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2008年06月30日

 女優五十嵐めぐみさんの半生の思いをめぐらす


 女優五十嵐めぐみさんの半生に思いをめぐらす

  私が毎日ブログを書いている作業の、その企業秘密を明かすと、まず気にとまった記事や情報を切り抜いてファイルしておく。そしてその中から優先順位を決めて、そのテーマについて補足的情報を入手したり、過去の関連情報を参考にする。そしてその日に書ける時間的余裕の範囲で、気分のままに書く。

  こうして毎日を過ごしていると、どんどんと書けなかった記事や情報がたまっていく。そしてそれを使うことなく、そのファイルは埋もれ、廃棄されていく。

  廃棄するまえには、そのファイルを眺めながら、感慨にふけったりする。

  私のブログは政治的なテーマに限って書くことにしている。だから、ファイルの記事も、当然のごとく政治的な物が多い。

  しかし中にはおよそ政治とは無関係なものもある。どうしても気になる記事がある。残しておきたい読み物があるのだ。

  本当はそういう事に私は関心がある。

  政治など、所詮我々の人生にとって二次的なものに違いない。

  政治を生業にしている特殊な人間は別にして、普通の者にとって、人生はもっと個人的な、もっと真剣なものに違いない。

  たとえば、平和を願い憲法9条を守ると政治的活動をすることは、重要な事である。

  しかし問題は憲法9条が守られた後だ。永久の平和が達成さえれた後だ。

  その後には、もはや護憲運動や平和運動をしなくてもよくなる。

  しかしそれでも我々はすることがある。その後に、待っているのは、長く、平凡で、そして時として修羅の困難を伴った個人的人生である。

  我々はそれらと面と向かって生きていかなくてはならないのだ。

  所得格差がなくなっても、医療制度が充実しても、個人的人生の問題は解決しない。我々が本当に取り組まなければならないのは、そのような個人的人生なのである。

  政治が正常に機能していれば、そもそも我々は政治なんかに無関心でいればいいのだ。政治が正しければ、こんなブログなどまったく必要がない。

 残念ながら政治が正しく機能していないから、政治家や行政が義務を果たさず悪い事ばかりやっているから、政治を監視しなければならないだけなのだ。政治を語る必要が出てくるのだ。

 前置きが長くなった。

 6月26日と27日の産経新聞に二回にわたって女優五十嵐めぐみさんの私生活が本人の言葉でつづられていた。

 私は若かりし頃、五十嵐めぐみのファンだった。だからその記事が目に留まった。

 写真で見る彼女は今でも美しい人であるが、さすがに年老いた。万年青年であると思っていた自分がいつの間にか60を過ぎたのだから当然である。

 これが年月というものである。

 そう思って読み始めた五十嵐めぐみさんの半生を知って、感じるところがあった。

 長男が4歳の夫をがんで失った五十嵐めぐみさんは、実母と二人三脚で二人の息子を育てるのだが、長男に学習障害があることを小学生入学時に知る。その後は長男のための苦労の人生である。
 その五十嵐さんをもう一つの問題が襲う。兄の障害を受け入れられない弟が、母親に抵抗し、兄と喧嘩する毎日だ。
 そういう修羅の毎日も、やがて時が解決してくれる。息子二人が24歳と22歳になって、兄は就職し 五十嵐さんは演劇界に進んだ弟の脚本、演出した舞台に出演する喜びを味わえるようになる。
 「こんな(幸せな)日が来るとは思わなかった」と話す五十嵐さんを見て、自分の半生はなんと恵まれているのか、この世の中には五十嵐さん以上の苦労をしている人がどれほど多く存在する事か、という事に思いをはせてみる。

  人はみな与えられた人生を懸命に生きている。生きる事に精一杯の人たちにとって、政治などどうでもいいことなのだ。

  政治家はもとより、政治を生業にしている人たちは、心に銘ずべきだと思う。

  政治は人生にとって二次的なものだ。国民の一人一人は自らの幸福のために懸命に生きている。政治家は、そして政治は、その国民の生き方を陰で応援するだけのものだ。

  その政治が、国民の生活を苦しめ、国民の足を引っ張るとしたら、本末転倒も甚だしい。

  政治で飯を食っている連中には良く考えてもらいものだ。自ら省みて恥ずべき仕事をしている事はないか、と。

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2008年06月30日

 地上デジタル化強行の背景にある官僚と財界の蜜月


 地上デジタル化強行の背景にある官僚と財界の蜜月


  限られた知識と能力でも、できるだけ多くの事柄について真実を追究していきたい。

  そう思って毎日努力して書いているのだが、テーマはいつも同じようになる。

  日米軍事同盟のごまかしや官僚支配の弊害、最近ではもっぱら北朝鮮問題だ。

  そんな中で、今日の新聞で新しい発見をした。今日のブログのテーマはこれで決まりだ。

  東京新聞「こちら特報部」に「地デジ化強行の裏で」という特集記事があった。

  「不評著しい後期高齢者医療制度と同様、これから実施される裁判員制度とテレビの地上デジタル化も『構造改革』を掲げた小泉政権の置き土産だ・・・」という書き出しで始まるこの特集記事は、ズバリ、地上デジタル化強行の背景に、官僚の天下りと財界利権の蜜月があることを言い当てている。

  後期高齢者医療制度については皆が問題にしているからもはや私が説明する必要はない。

  裁判官制度についても、それがいかに不要で不純なものであるか、このブログでも書いた。

  裁判員制度もまた、来年5月の実施が近づくにつれて国民的大問題となってくるだろう。

  ところがテレビのデジタル化移行についてはほとんど議論が無い。

  しかし、その移行の背景には、驚くべき官民癒着の反国民的な意図があったのだ。

  なぜこれ、ほどまでに毎日のようにテレビで女子アナやタレントを使って宣伝している理由が頷けた。国民のマインドコントロールである。

  技術の進歩によりテレビがアナグロからデジタル化になるのは結構だ。しかし、不景気の最中に、なぜ国民に経済的負担を強いる移行を、国民の選択の余地なしに強行するのか。アナグロテレビが十分に機能するのに、強制的にそれを廃棄させるのか。もったいなくはないか。環境保護にも逆行するのではないか。

  くわしくは東京新聞を読んでもらいたいが、一言で言えば、IT戦略を国家戦略と定めた2002年度以降、政府は莫大な予算を講じ、それが関連業界の産業振興と官僚の天下り乱造(少なく見積もっても地デジ関連の天下り法人は100以上あるという)の資金源となっているというのだ。

  この問題についての著作を近く出版するという、元特定郵便局長の異色作家、世川行介氏は、こう言う。

 「ぼくらの生きてきた戦後には自由の理念があった。ところが、(後期高齢者医療制度や裁判員制度と同様に)地デジには選択の自由が無い。これでは統制国家だ・・・アナグロ波停止は国際的な趨勢とはいえ、不況による受信機器の普及の遅れから、米国や韓国ではアナグロ放送終了を延期している・・・アナグロ終了は使用中のテレビの寿命が尽きるまでといった穏やかな形に変えるべきだ。官僚と財界の都合で、豊かでない庶民の娯楽が奪われてはならない」

  極めつけは、これが「聖域なき構造改革」を叫んだ小泉政権の置き土産であるという点だ。

  そういえばITが何かも分からない元首相が、ITを「それ」と言ったという話もあった。

  官僚の悪知恵に操られたこの国の政治のもたらすものは、国民生活を苦しめるものばかりである。

  

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2008年06月29日

 「今こそ小泉元首相の出番ではないのか」の真意について


 「今こそ小泉元首相の出番ではないのか」の真意について


   驚きました。私が書いた「今こそ小泉元首相の出番ではないのか」というブログが、少数の読者ではあったと願いますが、まったく誤解されて読まれていたようで、私に強烈な投書が寄せられました。

   アンチ小泉の読者からは、あれほど小泉元首相を批判していた私がなぜそう思うのか、見損なった、という投書が、

   そして小泉ファンからは、小泉を評価してくれて、お前を見直した、ありがとう、という両極端の投書が寄せられました。

   ひょっとして他の読者のなかにも誤解して読まれた方がおられるかもしれないと思ってここで真意を明確にさせていただきます。

   このような釈明のブログは二度と書くつもりはありませんが、私が本気で小泉元首相の再登板を願っていると思われては、私ももはやブログを書く気力もなくなってしまいますので、これだけははっきりさせておきたいと思いました。

   あのブログは、もちろん最大級の小泉批判です。そしてその小泉元首相の批判をいまだにしようとしないマスコミ批判でもあります。

  拉致問題は小泉元首相が7年前の訪朝のすべてを正直に話せば、かなりの部分が解決できた問題です。

   今こそ彼を国会に証人喚問をし、すべてを白状させれば、日本のとるべき正しい方向はおのずと見えてくると思います。

   しかし彼はその覚悟は無いでしょう。もちろん彼には私がブログで書いたようなことをするつもりは無く、また出来ません。

   権力を手放したとたんに何も出来なくなった小泉元首相には、潔く政治家を辞するべきだ、と言っているのです。

   残念ながら読者には正確に伝わりませんでした。私の表現力のつたなさをお詫びするとともに、明日からのブログでは、凝った表現をやめて直球勝負で行きます。

   お騒がせしました。
                                                       天木

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2008年06月29日

今こそ小泉元首相の出番ではないのか


 今こそ小泉元首相の出番ではないのか。

  読者の皆さんにお願いしたい。これから書く私の言う事が間違っていれば、申し出てきてほしい。

  米国が北朝鮮外交で日本を裏切った。そう報じられている。私もそう思う。

  米国が北朝鮮をテロ支援国指定解除することを決めた。これで拉致問題の根本解決はなくなった。私もそう思う。

  米国が北朝鮮の核に譲歩した。このままいけば北朝鮮は核保有国になる。そして、米国の容認のもとに、さらなる核拡散が広がる。私もそう思う。

  これほどの深刻な事態を前にして、この国は明確な方針を打ち出せずにいる。

  この期に及んでも、日本政府は、ひたすら米国との緊密な同盟関係の重要性を繰り返し、拉致問題の進展と北朝鮮の核無能力化に向かって、米国の協力をお願いし、期待する、という言葉を繰り返すしか策はないがごとくだ。

