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2008年10月15日

バイデン副大統領候補の言葉


  どうでもいいことなのだけれど、私はこういう文章に出くわすと嬉しくなる。

  ニューズウィーク日本語版の10月15日号によれば、バイデン民主党副大統領候補は、ペイリン民主党副大統領候補とのTV討論の翌日に、ニューズウィーク誌のインタビューに応じて、TVで話さなかった本音を述べたという。

 それをニューズウィーク誌のコラムニストであるジョナサン・オールター氏が書いていた。

 バイデンは、ペイリンとの討論会の結果には満足しているといい、ペイリン副大統領候補にも、「よい印象をもった。家族同士が対面した時も和やかなムードだった」と、相手に敬意を持っている事を印象づけようとしたという。

 もっとも、副大統領候補のテレビ討論は大統領選の行方に決定的な影響を及ぼすものではなく、「本当に重要なのは、ジョンとバラク」だ。副大統領候補は、「セミ」のようなもの。地上に姿を現すのは、ごく短期間。指名されたときと、テレビ討論のとき、そして選挙に勝てば当選したとき、それだけだ、バイデンは語った。

 民主党政権の歴史を振り返るとケネディとジョンソン、クリントンとゴアのように関係が微妙だが、果たしてオバマとうまくやれるか、との質問に対しても、「まったく不安はない」と言い切ったという。

 しかし、私が「嬉しくなった」、と言ったのは、このようなバイデンの言葉ではない。

 バイデンは頭に血が上って困った立場に追い込まれたことがよくあったらしい。それがネガティブキャンペーンの標的にされたりする。

 その事についてジョナサン・オールター氏は次のように書いている。

 ・・・(そのことは)本人も認めている。少年時代に姉妹を突き飛ばした近所の子供を殴ったときも、議会公聴会の最中に爆発したときも、自分が腹を立てる原因は、公民権運動や女性の人権保護、ボスニアの「民族浄化」への反対などの問題で、政治家としての情熱を駆り立ててきた要因と同じだという。
  バイデン自身によれば、この点こそ、ジョー・バイデンという政治家の言動を理解する為の基本原理ということらしい。
   「私が一線を越えてしまうのは、弱い者いじめを目の当たりにしたときだ」

  バイデンはそう言って悪びれるところがない。

   弱い者いじめだけは見過ごす事が出来ない。

  この言葉だけで私はバイデンを信用する。

  

  

  
 

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