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2008年09月17日

リーマン・ブラザーズの破綻が宣告したブッシュ・小泉同盟の敗北

世の中そう捨てたものではない。

 悪事が必ず罰せられるとは限らないのが世の常であるが、それでも時として、お天道様は見逃さなかった、と思うときはある。 

 まさかの、リーマン・ブラザーズの破綻を見てそう思う。

 軍事力にまかせた「テロとの戦い」が一方の車輪であるとすれば、サブプライムローンに象徴される詐欺まがいの金融資本がもう一つの車輪であった。

 その上に乗ってブッシュの米国が急速に進めてきたのが新自由主義、グローバリズムという名の、強者による弱者支配であった。

 イラク、アフガンで行き詰ったブッシュは、ついに米国経済の破綻を現実のものとして8年間の任期を終えようとしている。

 慌てるな、危機を波及させない、と呼びかけるしかなすすべもない哀れなブッシュ大統領を見ても、怒りを覚えこそすれ、同情する者は誰もいないであろう。

 そのブッシュ大統領に、日本の富と安全を売り渡したのが小泉元首相であった。小泉構造化改革という名の詐術であった。

 その結果、日本に何が起こったか。

 国民経済の疲弊と格差社会は、人々の心から余裕と優しさを奪いさり、勝ち抜くため、生き残るために、指導者から一般国民まで、偽装だらけ、詐欺だらけの社会をつくってしまった。

 リーマン・ブラザーズの破綻は、天がわれわれに与えた最後の警告に違いない。

 国が滅ぶ最後のところで目を醒ませと。今ならまだ間に合う、力をあわせて正しい日本をとりもどせ、と。ただし、これが最後のチャンスだ、と。

 リーマン・ブラザーズの破綻によって、自公政権は終わった。

 総裁選が吹っ飛び、その後の総選挙も結論は出た。

 政権交代が宣告された。

 そして、なによりも、小泉元首相と「小泉改革の継承」を唱え続ける小泉チルドレンの命運は、リーマン・ブラザーズの破綻というダモクレスの剣によってとどめを刺されたのだ。

 無駄な時間とエネルギーを費やしている時ではない。誰が政権をとっても、問題の解決は容易ではない。

 新しい政権は国民の総力を結集させてこの難局を乗り切る事を今から考えなくてはならない。

 キーワードは平和と人権である。

 

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2008年09月17日

リーマン・ブラザーズの破綻が宣告したブッシュ・小泉同盟の失政

世の中そう捨てたものではない。

 悪事が必ず罰せられるとは限らないのが世の常であるが、それでも時として、お天道様は見逃さなかった、と思うときはある。 

 まさかの、リーマン・ブラザーズの破綻を見てそう思う。

 軍事力にまかせた「テロとの戦い」が一方の車輪であるとすれば、サブプライムローンに象徴される詐欺まがいの金融資本がもう一つの車輪であった。

 その上に乗ってブッシュの米国が急速に進めてきたのが新自由主義、グローバリズムという名の、強者による弱者支配であった。

 イラク、アフガンで行き詰ったブッシュは、ついに米国経済の破綻を現実のものとして8年間の任期を終えようとしている。

 慌てるな、危機を波及させない、と呼びかけるしかなすすべもない哀れなブッシュ大統領を見ても、怒りを覚えこそすれ、同情する者は誰もいないであろう。

 そのブッシュ大統領に、日本の富と安全を売り渡したのが小泉元首相であった。小泉構造化改革という名の詐術であった。

 その結果、日本に何が起こったか。

 国民経済の疲弊と格差社会は、人々の心から余裕と優しさを奪いさり、勝ち抜くため、生き残るために、指導者から一般国民まで、偽装だらけ、詐欺だらけの社会をつくってしまった。

 リーマン・ブラザーズの破綻は、天がわれわれに与えた最後の警告に違いない。

 国が滅ぶ最後のところで目を醒ませと。今ならまだ間に合う、力をあわせて正しい日本をとりもどせ、と。ただし、これが最後のチャンスだ、と。

 リーマン・ブラザーズの破綻によって、自公政権は終わった。

 総裁選が吹っ飛び、その後の総選挙も結論は出た。

 政権交代が宣告された。

 そして、なによりも、小泉元首相と「小泉改革の継承」を唱え続ける小泉チルドレンの命運は、リーマン・ブラザーズの破綻というダモクレスの剣によってとどめを刺されたのだ。

 無駄な時間とエネルギーを費やしている時ではない。誰が政権をとっても、問題の解決は容易ではない。

 新しい政権は国民の総力を結集させてこの難局を乗り切る事を今から考えなくてはならない。

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2008年09月17日

リーマン・ブラザーズの破綻が宣告したブッシュ・小泉同盟の失政

世の中そう捨てたものではない。

 悪事が必ず罰せられるとは限らないのが世の常であるが、それでも時として、お天道様は見逃さなかった、と思うときはある。 

 まさかの、リーマン・ブラザーズの破綻を見てそう思う。

 軍事力にまかせた「テロとの戦い」が一方の車輪であるとすれば、サブプライムローンに象徴される詐欺まがいの金融資本がもう一つの車輪であった。

 その上に乗ってブッシュの米国が急速に進めてきたのが新自由主義、グローバリズムという名の、強者による弱者支配であった。

 イラク、アフガンで行き詰ったブッシュは、ついに米国経済の破綻を現実のものとして8年間の任期を終えようとしている。

 慌てるな、危機を波及させない、と呼びかけるしかなすすべもない哀れなブッシュ大統領を見ても、怒りを覚えこそすれ、同情する者は誰もいないであろう。

 そのブッシュ大統領に、日本の富と安全を売り渡したのが小泉元首相であった。小泉構造化改革という名の詐術であった。

 その結果、日本に何が起こったか。

 国民経済の疲弊と格差社会は、人々の心から余裕と優しさを奪いさり、勝ち抜くため、生き残るために、指導者から一般国民まで、偽装だらけ、詐欺だらけの社会をつくってしまった。