  福田首相の対応に国民の7割近くが不満を持っているというのに、福田首相は動こうともしない。

  しかし福田首相だけではない。山崎元副総裁にしても安倍前首相にしても、内輪喧嘩に忙しくしても、北朝鮮や米国とまともに話せるとは思えない。

  政治家も官僚も有識者もマスコミも、評論は繰り返すが、誰一人として有効な行動を取れるものはいない。

  そんな中で、今こそ登場願いたいと期待できる者が一人いる。それが小泉元首相である。

  なにしろ彼は、「北朝鮮外交は首脳外交しかない」と大見得を切って北朝鮮に乗り込み、ピョンヤン宣言を合意してきた人だ。

  金正日総書記と二度にわたる会談を二人だけで行い、金正日総書記は優秀で立派な人だとブッシュ大統領に引き合わせようとした人だ。

  そのブッシュ大統領にもっとも評価され、個人的波長の合った日本で唯一の政治家だと我々はさんざん聞かされてきた。

  おまけに拉致問題ではもっとも実行力と功績があったとされている人だ。

  ピョンヤン宣言を作って北朝鮮に評価もされている。金正日総書記にも握手して歓迎された。

  何から何まで、彼ほどの適任者はいない。

  今こそ小泉元首相は、金正日、ブッシュ大統領との三首脳会談を提唱し、拉致問題と非核化問題と北朝鮮との国交正常化(経済支援問題)の同時、一括、最終解決を世界の前で実現すべきではないか。

  それが出来る保障はもちろんない。しかし少なくともそういう試みは誰かがおこなわなければならない。そしてそれは小泉元首相をおいてない。

  うまくいけば三人ともノーベル平和賞は確実だ。

  それこそ小泉元首相の望んでいたものではないのか。

  小泉元首相には元首相の肩書きがある。まだ現職の政治家だ。他にすることはないはずだ。政局やシモネタ話に忙しいようだから、エネルギーは十分あるに違いない。

  繰り返して言うが、なによりもブッシュ大統領と金正日総書記を仲介する最適任者である。

  こんな人物は世界中探してもいない。その事を自分も自慢していたではないか。

  なぜマスコミはこの事を書かないのだろうか。

  なぜ国民は、小泉さん、今こそあなたの出番ですよ、と声を上げないのか。

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2008年06月28日

 米国の真意をアレコレ詮索してもはじまらない


 米国の真意をアレコレ詮索してもはじまらない

 なぜ米国はテロ指定解除を急いだのか、北朝鮮の核保有に譲歩したのか。

 このことについての報道が氾濫している。そしてそれはこれからもメディアで様々な形で繰り返されるに違いない。

 わけがわからない、という率直な意見から始まって、やれ「歴史に残る大統領になりたかった」、やれ「北朝鮮を中国から分断する作戦だ」、「やれ、中東のテロに核がわたらなければ米国はそれでいいのだ」、「東アジアにあらたな安保体制を作ろうとしているのだ」、など、など、挙句の果てに、「北朝鮮にはそもそも有効な核兵器など存在しない事を米国は知ってしまった」などという意見まで乱れ飛んでいる。

 しかし、そんなことを詮索したところでほとんど意味はない。

 米国は無責任な国だ。身勝手な国だ。それどころか、米国自身が何もわかっていないかもしれない。

  米国と言う国は論理が通用しない国なのだ。権力者が全てを決める国なのだ。取り巻き連中はその権力者にすべて従う国なのだ。

 それがイラク戦争であり北朝鮮外交なのだ。

 あらゆる反対を押し切って、イラン攻撃までも行うかもしれない、そういう国なのである。

  私がデトロイトの総領事であった頃、ゴルフ雑誌に興味深い記事を見つけたことがあった。

 その記事は、世界のゴルフファンにアンケートをとった結果を比較していた記事だ。

 質問の中に、「あなたは上司が不正をしたところを見てしまった時(たとえばスコアを過少申告したり、ボールを動かしたり)、上司に注意をしますか」、という質問があった。

 「イエス」と答える比率はどこの国の国民が高かったか。

 総じて開発途上国の国民のほうが高かった。日本はその中間ぐらいだった。

 私がもっとも驚いたのは、最も低かったのが米国であったという事だ。

 その答えが、「そんなことをして首をきられたら損だ。そんな馬鹿な事を誰がする」というものだった。

   民主主義国家のチャンピオンである米国はまた、もっとも個人的つながりを重視するコネ社会だ。

   気に入れば重用する。気にらなければ首にする。権力者に付き添って出世したければ不正にも目をつぶる。不正の命令にも従う。それがいやなら裏切ってたもとを分かつ。そして告発する。

   ヒル次官補は前者の典型なのではないか。野心に動かされた凡庸な米国外交官なのではないか。

  そんな米国に振り回されてきたのが日本なのだ。

  米国の真意をアレコレ詮索するよりも、自主・自立の日本を取り戻すことが先決なのだ。

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2008年06月28日

笑うしかない


 笑うしかない

  新聞を開けば国民生活を直撃するニュースのオンパレードだ。

 年金問題の記入ミスがまた明らかになった。と思ったら、今度は改ざんだ。

 後期高齢者医療保険は手つかずのまま保険料値上げが天引きされ続けている。

 ガソリンが180円になり、公共料金が軒並み値上がりし、卵かけご飯を食べるしかないと思っていたら、物価優等生の卵までが値上がりするという。

  その一方で居酒屋タクシーが騒がれ、天下りがなくならず、公務員改革が骨抜きにされつつある。

  その一方で増税やむなしという。

  巷には偽装事件があふれ、大手企業の脱税疑惑が次々と報道される。

  北朝鮮外交では頼みとする米国にあっさり袖にされ、失望と虚脱感が日本中を覆っている。

  28日早朝のみのもんたのサタズバは、このようなニュースを次々ととりあげ、与野党の国会議員を招いて議論をさせている。

  それを聞いて、あまりの馬鹿馬鹿しさに腹が立った。

  野党の議員が政府の失政と無能さを攻撃するのはいい。

  しかし与党の政治家がそれ批判をまったく受け入れず、ことごとく政府弁護に終始する。

  あまりにも不毛な番組だ。与野党の議員が何を論議しても、国民生活は何一つよくならない。

  司会役のみのもんたの顔を見ながら、思わず笑がこみあげた。ケーシー高峰の顔を思い出したのだ。

  私はケーシー高峰の医療漫談が好きだ。馬鹿さ加減がいい。とぼけた顔がいい。

  もはや国民は腹を立ててもしようがない。笑うしかない。

  

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2008年06月27日

 日本の外交力が問われている(後編)-対米従属外交から決別し、自主・自立した平和外交へ向かう


 日本の外交力が問われている(後編)-対米従属外交から決別し、自主・自立した平和外交へ向かう

  前編に引き続き、拉致問題については一切触れることなく、もっぱら日本の安全保障政策のありかたについて述べることとする。

  だから、拉致被害者家族の「裏切られた」という叫びや、ブッシュ大統領の「拉致問題を決して忘れない」という発言や、福田首相の「拉致問題の解決が遅れることになるとは全く思っていない」などという発言の一つ一つにコメントはしない。

  前編と同様に、北朝鮮の核保有を米国が認めたという現実を直視し、そこから日本の安全保障政策はどうあるべきか、日本外交はどうあるべきか、について考えることとする。

   日本政府は、これからも日米関係を緊密に保って、北朝鮮の核申告の検証を厳しく行うという。テロ支援国指定の解除発効までの45日間あるのだから、その間に厳しく検証すると繰り返している。

  しかしこれはナンセンスだ。そんな事を本気で思っているのなら、米国を理解していない底なしの間抜けである。

  そして、内心ではあきらめているのに、国民の手前、なお北朝鮮の核に厳しく臨むと言っているのなら、国民に嘘を平気で繰り返しているということだ。

  米朝の約束は出来上がっている。6カ国の議長国である中国もそれを知っている。この三カ国で6カ国協議は動かされてきた。そしてこの三カ国で6カ国協議が幕引きされようとしているのだ。

  それは、北朝鮮の核を根絶する(非核化)よりも、核保有を認め、それを管理する政策を取ることによる終結である。

  日本政府は、そこから日本の外交を再出発させるべきである。

  おそらく、日本の政治家も官僚も、それでも、いや、こういう時期だからこそ、日米信頼関係をゆるぎないものにしていかなければならない、と繰り返すであろう。

  しかし、北朝鮮の核保有さえも認めるに至った米国を信じ続けて対米従属外交を続けていく事は日本外交を今度こそ完全に放棄するということだ。

  米国不信を抱きながら、それでも対米従属を続けていくことは、もっと惨めな自主外交の放棄である。
  いずれにしても、何があっても米国に文句は言わない、ということである。

