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2008年10月29日

 老後資金を株に投資する是非についてインタビューを受ける


 私は10月23日のブログで自らの株式投資との係わりあいを書いた。

 もっとはっきり言えば、欲に目がくらんでなけなしの退職金を株ですってしまった恥を告白した。

 別に私が自虐的だからではない。

 株の事について論評をする以上は自分と株のかかわりあいを明らかにして論評しなければ卑怯だと思ったまでだ。

 そのブログに対して思わぬ反応が読者から寄せられた。

 そのうち特に二つの反応について、このブログで読者にお知らせしたい。

 そのひとつは権力の中枢にいた官僚が株で損をするなどということは考えられない。嘘を言っているか、よほどのまぬけか、どちらかに違いない、というものである。

 これには笑ってしまった。

 するどい指摘である。そして私は嘘をついていない。つまり彼に言わせれば私は間抜けだという事だ。

 株で確実に儲ける唯一の方法は、違法でないギリギリのところでインサイダー取引ができる場合である。

 そしてそんな恵まれた事のできる連中が株取引の世界には間違いなく存在する。

 その連中の一部が、国家権力を利用できる政治家や官僚たちである。

 私が株で儲けられなかった理由は、中枢官僚ではなかったからだ。はぐれ官僚であったからだ。

 そして官僚を辞めてからは、およそ国家権力から無縁の生活をしているからである。

 貴重な情報はまったく入って来ないという事である。

 そんな事は、まあ笑い話のような事であるから、ここで止めておくが、もうひとつの反応についてこのブログで紹介したい。

 私は今日(29日)、東京新聞からインタビューの要請を受けた。

 株で損をしたという話をブログで知った東京新聞「こちら特報部」のデスクから、「老後の為に退職金を株に投資することの是非について特集記事を組みたい、その記事の参考に自らの体験を述べてくれないか」、という依頼を受けた。

 肩書きのない私が肩書きを問われた時、私は無理をして自らを外交評論家などと呼称したりする。

 その外交評論家が、まさか株についてインタビューを受けるとは夢にも思わなかった。

 それに、さすがの私も、自らの株の体験、それも失敗の体験を、メディアに話す気にはなれない。

 本来であれば丁重に断る話である。

 ところが、私が愛読している東京新聞の「こちら特報部」のデスクからの依頼である。

 断りきれずに、条件付で応じる羽目になった。

 その条件とは、株は壮大な権力者のインサイダーゲームの世界である。証券会社が儲け、それを指導、監督する国家権力がその上前の一部をピンはねし、そして日本の国家権力の上に米国の金融資本が君臨し、そのまた上前をはねる、この不正義について、この権力犯罪まがいの構造について、何らかの形で言及して欲しい、という注文である。