 リーマン・ブラザーズの破綻は、天がわれわれに与えた最後の警告に違いない。

 国が滅ぶ最後のところで目を醒ませと。今ならまだ間に合う、力をあわせて正しい日本をとりもどせ、と。ただし、これが最後のチャンスだ、と。

 リーマン・ブラザーズの破綻によって、自公政権は終わった。

 総裁選が吹っ飛び、その後の総選挙も結論は出た。

 政権交代が宣告された。

 そして、なによりも、小泉元首相と「小泉改革の継承」を唱え続ける小泉チルドレンの命運は、リーマン・ブラザーズの破綻というダモクレスの剣によってとどめを刺されたのだ。

 無駄な時間とエネルギーを費やしている時ではない。誰が政権をとっても、問題の解決は容易ではない。

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リーマン・ブラザーズの破綻が宣告したブッシュ・小泉同盟の失政

世の中そう捨てたものではない。

 悪事が必ず罰せられるとは限らないのが世の常であるが、それでも時として、お天道様は見逃さなかった、と思うときはある。 

 まさかの、リーマン・ブラザーズの破綻を見てそう思う。

 軍事力にまかせた「テロとの戦い」が一方の車輪であるとすれば、サブプライムローンに象徴される詐欺まがいの金融資本がもう一つの車輪であった。

 その上に乗ってブッシュの米国が急速に進めてきたのが新自由主義、グローバリズムという名の、強者による弱者支配であった。

 イラク、アフガンで行き詰ったブッシュは、ついに米国経済の破綻を現実のものとして8年間の任期を終えようとしている。

 慌てるな、危機を波及させない、と呼びかけるしかなすすべもない哀れなブッシュ大統領を見ても、怒りを覚えこそすれ、同情する者は誰もいないであろう。

 そのブッシュ大統領に、日本の富と安全を売り渡したのが小泉元首相であった。小泉構造化改革という名の詐術であった。

 その結果、日本に何が起こったか。

 国民経済の疲弊と格差社会は、人々の心から余裕と優しさを奪いさり、勝ち抜くため、生き残るために、指導者から一般国民まで、偽装だらけ、詐欺だらけの社会をつくってしまった。

 リーマン・ブラザーズの破綻は、天がわれわれに与えた最後の警告に違いない。

 国が滅ぶ最後のところで目を醒ませと。今ならまだ間に合う、力をあわせて正しい日本をとりもどせ、と。ただし、これが最後のチャンスだ、と。

 リーマン・ブラザーズの破綻によって、自公政権は終わった。

 総裁選が吹っ飛び、その後の総選挙も結論は出た。

 政権交代が宣告された。

 そして、なによりも、小泉元首相と「小泉改革の継承」を唱え続ける小泉チルドレンの命運は、リーマン・ブラザーズの破綻というダモクレスの剣によってとどめを刺されたのだ。

 無駄な時間とエネルギーを費やしている時ではない。誰が政権をとっても、問題の解決は容易ではない。

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2008年09月16日

新銀行東京を許すわけにはいかない


 こういう記事を読むと怒りを通り越して悲しくなる。

 今発売中の週刊現代9月27日号に、内部告発者をいじめた上、守秘義務違反で訴えたという新銀行東京の卑劣さを書いた記事を見つけた。

 週刊現代の阿部崇記者の手になる憤怒の記事である。

 東京都が1000億円の資本金を投じて作られた新銀行東京が、その資金の大半をわずか3年で食いつぶした上、400億円の追加出資を石原慎太郎都知事が求めたのはついこの間だった。

 その新銀行東京が、都議や知事側近による口利き融資を頻繁に行なっていた実態を実名で告発した元新銀行東京の行員がいた事を、私はうかつにも知らなかった。

 横山剛元行員(39歳)であるという。

 週刊現代の記事は、その告発した元銀行員を、新銀行の幹部・同僚がよってたかっていじめ、退職に追い込んだ上、追い討ちをかけるように守秘義務違反で訴えた事を教えてくれた。

 阿部記者は次のように訴える

 ・・・訴訟の狙いは、ずばり、横山氏の口封じだろう。自殺に追い込まないまでも、氏を萎縮させ、メディアへの露出を控えさせようとする卑劣な策略が透けて見える・・・巨額の税金からなる資本金をあっという間に食い潰した経営責任をとった人間は一人もいない。また、石原都知事が「経営悪化は旧経営陣の責任」として、「法的措置も検討する」と繰返しているものの、都や新銀行に具体的な動きはいまだない。
   彼らがしたのは、公益のために真実を明かした元行員を訴え、情報漏えいの禁止と(1320万円という法外な)損害賠償を求めることだけだ・・・まかり間違えば(横山氏の自殺という)最悪の事態を引き起こしかねない行為といえる・・・