  そこまで覚悟して日本の政治家や官僚が対米従属外交を続けていくのであれば、そしてそれを国民が受け入れるのであれば、もはや議論を続ける必要はない。 

  だからここからは、ここまで日本を軽視する米国に頼り続けることなく、今こそ、自主・自立した外交を取り戻すべきだ、という立場から議論を続ける事になる。

  対米自立外交を主張するということは、同時に米国に依存しない日本独自の安全保障政策を確立するということである。

 そして日本独自の安全保障政策を確立するという事は、突き詰めれば、憲法9条をあらため軍事力を強化して日本を守るという方向と、憲法9条を維持し、専守防衛の自衛隊と外交力をもって平和を確保するという二つの方向のいづれかを選ぶという究極の選択の問題である。

 このうち、軍事力を強化して自国を守る場合は、核兵器を保有し、ミサイル攻撃能力、ミサイル防衛能力を強化するところまで行き着かないと軍事力による安全保障は確保できない。中途半端な軍事力ではかえって不安となり、戦争の危険さが高まる。

 しかし日本が核武装をするということは、米国がまずこれを認めないであろうし、すべての核保有国、さらには世界中の国に警戒心を抱かせることになる。日本は孤立する。

 おまけにミサイル戦争とも言われる現代の戦争が起きれば、どのように軍事力を高めようとも、日本が受ける被害は深刻である。つまり日本はその被害の大きさと軍事的脆弱性(バルネラビリティ)を考えれば、もはや戦争の出来ない国になってしまっているのだ。

 しかも日本の財政状況を考えれば、軍事力増強に予算を使う余裕はもはやない。戦争で国が滅びる前に、経済的に国民生活が滅びることになる。

 そう考えたとき、憲法9条を積極的に掲げて、外交力で日本の安全保障を確保することが唯一、最善の方策であることがわかる。

 日本から米軍基地をなくし、専守防衛の自衛隊の能力を作り直すとともに、憲法9条を掲げて、攻撃しない、攻撃させない、事を世界に宣言する。

 これこそが日本が目指す安全保障政策であり、自立した平和外交である。

 もう一つ、北朝鮮に核保有を許した米国に対し、これからは地球上から核兵器を全廃する事を提案するのである。

 現にテロ組織に核兵器がわたる事をおそれた米国の内部から、核兵器全廃の提言がなされ始めた(キッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナン共同提案)

 それを契機に核兵器の全廃を本気で提唱していくのだ。

 さもなければ北朝鮮につぐ核保有国が中東に現れ、気がつけば核のない日本の発言力がますます小さくなることになる。

 日本政府がなすべきことは、今回の米国の北朝鮮外交をいたずらに批判し、嘆くよりは、これを奇禍として自主外交を取り戻し、核兵器全廃の指導力を発揮することである。

 それぐらいの発想の転換と外交力がない限り、日本はますます世界の中で埋没していくことになる。
 


 今度の米国の北朝鮮外交を

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2008年06月27日

 日本の外交力が問われている(前編)ー北朝鮮の核保有を認めた米国


 日本の外交力が問われているー北朝鮮の核保有を認めた米国


  私は25日のブログで、北朝鮮の核保有を認める米国について、それでも日本は従属していくのか、という問題を指摘した。

  そのことについてもう一度あらためて書く。

  こんどは、「おもしろくなってきた」、などという茶化した言い方は止めて、真剣に問題提起する。

  北朝鮮外交を語るとき、日本政府もメディアも国民も、これまで北朝鮮の核問題と拉致問題を一体として取り扱ってきた。

  今度の米国の北朝鮮外交の適否を議論する際は、いまこそこの二つの問題を完全に切り離して議論しなければならない。

  それは、今回のブッシュ大統領の北朝鮮への譲歩が、如何に間違っているかを浮き彫りにするために必要な作業であるからである。

  私はこのブログで繰り返し拉致問題の解決の重要性を指摘してきた。

  しかし、拉致問題については、国内には、ピョンヤン宣言を高く評価して、拉致問題の解決よりもよりも国交正常化を優先すべきとする意見がある。

  それは、日本の戦争責任と絡めて、拉致以上に残酷な事を日本は北朝鮮に対して行ってきたのであるから拉致だけを騒ぐなという左翼イデオロギストの立場からの意見が主であるが、保守派の中からも様々な思惑で国交正常化を急ごうとする者たちがいる。

  なによりも小泉元首相や外務官僚たちも、国民に対する説明とは裏腹に、そういう立場である。国交正常化と言う外交的成果を自分の手で行いたいのだ。

  このような考えと、私のように、拉致問題を最大の人権蹂躙ととらえ、その方法は制裁でも対話でもどちらでもいいから、そして謝罪や補償や国交正常化と絡めて同時決着でもいいから、とにかく早急かつ明確な解決を、北朝鮮に強く迫るべきだ、とする考えとは、なかなか議論が深まらない。

  そこで、ここで拉致問題については一切触れることなく、北朝鮮の核保有を許していいのか、という問題に絞って、ブッシュ外交の間違いと、それでも日本はブッシュ外交に従属していくのか、という、日本外交の根本問題について考えてみたい。

  今回の一連の流れは、断片的に報道されるブッシュ政権や日本政府の表向きの説明を額面どおり受け取ったとしても、どう考えてもブッシュ政権が北朝鮮の核保有を認めたということだ。

  ブッシュ政権が当初の方針を180度転換した理由が、任期前に実績を作りたいという理由なのか、あるいはテロに対する核の横流しを防ぐ引き換えなのか、あるいは北朝鮮の資源目当てなのか、あるいは中国から北朝鮮を引き離すという深謀遠慮なのか、それはわからなが、はっきりしていることは、何かの理由で、核問題では米国が北朝鮮に譲歩したということだ。

  それを批判してみたところで意味はない。ブッシュ政権はブッシュ政権の利益にもとづいて最善と考えた決断をしたのだ。

  問題は日本として、北朝鮮の核保有を認められるか、ということである。

  建前として、唯一の被爆国である日本は、核不拡散、核廃絶を世界に訴える立場だ。その最大の矛盾は、米国の核に守られているという理由で米国の核を認めてきたことだ。

  さらに言えば、たとえばイスラエルであるとか、最近ではインドであるとか、米国が核保有を認めるようになった国の核に目を瞑ってきた事だ。

  そしてとうとう米国は米国の思惑で北朝鮮の核を認めることになった。

  その時に、また日本は黙ってそれを認めwることになるにか、という事である。

  これは拉致問題の解決とは理論的にはまったく関係のない話である。

  日本の安全保障政策の話である。

  北朝鮮の脅威を最大限に訴えてきた日本政府は北朝鮮の核保有を許せるのか。北朝鮮の核保有を譲歩したブッシュ政権に従うのか。そういう問題ととらえれば、今後の6カ国協議や米国の動きから目が離せないのは、これからなのである。

                                               続く

  

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2008年06月26日

橋下徹大阪府知事は自民党の救世主になるかもしれない


 橋下徹大阪府知事は自民党の救世主になるかもしれない

  これから書くことは、橋下徹の大阪府知事選当選以来、橋下徹を目の敵にしてきた人たちにとってはとんでもない、と思って読まれるに違いない。

  私も橋下徹知事とは考えが違うところがある。なによりも政権交代を望む一人として、明らかに自公政権寄りの言動を繰り返す橋下知事に組することは出来ない。

  しかし同時に、私は橋下知事を侮ってはいけないと思っている。

  その理由はもちろん彼の圧倒的な支持率の高さである。

  しかし、より重要な事は、彼の高支持率の高さが、小泉元首相と根本的に異なり、単なるタレント人気だけから来るのではなく、彼の大阪府政改革、府財政改革のひたむきな姿勢が、正しく、いかさまではないということだ。だからこそ府民の心を捉えているからだ。府民はよく見抜いているのだ。

  そのような私の思いは、25日に橋下知事が自民党本部の「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」に呼ばれ、自民党に注文をつけ、それでも自民党議員から喝采を受けた、という記事を読んで、ますます強固なものになった。

  「国の仕組みを変えてほしい。地方の実情に合わせ、権限と責任を一致させるべきだ」、「府の予算は3兆円規模だが、府に裁量があるのは2300億円程度。地方にやる気を与えてほしい」、「国家公務員も給料を削減すれば国民はついてくるのでは」などと語ったという。

  これは民主党が言っている事と同じである。

  しかも民主党との大きな違いは、橋下知事は労働組合こそ意識改革しなければならない、今の労働組合こそ、組織を持たない弱者の国民の敵である、という姿勢を明確に打ち出している点である。

