Font-size: small medium big

Blog Calendar

サイト内 検索

 


 人気blogランキング(政治)に参加しました、応援お願いします。 人気blogランキング

2008年09月02日

  福田首相を追い詰めたのは創価学会と米国である


 私のような政治の素人でも新聞を毎日丹念に読んでいると、物事が見えてくる。

 今度の福田首相の辞任は創価学会・公明党と米国がもたらしたものである。

 もちろん、大連立から対決姿勢に舵を切った小沢民主党が福田首相を追い詰めた。

 福田首相の支持率の低さが、これ以上総理を続けられないと福田首相を決断させた。

 その事は、辞任の記者会見で、福田首相自身が認めている。

 しかし、福田首相の口からは決して発せられる事はないが、福田首相を追い込んだのは創価学会と米国なのである。

 言論弾圧、人権蹂躙を理由に矢野元公明党委員長が創価学会を訴えた時、池田大作創価学会名誉会長は、「矢野をたたき過ぎた」とうそぶいたと、メディアで報じられた。

 もし、それが事実であるとしたら、今頃池田会長はさぞかしこう言っているに違いない。

 「福田をいじめすぎた」と。

  実際のところ創価学会、公明党の福田いじめは目にあまるものがあった。

  解散・総選挙の時期からはじまって、国会会期幅の問題、新テロ特措法延長問題、暫定税率問題など、福田首相のやろうとすることをことごとく公明党は否定した。

  福田では戦えないとまで言って福田首相の名誉を毀損した。

  福田首相でなくてもこれでは怒る。

  しかもその理由が自らの保身である。矢野元公明党委員長の国会喚問は何としてでも阻止しなければならない。米国のイラク戦争に加担して偽装「平和政党」であると身内から批判されては創価学会の存亡にかかわる。

 だから何があっても国会を短縮し、かつて賛成したテロ特措法も、今では反対せざるを得ないのだ。

 福田首相の突然の辞任は公明党に対する強烈な意趣返しである。

 福田首相の辞任に最も衝撃を受けているのは創価学会・公明党に違いない。

   それでは、なぜ米国が福田首相を追い込んだ事になるのか。

   これは、もちろん、ブッシュ大統領に約束した新テロ特措法を通せないからである。

   米国に嫌われては政権維持はできない、という思い込みである。

   それはそっくり、安倍首相が辞任した時の理由と酷似する。

   そしてこちらの方は安倍、福田首相サイドのまったくの一人相撲である。

   確かにシーファー駐日大使などが盛んに日本の協力を求めて圧力をかけている。

   しかしこれは米国の常套手段だ。

   米国にとって新テロ特措法が通らなかったからといって大した話ではない。

   日本の政府・外務省側が勝手に大騒ぎをしているのだ。

   すなわち日米同盟がすべてであると思い込んでいる日本の指導者や官僚が、米国の無理筋の要求までも、それに応じなければ日米関係にひびが入ると勝手に思い込み、自らを追い込んでいるのである。

  それを知っている米国は、内心ほくそえみながら、駄目でもいいからどんどんと要求エスカレートさせる。

  つまり日本の政府・官僚が日米同盟の重要性を強調すればするほど、米国の理不尽な要求を呑まざるをえなくなり、無理な要求を飲み続けるうちに、政権が行き詰まるのである。

  よく観察すればわかる。米国という国は、無意識のうちに親米政権を結果的にすべて潰してきた国なのである。

  さて今後の政局である。これはもう滅茶苦茶だ。国民にとってはこれほど面白い事はない。

  株価が少しぐらい下がっても、景気が悪くなっても、外交が停滞しても、大した問題ではない。そんな事は政治が機能しても何もよくならなかった。

  我々は政治に一切期待することなく自分の力で生きていかなくてはならない。

  そう覚悟すれば今の政治の混迷を嘲笑して楽しむほかはない。

  小泉元首相の声がまったく聞こえてこないところがおもしろい。出て来れないのだろう。

  

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年09月01日

沖縄密約の情報公開を求める動きに注目したい


 今日の新聞の中で私がもっとも注目したのは、朝日新聞がスクープした「沖縄密約」に関する情報公開を求める動きの記事である。

 その記事によれば、明日9月2日にも、ジャーナリストや作家、学者らが、沖縄返還の秘密合意を記した三つの書簡の情報公開を外務省と財務省に求めるという。

 請求するのは、ジャーナリストの原寿雄さん、筑紫哲也さん、奥平康弘東大名誉教授、作家の佐野真一さん、澤地久枝さんらであるという。

 もっと多くの有識者が参加すべきである。政治史を専門とする御用学者であっても史実を知る為には参加しなければ嘘だ。

 なぜこの動きに注目するのか。それは数ある政府の密約のなかでもこの「沖縄密約」が群を抜いて深刻であるからである。

 後年にわたり国民の税金をひそかに米国に貢いでしまったからである。

 しかもその密約は、佐藤栄作総理大臣の名誉欲のために、その意を受けた当時の福田赳夫大蔵大臣と大蔵官僚が、外務省の知らないところで米側と密約していたという背信ぶりがあった。

