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2008年07月27日

研修生と言う名の外国人低賃金労働者


 研修生と言う名の外国人低賃金労働者

  何が卑劣かといって、国が偽装制度をつくって、裁量権にまかせて違法まがいの事を行なうほど、卑劣な事はない。

  何が醜悪かといって、貧者の弱みに付け込んで搾取を行なう事ほど醜悪な事はない。

  しかし、それがこの国で公然と行なわれてきたのだ。

  27日の朝日新聞は「外国人 名ばかり研修生」という見出しの特集記事を掲載していた。

  日本の企業、とりわけ中小企業は人手不足を埋める単純労働者を必要としている。経費節約の昨今はとりわけ必要だ。

  しかし外国人の単純労働者を受け入れるかどうかについては国内の議論がまとまらない。

  それをまとめあげて、堂々と外国人労働者を認める法律をつくる覚悟も、努力も、事なかれ主義の官僚たちにはない。

  その一方で、低賃金外国人労働者を求める企業側の要求は高まる一方だ。

  それをはねつけ、あるいは企業の依頼を受けて圧力をかけてくる政治家を跳ね返す度胸は、官僚たちにはない。

  そこで官僚の浅知恵で考え出したのが、研修生受け入れの名目で事実上の単純労働者を認めるという偽装研修生、名ばかり研修生制度である。

  そのための組織として、91年には財団法人国際研修協力機構なるものが、法務省、外務省、通産省、労働省の談合で作られた。

  そしてちゃっかりとその幹部ポストに各省は天下りを送り込んでいる。

  研修と言う名の労働者受け入れが、関係者すべての幸福に繋がるのであればいい。

  しかしどうしても無理が生じる。不透明さがつきまとう。搾取が起きる。

  弱者である外国人研修生(労働者)にしわ寄せが行く。

   この不合理さを糾弾しているのが朝日新聞の記事である。

   「菓子づくりを教える」といいながら菓子の箱詰め作業だけをさせたり、時間外労働や賃金不払いなどの「不正行為」も急増しつつあるという。

  悩ましいのは貧しい国からやってくる貧しい外国人労働者の中に、それでも大金をためる事が出来るので我慢して日本へ来るという者が少なからずいるという現実である。

   雇用者側のすべてが悪徳企業ばかりではなく、労使ともども感謝しあって円満に行っている場合もあるということだ。

   世の中は、何でもかんでも白黒をはっきりさせなければならない、という訳ではない。

   しかし、やはり今の状況は改められなければならない。

   単純労働者がどうしても必要ならば、制度を見直して正規の労働者として迎え入れるべきである。

  「外国人を招いておいて、奴隷のように働かせる」(ある弁護士の言葉)

   日本はそんな国であってはならない。

   政府がそれを放任しているようではいけないのである。

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2008年07月27日

ついに大手新聞まで書き出した、「裁判員制度は第二の後期高齢者医療制度」となるおそれ


  ついに大手新聞まで書き出した、「裁判員制度は第二の後期高齢者医療制度」となるおそれ

  私は7月15日のブログで、来年に始まる裁判員制度は、間違いなく第二の後期高齢者医療制度となる、と書いた。

  それはもちろん冗談ではない。基本的なところで同じ問題を抱えているからだ。

  すなわち制度そのものが不備、不合理であるということだ。

  それにもかかわらず、国民的関心が高まらないままにどんどんと準備が進められたということだ。

  いざその制度が現実のものとなった時、裁判員に借り出される国民が、「そんな事は知らなかった」と文句を言出だすに違いないからだ。

   そんな私の思いが的中することを裏付けるような記事が7月27日の朝日新聞に出ていた。

   来年5月から始まる裁判員制度に対する国民の間での参加意識がなかなか高まらない。

  そんな状況の中で導入したら、「新たな国民負担」と受け止められれば、それが政府批判に繋がるおそれがある、

   これを福田首相の周辺が本気で懸念し始めた、という記事である。

   私の推測の正しさを誇示したいために書いているのではない。

   当然の成り行きである。そしてそれをわかっていて政策変更の出来ない官僚組織の硬直性が、この国を不必要に混乱させているのである。

   ついでに言えば三年先に導入されるデジタル放送制度についても同様である。

   低俗番組がほとんどのこの国のテレビ番組に、なぜ今以上の高画質のシステムが必要なのか。

   無駄な経費を強いる強制的なデジタル放送制度の導入もまた、間違いなく国民の反発を食らうに違いない。

   その不純な導入理由が糾弾されるに違いない。

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2008年07月27日

むのたけじの言葉


 むのたけじの言葉

  27日の朝日新聞書評欄に「新聞と戦争」(朝日新聞出版)という本の紹介があった。

  07年4月から一年間朝日新聞の夕刊に連載された「満州事変以降の15年戦争の検証」を、一冊にまとめたものであるという。

  「あの戦争は、マスメディアの協力なしには遂行できなかった・・・」で始まり、「ジャーナリストがジャーナリストでなくなっていったことにこそ、その最大の悲劇があった」という言葉で締めくくられているその書評は、最近読んだ、むのたけじの「戦争絶滅へ、人間復活へ」(岩波新書)を思い出させてくれた。