  これはその存在(選挙)を自治労に大きく依存せざるをえない民主党との決定的違いであり、強みである。

  すなわち今国民が求めている事は、特権や組織力に胡坐をかいて、自分たちの苦痛を分かち合おうとしない権力者をたたきのめすことだ。その特権を剥奪することなのだ。

  自治労幹部が特権階級であり、自治労もまたあまたある政府関係機関と同じように、利権を手放そうとしない保身的な特権組織である事に変わりはない。

  もしそうであれば、自民党は橋下府知事を新しい自民党の看板にして、政権維持を狙おうとしてもおかしくない。私だったらそうする。

  橋下は小泉元首相と同様国民へのアピール性を持っている。

  しかも橋下は小泉と違って、頭がいい。

  自ら政策を学び、政策を論じ、問題を本気で解決しようとする覚悟があるように見える。

  何よりも小泉のようなごまかしのパフォーマンスがない。パフォーマンスがあるにしても、その目線は府民のため、国民のための改革を模索するためのパフォーマンスである。

  いい歳をしてライオンヘヤーを振りかざし、政局や芸能ネタや下ネタばかりしか話さない小泉元首相とは、根本的に異なるのだ。

  民主党は橋下に変わる人材をはやく見つけないと取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

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2008年06月26日

 どうした丹羽宇一郎、声が聞こえないぞ


 どうした丹羽宇一郎、声が聞こえないぞ

  私の手元に一枚の新聞の切抜きがある。6月16日付の毎日新聞「風知草」である。

  山田孝男専門編集委員の手による「掃除屋・丹羽宇一郎の地方分権」と題する論説である。

  その中で山田は、丹羽宇一郎のことを、80年代の行革の鬼・土光敏夫になぞらえて絶賛している。

  いわく、総合商社・伊藤忠商事の会長でありながら現在も電車通勤をしている、

  いわく、書店の次男に生まれた丹羽は大変な読書家で勉強を怠らない、

  いわく、これと決めたら徹底する執念が非凡、  などなど。

  その丹羽が政治に立ち入って、中央集権の岩盤をくだくと宣言して久しい。

  安倍前首相に請われて地方分権改革委員会の委員長を引き受け、福田首相に第一次勧告案なるものを提出した。

  「もっとまじめに仕事をしろ」などと官僚を叱り飛ばし、「改革に従わない者は辞めてもらう」などとメディアで勇ましい発言を繰り返して来た。

 その言やよし。

 民間人として功成り名を遂げたのだ。もはやこれ以上望むことはないだろう。ましてや第二の土光敏夫だと、山田にほめられているのだ。

 請われて地方分権改革の仕事を引き受けたのだ。地方分権実現の有無が日本の将来を決めると信じて引き受けたのだ。 やるしかないだろう。覚悟を決めたのだろう。

 そういう期待を抱いて、私は山田孝男専門編集委員のその記事を切り抜いて持っているのだ。

  ところが26日の読売新聞では、改革の焦点の一つである「地方自治体固有の仕事」を「国が義務付け・格付けする」いまの慣例を廃止・縮小する提案に対し、中央官庁が応じた法案はわずか3%だけ、と報じている。

  この事は、言い換えれば、丹羽提案のほとんど全てが官僚によって否定、無視されたということだ。

  これに対する丹羽の反応がいまのところ全く聞こえてこない。

  ここまで否定されて、丹羽が抗議の辞表を福田首相に叩き付けなければ、彼もまたただの引退したおいぼれ経済人でしかない。

 私の期待は雲散霧消することになる。

 山田専門編集委員の書いた風知草の記事の切抜きなど、もはやこれ以上手元に持っておく必要はなくなる。

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2008年06月26日

 全漁連らの一斉休漁は何のためか


 全漁連らの一斉休漁は何のためか

  全国漁業協同組合連合会と大日本水産会など主要な16漁業団体が、25日、7月15日に一斉休漁することを決めたと今日の各紙が大きく報じている。

  しかし、それは何のためか。そのことをはっきり書いた紙面はない。

  原油価格の高騰で、このままでは操業すればするほど赤字だ、だから休漁するしかない、というのは嘘だろう。

  もしそれが本当なら今の漁業界は全て倒産する。

  そして倒産した後は、必ず新規参入が現れる。

  魚の需要がある限りビジネスチャンスはうまれる。どんな状況になろうとも、需要がある限り知恵を絞って儲けようとする者が出てくる。それがビジネスというものだ。

 7月15日という先の話を、しかもたった一日の操業停止を、今発表するということは、明らかな政治メッセージの発信だ。ストライキなのだ。

 それでは誰に対するどのような政治メッセージの発信なのか。

 消費者に対し、値上げをするぞというメッセージなのか。そうではないだろう。

 「一日だけなので、流通・加工業も事前に手当てするはず。(価格面などの影響について消費者に)大きな迷惑はかからないと思う(全漁連)」(26日毎日新聞)という発言からも明らかだ。消費者を敵にまわす事はしない。しっぺ返しがくる。

 それでは、原油高騰に苦しんでいることへの同情集めのストライキか。

 それもありえない。原油価格で被害を受けているのはすべての国民だ。同情されたいのは皆一緒だ。

 それではこのストライキの真の目的は何か。ずばり政府に対する予算要求である。

 この事を明確に書いたのは読売新聞だけだった。

 おりしも政府は26日に新たな原油高対策を閣議決定するという。

 その内容はといえば、中小企業への資金繰り支援の拡充、高速道路の深夜割引の拡大、建設資材急変の場合に契約済みの工事代金の変更の可能可、国発注の公共工事スライド条項の採用、など、予算ばら撒きのオンパレードである。

  原油急騰を防ぐ政策を国に求めるのではなく、原油高を税率低下で相殺せよと国に詰め寄るのではなく、政府支援のお恵みを自分たちにも分配してくれ、と言う、お上に対するあくまでも受身の対応なのである。

 それに対し、政府は雀の涙ほどの金をばらまく。選挙対策でもある。

 消費者よりも生産者を優先する従来どおりの政府のばら撒き対応である。

 国民がこのような受身の対応を取っている限り、今噴出している諸問題の根本解決は望めない。

 生産者も消費者も、国民が一丸となって政府に求めるべきは、物価安定策であり、物価高騰を相殺する減税政策である。

 要するに国民と政府・官僚の間のどちらが痛みのより多くを負担すべきか、という問題である。

 すべてに無策であるばかりか、血税まで無駄遣い、着服し、あげくのはてに最後は増税で逃げ切ろうとする政府・官僚に、国民が厳しく迫るのは当然である。

 その事が、いまほど求められている時はない。

  

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2008年06月25日

おもしろくなってきたー北朝鮮の核保有を認める米国に、それでも日本は従属していくのか


  おもしろくなってきたー北朝鮮の核保有を認める米国に、それでも日本は従属していくのか

  ブッシュ大統領と福田首相の電話会談がたったいま行われたと、25日夜のテレビ朝日が伝えた。

  ブッシュ大統領のほうから福田首相に電話をしてきたというのだ。

  「拉致問題を忘れない」と言い、

  これに対し、福田首相が

  「日本の立場に配慮してほしい」

  と念を押したという。

  外務省がメディアに流したこの説明が、本当かどうかはもちろんわからない。

  本当はブッシュ大統領は、

  「日本国民の不満を押さえ込め。米国の決めたことに逆らうな」といって来たのかもしれない」

  あるいは福田首相のほうから、ブッシュ大統領には日本の立場を伝え、「北朝鮮に軽々に譲歩してくれるな」と申し入れた、という格好を国民に示そうとしたのかもしれない。

  しかし、そんなことはどうでもいい。

  今度の米国の対応は、日本の拉致問題を軽視した、という問題ではない。

  北朝鮮の核保有を事実上許す譲歩したこと、こそ大問題なのだ。

  検証できる形で、逆戻りできないほど北に核放棄を迫るとした当初の方針を180度転向させ、一方的に北朝鮮に譲歩したのだ。

   実はこれは拉致問題以上に日本の外交にとって深刻な事なのだ。

   北朝鮮の核保有によって日本の安全保障が脅かされるという日本の立場を米国はもはや同意しないということだ。

  それは日米軍事同盟を米国が最重視していないということだ。

  自民党の保守、タカ派議員の中から、このままでは日米同盟にひびが入りかねない、などと米国を牽制する発言がではじめている。

  しかし、逆だ。米国のほうから日米同盟はもはや最重要ではない、と日本に通告したようなものだ。

 それでも、自民党も国民も、最後は黙ってしまうとしたら、米国から自立した自主外交は永久に不可能だ。

 日本は偉そうな事は言わないほうがよい。何をされても黙って米国に従い続けていきます、と素直に認めればいいだけの話である。

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2008年06月25日

おもしろくなってきたー居酒屋タクシーの新たな展開


 おもしろくなってきたー居酒屋タクシーの新たな展開

  政府が異例の厳しい処分を官僚に課した。

  なぜか。それはこれ以上この問題を長引かせたくないからだ。

  内部調査をすればすれほど汚染がひろがってくる。

  関与していた官僚の数がどんどんと増えていく。

  汚染されていた省庁の数がどんどんと増えていく。

  その数さえも、内部の人間の手による聞き込み調査だからあやしいものだ。

  汚染の実態はもっと広くて深いに違いない。

  このままでは国民の怒りは政府に向けられていく。

  だから厳しい処分を行って、居酒屋タクシー問題ははやく終結しようとしているのだ。

  ところが今晩の朝日テレビは、あらたな汚染を報じた。

  独自の調査で、タクシー券が銀座のホステスにばら撒かれていたことを暴露したのだ。

  これが事実ならひどい。税金が官僚の遊興の果てに、ホステスの足代にまで使われていたのだ。

  額賀財務大臣はテレビの追及に、
 
  「聞いていない。調べてみる」と逃げるように答えていた。

  調べた結果タクシー券が銀座のホステスにばら撒かれていた事がわかったらどうするつもりか。

  その調査結果を財務大臣は正直に国民に公表するのか。

  本当であれば官僚の処罰だけで済まされない話だ。

  官僚組織自体が腐っているのだ。その責任は財務大臣の辞任につながってもおかしくない。

  国交大臣の辞任につながってもおかしくない。

  つまり福田政権の責任に発展してもおかしくないのだ。

  民主党をはじめとした野党は、ついに福田政権を追い込むことが出来なかった。

  国会は閉会され、解散・総選挙は来年までは行われないという、緊張感のなさだ。

  しかし、この居酒屋タクシーが新たな展開を見せたとき、財務大臣の辞任が引き金となって内閣総

  辞職、解散と発展しないとも限らない。

    野党が追い込めなくても、国民が福田首相に解散・総選挙を迫ることになるのかもしれない。

    もし、そうならなければ、国民そのものは官僚の不正を許しているということだ。

   国民もまた劣化しているということだ。

   国民は、もはやこの国の政治の劣化に文句をいう資格はない。

   国民もまたこの国の政府や官僚とともに、衰退していくということだ。

  

