Font-size: small medium big

Blog Calendar

サイト内 検索

 


 人気blogランキング(政治)に参加しました、応援お願いします。 人気blogランキング

2008年06月27日

 日本の外交力が問われている(後編)-対米従属外交から決別し、自主・自立した平和外交へ向かう


 日本の外交力が問われている(後編)-対米従属外交から決別し、自主・自立した平和外交へ向かう

  前編に引き続き、拉致問題については一切触れることなく、もっぱら日本の安全保障政策のありかたについて述べることとする。

  だから、拉致被害者家族の「裏切られた」という叫びや、ブッシュ大統領の「拉致問題を決して忘れない」という発言や、福田首相の「拉致問題の解決が遅れることになるとは全く思っていない」などという発言の一つ一つにコメントはしない。

  前編と同様に、北朝鮮の核保有を米国が認めたという現実を直視し、そこから日本の安全保障政策はどうあるべきか、日本外交はどうあるべきか、について考えることとする。

   日本政府は、これからも日米関係を緊密に保って、北朝鮮の核申告の検証を厳しく行うという。テロ支援国指定の解除発効までの45日間あるのだから、その間に厳しく検証すると繰り返している。

  しかしこれはナンセンスだ。そんな事を本気で思っているのなら、米国を理解していない底なしの間抜けである。

  そして、内心ではあきらめているのに、国民の手前、なお北朝鮮の核に厳しく臨むと言っているのなら、国民に嘘を平気で繰り返しているということだ。

  米朝の約束は出来上がっている。6カ国の議長国である中国もそれを知っている。この三カ国で6カ国協議は動かされてきた。そしてこの三カ国で6カ国協議が幕引きされようとしているのだ。

  それは、北朝鮮の核を根絶する(非核化)よりも、核保有を認め、それを管理する政策を取ることによる終結である。

  日本政府は、そこから日本の外交を再出発させるべきである。

  おそらく、日本の政治家も官僚も、それでも、いや、こういう時期だからこそ、日米信頼関係をゆるぎないものにしていかなければならない、と繰り返すであろう。

  しかし、北朝鮮の核保有さえも認めるに至った米国を信じ続けて対米従属外交を続けていく事は日本外交を今度こそ完全に放棄するということだ。

  米国不信を抱きながら、それでも対米従属を続けていくことは、もっと惨めな自主外交の放棄である。
  いずれにしても、何があっても米国に文句は言わない、ということである。

  そこまで覚悟して日本の政治家や官僚が対米従属外交を続けていくのであれば、そしてそれを国民が受け入れるのであれば、もはや議論を続ける必要はない。 

  だからここからは、ここまで日本を軽視する米国に頼り続けることなく、今こそ、自主・自立した外交を取り戻すべきだ、という立場から議論を続ける事になる。

  対米自立外交を主張するということは、同時に米国に依存しない日本独自の安全保障政策を確立するということである。

 そして日本独自の安全保障政策を確立するという事は、突き詰めれば、憲法9条をあらため軍事力を強化して日本を守るという方向と、憲法9条を維持し、専守防衛の自衛隊と外交力をもって平和を確保するという二つの方向のいづれかを選ぶという究極の選択の問題である。

 このうち、軍事力を強化して自国を守る場合は、核兵器を保有し、ミサイル攻撃能力、ミサイル防衛能力を強化するところまで行き着かないと軍事力による安全保障は確保できない。中途半端な軍事力ではかえって不安となり、戦争の危険さが高まる。

 しかし日本が核武装をするということは、米国がまずこれを認めないであろうし、すべての核保有国、さらには世界中の国に警戒心を抱かせることになる。日本は孤立する。

 おまけにミサイル戦争とも言われる現代の戦争が起きれば、どのように軍事力を高めようとも、日本が受ける被害は深刻である。つまり日本はその被害の大きさと軍事的脆弱性(バルネラビリティ)を考えれば、もはや戦争の出来ない国になってしまっているのだ。

 しかも日本の財政状況を考えれば、軍事力増強に予算を使う余裕はもはやない。戦争で国が滅びる前に、経済的に国民生活が滅びることになる。

 そう考えたとき、憲法9条を積極的に掲げて、外交力で日本の安全保障を確保することが唯一、最善の方策であることがわかる。

 日本から米軍基地をなくし、専守防衛の自衛隊の能力を作り直すとともに、憲法9条を掲げて、攻撃しない、攻撃させない、事を世界に宣言する。

 これこそが日本が目指す安全保障政策であり、自立した平和外交である。

 もう一つ、北朝鮮に核保有を許した米国に対し、これからは地球上から核兵器を全廃する事を提案するのである。

 現にテロ組織に核兵器がわたる事をおそれた米国の内部から、核兵器全廃の提言がなされ始めた(キッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナン共同提案)

 それを契機に核兵器の全廃を本気で提唱していくのだ。

 さもなければ北朝鮮につぐ核保有国が中東に現れ、気がつけば核のない日本の発言力がますます小さくなることになる。

 日本政府がなすべきことは、今回の米国の北朝鮮外交をいたずらに批判し、嘆くよりは、これを奇禍として自主外交を取り戻し、核兵器全廃の指導力を発揮することである。

 それぐらいの発想の転換と外交力がない限り、日本はますます世界の中で埋没していくことになる。
 


 今度の米国の北朝鮮外交を

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月27日

 日本の外交力が問われている(前編)ー北朝鮮の核保有を認めた米国


 日本の外交力が問われているー北朝鮮の核保有を認めた米国


  私は25日のブログで、北朝鮮の核保有を認める米国について、それでも日本は従属していくのか、という問題を指摘した。

  そのことについてもう一度あらためて書く。

  こんどは、「おもしろくなってきた」、などという茶化した言い方は止めて、真剣に問題提起する。

  北朝鮮外交を語るとき、日本政府もメディアも国民も、これまで北朝鮮の核問題と拉致問題を一体として取り扱ってきた。

  今度の米国の北朝鮮外交の適否を議論する際は、いまこそこの二つの問題を完全に切り離して議論しなければならない。

  それは、今回のブッシュ大統領の北朝鮮への譲歩が、如何に間違っているかを浮き彫りにするために必要な作業であるからである。

  私はこのブログで繰り返し拉致問題の解決の重要性を指摘してきた。

  しかし、拉致問題については、国内には、ピョンヤン宣言を高く評価して、拉致問題の解決よりもよりも国交正常化を優先すべきとする意見がある。

  それは、日本の戦争責任と絡めて、拉致以上に残酷な事を日本は北朝鮮に対して行ってきたのであるから拉致だけを騒ぐなという左翼イデオロギストの立場からの意見が主であるが、保守派の中からも様々な思惑で国交正常化を急ごうとする者たちがいる。

