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2008年06月22日

率直に言って日本政府はもはやブッシュ政権を相手にしないほうがいいのではないか


 率直に言って日本政府はもはやブッシュ政権を相手にしないほうがいいのではないか

  大統領選挙が本格化すると、国民の関心は次期大統領は誰になるかに移ってしまう。

  ましてや現職の大統領の再選が無い場合はそうだ。

  それが今年の米国である。

  ただでさえ国民の人気を失ってしまったブッシュ大統領にとって、残された半年ほどの任期は、もはや消化試合みたいなものだ。

  だから、何もせずに静かにしていればいいのに、出来の悪い大統領ほど、実績を残したいとか、最後に何か大仕事を成し遂げたい、などと勘違いする。

  皆が困惑し、迷惑を受ける。

  それが今のブッシュ政権に違いない。

  19日のニューヨーク・タイムズ(電子版)はイスラエルがイラン核施設の空爆を想定した大規模な軍事演習をしていたと報じたという。それが事実であれば、ブッシュ大統領はそれを認めていたということだ。

  21日付のワシントン・ポストは、北朝鮮が米国に提出した核施設の稼動記録の中に、北朝鮮が否定している高濃縮ウランの新たな痕跡が発見されたと報じたという。それが事実であれば、ブッシュ政権はその情報はとっくに知っていたはずだ。
 
  現にライス国務長官も、18日にワシントンでおこなった講演の中で、「北朝鮮のウラン濃縮活動の可能性を示す追加的情報に困惑している」などと発言していたという(22日、東京新聞)。

  それでもブッシュ政権は北朝鮮をテロ支援国リストから外そうとしているのだ。完全に判断力を失っている。

  ただでさえその外交に疑問がつけられていたブッシュ大統領のことである。

  対北朝鮮外交も、方針を二転三転させたあげく、もはや後の事など考えずに北朝鮮との融和関係に最後の舵を切ったのではないか。

  そんなブッシュ大統領の外交に、いくら日米同盟が重要であるからといって、日本の外交を従わせる必要性はあるのか。

  そう思っていたらニューズウィーク(日本語版)6月25日号に二つのエピソードが載っていた。

  一つは6月始めに行われたブッシュ大統領の最後の訪欧にまつわるエピソードである。普通ならば訪問した先々で辛らつな新聞の社説や大規模な反戦デモが見られるのに、今回はそのいずれもなかったという。

  ブッシュ大統領はもう敵役としても人気がないのだ。もはやヨーロッパは去り行くアメリカ大統領を見ていないのだ。

  もう一つは米連邦最高裁が6月12日、賛成5、反対4という僅差ながら、法的手続きなしにテロ容疑者を拘束し続けるブッシュ政権は憲法違反だと判定した事だ。

  アメリカの司法は国の安全にかかわる問題では、大統領や議会の判断を尊重してきた。

  まして9.11テロ以降はそうだ。

  ところがついにブッシュ政権の一連のテロ容疑者への対応や法律が違憲であると、最高裁が判定したのだ。

  世界はもとより、米国さえも、ブッシュ大統領はもはや過去の人であると露骨に見るようになったということだ。

  そうであれば、たとえ日米同盟がすべての日本であっても、もはやブッシュ大統領は相手にしないでよいのではないか。

  拉致問題でブッシュ政権に追従する必要は無い。

  功を急いで北朝鮮の核に譲歩したブッシュ大統領に従属することが、後日米国新政権から批判される事もありえるのだ。

  もしイランへの攻撃が始まり、ブッシュ政権が日本の協力を求めてきても、今度だけは断ったほうがいい。

  下手にブッシュ大統領に義理立てすると、米国新政権や世界中の国の笑いものになるかもしれないのだ。

  ブッシュ政権からそろそろ距離を置き始めたほうがいい。本気で日本政府にそうアドバイスしたくなる。

  

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2008年06月22日

見逃せない言葉、納得する言葉


 見逃せない言葉、納得する言葉


  「・・・わが国でもようやく平成13年に発足した小泉内閣から、改革に取り組んだ。しかし国民の期待があまりに性急だったうえ、5年余という短期だったため、日本はいまだに改革の方向を定着せしめるべく模索している・・・」

