてようとも勝ち目はないという。

  ここに、この国の絶望を見る。

  日本国民の政治の低さを見る。

  10月3日の東京新聞はその一面で、製造工場で働く派遣労働者の7割以上は、「年齢面で職がなかった」、「派遣しか職がなかった」など、正社員になりたくてもなれない、などの理由でやむなく派遣労働を選択した、というアンケート調査を載せていた。ガテン系連帯(ガテンとはリクルート出版の就職情報誌の名前)の調査結果だという。

  これに対し、つい先日の厚生労働省の審議会調査では、派遣を積極的に選んだ人が多いという正反対の数字をだしていたという。

  10月2日の東京新聞で漫画家の倉田真由美が「本音のコラム」で書いていた。

  ・・・社長令嬢で法曹資格を持つ(私の)知人がこんなことを言っていた。「悪条件で働くくらいなら、資格をとって転職すればいいのよ」

  今の日本では、一方において低所得者層の急増を憂える人がおり、他方においてこういう発言を平然とできる人間が多いことも事実なのだ。

  私がもっとも嫌いな女性作家林真理子もそういう人間の一人に違いない。

  小泉ファンを自称し、公言してきた彼女は、金銭欲、名誉欲、有名欲という人間の本性の負の部分をむき出しにした言動を売りにして成功した一人である。

  それを好む国民がいるからこそ、雑誌の対談や連載で今でも彼女は引っ張りだこだ。

  繰返していう。

  今の日本の問題は格差問題ではない。

  国民が分断されつつある事こそ問題なのだ。

  格差問題が見えない国民が厳然と存在する。

  格差問題解決に人肌脱いでなんとかしようと行動する強者が現れてこない。

  痛めつけられている派遣労働者たちが、小泉二世を当選させる風潮に怒りをぶつけることなく、その矛先を、自分や、より弱い者に向けて自滅していく。

 その社会風潮こそ、この国の深刻な問題に違いない。

  そして、権力は、自らの権力を保持し続けるために、常に国民を分断させようとたくみに策を弄する。

  この事も、我々は知っておいたほうがいい。

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2008年10月02日

 民主党が政権を取った時、真の国民的争点は何になるのか


  国会で代表質問が始まった。

  それをメディアはワンパターンの表現で報じている。

  麻生総理の所信表明演説はまるで野党に対する質問だ。

  小沢民主党代表の答弁は麻生総理の質問に答えていない。あたかも所信表明演説のようだ。

  議論は深まっていない。

  すれ違いの不毛な議論だ、などなど。

  よくもこんな見当違いの報道ができたものだ。

  ならば聞く。

  報道関係者は、官僚が書いた文章を読み上げるだけのこれまでの答弁をどう評価していたのか。

  菅直人の追加質問に答えられなかった小泉元首相の「答弁拒否」事件をどう受け止めていたのか。  
  政権交代前夜を思わせる今度の国会答弁のほうがはるかに面白い。

  それに、彼我の答弁を少しでもまじめに聞いている者であれば、はっきりと違いがわかる。

  官僚と一緒になって予算を私物化してきた従来の政策から脱却できずに、この期に及んでも小手先の変革でこの危機を乗り切ろうとする自民党と、出来るか出来ないかはわからないが、少なくとも予算編成や経済、社会政策において、格差を是正し、弱者に目を向けようとする民主党。