 その注文が守られるかどうかはわからない。

 それに、私が述べた事がそのまま正確に新聞記事になるかどうかの保証はもちろんない。

 私が評価し、信頼する東京新聞の「こちら特報部」であっても、私が話した内容の一部を、編集方針の都合で利用する事があっても私は驚かない。腹も立てない。

 これまでに応じてきた数多くのメディアへのインタビューを通じて、私はその事を嫌というほど知った。

 メディアへのインタビューに応じるということは、そのようなリスクを知った上で覚悟して応じるということである。

 リスクを承知の上で、こちらもメディアを利用して自分の主張を世に広める、という、ギブアンドテイクの取引なのである。

 果たして「こちら特報部」の記事はどこまで納得行くものとなって一般読者の目に触れるものとなるのであろうか。

 うかつにも私は何日付けの東京新聞の「こちら特報部」に、その記事が掲載されるか聞き漏らした。

 ひょっとしたら明日30日の記事になるかもしれない。

 興味ある読者は注目していただきたい。

 私が強調した事は次の事だ。

 果たしてそれらのいくつかが記事になることであろう。

 「金利ゼロという犯罪まがいの政府の暴政の下で、せめて退職金を堅実な株式投資で運用しようと考える事は、決して責められる事ではない。

  しかし、株式投資にはくれぐれも慎重でなければならない。

  なぜならば、株式投資の現実の世界においては、一般投資家と株式取引の関係者との間で、絶対的な不平等があるからだ。

 ありていに言えば、賭博の世界では胴元が必ず儲ける仕組みになっている、ということである。

 そのハンディと馬鹿らしさを覚悟の上で、株式投資をしなければならない。

 それに今回の金融バブルの崩壊は、株式投資の危険性をまざまざと教えてくれた。

 株式投資はやはりリスクの伴うギャンブルと割り切らなければならない。

 しかし現下の金融危機は、そのような賭博相場の成れの果てでは決してない。

 現下の金融危機の原因は、権力者が詐欺をしていた結果もたらされた異常なものである。

 健全な株式取引を実現するために不正を監視する立場にある国家権力が、不正を黙認していたのだ。

 その結果通常の株式取引のリスク以上の巨額な金融危機が招来される事になったのだ。

 責められるべきは金融資本主義ではない。

 金融資本主義を歪めてしまった権力者の犯罪にある。

 やがて健全な株取引が復活するであろう・・・」

 
  今発売中の週刊朝日は「株暴落をチャンスにかえる!」という特集記事を組んで株購入を勧めている。

  そのせいでもあるまいが、今日29日の株価は大幅に値上がりしている。

  さしたる理由も無いのにである。

  株取引は根拠のないマネーゲームである。

  その原動力は金銭欲だけである。

  株乱高下の理由は、後からトラック一杯分もついて来る。

  そのようなマネーゲームを不道徳といって排斥するのも、自己責任で参加したいと考えるのも、個人の自由であるに違いない。

 そのようなマネーゲームで最低限守られなければならないことは、ルールを逸脱して一部の者が利益を手にするという不公平さを排除するという事である。

 それが守られないところに今日の最大の問題がある。

 欲と道連れの株取引はなくなる事はない。

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2008年10月29日

 これが国会質問の現実である


 28日の参院外交防衛委員会で行なわれた二つの質問に焦点をあわせ、国会質問のあり方、国会議員の役割について考えて見たい。

 ひとつはカップめんの値段を聞かれて麻生大臣が400円ぐらいではないか、と応えた質疑応答である。

 私はこの質疑を実際に聞いていたわけではないが、今日29日の新聞で一斉に報じられて知った。

 メディアの論調は一様に麻生首相批判のそれであった。

 すなわちホテルの高級バーに連日通うような大金持ち麻生首相が、秋葉原で街頭演説したり、スーパーを訪れタクシー運転手に景気はどうかとたずねてみても、カップヌードルの値段ひとつ知らないではないか、何が国民目線だ、という論調である。

 しかし、私はこのようなメディアの論調よりも、29日のテレビ朝日「やじうまプラス」でコメンテーターのやくみつるや大谷昭宏が言っていたほうに、より共鳴を覚える。

 それは、いやしくもテロ給油法の是非を審議する外交防衛委員会である。カップヌードルの値段を総理に聞くような質問を国会議員がしている場合か、という意見である。

 テロ給油法延長の適否については、アフガン情勢の現実を質すことからはじまって、給油の流用疑惑(この問題はいつまでたっても解明されないままである。28日の朝日新聞では、ソマリア近海で海賊対策をしている米海軍に給油していることまで明らかになっている)、米国のテロとの戦いに協力することの憲法違反性など、聞くべき事はやまほどあるはずだ。

 質問者である民主党の牧山弘恵という一年生議員の事を私は知らない。あるいは彼女は他にもっと重要な質問をしていたのかもしらない。しかしカップヌードル質問で麻生首相の庶民性の嘘をあばいてみせたといって点数を上げたと評価されてはたまったものではない。

 もうひとつの質問はひげの隊長こと元陸上自衛隊一佐の佐藤正久議員の質問である。

 彼の質問は、外交官の殉職と自衛隊の殉職の場合に補償額に差があるのはおかしいではないかというものであった。

 自衛隊とその家族百万人の代表として自民党全国比例区から立候補した時点で彼の当選は約束されていた。

 そして当選した暁には、およそ国民の利益などには目もくれず、もっぱら自衛隊の利害を一手に引き受けて国会質問を繰返す。これでも国会質問であり、彼もまたれっきとした国会議員なのだ。

 国会質問を聞いていてつくづく思うことがある。

 何のための質問か。誰のための質問かと。

 ごく一握りの政治家を除いて、ほとんどの政治家はその役割が限定されているのだ。

 選挙で当選した時点でその役割のほとんどを終えている数合わせの政治家、

 特定の利益集団の支持を得て国会議員になり、その利益集団のことばかりに奔走する政治家、

 そんな政治家がなんと多い事か。

 そんな政治家でも国会質問が許される。

 そんな議員の質問に国会審議が消費される。

 ただでさえ質問時間が限られている共産党、社民党の議員に少しぐらい時間を分けてやってはどうか。

 そうすれば国会審議は少しは活発化する。少しは意味のあるものになる。
 

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