 毎日新聞の政治記者であった西山太吉氏が外務省の女性職員と「情を通じて」入手した沖縄密約は、本来米国政府が負担すべき返還土地の原状回復費400万ドルを、ひそかに日本政府が肩代わりしていた事を示すものであった。

 そんなちっぽけな密約を、女性スキャンダルを持ち出して握りつぶしたのは、その背後に存在する、この重大な密約がまれる事をおそれたからに違いない。

 汚名を晴らす執念で研究を重ね、この重大な密約にたどりついたのが西山太吉記者であった。

 私はそれを彼の著書である「沖縄密約(岩波新書)」を読んで知った。

 すなわち、ベトナム戦争継続で赤字に苦しんだ米国は、沖縄返還の見返りに、在日米軍の必要経費を日本側に負担させようとした。

 それは沖縄返還時だけの一時的な負担でなく、後年度にわたって受けつがれて負担しなければならない巨額の予算であり、のちに「思いやり予算」の原型となって日本国民を苦しめることになる。

  今回の情報公開請求には、この西山記者の主張が正しいかどうかの決め手となる柏木(当時の大蔵財務官)・ジューリック(財務長官特別補佐官)書簡が含まれている。

  それはすでに米国立公文書館が公開しているものだ。日本側交渉責任者だった吉野文六元外務省アメリカ局長も密約の事実を認めている。

  それでも政府・外務省はその存在を否定し続けている。

  今回も政府・外務省は秘密書簡の開示には応じないだろう。

  その場合は、ジャーナリストたちは開示を求める訴訟を起こすという。

  政府・外務省が繰返す「安全保障上の機密要請」と、「国民の知る権利」のぶつかり合いである。

  国民はこの動きを注視する必要がある。何が国益、何が国民の利益であるかを考える必要がある。

   法的根拠のない「思いやり予算」のこれまでの合計は2兆7000億円を超えている。

   おりしもテロとの戦いで日本は再び3兆円を超える後年度負担を米国から求められている。

   政府・外務省は再び密約を交わそうとしている。

   これ以上米国から搾り取られたら、国民生活は破壊される。

   沖縄密約の真実は、国民にとってこそ明らかにされなければならない。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年09月01日

NGO職員の死に報いる唯一の方法は米国のアフガン攻撃から手を引く事だ。

  
   8月28日のブログで、アフガンにおけるNGO職員射殺の衝撃について書いた。

  その時私は、彼の死に報いる唯一の方法は米国のアフガン攻撃から日本は今こそ手を引く事だ、と書いた。

  その事を私はここで再度繰返して強調する。

  あの事件が起きてから、私は政府・外務省やメディアの対応を注視してきた。

  そしてその対応が、NGO職員の死を悼む事だけに終始している奇妙さを見逃さなかった。

  なぜ鎮魂一辺倒なのか。

  それは勿論NGO職員のアフガンにおける行動が、あまりにも痛ましく、非難の余地がないほど崇高ななものだったからである。自己責任論を持ち出す余地はない。

  しかし、その一方で、この種の事件が起きるたびに唱えられる、「だからテロに屈してはいけない」という言葉もまた、まったく聞かれない。

  彼のような人物を殺害したタリバンは、いくら批判してもし過ぎる事はないのに、である。

  この奇妙な現象は、今回のNGO職員の射殺事件が政府・外務省にとってそれほど深刻であったということを意味している。

  アフガンの治安状況がここまで危険になっている事が白日の下にさらされたのだ。

  日本がタリバンにとって敵視されていることが彼らの口から明確に発せられたのだ。

  官、民、ボランテアを問わず、アフガンに人を派遣する事は命がけである事が明らかになったのである。

  政府・外務省やそれに加担してきた公明党は、もはやそう簡単にアフガン支援を口に出来なくなった。たとえそれが人道支援という名目であってもだ。

  その一方で、対米配慮から、何もしないわけにはいかない。政府、外務省は追い込まれた。

  結局は安全第一でカネをばら撒くことになる。

  この苦渋の選択を前にして、結論が出せないまま、とりあえずNGO職員の鎮魂を繰返すしかないのである。

  それにしても残念だ。

  ここまで明確に政府・外務省の対米従属政策の矛盾が露呈したというのに、野党政治家、護憲政治家からは、誰一人本気で政府・外務省の政策を批判する者が出てこない。

  日ごろ平和を唱える有識者や評論家の中から、誰一人本気でアフガン撤退を訴えるものが出てこない。

  アフガンの治安悪化を誰よりも良く知っているはずのペシャワール関係者さえも、日本政府の誤りを指摘する声が出てこない。

  これだけは言っておきたい。

  崇高なボランテア活動が最も効果を発揮するのは、皆が平和に暮らしている時である。

  いくら崇高な活動を行なってみても、戦争はたちどころにすべてを破壊する。

  それを一番よく知っているのは、NGOに携わっている人たちではないのか。

  なぜ今それを声高に叫ばないのか。

    いらだたしい思いをしていたところ、国民の中にも、私と同じ思いを持っている人たちが存在する事を知って勇気づけられた。

   9月1日の東京新聞「応答室だより」で次のような声が紹介されていた。

   「中村哲医師が、現地の対日感情の悪化とアフガンへの自衛隊派遣の動きとの関連性を指摘しているのだから、もっと政府や自民党批判などをしてもよかったのでは」、

   「政府は、これ以上の米国支援をやめてほしい」、

   「国には国それぞれの立場があるのだから、NGOなどが無遠慮に他国にかかわらない方がいい」

   声なき声の中にこそ真実がある。

  

