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2008年08月18日

松尾邦弘という元検事総長の何気ない言葉にその正体を見る


 松尾邦弘という元検事総長の何気ない言葉にその正体を見る

  はじめに断っておくが、私は松尾邦弘という元検事総長には何の面識もない。

  ましてや個人的な恨みやこだわりはない。

  法務官僚のトップに上りつめたエリート官僚に対し、外務省を追われた失格官僚が何を言っても笑われるのがオチだろう。

  しかし、私も松尾氏も、この国の官僚という一点で共通するものを持っていた。

  保身と出世のために、最後は国民よりも権力者に従うという現実主義、打算的処世術である。

  ついでに言えば、私と松尾氏が官僚人生を始めたのもほぼ同時期だ。

  官僚人生の終わりは天と地の開きはあるが、私にとっては元検事総長もただの官僚である。

  その松尾氏の正体を見せる不用意な発言を私は見つけた。

  読売新聞の連載に「時代の証言者」というのがある。

  その18日の記事から、松尾元検事総長の証言がはじまった。

  その一回目の記事に次のような松尾氏の証言があった。

  ・・・私はこの時期、法務事務次官や最高検次長検事などを務め、組織の中枢にいました。最大の課題として常に眼前にあったのが司法制度改革でした・・・

 と述べた後で、松尾氏はこう証言している。

 「・・・債権回収に奔走していた友人の銀行幹部から痛烈な批判を浴びました。『担保不動産を処分したいが、そのための裁判は何年もかかる。司法はいざ必要な時に役に立たない』と。
  こうした不満が経済界を中心に沸き起こり、司法制度改革の論議につながっていきました・・・」

 正体見たり。

 国民からのニーズで裁判員制度が出来たのでは決してない。この国のエリート同士の都合で出来たのだ。

 経済界の仲間の不満を受けて、司法改革を行なったと認めているのである。

 さらに彼の証言は続く。

 99年7月小渕内閣の時にできた司法制度改革審議会は、2001年6月、小泉首相に最終意見書を提出した。

 その意見書の中に盛り込まれていた裁判員制度について、松尾元検事総長はこう証言している。

 「・・・はじめはよくわかりませんでしたが、審議会の議事録を必死で読み、夜遅くまで他の幹部と議論を重ねるうちに、次第に司法の位置づけが見えてきました・・・」

 驚くべき証言である。検察のトップでさえもわからない裁判員制度なのである。

 検察のトップが必死で勉強してできた制度が、何もわからない国民に押しつけられる。

 それが来年5月から始まるのである。

 裁判員制度は、他の多くの制度と同じように、国家権力の弛緩と横暴から生まれたものでしかないのだ。

 それを国民は黙って受け入れさせられるのである。

 

 

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2008年08月18日

外交官人事に見る日本と中国の真剣度の違い


 外交官人事に見る日本と中国の真剣度の違い

 18日の各紙は高村外相の訪日を報じていた。

 どの報道も、楊外相との間で「ギョーザ問題の早期解明で一致した」、「捜査協力の強化で一致した」、などと報じていた。

 そんな中で東京新聞だけが、高村外相の訪中は「五輪観戦」が目的だった?」と書いていた。私はこの記事に注目した。

 私がここで言いたい事は、高村外相がギョーザ問題を話し合うために北京へ行ったのか、五輪観戦のために北京へ行ったのか、どちらが正しいか、を詮索する事ではない。

 この東京新聞の記事を通じて、日本と中国の外交に対する真剣度の違いを見るのだ。

 新華社は「高村外相は五輪観戦のために北京へ来た」と報じたという。戴国務委員は「五輪の試合観戦にわざわざおいでいただいたことを心から歓迎する」と述べたという。

 これら中国側の対応が、ギョーザ問題から世論の目をそらす周到な戦略から来ている事は明らかだ。

 これに対し外務省や高村外相はどう反応したのだろう。

 18日の各紙が報じるところによれば、高村外相は、外相会談の一方で、女子マラソンや女子レスリングを観戦し、日本オリンピック委員会主催のレセプションに出席し日本選手と歓談したりしている。

