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2008年08月15日

グルジア戦争ですべてを失ったブッシュ大統領


 グルジア戦争ですべてを失ったブッシュ大統領

 15日の日経新聞は、13日ホワイトハウスでグルジア戦争に関する声明を発表するブッシュ大統領とライス国務長官の写真を掲載している。

 ブッシュ政権の末路を象徴するこれほど皮肉な写真はない。

 繰り返して私はこのブログで書くが、グルジア戦争は、最大の軍事覇権国家米国と、その米国に軍事的に対峙する軍事覇権国家ロシアの代理戦争である。

 どちらが正しい、どちらが悪い、などという議論はまったく無意味だ。

 悪しき指導者たちによって引き起こされた、およそ無益な絶対悪の戦争である。

 それにしてもブッシュ大統領は愚かだ。

  ブッシュ大統領の8年間は、イスラエル、ネオコンに引っ張られた誤った中東政策のため、イラク攻撃を始め、テロとの戦いを引き起こし、そして国際社会を分断させた。

 ブッシュ大統領の8年間はまた、グローバリズムと言う名の新自由主義によって内外に格差社会をつくり、行き過ぎた金融資本主義によって世界経済を不安定化させた。その末路がサブプライムローン問題の炸裂である。

 そして今度のグルジア戦争である。

 もしブッシュ大統領が冷戦後の安定した米ロ協力関係を構築できていたのなら、そこに一つの評価を認められたはずである。

 しかし、ブッシュ大統領は自らの手で、その可能性を閉ざした。それどころか「新たな冷戦」関係をつくってしまったのだ。

 これでブッシュ大統領の8年間は、文字通り評価すべき何物もない歴史的な不毛の8年間となった。

 それにしてもライス国務長官は無能だ。

 彼女はロシアの専門家ではなかったのか。ブッシュ大統領の教師ではなかったのか。

 ライス国務長官の虚像がついに白日の下に晒された。

 もはやすべての側近が去っていった裸の王様ブッシュ大統領に、最後まで忠誠を尽くした、ただの無能な追従者でしかなかったということだ。

  そんなブッシュ大統領を正しいと叫び、日本をブッシュ大統領の米国に売りわたして国民を塗炭の苦しみに突き落とした小泉元首相の責任を、今こそ我々は追及しなければならないのだ。

  その追求を恐れて小泉元首相は政策を語らないのだと思う。

  にわかボーリング愛好家になってごまかそうとしているに違いない。

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2008年08月14日

無駄を無くすということの本当の意味


 無駄を無くすということの本当の意味

  増税をする前にまず無駄を無くせと言う声が最近やたらにメディアに流れる。

  最近はその事が野党からだけではなく政府からも聞こえてくる。

  もちろん政府は増税を行なうために、無駄を無くしたというアリバイづくりをしようとしているのだ。

  しかし、野党民主党でさえも、無駄を無くしても増税は避けられないと言う。

  天下の朝日新聞までも増税論を展開するようになった。

  そのために政府と同じようにその社説でまず無駄を無くせと主張してみたりする。

  いいだろう。無駄を無くすという事に異存はない。

  しかし問題は無駄を無くす事の本当の意味である。

  居酒屋タクシーや談合や多くの天下り組織などは、明らかな無駄である。

  しかし、そのような誰の目にも明らかな無駄を少しばかり無くしてみたところで、膨大な財政赤字を減らす事はおぼつかない。

  あれだけ改革を叫んだ小泉政権の5年半でさえ、赤字を減らす事ができなかったばかりか、増え続けたのだ。

  その一方で国民の負担だけが一気に加重されていった。

  要するに無駄な政府だったのだ。役に立たない事をやっていながら国民の税金を使い続けたのだ。

  もはや本気で財政赤字を減らすつもりなら、普通のことをやっていてはおぼつかない。

  真っ先に切り捨てるべきは政府と官僚の仕事である。

  その好例を示す記事を8月11日の日経新聞に見つけた。

  まったく用済みの法律が、国民の知らないところでごろごろと存在している。予算を無駄遣いし続けている。

 たとえば1992年に施行された国会等移転法である。90年代に盛り上がった首都機能移転と、それにともなって作られたこの法律は、移転騒ぎの最中にも官邸や省庁の庁舎が東京のど真ん中にどんどんと建て替えられるほどの、いかさまな法律であったが、首都移転などとっくに忘れ去られた今でも存続し、国土交通省は2億円の予算を担当部局の維持やニュースレター発行などに毎年空費しているという。

 1946年に施行された物価統制令が今でも残っているという。しかしこの法律にもとづいて政府が価格統制しているのは公衆浴場(銭湯)の入浴料だけであるという。銭湯は現在全国に約6300あるらしいが、都道府県は毎年、様々な調査を実施し、学識経験者などの意見を聞いて料金の上限を決めているという。
 生活必需品の値上げが広がる中で、なぜ銭湯だけが保護されているのか。国民の殆どが風呂やシャワーあり住宅に住んでいるというのにである。

 官民一体で滞在型観光地を整備しようと作られた総合保養地域整備法(リゾート法)も即刻廃止さるべき法律だ。現在同法を所轄する国交省の仕事は、事業を廃止する自治体の申請内容を審査すという後始末だけである。そんな無駄な仕事ははやく終わらせtれリゾート法を一日もはやく廃止すべきだ。