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月31日

 今こそ外務省は中国ギョーザ問題の真相解明に取り組まなければならない


  8月6日の読売新聞のスクープにより、ギョーザ事件に関する中国側からの報告を、政府・外務省が公表しなかったことが問題にされた。

  私は6日のブログでこのスクープは日中両国の対応に大きな影響を与える衝撃的なスクープであると読売新聞を評価した。

  8日のブログでは、ギョーザ問題の正しい解決は日中関係の将来にとって重要であり、日中両政府の外交力の見せ場であると書いた。

  また9日のブログでは、外務省の隠蔽を批判する野党・世論に対し、「隠蔽、隠蔽と今の時点で騒ぐ必要はない。すべては北京五輪が終わった後の日中政府の対応次第で事の真偽が判明する。その時まで待てばよい。その時こそ厳しく追及すればいいのだ」、と書いた。

  そして11日のブログでは、毎日新聞の秀逸な特集記事を読んで、やはり外務省は隠蔽工作に終始していたようだ、今後の展開について外務省には大きな期待はできない、と書いた。

  そのような一連のギョーザ問題に対するブログの最終回として、このブログを書いている。

  31日の朝日、読売、毎日が、ギョーザ問題に関する中国側の新たな動きについて報じた。

  これは重要な記事である。

  政府関係者が明らかにしたというそれらの報道は、北京五輪が終わった8月28日に、約束どおり中国側が外交ルートを通じてかなり踏み込んだ捜査状況を日本側に伝えていた事実を我々に教えてくれた。

 一番詳しく報道していたのは朝日新聞だ。それによると、

  中国公安当局は、天洋食品内で農薬成分が故意に混入された可能性が高い(内部犯行)と判断したこと、
  中国側の犠牲者は、回収品を食べた会社関係者の4人に限られ、被害者が外部に広がった事実は確認されていないこと、

  被害者4人の中には日本の被害者と同様子供も含まれており、また重症患者もいたこと、

  などが中国側から日本側へ通報されていたという。

  重要な事は朝日新聞が指摘している次の点である。

  つまり、

  中国当局がここまで積極姿勢に転じた背景には、日本の世論の関心が強い事を実感した胡錦涛指導部の強い意向があること、しかし同時に、複雑な利害関係がある上に、問題を解決したくない勢力もいるので、どこまで解明されるかは不透明である、

  という見方である(31日朝日)。

  31日の報道をきっかけに中国ギョーザ問題に対するメディア・世論の関心が再燃する事を期待する。
  我々は今こそ政府・外務省の外交力を問わなければならない。

  しかし外務省は、北京五輪が終わった後も、そしてこの報道が明らかになった後も、「日本政府として、中国政府から情報の提供を受けたことはない」として、あくまでも中国政府の正式な見解を待つ姿勢を示しているという(8月31日毎日)。

  政府・外務省はどこまでも消極的だ。隠蔽的だ。

  それを許してはならない。中国ギョーザ問題の幕引きがどのような形で行なわれるのか、我々は注視していかなければならない。
  

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月30日

 消費者不在の石油小売価格決定のからくり


 福田政権の目玉の一つが消費者庁の設立であるという。

 しかしその主要な業務として何が想定されているかがポイントである。

 国民はここに注目しなければならない。

 たとえば、後を絶たない食品偽装の防止や、中国ギョーザ事件に懲りて食の安全を徹底する、といった事を口実にして、いたずらに政府の規制、介入を強化する事は許されない。

 その為に、不必要な経費を使ったり、職員の数を増やそうとするのななら、焼け太りだ。

 またもや税金の無駄遣いとなる。

 官僚の権限が強化されることになる。

 民間企業の営業活動が妨害され官製不況が再来する。

 私なら、消費者庁の最優先の業務として、生活必需品の価格設定のメカニズムを情報公開し、関係者間の利益配分を公表し、そして、消費者に最終的に転嫁される小売価格の妥当性について、国民に提示、説明する事を要求する。

 物価上昇がとまらない。なぜここにきて一斉に物価が上がるのか。しかも賃金上昇をはるかに上回る大きさで。

 それは原油その他の資源、食糧物資の価格高騰があったからだという。

 しかし、たとえば原油の小売製品であるガソリン価格一つ取ってみても、分からない事があまりにも多い。

 たとえば、投機資金によって押し上げられた原油の先物価格がここにきて急落しているというのに、ガソリン価格は逆に上昇したという矛盾がある。

 この矛盾について、28日の東京新聞は、石油元売各社の卸価格の決定方式は二ヶ月前の石油調達コストを基準にするから、タイムラグが起きる為だと解説する。

 しかし同時に、出光興産などは、ガソリン販売店などとの密室交渉で決まる卸売り価格の公表を、商売の手の内を明かすようなものだとして、控えると表明した。

 怪しい。

 そう思っていたら、今発売中の週刊ポスト9・5日号が、石油業界は脱法行為で巨額の利ざやを稼いでいた、という驚愕の調査報道をしていた。新聞ではめったにお目にかからない見事な追及だ。

