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2008年08月17日

米大統領選挙の民主党政策綱領の中で、ついに核廃絶が公約される時代が来た


 米大統領選挙の民主党政策綱領の中で、ついに核廃絶が公約される時代が来た

 17日の各紙は、25日から開幕する米大統領選挙の民主党全国大会で採択される政策綱領の中に、「核兵器のない世界をめざす」と明記された事を報じている。

 この記事の重要性はいくら強調してもし過ぎる事はない。ついにこういう時代がやってきたのだ。

 この政策綱領を一番詳しく報じたのは毎日新聞であった。その原案(51ページ)を入手して次のように書いている。

 ・・・「米国は核兵器が存在する限り、強力で信頼性のある抑止力を維持する」とする一方、「核兵器への依存を減らし、究極的にすべての核兵器を廃絶する事で米国は安全になる」と指摘。米政府としてこの方針を各政策の中心課題に置き、「米国は具体的な行動を取る」と強調した・・・

 これは大統領選挙に向けた公約である。民主党が政権をとれば米国の政策になるべきものなのだ。

 いくら選挙のための政策綱領であっても、一国の総理が、「公約などたいしたものではない」などと言い放っても許される日本と米国は違う。

 政権をとった後でそれに反する事を公然と行なうようであれば、米国のメディアや国民は許さないであろう。

 私が政治家であれば、今すぐ米国へ飛んでいって、民主党の政策綱領起草者たちと話し合いを進めるだろう。

 民主党が政権を取った暁には、核廃絶に向けて、ともに世界に向けて行動を起こそうではないか、唯一の被爆国と唯一の核使用国が協力して、世界に核廃絶を訴えた時、誰もそれに反対できるはずはない、と。

 核廃絶が実現されても戦争はなくならない。

 核兵器が廃棄されても大量殺戮兵器は存在し続ける。

 そういう声が聞こえて来そうだ。

 しかしそれはためにする議論である。

 核廃絶が実現すれば世界の安全保障体制は一変する。

 軍縮に対する考え方が根本的に変わる。

 米国の核の傘に頼らざるを得ない、だから対米追従は仕方がない、などという発想が意味を成さなくなる。

 もし本当に核廃絶が出来たなら、間違いなく世界は変わる。

  日本も核武装すべきだなどと公言する政治家や、日米同盟は何にもまして日本外交の基軸である、などと、根拠なく言い続ける政治家には、私ははじめから期待はしていない。

 しかし、核兵器廃絶を唱え、護憲を叫んできた政治家たちに、私は問いたい。

 お題目を繰り返して事足れりとするのではなく、地球上から核を廃絶する事を本当に望んでいるのなら、今をおいて行動に出る時は他にはない。なぜ行動しないのか、と。

 いまこそ米国を動かして、核のない世界をつくる千載一遇のチャンスだ。

 日本の国内世論を動かし、アメリカや世界の核廃絶を願う市民に働きかける。

 その行動に政治家としての使命を果たす政治家が果たして一人でもこの国に出てくるか。

 私はそこに注目していきたい。

 それを行なおうとしない護憲政治家を私は一切信用しない。

 

 

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2008年08月17日

歴史的人物の正しい評価を求めて


 歴史的人物の正しい評価を求めて

 読者の皆さんはこういう経験をしたことがあるだろう。

 身近な人でも、歴史的な人でもいいのだが、自分が知っている、あるいは思い込んでいるその人の評価が、何かのきっかけで否定され、裏切られた思いにさせられた事を。

 日経新聞書評欄にある「彼らの第4コーナー」という連載の8月17日に、山本五十六のエピソードを見つけた。あの真珠湾攻撃の指揮をとった連合艦隊司令官の山本である。

 山本五十六に対する世間一般の評価は、当時の帝国軍人の中では傑出したものとされている。

 日独伊三国同盟に反対し、日米開戦に反対した、米国の事情に詳しく、米国からも評価されていた、などなど。

 もっとも、それを否定する様々な言説も専門家の間では語られているのであるが、史実に詳しくない一般の日本人の間では山本五十六は名将ということになっている。

 そう思って山本五十六を見てきた人にとっては、編集委員 井上亮氏の書いたこの記事は驚きであろう。私にとっても初めて知った興味あるエピソードであった。

 真珠湾の奇襲攻撃に成功を収めた山本五十六は、しかしその後の米軍との会戦でことごとく負けていく。そのきっかけとなったのがミッドウェー海戦の敗北だった。

 井上氏のその記事によれば、日米開戦の翌年の4月18日、日本近海に接近した米空母から発進した爆撃機から日本本土へのはじめての空襲が行なわれた。

 被害は軽微だったが、襲撃を受けた山本は米艦隊空母撃滅を期して、かねて構想していたミッドウェー作戦を軍令部の反対を押し切って実施する。

 私が驚いたエピソードはその時の山本五十六の次のような言動である。

 ・・・真珠湾攻撃で受けた傷がまだ深い米太平洋艦隊に対し、連合艦隊は戦力で圧倒していた。司令部は楽観的だった。しかし、(戦艦)大和艦上で参謀と将棋を指していた山本五十六に悲報が舞い込む。
  「敵艦上機の攻撃を受け、(戦艦)赤城被爆大にして総員退去」、
  「(戦艦)加賀、大火災」。
 暗号長が悲痛な声で次々と読み上げる空母の被害報告に、山本は「ほう、またやられたか」とつぶやき、将棋を指す手を止めなかった」
  この会戦で日本側は空母4隻と三千人の乗員を失った・・・