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2008年06月24日

 素直になれば人は解放される。救われる。


 素直になれば人は解放される。救われる。


  随分時間がかかったものだ。「あたご」事件の責任の所在がやっと公的に判明した。

  第3管区海上保安本部(横浜市)は24日のも、前航長と前水雷長を業務上過失致死と業務上過失往来危険の容疑で書類送検するという。

  それが24日の朝刊各紙で小さく報道されていた。

  あれほど世間を騒がせた事件であった。「自衛隊は国民を守らないのか」、「軍隊は人命を軽視するほど傲慢なのか、弛緩しているのか」などという、根本的な問いかけがなされた事件であった。

  責任の追及は、すべて真相究明をまってから、と先送りされた事件であった。

  その責任の所在が、やっと政府機関によって認定された。しかも国会が閉会された直後だ。

  書類送検の理由は難しい言葉で述べられている。しかし、わかりやすく言えば海上自衛隊の注意不足、判断間違い、意識の弛緩ということだ。

  それがなぜ小さな記事で終わってしまうのか。

  なぜ末端の自衛官の書類送検で終わってしまうのか。

  石破防衛大臣のひとごとのような会見を聞いて唖然としたのは私一人ではないはずだ。

  公的な機関が最終的な判断を下したのだ。

  防衛省の責任を認めたのだ。

  なぜ自衛隊幹部は責任をとらないのか。

  なぜ石破防衛大臣は責任をとって辞職しないのか。

  あれほど、しかるべき時がきたら責任を取る覚悟がある、と言っていたのに。

  すべては「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」なのか。

  石破防衛大臣も、防衛官僚も、そして国民までもが。

  漁労長や被害者家族は自分の心に素直になって、

  今jこそ大臣には責任を取ってもらいたい。亡骸さえもいまだ見つからない夫や息子の無念さを共感してもらいたい、と大声を上げるべきだ。

  人間は一度ぐらい感情を爆発させる時があってもいい。

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2008年06月24日

 加藤前駐米大使のプロ野球コミッショナー就任は最大の天下りだ


 加藤前駐米大使のプロ野球コミッショナー就任は最大の天下りだ


  公務員改革が叫ばれ、天下り禁止の声が聞こえない日はないほどだ。

  当然である。ここまで国民生活は厳しくなっている。

  皆が必死で生き残りのために頑張っているときに、官僚だけが、その特権を使って、退職後も高級、厚遇のポストを、あたりまえのように手にするなら、国民は浮かばれない。

  ところが、この天下り禁止は、本気で廃止される気配はない。

  その好例が加藤前駐米大使のプロ野球コミッショナー就任である。

  プロ野球コミッショナーの過去の人選を見るがよい。

  旧内務官僚、警察官僚、法務官僚、外務官僚といった官僚OBのオンパレードだ。

  今回の加藤前駐米大使の就任も、随分前から名前が挙がっていた。

  それは彼がプロ野球フアンだからではない。

  彼が駐米大使時代に大リーグによく通って、米国野球界に精通したからではない。

  官僚の間でたらいまわししされてきたこのポストが、今度は外務省の番となっただけだ。

   この最大の天下り人事を、どのメディアも指摘する気配は無い。

   あたかも加藤前駐米大使の個人攻撃はやめようと、申し合わせているごとくである。

   個人攻撃をするつもりはない。加藤前大使が悪いといっているわけではない。

   天下りが悪いと言っているのだ。天下り禁止の流れに逆らっているのではないか、と言っているの  だ。

   もっと適切な人材は、野球界や民間有識者の中にいるはずだ。

   天下り廃止の動きがここまで高まっている追い風を受けて、なぜ野球関係者は、英断できなかったのか。

   24日の朝日新聞社説が、この新コミッショナーについて、「『野球大使』への注文」と題して書いていた。

   それを読んでがっかりした。

   前任の根来コミッショナー(元東京高検検事長、公取委員長)が指導力を発揮しなかったので、今度は、米国スポーツ界の経験を参考に球界の改革に手をつけて欲しいと、細かく注文をつけている。

  そんなことはスポーツ新聞に任せておけばよい。

  大手新聞の社説が書く事は、こんな天下り人事でいいのか、そのただ一言である。

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2008年06月24日

沖縄を本気で慰霊するつもりなら、米軍基地の撤廃を実現することだ


 沖縄を本気で慰霊するうつもりなら、米軍基地の撤廃を実現することだ

   毎年のことであるが、6月23日に沖縄で慰霊の式典が行われる。

   先の日米戦争で、唯一の地上戦、最後の激戦、沖縄で戦われた。

   それが終結を迎えた日であるという。

   あの悲惨さを決してわすれまじ、二度とこのような戦争を起こすまじ、と犠牲者の前に誓うことは大  切な事だ。

   犠牲者の無念をしのび、多くの涙が流される。

   それをメディアがことさらにとりあげ、反戦のムードを盛り上げる。

   それも結構だ。悲しみと怒りの感情を将来の世代に引き継いでいこう。

   しかし、それで終わらせてはいけないのだ。

   私はいつもこのような式典の報道をみて思う。

   本気で沖縄戦を反省するのなら、なぜ沖縄から米軍基地を撤廃しようと声をあげないのか。

   なぜ普天間基地がなくならず、その県内移転を政府は強引にすすめようとするのか。

   それに反対する者が、一部の平和主義者に限られ、沖縄県民全体に広がらないのか。

    日米軍事同盟を最重要と位置づける福田首相や、その政府を支持する仲井真知事の挨拶が  
  空々しいのはあたりまえだ。

    しかし、沖縄の立場に立つ式典参加者からも米軍基地撤廃の声が聞かれないのはどういう事だ  ろう。

    米軍こそが平和への最大の脅威なのに。その米軍基地を沖縄から撤廃する事が犠牲者への最  大の慰霊であるというのに。

   かつては米軍は共産主義の敵から日本を守ってくれる、という理由づけがあった。

   しかし、いまや米軍は本質的にその機能を変えてしまった。

   米国がどのように言いつくろうとも、米軍は、いまや覇権国家米国が力で世界の主権国家を押さえ  込む凶器でしかない。

   その事を世界中が知っている。

   いまこそ日本は米軍基地を日本から撤廃し、日米軍事同盟という鎖から日本を解き放つべきだ。

   この当たり前の事が、全国的にひろがらないところに、日本のいかさまがある。悲劇がある。

 

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2008年06月23日

殺すな、盗むな、嘘をつくな


 殺すな、盗むな、嘘をつくな

  これは私の言葉ではないのであるが、人間社会が円滑に機能する要諦はこの三つであるという人がいる。

  確かにそうだ。この三つが確保されていればそもそも政治など不要である。

  逆に言えば政治の本質はこの三つが実現される社会を目指す事である。

  このうち殺すな、盗むなは、さすがに明白な犯罪であるからやたらにそれが放置される事はない。

  ところが嘘をつく、という事は、どういうわけかまかり通っている。

  しかも政治家や官僚という公権力を握っている者の嘘が横行している。

  ばれても謝罪すればよいといった軽い考えを為政者達がもち、国民も「嘘ぐらいはしかたがない」などと笑って見過ごしているのではないか。

  その積み重ねが今日の日本国民の混迷に行き着いたのではないか。

  たとえば外交である。

  密約があってもないと嘘を言い続ける。

  在日米軍はもはや日本を守るためにあるのではないのに、「米国に守ってもらえなくなればどうする」と国民をだまし続ける。

  拉致問題だって、とうに米国は北朝鮮と妥協しているのに、そしてそれを日本は受け入れて追従しているのに、日本政府はテロ指定国解除をするなと釘をさしている、などと嘘をつく。