 なんという卑劣な事が、石原東京都知事の下で行なわれていることだろう。

 許せない。

 心あるジャーナリストは、この問題を世間に知らしめなければならない。

 大手新聞はこの問題を一大社会問題として報じるべきだ。

 週刊誌記者だけにまかせて口をぬぐっているようではジャーナリズム魂が泣く。

 

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2008年09月16日

自民党総裁選から見えてきた自公政権の断末魔 その③


 平和に背いた創価学会・公明党の罪と罰

  自民党総裁選は、今や完全に、来るべき天下分け目の総選挙の前哨戦となった。

  小沢民主党代表が東京12区から出馬し、公明党の太田代表と闘うという話が突如浮上した。

  これからも、日替わりメニューのように毎日サプライズが続出するであろう。

  総選挙に走り出した流れはもうとまらない。自民党総裁候補の演説など誰も聞きはしない。

  私は9月2日のブログで、福田首相を追い詰めたのは米国と創価学会・公明党だと書いた。

  米国はともかくとして、創価学会・公明党が福田首相を切り捨てた事は、もはやあらゆるメディアが報ずるところとなった。

   なぜ創価学会・公明党は福田を切り捨てたか。

   勿論それは、このままでは総選挙で自公は勝てない、という危機意識である。

   麻生でも勝てる保証はない。しかし福田では100%勝てないのだ。

   その事を示すデータが、今日(9月16日)発売の写真週刊誌フラッシュ(光文社)でスクープされていた。
  「公明・学会票が弾き出した300選挙区当落予測」と題するその記事によれば、自公あわせて195議席(自民164公明31)に対して野党(含無所属)285(うち民主255)という数字となっている。

  自公連立を組んだこの10年ほどの間に、創価学会・公明党は権力のうまみを存分に味わった。

  しかしそのことは、同時にまた、権力を手放す事の怖さを知った、ということでもある。

  なぜ創価学会・公明党はそれほど権力を手放す事を恐れるのか。

  それは国会という場で創価学会・公明党の虚実を暴かれることへの恐れである。

  言論弾圧、人権侵害を理由に矢野元公明党委員長が創価学会を訴えた。

  その矢野元委員長を国会に招致するかどうかが政局の一つの目玉となっている。

  しかし問題はそれにとどまらない。

  憲法違反の疑いがある政教一致の問題、

  宗教法人が無税である事をいいことに蓄積した膨大な資産問題、

  さらには朝木明代東村山市議自殺疑惑などに見られる、創価学会・公明党の検察・司法介入問題など、

  創価学会・公明党に絡んで指摘されてきた問題は多い。

  それらが、これまで国会で取り上げられなかったのは、政権を握っていたからである。

  私はそのようないわゆる公明党問題について、このブログで書くつもりはない。

  すでに多くの人たちが書きつくし、論じつくしているからだ。

  しかし私がどうしてもここで書かなければならないのは、平和に背いた創価学会・公明党の罪と罰についてである。

  9月14日の読売新聞「混迷政局インタビュー」で浜四津敏子公明党代表代行が答えていた。

  その中にこういうくだりがあることを私は見落とさなかった。

  新テロ対策特別措置法改正案の衆院での再可決をどう考えるか、と問われた時の答えである。

 ・・・給油活動の必要性は認めているし、期限を延長する事は必要だ。ただ、今の政治情勢を考えると、あまり無理をしないほうがいい・・・

  正体見たりである。国会会期を短縮する事を主張したのは新テロ特措法延長に反対だからではなかった。国会の実質審議をなくし、矢野喚問をさせないということだったのだ。

  創価学会・公明党は小泉政権のブッシュ追従政策を容認してテロとの戦いに賛成した。あきらかな対米戦争協力である給油活動についても容認している。

  再可決の強硬は国民の反発を買うから止めろと、あくまでも選挙対策として反対しているに過ぎないのだ。

  日米軍事同盟は国益だ、と公言している自民党が米国に従属し、米国の戦争に協力させられるのは仕方がない。

  しかし平和を唱え、平和政党を掲げる創価学会・公明党がブッシュの戦争に加担する偽善を、私は許すわけにはいかない。

  平和はすべてに優先される人類共通の普遍的、絶対的価値だ。

  その平和に背き、平和をもてあそぶ罪は限りなく深い。

  創価学会・公明党は今まさにその自らの誤りに、罰せられようとしていると私は思っている。 

  

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2008年09月15日

自民党総裁選から見えてきた自公政権の断末魔 その②


小泉元首相の危険な賭け

  政治家に近いある人から、まったく偶然に、最近私はこういう話を直接に聞いた。

  「小泉元首相にあなたの事を言ってみたら、『俺の前でそいつの名前を口にするな』と怒られたよ」と。

  一人のおちこぼれ官僚を、そこまで意識する小泉元首相のことである。このブログで繰返す小泉批判も、間違いなくその耳に届いてるに違いない。

  もちろん私はそれを承知で書いている。

  私は9月8日のブログで、小泉新党はあるか、と自問自答した。

  また9月10日のブログでは、自民党総裁選の唯一の見せ場は、小泉元首相が小池百合子候補を応援して麻生候補との代理戦争をする事だとけしかけた。

  案の定小泉元首相は動き出した。

  しかし私の思い描いていた方向とは異なる展開になりそうだ。

  一言で言えば、小泉元首相の目論みは外れたということだ。

  「5人はいずれも小泉内閣の閣僚だった。だから誰を支持するかは今は言えねえ」などと受けを狙って登場した小泉元首相であったが、総裁選への影響は殆どないと受け止められている。