 そのきっかけは石油業界に長年携わってきた経営者の「告発」であったというから迫力がある。

 その記事を一言で要約するとこうだ。

  政府が徴収する税金率によってガソリン価格が変化する事は、4月の暫定税率の一時廃止にともなってガソリン価格が下がった事、そしてその後暫定税率が復活した事により再び上がったことで、我々も知っている。

 石油業界では一般的に海外保税地区の製油所やタンクを使って在庫調整し、国内でガソリン価格が上がった時は日本に輸入し、下がれば別の国に出すやり方で、需給調整を行なっている。

 その仕組みを悪用し、帳簿上日本に輸入した時期を誤魔化して、暫定税率が廃止された4月に大量の輸入をした事にして課税を免れ、それを暫定税率復活後に販売して1リットル25円ほどの利ざやを稼いでいた業者がいたという。

 問題はそのような虚偽申告が出来る国税庁、エネルギー庁の仕事の不透明さである。

 まったく気づかなかったとしたらとんだ怠慢である。

 もし見て見ぬ振りをしていたとしたら犯罪である。

 いずれにしても馬鹿を見るのは消費者だ。

 あらゆる日常品の消費者価格には非公開の部分がある。

 そのすべてを公開する事は営業妨害であるならば、せめて消費者庁は国民にかわってその実態を把握し、国民の為に適正な価格設定を確保してもらいたい。

 私が消費者庁に期待するのはその一点である。

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月29日

 概算要求再びー国民の暮らしなど関係ねえ


  昨日(28日)のブログで、予算編成というものが、如何に国民の生活から遊離し、官僚と政治家の税金私物化のプロセスでしかない事、それを誤魔化す壮大なセレモニーである事を書いた。

  書いていて馬鹿馬鹿しくなったので途中でやめた。

  しかし今日(29日)の新聞で、嫌でもその愚が目についたので、もう一回だけ書く。

  我々は、この現実を直視しなければならない。

  直視して、記憶に刻んでおかねばならない。

  一人一人の国民は何も出来ないかもしれない。

  しかし、思い出し、怒りを蓄え、世の中が動き出した時にそのエネルギーを爆発させなければならない。

  厚生労働省は、年金記録の全件照合を着実に進めるため、厚生労働省から83名の担当職員を社会保険庁(その後継組織として09年度に設立される日本年金機構)に配置する方針を固めたという。

  とんでもない事だ。

  記録の一部は紛失、消失している。どんなに時間をかけ、人員を増やしても記録の正確、公正な照合は不可能である。

  だからこそ2年近くたっても作業がまったく進まなかったのではなかったか。

  不可能な事が確認済みであるからこそ、年金問題検討委員会とやらで、年金支給は申請者の顔つきを見て信用できるかどうか判断する、などという馬鹿げた提言がなされていたのではなかったか。

  急がれるのは一刻も尾早いあらたな年金制度の確立である。

  それを目指すことなく、不毛な作業に人員を貼り付け、関連予算の要求を行なう。

  法務省は来年度から始まる裁判員制度のため国選弁護報酬予算を倍増要求するという。

  国民の関心が低い事をいい事に、勝手に裁判員制度なるものを導入しておいて、その為の必要予算を要求する。

  一旦賛成した社民党や共産党が裁判員制度の導入を見直すと言い始めているにもかかわらず、当然のごとく裁判員制度を強行し、予算要求をする。

  総務省は地上デジタル移行対策費のため約600億円の概算要求を発表した。

  ただでさえ利権狙い、天下り確保の地上デジタル移行であると言われている。

  国民にとって不必要な経費負担をともなう地上デジタル化を強引に進め、おまけにそのための関連経費を600億円も使おうとする。

  なんのための財政再建か。

  嘘ばかりである。

  無駄ばかりである。

  政治は政争に明け暮れる。笑っているのは官僚ばかりだ。

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月29日

こんな日本になるなんて

  29日の毎日新聞の投書欄に、「ああ、こんな日本になるなんて」という投書が掲載されていた。

  埼玉県狭山市在住の66歳の女性からの投書である。

  その女性は、まずその投書の冒頭で、最近スーパーで経験した次のようなエピソードを紹介している。

  ・・・スーパーの刺身コーナーの前で、ご婦人が深いため息をつき、パックを取ったり置いたりしていました。
 「どうしたんですか」と尋ねると「好きな刺身を、もう2ヶ月ぐらい食べていないの。年金生活なので、食費を節約しないと」と悲しそうな顔で答えてくれました。
 そのご婦人は、貯金があったものの、ご主人が4年前に亡くなり、子供もいないことから、少しずつ蓄えを崩して生活しているという。
 仏様に供える花を買うのにも悩むそうです・・・