  むのたけじとは、戦争に加担したジャーナリズムの責任をとって、終戦の日である1945年8月15日に朝日新聞を辞め、週刊新聞「たいまつ」を創刊した今年93歳の元朝日新聞記者のことである。

  ノンフィクション・ライター黒岩比佐子氏が、むのたけじにインタビューを繰り返して綴ったこの本は、むのたけじの反戦への強烈な言葉がちりばめられている。

  たとえば従軍記者として目撃した事実を語る次のような言葉は、およそ戦争と言うものを少しでも擁護するあらゆる議論を木っ端微塵に粉砕する。

  ・・・戦争のことを一番よく知っているのは、実際に戦場で戦った人たちです。ところが戦場へ行けばわかりますが、行ってしまえばもう「狂い」ですよ。相手を先に殺さなければこちらが殺されるという恐怖感。これが朝昼晩とずっと消えることがない。三日ぐらいそれが続くと、誰もが神経がくたくたになって、それから先は「どうにでもなれ」という思考停止の状態になってしまうんです。したがって、戦場からは反戦運動というものは絶対に出てきません・・・

    本当にいやなことだけれども、戦場にいる男にとっては、セックスだけが「生きている」という実感になる・・・ものを奪う、火をつける、盗む、だます、強姦する・・・ということが、戦場における特権として・・・黙認されてきた。

 ・・・あえて言いますが、ほとんどの男は、とても自分の女房や子供たちに話せないようなことを、戦場でやって(きた・・・)
 私はインドネシアの慰安所に行って、実際になかに入って、女性たちから話を聞きました・・・兵士が何人もズボンをずり下げて順番待ちをしている。女の側は、膣のなかが何人もの液体でごちゃごちゃになるので、三人終わると便所へ行って、ウーンと力んで射精されたのを出してまたすぐ戻ってくる。そうした事実があったということは、ここではっきり言っておきます・・・

  負けた戦争を「勝った、勝った」といい続け、嘘ばかり書いていたのだから、ここできちんとけじめをつけて辞するべきだ、新しい新聞をつくる資格をもった人々に朝日新聞を委ねるべきだ、

  そう訴えたむのたけじに、みんな黙っているだけで反論はしない。そして誰も辞めるものが出てこなった。

  むのたけじは今でも正しく評価されることはない。

  ここに日本の反戦の限界がある。欺瞞がある。

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2008年07月27日

 小泉と福田の違い


 小泉と福田の違い

  どうやら年明け早々にも解散・総選挙が行なわれる雲行きになってきた。

  そこで、私なりに福田首相の行く末を考えてみたい。

  福田首相の不人気の最大の理由はリーダーシップが見えないということらしい。

  あらゆる世論調査を見てもそうなっている。

  そして、それと対比して語られるのが小泉元首相のわかりやすさである。

  その結果としての高支持率である。

  私は人後に落ちない小泉政治批判者の一人であるが、小泉政治で唯一ほめるとすれば、このリーダーシップである。

  もちろん、その殆どが誤りであった。その結果日本は滅茶苦茶になった。

  靖国神社参拝にこだわって日中関係を凍結させたり、ブッシュ大統領の米国に追従して日本を米国に売り渡したり、郵政改革を改革の本丸だなどとピント外れな主張を行なってそのツケを後にまわしたりと、およそまともな国民であれば、おかしいと思うようなことを押し通した。

  だから、唯一評価できると言った、この小泉元首相の誤ったリーダーシップこそ、私の小泉批判の核心であるのだが、福田政治との対比において、今は、逆説的に、そのリーダーシップを、福田首相に欠けている長所としておく。

  そしてここからが重要な事なのだが、その時も、そして今はなおさらに、日本が直面している閉塞感を打ち破るには、トップが方向性を示さなければ国民は満足できないところまで来ているのだ。

  そもそも日本が抱えている諸問題の解決は、誰が行なっても名解答などありえない。

  そうだとすれば、とにかく自分の考えを打ち出して指導者としての解答案を提示することである。

  小泉元首相はろくに考えもしないで解答を出しまくった。

  それに異論があろうが、なかろうが、平気で押し通した。

  その無責任さと厚かましさにはあきれ返るが、それでもその時は誰もその勢いに押された。

  そして、今となってそれが間違っていたと論じてみても、もはや後の祭りなのだ。

   おそらく福田首相は小泉元首相と好対照な常識人なのであろう。

  官僚たちの意見に耳を傾け、周囲の政治家の声を聞いて落ち着きさきを見極めるという調整型なのであろう。

  だからその決断も、たいしたことがない代わりに、大きな誤りをおかしそうもない。

  そうであればこそ、ここで福田首相は自分の意思を明確に打ち出すべきだ。

  自らの手で内閣を改造し、自分のやりたい政策を明らかにし、一つでもそれを実現して、そして自分の手で解散・総選挙に打って出る時である。  

  それでも負けると思うがそれは福田首相の責任ではない。自民党は小泉元首相によって完全に壊れされてしまったのだ。終わっていたのだ。

  それを明らかにするためにも年明け早々の解散・総選挙に向けて自己主張をすべきである。

  案外それが福田政権の起死回生策かもしれない。

  