 井上氏の書くこのようなエピソードが史実であるかどうかは私は知らない。

 しかしもしこれが史実であるならば、やはりあの戦争は愚将たちによる間違った戦争であった事になる。

 自らを高みにおいて国民や兵士に不必要な苦痛を強いた裏切りの戦争であったということだ。

 毎年迎える終戦記念日(敗戦記念日)において、平和の決意を新たにするのは重要な事だ。

 しかし、より重要な事は、多大な犠牲を双方の国民に強いる戦争が、指導者のどのような覚悟で行なわれたものであったか、その真実を知ることだ。

 それは今日の国民いじめの政治にも通じるものがある。

 我々の知らない事、知らされていない事は、まだまだ山ほどある。

 

 

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2008年08月16日

 米国の情報公開の凄さ


 米国の情報公開の凄さ

 16日の読売新聞に、14日米中央情報局が、その前身である米戦略情報局(第二次大戦中に設立)のスパイリストを公開した、という記事を見つけた。

 米国立公文書館で公開されたそのリストの中には、約2万4000人の名前が列挙されており、アカデミー賞を受賞したジョン・フォード監督をはじめ、野球選手、俳優、最高裁判事、歴史学者、元大統領の子息など、有名人の名前が多数含まれているという。

 さすがに、CIAが名前の公開を容認したことに不満の声が上がっているらしい。

 また、ブッシュ大統領はイラク攻撃をめぐる不都合な情報を隠すために、情報公開を一部制限するという動きを見せ始めた。

 しかし、少なくとも今日までの米国の情報公開に対する姿勢は見事である。

 問題はそのような公開された情報の中から、日本にとって重要なものを見つけ出し、それを我々日本国民に伝える役割を、誰が果たしてくれるかである。

 これまでにも、学者やジャーナリストの手により、我々がそう思い込まされていた歴史的「事実」の嘘が、断片的に明らかにされてきた。

 たとえば沖縄密約がそれである。日本政府は今でもその存在を否定し続けるが、米国立公文書館による極秘資料の公開で、密約の存在は確認された。

 誰かが、米国の公開情報を体系的、組織的に読み解いていかねばならない。

 そう思っていたら、そのような人を見つけた。

 8月12日の朝日新聞「ひと」欄で、米外交文書発掘の実践マニュアル本ーアメリカ国立公文書館徹底ガイド(凱風社)-を出版した仲本和彦さん(43)という人が紹介されていた。

 沖縄の英語教師であった仲本さんは、留学先の米国の大学院で公文書の管理を学び、人生が一転する。

 米国に残り、沖縄県の公文書専門員として9年間、米軍の沖縄統治の資料を収集してきたという。

 彼が集めた沖縄関係文書の資料目録だけでも2000ページになったという。

 彼は言う。

 「・・・米国立公文書館は現代史の宝の山である・・・(しかし)書架の長さにして210キロという文書の量に圧倒されて、たいていの人は途方にくれてしまう・・・鉱脈を探し当てて、その地図を描き、あとから来る人に知らせるのが役目なのです・・・」

 彼の残した業績が、後につづく人たちに受け継がれなければあんらない。

 彼の作ったマニュアル本を活用して、これからの学者やジャーナリストが、どんどんと新しい史実を発見し、我々の前に公開してくれる事を、期待したい。

 

 

 

 

 

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2008年08月15日

なぜ日本人の国連職員は増えないのか


 なぜ日本人の国連職員は増えないのか

 15日の毎日新聞に、「国連職員増員作戦」と言う見出しの記事があった。

 国連への拠出金や人口規模から見て、日本人の国連職員数は少なく、外務省が人材確保に躍起になっている、という記事である。

 昔から言われてきた事である。そしていつまでたっても変わらない現状である。

 なぜ国連職員は日本人に人気がないのか。

 それは国連職員になるためには高学歴と語学力が求められるからだ。

 国連職員になるには単なる学卒ではまず受け入れられない。修士はおろか博士の学歴を持った職員ばかりである。

 その上に語学力が求められる。多くの国連職員は複数の語学力を有する。

 しかもその語学力を活かして口八丁、手八丁の活躍をしなければならない。日本人がもっとも不得手な事だ。

 そのような能力を持った日本人は決して多くはない。

 たとえいたとしても、そういう日本人は、国内で引き手あまただ。

 国連職員よりも魅力的なポストがいくらでもある。

 日本人の国連職員を増やし、国連に日本の存在感を高め、国連に影響力を持とうとするなら、本来ならば外務省職員をどんどん送り込めばいいのだ。それが外務省の仕事である。

 ところが外務省の職員からリクルートすることは、一般民間人からリクルートするよりももっと難しい。

 公務員試験を受かっただけで、国家権力に胡坐をかく外務省職員には、国連職員として使い物になる人物はまずいない。

 国連職員になって苦労するより外務省の中にいて、休まず、遅れず、働かず、といった生活をしていたほうがはるかに楽なのだ。

 しかも幹部国連職員のポストについては、キャリア官僚が、その能力とは関係なく、政治枠として送り込まれる。

 そのような外務官僚たちが、一般国民に対し国連職員になれと勧誘しているのだ。

 まるで説得力はない。

 要するに外務省は昔も今も、本気になって日本人の国連職員増員に取り組んでいないのだ。

 日本人の国連職員がいつまでたっても増えない理由がそこにある。

 

