歴史的人物の正しい評価を求めて
歴史的人物の正しい評価を求めて
読者の皆さんはこういう経験をしたことがあるだろう。
身近な人でも、歴史的な人でもいいのだが、自分が知っている、あるいは思い込んでいるその人の評価が、何かのきっかけで否定され、裏切られた思いにさせられた事を。
日経新聞書評欄にある「彼らの第4コーナー」という連載の8月17日に、山本五十六のエピソードを見つけた。あの真珠湾攻撃の指揮をとった連合艦隊司令官の山本である。
山本五十六に対する世間一般の評価は、当時の帝国軍人の中では傑出したものとされている。
日独伊三国同盟に反対し、日米開戦に反対した、米国の事情に詳しく、米国からも評価されていた、などなど。
もっとも、それを否定する様々な言説も専門家の間では語られているのであるが、史実に詳しくない一般の日本人の間では山本五十六は名将ということになっている。
そう思って山本五十六を見てきた人にとっては、編集委員 井上亮氏の書いたこの記事は驚きであろう。私にとっても初めて知った興味あるエピソードであった。
真珠湾の奇襲攻撃に成功を収めた山本五十六は、しかしその後の米軍との会戦でことごとく負けていく。そのきっかけとなったのがミッドウェー海戦の敗北だった。
井上氏のその記事によれば、日米開戦の翌年の4月18日、日本近海に接近した米空母から発進した爆撃機から日本本土へのはじめての空襲が行なわれた。
被害は軽微だったが、襲撃を受けた山本は米艦隊空母撃滅を期して、かねて構想していたミッドウェー作戦を軍令部の反対を押し切って実施する。
私が驚いたエピソードはその時の山本五十六の次のような言動である。
・・・真珠湾攻撃で受けた傷がまだ深い米太平洋艦隊に対し、連合艦隊は戦力で圧倒していた。司令部は楽観的だった。しかし、(戦艦)大和艦上で参謀と将棋を指していた山本五十六に悲報が舞い込む。
「敵艦上機の攻撃を受け、(戦艦)赤城被爆大にして総員退去」、
「(戦艦)加賀、大火災」。
暗号長が悲痛な声で次々と読み上げる空母の被害報告に、山本は「ほう、またやられたか」とつぶやき、将棋を指す手を止めなかった」
この会戦で日本側は空母4隻と三千人の乗員を失った・・・
井上氏の書くこのようなエピソードが史実であるかどうかは私は知らない。
しかしもしこれが史実であるならば、やはりあの戦争は愚将たちによる間違った戦争であった事になる。
自らを高みにおいて国民や兵士に不必要な苦痛を強いた裏切りの戦争であったということだ。
毎年迎える終戦記念日(敗戦記念日)において、平和の決意を新たにするのは重要な事だ。
しかし、より重要な事は、多大な犠牲を双方の国民に強いる戦争が、指導者のどのような覚悟で行なわれたものであったか、その真実を知ることだ。
それは今日の国民いじめの政治にも通じるものがある。
我々の知らない事、知らされていない事は、まだまだ山ほどある。