  なによりも小泉元首相や外務官僚たちも、国民に対する説明とは裏腹に、そういう立場である。国交正常化と言う外交的成果を自分の手で行いたいのだ。

  このような考えと、私のように、拉致問題を最大の人権蹂躙ととらえ、その方法は制裁でも対話でもどちらでもいいから、そして謝罪や補償や国交正常化と絡めて同時決着でもいいから、とにかく早急かつ明確な解決を、北朝鮮に強く迫るべきだ、とする考えとは、なかなか議論が深まらない。

  そこで、ここで拉致問題については一切触れることなく、北朝鮮の核保有を許していいのか、という問題に絞って、ブッシュ外交の間違いと、それでも日本はブッシュ外交に従属していくのか、という、日本外交の根本問題について考えてみたい。

  今回の一連の流れは、断片的に報道されるブッシュ政権や日本政府の表向きの説明を額面どおり受け取ったとしても、どう考えてもブッシュ政権が北朝鮮の核保有を認めたということだ。

  ブッシュ政権が当初の方針を180度転換した理由が、任期前に実績を作りたいという理由なのか、あるいはテロに対する核の横流しを防ぐ引き換えなのか、あるいは北朝鮮の資源目当てなのか、あるいは中国から北朝鮮を引き離すという深謀遠慮なのか、それはわからなが、はっきりしていることは、何かの理由で、核問題では米国が北朝鮮に譲歩したということだ。

  それを批判してみたところで意味はない。ブッシュ政権はブッシュ政権の利益にもとづいて最善と考えた決断をしたのだ。

  問題は日本として、北朝鮮の核保有を認められるか、ということである。

  建前として、唯一の被爆国である日本は、核不拡散、核廃絶を世界に訴える立場だ。その最大の矛盾は、米国の核に守られているという理由で米国の核を認めてきたことだ。

  さらに言えば、たとえばイスラエルであるとか、最近ではインドであるとか、米国が核保有を認めるようになった国の核に目を瞑ってきた事だ。

  そしてとうとう米国は米国の思惑で北朝鮮の核を認めることになった。

  その時に、また日本は黙ってそれを認めwることになるにか、という事である。

  これは拉致問題の解決とは理論的にはまったく関係のない話である。

  日本の安全保障政策の話である。

  北朝鮮の脅威を最大限に訴えてきた日本政府は北朝鮮の核保有を許せるのか。北朝鮮の核保有を譲歩したブッシュ政権に従うのか。そういう問題ととらえれば、今後の6カ国協議や米国の動きから目が離せないのは、これからなのである。

                                               続く

  

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月26日

橋下徹大阪府知事は自民党の救世主になるかもしれない


 橋下徹大阪府知事は自民党の救世主になるかもしれない

  これから書くことは、橋下徹の大阪府知事選当選以来、橋下徹を目の敵にしてきた人たちにとってはとんでもない、と思って読まれるに違いない。

  私も橋下徹知事とは考えが違うところがある。なによりも政権交代を望む一人として、明らかに自公政権寄りの言動を繰り返す橋下知事に組することは出来ない。

  しかし同時に、私は橋下知事を侮ってはいけないと思っている。

  その理由はもちろん彼の圧倒的な支持率の高さである。

  しかし、より重要な事は、彼の高支持率の高さが、小泉元首相と根本的に異なり、単なるタレント人気だけから来るのではなく、彼の大阪府政改革、府財政改革のひたむきな姿勢が、正しく、いかさまではないということだ。だからこそ府民の心を捉えているからだ。府民はよく見抜いているのだ。

  そのような私の思いは、25日に橋下知事が自民党本部の「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」に呼ばれ、自民党に注文をつけ、それでも自民党議員から喝采を受けた、という記事を読んで、ますます強固なものになった。

  「国の仕組みを変えてほしい。地方の実情に合わせ、権限と責任を一致させるべきだ」、「府の予算は3兆円規模だが、府に裁量があるのは2300億円程度。地方にやる気を与えてほしい」、「国家公務員も給料を削減すれば国民はついてくるのでは」などと語ったという。

  これは民主党が言っている事と同じである。

  しかも民主党との大きな違いは、橋下知事は労働組合こそ意識改革しなければならない、今の労働組合こそ、組織を持たない弱者の国民の敵である、という姿勢を明確に打ち出している点である。