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2008年08月15日

 敗戦記念日における野坂昭如の言葉


 敗戦記念日における野坂昭如の言葉

  毎日新聞に隔週で連載されている野坂昭如の「七転び八起き」という随想がある。

  脳梗塞からのリハビリと戦いながら執筆活動を続けている、もうすぐ78歳になる野坂のその随筆は、淡々とした中にも、もはや人生において一切の虚飾を必要としない今の彼の覚悟が感じられて、読ませる随筆である。

  この事は以前このブログでも書いた。

  私が彼の随筆で一番強く感じるのは、野坂の反戦、平和への思いである。

  それは、平和主義者と称せられている現役の識者の誰の言葉よりも、私には強烈に感じられる。

  8月15日の「七転び八起き」もまた、それが感じられた。

  終戦記念日をあえて敗戦記念日と書く事にこだわるところも彼らしい。以下一部引用してここに紹介したい。

  因みに15日の各紙の社説はいずれも終戦記念日という言葉を使っていた。

 「・・・今日は8月15日。敗戦記念日である。8月に入ると突然、戦争反対の機運が高まる。この意味もよく判らないまま反戦を唱え、殊勝な面持ちの世間。それでもいい。意味は判らなくてもいい。殺し合いに反対するのに意味は要らない。
 8月15日よりも思い起こすべきは12月8日ではないか・・・いわゆる真珠湾攻撃。つまり12月8日は戦争が始まった日。
 日本は中国を侵略、かの地に日本の勢力を定着せしめようとしていた。だがその思惑は行き詰まっていた。その行き詰まりを打破したのが12月8日である。
 ハワイを攻撃することで天窓が開いた思いだった。当時の指導者たちは、軍の上層部、その他文化人、知識人も一緒になり好戦性をむき出しにした。
 これこそ、忘れてはいけない人間の本性である・・・
  反省すべき、または振り返るべきは、12月8日であろう。
  今日、敗戦の日に開戦の朝を思う。」

 

 

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2008年08月15日

グルジア戦争ですべてを失ったブッシュ大統領


 グルジア戦争ですべてを失ったブッシュ大統領

 15日の日経新聞は、13日ホワイトハウスでグルジア戦争に関する声明を発表するブッシュ大統領とライス国務長官の写真を掲載している。

 ブッシュ政権の末路を象徴するこれほど皮肉な写真はない。

 繰り返して私はこのブログで書くが、グルジア戦争は、最大の軍事覇権国家米国と、その米国に軍事的に対峙する軍事覇権国家ロシアの代理戦争である。

 どちらが正しい、どちらが悪い、などという議論はまったく無意味だ。

 悪しき指導者たちによって引き起こされた、およそ無益な絶対悪の戦争である。

 それにしてもブッシュ大統領は愚かだ。

  ブッシュ大統領の8年間は、イスラエル、ネオコンに引っ張られた誤った中東政策のため、イラク攻撃を始め、テロとの戦いを引き起こし、そして国際社会を分断させた。

 ブッシュ大統領の8年間はまた、グローバリズムと言う名の新自由主義によって内外に格差社会をつくり、行き過ぎた金融資本主義によって世界経済を不安定化させた。その末路がサブプライムローン問題の炸裂である。

 そして今度のグルジア戦争である。

 もしブッシュ大統領が冷戦後の安定した米ロ協力関係を構築できていたのなら、そこに一つの評価を認められたはずである。

 しかし、ブッシュ大統領は自らの手で、その可能性を閉ざした。それどころか「新たな冷戦」関係をつくってしまったのだ。

 これでブッシュ大統領の8年間は、文字通り評価すべき何物もない歴史的な不毛の8年間となった。

 それにしてもライス国務長官は無能だ。

 彼女はロシアの専門家ではなかったのか。ブッシュ大統領の教師ではなかったのか。

 ライス国務長官の虚像がついに白日の下に晒された。

 もはやすべての側近が去っていった裸の王様ブッシュ大統領に、最後まで忠誠を尽くした、ただの無能な追従者でしかなかったということだ。

  そんなブッシュ大統領を正しいと叫び、日本をブッシュ大統領の米国に売りわたして国民を塗炭の苦しみに突き落とした小泉元首相の責任を、今こそ我々は追及しなければならないのだ。