  総裁選は自民党議員と自民党員の間だけの選挙である。小池百合子は自民党の中では人望はない。小泉チルドレンの多くは生き残りのために様々な派閥に属してしまって、小泉元首相について動く議員はおちこぼれの30名程度だといわれている。

  これでは、いくら小泉元首相が「俺は小池百合子に一票を入れる」と言ったところで勝ち目はない。

  それに最近の小泉元首相を見ていると老醜を感じさせる。

  いつも酒を飲んだ後のような腫れた顔してでてくる。一段と長くなったライオンヘヤーさえも不潔に映る。

  所詮は権力を握っていての小泉だったのだ。

  権力を手放したとたん、ただの無教養な老政治家に成り下がってしまったのだ。

  小泉ブームは起こりえない。

  小泉元首相は、どこまで自分を客観的に見つめているのだろうか。

  もし彼が冷静であれば、もはや小池百合子を総裁候補におして麻生候補との代理戦争を行なう愚を犯さないだろう。

  はやばやと戦略を変えて、小池百合子に、麻生選挙管理総裁の応援団に徹しろ、と命じているのかもしれない。

 なぜなら、総裁選に勝利することが確実な麻生と、それでも戦うという事は、それは自民党を割る事であるからだ。そして総選挙前にそれを行なうという事は自殺行為に等しい。

 もし彼が冷静なら自重する。彼の本当の敵である小沢民主党との、政権を賭けた総選挙に専念したほうが賢明だと判断するに違いない。

 問題は総選挙後である。

 自民党が負ければ勿論のこと、自民党が勝っても、総選挙後は中川秀直、小池百合子、武部勤らを率いて新党を作る可能性がある。その新党がキャスティングボートを握る数を持てば十分存在感を保てる。それぐらいの数の議員を引き連れる事はできる。

 小泉元首相がそう考えても不思議ではない。

 小泉元首相は、すでに自民党を見限っている。自民党に自分の居場所がないことを知っている。

 総選挙に勝っても負けても、自民党を離れるつもりなのだ。

 しかし、それは危険な賭けでもある。

 絶頂を極めた政治家人生の晩節を汚す事になるおそれがある。

 本来ならば、福田を引き連れて政界を引退すべきなのである。

 それが出来ないところが小泉元首相の限界である。

 小泉さん、やめとけよ。時代は確実にあなたを飛び超えて動き出している。

 良くも悪くも小泉の時代は終わったのだ。私にとってはさびしい限りではあるのだが・・・

 

 

  

  

  

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2008年09月15日

自民党総裁選から見えてきた自公政権の断末魔 その①


  今度の自民党総裁選挙は、公職選挙法違反ではないか

   私は9月11日のブログで書いた。

   自民党の総裁を選ぶという自民党内部の政治行事は、始まったとたんに終わってしまったと。

   一日で終わった自民党総裁選挙であるなら、残された10日あまりの日程を自民党はどう過ごすつもりだろうか、と。

   それから4日たって、その答えがハッキリしてきた。

   これは自民党総裁選運動ではない。来るべき総選挙に向けて、総裁候補5人を打ち立てた事前選挙運動なのだ。

   それが当初から戦略であったのか、想定外の麻生優勢がもたらした戦略変更だったのか、それはわからない。

   しかし、今となっては自民党は明らかに総裁選を選挙運動に切り替えた。

   このなりふりかまわないルール違反に対し、野党はどう対応したらいいのか。

   それを書くのがこのブログの目的である。

   一つには、目くじらをたてて自民党批判をしないことだ。ただ一言、これは公職選挙法違反ではないか、と真顔で繰返すだけでいい。

   自民党議員や一部の党員しか投票のできない自民党総裁選挙について、過去に例のない規模で全国遊説を繰返す自民党の異常さに、国民は気づき始めた。その経費はもとをただせば国民の税金だ。おかしいじゃないか、と。

   さすがのメディアも、その片棒を担ぎ続けることにジャーナリズム魂の呵責を感じつつある。

   御用キャスターや政治解説者の当惑ぶりも日増しに強まっている。

   ほうっておけば自民党総裁選は自滅、自壊してくであろう。

   二つには 総裁選をあえて無視し、自公政権の無責任さを追及すべきである。

   考えてみるがいい。9月1日の福田首相の辞任後に、どれだけの内外の大問題が起きたか。

   そのいちいちをここで紹介するまでもない。有毒米問題一つとっても深刻な権力犯罪である。北朝鮮外交についても、不明潜水艦の領海侵犯についても、さらには年金問題、後期高齢者問題についても、その深刻さは尋常ではない。