  これはその存在(選挙)を自治労に大きく依存せざるをえない民主党との決定的違いであり、強みである。

  すなわち今国民が求めている事は、特権や組織力に胡坐をかいて、自分たちの苦痛を分かち合おうとしない権力者をたたきのめすことだ。その特権を剥奪することなのだ。

  自治労幹部が特権階級であり、自治労もまたあまたある政府関係機関と同じように、利権を手放そうとしない保身的な特権組織である事に変わりはない。

  もしそうであれば、自民党は橋下府知事を新しい自民党の看板にして、政権維持を狙おうとしてもおかしくない。私だったらそうする。

  橋下は小泉元首相と同様国民へのアピール性を持っている。

  しかも橋下は小泉と違って、頭がいい。

  自ら政策を学び、政策を論じ、問題を本気で解決しようとする覚悟があるように見える。

  何よりも小泉のようなごまかしのパフォーマンスがない。パフォーマンスがあるにしても、その目線は府民のため、国民のための改革を模索するためのパフォーマンスである。

  いい歳をしてライオンヘヤーを振りかざし、政局や芸能ネタや下ネタばかりしか話さない小泉元首相とは、根本的に異なるのだ。

  民主党は橋下に変わる人材をはやく見つけないと取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月26日

 どうした丹羽宇一郎、声が聞こえないぞ


 どうした丹羽宇一郎、声が聞こえないぞ

  私の手元に一枚の新聞の切抜きがある。6月16日付の毎日新聞「風知草」である。

  山田孝男専門編集委員の手による「掃除屋・丹羽宇一郎の地方分権」と題する論説である。

  その中で山田は、丹羽宇一郎のことを、80年代の行革の鬼・土光敏夫になぞらえて絶賛している。

  いわく、総合商社・伊藤忠商事の会長でありながら現在も電車通勤をしている、

  いわく、書店の次男に生まれた丹羽は大変な読書家で勉強を怠らない、

  いわく、これと決めたら徹底する執念が非凡、  などなど。

  その丹羽が政治に立ち入って、中央集権の岩盤をくだくと宣言して久しい。

  安倍前首相に請われて地方分権改革委員会の委員長を引き受け、福田首相に第一次勧告案なるものを提出した。

  「もっとまじめに仕事をしろ」などと官僚を叱り飛ばし、「改革に従わない者は辞めてもらう」などとメディアで勇ましい発言を繰り返して来た。

 その言やよし。

 民間人として功成り名を遂げたのだ。もはやこれ以上望むことはないだろう。ましてや第二の土光敏夫だと、山田にほめられているのだ。

 請われて地方分権改革の仕事を引き受けたのだ。地方分権実現の有無が日本の将来を決めると信じて引き受けたのだ。 やるしかないだろう。覚悟を決めたのだろう。

 そういう期待を抱いて、私は山田孝男専門編集委員のその記事を切り抜いて持っているのだ。

  ところが26日の読売新聞では、改革の焦点の一つである「地方自治体固有の仕事」を「国が義務付け・格付けする」いまの慣例を廃止・縮小する提案に対し、中央官庁が応じた法案はわずか3%だけ、と報じている。

  この事は、言い換えれば、丹羽提案のほとんど全てが官僚によって否定、無視されたということだ。

  これに対する丹羽の反応がいまのところ全く聞こえてこない。

  ここまで否定されて、丹羽が抗議の辞表を福田首相に叩き付けなければ、彼もまたただの引退したおいぼれ経済人でしかない。

 私の期待は雲散霧消することになる。

 山田専門編集委員の書いた風知草の記事の切抜きなど、もはやこれ以上手元に持っておく必要はなくなる。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月26日

 全漁連らの一斉休漁は何のためか


 全漁連らの一斉休漁は何のためか

  全国漁業協同組合連合会と大日本水産会など主要な16漁業団体が、25日、7月15日に一斉休漁することを決めたと今日の各紙が大きく報じている。

  しかし、それは何のためか。そのことをはっきり書いた紙面はない。

  原油価格の高騰で、このままでは操業すればするほど赤字だ、だから休漁するしかない、というのは嘘だろう。

  もしそれが本当なら今の漁業界は全て倒産する。

  そして倒産した後は、必ず新規参入が現れる。

  魚の需要がある限りビジネスチャンスはうまれる。どんな状況になろうとも、需要がある限り知恵を絞って儲けようとする者が出てくる。それがビジネスというものだ。

 7月15日という先の話を、しかもたった一日の操業停止を、今発表するということは、明らかな政治メッセージの発信だ。ストライキなのだ。

 それでは誰に対するどのような政治メッセージの発信なのか。

 消費者に対し、値上げをするぞというメッセージなのか。そうではないだろう。

 「一日だけなので、流通・加工業も事前に手当てするはず。(価格面などの影響について消費者に)大きな迷惑はかからないと思う(全漁連)」(26日毎日新聞)という発言からも明らかだ。消費者を敵にまわす事はしない。しっぺ返しがくる。

 それでは、原油高騰に苦しんでいることへの同情集めのストライキか。

 それもありえない。原油価格で被害を受けているのはすべての国民だ。同情されたいのは皆一緒だ。

 それではこのストライキの真の目的は何か。ずばり政府に対する予算要求である。

 この事を明確に書いたのは読売新聞だけだった。

 おりしも政府は26日に新たな原油高対策を閣議決定するという。

 その内容はといえば、中小企業への資金繰り支援の拡充、高速道路の深夜割引の拡大、建設資材急変の場合に契約済みの工事代金の変更の可能可、国発注の公共工事スライド条項の採用、など、予算ばら撒きのオンパレードである。

  原油急騰を防ぐ政策を国に求めるのではなく、原油高を税率低下で相殺せよと国に詰め寄るのではなく、政府支援のお恵みを自分たちにも分配してくれ、と言う、お上に対するあくまでも受身の対応なのである。

 それに対し、政府は雀の涙ほどの金をばらまく。選挙対策でもある。

 消費者よりも生産者を優先する従来どおりの政府のばら撒き対応である。

 国民がこのような受身の対応を取っている限り、今噴出している諸問題の根本解決は望めない。

 生産者も消費者も、国民が一丸となって政府に求めるべきは、物価安定策であり、物価高騰を相殺する減税政策である。

 要するに国民と政府・官僚の間のどちらが痛みのより多くを負担すべきか、という問題である。

 すべてに無策であるばかりか、血税まで無駄遣い、着服し、あげくのはてに最後は増税で逃げ切ろうとする政府・官僚に、国民が厳しく迫るのは当然である。

 その事が、いまほど求められている時はない。

  

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月25日

おもしろくなってきたー北朝鮮の核保有を認める米国に、それでも日本は従属していくのか


  おもしろくなってきたー北朝鮮の核保有を認める米国に、それでも日本は従属していくのか

  ブッシュ大統領と福田首相の電話会談がたったいま行われたと、25日夜のテレビ朝日が伝えた。

  ブッシュ大統領のほうから福田首相に電話をしてきたというのだ。

  「拉致問題を忘れない」と言い、

  これに対し、福田首相が

  「日本の立場に配慮してほしい」

  と念を押したという。

  外務省がメディアに流したこの説明が、本当かどうかはもちろんわからない。

  本当はブッシュ大統領は、

  「日本国民の不満を押さえ込め。米国の決めたことに逆らうな」といって来たのかもしれない」

  あるいは福田首相のほうから、ブッシュ大統領には日本の立場を伝え、「北朝鮮に軽々に譲歩してくれるな」と申し入れた、という格好を国民に示そうとしたのかもしれない。

  しかし、そんなことはどうでもいい。

  今度の米国の対応は、日本の拉致問題を軽視した、という問題ではない。

  北朝鮮の核保有を事実上許す譲歩したこと、こそ大問題なのだ。

  検証できる形で、逆戻りできないほど北に核放棄を迫るとした当初の方針を180度転向させ、一方的に北朝鮮に譲歩したのだ。

   実はこれは拉致問題以上に日本の外交にとって深刻な事なのだ。

   北朝鮮の核保有によって日本の安全保障が脅かされるという日本の立場を米国はもはや同意しないということだ。

  それは日米軍事同盟を米国が最重視していないということだ。

  自民党の保守、タカ派議員の中から、このままでは日米同盟にひびが入りかねない、などと米国を牽制する発言がではじめている。

  しかし、逆だ。米国のほうから日米同盟はもはや最重要ではない、と日本に通告したようなものだ。

 それでも、自民党も国民も、最後は黙ってしまうとしたら、米国から自立した自主外交は永久に不可能だ。

 日本は偉そうな事は言わないほうがよい。何をされても黙って米国に従い続けていきます、と素直に認めればいいだけの話である。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月25日