  これは19日の産経新聞一面の「塩爺のよく聞いてください」という論評の中の一節である。

  福田派の塩川正十郎が、小泉、安倍、福田とつづく自民党政権の広告塔であるとしても、この言葉はないだろう。

  悪政に黙って耐えてきた、我慢づよい国民のどこが性急なのか。

  5年半も首相を楽しんだ小泉政権のどこが短期なのか。

  国民をなめきった見逃せない暴言だ。

  「・・・スウェーデンにみられる『(生活)標準を保障する国家』。所得税も消費税も社会保障負担率も大きいが、『税を払っていれば生きていける社会』・・・日本はどうか。どういう社会をつくろうとしているのかが無い『無責任国家』。スウェーデン政府は『強い福祉を打ち出すために財政再建をする』という。日本は福祉を切り捨てて財政再建しようとする・・・しかし(そもそも)財政は人々の生活を守るためにあるのではないか・・・」

  これは21日の毎日新聞「医療クライシス」⑤に出ていた神野直彦東大教授(財政学)の言葉である。

  納得する言葉だ。

  消費税引き上げ議論の際に、政府や財務官僚から決まって出てくるせりふがある。

  日本の税率は、あるいは国民の負担率は、欧米諸国のそれにくらべてまだまだ低い、

  というやつである。


  だまされてはいけない。税負担とは、おさめる税金の額とその見返りに還元される政府のサービスの総合で考えなくてはならない。

  税金の見返りに国が何をしてくれたのか。

  スウェーデンのように、税金を払えば、誰でも生きていける社会になっていれば、これほど国民は苦しむことは無いはずだ。

  税金が政府の財布がわりにとられているから怒るのだ。浪費、横領されているから増税はびた一文払いたくないと思うのだ。

  

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2008年06月22日

韓国のデモの激しさと斉州島の悲劇

 
 韓国のデモの激しさと斉州島の悲劇

  韓国の大衆デモは、とうとう米国政府までも譲歩させてしまった。

  22日の各紙は、牛肉問題で米国が追加交渉を受け入れ、そこで米国は30カ月以上の牛肉の韓国への輸入を全面的に禁じることに合意したと報じている。

  韓国との自由貿易協定と引き換えに米国産牛肉の輸入制限撤廃を李明博政権に飲ませ、それをテコに日本への米国産牛肉輸入圧力をかけようとしたブッシュ政権にとっては誤算であったに違いない。

  それはまた、いずれ米国産牛肉の輸入解禁を行わざるを得ないと思っている対米従属の日本の政治家や官僚たちに、大きな衝撃を与えたに違いない。

  なぜブッシュ政権はそこまで譲歩したのか。

  それは、反米的なノムヒョン大統領のあとに登場した親米の李明博政権の崩壊を、見過ごすわけには行かなかったからだ。

  米国といえども、いや、米国だからこそ、他国の国民を敵に回す事は出来なかったのだ。

  他国の指導者については、それが気にくわなければ、脅迫や暗殺や軍事攻撃で変える事が出来る米国だが、その国の大衆を敵に回せば、米国に勝ち目はない。

  それはベトナム戦争からイラク戦争に至るまで、歴史が証明している。米国は民衆の反米感情の高まりに驚くほど弱い。それを一番恐れているのだ。

  翻って日本はどうだ。国民が反米デモに立ち上がった事があったか。

  唯一、最大の反米デモが安保闘争であった。

  しかしそれでも日米安保条約改定を阻止する事はできなかった。

  そして、その後は、憲法9条を否定するような日米軍事協力の進展にもかかわらず、国民的デモは起こらなかった。

  この違いはどこから来るのであろうか。

  そう思っていたら、22日の朝日新聞で、斉州島の悲劇についての記事を見つけた。

  読者の皆さんは1948年4月3日に起きた韓国、斉州島の民衆蜂起を知っているか。

  米ソ対立が深まりつつあった中で、斉州島では米軍政が進める南朝鮮の単独選挙に反対し、共産主義の影響を受けた南朝鮮労働党の党員らが蜂起した事件だ。

  犠牲者の遺骨発掘に立ち会った人の言葉である。

  「骸骨が頭から足までそろっている。骨のそばに女性のパンティーのゴムが残っている。中学生の制服のボタンもそのまま出てきた。涙がとまらない。悲しみの涙じゃない。怒りだ・・・」。