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2008年07月26日

ありきたりの報道からは何も見えてこない


 ありきたりの報道からは何も見えてこない

 今に始まったことではないが、大手メディアが報じるありきたりの報道からは、今の日本が抱えている深刻な問題は何も見えてこない。

 政府の政策が、如何に無策であるかがわからない。

  たとえば25日に総務省が発表した6月の消費者物価指数に関するニュースだ。

  15年ぶりの大幅上昇を憂えている。消費が細り、景気回復に暗雲が立ち込めると嘆く。

  しかし、そこには政府の無策についての追及はない。

  所得が増えないのに生活必需品の物価が上がるのだ。

  生活を切り詰めるしかない。欲しいものまで買い控えざるをえない。

  物が売れなくなるのは当然だ。製造業が落ち込むのは当然だ。

  余裕資金がなくなれば遊ぶ金もなくなる。金融商品に手を出す気にもなれない。

  景気が低迷するのは当たり前だ。

   それなのに政府は財政赤字解消のために、更なる増税やむなしと主張する。

   まともな政策ではない。

   増税をするためには、その前に無駄をなくさなければならないのは当然だ。

   だから、増税の口実として、町村官房長は25日の記者会見で「無駄ゼロ」を推進するため有識者   からなる「行政支出総点検会議」なるものを発表した。

    しかし効果は皆無だろう。

    無駄はもちろんなくすべきだ。しかし今の膨大な財政赤字を本気での解決しようとするなら、無駄をなくす程度のパフォーマンスでは焼け石に水だ。

   労多くして節約額の少ない萎縮策よりも、予算編成を抜本的に改める事こそ必要なのだ。

   防衛費やODA費を凍結したり、国会議員を無給にしたり、公務員定員を半減したり独立行政法人を全廃し、その代わりに生活補助費を増額するなど、官僚と族議員任せの予算編成を根本的に変えない限り、この国の危機は終わらない。

   7月26日の朝日新聞が平沼新党について書いていた。その中で平沼氏の次の言葉が引用されていた。

  「自民党にも、民主党にも、どうしても満足できない声がある。一緒にその声に応える」

  これは護憲、市民派のいうセリフではないのか。

  その護憲、市民派がまとまって新党をつくろうとするのならわかる。

  ところがその動きがまったくない中で、ウルトラ保守の平沼新党が、自民でも民主でもない者たちの期待に応えるという。

  おかしくはないか。

  こんな新党が成功するはずはない。

  革新勢力側から第三の勢力が出てこない今の日本はおかしい。

  日朝関係進展に向けて外遊中の高村外相は中国に協力要請をしたという事が23日の産経新聞で取り上げられていた。

  米国に頼み、それでだめなら中国に頼むという訳だ。

  そう思っていたら、今度はハノイでベトナムの外相にまで、拉致問題の解決を要請したという(26日産経新聞)。

  冗談ではないか。なぜベトナムにまで日朝関係進展の協力を頼まなければならないのか。

  北朝鮮に対して最も利害関係のある国は日本である。影響力のある国は日本である。

  だからこそ小泉元首相が訪朝したのではなかったか。ピョンヤン宣言を結んだのではなかったか。

  秋山直紀という防衛コンサルタントが脱税容疑でついに逮捕された。

  この問題で批判の矢面に立っているのが防衛省だ。守屋前次官の醜聞からいもずる式に明るみになった防衛関連企業をめぐる日米癒着問題である。

  しかしこの問題で当惑している省がもう一つある。それは外務省だ。

  秋山は外務省管轄の社団法人「日米平和・文化交流協会」の専務理事であった。

  監督責任はないのか。外務官僚の関与はないのか。

  それよりもなによりも、ここまで秋山が増長した理由は、彼がラムズフェルド、アーミテージ、コーエンをはじめとした米国の要人と太いパイプがあったということになっている。