 そして、その投書女性は、次のようになげく。

 これが今日のブログのハイライトである。

 この言葉を紹介したくて、このブログを書いた。

 ・・・ああ、こんな日本になるなんて、誰が予想したでしょう。高級な生活をしている人には理解できないでしょうが、105円のサケの切り身を、財布と相談しなければ買えない年金生活者もいるのです。
   そんな中、福祉のために消費税の税率を引き上げるべきだとの意見もあるようですが、本当に誰を信じていいのでしょうか。
   普通の明るい老後を、どこへ探しに行けばいいのでしょうか・・・

  64年の東京オリンピック、70年の大阪万博を経て、80年代初めまでの日本を経験してきた私たち団塊の世代や、それよりも年配の日本国民は、戦後復興を成し遂げて世界第二の経済大国と意気軒昂だった日本が、それから20年たってもっと発展しているはずのなのに、逆行、退化し、ここまで生活苦の日本になろうとは、夢にも思わなかったはずだ。

 大金持ちも少ないかわりに、大多数の国民が平凡な中流生活を楽しんでいた、あのつつましくも平凡な日本が、ここまで余裕を失った競争社会になるとは思わなかったはずだ。

 こんな日本になるなんて。

 おかしいと思わなくてはいけない。怒りを感じなくてはいけない。

 その責任はもちろんこの国を動かしてきた政治家と官僚にある。

 そしてその政治家たちが今国民生活をほったらかして生き残りの痴態を演じている。

 官僚たちが、組織防衛のために開き直っている。

  そろそろ心ある国民は発言しなくてはならない。
  
  立ち上がらなくてはならない。

  それはもちろん自分たちの為である。

  しかし、同時にそれは、後に続く世代の為、この日本の将来の為に、我々に課せられた責務でもあるのだ。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月29日

グルジア戦争で表面化した米・ロの対立と日本外交の苦悩


  グルジア戦争が勃発した直後の10日のブログで、私は本物の戦争が始まったと、その深刻さを指摘した。

  12日のブログで、米国にすりよれば安泰だといわんばかりに、プーチンのロシアという強権国家の恐ろしさを甘く見たグルジアのサーカスベリ大統領の軽率さを指摘した。

  そして15日のブログでは、退任を目の前にして、ロシアとの協力関係さえも失ったブッシュ大統領の8年間は、そのすべてを失って米政権から退場する事になる、と書いた。

  それから2週間が経ち、どうやらその見通しは皆が共有するようになった。

  思えばブッシュ政権は、2001年の発足当時、「もうロシアは『敵』ではない」という認識を外交・安保政策の基盤にしてスタートした。

  そして「テロとの戦い」こそ米国の唯一、最大の脅威であると繰返した。

  しかし、今や、敵でなくなったはずのもう一つの敵と対峙していかなくてはならなくなった。

  しかもその敵は、「テロ」よりもはるかに手ごわい軍事覇権国家だ。

   米国とロシアの対立は、もはや単に二国間の対立にとどまらず、世界を巻き込んだ国際政治上の大きな対立に発展しそうだ。

  そしてその対立は、かつての冷戦時のイデオロギー対立と違って、利害に基づいた対立である。

  軍事力や経済力(金融・資源エネルギー)をめぐる世界支配の主導権争い、覇権争いである。

  国際政治の最も根源的な争いである。

  だからこの対立は根深く、長期にわたるものになる。

  グルジア戦争のようなホットな対立関係はやがて収まるかもしれないが、米・ロの覇権争いは国際政治の底を流れる息の長い対立になり続けるに違いない。

  戦後63年間、共産主義の脅威から守ってくれるのは米国しかいない、といい続けて対米従属政策を続けてきた日本外交は、大きな試練を迎える事になるに違いない。

  29日の朝日新聞は米・ロ新対立の深刻さに言及した丹波実元駐ロ大使の言葉を掲載していた。

  ロシアが、かつてのソ連邦構成員が次々とNATOに取り込まれ包囲されつつあることに強烈な不満を持っていた事、

  機会あれば状況を変えたいと狙っていた事、

  そのロシアを甘く見て、オセチア侵攻を仕掛けたサーカスベリ大統領は軽率だった事、

  グルジア全土の制圧とサーカスベリ政権の転覆という事態までありえたが国際世論を考えて南オセチア独立承認で止めた事、そこまでロシアの強硬姿勢は固い事、

 米欧とロシアの対立は相当長期的なものになる事、

 ロシアをG8から外そうとする米国内の意見は、ますます事態を深刻化させ賢明ではない事、

 日本がとるべき道は、グルジア情勢の安定化に向けて対話と交渉で解決されるべきだと国際社会に広く訴えるほか、取るべき方策はない事、

 などを語っていた。

 その通りだと私も思う。

 これと好対照なのが23日の日経新聞に掲載されていた岡本行夫元北米第一課長の言葉である。

 米ロの新たな対立が深刻で、日本外交が試練に立たされる事になる、という見方までは同じだ。

 ところが、その後に続く言葉が、外務省を辞めても尚、日米関係の重要性を繰返すほかに能のない岡本の真骨頂を示している。

  「・・・米国は同盟国として自分たちを支持するよう日本に求めるに違いない。だが、アフガニスタンの対テロ活動からも脱落しようとする日本が、もっと難易度が高い国際変化に対応できるはずがない・・・米国との関係がうまくいっていないとき、日本が動ける余地は少ない。ドイツはロシア政策では米国と意見対立があるが、アフガンには派兵している。日本の場合、アフガン本土で貢献せず、インド洋での給油活動もやめるとなれば、ドイツのようなフリーハンドは得られないだろう」

