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2008年08月07日

田中康夫の政治感覚に期待する


 田中康夫の政治感覚に期待する

  日刊ゲンダイの連載に田中康夫の「奇っ怪ニッポン」というのがある。

  その8月7日の指摘は私のそれとまったく同じだ。

  すなわち、侮り難し、福田改造内閣!である。

  田中康夫は喝破している。

  政権交代がすべての民主党は、小泉、安倍「似非構造改革」から決別した福田「仕事師内閣」を決して甘く見てはいけないと。

  これは私の認識と一致する。

  見ているがいい。福田改造内閣は「地方」対策に心血を注いで来るだろう。

  消費税はもはや福田改造内閣の主張ではなくなる。凍結なのだ。

  テロ給油法の再延長にはもはやこだわらない。

  中国憎しの右翼とは一線を画し、靖国参拝を封印し、戦略的互恵関係に邁進する福田自民党政権は、民主党との違いが見えなくなってくる。

  それはまた寄り合い所帯の民主党の弱点をつく、おそるべしヌエ的自由民主党の真骨頂である。

  この事を正面から言い当てている田中康夫の政治感覚は見事だ。

  そのような政治感覚を持った田中康夫は、民主党でも自民党でもない。
 
  ましてや左翼では決してない。

  新党日本はいまのところまったく音なしの構えだ。

  マスコミも田中新党日本の事をまったく報じていない。

  しかし、この政治感覚を持った田中康夫である。

  総選挙を睨んだ新党の動きや政界再編の動きの中で、このまま音なしで終わるはずはない。

  あらゆるしがらみから脱した田中康夫の政治感覚に、私は期待する。

   新党日本の動向に注目する。

  

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2008年08月07日

スポーツは人間賛歌だ

 スポーツは人間賛歌だ

  いよいよ北京五輪が明日からはじまる。しばらくは選手の活躍に熱中しよう。声援を送ろう。

  なぜスポーツは素晴らしいのか。

  それは虚飾のない世界だからだ。

  自分の体一つで勝負する世界だからだ。

  一瞬の勝負のために長く、苦しい練習を積み重ねてきた。

  それにもかかわらず勝てる保証はない。
  
  その不安と戦いながら勝負に挑む。

  そこに我々は感動を覚えるのだ。

  我々凡人はそのような競技に参加できるはずはない。

  しかし、だからこそ、自らをそこに投影して、その感動を共有する贅沢を味わうのだ。

  友達が自転車を買ってもらった時、私には親からもらった脚があると言って、友達の漕ぐ自転車の後を追って走り回ったというマラソンの野口みずき。貧しさに負けなかったけなげな心意気がそこにある。

  台所にはいつもバーベルがあったという重量挙げの三宅宏実。64年の東京オリンピックで銅メダルをとった父の三宅義行が、顔面を崩してバーベルを持ち上げた瞬間の写真を見ながら、私は大学受験に励んだものだ。

  田村で金、谷で金、ママで金、という名言を語ったやわらちゃんこと谷亮子。ママでこそ金を取ってもらいたい。

  女性だけではない。私が期待する一人は柔道の石井慧だ。一本勝ちで金メダルをとるのは格好がいいかもしれない。しかし勝つためには組み技でも、時間稼ぎでもいい、格好悪いと批判されてもかまわない、と言い切って金メダルを取ると公言する、その覚悟がいい。

  北京五輪が無事成功に終わる事を祈る。

  勝っても負けても、選手達が無事にその練習の成果を発揮できる事を願う。

  何でもかんでも中国を批判し、北京五輪の問題ばかりを騒ぎ立てる連中も、しばし選手達に声援を送ることに反対は出来ないはずだ。

  日本の見苦しい政争も北京五輪の間は休戦だ。そんな政争は、五輪参加の選手達の活躍の前には、あまりにも卑小である。

  スポーツにはいかなる批判も封じる力がある。そこには人間賛歌がある。

 

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2008年08月07日

日刊ゲンダイの悩み


 日刊ゲンダイの悩み

 どうでもいい話だけれど、思わず苦笑せざるを得なかった話を一つ。

 私の愛読紙に日刊ゲンダイがある。一頃私も少しだけ連載寄稿していた事がある。

 だからゴマをするわけではない。日刊ゲンダイの基本スタンスが気に入っているのだ。

 なにしろ日刊ゲンダイは政権批判に徹している。

 今は福田政権批判の一色だが、その前は安倍政権、そしてその前は小泉政権と、一貫して時の政権批判を行なってきた。

 民主党が政権をとれば民主党を批判することになる。

 現実的にはありえないことだけれど、共産党が政権をとればもちろん共産党政権批判だ。

 そして、それはそのまま私の基本的スタンスでもある。

 権力は腐敗する。だから権力者そのものが批判の対象なのである。

  ところがそこには大きな問題がある。

  長所はまた欠点でもある。ぶれる事のない一貫した政権批判は、同時にまたワンパターンの政権批判を繰り返すことになってしまう。

  8月6日の日刊ゲンダイに福田改造内閣は小泉改革路線の否定であるという記事があった。

  世間では同じ清和会に属するよしみで福田首相は小泉元首相の意見を聞いたり相談したりする仲だと思われているが、実はそうではない。今度の改造人事で、福田が小泉を嫌っている事がはっきりした、と書いている。

 ここまでは私の考えとまったく同じだ。

 ところが日刊ゲンダイはあくまでも現政権の批判に徹している。

 だから小泉偽改革から決別した事さえも福田批判につなげなければならない。

 そこが私と日刊ゲンダイの違うところだ。

  私は、今の日本の政治や経済の崩壊と国民生活の困窮の責任は、5年半もの長きにわたって繰り返された小泉偽装改革のせいだと思っている。日本を米国に売り渡した対米従属外交のせいだと思っている。

 だから、少なくとも今度の改造内閣で明確に小泉一派を排除した事は快挙だと思っている。

 おそらく日刊ゲンダイの編集者や記者も内心そう思っているに違いない。

 しかし日刊ゲンダイはあくまでも現政権の批判に徹するという方針を固めているに違いない。

 福田政権を批判し続けるしかないのだ。

 日刊ゲンダイの悩みがそこにある。

 愛読者の一人として同情を禁じえない。

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