  しかし、嘘をついているのはなにも外務官僚だけではない。およそあらゆる省庁が国民をだましてきたのだ。

  23日の毎日新聞「政治を読む」の中に、医療改革の嘘に関する財務官僚の告白が掲載されていた。

 中央公論3月号の中で、当時財務省から厚生労働省保険局の課長補佐として出向していた村上正泰氏が、「医療費削減ありき」だったと暴露していたのだ。

 3000億円削減の目標が最初に設定され、そのために療養病床をどれだけ減らせばいいのか、というつじつまあわせをしたというのだ。

 すべてこれである。

 官僚が作った政策は、本心は別のところにあるのに、それを国民に説明する段階になると、すべてもっともらしい理由をならべた嘘になる。

 そして官僚に振付けられた自公の政治家達が、その嘘を正当化する弁護に終始する。

 年金問題もガソリン税問題も地方分権も何もかも、与野党の議論が平行線をたどるのは、すべて権力側が嘘をつくからだ。

 嘘の上にたって、その嘘を正当化しようとするから、いつまでたっても議論が深まらず、政策が国民のためにならないのだ。

 嘘をつくな、これがすべてである。

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2008年06月23日

橋本大二郎がめざすもの


  橋本大二郎がめざすもの

  雨後の筍のようにどんどんと現れる政界再編の動きも、いずれも大きな広がりを見せそうもない。

  それは総選挙が先送りされ、政局が中だるみになったことが大きな理由であろう。

  政界再編の動きは、息切れし、混乱し、そして総選挙になる頃には、まったく違った動きになっているかもしれない。

  橋本大二郎の新党宣言も、その後の動きがさっぱり見えてこない。

  そう思っていたら、23日の読売新聞「政論 異論」で、インタビューに応じていた。

  その発言は刺激的だ。

  いわく

   無所属の一匹オオカミでは何もできない。政界再編の過程で新しい党をつくるのも一つの選択肢だ。

  いわく

   民主党は『改革』といいながら、自治労を有力な支持基盤としている事に強い疑問と違和感を持っている。自治労は自分が知事になって闘ってきたものの一つ。地方の活力を奪ってきた責任は非常に大きい。

  いわく

   何かの事情で従来いた党にいられなくなったとか、従来の選挙区からでられなくなった人たちにはくみしたくない。平沼氏とは基本的に思想が違う。ああいう右寄りな人にはついていけない。

   どうだ。これだけはっきり政治姿勢を公言して新党宣言をするは珍しいと思う。

   自治労を敵にまわし、その一方で右翼的な動きを切り捨てているのだ。

   この発言が本当ならば、彼の目指すところはおのずと見えてくる。

   それは自民党リベラル派だ。

   しかしそれでは新党をつくる意味は無い。自民党リベラル派の連中と一緒になればいいだけの話だ。

   私が橋本に注文をつけるとすれば、これに加え平和外交、対米自立外交を掲げ、憲法9条は何があっても変えてはならない、と掲げる事だ。

   これこそが自民党リベラル派が踏み出せない一線である。

   右でも左でもない一般国民の平和の願いを一身に集める新党を宣言した時、はじめて、いままでにない新党となる。新党乱立の中で唯一意味のある新党になる。

   しかし、橋本はおそらくそれは考えていないだろう。

   だから橋本新党構想も成功しない。

   今の政治に失望している国民の心をとらえることはできない。

   他の政界再編の動きの中に埋もれていくことになる。
 

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2008年06月22日

率直に言って日本政府はもはやブッシュ政権を相手にしないほうがいいのではないか


 率直に言って日本政府はもはやブッシュ政権を相手にしないほうがいいのではないか

  大統領選挙が本格化すると、国民の関心は次期大統領は誰になるかに移ってしまう。

  ましてや現職の大統領の再選が無い場合はそうだ。

  それが今年の米国である。

  ただでさえ国民の人気を失ってしまったブッシュ大統領にとって、残された半年ほどの任期は、もはや消化試合みたいなものだ。

  だから、何もせずに静かにしていればいいのに、出来の悪い大統領ほど、実績を残したいとか、最後に何か大仕事を成し遂げたい、などと勘違いする。

  皆が困惑し、迷惑を受ける。

  それが今のブッシュ政権に違いない。

  19日のニューヨーク・タイムズ(電子版)はイスラエルがイラン核施設の空爆を想定した大規模な軍事演習をしていたと報じたという。それが事実であれば、ブッシュ大統領はそれを認めていたということだ。

  21日付のワシントン・ポストは、北朝鮮が米国に提出した核施設の稼動記録の中に、北朝鮮が否定している高濃縮ウランの新たな痕跡が発見されたと報じたという。それが事実であれば、ブッシュ政権はその情報はとっくに知っていたはずだ。
 
  現にライス国務長官も、18日にワシントンでおこなった講演の中で、「北朝鮮のウラン濃縮活動の可能性を示す追加的情報に困惑している」などと発言していたという(22日、東京新聞)。

  それでもブッシュ政権は北朝鮮をテロ支援国リストから外そうとしているのだ。完全に判断力を失っている。

  ただでさえその外交に疑問がつけられていたブッシュ大統領のことである。

  対北朝鮮外交も、方針を二転三転させたあげく、もはや後の事など考えずに北朝鮮との融和関係に最後の舵を切ったのではないか。

  そんなブッシュ大統領の外交に、いくら日米同盟が重要であるからといって、日本の外交を従わせる必要性はあるのか。

  そう思っていたらニューズウィーク(日本語版)6月25日号に二つのエピソードが載っていた。

  一つは6月始めに行われたブッシュ大統領の最後の訪欧にまつわるエピソードである。普通ならば訪問した先々で辛らつな新聞の社説や大規模な反戦デモが見られるのに、今回はそのいずれもなかったという。

  ブッシュ大統領はもう敵役としても人気がないのだ。もはやヨーロッパは去り行くアメリカ大統領を見ていないのだ。

  もう一つは米連邦最高裁が6月12日、賛成5、反対4という僅差ながら、法的手続きなしにテロ容疑者を拘束し続けるブッシュ政権は憲法違反だと判定した事だ。

  アメリカの司法は国の安全にかかわる問題では、大統領や議会の判断を尊重してきた。

  まして9.11テロ以降はそうだ。

  ところがついにブッシュ政権の一連のテロ容疑者への対応や法律が違憲であると、最高裁が判定したのだ。

  世界はもとより、米国さえも、ブッシュ大統領はもはや過去の人であると露骨に見るようになったということだ。

  そうであれば、たとえ日米同盟がすべての日本であっても、もはやブッシュ大統領は相手にしないでよいのではないか。

  拉致問題でブッシュ政権に追従する必要は無い。

  功を急いで北朝鮮の核に譲歩したブッシュ大統領に従属することが、後日米国新政権から批判される事もありえるのだ。

  もしイランへの攻撃が始まり、ブッシュ政権が日本の協力を求めてきても、今度だけは断ったほうがいい。

  下手にブッシュ大統領に義理立てすると、米国新政権や世界中の国の笑いものになるかもしれないのだ。

  ブッシュ政権からそろそろ距離を置き始めたほうがいい。本気で日本政府にそうアドバイスしたくなる。

  

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2008年06月22日

見逃せない言葉、納得する言葉


 見逃せない言葉、納得する言葉


  「・・・わが国でもようやく平成13年に発足した小泉内閣から、改革に取り組んだ。しかし国民の期待があまりに性急だったうえ、5年余という短期だったため、日本はいまだに改革の方向を定着せしめるべく模索している・・・」

  これは19日の産経新聞一面の「塩爺のよく聞いてください」という論評の中の一節である。

  福田派の塩川正十郎が、小泉、安倍、福田とつづく自民党政権の広告塔であるとしても、この言葉はないだろう。

  悪政に黙って耐えてきた、我慢づよい国民のどこが性急なのか。

  5年半も首相を楽しんだ小泉政権のどこが短期なのか。

  国民をなめきった見逃せない暴言だ。

  「・・・スウェーデンにみられる『(生活)標準を保障する国家』。所得税も消費税も社会保障負担率も大きいが、『税を払っていれば生きていける社会』・・・日本はどうか。どういう社会をつくろうとしているのかが無い『無責任国家』。スウェーデン政府は『強い福祉を打ち出すために財政再建をする』という。日本は福祉を切り捨てて財政再建しようとする・・・しかし(そもそも)財政は人々の生活を守るためにあるのではないか・・・」

  これは21日の毎日新聞「医療クライシス」⑤に出ていた神野直彦東大教授(財政学)の言葉である。

  納得する言葉だ。

  消費税引き上げ議論の際に、政府や財務官僚から決まって出てくるせりふがある。

  日本の税率は、あるいは国民の負担率は、欧米諸国のそれにくらべてまだまだ低い、

  というやつである。


  だまされてはいけない。税負担とは、おさめる税金の額とその見返りに還元される政府のサービスの総合で考えなくてはならない。

  税金の見返りに国が何をしてくれたのか。

  スウェーデンのように、税金を払えば、誰でも生きていける社会になっていれば、これほど国民は苦しむことは無いはずだ。

  税金が政府の財布がわりにとられているから怒るのだ。浪費、横領されているから増税はびた一文払いたくないと思うのだ。

  

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2008年06月22日

韓国のデモの激しさと斉州島の悲劇

 
 韓国のデモの激しさと斉州島の悲劇

  韓国の大衆デモは、とうとう米国政府までも譲歩させてしまった。

  22日の各紙は、牛肉問題で米国が追加交渉を受け入れ、そこで米国は30カ月以上の牛肉の韓国への輸入を全面的に禁じることに合意したと報じている。

  韓国との自由貿易協定と引き換えに米国産牛肉の輸入制限撤廃を李明博政権に飲ませ、それをテコに日本への米国産牛肉輸入圧力をかけようとしたブッシュ政権にとっては誤算であったに違いない。