  このような対米従属政策が、イラクで外交官を犠牲にし、アフガンでNGO職員を犠牲にしたのである。
  

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月28日

予算要求を見ればこの国の政治家・官僚の正体がわかる。


 今年もまた予算要求の季節がやってきた。

 各省庁から提出される概算要求を査定するのはもっぱら財務官僚だ。

 今でもこの季節になると思い出す。

 同じ官僚でありながら、各省庁の幹部が、たかが財務省の課長にも満たない主査に、頭を下げて日参する。

 それほど財務官僚の予算編成権は強い。

 ここまで財務官僚に権限を与えてしまったところに、まず大きな問題がある。

 しかし、各省庁もいい加減なものだ。

 国民の為になる必要な予算要求をするのではなく、自分たちの権限拡大の為に政策をつくる。

 その政策を実施する為に増額要求を繰返す。

 族議員を使って、財務官僚に圧力をかける。

 官僚たちの間の、狐と狸のばかしあいである。

 その過程で官官接待などという税金の無駄遣いもある。

 最後は、政府と各省庁大臣間の政治折衝で予算が固まる。年末のセレモニーだ。

 しかし、これは与党政治家たちの取引に過ぎない。

 そこには国民の声が反映される余地は全くない。

 野党政治家が出る幕はない。

 政府・与党と官僚が独占的に決める予算原案は、事後的に通常国会で審議され成立する。

 そこで野党が国民の声を代弁して予算案の不備を追及するというのが建前である。

 ところが実際はこの予算審議がまったく無意味、形式的である事を我々は知っている。

 国会審議の論争の果てに、与党・官僚が予算を組み替えるなどという事はまずありえない。

 官僚の沽券にかかわるからだ。政府・自民党の数の横暴で最後は押し通せるからだ。

  28日の各紙は各省庁の概算要求を断片的に報じている。

  防衛庁は、原油高の影響だといって航空機や艦艇などの燃料費の54.8%の増額要求をしている。国民や民間業者は黙って原油高を受け入れざるを得ないのにである。

  農水省は自給率向上や水田再生の為の支援と称して13.4%の増額要求をしている。自らの農業政策の失敗を棚に上げて、予算はいつも増額要求である。

  内閣府は消費者庁の発足の為に182億円要求している。208人の定員人件費などだ。また一つ無駄な官僚組織が出来上がる。

  国交省は19%の公共事業費増を要求しているらしい。あれほど無駄な公共事業が叫ばれているというのにである。

  馬鹿らしくてこれ以上書く気も起こらない。

  財政再建の掛け声は一体何なのだ。

  国民に痛みを我慢しろと言った小泉改革は何だったのか。

  自分たちが自ら率先してどれほどリストラをしたというのか。

  あるのは増額要求だけである。国民のお金だからいくら要求してもいいということだ。

  これは泥棒国家だ。

 予算要求の中にこそ、この国の政治家、官僚の正体が表れる。

 このままでは国民は浮かばれない。

  

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月28日

 厚生労働省、社会保険庁の犯罪をいつまで許し続けるのか


  私は20日のブログで、年金記録改ざんを告発した元社会保険事務所課長の勇気ある行為と、その課長を見殺しにしてはならないと、課長を招致して話を聞いた民主党の責任について書いた。