 このような不合理は探せば山ほど出てくるに違いない。

 知れば知るほど最大の無駄は政府と官僚の仕事ぶりであることがわかる。

  無駄を無くすということの本当の意味は政府や国会議員、官僚を革命的に減らす事である。

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2008年08月13日

勢古浩璽と渡辺清をつなぐもの

 勢古浩璽と渡辺清をつなぐもの

 人間が短い一生のうちでめぐり合う人は実に限られたものであるに違いない。

 しかし書物などを通じ、一生顔をあわせることがない人たちと時空を超えて接する事を含めれば少しはその交友範囲を広げられることはできる。

 それを楽しむのは人間だけがもつ特権であるに違いない。

 私が勢古浩璽という人物を知ったのはたまたま本屋で見つけて購入した「結論で人生論を読む」(草思社)という本がきっかけであった。

 そのあとがきに「順風満帆な人生には人生論なんかまったく必要ない。『人生とはなにか?』、『生きるとはなにか?』などという問いかけが浮かぶはずもないからである。え?君たちは楽しくないの?とかいわれて終わりである。耐える人、報われない人、失意の人、に人生論がやってくる・・・」という言葉を見つけた。おもわず苦笑して、それにつられて本を買ってしまった。

 勢古が私と同じ1947年生まれであることにも関心を持つ。しかし私がもっとも興味を持つのは、ただのサラリーマンであった彼が、「私の人生論」などという本を書いて評論家、作家としてよく生計を立てられるなあという事だ。彼は実に多くの著作を世に出している。

 その勢古浩璽が11日の産経新聞に書評を書いているのを偶然見つけた。それは渡辺清著の「砕かれた神」(岩波現代新書)という本の書評である。

 「本書を知ったのはほんの数ヶ月前である。ある必要から読んだのだが、読後、しばし呆然としてしまった。こんな人がいたのか・・・」という書き出しから始まるその書評は、私の興味を惹きつけた。

 天皇に対する純粋無垢の信奉から16歳で海軍に志願し、戦艦武蔵に乗り込みマリアナ、レイテ沖開戦を経て武蔵沈没に際しても奇跡的に生還した渡辺清という帝国軍人渡辺清。

 「砕かれた神」という書は、その渡辺が、戦争責任を一切語らず、一夜にして人間に豹変した「神」に裏切られた思いをつづった書であるという。

 勢古はその書評の中でこう書いている。

 ・・・圧巻は、天皇から貸与・支給されたすべての品物と俸給を返上するくだりである。その辺納品リストが7ページにわたって列挙されている。4等水兵ー6円20銭(月額俸給)からはじまって、軍衣、軍袴、靴下一枚に至るまで延々と書き連ね、最後にこう記している。

 「以上が、私がアナタの海軍服役中、アナタから受けた金品のすべてです。総額4,281円、05銭になりますので、端数を切り上げて4,282円をここにお返しします。お受け取り下さい。私は、これでアナタにもうなんお借りもありません」

 このような「砕かれた神」を書いた渡辺清(1925-81)。

 その渡辺の書を読んで、「私が震撼したのは著者の天皇に対する純粋無垢の信奉と、戦後、その「神」から裏切られた事への憤怒である・・・渡辺清が稀有なのは天皇崇拝に洗脳された自分自身の責任をもまた問い返した事である・・・これほど誠実で率直な内省の記録はめったにあるものではない・・・」と絶賛する勢古浩璽(1947-)。

 その勢古浩璽の評論に興味を持つ私。

 しばし猛暑を忘れて時空を超えた交流を楽しむ。

 

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2008年08月13日

外務省を悩ます拉致問題と中国ギョーザ問題

 外務省を悩ます拉致問題と中国ギョーザ問題

  いまや拉致問題と中国ギョーザ問題は外務省を悩ませている最も厄介な二大懸案となった。

  本来ならば、なすべきもっと重要な外交は山ほどある。

  しかし、国内政治の大きな懸案になってしまったこれら二つの懸案について、それを如何に軟着陸させて、時の政権を守るか、が、他のどの問題よりも重要になった。

  それは決して拉致被害者家族や消費者のためではない。外務官僚の保身のために、である。

  しかもそのような窮地に自らを追い込んだのは、他でもない。外務官僚自身の稚拙な外交による自業自得なのだ。

  斎木昭隆アジア大洋州局長が特別に悪いわけではない。それは田中均から始まって藪中、佐々江と続く歴代の外務官僚の責任を受け継いでいるに過ぎない。

  斎木アジア太平洋局長が特段優れているわけではない。彼もまた保身に凝り固まった一人の凡庸な外務官僚に過ぎなかったというだけの事だ。

  そしてそのような、名前や顔は変わっても、その内容は金太郎飴のように同質な外務官僚が、外務省のトップを占め、外務省を動かし続けてきたという現実こそ、外務省の閉塞さがある。甘さがある。

 拉致問題については、もはや多くを語るつもりはない。

 本来ならば、「拉致被害者を帰せ」と要求すればいいだけの、圧倒的に強い立場にある日本が、誰が見ても不誠実な北朝鮮の対応に譲歩を重ね、意味のない交渉を数年間も続けてきた。この倒錯した現実を指摘するだけでいい。