   それにもかかわらず福田首相は何をしているのか。

   辞任をしたからといって総理を辞めたわけではない。

   総理大臣の臨時代理が置かれているわけではない。

   福田首相は今でもこの国の運命を左右する最高責任者である。

   それなのに記者会見もろくに行なわないほど職場放棄をしているのだ。

   それを許しているのが自民党なのだ。

   野党はこの一点を声だかに叫べばいい。

  総裁戦と称して全国で民主党批判を繰返す総裁候補は、顔色をなくすであろう。

  国民の怨嗟の声が投げつけられるであろう。途中で遊説を切り上げざるを得なくなるかもしれない。

   三つ目には、野党は結束して全国をまわり、次回総選挙で国民が望む事をに耳をかたむけ、それをいち早くマニフェストとして宣言し、自公政権との政権選択を示す事だ。

  その全国集会は、民主党の批判をするしかない5人の自民党候補者の選挙活動より、はるかに有意義だ。はるかに効果的だ。

  繰返す。自民党の総裁選を敢て無視するがいい。

  自民党総裁選を無理して盛り立てようとするメディアを無視するがいい。

  そのかわりに、前述の三つを愚直に実行すればいい。

  要するに当たり前の事をやればいいのだ。一般国民を信じればいいだけの事だ。

  

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2008年09月14日

 この国の若者は「天皇の玉音放送」(朝日文庫)という本を読むべきである


  小森陽一の「天皇の玉音放送」(朝日文庫)という本を読んだ。

  そこに書かれている事は、昭和天皇の戦争責任が、ついに今日まで明確にされずに終わってしまった事への、全身からほとばしる小森氏の義憤である。

  その思いを私は共有する。

  昭和天皇の戦争責任論はこの国を二分する一大問題だ。

  そして、この国は、天皇の戦争責任を公言すれば、今日でも右翼から命を狙われる国である。

  そんな中で、昭和天皇の戦争責任を正面から唱えた小森氏の勇気に敬意を表する。

  そのあまりにの激しさに、考えを共有する私でさえも、たじろぐ。読むのがつらくなるほどだ。

  しかし史実から逃げてはならない。

  その史実を、一人でも多くのこの国の若者に知ってもらいたい。

  この本は、イラク戦争が始まった半年ほど後の2003年8月に五月書房から刊行された。

  当時は米国のイラク戦争に追従した日本政府に異を唱える目的で出版されたに違いない。

  日本が対米従属であり続ける最大の理由が、昭和天皇の戦争責任を不問にした米国と天皇制を守ろうとするこの国の支配者の取引であった事を、小森氏は訴えたかったに違いない。

  その著書が、なぜ今、文庫本となって再刊されたのか。

  私は思う。

  今この国は、戦後始めて、本当の意味での政権交代を目撃しようとしている。

  その政権交代がもたらすものは、単に国民経済の困窮を、自民党と民主党のどちらかが、よく救ってくれるか、という経済問題にとどまるものではない。

  国民よりも米国の利益を優先してきたこの国の歴代の政権から、米国の利益より、国民の利益を優先する政権に交代するかどうか、それが問われているのである。

  「天皇の玉音放送」という書は、政権交代を迫っている本なのである。だからこのタイミングで再刊されのだ。私はそう思っている。

  今の日本を生き、これから長くこの国で生きていかなければならない若者は、戦後の日本がどのように出来たのか。なぜこの国の政治が、いつまでたっても国民の為の政治にならないのか。なぜこの国の指導者は、国民より米国に従ってきたのか。その事について、「天皇の玉音放送」を読んで知らなければならない。

   この本のハイライト部分を小森陽一氏の言葉を引用してここに紹介してみたい。

   ・・・ポツダム宣言が発せられる前日の(1945年)7月25日、(昭和天皇)ヒロヒトが(内大臣)木戸幸一に問いかけたのは「三種の神器」(伊勢神宮にまつってある鏡、熱田神宮にまつってある剣、現在は行方のわからない勾玉)が守れるのかということだけだった・・・たとえどのようにもっともらしい考古学的考証があったとしても、それらは神話的器物でしかない。鏡と刀と勾玉といった器物を守る為に、多くの国民の命が犠牲になっていい、ということは絶対にありえない・・・

   かつて森元首相は「この国は神の国」だといって非難され、失脚した。

   しかしこの国は確かに神の国であったのだ。

   そして神である天皇と天皇制を守る(国体護持)ために、降伏をためらい、東京大空襲や広島、長崎への原爆投下で多大な国民の命が犠牲になった。

   その時の指導者たちが戦後もこの国の指導者となり、一変して米国と手を握って天皇制を維持してきたのだ。

   「天皇の玉音放送」で国民を欺いた米国とこの国の指導者は、63年経った今また、国民を再び欺こうとしている。

   そのような支配構造を、国民の手で改める、それが政権交代である。

   小森陽一氏はその思いで「天皇の玉音放送」を再刊したに違いない。

   

  

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2008年09月13日

 講和条約締結を前にしてなぜ吉田茂は不機嫌だったのか

 読売新聞が毎週土曜日に連載している堤清二(辻井喬)の回顧録には、時として興味深い歴史の断片が語られることがある。

 そのことを私はこのブログたびたび紹介してきた。

 9月13日のそれにも、つぎのような興味あるくだりがあった。

 ・・・吉田茂は講和条約締結の一週間ほど前からひどく不機嫌になったということなど、いつも興味のつきない話が、主に吉田健一(吉田茂の長男、英文学者)から出されるのであった・・・