  その追求を恐れて小泉元首相は政策を語らないのだと思う。

  にわかボーリング愛好家になってごまかそうとしているに違いない。

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2008年08月14日

無駄を無くすということの本当の意味


 無駄を無くすということの本当の意味

  増税をする前にまず無駄を無くせと言う声が最近やたらにメディアに流れる。

  最近はその事が野党からだけではなく政府からも聞こえてくる。

  もちろん政府は増税を行なうために、無駄を無くしたというアリバイづくりをしようとしているのだ。

  しかし、野党民主党でさえも、無駄を無くしても増税は避けられないと言う。

  天下の朝日新聞までも増税論を展開するようになった。

  そのために政府と同じようにその社説でまず無駄を無くせと主張してみたりする。

  いいだろう。無駄を無くすという事に異存はない。

  しかし問題は無駄を無くす事の本当の意味である。

  居酒屋タクシーや談合や多くの天下り組織などは、明らかな無駄である。

  しかし、そのような誰の目にも明らかな無駄を少しばかり無くしてみたところで、膨大な財政赤字を減らす事はおぼつかない。

  あれだけ改革を叫んだ小泉政権の5年半でさえ、赤字を減らす事ができなかったばかりか、増え続けたのだ。

  その一方で国民の負担だけが一気に加重されていった。

  要するに無駄な政府だったのだ。役に立たない事をやっていながら国民の税金を使い続けたのだ。

  もはや本気で財政赤字を減らすつもりなら、普通のことをやっていてはおぼつかない。

  真っ先に切り捨てるべきは政府と官僚の仕事である。

  その好例を示す記事を8月11日の日経新聞に見つけた。

  まったく用済みの法律が、国民の知らないところでごろごろと存在している。予算を無駄遣いし続けている。

 たとえば1992年に施行された国会等移転法である。90年代に盛り上がった首都機能移転と、それにともなって作られたこの法律は、移転騒ぎの最中にも官邸や省庁の庁舎が東京のど真ん中にどんどんと建て替えられるほどの、いかさまな法律であったが、首都移転などとっくに忘れ去られた今でも存続し、国土交通省は2億円の予算を担当部局の維持やニュースレター発行などに毎年空費しているという。

 1946年に施行された物価統制令が今でも残っているという。しかしこの法律にもとづいて政府が価格統制しているのは公衆浴場(銭湯)の入浴料だけであるという。銭湯は現在全国に約6300あるらしいが、都道府県は毎年、様々な調査を実施し、学識経験者などの意見を聞いて料金の上限を決めているという。
 生活必需品の値上げが広がる中で、なぜ銭湯だけが保護されているのか。国民の殆どが風呂やシャワーあり住宅に住んでいるというのにである。

 官民一体で滞在型観光地を整備しようと作られた総合保養地域整備法(リゾート法)も即刻廃止さるべき法律だ。現在同法を所轄する国交省の仕事は、事業を廃止する自治体の申請内容を審査すという後始末だけである。そんな無駄な仕事ははやく終わらせtれリゾート法を一日もはやく廃止すべきだ。

 このような不合理は探せば山ほど出てくるに違いない。

 知れば知るほど最大の無駄は政府と官僚の仕事ぶりであることがわかる。

  無駄を無くすということの本当の意味は政府や国会議員、官僚を革命的に減らす事である。

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2008年08月13日

勢古浩璽と渡辺清をつなぐもの

 勢古浩璽と渡辺清をつなぐもの

 人間が短い一生のうちでめぐり合う人は実に限られたものであるに違いない。

 しかし書物などを通じ、一生顔をあわせることがない人たちと時空を超えて接する事を含めれば少しはその交友範囲を広げられることはできる。

 それを楽しむのは人間だけがもつ特権であるに違いない。

 私が勢古浩璽という人物を知ったのはたまたま本屋で見つけて購入した「結論で人生論を読む」(草思社)という本がきっかけであった。

 そのあとがきに「順風満帆な人生には人生論なんかまったく必要ない。『人生とはなにか?』、『生きるとはなにか?』などという問いかけが浮かぶはずもないからである。え?君たちは楽しくないの?とかいわれて終わりである。耐える人、報われない人、失意の人、に人生論がやってくる・・・」という言葉を見つけた。おもわず苦笑して、それにつられて本を買ってしまった。

 勢古が私と同じ1947年生まれであることにも関心を持つ。しかし私がもっとも興味を持つのは、ただのサラリーマンであった彼が、「私の人生論」などという本を書いて評論家、作家としてよく生計を立てられるなあという事だ。彼は実に多くの著作を世に出している。

 その勢古浩璽が11日の産経新聞に書評を書いているのを偶然見つけた。それは渡辺清著の「砕かれた神」(岩波現代新書)という本の書評である。

 「本書を知ったのはほんの数ヶ月前である。ある必要から読んだのだが、読後、しばし呆然としてしまった。こんな人がいたのか・・・」という書き出しから始まるその書評は、私の興味を惹きつけた。