 いま目の前で繰り返されている「交渉」は外交交渉ではない。国民に対し「やるだけやったがどうにもならなかった」という最終幕に向かっての壮大なアリバイ作りでしかない。

  拉致問題交渉は、小泉元首相の二回目の訪朝の際、これ以上北朝鮮を追及するのなら首脳会談を中止すると言って席を立とうとした金正日総書記に対し、小泉首相がすがって引き止めた、その時点で勝負がついていた。

 独裁者金正日にとって交渉決裂は痛くも痒くもない。しかし日本の指導者にとっては政治的死を意味する。国民の手前何があっても決裂させる事は出来ないのだ。

 その後につづく交渉は、壮大な芝居である。

 それが言いすぎなら、北朝鮮と一緒になって日本国民を騙そうとする共同作業だ。

 拉致問題についてはこれ以上書かなくてもいいだろう。

 今日のブログの目的は、中国ギョーザ問題についての今後の見所についてである。

  13日の各紙が一斉にギョーザ事件の外務省説明を載せていた。

 民主党のギョーザ問題対策本部が外務省に経緯説明を求めた事に対する外務官僚のはじめての公式返答である。

 その意味で民主党は野党としての仕事を果たしている。政治が動かなければ、官僚は決して動かない。官僚を動かす事ができるのは政治家しかいない。

  しかし民主党に注文がある。隠蔽、隠蔽と声高に批判してはいけない。

 もっと静かに、しかしもっと本質をついて外務省を追い詰めることである。福田首相に迫るべきである。

 12日になされた外務省と福田首相の発言で注目すべきは次の一点である。

 すなわち外務省も福田首相も、公表しないと判断した責任は誰にあるのか、そして公表しなかった本当の理由、という最も重要な質問をたくみにごまかしている。

 この事をもっとも正確に伝えているのは読売新聞であった。

 すなわち質問に答えた小原参事官は高村外相や福田首相には秘書官を通じ間接的に伝えただけであった事を明らかにした。そしてそれで「公表しない方針は了承されたと認識した」と答えている。

 実はこれこそが外務官僚の仕事のやり方の無責任さである。

 私が外務省にいた時に頻繁に見られた仕事のずさんさである。

 つまり外務省幹部は直接に外相や総理のところへ飛んでいって、あるいは急遽首脳会談を行なって方針を決める事をしないのである。

 総理や外相は確かに忙しい。しかしそれを口実に、紙切れ一枚を秘書官に送りつけ、後は秘書官に任せたといって済ませるのである。

 実際は肝心の話が総理や外相に伝わらないことが多い。

 その事で後で大きな問題になることが頻繁に繰り返されていた。

 総理や外相が怒り狂う事があった。

 しかしそれは内部の醜態だ。だから決して外には明かされることはない。

 今度の情報については、それが秘書官を通じ福田首相や高村外相の耳に入っていたのかもしれない。

 しかしもし入っていて、それで特段の反応を見せずに終わっていたとすれば、それはそれで大きな問題なのである。

 これほどの重要な問題についてまともな議論をすることなく、斎木局長の判断ですべてが動いたことになる。

 当然のことながら中国政府とのやり取りはなかったという事だ。中国の通報を受け取っただけで終わったと言うことである。

 もし福田首相や高村外相が何の指示も出さなかったとしたら、中国側に早く調査を進めて解明を求めた、という事は嘘だったということになる。

 我々が今後徹底して追及しなければならないのは、過去のことではない。隠蔽の有無ではない。

 将来の早い段階で調査結果が公表されるかどうかである。

 福田首相は公表しなかった理由として、「公表して捜査に支障があった場合は、真相が解明されないということだから、日本国民に対して申し訳ないことだ」と開き直った発言をした。