おもしろくなってきたー居酒屋タクシーの新たな展開


 おもしろくなってきたー居酒屋タクシーの新たな展開

  政府が異例の厳しい処分を官僚に課した。

  なぜか。それはこれ以上この問題を長引かせたくないからだ。

  内部調査をすればすれほど汚染がひろがってくる。

  関与していた官僚の数がどんどんと増えていく。

  汚染されていた省庁の数がどんどんと増えていく。

  その数さえも、内部の人間の手による聞き込み調査だからあやしいものだ。

  汚染の実態はもっと広くて深いに違いない。

  このままでは国民の怒りは政府に向けられていく。

  だから厳しい処分を行って、居酒屋タクシー問題ははやく終結しようとしているのだ。

  ところが今晩の朝日テレビは、あらたな汚染を報じた。

  独自の調査で、タクシー券が銀座のホステスにばら撒かれていたことを暴露したのだ。

  これが事実ならひどい。税金が官僚の遊興の果てに、ホステスの足代にまで使われていたのだ。

  額賀財務大臣はテレビの追及に、
 
  「聞いていない。調べてみる」と逃げるように答えていた。

  調べた結果タクシー券が銀座のホステスにばら撒かれていた事がわかったらどうするつもりか。

  その調査結果を財務大臣は正直に国民に公表するのか。

  本当であれば官僚の処罰だけで済まされない話だ。

  官僚組織自体が腐っているのだ。その責任は財務大臣の辞任につながってもおかしくない。

  国交大臣の辞任につながってもおかしくない。

  つまり福田政権の責任に発展してもおかしくないのだ。

  民主党をはじめとした野党は、ついに福田政権を追い込むことが出来なかった。

  国会は閉会され、解散・総選挙は来年までは行われないという、緊張感のなさだ。

  しかし、この居酒屋タクシーが新たな展開を見せたとき、財務大臣の辞任が引き金となって内閣総

  辞職、解散と発展しないとも限らない。

    野党が追い込めなくても、国民が福田首相に解散・総選挙を迫ることになるのかもしれない。

    もし、そうならなければ、国民そのものは官僚の不正を許しているということだ。

   国民もまた劣化しているということだ。

   国民は、もはやこの国の政治の劣化に文句をいう資格はない。

   国民もまたこの国の政府や官僚とともに、衰退していくということだ。

  

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月24日

 素直になれば人は解放される。救われる。


 素直になれば人は解放される。救われる。


  随分時間がかかったものだ。「あたご」事件の責任の所在がやっと公的に判明した。

  第3管区海上保安本部(横浜市)は24日のも、前航長と前水雷長を業務上過失致死と業務上過失往来危険の容疑で書類送検するという。

  それが24日の朝刊各紙で小さく報道されていた。

  あれほど世間を騒がせた事件であった。「自衛隊は国民を守らないのか」、「軍隊は人命を軽視するほど傲慢なのか、弛緩しているのか」などという、根本的な問いかけがなされた事件であった。

  責任の追及は、すべて真相究明をまってから、と先送りされた事件であった。

  その責任の所在が、やっと政府機関によって認定された。しかも国会が閉会された直後だ。

  書類送検の理由は難しい言葉で述べられている。しかし、わかりやすく言えば海上自衛隊の注意不足、判断間違い、意識の弛緩ということだ。

  それがなぜ小さな記事で終わってしまうのか。

  なぜ末端の自衛官の書類送検で終わってしまうのか。

  石破防衛大臣のひとごとのような会見を聞いて唖然としたのは私一人ではないはずだ。

  公的な機関が最終的な判断を下したのだ。

  防衛省の責任を認めたのだ。

  なぜ自衛隊幹部は責任をとらないのか。

  なぜ石破防衛大臣は責任をとって辞職しないのか。

  あれほど、しかるべき時がきたら責任を取る覚悟がある、と言っていたのに。

  すべては「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」なのか。

  石破防衛大臣も、防衛官僚も、そして国民までもが。

  漁労長や被害者家族は自分の心に素直になって、

  今jこそ大臣には責任を取ってもらいたい。亡骸さえもいまだ見つからない夫や息子の無念さを共感してもらいたい、と大声を上げるべきだ。

  人間は一度ぐらい感情を爆発させる時があってもいい。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月24日

 加藤前駐米大使のプロ野球コミッショナー就任は最大の天下りだ


 加藤前駐米大使のプロ野球コミッショナー就任は最大の天下りだ


  公務員改革が叫ばれ、天下り禁止の声が聞こえない日はないほどだ。

  当然である。ここまで国民生活は厳しくなっている。

  皆が必死で生き残りのために頑張っているときに、官僚だけが、その特権を使って、退職後も高級、厚遇のポストを、あたりまえのように手にするなら、国民は浮かばれない。

  ところが、この天下り禁止は、本気で廃止される気配はない。

  その好例が加藤前駐米大使のプロ野球コミッショナー就任である。

  プロ野球コミッショナーの過去の人選を見るがよい。

  旧内務官僚、警察官僚、法務官僚、外務官僚といった官僚OBのオンパレードだ。

  今回の加藤前駐米大使の就任も、随分前から名前が挙がっていた。

  それは彼がプロ野球フアンだからではない。

  彼が駐米大使時代に大リーグによく通って、米国野球界に精通したからではない。

  官僚の間でたらいまわししされてきたこのポストが、今度は外務省の番となっただけだ。

   この最大の天下り人事を、どのメディアも指摘する気配は無い。

   あたかも加藤前駐米大使の個人攻撃はやめようと、申し合わせているごとくである。

   個人攻撃をするつもりはない。加藤前大使が悪いといっているわけではない。

   天下りが悪いと言っているのだ。天下り禁止の流れに逆らっているのではないか、と言っているの  だ。

   もっと適切な人材は、野球界や民間有識者の中にいるはずだ。

   天下り廃止の動きがここまで高まっている追い風を受けて、なぜ野球関係者は、英断できなかったのか。

   24日の朝日新聞社説が、この新コミッショナーについて、「『野球大使』への注文」と題して書いていた。

   それを読んでがっかりした。

   前任の根来コミッショナー(元東京高検検事長、公取委員長)が指導力を発揮しなかったので、今度は、米国スポーツ界の経験を参考に球界の改革に手をつけて欲しいと、細かく注文をつけている。