  それはまた、いずれ米国産牛肉の輸入解禁を行わざるを得ないと思っている対米従属の日本の政治家や官僚たちに、大きな衝撃を与えたに違いない。

  なぜブッシュ政権はそこまで譲歩したのか。

  それは、反米的なノムヒョン大統領のあとに登場した親米の李明博政権の崩壊を、見過ごすわけには行かなかったからだ。

  米国といえども、いや、米国だからこそ、他国の国民を敵に回す事は出来なかったのだ。

  他国の指導者については、それが気にくわなければ、脅迫や暗殺や軍事攻撃で変える事が出来る米国だが、その国の大衆を敵に回せば、米国に勝ち目はない。

  それはベトナム戦争からイラク戦争に至るまで、歴史が証明している。米国は民衆の反米感情の高まりに驚くほど弱い。それを一番恐れているのだ。

  翻って日本はどうだ。国民が反米デモに立ち上がった事があったか。

  唯一、最大の反米デモが安保闘争であった。

  しかしそれでも日米安保条約改定を阻止する事はできなかった。

  そして、その後は、憲法9条を否定するような日米軍事協力の進展にもかかわらず、国民的デモは起こらなかった。

  この違いはどこから来るのであろうか。

  そう思っていたら、22日の朝日新聞で、斉州島の悲劇についての記事を見つけた。

  読者の皆さんは1948年4月3日に起きた韓国、斉州島の民衆蜂起を知っているか。

  米ソ対立が深まりつつあった中で、斉州島では米軍政が進める南朝鮮の単独選挙に反対し、共産主義の影響を受けた南朝鮮労働党の党員らが蜂起した事件だ。

  犠牲者の遺骨発掘に立ち会った人の言葉である。

  「骸骨が頭から足までそろっている。骨のそばに女性のパンティーのゴムが残っている。中学生の制服のボタンもそのまま出てきた。涙がとまらない。悲しみの涙じゃない。怒りだ・・・」。

 武器を持たない住民までが虐殺された。犠牲者は2万人とも3万人とも言われている。

  この事件は、韓国の教科書では、これまでは「共産主義者による反乱」とされ、「わが軍と警察がすばやく対処し鎮圧した」と教えてきたという。

  しかし、いま韓国では事件の評価をめぐり「揺り戻し」が起きているという。

  韓国には権力の圧制に対する民衆の蜂起の歴史が、確かにあった。

  10年ぶりに保守の李明博政権が誕生しても、民主化の流れをくむ「進歩」と、「反共保守」の葛藤はなお鋭く対立しているという。

  それにしても、22日の朝日新聞社説の次のくだりは印象的だ。

 「・・・ある夜、大統領は公邸の裏山に登った。街を埋め尽くすろうそくの火を見て、『国民を安心させられなかった自分を責めた』。謝罪会見でそう語った・・・」

  このような光景を目にする事のないこの国の首相は、世界一しあわせな首相であると思う。

  軽口を叩く首相が5年半もつとめていられる国である。

  福田首相が辞めたくない気持ちもわかる。

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2008年06月22日

 今日の農業の衰退は、誰に責任があるのか

 今日の農業の衰退は、誰に責任があるのか

  22日の東京新聞に、崩壊する日本の米作農家についての特集記事があった。

  サブタイトルは、「減反、高齢、切捨て政策」というものだった。

  その要旨はこうだ。

   コメの消費減による生産調整(減反)に加え、高齢化と後継者難が拍車をかけ、耕作放棄が全国的に深刻な問題となっている。

   もはや小規模農業では収益が出ない。いくら品質の良いコメを作っても、勘定にあわない。

   政府は農業に競争力をつけるため、一定規模の農業者に補助金対象を絞る政策を打ち出した。事実上の「小規模農家切捨て」政策である・・・

  戦後の民主化政策の一環として行われた農地改革は、いままさに大規模農業へ戻ろうとしている。

  貧農救済を掲げて行われた小作農育成政策は間違っていたのか。

  それともその後の状況の変化に日本の農業政策が正しく対応できなかったのか。

  農業の専門家ではない私にはわからない。

  しかしわからないのは私だけではない。

  80年代の半ばごろ、私は農水省の課長に日本の農業の将来について聞いたことがある。その時の答えが、政治家に聞いてくれ、であった。

  私は思う。これは単に農業政策に限らない。

  外交も、金融も、医療、年金、福祉政策も、およそこの国の土台にかかわる政策が、選挙目当ての政治家と,政治に面従腹背する保身的官僚によってゆがめられてきた。

  それが、日本が高度成長を謳歌して前進していた時は見えなかった。

  しかし、冷戦の消滅と国際化の進展、それにともなう日本の相対的地位の低下によって、ここにきて一斉に矛盾を露呈してきたのだ。

  政権政党と官僚の合作によるこの国の設計は、それが一旦狂いだすと、彼らでは対応できないようだ。その事がもはや誰の目にも明らかになってきたのだ。

  かつてならば、それを隠蔽することが出来た。ごまかす事が出来た。

  しかし情報手段の発達と情報の国際化が権力者と国民の力関係を逆転させつつある。

  隠蔽しようとしても早晩真実は明らかにされる。

  一定の方向に世論を誘導しようとしても、必ず反論される事になる。

  今、日本は本当の意味で民主革命の時期にさしかかっているのではないか。

  そして、あらゆる革命がそうであるように、革命の成否は、民衆が一つにまとまれるかどうかにかかっている。

  だからこそ権力者は国民を分断させようとするのだ。情報操作をして国民を混乱させるのだ。

  今度の解散・総選挙の結果とその後に続く政治の混迷は、まさしく日本の将来を占うものになるに違いない。

  どのような状況下で選挙が行われようとも、もはや自公政権では日本を救えないと国民の大勢が考え、政権交代への流れが加速していくのか。

  それとも、国民までもが抜き差しならな分裂をきたし、格差社会がますます進んでいくのか。

  その時まで私はブログを書き続ける。

  賛成しても、しなくてもいい。

  私は自分の限界の範囲で声をあげ続ける。

  読者には、ここから自分の意見を持つようになってもらいたい。

  私利私欲のためではなく、組織防衛のためではなく、自己満足や自己主張のためではなく、

  日本にとって、みなの幸せにとって、一体何が正しいのかを、徹底的に考えてもらいたい。

  私も頑張るから、皆も頑張って欲しい。

  

  

   

   

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2008年06月21日

 グリーンピースジャパンのメンバー逮捕は裏目に出るのではないか


 グリーンピースジャパンのメンバー逮捕は裏目に出るのではないか

  政府は20日、鯨肉横領疑惑問題をあばいたグリーンピースジャパンのメンバー逮捕に踏み切った。

  そのニュースを知った時、私は、「政府もよくやるよなあ。おごりも極まれリだ。そこまで国家権力を濫用して弱いものいじめをしていると、今にしっぺ返しをくらうぞ」というものであった。

  そんな私の思いと同様の思いを抱いた人がいた。

 21日の東京新聞「こちら特捜部」に出ていた政治アナリスト伊藤惇夫氏の次のコメントだ。

 「日本は賭けに出た・・・週明けの国際捕鯨委員会(IWC)年次総会、来月の洞爺湖サミットを控え、予想されるグリーンピースによる日本攻撃の機先を制するために(逮捕したのだ)・・・しかし、賭けが当たるかどうかは、もう引き返せないが、それはわからない・・・強硬手段が逆効果になるかもしれない」

 同感だ。

 グリーンピースジャパンが正しく反撃すれば、政府は追い込まれる。賭けに敗れることになる。

 私は今回の政府とグリーンピースジャパンの闘いに関しては断然グリーンピースジャパンを応援する。

 断っておくが、それはグリーンピースジャパンという組織の主義、主張を、私が全面的に支持するからではない。

 捕鯨問題に対する欧米諸国やグリーンピースジャパンの日本叩きに、私が賛同するからでもない。

 ただひとえに、商業捕鯨の固執するわが国の捕鯨外交が、国益に反するのみならず、国際的不正を犯している事を知っているからだ。

 しかも、そこまでして商業捕鯨に固執する水産庁の正体が、いま世間で批判を浴びている官僚の利権あさりにあると思うからだ。

 14日のブログでも書いたが、水産庁がどのような理屈を並べようと、商業捕鯨はもはや日本では現実にそぐわない。

 なにしろ水産会社が、需要が少なくて採算が取れないと白状しているのだ。

 それでも商業捕鯨にこだわる水産庁の正体は、やがてメディアの知るところとなり、白日の下にさらされるだろう。

 それでも、国際捕鯨委員会で日本政府(水産庁)は商業捕鯨の再開交渉を続ける。

 いいだろう。百歩譲ってその交渉を認めるとしよう。

 しかし、現在のところは商業捕鯨は国際的に認められていない。調査捕鯨しか求められていないのだ。

 それにもかかわらず水産庁は、調査捕鯨の名を借りて商業捕鯨まがいの事をやってきた。

 これは国際ルール違反だ。

 それが国際社会の知るところとなって、日本という国が、そして日本国民が、社会的、道義的、政治的批判を受けるようになれば、誰がその責任を取るというのか。

 乗組員の中には、今回の鯨肉持込は慣例上の手土産だ、などとふざけた言い逃れをしているが、明らかな横領である。その犯罪はどうなるのだ。

 しかも、問題はそれにとどまらない。

 それを水産庁が黙認してきたという事が明らかになれば、自分達のやってきた事が、実は単なる調査捕鯨ではなく、商業捕鯨につながる漁業活動であった事を認めざるを得なくなる。