 その言をメディアはよく覚えておくが言い。

 北京五輪が終わったら福田首相は中国に調査結果を急ぐ事を求め、その結果を公表するよう求めなければならない。

 ここまで明らかになったのだからもはや隠す事は許されない。

 原因を突き止め、事故か犯罪かを明らかにし、その責任者を処罰し、そして再発防止の為の策を講じる、そして被害者に対し謝罪と正統な賠償を行なう、

 ここに至ってはじめて中国ギョーザ事件が終わったという事になる。

 メディアはそこまで見届けなければならない。そしてそれを国民に伝えなければならない。

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2008年08月12日

グルジアのサーカシビリ大統領はくわせもの


 グルジアの大統領はくわせもの


  繰り返して何度も書くが、南オセチア紛争を止められない世界の指導者たちは、等しく責任を感じなくてはならない。

  その最大の責任者は米国とロシアの指導者である。

  しかし私はグルジアのサーカシビリ大統領こそ平和の敵であると考える。

 12日の毎日新聞は、今回の軍事衝突の発端はグルジア軍による南オセチア侵攻が発端だったと書いている。

 また、圧倒的に軍事力でロシアに劣勢なグルジアが、米国の了解なくして攻撃出来るはずはないという認識が共有されていると書いている。

 アフガンのカルザイもそうであるが外国メディアの前で自国語をしゃべらず流暢なアメリカ語を話す奴にろくなものはいない。

 そう思っていたら、12日の読売新聞はグルジアが米英についで一番多くの兵士をイラクに送っていたと書いていた。

 海外の報道ではイスラエルがグルジアに軍事協力をしている事も明らかにしている。

 ようするにサーカシベリは自分の権力保持のためグルジア市民の命を犠牲にしているという事だ。

 どいつもこいつも、軍事力を平気でつかうとんでもない指導者だ。

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2008年08月12日

柔道は仕事、持って行く物は柔道着


 柔道は仕事。持っていく物は柔道着

 12日の東京新聞の中で、いい言葉を見つけた。

 高橋広史という記者が「北京ノート」というスポーツコラムで五輪報告を書いている。

 新聞記者といえば何事にも精通していると思いがちだ。しかしだれでも仕事始めは無からスタートする。何もわからないままにとにかく記事を書かなくてはいけない。

 この記者もおそらくそういう中で五輪取材を始めたに違いない。みずから「柔道がメーン担当ではない」と認めているくらいだ。

 「つかみどころがなかった。柔道男子66キロ級の内柴正人に初めて接したのは、約一ヶ月前の国内合宿だった・・・」という短い文章から始まるこのコラムは、しかし、アテネ五輪の立派な報道になっていた。

 それどころか、日本選手金メダル第一号となった内柴正人選手の次のような言葉を紹介しているこのコラムは、今日の各紙の五輪報告のなかで、私がもっとも惹きつけられた記事であった。

 「北京に持っていく物をたずねると『柔道着』と平然と答える。人を食っているというか、正直というか。ただ、勝てずに苦しんだこの4年間について質問が飛んだ時の真顔が印象に残っている。
 『正直きつかった。建設業の父も自分で会社を興して、やりたくない仕事をやり、頭を下げたくない人にも下げて、今がある。僕は柔道を仕事としている・・・』・・・」

  私がこの言葉に惹かれたのは個人的な思いがあるからだ。

 大学に入ったばかりの頃、私は何もせずに非生産的な毎日を送っていた。

 暇にまかせて自動車免許をとりに教習所通いを始めた時のことだった。

 運転する当ても自動車を買う金もなかったが、いずれ必要になるだろうからと思って通い始めた。というよりも、する事がない中での時間つぶしだったというほうがより正確だった。

 ある時、自動車の中にかばんを忘れて帰ろうとして教師に呼び止められた。

 年配のその教師が私に言った言葉は、「学生さん、商売道具を忘れてはいけないよ」というものだった。

 その時私は、学生の身分である恵まれた自分と、働かずに毎日を空費する恥ずべき自分との間で、複雑な思いを抱いた事を覚えている。

 「そうか、勉学は学生の仕事なのか。人が汗水たらして働いている時に、働かずに大きな顔をして生きていけるのは学生の特権だ。しかし勉強をしない学生は学生の身分に甘えるただの非生産者でしかない、と」

 私の学生生活は、それ以来少しは勉強するようになった。学生らしくなった。

 

 
 
  

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2008年08月11日

まともな市民であれば誰も戦争など望まない


 まともな市民であれば誰も戦争など望まない

  10日のブログで私は書いた。

  胡錦涛に政治的器量があるのなら、世界が注目している北京五輪の場で、グルジアの即時停戦がなされるまですべての競技を中止しようと、呼びかけてみたらどうか、と。

  およそすべての戦争は指導者の政治的思惑なら引き起こされる。まともな市民なら戦争に賛成する者はいるはずがない、と。

  そのf二つを見事に世界に訴えたアスリートがいた。

  女子射撃エアピストルで銀メダルをとったロシアのナタリア・パデリナ(32)と銅メダルをとったグルジアのニーノ・サルクワゼ(39)だ。

  戦闘が激化している国同士の選手が表彰式の後、互いに歩み寄って抱き合った。そして報道陣の前でこう言ったという。

 「何事も私たちの友情は壊せない」

 「戦争を起こすのも止めるのも政治家。話し合って欲しい」、と。

 さらに記者から「彼らはあなたたちに学ぶべきだ」と声をかけられると

 「それができていれば戦争は起きない」と答えたという。

 同じ11日の新聞で、グルジアのサーカシビリ大統領は、政権基盤を強化するために攻撃をしかけた、欧米諸国の支持を期待し、また軍事力で圧倒的に有利なロシアが独立派支援のために軍事介入すればロシアへの国際非難が高まるだろうと計算して電撃攻撃したが、いずれも思惑が外れた、という記事があった(読売)。

 その一方でブッシュ大統領は、父や娘を引き連れて中国滞在を楽しみ、スポーツ観戦に興じ、その合い間に即時停戦と和解をよびかけたりしている。

 世界の反対を押し切ってイラク攻撃を始めた男が、そんなことを言っても説得力はない。

 プーチンはプーチンで、犠牲者が出ようとも軍事介入を止める気配はない。

  まさしく戦争は愚かな指導者によって引き起こされるのだ。

  誰も彼らの大量殺戮を罰せられないところに世の中の不条理がある。

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2008年08月11日

ギョーザ問題の正しい解決はありえない


 ギョーザ問題の正しい解決はありえない

 ギョーザ問題に関する中国側の通報を国民に隠蔽していた事が読売新聞のスクープで明らかになった。

 私は8日のブログで、その事に触れ、隠蔽批判は事実関係の判明をまって行なうべきだ、それより重要な事は、真相究明と責任者の処罰について、日中両政府が協力してそれを行なうべきだ、その事を福田首相は胡錦涛主席に毅然として申し入れることだ、と書いた。

