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2008年06月21日

 グリーンピースジャパンのメンバー逮捕は裏目に出るのではないか


 グリーンピースジャパンのメンバー逮捕は裏目に出るのではないか

  政府は20日、鯨肉横領疑惑問題をあばいたグリーンピースジャパンのメンバー逮捕に踏み切った。

  そのニュースを知った時、私は、「政府もよくやるよなあ。おごりも極まれリだ。そこまで国家権力を濫用して弱いものいじめをしていると、今にしっぺ返しをくらうぞ」というものであった。

  そんな私の思いと同様の思いを抱いた人がいた。

 21日の東京新聞「こちら特捜部」に出ていた政治アナリスト伊藤惇夫氏の次のコメントだ。

 「日本は賭けに出た・・・週明けの国際捕鯨委員会(IWC)年次総会、来月の洞爺湖サミットを控え、予想されるグリーンピースによる日本攻撃の機先を制するために(逮捕したのだ)・・・しかし、賭けが当たるかどうかは、もう引き返せないが、それはわからない・・・強硬手段が逆効果になるかもしれない」

 同感だ。

 グリーンピースジャパンが正しく反撃すれば、政府は追い込まれる。賭けに敗れることになる。

 私は今回の政府とグリーンピースジャパンの闘いに関しては断然グリーンピースジャパンを応援する。

 断っておくが、それはグリーンピースジャパンという組織の主義、主張を、私が全面的に支持するからではない。

 捕鯨問題に対する欧米諸国やグリーンピースジャパンの日本叩きに、私が賛同するからでもない。

 ただひとえに、商業捕鯨の固執するわが国の捕鯨外交が、国益に反するのみならず、国際的不正を犯している事を知っているからだ。

 しかも、そこまでして商業捕鯨に固執する水産庁の正体が、いま世間で批判を浴びている官僚の利権あさりにあると思うからだ。

 14日のブログでも書いたが、水産庁がどのような理屈を並べようと、商業捕鯨はもはや日本では現実にそぐわない。

 なにしろ水産会社が、需要が少なくて採算が取れないと白状しているのだ。

 それでも商業捕鯨にこだわる水産庁の正体は、やがてメディアの知るところとなり、白日の下にさらされるだろう。

 それでも、国際捕鯨委員会で日本政府(水産庁)は商業捕鯨の再開交渉を続ける。

 いいだろう。百歩譲ってその交渉を認めるとしよう。

 しかし、現在のところは商業捕鯨は国際的に認められていない。調査捕鯨しか求められていないのだ。

 それにもかかわらず水産庁は、調査捕鯨の名を借りて商業捕鯨まがいの事をやってきた。

 これは国際ルール違反だ。

 それが国際社会の知るところとなって、日本という国が、そして日本国民が、社会的、道義的、政治的批判を受けるようになれば、誰がその責任を取るというのか。

 乗組員の中には、今回の鯨肉持込は慣例上の手土産だ、などとふざけた言い逃れをしているが、明らかな横領である。その犯罪はどうなるのだ。

 しかも、問題はそれにとどまらない。

 それを水産庁が黙認してきたという事が明らかになれば、自分達のやってきた事が、実は単なる調査捕鯨ではなく、商業捕鯨につながる漁業活動であった事を認めざるを得なくなる。

 国際法違反の責任を誰がとるのか。

 グリーンピースジャパンよ。ここまできたら徹底的に国家権力と闘うほかはない。

 その場合、決して国家権力を見くびってはいけない。

 正義のためには法を犯してもやむを得ない、などという独りよがりの論理は、法律論争のネタにはなっても、国家権力には通用しない。

 その手法の軽率さを素直に詫びるべきだ。

 ここに至っては法の裁きに神妙に従うべきだ。

 下手な反論をして国家権力の思う壺になってはいけない。世論を敵に回してはいけない。

 小さな罪を認めて、国家権力の犯罪という大きな罪を糾弾するのだ。肉を切らせて骨を穿つのだ。

 最後の支えは世論の味方だ。それも国際世論を動かす事だ。

 日本政府は賭けに負けるかもしれない。

 

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2008年06月21日

いつからCO2削減問題がこんなに大きな世界的課題になってしまったのか


 いつからCO2削減問題がこんなに大きな世界的課題になってしまったのか

  私たちは報道によって国内外のニュースを知る。

  報道の基本はスピード性である。簡潔性である。緻密な議論を捨象した単純化である。

  そこに大きな危険性が潜んでいる。

  同じニュースが、同じ言葉で繰り返し報道される時、それが、たとえ専門的、学問的な立場からの疑義があっても、あるいは補足説明の必要性があっても、それらは一切捨象されて、その報道だけがわれわれの頭に刻み込まれてしまう。

  21日に国会が終わり、福田首相の頭はサミットの成功でいっぱいに違いない。

 今度のサミットの主要議題は地球温暖化防止のためにCO2削減問題である。

 しかし、われわれはどこまでその重要性を正しく理解しているだろうか。

  環境を大切にするということは勿論大切な事である。

  しかし、数ある環境対策のうち、なぜ地球温暖化対策がこれほど取り上げられるようになったのか。

  地球温暖化対策が重要だとしても、なぜCO2排気ガスの削減が最大の対策となったのか。

  おまけに排出削減権利なるものをつくって、あたかも金融商品のように、売買するようになったのか。

  それがはたして正しい環境対策なのか。

  この問いに明確に答えられる人が果たして何人いるのだろうか。

  私がこういう疑問を持つようになったのは、最近に至って、CO2削減目標を否定的に論ずる声が目立つからだ。

   たとえば6月14日の朝日新聞「異見新言」のなかで、地球環境産業技術研究機構の秋元圭吾なる副主席研究員は、「費用と負担を考えるなら、無責任に実現不可能な厳しい目標を言い続けることが適切とは思えない」と書いている。

  その朝日新聞はまた、電気事業連合会の勝俣恒久会長(東京電力社長)が13日の会見で、「市場メカニズムだけで二酸化炭素削減をなんて言うのは殆ど幻想に近い」と、福田首相が示した「排出権取引」を盛り込んだ包括提案を批判したと報じている。

  また、15日の東京新聞書評欄「この本、この人」では、「地球温暖化論のウソとワナ」(KKベストセラーズ)を書いた横浜国立大の伊藤公紀教授の次の言葉を紹介している。

  「・・・最新の研究ではCO2が二倍になったとき、地球の平均気温の上昇値は1.6度。これは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が理論から導き出した3度のほぼ半分。1.6度しか上昇しないのなら気候変動への影響も限定的。CO2削減に巨額の予算を投じる意味はありません・・・」

  そう思っていたら、温暖化は一万年以上も前にも起きていたというニュースまで現れた(20日朝日新聞)。環境問題の以前から、急激な温暖化は起きていたというのだ。

  われわれ素人にとっては何がなんだかわからない。

  わからないままに、二酸化削減の数値目標合意が今度のサミットの最大の争点になってしまった。

  福田首相はわけがわからないまま、官僚のつくったシナリオにしたがって議長役を務めることになるのだ。気の毒なことだと思う。

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