  その違いは明らである。

  あとはどちらの政権を選ぶか、だけの話だ。

  もはや今の時点でこれ以上の政策論争は不要である。

  これ以上の精緻な議論をすることは目くらましだ。

  国民はそれ以上の議論はわからない。関心はない。

  それは政治家や官僚の仕事だ。

  しかし、今度の国会審議でも議論が深まらない問題が一つある。

  小沢民主党が曖昧なままにしている大きな問題が一つだけ残っている。

  それは日米同盟関係をどうするか、という事である。

  麻生総理が、「日米同盟か国連か」とせまったあの問題である。

  小沢代表ははっきり答えるべきであった。

  日米同盟か国連か、という二者択一の問題ではない。

  そういう質問をする事自体が間違っている。

  日米同盟も国連も重要だ。

   しかしより重要な事は、日本の目指す方向を明確に定め、それに向かって自主、自立した外交を取り戻す事である、と。

  そして小沢民主党の大きな問題は、世界に向かって日本がどのような役割を果たすべきかについて、自民党のとの違いが打ち出せない事にあるのだ。

  麻生太郎ははっきりと述べている。日米軍事同盟を最優先する。米国と一緒になって「テロとの戦い」に参戦する。そのためには憲法解釈をあらためて集団的自衛権を行使する。給油活動の継続はあたりまえだ、と。

  それに賛成する国民は麻生自民党に投票すれば言いだけの話だ。その数が多ければ日本はこれからも米国に従属して矛盾を抱えたまま国力を衰退させ、国民生活を疲弊させていくだけだ。

  小沢民主党は、それに対して明確な選択枝を示すべきなのだ。しかしそれが出来ていない。

  それどころか、10月2日の朝日新聞は、小沢代表の10月1日の代表質問を聞いて、米国を別格に位置づける自民党の日米同盟最優先政策と同じだと評価を下した。

  タイミングがいいのか悪いのかわからないが、同じく10月2日の読売新聞は前原民主党副代表のインタビュー記事を載せている。

  この前原という政治家は口を開けば安全保障政策のことしか話さない政治家だ。

  彼が暮らしや経済問題や官僚批判の事をいくら話しても心に響かない。場違いになる。

  その民主党前原が、「国連にすべてを委ねる安全保障は理想論で、現実に即した対応を考える必要がある」と、読売新聞を通じて国民に公言しているだ。

  小沢一郎の曖昧さに対する挑戦だ。日米軍事同盟最優先を明言せよと迫っているのだ。

  壮大な矛盾を抱えたまま小沢民主党は政権交代を狙う。

  それでも政権交代は必要だ。政権交代は不可避だ。

  少なくとも自公政権の継続では日本は救われない。

  政権交代で何かが変わる、その期待を抱かせる。

  小沢民主党に委ねてみよう。

  そして、格差問題の解決や官僚支配の打破や国民優先の政治を実現してもらおう。

  その後で何が残るか。

  国民を二分する大きな政治問題は何か。

  それが、日米軍事同盟問題だ。

  このまま米国の言いなりに日米安保体制を変化させ、強化していっていいのか、という大問題である。

  これこそが吉田茂、白州次郎が取り組み、敗れた問題である。

  63年たった今の日本の政治家、官僚、国民は、自主、自立、日本を思う心において、彼らの足元に及ばないほど後退している。

  

  

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2008年10月01日

真に必要な改革ー最高裁を頂点としたこの国の司法体制を国民の手に


  自衛隊のイラク派遣が違憲であると断じた4月17日の名古屋高裁判決は歴史的意味を持つ。

  それは、単なる違憲判決にとどまらない。

  時の政権が最重要視してきた対米追従政策を、正面から違憲であると断じたのである。

  この判決にとどまらず、最近の司法判断を眺めてみると政府、国家権力に不利になる判決が増えつつあるような気がする。

  今日の各紙は、高松高裁の判決を一斉に報じている。

  すなわち高松高裁は9月30日、愛媛県警の不正経理を内部告発した仙波敏郎巡査部長に対する報復人事を、松山地裁判決同様、「嫌がらせ、見せしめ」と認定して賠償支払いを命じた。

  その少し前の8月25日には、護衛艦「さわぎり」内で自殺した自衛官はいじめが原因であったとする訴訟に関し、福岡高裁は長崎地裁の一審判決を覆し、「上官の言動は違法であり、自殺と因果関係がある」と国の責任を認定した。