 どうやらそのような期待は見事に裏切られる事になりそうだ。

 見ているがいい。政府、外務省は自らの仕事振りを国民にアピールするアリバイ外交に終始し、中国政府に対する申し入れなどは望むべくもなさそうだ。

 私がそう確信するのは11日の毎日新聞は「読む政治」という特集記事を読んだからだ。

 この毎日新聞の特集記事は、中国側からの通報を日本政府が一ヶ月も隠蔽していた事件の真相を見事に探り当てている。ジャーナリズム魂を感じさせる秀逸な特集記事である。

 その内容が事実であるという保証はもちろんない。

 しかしかつての同僚の顔を思い浮かべながらその記事を読んだ私には、そこに書かれている事は限りなく真実に近いと思うのだ。

 いずれ公表される外務省発の説明は、例によってたくみに嘘がちりばめられている。

 そんな説明よりも、この毎日新聞の記事のほうがはるかに真実に迫っていると思う。

 それを読むと、まず、福田首相が如何に情報不足であったかがわかる。

 そしてそれにもかかわらず、外務官僚を怒鳴りつけるでもなく、胡錦涛主席との首脳会談でも外務官僚の振り付けどおりにしか動かなかったかがわかる。

 せの責任者は高村外相である。これは私の体験から言える事なのだが、高村正彦という政治家は、実に外務省に忠実な政治家なのである。外務官僚の代弁者のような政治家なのであある。さぞかし外務官僚は高村外相の留任を喜んだに違いない。

 毎日新聞の特集記事の中の注目点をさらにいくつかピックアップしてみたい。

 福田首相が中国側からの通報があったことを初めて知ったのは、ザ・ウインザーホテル洞爺での胡錦涛主席との会談30分前に行なわれた、外務官僚らとの打ち合わせだったという。

 一週間も前に中国外交部から外務省に「正式な外交ルート」で知らされていたにもかかわらずである。

  注目すべきは中国側の通報の内容である。

 それは、中国でも発生していた被害者は4人、発生時期や場所まで特定した具体的な内容であったという。毒物混入も中国内で行なわれたことがほぼ確実となる重要な捜査情報だったという。

 中国が国内の捜査情報を他国に知らせるのは異例である。しかも中国側は一旦は混入場所を日本だと主張していた。メンツまるつぶれである。

 それにもかかわらず日本に通報したのは、福田首相との信頼関係を重視する胡主席のトップ決断だったという。

 その政治決断を、外務官僚が直ちに福田首相に通報することなく握りつぶしていたのだ。

 驚くべきは公表に対する外務省の対応振りである。

 「外交ルートで来た情報なので表には出せない」、「捜査中の中国の意向を尊重するのは当然」(外務省幹部)などとと勝手に決め込んで、官邸と警察庁にしか知らせなかった。

 しかも隠蔽に走った。

 外務省はさぞかし新聞スクープにあわてたに違いない。

 それでも、6日午後5時の記者会見で、町村官房長官に「コメントはしない」と言わせて隠蔽を続けようとした。

 ところが中国側は異例の速さで日本の報道機関に事実関係を認めていた。

 あわてた外務省は中国側に「問い合わせに答えていいのか」と確認し、中国側の返答をまって公表した。

 しかも総理の代弁者である町村官房長官が外務省の振り付けどおり「コメントできない」とバカ正直にしゃべらされている、その時に、外務省の木っ端役人(報道官)が記者会見で、手のひらを返して公表していたのである。

 こりゃあダメだ。

 日本外交は救いようがない。

 そんな外務官僚の言いなりになっている政治家はもっと救いがたい

 

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2008年08月10日

調査報道に私財を提供する人たちがいる米国の偉大さ

 調査報道に私財を提供する人たちがいる米国の偉大さ

  皆さんはリクルート事件を覚えているだろうか。

  1988年に発覚した戦後最大級の一大疑獄事件である。

  値上がり確実のリクルートコスモス社の未公開株が、江副浩正会長から政・官・財・メディアなどにばら撒かれ、この国の支配階級がその地位を利用して錬金術に奔走していたという醜態が白日の下に晒された事件である。