 武器を持たない住民までが虐殺された。犠牲者は2万人とも3万人とも言われている。

  この事件は、韓国の教科書では、これまでは「共産主義者による反乱」とされ、「わが軍と警察がすばやく対処し鎮圧した」と教えてきたという。

  しかし、いま韓国では事件の評価をめぐり「揺り戻し」が起きているという。

  韓国には権力の圧制に対する民衆の蜂起の歴史が、確かにあった。

  10年ぶりに保守の李明博政権が誕生しても、民主化の流れをくむ「進歩」と、「反共保守」の葛藤はなお鋭く対立しているという。

  それにしても、22日の朝日新聞社説の次のくだりは印象的だ。

 「・・・ある夜、大統領は公邸の裏山に登った。街を埋め尽くすろうそくの火を見て、『国民を安心させられなかった自分を責めた』。謝罪会見でそう語った・・・」

  このような光景を目にする事のないこの国の首相は、世界一しあわせな首相であると思う。

  軽口を叩く首相が5年半もつとめていられる国である。

  福田首相が辞めたくない気持ちもわかる。

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2008年06月22日

 今日の農業の衰退は、誰に責任があるのか

 今日の農業の衰退は、誰に責任があるのか

  22日の東京新聞に、崩壊する日本の米作農家についての特集記事があった。

  サブタイトルは、「減反、高齢、切捨て政策」というものだった。

  その要旨はこうだ。

   コメの消費減による生産調整(減反)に加え、高齢化と後継者難が拍車をかけ、耕作放棄が全国的に深刻な問題となっている。

   もはや小規模農業では収益が出ない。いくら品質の良いコメを作っても、勘定にあわない。

   政府は農業に競争力をつけるため、一定規模の農業者に補助金対象を絞る政策を打ち出した。事実上の「小規模農家切捨て」政策である・・・

  戦後の民主化政策の一環として行われた農地改革は、いままさに大規模農業へ戻ろうとしている。

  貧農救済を掲げて行われた小作農育成政策は間違っていたのか。

  それともその後の状況の変化に日本の農業政策が正しく対応できなかったのか。

  農業の専門家ではない私にはわからない。

  しかしわからないのは私だけではない。

  80年代の半ばごろ、私は農水省の課長に日本の農業の将来について聞いたことがある。その時の答えが、政治家に聞いてくれ、であった。

  私は思う。これは単に農業政策に限らない。

  外交も、金融も、医療、年金、福祉政策も、およそこの国の土台にかかわる政策が、選挙目当ての政治家と,政治に面従腹背する保身的官僚によってゆがめられてきた。

  それが、日本が高度成長を謳歌して前進していた時は見えなかった。

  しかし、冷戦の消滅と国際化の進展、それにともなう日本の相対的地位の低下によって、ここにきて一斉に矛盾を露呈してきたのだ。

  政権政党と官僚の合作によるこの国の設計は、それが一旦狂いだすと、彼らでは対応できないようだ。その事がもはや誰の目にも明らかになってきたのだ。

  かつてならば、それを隠蔽することが出来た。ごまかす事が出来た。

  しかし情報手段の発達と情報の国際化が権力者と国民の力関係を逆転させつつある。

  隠蔽しようとしても早晩真実は明らかにされる。

  一定の方向に世論を誘導しようとしても、必ず反論される事になる。

  今、日本は本当の意味で民主革命の時期にさしかかっているのではないか。

  そして、あらゆる革命がそうであるように、革命の成否は、民衆が一つにまとまれるかどうかにかかっている。

  だからこそ権力者は国民を分断させようとするのだ。情報操作をして国民を混乱させるのだ。

  今度の解散・総選挙の結果とその後に続く政治の混迷は、まさしく日本の将来を占うものになるに違いない。

  どのような状況下で選挙が行われようとも、もはや自公政権では日本を救えないと国民の大勢が考え、政権交代への流れが加速していくのか。

  それとも、国民までもが抜き差しならな分裂をきたし、格差社会がますます進んでいくのか。

  その時まで私はブログを書き続ける。

  賛成しても、しなくてもいい。

  私は自分の限界の範囲で声をあげ続ける。

  読者には、ここから自分の意見を持つようになってもらいたい。

  私利私欲のためではなく、組織防衛のためではなく、自己満足や自己主張のためではなく、

  日本にとって、みなの幸せにとって、一体何が正しいのかを、徹底的に考えてもらいたい。

  私も頑張るから、皆も頑張って欲しい。

  

  

   

   

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