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2008年06月08日

秋葉原通り魔事件に衝撃を受ける


 秋葉原通り魔事件に衝撃を受ける

  これは私のブログで書くべき性格のものではないかもしれない。

  しかし、秋葉原通り魔事件に衝撃を受け、考えるところがあったので、今の思いを書いてみた。

  「人を殺したかった。誰でもよかった」

  最近頻繁に起きる衝撃的な殺人事件で、お決まりのように聞かせられる言葉である。

  人を殺すという事は普通の人間にできることではない。

  ましてや恨みも何も無い不特定多数の人間を殺す事は。

  しかも、「誰でもよかった」、などという理由で、人を殺せるだろうか。

  間違いなく正常ではない。

  しかし、それが最近当たり前のように起きているのではないのか。

  いや、そうではないのかもしれない。

  統計的には昔も今も大差ないのかもしれない。

  いつの世も、一部の例外的な日本人によるこのような犯罪はあった。

  大多数の日本人はまともで善良な人間である。

  そう思いたい。

  しかし、ひょっとしてそうではないのではないか。

  今後もこのような事件が起こり続けるのではないか。

  そう思うのだ。

  そして、それはかつての日本では考えられなかった社会現象ではないのか。

  そうだとしたら、日本は正常を失いつつあるという事ではないのか。

  これらの事件は日本の病理を映し出す合わせ鏡ではないのか。

  もしそうだとしたら、その事をそう考えればいいのか。

  その責任は一体誰にあるのか。

  そこから先の答えは日本人一人一人が考えるべき事に違いない。

  その答えは一人一人違ってもいい。

  私は、その責任は、やはりこの国の指導者たちにあると思う。それは政治家であり官僚である。

  その中でも、最大の責任者は小泉元首相であると、私は思う。

  彼は日本を壊してしまったのだ。

  小泉元首相を支持した国民が多かったゆえに、その事を誰も認めたがらない。

  小泉批判は今でも起こらないのだ。

  しかし、時が過ぎ、日本人が日本の現代史を振り返るとき、必ずそれに気づく時がくる。

  小泉純一郎と言う政治家は日本国民の凶事の上に、一人自分の人生を謳歌した人物であった、と。

  あるべき政治家像の対極にある人間である。

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2008年06月08日

日本の政治家の国際会議における二つのスピーチ


  日本の政治家の国際会議における二つのスピーチ

  偶然にも、最近の新聞で、国際会議における日本の政治家のスピーチに関する二つの興味ある記事を見つけた。

  一つは、6日の産経新聞の藤本欣也氏の「終わりのみえない話」という記事だ。

  5月30日ー6月1日にわたってシンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」に出席した石破防衛大臣のスピーチについて、藤本氏は次のように書いている。

 「・・・珍事が起きた。石破茂防衛大臣が『東アジアの安保の将来』と題し、講演をしたときのこと。日本語でもゆっくり、よく考えながら話をする防衛相だけに、英語の方もかなりスローペースとなった。しかも単語の読み飛ばし、読み誤りが目立ち、しばしば意味不明となる。予定時間の20分はもちろん、30分が過ぎても結論に至らない。業を煮やした司会者が口をはさんだときは、防衛省改革のくだりを読んでいるところだった。
 『大臣、そろそろ結論に入ってもらえませんか・・・』
 それでも防衛相は2分ほど読み進めたが、ミサイル防衛システムの話の前で断念。そのまま席に戻ってしまった。閣僚の演説を司会者がさえぎるのも異例なら、結論なき閣僚のスピーチもまた異例であった・・・」

 もう一つは8日の毎日新聞「発信箱」の「目立たないのが持ち味」という見出しの藤原章生ローマ支局長の記事だ。

 食料サミットに出席した福田首相の演説について、次のように書いている。

 「・・・150カ国もの代表が演説をした。ブラジルのルラ大統領は予定の5分を大幅に超え、20分近くもしゃべり続けた。ずぶとさが持ち味のルラ氏は、さとうきび燃料への取り組みなど国の自慢を米国への皮肉を込めて語り、配られた演説文はすぐになくなった・・・
 その直後が福田さんである。300人ほどが出入りする記者室の空気がすっと動いた。イヤホンを外したり、コーヒーを飲みに席を立つ人が揺らす空気だ。演説は米国などを刺激しそうな部分をわざわざ省いて短めに終わった。誰の反発も買わない、おとなしい語りは、殆ど報じられることはなかった・・・」

 この二つの日本の政治家のスピーチについて、私はあえてコメントをしない。それが日本の現実であるという事である。

 藤原支局長の次の言葉が奇妙に印象的であった。

 「・・・国際会議で日本の代表には自分の言葉で語り、もっと目だってほしいと思った時期があった。でも最近は、何も無理しなくていいと思うようになった。場の邪魔にならず、誰とも対立せず、決して目立たない。それはそれで、一つの持ち味で、いいのではないかと思う・・・」

 福田さんをほめているのか、けなしているのか、私にはわからなかった。

 

 

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