  そんなことはスポーツ新聞に任せておけばよい。

  大手新聞の社説が書く事は、こんな天下り人事でいいのか、そのただ一言である。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月24日

沖縄を本気で慰霊するつもりなら、米軍基地の撤廃を実現することだ


 沖縄を本気で慰霊するうつもりなら、米軍基地の撤廃を実現することだ

   毎年のことであるが、6月23日に沖縄で慰霊の式典が行われる。

   先の日米戦争で、唯一の地上戦、最後の激戦、沖縄で戦われた。

   それが終結を迎えた日であるという。

   あの悲惨さを決してわすれまじ、二度とこのような戦争を起こすまじ、と犠牲者の前に誓うことは大  切な事だ。

   犠牲者の無念をしのび、多くの涙が流される。

   それをメディアがことさらにとりあげ、反戦のムードを盛り上げる。

   それも結構だ。悲しみと怒りの感情を将来の世代に引き継いでいこう。

   しかし、それで終わらせてはいけないのだ。

   私はいつもこのような式典の報道をみて思う。

   本気で沖縄戦を反省するのなら、なぜ沖縄から米軍基地を撤廃しようと声をあげないのか。

   なぜ普天間基地がなくならず、その県内移転を政府は強引にすすめようとするのか。

   それに反対する者が、一部の平和主義者に限られ、沖縄県民全体に広がらないのか。

    日米軍事同盟を最重要と位置づける福田首相や、その政府を支持する仲井真知事の挨拶が  
  空々しいのはあたりまえだ。

    しかし、沖縄の立場に立つ式典参加者からも米軍基地撤廃の声が聞かれないのはどういう事だ  ろう。

    米軍こそが平和への最大の脅威なのに。その米軍基地を沖縄から撤廃する事が犠牲者への最  大の慰霊であるというのに。

   かつては米軍は共産主義の敵から日本を守ってくれる、という理由づけがあった。

   しかし、いまや米軍は本質的にその機能を変えてしまった。

   米国がどのように言いつくろうとも、米軍は、いまや覇権国家米国が力で世界の主権国家を押さえ  込む凶器でしかない。

   その事を世界中が知っている。

   いまこそ日本は米軍基地を日本から撤廃し、日米軍事同盟という鎖から日本を解き放つべきだ。

   この当たり前の事が、全国的にひろがらないところに、日本のいかさまがある。悲劇がある。

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月23日

殺すな、盗むな、嘘をつくな


 殺すな、盗むな、嘘をつくな

  これは私の言葉ではないのであるが、人間社会が円滑に機能する要諦はこの三つであるという人がいる。

  確かにそうだ。この三つが確保されていればそもそも政治など不要である。

  逆に言えば政治の本質はこの三つが実現される社会を目指す事である。

  このうち殺すな、盗むなは、さすがに明白な犯罪であるからやたらにそれが放置される事はない。

  ところが嘘をつく、という事は、どういうわけかまかり通っている。

  しかも政治家や官僚という公権力を握っている者の嘘が横行している。

  ばれても謝罪すればよいといった軽い考えを為政者達がもち、国民も「嘘ぐらいはしかたがない」などと笑って見過ごしているのではないか。

  その積み重ねが今日の日本国民の混迷に行き着いたのではないか。

  たとえば外交である。

  密約があってもないと嘘を言い続ける。

  在日米軍はもはや日本を守るためにあるのではないのに、「米国に守ってもらえなくなればどうする」と国民をだまし続ける。

  拉致問題だって、とうに米国は北朝鮮と妥協しているのに、そしてそれを日本は受け入れて追従しているのに、日本政府はテロ指定国解除をするなと釘をさしている、などと嘘をつく。

  しかし、嘘をついているのはなにも外務官僚だけではない。およそあらゆる省庁が国民をだましてきたのだ。

  23日の毎日新聞「政治を読む」の中に、医療改革の嘘に関する財務官僚の告白が掲載されていた。

 中央公論3月号の中で、当時財務省から厚生労働省保険局の課長補佐として出向していた村上正泰氏が、「医療費削減ありき」だったと暴露していたのだ。

 3000億円削減の目標が最初に設定され、そのために療養病床をどれだけ減らせばいいのか、というつじつまあわせをしたというのだ。

 すべてこれである。

 官僚が作った政策は、本心は別のところにあるのに、それを国民に説明する段階になると、すべてもっともらしい理由をならべた嘘になる。

 そして官僚に振付けられた自公の政治家達が、その嘘を正当化する弁護に終始する。

 年金問題もガソリン税問題も地方分権も何もかも、与野党の議論が平行線をたどるのは、すべて権力側が嘘をつくからだ。

 嘘の上にたって、その嘘を正当化しようとするから、いつまでたっても議論が深まらず、政策が国民のためにならないのだ。

 嘘をつくな、これがすべてである。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月23日

橋本大二郎がめざすもの


  橋本大二郎がめざすもの

  雨後の筍のようにどんどんと現れる政界再編の動きも、いずれも大きな広がりを見せそうもない。

  それは総選挙が先送りされ、政局が中だるみになったことが大きな理由であろう。

  政界再編の動きは、息切れし、混乱し、そして総選挙になる頃には、まったく違った動きになっているかもしれない。

  橋本大二郎の新党宣言も、その後の動きがさっぱり見えてこない。

  そう思っていたら、23日の読売新聞「政論 異論」で、インタビューに応じていた。

  その発言は刺激的だ。

  いわく

   無所属の一匹オオカミでは何もできない。政界再編の過程で新しい党をつくるのも一つの選択肢だ。

  いわく

   民主党は『改革』といいながら、自治労を有力な支持基盤としている事に強い疑問と違和感を持っている。自治労は自分が知事になって闘ってきたものの一つ。地方の活力を奪ってきた責任は非常に大きい。

  いわく

   何かの事情で従来いた党にいられなくなったとか、従来の選挙区からでられなくなった人たちにはくみしたくない。平沼氏とは基本的に思想が違う。ああいう右寄りな人にはついていけない。