 天皇に対する純粋無垢の信奉から16歳で海軍に志願し、戦艦武蔵に乗り込みマリアナ、レイテ沖開戦を経て武蔵沈没に際しても奇跡的に生還した渡辺清という帝国軍人渡辺清。

 「砕かれた神」という書は、その渡辺が、戦争責任を一切語らず、一夜にして人間に豹変した「神」に裏切られた思いをつづった書であるという。

 勢古はその書評の中でこう書いている。

 ・・・圧巻は、天皇から貸与・支給されたすべての品物と俸給を返上するくだりである。その辺納品リストが7ページにわたって列挙されている。4等水兵ー6円20銭(月額俸給)からはじまって、軍衣、軍袴、靴下一枚に至るまで延々と書き連ね、最後にこう記している。

 「以上が、私がアナタの海軍服役中、アナタから受けた金品のすべてです。総額4,281円、05銭になりますので、端数を切り上げて4,282円をここにお返しします。お受け取り下さい。私は、これでアナタにもうなんお借りもありません」

 このような「砕かれた神」を書いた渡辺清(1925-81)。

 その渡辺の書を読んで、「私が震撼したのは著者の天皇に対する純粋無垢の信奉と、戦後、その「神」から裏切られた事への憤怒である・・・渡辺清が稀有なのは天皇崇拝に洗脳された自分自身の責任をもまた問い返した事である・・・これほど誠実で率直な内省の記録はめったにあるものではない・・・」と絶賛する勢古浩璽(1947-)。

 その勢古浩璽の評論に興味を持つ私。

 しばし猛暑を忘れて時空を超えた交流を楽しむ。

 

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2008年08月13日

外務省を悩ます拉致問題と中国ギョーザ問題

 外務省を悩ます拉致問題と中国ギョーザ問題

  いまや拉致問題と中国ギョーザ問題は外務省を悩ませている最も厄介な二大懸案となった。

  本来ならば、なすべきもっと重要な外交は山ほどある。

  しかし、国内政治の大きな懸案になってしまったこれら二つの懸案について、それを如何に軟着陸させて、時の政権を守るか、が、他のどの問題よりも重要になった。

  それは決して拉致被害者家族や消費者のためではない。外務官僚の保身のために、である。

  しかもそのような窮地に自らを追い込んだのは、他でもない。外務官僚自身の稚拙な外交による自業自得なのだ。

  斎木昭隆アジア大洋州局長が特別に悪いわけではない。それは田中均から始まって藪中、佐々江と続く歴代の外務官僚の責任を受け継いでいるに過ぎない。

  斎木アジア太平洋局長が特段優れているわけではない。彼もまた保身に凝り固まった一人の凡庸な外務官僚に過ぎなかったというだけの事だ。

  そしてそのような、名前や顔は変わっても、その内容は金太郎飴のように同質な外務官僚が、外務省のトップを占め、外務省を動かし続けてきたという現実こそ、外務省の閉塞さがある。甘さがある。

 拉致問題については、もはや多くを語るつもりはない。

 本来ならば、「拉致被害者を帰せ」と要求すればいいだけの、圧倒的に強い立場にある日本が、誰が見ても不誠実な北朝鮮の対応に譲歩を重ね、意味のない交渉を数年間も続けてきた。この倒錯した現実を指摘するだけでいい。

 いま目の前で繰り返されている「交渉」は外交交渉ではない。国民に対し「やるだけやったがどうにもならなかった」という最終幕に向かっての壮大なアリバイ作りでしかない。

  拉致問題交渉は、小泉元首相の二回目の訪朝の際、これ以上北朝鮮を追及するのなら首脳会談を中止すると言って席を立とうとした金正日総書記に対し、小泉首相がすがって引き止めた、その時点で勝負がついていた。

 独裁者金正日にとって交渉決裂は痛くも痒くもない。しかし日本の指導者にとっては政治的死を意味する。国民の手前何があっても決裂させる事は出来ないのだ。

 その後につづく交渉は、壮大な芝居である。

 それが言いすぎなら、北朝鮮と一緒になって日本国民を騙そうとする共同作業だ。

 拉致問題についてはこれ以上書かなくてもいいだろう。

 今日のブログの目的は、中国ギョーザ問題についての今後の見所についてである。

  13日の各紙が一斉にギョーザ事件の外務省説明を載せていた。

 民主党のギョーザ問題対策本部が外務省に経緯説明を求めた事に対する外務官僚のはじめての公式返答である。

 その意味で民主党は野党としての仕事を果たしている。政治が動かなければ、官僚は決して動かない。官僚を動かす事ができるのは政治家しかいない。

  しかし民主党に注文がある。隠蔽、隠蔽と声高に批判してはいけない。

 もっと静かに、しかしもっと本質をついて外務省を追い詰めることである。福田首相に迫るべきである。

 12日になされた外務省と福田首相の発言で注目すべきは次の一点である。

 すなわち外務省も福田首相も、公表しないと判断した責任は誰にあるのか、そして公表しなかった本当の理由、という最も重要な質問をたくみにごまかしている。

 この事をもっとも正確に伝えているのは読売新聞であった。

 すなわち質問に答えた小原参事官は高村外相や福田首相には秘書官を通じ間接的に伝えただけであった事を明らかにした。そしてそれで「公表しない方針は了承されたと認識した」と答えている。