 これを読んだ時、私はすぐに、豊下楢彦著「安保条約の成立ー吉田外交と天皇外交」(岩波新書)を思い出した。

 いわゆるサンフランシスコ講和条約は日本にとって極めて寛大な条約だった。

 その条約を吉田茂は高く評価していたはずだ。それなのになぜ吉田茂は首席全権代表を強く拒んだのか。

 この疑問に豊下教授はその著書で見事な推論をしてみせる。それは一学者の推論であるが、膨大な資料に基づいた限りなく真実に近い推論である。

 講和条約に署名したくなかったのではない。その直後に控えていた日米安保条約に署名する事が嫌だったのだ、と。

 そして、豊下教授は、少しでも対等な条約をと、粘り強い交渉を重ねた吉田茂に対し、天皇の戦争責任をせまるロシアの影響を恐れた昭和天皇が、日米安保条約の早期締結を命じ、出席を渋る吉田茂に、はやく出席し、署名するように、と迫ったからだ、と推論する。

  だからこそ吉田茂は、日本国民や国会はもとより、全権代表団にさえ安保条約の実態を知らせることなく、責任をみずから一人に負わせる形で、サンフランシスコ郊外の米軍兵舎に一人赴いて署名したのである。

 今日に至る戦後63年の日本を規定してきた日米安全保障体制は、昭和天皇と米国の利害が見事に一致して作られたのだ。

  安保条約締結から57年がたった今、吉田茂の孫、麻生太郎が、この史実を知ってか知らずか、日本の総理を目指している。

  

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2008年09月13日

政権交代の本当の意味


 少し古い新聞記事の引用になるが、8月31日の日経新聞の書評欄で、つぎのような文章があった。
 小林多喜二の「蟹工船」がブームになっている事についての書評の一部である。

  ・・・蟹工船を(ロシアの攻撃から)護衛していた駆逐艦の将兵は、待遇改善を求めた労働者に銃口を向け、首謀者を連行してしまう。国家が一部の既得権者の手先となっているのではないかという不信感が「蟹工船」のブームの根底にあるとしたら、私たちにとって必要なことは、流れに取り残された人々の声を汲み上げる努力を続けていくことではないか・・・

  政権交代を叫ぶ小沢民主党は、この言葉を、自公政権との天下分け目の決戦を前にして、よくかみしめるべきだ。

  そして、政権交代で小沢民主党が目指すところは、この書評の言葉どおり、「国家を、一部の既得権者から、これまで取り残されてきた国民の手に、取り戻す事である」、と高らかに謳いあげるべきだ。

  「国家が一部の既得権益者の手先となっている」

  この言葉こそ、今日の日本の閉塞感を打ち破るキー・ワードに違いない。

  9月13日の朝日新聞「政策ウオッチ」で、小沢民主党に政権が移ることを「霞ヶ関」は警戒感を強めて見守っている、という記事があった。

  その記事で例示されていたのは、民主党政権になれば「取調べの全面可視化」が実現するかもしれないと心配する警察庁であった。

  しかし危機意識を持つのは、警察庁だけではない。

  国家権力を一部の既得権者のために使ってきた、その手先である官僚組織すべてが今おののいている。

  「事故米」という名の有毒米問題が大問題になっている。

  この問題の本質は、農水省の故意、または不作為による国家犯罪にある。

  国民の命と安全をここまでないがしろにする官僚支配と、その上に乗ってこの国を動かしてきた政権政党の責任は重大である。有害米問題だけでも内閣総辞職、解散・総選挙ものである。

  有害米問題は、権力犯罪の一例に過ぎない。

  厚生年金改ざん問題、薬害問題、耐震偽装問題、官製談合、警察・検察の裏金問題、教員不正採用問題など、すべては国家権力による故意、または不作為の罪によって惹き起こされた問題だ。

  外務省の密約、隠蔽もまた深刻な権力犯罪だ。9月13日の毎日新聞は、米原子力艦船の放射能漏れについて、すでに1963年の時点でその事実が外務省に米国側から日本へ通報されていた事が米国立公文書館の公開文書で明らかになった、とスクープしている。

  それを隠してきた外務省は、それがばれても、「人体や環境に影響を与えるレベルではない」、「実害を起しているわけではない」、と言い張っている。

  有害米問題についての農水省の弁明と見事に一致する。

  このような国家犯罪をまともに裁く事の出来ない検察、司法もまた、権力犯罪の共犯者である。

  ここまで読み進んだ読者は、私が何を言いたいか、もうおわかりであろう。

  なぜ政権交代が必要なのか。

  なぜ自公政権がこれほどまでに政権を手放す事を恐れるのか。

  それは政権交代によって、これまでの権力犯罪が国民の前に明らかにされることを恐れるからだ。

  権力犯罪が国民の世論の力で糾弾される事になるからだ。

  政権交代の本当の意味は、まさしくここにある。

  政権交代とは、国家権力を、一部の既得権者から一般国民の手に取り戻す事なのである。

  
  

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2008年09月12日

 突然の空自イラク撤退発表を読み解く


  9月11日、政府は航空自衛隊のイラク撤退を唐突に発表した。

  それを12日の各紙が一斉に報道し、社説にとりあげ、歓迎した。

  当然だろう。憲法違反の行為を止めるのは当然だ。

  米国の戦争犯罪に加担すべきではない。

  過ちを改めるのは、遅きに失しても(鳩山由紀夫)、しないよりはいい。

  ひとり産経新聞だけが、イラク特措法にもとづく空自の活動期間は来年7月まであるのに、米中枢同時多発テロの7周年記念日にあわせての撤収発表には首をかしげる、などと馬鹿な論評をかかげていた。