  それは裏を返せば、日米安全保障関係は外務省の専管事項だと主張してきた外務省が、駐米大使を含め、如何に米国要人とのパイプが希薄であるかの証明でもある。

   米国が秋山を重要視していたとはとても思えない。

   それにもかかわらず秋山を、さも米国との太いパイプがあるかのように見せたのは、外務省の無能さの責任である。

   26日の東京新聞は国家公務員の定年を65歳まで延長することを検討する中間報告をまとめたと報じた。

   これほど時代に逆行した事はない。

   キャリアの早期退職は、同期との昇進に敗れた者を救済するための天下りシステムにある。定年年齢の引き延ばしとは無関係だ。
 
   ただでさえ60歳まで身分保障されている一般公務員の定年を65歳まで延長するのは公務員優遇でしかない。

   ましてや年金を受け取るまで定年を引き延ばすなどとは、公務員天国を地で行くようなものだ。

   ありきたりの報道では何も真実は見えてこない。
 

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2008年07月25日

スポーツジャーナリスト二宮清純の嘆き


 スポーツジャーナリスト二宮清純の嘆き

  一般の国民には信じられない事だろうが、私にはさもありなんと苦笑して読まざるをえなかった記事を、25日の産経新聞に見つけた。

  スポーツジャーナリスト二宮清純氏の手によるコラム「断」である。

 外務省のゴシップ話に過ぎないが、興味深かったのでこのブログで書いてみる。

  野茂が引退を表明した事から、その野茂にまつわる13年前の話を、「もう時効だから書いてもいいだろう」と前置きして、二宮清純氏は次のようなエピソードを披露していた。

  渡米したその年、野茂はオールスターゲームに、ドジャース監督推薦で選ばれた。

  二宮氏が宿泊していたホテルに深夜外務省の職員から電話がかかってきたという。

 「あなたが二宮さん?ちょっと頼みがある。村山首相(当時)から野茂選手宛の親書を預かっているのだが、お渡し願えないか?あなたは野茂選手と親しいと聞いている」

 面識も何もない外務省職員からのいきなりの慇懃無礼な電話に、二宮氏は次のように答えた。

 「そんな重要なものは預かれない。ご自身でお渡しになればいいじゃないですか」

  一旦は引き下がったその職員から、今度はうってかわって丁寧な言葉遣いで、数分後再び電話がかかってきた。

 「実は野茂選手の宿泊しているホテルがわからないのです。何とかお願いできないものでしょうか」

  仕方ないので引き受けた。翌朝、親書を受け取ると、差出人の名が「MURAYAMA]ではなく「MURIYAMA」とスペリング間違いになっていた・・・

  二宮氏はそのコラムを次の言葉で締めくくっている。

 「・・・それは笑い話だからいいのだが、後で心配になった。外務省の・・・能力はその程度なのか・・・あれは特例中の特例であったと思いたい・・・」

  外務省の名誉のために言っておく。外務省の職員のすべてがこんな職員ばかりというわけではない。

  しかし、特例ではない。よく見られる外務省の普通の仕事振りなのである。

  今日25日の新聞で外務省幹部の定期人事異動が出ていた。

  すっかり若返って、知らない職員までもが幹部になる時代になった。

  しかし、その顔ぶれをみて、こんな奴でも幹部になるようになったのかという思いであった。

  その中には、二宮氏が「特例中の特例と思いたい」ような仕事をしてきた者が確かにいる。

  

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2008年07月24日

  立ち話しかできない日本の北朝鮮外交


 立ち話しかできない日本の北朝鮮外交

   岩手地震がもう少しはやく起きていれば今朝の紙面は地震記事で埋め尽くされていたに違いない。

   しかし外務省にとっては残念な事に、地震記事は朝刊には間に合わなかった。

   おかげで24日の各紙は北朝鮮の核問題をめぐる6カ国外相会議の空虚さを競って報道していた。

   どれも内容は同じだ。見出しをざっと拾ってみてもこの調子だ。

  「空虚な政治ショー」、「検証手順 進展なし」、「拉致再調査 空文化の恐れも」(毎日)。

  「核検証 議論進まず」、「拉致再調査、動きなし」(朝日)。

  「北は見通し示さず 再び見返り要求」(読売)。

  「米朝思惑外交ショー」、「北、前向き姿勢を演出」、「日本 進展ムード 警戒」(東京)。

  「同床異夢の6カ国協議」、「まず拉致進展 原則貫くしかない日本」(産経)。

  「核検証、駆け引き続く」、「北朝鮮 見返り支援に固執」、「拉致進展見えず」(日経)。

   ここまで各紙の見出しが一致するのもめずらしい。よほど不毛な外相会合であったに違いない。

   驚くべきは次の記事だ。

  拉致問題解決に向けて米政府の働きかけを重ねて要請した際、高村外相は「北朝鮮は6月に約束した再調査を実施していない」(からテロ指定解除には慎重に対応してほしい)とライス長官に伝えたという。

  その時のライス長官の返答が

  「日朝間でまったく何も起こっていないのか」というものだったという。(読売、朝日、毎日)

  報道では、ライス長官は、「よくわかった。北朝鮮にしっかりメッセージを伝えたい」とされている。

  外務省が流した一方的な情報にもとづく記事はだいたい嘘であると相場は決まっている。

  ライス長官の本心は、「なにをもたもたしているのよ。信じられない」というものだったに違いない。

  それよりも惨めなのは、北朝鮮外相との接触が立ち話でしか出来なかった、という事実だ。

  その立ち話で高村外相が「(拉致問題を含む)諸懸案を解決し日朝関係を進めよう」と呼びかけたのに対し、北朝鮮外相は一言「同意する」といったと言う。

  高村外相が自分からわざわざ記者団にブリーフしているのだ。アリバイ作りだ。北朝鮮外相は本当に「同意する」などと言ったのだろうか。とてもそうは思えない。

  実は同様な事は以前にも繰り返されていた。

  最近外務事務次官に昇進した藪中氏がアジア太平洋局長の時だ。会おうとしない北朝鮮側代表の腕をつかまえて無理やり一言発してみる。

  それが「北朝鮮代表との会談」に化けて日本記者団に説明され、「話し合った」という記事になる。

  会えずに帰ってきたとなると面目が立たないから、アリバイをつくる。

   なんとも情けない外交の繰り返しである。

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2008年07月24日

 無差別殺人事件を防ぐ事の出来ないこの国の政治


 無差別殺人事件を防ぐ事の出来ないこの国の政治

  ここまで頻繁に無差別殺人事件が起きると、さすがにこの国は壊れてしまったと思わざるをえない。

  いくらその背後にある原因を論じてみても、もはやむなしい。

  おそらく今後も同様の事件が後をたたないだろう。

  そうであるならば、我々は、国をあげて真剣に早急な対策を考えなくてはならないのではないか。

  どのような対策が効果的かは、勿論誰にもわからない。

  しかし、それでも、あらゆる叡智を結集して対策を講じなければならない。

  そしてその責任は真っ先に政治にある。

  政治家がその暇と金と権力を結集して、行動に移さなければ職務怠慢だ。

  ところが7月23日の日刊ゲンダイは、小泉元首相が最近ボーリングに凝っているというニュースを流していた。

  しかもただのボーリングではない。一時間何万円もする高級ボーリングサロンで、小泉チルドレンらを集めて生き残りを策しているというのだ。

  本当なのか。俄かには信じられない話だ。

  現職の政治家が、しかもこの国の総理として5年半も国政をあづかった者が、この時期にそんな事が平気で出来るものなのか。

  もし日刊ゲンダイの記事が事実であれば、それを一言も糾弾しない、出来ないテレビや大手メディアは異常だ。

  それ以上に異常なのは、小泉純一郎という人間の人間性である。

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2008年07月24日

インド洋で米国に給油するのでなく、日本国民に回すべきだ


 インド洋で米国に給油するのでなく、日本国民に回すべきだ

  この言葉は、23日の記者会見で福島瑞穂社民党党首が話した言葉であるという。

  その事を24日の毎日新聞がベタ記事で遠慮がちに報じていた。

  これは大部分の国民が心の中で思っている素直な考えであろう。

  高い価格でメジャーから原油を買わされ、それをそのまま米軍に給油するなどという馬鹿げた事を行なっている国が世界にあるだろうか。

  その一方で、日本においては、漁民や運送業者などが休業を迫られ、国民は運転を節約するという窮状である。

  しかも、来年1月に期限が切れるそのテロ給油法を延長することが、来るべき臨時国会における、自公政権の最優先課題であるという。

  どう考えてもおかしいではないか。

  しかし、このあたりまえのことが、福島社民党党首から語られる時、誰も相手にしない、そこがこの国の深刻な問題である。

 このようなあたりまえのことが、国民的人気のある東国原知事や橋下知事からは決して出てこない、そこがこの国の深刻な問題である。

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2008年07月23日

解決できない年金問題と舛添大臣の責任

 解決できない年金問題と舛添大臣の責任

  私は60歳の誕生日を迎えた昨年7月19日から月額14万608円の国家公務員共済年金を受け取る年金生活者となった。それから一年が過ぎた。

  その額では足らないと、64歳からの追加支給を前倒しする手続きを近くの社会保険事務所に赴いて行なってきた。

  いくつかの不利な条件を認めたうえで、10月ごろの支給から年額50万円ほどの追加が認められることになった。

  それでも月額20万円にも満たない。しかしこれが私が生涯受け取る年金額のすべてであることを知らされた。

  35年間キャリア外交官として共済年金を払い続けてきた私が受け取る年金のすべてである。

  共済年金の支払額は、大まかに言えば生涯給与の平均と勤続年数の月数で計算されるらしい。

  数年前に退職を迫られた私の年金受給額が、今でも大使を続けている同僚がやがて40年あまりの任期をまっとうして受け取る年金額より少ない事は明らかである。

  それでも、私より少ない年金額すら、年金記録不明で受け取れない国民にくらべれば、親方日の丸だと言われるだろう。

  それほどにこの国の年金制度の矛盾は深刻なのだ。

  ところが、根本的な制度改革をしなければ公正な年金制度の存続はありえないことがここまで明らかになったというのに、年金記録の不備ばかりが議論され、社会保険庁をつぶして新しい日本年金機構をつくるといった組織いじりばかりが議論され、肝心の年金制度見直しが進まない。

  なぜか。その理由は簡単だ。

  年金制度の根本的改革は今の政権とそれを支える官僚では出来ないからだ。

  そして、そんな政府、官僚の無能を、国民が一丸となって追及できないでいるからだ。

  今の年金制度で困っていない人たちが、まちがいなく多数いる。

  先般近くの病院に行って待合時間をある老人と話す機会があった。

  その老人は、たしかに後期高齢者医療費の値上げと天引きについて怒っていた。

  ところがその老人の年金受給額を知って驚いた。私の受給額よりはるかに多いのだ。

  その老人は大企業のサラリーマンではない。ふつうの地方の勤労者だったという。

  いうまでもなく、年金をかなり前から受給している人たちは、制度が変更しても遡及しないから、その受取額は多い。不満を言えばきりがないが、贅沢をしなければやりくりできる年金受給額だ。

  たとえば塩川正十郎のように、自分は十分な収入があるので、面倒な手続きをしてまで年金を受け取らなくてもよい、などとテレビで豪語する軽率な者がいる。

  福井日銀総裁のように、毎年の年金額だけでも800万円も受け取っているという報道もある。

  このような恵まれた国民に、年金改革への切羽詰った関心がないのは当然だ。

  しかし、一般国民の中にも、早々と年金生活をして既得権を確保している国民は、既得権を損なわれる年金改革には断固として反対するに違いない。

  今日(7月23日)の日経新聞「ザ厚労省」⑤に、公的年金制度の源流である労働者年金保険制度の創設者である旧厚生官僚、花沢武夫(故人)の次の言葉を見つけた。

 「・・・すぐに考えたのは膨大な資金の運用ですね。何十兆円もあるから、一流の銀行だってかなわない。厚生省の連中がOBになった時の勤め口に困らない。年金を払うのは先のことだから、今のうちにどんどん使ってしまって構わない・・・」

 花沢は死んだ。しかし花沢のような性根の厚生官僚が、年金記録の不備、喪失をもたらしたのだ。

 そこに殴りこんだのが舛添大臣であったはずだ。年金問題の解決は不可能だと暴露したのが枡添大臣だった。それゆえに国民的人気が高まった。

 その舛添が、ある時点で手のひらを返したように豹変し始めた。厚生労働省の味方になった。

 そして、噂される次の内閣改造で、「全力でやっていく」とデモンストレーションをして留任工作をしているという(23日毎日新聞)。

 「それほどまでして大臣がやりたいのか」

 その問いかけに、彼は応えるだろう。

 「その通りです。大臣になってこんなにいいものだとは思いませんでした。手放したくないです」と。

 そこが舛添の面白いところだ。憎めないところだ。

 確かに舛添以外の誰になっても年金問題は解決できないだろう。

 しかし、人気があるからといって福田首相が舛添大臣を留任させるようではこの国はおしまいだ。

 年金問題を何一つ解決できなかった舛添えには、責任はとってもらわなくてはいけない。

 けじめすらつけられない福田政権では、年金問題は決して解決しない。

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2008年07月22日

蟹工船ブームと日本共産党の勘違い


 蟹工船ブームと日本共産党の勘違い

  日本共産党の主張する政策は私もその殆どを評価する。

  しかし私は共産主義を認めない。平等よりも自由を選ぶからだ。

  そのような私を日本共産党は受け入れない。私も日本共産党に媚びる必要は何も無い。

  だから、かねてから気になっていたことを今日のブログで書く。

  私にその気を起こさせたのは、昨21日の夜のビートたけしのTVタックルで、日本共産党がみようにはしゃいでいたからだ。

  共産党本部にカメラを入れ、志位委員長や小池政策委員長があの低俗番組に媚びていた。

  最近の共産党議員は娯楽政治番組の常連となっている。選挙前に高感度をあげようとする計算がありありと見える。本来のあるべき姿ではない。

  小林多喜二の蟹工船がブームである。そのおかげかどうかは知らないが、最近の世論調査では日本共産党の支持率があがっている。党員の数も増えていると報道されている。

  御同慶の至りだ。皮肉でなく本心から喜んでいる。

  自公政権の支持率があがるよりも野党の支持率が増えるほうがいいと、私は思っている。

  たとえ日本共産党であっても、その支持率の増加は歓迎する。

  しかし日本共産党は勘違いしない方がよい。

  若者の心を捉えたのは小林多喜二であり日本共産党ではない。

  若者の心を捉えたのは蟹工船で描かれている労働条件の悲惨さであり、日本共産党のプラットフォームではない。

  そうであるとすれば、日本共産党が真っ先に行なう事は、その若者の期待に応えて、苦しい状況を改善する政策を一つでも実現することだ。

  そのためには野党協力が不可欠である。日本共産党だけでは何もできない。

  自公政権はもとより他の野党まで批判、排斥して、一人日本共産党だけが正しいと言い張るのは、傲慢である。

  唯我独尊の私が、日本共産党を唯我独尊の傲慢な政党であると批判する。

  これはほとんどジョークだ。

 「お前にだけは言われたくない」と、日本共産党は言うだろう。

 しかし、どうしても言わざるを得ない。

 日本共産党のどこが問題なのか。それは国民の味方だと言いながら、国民を見下したエリート集団が日本共産党を動かしているからだ。

 国民を見下すことにかけては誰にも負けない官僚を経験した事のある私が、そう感じるのだから間違いない。

 日本共産党よ。勘違いしてはいけない。

 日本共産党の支持率が増えているのは、国民生活が待ったなしに苦しくなっているからだ。

 その国民を救う政策を実現することが日本共産党の役割なのだ。

 そのためには他の野党と協力しなければならない。

 他の野党が、日本共産党と協力してもよいと思うような、そういう柔軟な日本共産党にならなければならない。

 

  

  

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2008年07月22日

教員の不正採用、昇格問題は単なる金銭的な問題だけではない


 教員の不正採用、昇格問題は単なる金銭的な問題だけではない

   不正人事の口利きにこれだけ多額な金品が動いていたとは驚きだ。

  えらそうな顔をしている教育委員長や教育委員会の連中が、ここまで堕していたとはお笑いだ。

  そして、このブログでも書いたが、政治家が口利きしていることがここまで明らかになり、元小泉首相の政治秘書がみずから口利きの事実を認めているのに、まるで腫れ物にさわるように、テレビや大手新聞が一切これを取り上げない偽善ぶりは噴飯ものだ。お前らいい加減にしろ、と一喝したい心境だ。

  しかし、この不正人事の問題は、単なる金銭的な贈収賄にとどまらない。それを教えてくれたのが、7月22日の東京新聞「本音のコラム」だ。

  筆者であるフリーライターの鎌田慧は、愛知県某市の教員採用を巡る取材経験から、「政治家と官僚に支配されている教育を市民に取りもどさなければならない」、と次のように書いている。

 ・・・子供好きで、きっといい教員になると想像させる学生が試験に受からない背景には、教育委員会の日教組対策があった。親が校長などコネ採用の子なら組合運動に走らないよう人質にできる・・・教育委員は知事、市町村の任命。実務の最高責任者である教育長は教員の出世コース。文部科学省による上意下達。馴れ合い「教育界」が泥沼化してボウフラがわいた・・・

  これが教員不正人事事件のもう一つの正体である。

  そういえば政治家や官僚のメディア買収というのもある。機密費をつかって同行取材をさせたり、会食にさそったりするアレだ。ひどいのになると金品を渡す。

  これは金銭がらみのみみっちい話にとどまらない。

  政府批判の記事を書かせないようにするためだ。犯罪まがいの醜聞にメディアを誘い込んで、いざと言う時には、「ばらすぞ」と脅かす武器を手にする。

  権力を監視すべきメディアが、政府、官僚批判の記事が書けなくなった一つの理由がここにある。

  口利きや買収の本当の罪は、政策をゆがめ、情報操作をして国民を欺く事にある。

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2008年07月21日

「緊迫」も「躍動」も消えた政治


 「緊迫」も「躍動」も消えた政治


  断っておくが、これは私の言葉ではない。7月21日の日経新聞に出ていた政治記者の田勢康弘氏のコラム「核心」の見出しの言葉である。

  その言わんとしていることは次のごとくである。

 「政治から躍動感が消えてしまった。手に汗握るとか、期待に胸膨らますというものがない。だからいま、テレビで政治を取り上げると、分刻みで視聴率が下がっていくという・・・自民党はいま総選挙をすれば議席の大幅減は必至だから、なるべく来年にしてほしいというのが本音だ・・・民主党にしても、選挙資金が相当不足しているのではないかという見方があり、必ずしも早期解散・総選挙を望んでいるとは言い切れない・・・自民党の中には福田首相のもとでの解散・総選挙は政権を失う可能性が高いと見る人たちが多い。だからといってポスト福田へ立ち上がろうという気配は感じられない・・・民主党でも党首選に意欲を見せているのは河村たかし氏ぐらいで・・・結局(誰も)出馬しないのではないか・・・だれか小沢氏の対抗馬として出馬して、党首選を盛り上げないと国民の支持を失う、という声もあるが、莫大な費用をかけてまで盛り上げる必要があるのかという現実的な問題もある・・・
 日本全体がどこか覇気に乏しく、保身と責任逃れに明け暮れているような感じがあるが、政界もまたその傾向が強い・・・世界経済は明らかに今年後半から大型台風発生の予兆を示している。原材料高と金融システムの不安を抱え、いまこそ、政治が緊張しなければならないときに、あまりにも小さな政権奪取ゲームに明け暮れていないか・・・」

 その通りである。

 しかしこのような立派な意見を書いている田勢康弘氏は、同じ日の夜の、「ビートたけしのテレビタックル」なる娯楽番組に出演して、本業を忘れた与野党の政治家たちとうつつを抜かしていた。

 いまの政治は、与野党の政治家と政治評論家たちの、飯の種としての営業活動でしかないのだ。

  そう思っているうちに、ストリートペーパーであるザ・ビッグ・イッシューの75号に掲載されていた抗議票党(プロテスト ボート パーティ PVP)の事を思い出していた。

 投票用紙に「どの候補もダメだ」と書きなぐったのではせっかくの意思表示も無効になる。しかし、「立候補者のいずれも投票するに値しない」と思いたくなることが確かにある。

 その思いを政党の形で実現しようとする動きが欧米で広がりつつあるというのだ。

 「私たちは、一般市民が投票において『該当者なし』という欄に印をつける権利があると信じている」と語る英国の抗議票党もその一つだ。

 確かに抗議票党の候補者が当選すれば、自動的にその分だけ当選する政治家が減ることになる。

 抗議票党の候補者は、当選と同時に辞任すればいいのだが、繰り上げ当選で他の候補者が当選する事を防ぐために、抗議票党の議員として存在し続ければいい。そのかわり一切の報酬、特権を放棄すれば議員の数を減らす事が出来る。

 「該当者なし」の動きは英国にとどまらない。米国では消費者活動で有名なラルフ・ネーダーが「該当者なし欄」立候補者として大統領選に立候補したり、フランスでは「空白投票運動」、ウクライナの「全員に反対」投票、スペインの「空白で投票」など、民主主義体制のある多くの国に、不投票者を組織し、立候補者すべてを拒否する意思を表示することで現状を変えようと活動する団体が確実に増えつつあるという。

 そういえばサミットやWTOをボイコットして世界の市民をネットワークで結ぶ、もう一つの世界をつくるという動きなども、根底には同様の思想があるのかもしれない。

 このような動きが実際問題として広がっていくかどうかは疑わしいだろう。

 しかしいまの日本の政治と政治家を見ている限り、私がいつも半分冗談で、半分真剣に訴えている、すべての政党、政治家は不要である、という思いが、どんどんと膨れ上がっていく。

 「この豚野郎はどいつもダメだ」(米国のカルト映画監督ジョン・ウオルター)の心境に共感を覚える。

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2008年07月21日

これほど暮らしが危機状況なのに、なぜ緊張感が感じられないのか


 これほど暮らしが危機的状況なのに、なぜ緊張感が感じられないのか

 日本の新聞を代表する読売と朝日が、21日の一面で、奇しくも米国と日本の国民の暮らしの危機的状況を大きく取り上げていた。

 すなわち、読売新聞は、醜悪なまでに貪欲になった金融資本主義の鬼子であるサブプライムローンの破綻の結果、普通の米国国民が、「金も職も希望もなくなった」生活を強いられている現状を報告している。

 家を追われた「ローン難民」が、医療を受ける経済的余裕をなくし死んでいく。名門大学を卒業し、キャリアのある者たちでさえ職探しに困窮して車中生活を強いられる。そういう米国の現状が活写された記事だ。

 その一方で同じ日の朝日新聞一面では、日雇い長距離運転手の過酷な労働状況が書かれていた。自宅を出て13日間、車中で寝泊りして走り続ける。睡眠時間をけずり、パーキングエリアで3分100円のシャワーをとり、ペットボトルに小便しながら走り続ける。それでも年収300万円程度だと言う。

 奇跡的な戦後復興を成し遂げた国と喧伝されていた日本が、なぜこのような人権軽視の国に急速に転落していったのか。

 どう考えても危機的状況あるのに、政府・官僚や政治家には何一つ解決策が提示できていない。それにもかかわらず国民の怒りが一向に政治に向かっていかない。

 その理由はこの国がどんどんと二分化されつつあるからだと私は考えている。

 暮らしの困窮ばかりが報道されるけれど、その一方で生活に困らない恵まれた層が日本を牛耳っているからだと思っている。

 年金だけでおよそ800万円を受け取っている元日銀総裁などの連中と、時給1000円前後の非正規労働者が当たり前のように並存しているのが今の日本だ。

 そして、最も重要なことなのであるが、そのような恵まれた層の中で、ただの一人も、弱者のために自分の地位や財産のほんの少しでさえ犠牲にして、本気で貢献しようとする者が出てこない日本がある。

 ここに私は寂しさといらだたしさを覚えるのだ。

 恵まれた立場の政治家や官僚や評論家や財界人が、メディアと一緒になって政治や経済をまことしやかに語る。

 その一方で、おびただしい数の無名で善良な国民が、声高に叫ぶことなく、だまって助け合いながら毎日を必死に生きている。

 この国は、そのような人たちがいることによってかろうじて保たれている。

 

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