 実はこれこそが外務官僚の仕事のやり方の無責任さである。

 私が外務省にいた時に頻繁に見られた仕事のずさんさである。

 つまり外務省幹部は直接に外相や総理のところへ飛んでいって、あるいは急遽首脳会談を行なって方針を決める事をしないのである。

 総理や外相は確かに忙しい。しかしそれを口実に、紙切れ一枚を秘書官に送りつけ、後は秘書官に任せたといって済ませるのである。

 実際は肝心の話が総理や外相に伝わらないことが多い。

 その事で後で大きな問題になることが頻繁に繰り返されていた。

 総理や外相が怒り狂う事があった。

 しかしそれは内部の醜態だ。だから決して外には明かされることはない。

 今度の情報については、それが秘書官を通じ福田首相や高村外相の耳に入っていたのかもしれない。

 しかしもし入っていて、それで特段の反応を見せずに終わっていたとすれば、それはそれで大きな問題なのである。

 これほどの重要な問題についてまともな議論をすることなく、斎木局長の判断ですべてが動いたことになる。

 当然のことながら中国政府とのやり取りはなかったという事だ。中国の通報を受け取っただけで終わったと言うことである。

 もし福田首相や高村外相が何の指示も出さなかったとしたら、中国側に早く調査を進めて解明を求めた、という事は嘘だったということになる。

 我々が今後徹底して追及しなければならないのは、過去のことではない。隠蔽の有無ではない。

 将来の早い段階で調査結果が公表されるかどうかである。

 福田首相は公表しなかった理由として、「公表して捜査に支障があった場合は、真相が解明されないということだから、日本国民に対して申し訳ないことだ」と開き直った発言をした。

 その言をメディアはよく覚えておくが言い。

 北京五輪が終わったら福田首相は中国に調査結果を急ぐ事を求め、その結果を公表するよう求めなければならない。

 ここまで明らかになったのだからもはや隠す事は許されない。

 原因を突き止め、事故か犯罪かを明らかにし、その責任者を処罰し、そして再発防止の為の策を講じる、そして被害者に対し謝罪と正統な賠償を行なう、

 ここに至ってはじめて中国ギョーザ事件が終わったという事になる。

 メディアはそこまで見届けなければならない。そしてそれを国民に伝えなければならない。

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2008年08月12日

グルジアのサーカシビリ大統領はくわせもの


 グルジアの大統領はくわせもの


  繰り返して何度も書くが、南オセチア紛争を止められない世界の指導者たちは、等しく責任を感じなくてはならない。

  その最大の責任者は米国とロシアの指導者である。

  しかし私はグルジアのサーカシビリ大統領こそ平和の敵であると考える。

 12日の毎日新聞は、今回の軍事衝突の発端はグルジア軍による南オセチア侵攻が発端だったと書いている。

 また、圧倒的に軍事力でロシアに劣勢なグルジアが、米国の了解なくして攻撃出来るはずはないという認識が共有されていると書いている。

 アフガンのカルザイもそうであるが外国メディアの前で自国語をしゃべらず流暢なアメリカ語を話す奴にろくなものはいない。

 そう思っていたら、12日の読売新聞はグルジアが米英についで一番多くの兵士をイラクに送っていたと書いていた。

 海外の報道ではイスラエルがグルジアに軍事協力をしている事も明らかにしている。

 ようするにサーカシベリは自分の権力保持のためグルジア市民の命を犠牲にしているという事だ。

 どいつもこいつも、軍事力を平気でつかうとんでもない指導者だ。

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2008年08月12日

柔道は仕事、持って行く物は柔道着


 柔道は仕事。持っていく物は柔道着

 12日の東京新聞の中で、いい言葉を見つけた。

 高橋広史という記者が「北京ノート」というスポーツコラムで五輪報告を書いている。

 新聞記者といえば何事にも精通していると思いがちだ。しかしだれでも仕事始めは無からスタートする。何もわからないままにとにかく記事を書かなくてはいけない。

 この記者もおそらくそういう中で五輪取材を始めたに違いない。みずから「柔道がメーン担当ではない」と認めているくらいだ。

 「つかみどころがなかった。柔道男子66キロ級の内柴正人に初めて接したのは、約一ヶ月前の国内合宿だった・・・」という短い文章から始まるこのコラムは、しかし、アテネ五輪の立派な報道になっていた。

 それどころか、日本選手金メダル第一号となった内柴正人選手の次のような言葉を紹介しているこのコラムは、今日の各紙の五輪報告のなかで、私がもっとも惹きつけられた記事であった。

 「北京に持っていく物をたずねると『柔道着』と平然と答える。人を食っているというか、正直というか。ただ、勝てずに苦しんだこの4年間について質問が飛んだ時の真顔が印象に残っている。
 『正直きつかった。建設業の父も自分で会社を興して、やりたくない仕事をやり、頭を下げたくない人にも下げて、今がある。僕は柔道を仕事としている・・・』・・・」

  私がこの言葉に惹かれたのは個人的な思いがあるからだ。

 大学に入ったばかりの頃、私は何もせずに非生産的な毎日を送っていた。

 暇にまかせて自動車免許をとりに教習所通いを始めた時のことだった。

 運転する当ても自動車を買う金もなかったが、いずれ必要になるだろうからと思って通い始めた。というよりも、する事がない中での時間つぶしだったというほうがより正確だった。