  他にも、国を相手取った訴訟について、棄却でなくて原告勝訴とする司法の判決が目につく。

  しかし、これによって世の中が変わりつつあると喜ぶのはまだ早い。

  まだまだまだ不十分だ。

  楽観はできない。

  いつ何時もとにもどって、国民に冷たい判決が再び常態となるかもしれない。

  なぜ司法はここまで国家権力に従順なのか。国民の基本的人権に背を向けるのか。

  その元凶が最高裁判所にあることを私は関係者の言葉から知った。

  すなわち下級裁判所はすべて最高裁の命令で動いている。

  裁判官の人事はすべて最高裁に掌握されている。

  裁判方針が命ぜられ、それに従わない裁判官の人事は、昇給から席次の順位まで最高裁判所に委ねられているという。

  最高裁の方針に逆らう裁判官は給与が増えず、席次まで降格させらfれるという。

  これでは、下級裁判官が正しい判断をしようとも、組織にとどまる限り国にさからう裁判などできるはずはない。

  その最高裁判所は司法官僚で動かされている。

  最高裁判事は国が任免する天下り判事がほとんどだ。

  天下り裁判官によって法廷が構成され、司法方針が決められ、裁判官の言動を縛る。

  かつて私はこのブログで、評論家の屋山太郎の産経新聞「正論」を引用し、社会保険庁長官として年金問題に責任のある厚生労働省OBの横尾和子氏が最高裁の裁判官にとどまっているのはおかしい。そんな最高裁が公正な「法の番人」になれるはずはない、と指摘した。

  この屋山氏の批判のためかどうか知らないが、それからまもなく横尾裁判官は任期を残して急に退任した。

  しかしその後任者として任命されたものもまた官僚OBであった。

  この国に必要な真の改革。その一つが、最高裁を頂点としたこの国の司法体制を国民の手に取り戻すことであることは間違いない。

  

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2008年09月30日

 なぜ公明党は早期解散・総選挙にここまでこだわるのか


  私が麻生太郎の右腕であれば、ためらいなく彼に助言するだろう。

  あなたが生き残れる唯一の方策は小泉純一郎と公明党の悪を切り捨てる事だ、と。

  それができてはじめて麻生の評価は高まるに違いない。国民的支持も高まるに違いない。

  小泉純一郎の悪についてはいまさらここで私が繰返すまでもない。

  日本を米国に売りわたし、国民生活をここまで困窮させたのは小泉対米従属政策である。

  おまけにあの引退劇が、次男に政治家業を引き継がせるための最善のタイミングを狙った私欲から来たものであったこともいまやばれてしまった。

  麻生政権にとって歓迎すべきものは何一つない。

  それにもかかわらず、メディアは小泉元首相の国民的人気をおそれて正面から批判できないでいる。

 「功罪なかば」、「光と影」などという曖昧な言葉で誤魔化している。何一つ日本の為によい事をしなかったにもかかわらず。

  そんな小泉元首相を全否定してこそ、自主、自立した麻生太郎である。


  麻生首相が解散・総選挙を急ぐ理由はどこにもない。

  たしかに、解散・総選挙を引き伸ばしたからといって有利になるとは限らない。

  11月4日の大統領選挙の後に総選挙を行なった場合、オバマ民主党が勝てばムード的に波及効果はあるであろう。

  しかし、いずれもそのことが解散・総選挙を急ぐ決定的理由にはならない。

  ましてや麻生首相は自分の力でもぎ取った首相の座である。それを活かしたい。民主党と国会の場で政策論争をしてみたい、小沢民主党代表と党首討論をして国民の前で雌雄を決したい、そう思っているに違いない。そしてそれは正しい態度である。