   どうだ。これだけはっきり政治姿勢を公言して新党宣言をするは珍しいと思う。

   自治労を敵にまわし、その一方で右翼的な動きを切り捨てているのだ。

   この発言が本当ならば、彼の目指すところはおのずと見えてくる。

   それは自民党リベラル派だ。

   しかしそれでは新党をつくる意味は無い。自民党リベラル派の連中と一緒になればいいだけの話だ。

   私が橋本に注文をつけるとすれば、これに加え平和外交、対米自立外交を掲げ、憲法9条は何があっても変えてはならない、と掲げる事だ。

   これこそが自民党リベラル派が踏み出せない一線である。

   右でも左でもない一般国民の平和の願いを一身に集める新党を宣言した時、はじめて、いままでにない新党となる。新党乱立の中で唯一意味のある新党になる。

   しかし、橋本はおそらくそれは考えていないだろう。

   だから橋本新党構想も成功しない。

   今の政治に失望している国民の心をとらえることはできない。

   他の政界再編の動きの中に埋もれていくことになる。
 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月22日

率直に言って日本政府はもはやブッシュ政権を相手にしないほうがいいのではないか


 率直に言って日本政府はもはやブッシュ政権を相手にしないほうがいいのではないか

  大統領選挙が本格化すると、国民の関心は次期大統領は誰になるかに移ってしまう。

  ましてや現職の大統領の再選が無い場合はそうだ。

  それが今年の米国である。

  ただでさえ国民の人気を失ってしまったブッシュ大統領にとって、残された半年ほどの任期は、もはや消化試合みたいなものだ。

  だから、何もせずに静かにしていればいいのに、出来の悪い大統領ほど、実績を残したいとか、最後に何か大仕事を成し遂げたい、などと勘違いする。

  皆が困惑し、迷惑を受ける。

  それが今のブッシュ政権に違いない。

  19日のニューヨーク・タイムズ(電子版)はイスラエルがイラン核施設の空爆を想定した大規模な軍事演習をしていたと報じたという。それが事実であれば、ブッシュ大統領はそれを認めていたということだ。

  21日付のワシントン・ポストは、北朝鮮が米国に提出した核施設の稼動記録の中に、北朝鮮が否定している高濃縮ウランの新たな痕跡が発見されたと報じたという。それが事実であれば、ブッシュ政権はその情報はとっくに知っていたはずだ。
 
  現にライス国務長官も、18日にワシントンでおこなった講演の中で、「北朝鮮のウラン濃縮活動の可能性を示す追加的情報に困惑している」などと発言していたという(22日、東京新聞)。

  それでもブッシュ政権は北朝鮮をテロ支援国リストから外そうとしているのだ。完全に判断力を失っている。

  ただでさえその外交に疑問がつけられていたブッシュ大統領のことである。

  対北朝鮮外交も、方針を二転三転させたあげく、もはや後の事など考えずに北朝鮮との融和関係に最後の舵を切ったのではないか。

  そんなブッシュ大統領の外交に、いくら日米同盟が重要であるからといって、日本の外交を従わせる必要性はあるのか。

  そう思っていたらニューズウィーク(日本語版)6月25日号に二つのエピソードが載っていた。

  一つは6月始めに行われたブッシュ大統領の最後の訪欧にまつわるエピソードである。普通ならば訪問した先々で辛らつな新聞の社説や大規模な反戦デモが見られるのに、今回はそのいずれもなかったという。

  ブッシュ大統領はもう敵役としても人気がないのだ。もはやヨーロッパは去り行くアメリカ大統領を見ていないのだ。

  もう一つは米連邦最高裁が6月12日、賛成5、反対4という僅差ながら、法的手続きなしにテロ容疑者を拘束し続けるブッシュ政権は憲法違反だと判定した事だ。

  アメリカの司法は国の安全にかかわる問題では、大統領や議会の判断を尊重してきた。

  まして9.11テロ以降はそうだ。

  ところがついにブッシュ政権の一連のテロ容疑者への対応や法律が違憲であると、最高裁が判定したのだ。

  世界はもとより、米国さえも、ブッシュ大統領はもはや過去の人であると露骨に見るようになったということだ。

  そうであれば、たとえ日米同盟がすべての日本であっても、もはやブッシュ大統領は相手にしないでよいのではないか。

  拉致問題でブッシュ政権に追従する必要は無い。

  功を急いで北朝鮮の核に譲歩したブッシュ大統領に従属することが、後日米国新政権から批判される事もありえるのだ。

  もしイランへの攻撃が始まり、ブッシュ政権が日本の協力を求めてきても、今度だけは断ったほうがいい。

  下手にブッシュ大統領に義理立てすると、米国新政権や世界中の国の笑いものになるかもしれないのだ。

  ブッシュ政権からそろそろ距離を置き始めたほうがいい。本気で日本政府にそうアドバイスしたくなる。

  

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月22日

見逃せない言葉、納得する言葉


 見逃せない言葉、納得する言葉


  「・・・わが国でもようやく平成13年に発足した小泉内閣から、改革に取り組んだ。しかし国民の期待があまりに性急だったうえ、5年余という短期だったため、日本はいまだに改革の方向を定着せしめるべく模索している・・・」

  これは19日の産経新聞一面の「塩爺のよく聞いてください」という論評の中の一節である。

  福田派の塩川正十郎が、小泉、安倍、福田とつづく自民党政権の広告塔であるとしても、この言葉はないだろう。

  悪政に黙って耐えてきた、我慢づよい国民のどこが性急なのか。

  5年半も首相を楽しんだ小泉政権のどこが短期なのか。

  国民をなめきった見逃せない暴言だ。

  「・・・スウェーデンにみられる『(生活)標準を保障する国家』。所得税も消費税も社会保障負担率も大きいが、『税を払っていれば生きていける社会』・・・日本はどうか。どういう社会をつくろうとしているのかが無い『無責任国家』。スウェーデン政府は『強い福祉を打ち出すために財政再建をする』という。日本は福祉を切り捨てて財政再建しようとする・・・しかし(そもそも)財政は人々の生活を守るためにあるのではないか・・・」

  これは21日の毎日新聞「医療クライシス」⑤に出ていた神野直彦東大教授(財政学)の言葉である。

  納得する言葉だ。

  消費税引き上げ議論の際に、政府や財務官僚から決まって出てくるせりふがある。

  日本の税率は、あるいは国民の負担率は、欧米諸国のそれにくらべてまだまだ低い、

  というやつである。


  だまされてはいけない。税負担とは、おさめる税金の額とその見返りに還元される政府のサービスの総合で考えなくてはならない。

  税金の見返りに国が何をしてくれたのか。

  スウェーデンのように、税金を払えば、誰でも生きていける社会になっていれば、これほど国民は苦しむことは無いはずだ。

  税金が政府の財布がわりにとられているから怒るのだ。浪費、横領されているから増税はびた一文払いたくないと思うのだ。

  