  その後日本の政治は大きく変わることになる。

  この事件が発覚したきっかけは、朝日新聞横浜支局社会部の調査報道であった。

 一新聞の調査報道がここまで世の中に影響を与えたのである。

 しかし、その後なぜか良質の調査報道は見られなくなった。

 今日では大手新聞は政府の広報役を担っているかのごとくである。

 そんな日本の報道の現状に衝撃を与えるような記事を見つけた。

 8月5日の朝日新聞の特集記事がそれである。

 その記事は、最近米国で、調査報道に取り組む非営利組織が次々と立ち上がり、新たな調査報道の担い手として目立つ成果を挙げ始めた事を紹介している。

 たとえばその一つとして昨年10月にニューヨークで旗揚げした非営利の報道機関「プロパブリカ」というのがある。

 カリフォルニアの資産家夫妻が向こう3年間にわたり、年千万ドル(約10億円あまり)を寄付してできた組織であるという。

 「市民への裏切り、権力濫用、弱者からの搾取に焦点をあて、独自報道に取り組む」事が目的であるという。

 予想をはるかに上回る1200人もの求職者が殺到。中には、ピューリッツアー賞を受賞した報道にかかわった記者や編集者もいるという。

 主筆はウォールストリート・ジャーナルの編集長を16年間つとめたポール・スタイガー氏だ。

 そのスタイガー氏は語る。

 「ネット時代になって『意見』の情報源は豊かになったが『事実』の情報源が縮小している・・・」と。

 その通りだ。

 ネットの世界では、このブログを含め、意見や評論は山ほどある。

 しかし百の意見より一つの事実の発見こそ、重要なのである。

 05年にスタートしたカリフォルニア州の「サンディエゴの声」もそんな調査報道の非営利組織だ。

 その「サンディエゴの声」がサンディエゴ市警察本部長の答弁の嘘を暴いた。

 本部長が議会発表した犯罪統計では治安がよくなったように見えたが、実際は逆だった。

 記者は情報公開制度を使って直接にナマの犯罪発生統計を入手し、答弁の嘘を証明したという。

 米国が羨ましい。

 調査報道の重要性を認識し、それを行なう者達に私財を惜しみなく寄付する篤志家があらわれる国。

 「地を這ってでも調査報道を発信する」と言って、優秀な記者がどんどんと集まってくる国。

 「新聞社が縮小し始め、調査報道が減る中、ジャーナリズムが公の仕事であることに、オペラやホームレスにお金を寄付してきた人たちが気づき始めた。私たちは、新しい調査報道をつくることができる」

 そう断言する30歳の編集者の声がまぶしい。

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2008年08月10日

戦争に対してあまりにも無力な国際社会


 戦争に対してあまりにも無力な国際社会

  世界の首脳が平和の祭典を祝っている時にグルジアで紛れもない戦争がはじまった。

  それにもかかわらず誰もそれを止められない。

 世界を動かすブッシュもプーチンも、平和の祭典を主催する胡錦涛も、無力である。

 国連安保理は停戦決議すら成立させる事が出来ず、事務総長の姿はまったく見えない。

 この事は、21世紀の今日においても、国際社会は戦争を回避することができないという現実を我々に突きつけた。

 事態は極めて深刻である。

 しかし、だから平和主義は無力だ、軍事力は必要だ、憲法9条は改めるべきだ、と考えるのは、大きな間違いである。

  軍事力を持つからこそ戦争が起こるのだ。紛争を平和的に解決しようとせず安易に軍事力に訴える事になるのだ。

  軍事力に訴えるから相手に負けない軍事力を持とうとする。その結果米国、ロシアの軍事的対立の構図が冷戦後も変わることなく続き、いまやそれに中国が急速に仲間入りをしつつある。

  あらゆる戦争は彼らの代理戦争になっていく。 

 日本が軍事力を少しばかり強化してみたところでどうにもならないのだ。

 日本の憲法9条の先駆性は、いまこそ、その正統性を持つ。

 今度の戦争は民族紛争、国家分離紛争が原因であると言われている。それはその通りだろう。

  しかし、民族紛争、国家紛争のすべてが、そのまま戦争に繋がる事は決してない。それどころか戦争に繋がらない紛争のほうが圧倒的に多い。

  およそあらゆる戦争は、指導者の政治的思惑で起こされるものなのである。

  今度の戦争も、親米化を急ぐグルジアのサーカシビリ大統領と、それを許さないロシアのメドベージェフ大統領(プーチン首相)の政治的思惑で引き起こされたものである。

  そしてその遠因は、冷戦後もなおロシアを包囲しようとする米国の敵対政策がある。

 東京新聞をのぞく今日のすべての各紙はこの問題を取り上げている。こぞって関係者すべて自制を求めている。

 しかし真っ先に和平に向けて動かなければならないのは米国とロシアの指導者だ。

 もし中国の胡錦涛主席が、「グルジアの戦争が停止されない間は五輪のあらゆる競技を停止する」、と呼びかけたらどうだろう。

 間違いなく世界はそれを歓迎する。戦争は停戦となる。

 残念ながらそこまでの器量は中国にはいまだ持ち得ない。

 どうしたら世界から戦争をなくすことが出来るか。

 それはわからない。

 しかし一つのヒントはある。

 世界の多くの国に勤務してきて確信するのは、戦争に賛成する一般市民などいるはずはない、ということだ。

 指導者が政治的に正しく振る舞い、決して紛争を戦争にさせない、という決意があれば、戦争は起こらないのだ。

 そのような指導者を一般国民が選べるような政治体制の国が一つでも増えれば、戦争の可能性は少なくなる。

 世界の国民が手を繋ぐことだ。手を繋いで戦争を始める指導者を選ばない事だ。

 その中心に日本の憲法9条の精神がある。

 日本の政治指導者の中から、憲法9条を世界に広めようと本気で行動する人物が生まれてこない事が残念でならない。

 