  それにもかかわらず11月2日の総選挙が既定路線のごとくメディアで流されている。

  なぜか。それは公明党が急いでいるからだ。これもメディアが報じているとおりだ。

  それでは、なぜ公明党は早期解散・総選挙にそれほどまでにこだわるのか。

  私が住んでいる栃木県の地方紙下野新聞の9月30日付にこういう見出しが躍っていた。

  解散へひた走る公明党。11・2へエンジン全開。矢野問題隠しに躍起。

   更に詳しく読んでみるとこうだ。

  ・・・公明党幹部の表情がいまひとつさえないのは、「矢野問題」が気がかりでならないためだ。
    「予算委入りすると統制が利かなくなる。その辺を配慮して欲しい」。29日午後の自民、公明両党の国対幹部会談で、公明党の風間参院国対委員長は重ねて自民党側に理解を求めた・・・野党側はかねて、矢野絢也元公明党委員長が創価学会を相手に損害賠償訴訟を起した一件を参院で取り上げると予告・・・これを回避するには予算委員会の前に解散するのが一番、というのが公明党執行部の判断だ・・・
    矢野氏が10月1日発売の月刊誌「諸君」の平沼赳夫元経済産業相との対談で「公明党と創価学会が政教一致なのか、など民主主義の根幹にかかわる問題は国会という公の場で、知りうる限りのことを証言しなければならない」、と参考人招致に前向きな考えを重ねて示していることも29日明らかになり、公明党幹部の懸念は一段と深まっている・・・
   太田昭宏代表は「予算委を開かせるな。矢野問題がクローズアップされる恐れがある」と北側一雄幹事長に指示。学会幹部の一人も「予算委は野党から攻撃されるだけ。開催しても得はない」と一歩も引かぬ構えを見せていた・・・