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月22日

韓国のデモの激しさと斉州島の悲劇

 
 韓国のデモの激しさと斉州島の悲劇

  韓国の大衆デモは、とうとう米国政府までも譲歩させてしまった。

  22日の各紙は、牛肉問題で米国が追加交渉を受け入れ、そこで米国は30カ月以上の牛肉の韓国への輸入を全面的に禁じることに合意したと報じている。

  韓国との自由貿易協定と引き換えに米国産牛肉の輸入制限撤廃を李明博政権に飲ませ、それをテコに日本への米国産牛肉輸入圧力をかけようとしたブッシュ政権にとっては誤算であったに違いない。

  それはまた、いずれ米国産牛肉の輸入解禁を行わざるを得ないと思っている対米従属の日本の政治家や官僚たちに、大きな衝撃を与えたに違いない。

  なぜブッシュ政権はそこまで譲歩したのか。

  それは、反米的なノムヒョン大統領のあとに登場した親米の李明博政権の崩壊を、見過ごすわけには行かなかったからだ。

  米国といえども、いや、米国だからこそ、他国の国民を敵に回す事は出来なかったのだ。

  他国の指導者については、それが気にくわなければ、脅迫や暗殺や軍事攻撃で変える事が出来る米国だが、その国の大衆を敵に回せば、米国に勝ち目はない。

  それはベトナム戦争からイラク戦争に至るまで、歴史が証明している。米国は民衆の反米感情の高まりに驚くほど弱い。それを一番恐れているのだ。

  翻って日本はどうだ。国民が反米デモに立ち上がった事があったか。

  唯一、最大の反米デモが安保闘争であった。

  しかしそれでも日米安保条約改定を阻止する事はできなかった。

  そして、その後は、憲法9条を否定するような日米軍事協力の進展にもかかわらず、国民的デモは起こらなかった。

  この違いはどこから来るのであろうか。

  そう思っていたら、22日の朝日新聞で、斉州島の悲劇についての記事を見つけた。

  読者の皆さんは1948年4月3日に起きた韓国、斉州島の民衆蜂起を知っているか。

  米ソ対立が深まりつつあった中で、斉州島では米軍政が進める南朝鮮の単独選挙に反対し、共産主義の影響を受けた南朝鮮労働党の党員らが蜂起した事件だ。

  犠牲者の遺骨発掘に立ち会った人の言葉である。

  「骸骨が頭から足までそろっている。骨のそばに女性のパンティーのゴムが残っている。中学生の制服のボタンもそのまま出てきた。涙がとまらない。悲しみの涙じゃない。怒りだ・・・」。

 武器を持たない住民までが虐殺された。犠牲者は2万人とも3万人とも言われている。

  この事件は、韓国の教科書では、これまでは「共産主義者による反乱」とされ、「わが軍と警察がすばやく対処し鎮圧した」と教えてきたという。

  しかし、いま韓国では事件の評価をめぐり「揺り戻し」が起きているという。

  韓国には権力の圧制に対する民衆の蜂起の歴史が、確かにあった。

  10年ぶりに保守の李明博政権が誕生しても、民主化の流れをくむ「進歩」と、「反共保守」の葛藤はなお鋭く対立しているという。

  それにしても、22日の朝日新聞社説の次のくだりは印象的だ。

 「・・・ある夜、大統領は公邸の裏山に登った。街を埋め尽くすろうそくの火を見て、『国民を安心させられなかった自分を責めた』。謝罪会見でそう語った・・・」

  このような光景を目にする事のないこの国の首相は、世界一しあわせな首相であると思う。

  軽口を叩く首相が5年半もつとめていられる国である。

  福田首相が辞めたくない気持ちもわかる。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月22日

 今日の農業の衰退は、誰に責任があるのか

 今日の農業の衰退は、誰に責任があるのか

  22日の東京新聞に、崩壊する日本の米作農家についての特集記事があった。

  サブタイトルは、「減反、高齢、切捨て政策」というものだった。

  その要旨はこうだ。

   コメの消費減による生産調整(減反)に加え、高齢化と後継者難が拍車をかけ、耕作放棄が全国的に深刻な問題となっている。

   もはや小規模農業では収益が出ない。いくら品質の良いコメを作っても、勘定にあわない。

   政府は農業に競争力をつけるため、一定規模の農業者に補助金対象を絞る政策を打ち出した。事実上の「小規模農家切捨て」政策である・・・

  戦後の民主化政策の一環として行われた農地改革は、いままさに大規模農業へ戻ろうとしている。

  貧農救済を掲げて行われた小作農育成政策は間違っていたのか。

  それともその後の状況の変化に日本の農業政策が正しく対応できなかったのか。

  農業の専門家ではない私にはわからない。

  しかしわからないのは私だけではない。

  80年代の半ばごろ、私は農水省の課長に日本の農業の将来について聞いたことがある。その時の答えが、政治家に聞いてくれ、であった。

  私は思う。これは単に農業政策に限らない。

  外交も、金融も、医療、年金、福祉政策も、およそこの国の土台にかかわる政策が、選挙目当ての政治家と,政治に面従腹背する保身的官僚によってゆがめられてきた。

  それが、日本が高度成長を謳歌して前進していた時は見えなかった。

  しかし、冷戦の消滅と国際化の進展、それにともなう日本の相対的地位の低下によって、ここにきて一斉に矛盾を露呈してきたのだ。

  政権政党と官僚の合作によるこの国の設計は、それが一旦狂いだすと、彼らでは対応できないようだ。その事がもはや誰の目にも明らかになってきたのだ。

  かつてならば、それを隠蔽することが出来た。ごまかす事が出来た。

  しかし情報手段の発達と情報の国際化が権力者と国民の力関係を逆転させつつある。

  隠蔽しようとしても早晩真実は明らかにされる。

  一定の方向に世論を誘導しようとしても、必ず反論される事になる。

  今、日本は本当の意味で民主革命の時期にさしかかっているのではないか。

  そして、あらゆる革命がそうであるように、革命の成否は、民衆が一つにまとまれるかどうかにかかっている。

  だからこそ権力者は国民を分断させようとするのだ。情報操作をして国民を混乱させるのだ。

  今度の解散・総選挙の結果とその後に続く政治の混迷は、まさしく日本の将来を占うものになるに違いない。

  どのような状況下で選挙が行われようとも、もはや自公政権では日本を救えないと国民の大勢が考え、政権交代への流れが加速していくのか。

  それとも、国民までもが抜き差しならな分裂をきたし、格差社会がますます進んでいくのか。

  その時まで私はブログを書き続ける。

  賛成しても、しなくてもいい。

  私は自分の限界の範囲で声をあげ続ける。

  読者には、ここから自分の意見を持つようになってもらいたい。

  私利私欲のためではなく、組織防衛のためではなく、自己満足や自己主張のためではなく、

  日本にとって、みなの幸せにとって、一体何が正しいのかを、徹底的に考えてもらいたい。

  私も頑張るから、皆も頑張って欲しい。

  