  日米同盟関係を損ねる、国際社会の信頼を失い、などという嘘を並べていた。

  いいか、よく聞いておくことだ。

  「テロとの戦い」とは、米、イスラエルとアラブ抵抗者の間の、不条理かつ非対称な、血みどろの戦いなのだ。

  アラブ人の国家との共存を絶対に認めないと公言してパレスチナ人を抹殺するイスラエルとそれを支援する米国と、その国家テロに自爆攻撃で抵抗する追い詰められたアラブ狂信者のテロとの、絶望的な戦いなのだ。

  この三者以外に、「テロとの戦い」に入り込める者はいない。ましてや日本は「テロとの戦い」とはもっとも遠い国であった。

  「テロとの戦い」は勝たなければならない戦いではない。「テロとの戦い」そのもが即時停止されなければならないものなのだ。

  そんな日本が、専守防衛の自衛隊をイラクに派遣した理由はただ一つ、小泉元首相と外務省の対米追従政策の結果である。それがすべてなのだ。

  国際貢献といってみたり、テロとの戦いから逃げるのは無責任だといってみたりするのは、すべて、国民を騙す、露骨な嘘である。

  そして、今度の政府の突然の発表もまた、いくつかの重大な嘘が隠されている。

  一つは今度の突然の発表は、あくまでも方針であり、政府決定ではない、ということだ。これほどの重要な発表を、閣議決定一つなく行なわれている。

  しかも、首相の職を放り投げ、公務を放棄した福田首相が、「イラクでの自衛隊活動を自分の手で終わらせたい」だけなのだ(9月12日朝日)。それを町村官房長官や、高村外務大臣、林防衛大臣、などが、バラバラになって喋るという異常さだ。

  今回の発表は総裁選のドサクサに紛れ、国会が開かれないことをいいことに、なし崩し的にイラク派遣を終わらせてしまおうというごまかしなのである。

  二つ目は、日本政府は決して間違いを認めて撤退を言い出したということではない、ということだ。イラク派遣の根拠となってきた国連安保理決議が本年末に終わり、あらたな国連決議が望めない、そしてそれに代る法的根拠(イラク駐留に関するイラク政府との協定など)の目処が立たないから、仕方なく撤退するのだ。

  三つ目に米国もイラク撤退の方針を言い出したので、日本も撤退しても米国から怒られないだろうということだ。
   もし米国が反対するなら、国連決議があろうがなかろうが、イラクとの駐留協定ができてもできなくても、政府・外務省は自衛隊派遣を続けるに違いない。どこまでも対米従属なのである。

  このように今度の空自撤退は、自主的な決断ではない。イラク情勢を自らが判断し、イラクへの自衛隊派遣がわが国にとって有益なのかどうか、という政策判断は一切ない。あるのは米国がどう見るか、だけである。

 だから今回の発表も、国民の前で胸を張って大声でいう事が出来ないのだ。発表する連中もおもしろい顔をしていないのだ。

 それよりも、政府・外務省には、さらなる難題が待ち構えている。

 それは米国が「テロとの戦」の主戦場をイラクからアフガニスタンに移そうとしている中にあって、これからの日本の「国際貢献」が、アフガニスタンにおいて求められる事になるからだ。

 そしてアフガニスタンへ自衛隊を派遣することは、自衛隊の命を今度こそ本当に危険に晒すことになるからだ。

  われわれが注目すべき事は、もはや給油法の延長問題だけではない。アフガン支援がどのような形で行なわれるだ。

  それが国会の最大の争点になる。

  それは自公政権を追い詰めるだけでなく、小沢民主党をも追い詰める事になるに違いない。

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2008年09月11日

はじまったとたんに終わった自民党総裁選挙


 自民党総裁選をめぐる10日一日のテレビや新聞の報道振りを眺めて、つくづく思った。

 自民党総裁選挙ははじまったとたんに終わってしまった、と。

 これから22日の総裁選まで、候補者もメディアも、一体どのようにして10日あまりを過ごすのだろうかと思う。

 この事はおそらく候補者自身も、メディアも気がついているに違いない。

 気がつかなければあまりにも鈍感だ。

 いや、気づいている。11日早朝のみのもんたの「朝ズバッ」で、彼が怒鳴っていた。

 なぜ有毒米の責任について触れないのか、なぜ拉致問題について触れないのか、国民の暮らしと安全を守れないで、何が総裁選か、と気色ばみ、それを聞いていた解説者が大きく頷いていた。