   この矢野問題については様々なメディアが書いてきた。それを私もこのブログで折に触れ述べてきた。

  しかしこの下野新聞の記事ほど明確に問題点を明らかにした記事ははじめてである。

  一体どういうことなのだろう。国会審議を避けてまで追及を逃れようとしている公明党・創価学会の抱える問題とは何か。

   公明党・創価学会に何のかかわりもない私と同様、多くの一般国民に対し、それを明らかにすることこそ国会の責任に違いない。


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2008年09月30日

麻生首相の所信表明演説は飛んで火に入る夏の虫だ


  29日に行なわれた麻生太郎首相の所信表明演説について、野党が一斉に批判している。

  確かにあの演説は異例だ。

  所信表明の場を借りて野党民主党を質問攻めにするなどということは、やはりおかしい。

  しかし民主党は、批判するばかりではいけない。

  あの麻生演説を逆手にとって、政権交代を国民に訴える絶好のチャンスであると心得るべきだ。

  あの演説に正面から答え、国民の支持を一気にもぎ取るべきである。

  これからの国会審議ではその事に全力を集中すべきである。

  麻生首相の所信表明演説もそうであるが、これまでの自民党による民主党攻撃の中心は、財源を示せ、といういうものであった。

 そしてメディアもその片棒を担ぐかのように、財源を示さずにいいことばかり言うのは無責任だと繰返していた。

 ふざけた話だ。

 財務官僚主導で作られてきたこの国の予算編成の実態を自民党は一度でも国民に説明したことがあったか。

 官僚と結託して税金をほしいままにしてきた自民党がよくもそのような事が言えたものだ。

 そんな事も気づかずに自民党の片棒を担ぐメディアは、よほどの不勉強か、自民党に加担した反国民的情報操作機関に成り下がっているか、どちらかである。

 30日の朝日新聞は一面トップで民主党のマニフェストを乗せていた。

 これは極めてタイムリーなスクープだ。

 そこにはっきり財源が明記されている。

 麻生首相はそれをよく読んでこれからの質問を行なうべきだ。

 麻生自民党はそれに対応する予算編成案を国民に示さなければならない。

 民主党のマニフェストにははっきりと書かれている。文字が読める国民であれば誰でもわかる。

 特別会計の積立金を6.5兆円活用すると。

 これはいわゆる埋蔵金のことだが、埋蔵金などという無責任な言葉遣いはやめるべきだ。

 その財源はれっきとした血税である。その血税を特別会計として一般会計から切り離し、国会審議を避けていた予算に過ぎない。官僚たちが食い物にしていた血税である。

 マニフェストは他にも財源を明記している。

 政府資産を売却して0.7兆円の財源をつくる。

 予算を厳格に査定し、税制を見直して4.8兆円の財源をつくりだす。

 独立行政法人、公益法人を抜本的に見直し、補助金を削減して4.3兆円を節約する。

 その他
  天下り全面禁止、談合廃止で1.8兆円
  国の直轄事業予算半減で1.3兆円
  国家公務員人件費総額の2割カットで1.1兆円
 
 財源を捻出する。

  どうだ。これ以上の明確な答えがあるというのか。

 増税をするしか能のない自公政権のマニフェストと民主党のマニフェストとどちらを選択するか。

 それを今度の選挙で国民に問いたい、と民主党は国民に訴えればいいだけの話だ。

 メディアは、その主張を、単純かつ中立的に、国民に報道すればいい。一切の解説は不要だ。

  繰返して書く。

 民主党は堂々と受けて立てばいい。

 麻生総理の所信表明演説批判を繰返す愚は避けよ。

 そのかわり政権をとれば、このマニフェストを実現する、増税で財源を作ろうとしている自公政権とどちらがいいか、その事を繰り返し、繰り返し、愚直なまでに国民に問いかければいい。

 民主党が政権をとれば約束は必ず実行すると公約すればいいのだ。

 やっと日本もここまできた。

 財務官僚に握られてきた国民の血税の使い道を、初めて国民が決めることになることだ。

 それが今度の選挙なのである。

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2008年09月29日

麻生批判をしたニューヨーク・タイムズ社説に噛みつく産経新聞の無理解

 
  9月29日の産経新聞コラム「産経抄」が米紙ニューヨーク・タイムズ紙に凄い剣幕で噛みついている。

  ニューヨーク・タイムズ紙が、国連総会で外交デビューを果たした麻生首相を「好戦的なナショナリスト」と決めつけて酷評したからである。

  しかもその怒りの理由がふるっている。

  国連演説の中で麻生首相は、「テロとの戦い」に参加すると宣言したではないか、「対米追従」と野党から批判されながらも、インド洋での補給活動を継続する決意を示したではないか、そんな同盟国の首相に向かって、「外交政策を近代化して隣国を対等に扱え」などと、ご高説をするとは何事か、というのだ。

 この考えほど、米国という国を理解していない考えはない。

 日米安保条約の成立過程を知らない考えはない。

 こんなことでは米国と対等に渡り合うことは出来ない。自主、自立外交はのぞめない。

 米国は、敗戦以降63年間、一貫して周到かつ現実主義的な考えに立って対日占領政策を続けてきた。それはあらゆる史実が証明している。

 外交辞令としての日本重視の言葉は、米国はいくらでも繰り返す。

 しかし本音のところでは日本を利用、搾取し、警戒し、そして人種差別的嫌悪感さえ抱いている。

 日本人のいないところでそれを公言したりする。

 こんな事は、すこしでも米国社会で生活したことのある者であれば知っている。

 ましてや米国人と利害対立の絡んだ交渉をした経験のある者であれば尚更だ。

 しかし、それをもって米国を批判するのはお門違いだ。

 どの国も自国の国益を優先する。そのための策をたくみに講じる。

 米国の対日外交は、利益にかなえば友好的となり、敵対したとたん攻撃的になるのが常だ。

 それを知った上で、米国との対等な友好関係を維持する努力をする。

 それ外交である。

 ましてや米国のメディアは日本のメディアとは異なる。

 政治的立場を鮮明にし、自らの大統領をも平気で批判し、政治生命を奪ったりする。

 歴代の米国大統領も、それを知った上でメディアとの間合いをとっていく。

 要するに真剣勝負をやっているのだ。

 翻って産経新聞の論調はどうか。

 この件に限らない。

 あの慰安婦非難決議の時もそうだった。

 核問題に関する北朝鮮との宥和政策への転換の時もそうだった。

 あたかも恋人に裏切られたかのような感覚で、「ここまで愛しているのに、ここまで貢いできたのに、どうして袖にするの。どうして他の人のところに行ってしまうの」と嘆き、悲しみ、そして怒って見たりする。気色悪いほど情緒的だ。