 ある時、自動車の中にかばんを忘れて帰ろうとして教師に呼び止められた。

 年配のその教師が私に言った言葉は、「学生さん、商売道具を忘れてはいけないよ」というものだった。

 その時私は、学生の身分である恵まれた自分と、働かずに毎日を空費する恥ずべき自分との間で、複雑な思いを抱いた事を覚えている。

 「そうか、勉学は学生の仕事なのか。人が汗水たらして働いている時に、働かずに大きな顔をして生きていけるのは学生の特権だ。しかし勉強をしない学生は学生の身分に甘えるただの非生産者でしかない、と」

 私の学生生活は、それ以来少しは勉強するようになった。学生らしくなった。

 

 
 
  

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2008年08月11日

まともな市民であれば誰も戦争など望まない


 まともな市民であれば誰も戦争など望まない

  10日のブログで私は書いた。

  胡錦涛に政治的器量があるのなら、世界が注目している北京五輪の場で、グルジアの即時停戦がなされるまですべての競技を中止しようと、呼びかけてみたらどうか、と。

  およそすべての戦争は指導者の政治的思惑なら引き起こされる。まともな市民なら戦争に賛成する者はいるはずがない、と。

  そのf二つを見事に世界に訴えたアスリートがいた。

  女子射撃エアピストルで銀メダルをとったロシアのナタリア・パデリナ(32)と銅メダルをとったグルジアのニーノ・サルクワゼ(39)だ。

  戦闘が激化している国同士の選手が表彰式の後、互いに歩み寄って抱き合った。そして報道陣の前でこう言ったという。

 「何事も私たちの友情は壊せない」

 「戦争を起こすのも止めるのも政治家。話し合って欲しい」、と。

 さらに記者から「彼らはあなたたちに学ぶべきだ」と声をかけられると

 「それができていれば戦争は起きない」と答えたという。

 同じ11日の新聞で、グルジアのサーカシビリ大統領は、政権基盤を強化するために攻撃をしかけた、欧米諸国の支持を期待し、また軍事力で圧倒的に有利なロシアが独立派支援のために軍事介入すればロシアへの国際非難が高まるだろうと計算して電撃攻撃したが、いずれも思惑が外れた、という記事があった(読売)。

 その一方でブッシュ大統領は、父や娘を引き連れて中国滞在を楽しみ、スポーツ観戦に興じ、その合い間に即時停戦と和解をよびかけたりしている。

 世界の反対を押し切ってイラク攻撃を始めた男が、そんなことを言っても説得力はない。

 プーチンはプーチンで、犠牲者が出ようとも軍事介入を止める気配はない。

  まさしく戦争は愚かな指導者によって引き起こされるのだ。

  誰も彼らの大量殺戮を罰せられないところに世の中の不条理がある。

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2008年08月11日

ギョーザ問題の正しい解決はありえない


 ギョーザ問題の正しい解決はありえない

 ギョーザ問題に関する中国側の通報を国民に隠蔽していた事が読売新聞のスクープで明らかになった。

 私は8日のブログで、その事に触れ、隠蔽批判は事実関係の判明をまって行なうべきだ、それより重要な事は、真相究明と責任者の処罰について、日中両政府が協力してそれを行なうべきだ、その事を福田首相は胡錦涛主席に毅然として申し入れることだ、と書いた。

 どうやらそのような期待は見事に裏切られる事になりそうだ。

 見ているがいい。政府、外務省は自らの仕事振りを国民にアピールするアリバイ外交に終始し、中国政府に対する申し入れなどは望むべくもなさそうだ。

 私がそう確信するのは11日の毎日新聞は「読む政治」という特集記事を読んだからだ。

 この毎日新聞の特集記事は、中国側からの通報を日本政府が一ヶ月も隠蔽していた事件の真相を見事に探り当てている。ジャーナリズム魂を感じさせる秀逸な特集記事である。

 その内容が事実であるという保証はもちろんない。

 しかしかつての同僚の顔を思い浮かべながらその記事を読んだ私には、そこに書かれている事は限りなく真実に近いと思うのだ。

 いずれ公表される外務省発の説明は、例によってたくみに嘘がちりばめられている。

 そんな説明よりも、この毎日新聞の記事のほうがはるかに真実に迫っていると思う。

 それを読むと、まず、福田首相が如何に情報不足であったかがわかる。

 そしてそれにもかかわらず、外務官僚を怒鳴りつけるでもなく、胡錦涛主席との首脳会談でも外務官僚の振り付けどおりにしか動かなかったかがわかる。

 せの責任者は高村外相である。これは私の体験から言える事なのだが、高村正彦という政治家は、実に外務省に忠実な政治家なのである。外務官僚の代弁者のような政治家なのであある。さぞかし外務官僚は高村外相の留任を喜んだに違いない。