  それから一週間。28日朝のテレビ、みのもんたの「朝、ズバッ!」で、その課長がゲスト出演していた。

  その告白は衝撃的だ。警察の裏金作りと同じ構図である。

  全国に広がっている犯罪だ。意図的にせよ、黙認にせよ、中央官庁幹部までかかわっている組織的犯罪だ。

  その組織犯罪の深刻性も、組織犯罪を告発した元職員の勇気ある行動も、そっくり同じだ。

  警察の裏金づくりはもちろん許せない。

  しかし、年金記録の改ざんは、国民が収めた年金負担や国民が受け取る年金額に直接に関係する不正であるから、なおさら許せない。

  年金徴収率をすこしでも向上させようとする社会保険事務所側と、年金負担額をすこしでも減らそうとする企業側の利害が一致して、月額報酬を過小申告する。

  その結果、職員の年金受取額は不当に少なくなる。

  こんな事が全国的に行なわれていたのである。

  みのもんたは怒っていきまいていた。

  解説者も、そしてその日のゲストコメンテーターである社民党党首の福島瑞穂もあきれていた。

  いいだろう。

  ならばこの問題をテレビ番組の道具に使って終わりにするのでなく、現実に福田政権に責任を取らせてみよ。

 みのもんたは今度の選挙で政権交替をさせるよう訴えられるか。

 福島瑞穂は、この勇気ある告発を使って、次の国会で福田政権を追い詰める覚悟はあるか。

 告発した尾崎孝雄(55)元社会保険事務所課長の覚悟は、残りの人生を賭けた決死の覚悟である。

 その覚悟ある告発を、再びテレビの前で再現した。

 組織の不正と対峙し戦っている一人の人間の人生をテレビの前に晒し、質問攻めをしたのである。

  その後は、メディアや評論家や政治家の番だ。

  決死の告発を受けついで、政府や厚生労働省を追い詰めるのは、彼らの責任である。

  はたしてそれが出来るのか。その覚悟があるのか。

  我々は厳しくそれを見届けなければならない。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月28日

 アフガンにおけるNGO邦人射殺事件の衝撃


 アフガンで起きたNGO邦人射殺事件についてコメントを求められる。

 しかし私は多くを語らない。

 私が語る事はただ一つ。

 小泉元首相が世界に胸を張って公言した「米国のテロとの戦いへの協力」の重いツケが、はじめて国民に突きつけられたということだ。

 そして、そのツケはこれから雪崩を打つように日本全体に押し寄せてくることになる。

 そういうコメントすれば歓迎されない。メディアは腰を引く。そんなコメントは取り上げない。

 メディアに流されるコメントは、命をかけたNGO職員の崇高さをたたえ、その命を奪ったテロを許さないとするものだ。それでも日本はテロとの戦いにひるんではいけない、とするものだ。

 中東専門家と称する人々が、この種の事件が起きるたびにメディアに担ぎ出され、アフガンの治安状況や犯人の意図などをしたり顔して語る。

 メディアはその解説を流して問題の複雑さを強調し、視聴者はそんなものか、大変だ、と分かったような、分からないような気になって、やがて忘れていく。

 政治記者はこれを政局と結びつけて、新テロ給油法に与える影響やアフガン復興支援継続についての自公政権の対応について書き、対米協力が語られる時には決まって噴出する民主党の内部対立を騒ぎ立てる。

 もはやそのような繰り返しは許されない。

 日本はどうすればいいのか真剣に議論しその態度を決める事だ。

 政府・与党が自らの間違いを認めるわけがない。メディアもそれを認めないし、野党も追及不足で終わる。

 結局は今までどおりになる。

 しかし、それは根拠なき選択だ。現状認識が欠如している選択だ。みんな認識不足なのである。

 もっと正確に言えば、なるようにしかならない、という無責任さであり、いまさらどうにもならないという無力感である。

 日本の正しい選択は一つしかない。

 米国のテロとの戦いに無条件で追従してきた誤りを潔く認め、これを好機に、米国とのテロとの戦いからきっぱりと決別宣言を行なう事だ。

 平和憲法9条の原点に戻り、紛争を軍事力で解決する事の限界を指摘し、米・ロをはじめとして世界の軍事大国にそれを訴える事だ。

 そういう日本の自主、平和外交を、これをきっかけに世界に宣言をすることである。

 殺されたNGO職員には多数の射撃傷があったという。

 タリバンは犯行声明を出して、外国人が一人残らず撤退するまで殺し続けると言ったという。

 それは狂気だ。

 しかし、その狂気をもたらしたものこそ戦争である。

 米国はテロを一人残らず根絶すると公言して大量殺戮を繰返してきた。世界はそれを放置してきた。

 殺されるものが抵抗するのは当たり前だ。殺されるぐらいなら一人でも多くの敵を殺して死ぬ、そう考えるものを我々は非難できるのか。

 非難さるべきは戦争である。それを誰よりも繰返してきた米国である。

 その米国から決別し、自主、自立した平和外交を取り戻す。

 この当たり前の事を本気で言うものが出てこない日本の現状を憂える。

 NGO職員が殺された責任は、もとより米国の戦争に加担した自公政権にある。

 それを追認したメディアにある。

 自公政権の戦争加担を止められなかった野党にある。

 それら政治家やメディアを許してきた国民にある。

 そして、それはまた、「私を含め、情勢に対する認識が甘かった」と悔やむペシャワール会の中村医師らNGO幹部にもある。

 NGO職員の死は日本国民の責任だ。

 今からでも遅くない。これをきっかけに、米国のテロとの戦いの誤りを騒ぎ立てるべきだ。

 米国の中東政策の誤りを騒ぎ立てるべきだ。

 そしてこれ以上米国の戦争に協力していくことの愚かさを、われわれは素直に認めるべきである。

 それこそが、それだけが、NGO職員伊藤和也の死に報いる事である。

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月27日

消費者よ、権利を行使せよ


 今こそ消費者は目覚めなければならない。お客様こそ神様なのだ。消費者こそ神様なのだ。

 考えてみるがよい。汗水たらして手にしたお金は、天下り役人が手にする金とか、脱税で誤魔化したカネではない。

 お天道様に恥じる事のない自分の金だ。たとえそれが小額であっても、それを使う時は大きな顔をして使うべきだ。それを使う時は一円たりとも納得した使い方をしなければならない。