 こんな日本の恨み節など米国はまるで相手にしていない。

 産経新聞は、豊下楢彦著の「昭和天皇・マッカーサー会見」(岩波ゲンダイ文庫)を読んで、日米安保条約交渉史を学んだほうがいい。

 あの時吉田茂と外務官僚は、日米安保条約を従属的なものにしてはならないと、必死の外交努力を重ねた。

 さすがの米国側も、こんな従属的な関係は長くは続けられないだろう、反米感情が起きるだろうと、自覚していた。

 ところが、昭和天皇の一声で、沖縄が切り離され、米国の欲するまま、やりたい放題に、日本全土を米軍基地化する日米安保体制が出来上がってしまった。

 吉田の信頼を得て自主、自立外交を貫こうとした白州次郎は、昭和天皇から、「白州がすべてわるい」と一喝された。

 以来今日まで、吉田茂の期待に反して誰一人対米自立の外交を進める者は出現しなかった。

 それどころか、当時の外務官僚の息子たちは、「日米関係ほど重要なものはない」という根拠なき思い込みに自らを縛って、対米追従にのめりこんでいった。

 日本外交は、他のどの国の外交と同様、自国の国益、国民の安全と繁栄を目指す自主、自立外交に立ち戻らなくてはいけない。対米従属でいいはずはない。

  不平等、従属関係からは真の友好関係はうまれない。

  不平等、従属関係は人間の心を蝕んでいく。

 この事に異を唱える者はいないだろう。

 ましてや愛国、保守を標榜する産経新聞にとっては、むしろそれを率先して主張しなければならない。

  私もそれに異存はない。

  私と産経新聞の唯一の違いは、米国から自立した後に、自らの手でどうやって日本の安全保障を守るかということである。

 米国から押し付けられた憲法9条をかなぐり捨て、軍事力を強化して自主防衛に走る。

 米国から押し付けられた憲法9条を逆手にとって、それを世界に掲げて平和外交で世界の先頭に立つ。

 そのいずれが現実的な政策か。

 世界から好意を持って受け入れられる政策か。

 この議論こそ、私は産経新聞といくらでも戦わしたい。

 

 

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2008年09月28日

麻生総理大臣の集団的自衛権解釈改憲こそ大問題発言である

  解散・総選挙とそれに続く政権交代の有無に国民とメディアの関心が釘付けになっている時に、なぜ安全保障問題か、憲法9条の問題か、と、思われるかもしれない。

  しかし私の関心は、ここにきて急速に、選挙の帰趨よりも、その後の政局の争点が何処に向かうか、そのことに集中しつつある。

  あれほど民主党による政権交代を望んでいた私であったが、政権交代が視野に入ってきたとたん、そして小沢民主党の刺客劇を見て今度は小沢チルドレンが粗製乱造されるだけではないか、と思い始めたとたん、熱が冷めつつある自分に気づく。

  28日の日経新聞「風見鶏」に、編集委員 伊奈久喜の手による、政権交代か政策交代か、と題する評論があった。

  その中に次のようなくだりがある。

 ・・・政権交代のたびに全面的な政策交代ができるとは限らない・・・外交政策(は)安定と一貫性が重要とされる。だから1993年に誕生した非自民の細川連立政権も、外交政策は自民党政権のそれを基本的に継承した。
   日本にとって国際情勢の多くは、残念ながら所与の条件である。政権交代があっても日本政府が変えられる部分は限られていると(細川政権は)判断したのだろう。
   民主党政権が誕生した場合、小沢一郎(は)インド洋での給油を本当にやめるのか。やめられるのか・・・