 なぜ自民党総裁選は盛り上がらないのか。

 それは、もそも政策論議などしている時ではないからだ。

 そんなものを聞いている余裕は国民にはないからだ。それは政治家たちの自己満足なのだ。

 壮大な錯覚なのだ。

 候補者が何を言おうが、国民には伝わらない。

 そもそも政策論議はすべて相対的だ。一長一短がある。誰もどれが正解かわからない。

 喋っているものさえわからないのだ。

 その上に、候補者の言葉が本当の事を何も語っていない。選挙目当ての演説だからだ。

 次々と表面化する日本の難問にどう答えるか、その政策を語っていないからだ。

 いや、政策を語ろうとしているのかもしれない。

 しかしどの候補者も、本当の政策論争から逃げているから、国民に響かないのだ。

 なぜ本当の政策が訴えられないのか。

  わかっているけれど、それを言えば自公政権のこれまでの政策の誤りをいう事になるから言えないのかもしれない。

 本音を言ってしまえば国民からそっぽを向かれるから、本音を隠して耳障りのいい事しか言わないのかもしれない。

 そんな中で、「景気対策を優先しなければどうにもならないだろう、この馬鹿!」と一人開き直っているのが麻生太郎だ。

 その物言いは乱暴だ。しかしまさしく国民が望んでいるのはその明快さである。

 だから支持が集まる。

 そして、その明快さは、あの小泉偽改革の時の明快さとは違う。

 実体がある。小泉偽改革の明確な否定という実体がある。

 麻生だけが小泉改革を否定しているからわかりやすいのだ。

 麻生で解決が出来ないとわかっていても、麻生だけは総裁にさせないなど傲慢な口を聞く者がいても、もはやそれ以外の候補者のどの顔を見ても、国民は、そしてメディアも、解説者も、まともに支持する気にはなれないのだ。

 はじまったとたんに一日で終わってしまった自民党総裁選挙。

 繰返して言う。

 これから10日あまり、候補者は、メディアはどう時間を潰すつもりか。

 訴えるべき事は一日で終わってしまった。報道すべき事は一日で終わってしまった。

 これから同じような事を繰返していては、国民の心はどんどんと離れていく。しらけていく。

 自民党は敗北必至だ。

 自民党もメディアも何かを考えなければならない。

 それは何か。

  小沢民主党叩きか。

  新党結成の動きか。

  究極のドラマは小泉を引っ張り出してきて、文字通り麻生、小池(小泉)の代理戦争を行う事だ。

  しかし、小池陣営は、「小泉さんは負けるけんかはしない人だ」と様子をみるしかないという(9月10日読売)。

  沈黙する小泉元首相に小泉チルドレンはばらばらであるという(9月11日)。

  どうやら、今後の唯一の見せ場は小泉元首相が出てくるかどうかになりそうだ。

  出てきても、国民の反応は完全に二分するだろう。

  世論調査でも明らかだ。期待の声もあるがブーイングも強い。

  負け戦を嫌って出てこなければ、文字通り小泉再登場は完全になくなることになる。

  面白いことになってきた。

  

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2008年09月10日

私の目には決して順調ではない可能性が見える


  自民党総裁選が本格化し、福田首相の突然の辞任会見がずいぶん昔のことのようだ。

  しかし私は今でも辞任記者会見の福田首相の発言の中で、ある言葉が忘れられない。

  辞任会見の福田首相の言葉のなかで私が一番驚いた言葉である。

 それは、「福田首相が辞任したからといって自公政権は良くなるのか」といったような質問をした時だ。

 正確にはどのような言葉だったかは忘れたが、たしかそういう趣旨の質問であった。

 その時福田首相は、少しためらった後で、うまく行かないと私は思う、というような発言をした。

 私はそれを聞いた時、「福田さん、凄い事を口走ったなあ」と思った。

  これは自公政権に将来はない、と認めた事だ、誰が自分の後を引き継いでも、今の自公政権の行き詰まりは克服できない、と認めた事だ、と私は内心とても驚いた。

 だからこの発言はこれからの政治報道の中で大きく取り上げられていくだろう、と思った。

 ところがどの報道もこの発言を取り上げなかった。

 「私はあなたと違って自分を客観的に見る事ができる」という例の捨てゼリフばかりが面白しろおかしく何度も取り上げられるばかりで、自分の見通しでは自公政権はもはや誰が総裁になっても駄目だ、と言うに等しい、この言葉は一切触れられる事はなかった。

 そう思っていたら、やっと9月6日の毎日新聞「近聞遠見」で岩見隆夫氏が、

 ・・・福田も熟慮の末の辞任だろうが、熟慮の中身が問題で、「私の先を見通す目の中には、決して順調ではない可能性がある」(辞任会見)という発言には驚かされた・・・

 と書いていたのを見つけた。

 しかし、なぜ驚いたのかという理由は一切言及なく、その発言の無責任ぶりにあきれるという程度の軽いものだった。私には不十分な言及であった。

 そしてとうとう私は、福田発言の本当の意味を解説してくれる文章に出会った。

 今日(9月10日)発売の週刊新潮は「公明党よ、驕るなかれ」、という元公明党矢野絢也氏の手記を載せていた。

 その中で矢野氏は次のように福田発言を解説しているのだ。

  ・・・なにしろ福田さんも辞任の会見で言ったではありませんか。自公政権の先行きについて見解を問われ、「私の目には、決して順調ではない可能性が見える」と。
    あれこそは身をもって公明党のごり押しを実感した首相の、万こくの思いを込めた発言です・・・

  なるほど、これで合点が言った。

  福田首相は、単に自民党が政権を失う事を憂えているのではなかったのだ。公明党と連立を組んだ自民党に将来はない、と言いたかったのだ。

  私は9月2日のブログで福田首相を倒したのは創価学会と米国である、と書いた。

  少なくとも前者については図星であったということだ。

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