 毎日新聞の特集記事の中の注目点をさらにいくつかピックアップしてみたい。

 福田首相が中国側からの通報があったことを初めて知ったのは、ザ・ウインザーホテル洞爺での胡錦涛主席との会談30分前に行なわれた、外務官僚らとの打ち合わせだったという。

 一週間も前に中国外交部から外務省に「正式な外交ルート」で知らされていたにもかかわらずである。

  注目すべきは中国側の通報の内容である。

 それは、中国でも発生していた被害者は4人、発生時期や場所まで特定した具体的な内容であったという。毒物混入も中国内で行なわれたことがほぼ確実となる重要な捜査情報だったという。

 中国が国内の捜査情報を他国に知らせるのは異例である。しかも中国側は一旦は混入場所を日本だと主張していた。メンツまるつぶれである。

 それにもかかわらず日本に通報したのは、福田首相との信頼関係を重視する胡主席のトップ決断だったという。

 その政治決断を、外務官僚が直ちに福田首相に通報することなく握りつぶしていたのだ。

 驚くべきは公表に対する外務省の対応振りである。

 「外交ルートで来た情報なので表には出せない」、「捜査中の中国の意向を尊重するのは当然」(外務省幹部)などとと勝手に決め込んで、官邸と警察庁にしか知らせなかった。

 しかも隠蔽に走った。

 外務省はさぞかし新聞スクープにあわてたに違いない。

 それでも、6日午後5時の記者会見で、町村官房長官に「コメントはしない」と言わせて隠蔽を続けようとした。

 ところが中国側は異例の速さで日本の報道機関に事実関係を認めていた。

 あわてた外務省は中国側に「問い合わせに答えていいのか」と確認し、中国側の返答をまって公表した。

 しかも総理の代弁者である町村官房長官が外務省の振り付けどおり「コメントできない」とバカ正直にしゃべらされている、その時に、外務省の木っ端役人(報道官)が記者会見で、手のひらを返して公表していたのである。

 こりゃあダメだ。

 日本外交は救いようがない。

 そんな外務官僚の言いなりになっている政治家はもっと救いがたい

 

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2008年08月10日

調査報道に私財を提供する人たちがいる米国の偉大さ

 調査報道に私財を提供する人たちがいる米国の偉大さ

  皆さんはリクルート事件を覚えているだろうか。

  1988年に発覚した戦後最大級の一大疑獄事件である。

  値上がり確実のリクルートコスモス社の未公開株が、江副浩正会長から政・官・財・メディアなどにばら撒かれ、この国の支配階級がその地位を利用して錬金術に奔走していたという醜態が白日の下に晒された事件である。

  その後日本の政治は大きく変わることになる。

  この事件が発覚したきっかけは、朝日新聞横浜支局社会部の調査報道であった。

 一新聞の調査報道がここまで世の中に影響を与えたのである。

 しかし、その後なぜか良質の調査報道は見られなくなった。

 今日では大手新聞は政府の広報役を担っているかのごとくである。

 そんな日本の報道の現状に衝撃を与えるような記事を見つけた。

 8月5日の朝日新聞の特集記事がそれである。

 その記事は、最近米国で、調査報道に取り組む非営利組織が次々と立ち上がり、新たな調査報道の担い手として目立つ成果を挙げ始めた事を紹介している。

 たとえばその一つとして昨年10月にニューヨークで旗揚げした非営利の報道機関「プロパブリカ」というのがある。

 カリフォルニアの資産家夫妻が向こう3年間にわたり、年千万ドル(約10億円あまり)を寄付してできた組織であるという。

 「市民への裏切り、権力濫用、弱者からの搾取に焦点をあて、独自報道に取り組む」事が目的であるという。

 予想をはるかに上回る1200人もの求職者が殺到。中には、ピューリッツアー賞を受賞した報道にかかわった記者や編集者もいるという。

 主筆はウォールストリート・ジャーナルの編集長を16年間つとめたポール・スタイガー氏だ。

 そのスタイガー氏は語る。

 「ネット時代になって『意見』の情報源は豊かになったが『事実』の情報源が縮小している・・・」と。

 その通りだ。

 ネットの世界では、このブログを含め、意見や評論は山ほどある。

 しかし百の意見より一つの事実の発見こそ、重要なのである。

 05年にスタートしたカリフォルニア州の「サンディエゴの声」もそんな調査報道の非営利組織だ。

 その「サンディエゴの声」がサンディエゴ市警察本部長の答弁の嘘を暴いた。

 本部長が議会発表した犯罪統計では治安がよくなったように見えたが、実際は逆だった。

 記者は情報公開制度を使って直接にナマの犯罪発生統計を入手し、答弁の嘘を証明したという。

 米国が羨ましい。

 調査報道の重要性を認識し、それを行なう者達に私財を惜しみなく寄付する篤志家があらわれる国。

 「地を這ってでも調査報道を発信する」と言って、優秀な記者がどんどんと集まってくる国。

 「新聞社が縮小し始め、調査報道が減る中、ジャーナリズムが公の仕事であることに、オペラやホームレスにお金を寄付してきた人たちが気づき始めた。私たちは、新しい調査報道をつくることができる」

 そう断言する30歳の編集者の声がまぶしい。

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