 小沢民主党に対する真っ向からの挑戦である。

 政権についたとたん、無責任なことはできん、と言って、それまでの安保政策をかなぐり棄て日米安保条約を認めた村山社会党と、それを総括できないまま民主党と連立を組もうとしている現社民党への痛烈な皮肉でもある。

 麻生首相がニューヨークで集団的自衛権の容認発言を行った。

 歴代の内閣法制局が憲法解釈では無理だとしてきた事を、そして憲法遵守義務をもっとも尊重しなければならない総理にある者が、ここまで明確に違憲発言を行った例を不明にして私は知らない。

 これほどの問題発言はないと思うのだが、メディアも野党も取り上げない。

 日本の政治で最後に残る大きな政治テーマは日本の安全保障政策に違いない。

 ここまで国民の暮らしが苦しくなっている時だ。暮らしや格差問題を軽視する政党はもはやなくなる。

 経済政策、社会政策、地方対策、消費者政策など、どの政党のマニフェストも限りなく似たものになっていく。

 もし安全保障政策までもが同様に大差ないものになれば、それは日米軍事同盟の固定化、憲法9条の改憲ということだ。

 果たしてそうなっていくのだろうか。

 外交政策・安保政策は安定と一貫性が重要だから、あるいは国際情勢は与件だから、と言って、ふたたび安保政策を曖昧にされたままで、政界再編・政権交代が果てしなく繰り返されていくのか。

 私の関心はいまやそこにある。

 日本の将来はそこにかかっている。

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2008年09月27日

なぜ政府・外務省は伊藤和也さんを殺害した真犯人を突き止めようとしないのか


 イラクで二人の外交官が殺害された時もそうであったが、なぜ政府・外務省は犯人を突き止めようとしないのか。

 わからないとしても、少なくとも調べる努力をし、政府・外務省としての公式見解を発表するのが当然の責務である。犠牲者への最善の弔いである。

 とくに今度のNGO職員の殺害は、明確な殺意をもって殺害されたという多くの情報がすでに飛び交っていた。

 アフガン人民の為に無私の貢献をしてきた日本のボランテアを、明確な目的を持って殺害する、その犯人と殺害の意図を明らかにすることは、今後の日本外交の方針をも左右する重要な作業である。

 それを敢て行なわないのはなぜか。

 政府・外務省はこのままうやむやに終わらせるつもりなのか。

 それは単なる怠慢・無能のなせるわざか、それとも真実を知りたくない理由があるのか。

  27日の産経新聞に重大な記事が載っていた。

 26日に都内で開かれた笹川平和財団主催の講演会で、アフガニスタンのアミン駐日大使が、逮捕された容疑者と逃亡中の3人はいずれもパキスタンのイスラム教学校(マサドラ)の卒業生で、パキスタンの3軍統合情報部から日本人を殺害するよう命令を受けて犯行に及んだ、と述べたという。

 この情報はすでに報道されていたものだが、駐日大使の口から述べられたことは重大な意味がある。

 その産経新聞の記事では、このアミン大使の発言に対し、在日パキスタン大使館のワヒド報道官が、事実無根だ、と、すかざず否定している。

 もはや外交問題にまで発展している。

 いまパキスタンとアフガンの国境では、「テロ」を掃討するため米軍が越境してパキスタンまで侵入し武力行使をしている。

 これに対しパキスタン軍が米軍に発砲する事態にまで及んでいる。パキスタンにおける反米感情が高まっている。

 「テロ」との戦いで米軍と協力してきた親米国家パキスタンが、さすがに主権を侵害してまで行なう一方的名軍事行動に反発するようになったのだ。

 アフガンとパキスタンの反米勢力が結束しつつ。

 米国の「テロとの戦い」が、ブッシュ政権の末期に、最悪の局面を迎えつつあるのだ。

 今度の伊藤和也氏の犠牲が、そのような米国の「テロとの戦い」の破綻の過程で起きたとすれば、反米武装抵抗勢力の明確な意思表示、つまり米国に協力する外国人はすべて敵とみなす、という意思表示として行なわれたのであれば、伊藤氏は日本の対米従属政策の犠牲者であった、ということになる。