 ここに私は日本外交の甘さを見る。五輪観戦に来た、と宣伝される隙を与えている。

 私は今度の高村外相の訪中は、五輪観戦が目的の訪中では、もちろんなかったと思う。

 しかし同時にまた、高村外相はギョーザ問題の解決のために訪中したのではなかった。

 五輪期間中の高村外相訪中は以前から検討されていたに違いない。

 そんな中で、読売新聞のスクープによってギョーザ事件隠蔽問題が発覚した。

 あわてた外務省は、国内世論対策のためにギョーザ問題で訪中するかのごとく発表したのだ。

 いつものようなアリバイづくり、情報操作である。

 考えてみるがいい。

 少なくとも今まで報道されていた事が事実であるならば、五輪期間中にはギョーザ問題は凍結したいとする中国側の要請を受けて、これに理解を示し、事実を隠蔽しようとしたのが外務省だった。

 そしてその事がばれた後は、福田首相も高村外相も、外交的には当然の対応だ、五輪後に捜査を加速させる、と開き直ったかのような強弁をしている。

 そうだとすれば五輪期間中にギョーザ問題の解決のために訪中するなどは、自己矛盾なのである。

 今度の外相会談で意味があるとすれば、せいぜい、

 「日本国内の世論がうるさいので、五輪が終わったらひとつよろしくおねがいします。事実関係をなんらかの形で公表できなければ、世論や野党が納得しませんから」

  と陳情するくらいなのである。

  その程度の外相会談が、「ギョーザ早期解明で一致」、「捜査協力強化で一致」という見出しに見事に化けたのである。

  今度の外相会談の成果の有無も含め、すべては五輪が終わった後の中国側の出方で明らかにされる。私がギョーザ問題の進展は五輪後に注目すべきだと繰り返している理由がそこにある。

 このような彼我の外交力の違いを示す見事な記事を18日の毎日新聞「発信箱」に見つけたので、是非ともここで紹介しておきたい。

 「ブッシュ家と中国」と題して、北米総局の坂東賢治氏が次のように書いている。

  「・・・米中が対戦した10日の北京五輪バスケット会場。
   ブッシュ大統領と父親のブッシュ元大統領にはさまれて中国の楊外相が座り、観戦していた。
   ・・・74年ー75年に北京で国交正常化前の連絡事務所長をつとめた父ブッシュ氏は鄧小平氏らと
   親交を持った。
     中国は77年に公職を離れた父ブッシュ氏を招待し、異例のチベット入りを認めた。
   その時の通訳が、(当時)まだ20歳の楊氏だった。
     寅年生まれの楊氏は「タイガー・ヤン」と呼ばれ、ブッシュ一行から可愛がられた。
   その後、鄧氏の通訳や米国大使館勤務を重ねながら、ブッシュ家との関係を深める。
     先代ブッシュ政権下には中国政府の密使役となり、ホワイトハウスの住居部分に潜入した事もあったという。
    01年に現ブッシュ政権が誕生すると駐米大使に就任し、ブッシュ大統領とも密接な関係を築い
   た・・・」

    ここまで述べてきた後で、坂東記者は次のような強烈な言葉でその記事をしめくくるのである。

   「・・・ブッシュ大統領は小泉純一郎元首相を『最も親しい友人の一人』と強調していたが、楊氏の
    場合、こうした外交辞令とは別の次元の関係だ・・・(日本は米国の最大の同盟国と自分で宣伝    しているが、その)同盟国すら構築が難しい「特別な関係」が(米国と中国の間に)存在すること
    は隣国としても抑えておくべきだ・・・」

   米国要人との個人的な関係をここまで築ける日本の外交官はただの一人もいない。
   外務省の「戦略なきトコロテン人事」では、決してこのような外交官を育成する事は出来ない。

    ましてや外交とはおよそ無縁な日本の政治家が、いきなり首相になってエルビスプレスリーの
   まねをしたからといって、ブッシュ大統領と個人的な朋友関係を結んだなどと喧伝するのは、あまり   にも悲しいジョークである。
    総理の座を離れたとたん、それが見事に剥がれ落ちている。小泉元首相と米国、ブッシュ大統    領の関係は、ものの見事に雲散霧消してしまっている。

    もったいない話だ。情けない話だ。

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