  

   

   

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月21日

 グリーンピースジャパンのメンバー逮捕は裏目に出るのではないか


 グリーンピースジャパンのメンバー逮捕は裏目に出るのではないか

  政府は20日、鯨肉横領疑惑問題をあばいたグリーンピースジャパンのメンバー逮捕に踏み切った。

  そのニュースを知った時、私は、「政府もよくやるよなあ。おごりも極まれリだ。そこまで国家権力を濫用して弱いものいじめをしていると、今にしっぺ返しをくらうぞ」というものであった。

  そんな私の思いと同様の思いを抱いた人がいた。

 21日の東京新聞「こちら特捜部」に出ていた政治アナリスト伊藤惇夫氏の次のコメントだ。

 「日本は賭けに出た・・・週明けの国際捕鯨委員会(IWC)年次総会、来月の洞爺湖サミットを控え、予想されるグリーンピースによる日本攻撃の機先を制するために(逮捕したのだ)・・・しかし、賭けが当たるかどうかは、もう引き返せないが、それはわからない・・・強硬手段が逆効果になるかもしれない」

 同感だ。

 グリーンピースジャパンが正しく反撃すれば、政府は追い込まれる。賭けに敗れることになる。

 私は今回の政府とグリーンピースジャパンの闘いに関しては断然グリーンピースジャパンを応援する。

 断っておくが、それはグリーンピースジャパンという組織の主義、主張を、私が全面的に支持するからではない。

 捕鯨問題に対する欧米諸国やグリーンピースジャパンの日本叩きに、私が賛同するからでもない。

 ただひとえに、商業捕鯨の固執するわが国の捕鯨外交が、国益に反するのみならず、国際的不正を犯している事を知っているからだ。

 しかも、そこまでして商業捕鯨に固執する水産庁の正体が、いま世間で批判を浴びている官僚の利権あさりにあると思うからだ。

 14日のブログでも書いたが、水産庁がどのような理屈を並べようと、商業捕鯨はもはや日本では現実にそぐわない。

 なにしろ水産会社が、需要が少なくて採算が取れないと白状しているのだ。

 それでも商業捕鯨にこだわる水産庁の正体は、やがてメディアの知るところとなり、白日の下にさらされるだろう。

 それでも、国際捕鯨委員会で日本政府(水産庁)は商業捕鯨の再開交渉を続ける。

 いいだろう。百歩譲ってその交渉を認めるとしよう。

 しかし、現在のところは商業捕鯨は国際的に認められていない。調査捕鯨しか求められていないのだ。

 それにもかかわらず水産庁は、調査捕鯨の名を借りて商業捕鯨まがいの事をやってきた。

 これは国際ルール違反だ。

 それが国際社会の知るところとなって、日本という国が、そして日本国民が、社会的、道義的、政治的批判を受けるようになれば、誰がその責任を取るというのか。

 乗組員の中には、今回の鯨肉持込は慣例上の手土産だ、などとふざけた言い逃れをしているが、明らかな横領である。その犯罪はどうなるのだ。

 しかも、問題はそれにとどまらない。

 それを水産庁が黙認してきたという事が明らかになれば、自分達のやってきた事が、実は単なる調査捕鯨ではなく、商業捕鯨につながる漁業活動であった事を認めざるを得なくなる。

 国際法違反の責任を誰がとるのか。

 グリーンピースジャパンよ。ここまできたら徹底的に国家権力と闘うほかはない。

 その場合、決して国家権力を見くびってはいけない。

 正義のためには法を犯してもやむを得ない、などという独りよがりの論理は、法律論争のネタにはなっても、国家権力には通用しない。

 その手法の軽率さを素直に詫びるべきだ。

 ここに至っては法の裁きに神妙に従うべきだ。

 下手な反論をして国家権力の思う壺になってはいけない。世論を敵に回してはいけない。

 小さな罪を認めて、国家権力の犯罪という大きな罪を糾弾するのだ。肉を切らせて骨を穿つのだ。

 最後の支えは世論の味方だ。それも国際世論を動かす事だ。

 日本政府は賭けに負けるかもしれない。

 

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2008年06月21日

いつからCO2削減問題がこんなに大きな世界的課題になってしまったのか


 いつからCO2削減問題がこんなに大きな世界的課題になってしまったのか

  私たちは報道によって国内外のニュースを知る。

  報道の基本はスピード性である。簡潔性である。緻密な議論を捨象した単純化である。

  そこに大きな危険性が潜んでいる。

  同じニュースが、同じ言葉で繰り返し報道される時、それが、たとえ専門的、学問的な立場からの疑義があっても、あるいは補足説明の必要性があっても、それらは一切捨象されて、その報道だけがわれわれの頭に刻み込まれてしまう。

  21日に国会が終わり、福田首相の頭はサミットの成功でいっぱいに違いない。

 今度のサミットの主要議題は地球温暖化防止のためにCO2削減問題である。

 しかし、われわれはどこまでその重要性を正しく理解しているだろうか。

  環境を大切にするということは勿論大切な事である。

  しかし、数ある環境対策のうち、なぜ地球温暖化対策がこれほど取り上げられるようになったのか。

  地球温暖化対策が重要だとしても、なぜCO2排気ガスの削減が最大の対策となったのか。

  おまけに排出削減権利なるものをつくって、あたかも金融商品のように、売買するようになったのか。

  それがはたして正しい環境対策なのか。

  この問いに明確に答えられる人が果たして何人いるのだろうか。

  私がこういう疑問を持つようになったのは、最近に至って、CO2削減目標を否定的に論ずる声が目立つからだ。

   たとえば6月14日の朝日新聞「異見新言」のなかで、地球環境産業技術研究機構の秋元圭吾なる副主席研究員は、「費用と負担を考えるなら、無責任に実現不可能な厳しい目標を言い続けることが適切とは思えない」と書いている。

  その朝日新聞はま