  米国の「テロとの戦い」に協力してきた日本の政策の負の側面が浮き彫りにされたことになる。

  マイナス面(日本の犠牲者)があってもプラス面(対米従属)の方が大きいと判断して、これからも米国に協力し続ける、と政府・外務省が判断するのなら、それも一つの考えだ。

  しかし、そのためには国民にそれをはっきり提示して理解を求めなくてはならない。

  「テロとの戦い」に協力するのは国際貢献である、という嘘を言って誤魔化すことは卑怯だ。

  政府・外務省にこれ以上嘘を繰返させないためにも、伊藤和也氏殺害の真犯人とその意図については明らかにされねばならない。

  パキスタン、アフガンの両政府がここまで公表しているのだ。ここまで意見が食い違っているのだ。

  少なくとも政府・外務省はパキスタン、アフガン両政府と外交協議を行い、公式見解を発表する努力をするべきだ。

  野党、メディアは追及しなければ、再び犠牲者がでる。

  
 

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2008年09月26日

 これからの日本政治の本当の課題ー政治における平和勢力の衰退


  どうやら、総選挙がいつ行なわれようとも、麻生自民党は負けるようだ。

  私がそう思ったのは、昨日近所の集まりで皆が口々に話していたのを聞いたからだ。

  自民党に投票して来た人たちが、今度は自民党に入れない、自民党ではもうだめだ、と口々に言っていた。

  おそらく全国的に自民党から民主党へのシフトが起きているのだろう。

  そうだとすれば自民党は負ける。民主党への政権交代は起こる。

  民主党単独政権であっても、野党連合政権であっても、あるいは政界再編によるあらたな組みあわせが起きても、少なくとも今よりは少しは国民に目が向けられた政治がはじまるだろう。

  それが、選挙による政権交代がもたらすメリットである。

  しかし、そのような政治状況になっても変わりそうもない事がある。

  それは日米軍事同盟に縛られたままの不自由な日本の現状である。

  小泉元首相の引退のニュースが駆け巡った25日、米原子力空母ジョージ・ワシントンが横須賀の米海軍基地に入港した。

  原子力事故や汚染だけが問題ではない。世界を攻撃する血塗られた米国の巨大な戦力の日本常駐が平然と始まったということである。

  明らかな憲法9条違反であるにもかかわらず、そしてそれに反対する市民の声があがっているのに、その先頭に立つ政治勢力がなくなってしまった。

  9月25日の東京新聞は、日米両政府が2006年に合意した在沖縄米海兵隊のグアム移転経費が、米政府監査院(GAO)の試算によれば、われわれが聞かされてきた当初見積もり約103億ドルを大幅に上回る150億ドル以上となっている、とスクープしていた。

  大スクープであるにもかかわらず、メディアはまったく取り上げない。それを追及すべき護憲勢力は選挙に忙殺されている。

  この150億ドルの経費のうち、日本政府がいくら負担するか、我々は一切政府から説明を受けていない。

  これだけ財政赤字が膨らみ、その解消の為に国民に生活苦を強いてきた日本政府は、米国への軍事負担についてはあたかも貢ぎ予算のごとく言いなりである。

  政権交代ばかりが喧伝され、この国の政治が限りなく二大政党になりつつある。

  その後にくるものは、日米軍事同盟に反対しない大連立政権となるに違いない。

  政治における平和勢力の衰退、これこそが政権交代後の日本の政治の大きな問題である。

  

  

  

  

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