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2008年08月09日

小泉新党が動き出すという、冗談のようで、冗談ではないかも知れない話


 小泉新党が動き出すという、冗談のようで、冗談ではないかもしれない話

  どうせたいした話を書いているわけではないのだから格好をつけるわけではないが、政局を書くのは気が進まない。

  なぜか政局の事を書くと文章が卑しくなっていく気がする。書いている自分が嫌になる。

  そう言いながら書きたくなる。所詮は根性が卑しいのだ。

  わが愛読紙の8月9日の日刊ゲンダイに小泉新党が動き出すという記事があった。

  福田自民党に切り捨てられ、出番のなくなった小池百合子や中川秀直などが、このままでは腹の虫がおさまらない、というのだ。その気持ちはわかる。

  自民党総裁選に小池百合子を押し立てて頑張る。それでだめなら自民党を離れて新党で次回選挙を戦う、という。

  私は福田首相が内閣改造を行なった8月1日のブログで、小泉政治が終焉した、だからこのブログも役割も終わった、と書いた。

  それの思いは今でも変わらない。今更小泉改革でもないだろう。

  これからの政局は、不況と生活苦を前にして怒る国民をどうなだめるか、という事を中心に回っていく。

 自民党と民主党のどちの政策が国民にアピールするか、それを競い合う選挙になる。

  小泉元首相は政策を語る能力はない。彼が無責任な事を好き放題語れたのも、首相と言う権力を握っていたからだ。その権力をためらいなく振りかざしたからだ。

  権力を手放した無能な政局の政治家と、やはり政局をあやつって生き延びてきた小池百合子や中川秀直などが、そしてそれに武部や竹中が集まってきても、もはやまともな国民は相手にしないと思う。

  しかし、それは常識的な考えだ。

  政治には常識は通用しない。今の国民は常識では考えられない反応を示す。

  私は小泉新党は次の理由で、ひょっとしたら動き出すのではないか、と実は思っている。

  一つにはこのままでは自民党は終わりになる可能性が高いという事である。

  仮に自民党が残ったとしても、もはや自民党の中で小泉一派は中心的勢力にはなりえない。

  そうだとしたら、このまま自民党に残る意味はないのだ。

  ついこの間までマスコミに追われて有頂天になっていた誇りもある。

  二つには、前の選挙で生まれた大量の小泉チルドレンが黙って落選するより動き出したいと思うだろうからだ。
  彼らの大多数は間違って当選した連中だ。しかし彼らは政治家になった。政治家の甘みを味わった連中はつまらない奴ほど執着心が強い。現職の政治家の強みを活かしてなりふりかまわない行動に出てもおかしくない。失うものは何もない。

  三つ目に、そしてこれが重要なところであるが、小泉元首相がその気になって小池百合子や武部や中川や竹中平蔵と組めば、そして杉村大蔵や佐藤ゆかりやなんかを寄せ集めれば、メディアはさわぐ。政策なんか関係ないのだ。面白ければいいのだ。

  ここまで日本がめちゃくちゃになっているというのに、しかもそれがことごとく小泉偽改革によってもたらされたものであるというのに、そんな動きについていく国民がいるのか、と思うかもしれない。

 しかしそれがありうるのだ。

 国民はバカばかりだ、と言ってしまってはおしまいだが、言ってしまう。

 日本国民はそこまでダメになってしまったと私は思っている。

 さすがにかつてのような数の当選者は望めないかもしれない。

 しかし、社民党や国民新党などをはるかに上回る当選者をだすに違いない。

 あるいは自民、民主についで第三の勢力になるかもしれない。

 問題は、小泉元首相がそのような新党の先頭に立って次回選挙を戦うか、である。

 私はそれはないと思う。

 しかし私の政局判断はよく外れる。

 よく考えてみたら、小泉元首相には恥ずかしいなどという言葉は存在しないのかもしれない。

 再び権力に囲まれて有頂天になりたいのかもしれない。
   
 小泉新党こそ小泉氏の真骨頂かもしれない。

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2008年08月09日

乗り越えられない戦後

 乗り越えられない戦後

 8月9日の東京新聞に次のような言葉を見つけた

 ・・・毎年八月になると実感する。日本の戦後は終わることなく、歳月だけが過ぎていく。広島、長崎の原爆はもちろん、憲法9条、日米安保、そして靖国問題などなど、私たちは、戦後を乗り越えていないのだ・・・昭和の戦争が歴史的に決着をつけられないまま、延々と戦後が続く現状がある・・・

 これは政治学者や歴史家の言葉ではない。「アートで表現するYASUKUNI展」を評する美術評論家の藤田一人という人の言葉だ。

 その展覧会のどこを見てそのような感想を藤田氏が感じたかは私にはわからない。

 しかし、私はまったく別の出来事から、藤田氏と同じ感慨を抱かざるを得なかった。

 それは民主党「核軍縮促進議員連盟」会長の岡田克也副代表が、8日長崎市で記者会見し、日本の非核三原則を韓国、北朝鮮に広め、北東アジアに非核地帯を設ける事を目指す「非核兵器地帯条約案」を発表したという記事を見つけたからだ。

 これは、米国による核の傘に依存した日本の戦後の安全保障体制を「やむをえない」とする自民党との違いを際立たせる狙いであるという。

 しかし、それは大きな勘違いだ。そうでなければ日米安保体制を否定できない民主党の、意図的な平和外交ジェスチャーでしかない。

 そもそも韓国、日本、北朝鮮の三者だけの非核など北朝鮮はおろか韓国さえも賛同するはずはない。
 
 核兵器廃絶は米国抜きでは無意味なのだ。

 米国との関係がよければ他のどの国との関係がよくても意味がない。米国との関係が悪ければ他のどの国との関係がよくてもダメだ、という歴史的な迷い言を国会で堂々と語ったのは、あの小泉元首相であった。

 これが、滑稽なまでに間違いである事は言うに及ばないが、こと核兵器に関してはそれは正しい。

 米国が参加しない核兵器廃絶は意味がなく、米国が率先して提唱する核兵器廃絶は、それを拒絶する国はない、のである。

 東アジアの非核は中国の非核なしには意味がなく、中国の非核は米国が率先してこれを提唱して初めて現実的なものとなるのだ。

 目指すべきは米国の核兵器廃絶なのだ。それなくして戦後を乗り切ることはできない。

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2008年08月09日

ワーキングプアの悲惨さと小泉偽改革の罪


 ワーキングプアの悲惨さと小泉偽改革の罪

  小泉偽改革によって格差社会が加速し、ワーキングプアが急速に増えた。

  もはやその事を正面から否定できるものはいない。

  しかし、ワーキングプアの悲惨さの本質と、それをもたらした小泉新自由主義の真の罪について、ここまで単純、明確に指摘した文章はない。

 8月9日の日経新聞経済コラム「大機小機」は言う。

  ・・・経済的な「欲」ばかりに焦点を当てた政策は、人間の生きがいだけではなく、社会の活力や安全まで奪うおそれがある・・・ワーキング・プアの悲惨さには、低賃金(だけにあるのではない。それ)に加え、強いられる仕事のひどさも影響している。生きがいか、収入か、の選択ではなく、楽しみも誇りも感じられない労働と、その代償として支給される(ものが)最低限の賃金しかないでしかない(という二重の意味の絶望である)ということだ・・・

 その通りであると私も思う。

 そのコラムは更に次のように続ける

  ・・・聖域なき改革を大義にした社会保障の削減によって、保護の網の目からこぼれ落ちた母(父)子世帯や高齢単身者にも言える。経済的な貧しさに加え、人間的きずなの維持も困難になり、社会的な関係の中で何とか生きてきた人間が、(今)激しい孤立感に苦しんでいるのだ・・・

 そして小泉偽改革の罪を次のように喝破してみせる、

 ・・・もし、痛みを伴った小泉純一郎元首相の改革の効果が、(その改革の成果ではなく)、景気の循環的回復の結果に過ぎず、国民生活の改善よりも犠牲の方が大きかったとするなら、改革は国民に対する裏切りだったと言える・・・人間ではなく経済合理人を前提にした小泉改革には、社会が求める安心と安定への配慮が欠けていた・・・


 この的確な記事を、匿名でしかかけないところに、大手新聞の限界を見る。

 

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2008年08月09日

中国ギョーザ問題で福田政権の責任を問うのは五輪後の中国の対応を見てからだ

中国ギョーザ問題で福田政権の責任を問うのは五輪後の中国の対応を見てからだ

  今から思えば、6日の読売新聞の中国ギョーザ問題に関するスクープは近年まれに見る大ヒットであったことになる。

  中国ギョーザ問題は、正しい日中関係を構築できるかどうかの試金石になりつつある。

  民主党が、中国政府からの通報を遅らせた事を批判する談話を発表したという。

  それより少し前には、不公表にした経緯を国民の前に明らかにすべきと、国会での追及姿勢を明らかにした。

  国会での真相追及は徹底して行なってもらいたい。そうすべきである。

  しかし、不公表とした事を、今の時点で直ちに「情報隠蔽である」と声高に糾弾する事は、政局に絡めた性急かつ軽率な対応である。

  その事を今日のブログで書く。

  8日福田首相は北京での胡錦涛主席との首脳会談で、ギョーザ事件の徹底究明と情報公開を求めたという。

  これに対して胡錦涛主席は、できるだけ早く解決する、全力をあげる、と約束したと言う。

  この約束の実行こそ五輪後の日中関係の最大の課題である。

  その成り行きを最後まで徹底して監視し、その結果を俟って日中双方の政府の責任に迫る、これこそが正しい対応なのである。

  情報公開でもっとも注目されるべきは、サミット前の中国側の通報が、どのタイミングでどのように通告されたのか、それに対し日本政府は、どのレベルの判断で、どのように応答したのか、それが正確に公表される事である。

  もし中国側が単に公表を差し控えて欲しいと言って来ただけであったなら、そして、それに対し日本政府が何も注文をつけずに、中国側が嫌がる事をする必要はないと考えて不公表にしていたとすれば、外務省と福田首相はいくら批判されても批判され過ぎる事はない。

  もし中国側が、約束した五輪後の公表において、それでも中国側の非を認めないようであれば、胡錦涛主席の中国は厳しく非難されるべきである。

 そして、真相がどちらにあるかは五輪後の日中双方の対応を見れば直ぐわかる。

 8月9日の日経新聞は日本政府高官が「五輪が終われば、中国側は捜査結果を公表するかも知れない」などと他人事のように言っている。

 同じく8月9日の産経新聞では、ギョーザ事件は北京五輪での首脳会談では「取り上げられない」(外務省関係者)方針だったが、日中両国の「隠蔽」が発覚したので、急遽主要テーマに浮上した、と報じている。

 このような報道を見る限り、五輪後の中国の対応は期待はずれに終わる事になると思う。

 その時福田首相はどう対応するかだ。

 それでも胡錦涛に厳しく迫ることが出来ないのなら、その時こそ福田首相を厳しく追及しなければならない。

 胡錦涛主席の中国を厳しく批判しなければならない。

 その時に向けて国民の関心を集中するためにも、今は隠蔽、隠蔽と騒がない方がよい。

 五輪後の日中双方の対応を注視していきたい、と冷静さを装った方が迫力がある。

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