 あらゆる商品の価格設定に誤魔化しはないのか。その情報公開を堂々と要求すべきだ。

 27日の読売新聞に、「政府が輸入小麦の値上げ幅圧縮へ」という記事があった。そこにこのような言葉が並べられていた。

 ・・・政府・与党は26日、輸入小麦の10月に予定している政府売り渡し価格の値上げ幅を・・・本来ならば現在よりも約23%値上げする必要があるが、(消費者への影響を和らげるため値上げ幅を)10%台に抑える方向だ・・・

 ふざけた話だ。何が本来ならば約23%値上げしなければならない、かだ。

 そもそもなぜ政府・農水省が小麦の輸入を、民間が自由に輸出国から輸入する事を許さず、政府が独占輸入して、それをわざわざ民間業者のマージンを上乗せして売り渡さなければならないのか。

 食料の安定供給とか、農家の保護・育成の補助金の財源だというのは口実だ。

 天下り機関の経費、人件費にその多くがまわされている事はすでにばれている。

  8月15日の読売新聞に小売スーパーのイオンが漁業協同組合から直接、鮮魚を買い付ける「直接取引」をはじめると発表したという記事があった。

 中間流通を通さない事で、漁業者も、小売業者も、そして消費者も、皆がトクをするのだ。

 なぜ小麦は政府・農水省という中間流通を政府の力で作り上げ、関係業者すべてを不幸にするのか。

 すべては政府・農水省の利権確保の為である。

 福田首相は消費者庁を作って消費者保護をするという。消費者庁の設立が今度の臨時国会の目玉の一つだという。消費者を馬鹿にした話だ。

 そんな事をするよりも、政府の搾取を直ちに廃止せよ。それだけで十分だ。

 消費者庁などをつくってまたもや税金の無駄遣いをする事は許されない。

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年08月26日

 もはや国家権力は国民の敵ではないか


 世界の様々な国に勤務してその国の政治を見てくると、残念ながら国家権力は国民の敵であるような国が実に多く存在する事を知る。

 まさか日本はそんな国ではないだろう、と思っているとしたら間違いである。

 そう思わせる事件が私の周りに最近立て続けに起きた。

 私が今住んでいる栃木県の鹿沼市で、豪雨で水没した軽乗用車が県警と消防本部の危機管理体制の不備によって放置され、運転していた女性が水死するという考えられない事件が16日起きた。

 「助けて、水が、水が」という電話が母親の携帯電話に鳴ったのは夜中ではない。皆が活動している夕方6時過ぎである。
 「どこにいるの?」とお母さんが尋ねてもかえってくるのは悲鳴ばかり。そしてその電話は最後にこう言い残して切れたと言う。「お母さん、さようなら・・・」

 この事故で県警と市消防は通報をたびたび受けながら現場に出動しなかったという。他の水没事故と混同して的確な判断が出来なかったという。

 信じられない事件であるが、悪意がないだけまだましかもしれない。

 国家権力は、自己保身のために、時として悪意を持って国民を犠牲にする。

 そんな事件が公然と高知県で起きていた。

 先日講演で徳島を訪れたとき、隣の高知県でバスの運転手の冤罪事件を知った。

 停止していたスクールバスに白バイがぶつかって、それを運転していた警官が死ぬという事件が起きたのは06年い3月の事だった。

 警察と国は、組織防衛の為にその事故はバスの運転手を過失致死罪と言い張り、その運転手は有罪となる。

 これはとんでもない冤罪だと訴えを起した運転手。その訴訟が最後は最高裁まで上がって争われていた。そして最高裁が上告を退けて冤罪が確定した、という事件である。

 高知から来た人が言う。誰もが警察のでっち上げと思っているのに、皆口をつぐんだままだ。運転手は気の毒だ、と。

 こんな不条理な事が実際にありうるのだろうか。

 そう思っていたら、この警察、司法の国民無視のやり方を一貫して糾弾しているブログを見つけた。「きっこのブログ」である。

 その22日のブログには冤罪にされた運転手の悲痛な叫びが掲載されている。警察、司法の国民弾圧の非道が告発されている。

 これほどまでに重大な冤罪であるのに、大手新聞がまともにこれを報道する事はない。テレビが伝える事はない。だから国民は知らないままだ。

 気の滅入るような出来事の中で、救われる思いの出来事が起きた。

 26日の各紙は、海上自衛隊員の自殺事件をめぐって被害者の両親が国を相手取って起していた訴訟において、福岡高裁は国の賠償責任を求めた、というニュースを報じていた。

 自衛隊内部でのいじめで自殺に追い込まれたり犠牲になっている隊員は少なからずいる。

 その家族の一人がかつて講演中の私を訪ねてきたことがあった。その際私は、決してなき寝入りしてはいけない、正義は必ず勝つ、と励ました事があった。

 その家族が、粘り強く訴訟を続けた結果、ついに福岡高裁は、「上司の言動は指導の域を超え違法」と断じたのだ。素晴らしい判決である。

 国家権力の中にいても正しい判決を下す裁判官もいる。

 そこに私はこの国の将来に関する一条の光を見る思いがした。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング