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2008年07月02日

 無駄をなくすという事は、無駄な仕事をしないことだ


 無駄をなくすということは、無駄な仕事をしないことだ

  7月2日の新聞に象徴的な記事が二つ並んでいた。

  一つは財務省が7月1日に発表した、予算執行調査結果の公表である。

  財務省がこのような調査結果を年度の途中に発表していたとは知らなかった。予算執行調査は2002年度から開始されたという。

  その結果、たとえば08年度予算の査定に際しては、無駄遣いをしていた省庁の予算査定を厳しくし、計342億円の予算削減につなげたという。

  もう一つは、自民党「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」なるものがまとめた提言が、やはり同じ7月1日に福田首相に提出された事だ。この提言に基づいて生み出される財源は2000億円程度という。

  無駄遣いをなくすのはいい。

  しかしわずか324億円や高々2000億円程度の節約が、本気で節約した結果と言えるのか。断じてそうではない。

  来るべき消費税増税による数兆円の財源増に比べれば少なすぎる。増税へのアリバイ作りだ。

  同じ7月2日の毎日新聞は、公益法人改革案の概要が明らかになったと報じていた。

  それによれば、350ある公益法人のうち、廃止方針が打ち出されるのはわずか10法人未満であるという。ふざけるな、という思いだ。本気で改革する気がない証拠だ。

  政治家や官僚の仕事は、その殆どが意味のない仕事である。

  というよりも、しなければならない仕事に手をつけず、どうでもいい仕事を作り出して、それに無駄な時間と予算を使う。

  それはすべて税金でまかなわれるから許されるのだ。

  成果主義の民間企業では決して許されない、考えられないことだ。直ちに株主訴訟になる。

  無駄をなくすということは、政治家や官僚の仕事を衆人環視の下に置き、その必要性を厳しく国民の眼にさらすことだ。その必要性の有無を国民の判断に委ねることだ。

  不要な政治家や、膨れ上がった官僚組織や、そのまた就職先の天下りの為の公益法人を、本気で削減していく事こそ、今求められているの。

  タクシー券や娯楽費の節約などといった瑣末な事にうつつを抜かす前に、自らの存在を自己査定することである。

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2008年07月02日

自衛隊の蘇生は自衛隊の原点に戻る事だ

 自衛隊の蘇生は自衛隊の原点に戻ることだ


  私は1988年から90年の二年間、外務省から総理府(当時)に出向し内閣安全保障室の審議官を務めたことがある。

  そこは国防予算を決定する防衛庁(当時)の出先機関のようなところだ。

  その勤務を通じて、防衛施設を訪れたり、一ヶ月の幹部防衛研修も受けた。知り合いもできた。

  だからこのようなニュースを聞くと悲しく思う。

  7月2日の報道は、今の防衛省が抱えている深刻な内部矛盾を露呈する二つのニュースを報じていた。

  日米軍事演習のデータが陸自隊員によって盗難、破棄されていた事、そして防衛省が渋谷に隊員集めの広報展示館(自衛館)をオープンした事、この二つのニュースである。

  防衛省改革が必死で検討されているにもかかわらずなぜこのような不祥事が後を絶たないのか。不況期で募集が困らないはずなのに何故自衛隊に若者がそっぽを向くのか。

  すべては今の自衛隊が矛盾に満ちているからだ。どのような美名をならべようと今の自衛隊の任務にやりがいが見つけられないからだ。

  それは当たり前だ。命をかけて国と国民を守るという、本来であれば最も崇高な任務のはずが、対米従属の政治家、官僚、制服幹部によって、米国軍の指令の下に米国の戦争のために共せられる傭兵のようになり下がっているからだ。

  まともな若者ならば、いや判断力のある国民であれば、おかしいと思わないはずはない。

  このままでは自衛隊は拡大する矛盾に押しつぶされ、やがて自壊していくに違いない。

  それを防ぎ、自衛隊を蘇生させるにはどうすればいいのか。

  その答えはただ一つ。自衛隊の原点に戻る事だ。

  自衛隊を日米軍事同盟の鎖から解き放ち、世界で日本だけにしかない専守防衛の「自衛隊」を、国民の尊敬と祝福を受けてつくり直すことである。

  憲法9条は、二度と日本に軍国主義を起こさせないという米国の懲罰的な配慮から押しつけられたものだった。様々な議論はあるが、この側面は誰も否定できない。

  理想的過ぎることが分かっていながら、そしてそれがあまりにも理想的過ぎるので、やがて日本人は改めるであろう、と思いながら、米国は憲法9条を日本に課した。

  ところが日本人はそれを歓迎して受け入れた。そして今日まで守り続けた。

  憲法9条を押し付けた米国は自分達の都合で憲法9条を捨て、日本に軍隊を持たせようとした。

  朝鮮動乱によって占領米軍が朝鮮半島に出兵した時、米兵の留守家族を守るために作られた保安隊はやがて、冷戦が熱戦になるにともなって、アジアの先兵として米国の手で軍隊にさせられた。

  それは、みずから押しつけた武装解除の憲法9条に明らかに違反する。しかし米国の身勝手なご都合主義は、日本国民の抵抗を恐れ、憲法9条を変えることなく、なし崩し的に日本に軍隊を持たせ、憲法9条を否定したのだ。

  しかし、憲法9条がある限り、それは軍隊ではない。自衛隊なのだ。専守防衛の自衛隊なのだ。

  その存在が、憲法9条違憲論争を通り越し、現実の存在として国民に受け入れられてきた。

  政治の世界においても、自衛隊を違憲だと正面から主張する政党はもはやなくなった。

  こうして自衛隊は世界広しといえども日本にしか存在しない「自衛隊」となった。

  それでいいのだ。

  自衛隊は国際政治の矛盾の中で生まれたものであったが、その結果、我々は専守防衛の、世界で唯一の「自衛隊」を、手に入れたのだ。

  我々が今直面している最大の問題は、そのような専守防衛の日本の「自衛隊」が、米国の命ずるままに米国の傭兵に成り下がりつつあるということだ。

  対米従属の政治家や官僚や、防衛省の制服幹部さえもが、保身のあまり本心を押しつぶして「自衛隊」の誇りを踏みにじろうとしている事だ。

  自衛隊の蘇生は日本固有の「自衛隊」の原点に戻る事しかない。

  米国従属の軍事同盟から決別し、専守防衛に徹した日本の「自衛隊」を作り直すしかない。

  日本の安全保障政策も、それに見合った装備も、日本の自主、自立した物に作り直していくのだ。

  その時の原点は平和憲法9条堅持である。憲法9条の下での、専守防衛の自衛隊である。

  外交力によって紛争を平和的に解決する事を最優先にする。

  不合理な国が日本を攻撃してこないように、攻撃させないように、自衛隊に強力な抑止力を持たせ 
  る。

  自衛隊の日常業務は災害援助など国土保全任務がすべてとなる。そのことによって国民に感謝される存在となる。

  日本や日本国民が攻撃される危険が迫った時には、真っ先に命をかけて国と国民を守る。そのことによって国民が尊敬する存在となる。

  専守防衛の自衛隊は決して国外に派遣してはならない。たとえ国際貢献のためであっても国外に出してはいけない。

  憲法9条を世界に宣言し、日本の自衛隊はいかなる脅威にもならない、専守防衛の自衛隊は国外には一歩も出さない、と宣言する。

 これほどの国際貢献はない。世界は拍手喝さいを送るに違いない。

  もう一度言う。自衛隊の蘇生は自衛隊の原点に戻る事だ。

  対米従属の傭兵軍隊ではなく、国民に喜ばれ、尊敬される自主、自立の、専守防衛の自衛隊の姿に立ち戻る事である。

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