 国際法違反の責任を誰がとるのか。

 グリーンピースジャパンよ。ここまできたら徹底的に国家権力と闘うほかはない。

 その場合、決して国家権力を見くびってはいけない。

 正義のためには法を犯してもやむを得ない、などという独りよがりの論理は、法律論争のネタにはなっても、国家権力には通用しない。

 その手法の軽率さを素直に詫びるべきだ。

 ここに至っては法の裁きに神妙に従うべきだ。

 下手な反論をして国家権力の思う壺になってはいけない。世論を敵に回してはいけない。

 小さな罪を認めて、国家権力の犯罪という大きな罪を糾弾するのだ。肉を切らせて骨を穿つのだ。

 最後の支えは世論の味方だ。それも国際世論を動かす事だ。

 日本政府は賭けに負けるかもしれない。

 

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2008年06月21日

いつからCO2削減問題がこんなに大きな世界的課題になってしまったのか


 いつからCO2削減問題がこんなに大きな世界的課題になってしまったのか

  私たちは報道によって国内外のニュースを知る。

  報道の基本はスピード性である。簡潔性である。緻密な議論を捨象した単純化である。

  そこに大きな危険性が潜んでいる。

  同じニュースが、同じ言葉で繰り返し報道される時、それが、たとえ専門的、学問的な立場からの疑義があっても、あるいは補足説明の必要性があっても、それらは一切捨象されて、その報道だけがわれわれの頭に刻み込まれてしまう。

  21日に国会が終わり、福田首相の頭はサミットの成功でいっぱいに違いない。

 今度のサミットの主要議題は地球温暖化防止のためにCO2削減問題である。

 しかし、われわれはどこまでその重要性を正しく理解しているだろうか。

  環境を大切にするということは勿論大切な事である。

  しかし、数ある環境対策のうち、なぜ地球温暖化対策がこれほど取り上げられるようになったのか。

  地球温暖化対策が重要だとしても、なぜCO2排気ガスの削減が最大の対策となったのか。

  おまけに排出削減権利なるものをつくって、あたかも金融商品のように、売買するようになったのか。

  それがはたして正しい環境対策なのか。

  この問いに明確に答えられる人が果たして何人いるのだろうか。

  私がこういう疑問を持つようになったのは、最近に至って、CO2削減目標を否定的に論ずる声が目立つからだ。

   たとえば6月14日の朝日新聞「異見新言」のなかで、地球環境産業技術研究機構の秋元圭吾なる副主席研究員は、「費用と負担を考えるなら、無責任に実現不可能な厳しい目標を言い続けることが適切とは思えない」と書いている。

  その朝日新聞はまた、電気事業連合会の勝俣恒久会長(東京電力社長)が13日の会見で、「市場メカニズムだけで二酸化炭素削減をなんて言うのは殆ど幻想に近い」と、福田首相が示した「排出権取引」を盛り込んだ包括提案を批判したと報じている。

  また、15日の東京新聞書評欄「この本、この人」では、「地球温暖化論のウソとワナ」(KKベストセラーズ)を書いた横浜国立大の伊藤公紀教授の次の言葉を紹介している。

  「・・・最新の研究ではCO2が二倍になったとき、地球の平均気温の上昇値は1.6度。これは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が理論から導き出した3度のほぼ半分。1.6度しか上昇しないのなら気候変動への影響も限定的。CO2削減に巨額の予算を投じる意味はありません・・・」

  そう思っていたら、温暖化は一万年以上も前にも起きていたというニュースまで現れた(20日朝日新聞)。環境問題の以前から、急激な温暖化は起きていたというのだ。

  われわれ素人にとっては何がなんだかわからない。

  わからないままに、二酸化削減の数値目標合意が今度のサミットの最大の争点になってしまった。

  福田首相はわけがわからないまま、官僚のつくったシナリオにしたがって議長役を務めることになるのだ。気の毒なことだと思う。

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2008年06月20日

最後までかみ合わなかった日米の対北朝鮮外交(その2)


 最後までかみ合わなかった日米の対北朝鮮外交(その2)

  米国の北朝鮮外交は、6カ国協議が進まない事をさとった米国が、勝手に、ひそかに、北朝鮮との二国間外交を始めた時点で大きな転換を見せる。

  厳しい金融制裁を課して北朝鮮を締め上げ、武力行使もちらつかせながら金正日を脅かす。

  その一方で金正日は核実験を重ね、事実上の核保有国を宣言して捨て身の抵抗を示す。

  その瀬戸際外交は、中東のもう一つの核脅威排除を優先する米国のイスラエルロビー外交とあいまって、米朝間の取引外交を導き出した。

  米国の最大の関心事は北朝鮮の核がテロリストやアラブのテロ支援国家に渡らない事だ。

  このうちテロが今の段階で核を使用する可能性は少ない事を米国は知っている。

  だからテロ支援国への核兵器を防ぐ事が唯一の米国の関心だ。

  イスラエルにシリアの核施設を攻撃させ、これ以上テロ支援国に核を渡すとただではおかないと北朝鮮を脅す。

  その一方で、シリアやイランには、次は本物の軍事攻撃だという決意を見せつける。

  北朝鮮は自らの体制容認と引き換えに核の凍結でと中東へのあらたな供与を行わない事を約束した。ブッシュ政権にとってこれで十分なのだ。

  その間のブッシュ政権内の動きを、日本がまったく知らされていなかった事は、北朝鮮が核実験を行った時、日本だけがやたらに強硬姿勢を見せ、最後は米国にはしごを外された事から明らかである。

  米朝の二国間秘密交渉が進むのとは対照的に、拉致問題に関する日本と北朝鮮の話し合いが凍結され、6カ国協議もまともに開かれなくなっていったのは、当然の成り行きであった。

 「拉致問題は解決済み」、「6カ国協議に日本は不要だ」などという北朝鮮のふざけた発言を米国は放置する。

 日本はそれを指をくわえて眺めるほかはなかった。

  そして今回の米国のテロブッシュ政権のテロ支援国の指定解除だ。

  二国間で合意しておいてそれを形式だけの6カ国協議を開いて他の4カ国に承認させる。

  その時の唯一の障害国が日本だ。

  だから日本に拉致問題の進展を促し、それを日本が受け入れて日朝交渉の再開と拉致問題の進展を実現させる。日本による制裁解除を図って北朝鮮の要望に応え、そのうえで6カ国協議を開くというシナリオだ。

  私が情けないと思うのは、もはや誰も目にも明らかなこのような米国の日本軽視外交にもかかわらず、日本政府が国民に嘘をつき続けているということだ。

  日米同盟はゆるぎないという嘘をつき、北朝鮮は拉致問題で譲歩したから制裁を解除したという嘘をつく。

  そして拉致問題の解決なくしては国交正常化なしといい続けてきた政府が、あっさりと、国交正常化なくして拉致問題の解決なしと180度方針を変更する。

  強硬派でならした斎木が協調派に豹変する事などは官僚のお手のものだ。

  見逃せないのが小泉元首相の無節操ぶりだ。今回の幕引き外交を評価しているという。

  拉致犠牲者は運が悪かった、といわんばかりの左翼イデオロギストは、外交の複雑さや駆け引きなどはおかまいなく、過去の謝罪と国交正常化が進めば、すべてよいと評価するばかりだ。

  取り残されるのは、拉致被害者とその家族であり、アジア敵視の右翼強硬派だけである。

  なんという非情さか。なんという皮肉か。
  

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2008年06月20日

 最後までかみ合わなかった日米の対北朝鮮外交(その1)


 最後までかみ合わなかった日米の対北朝鮮外交(その1)

  ライス国務長官は18日、ワシントンのヘリテージ財団での講演で、北朝鮮のテロ支援国家指定解除というブッシュ政権の方針を明らかにした。

  対北朝鮮外交をめぐる壮大な日米両国の立場の食い違いの、劇的な終了宣言である。

  ブッシュ政権が北朝鮮をテロ支援国リストから外すことは、ライス長官の名代であるヒル次官補から日本側はそれとなく聞かされていたに違いない。

  しかしライス国務長官が日本の外務大臣に直接明言した事はなかった。

  それをライス長官はワシントンの講演という形で発表した。

  そしてライス長官は来週来日し、事後通報の形で日本の首相や外相に引導を渡すのだ。

  日本政府の立場を一顧だにせず、最後まで日本の面目をつぶし続けた米国の対北朝鮮外交を象徴する幕切れである。

  私は、国益という美名をかざした権力者に翻弄されたあげく、最後は、「死んだものは帰ってこない」と、突き放されることになる拉致被害者家族がかわいそうでならない。

  その心情を14日のブログで書いた。

  7年前の突然の訪朝とピョンヤン宣言が、国交正常化に名を借りた、外務官僚の功名心と歴史に名を残したい小泉元首相の野心の所産でしかなかった事も述べた。

  更に言えば、国交正常化を最優先する左翼イデオロギストたちが、拉致や日本人妻の帰還問題に一切口をつぐみ、靖国参拝を強行するような小泉元首相が北朝鮮との国交正常化を行う事を絶賛する、その違和感についても指摘した。

  それらについては書くべきことは山ほどあるがここで繰り返さない。

  ここでは、日米の対北朝鮮外交の食い違いに焦点を当てて、過去7年を振り返ってみたい。

 7年前の突然の訪朝と国交正常化宣言は、一人の幹部官僚が、記録も残さず、省内の十分な決裁手続きを経ることなく、おまけに米国側への通報も、了解もないままに、小泉元首相と行った異形な外交であった。

 あの時は小泉元首相も、外務省も、核問題などは二の次で、もっぱら拉致問題をどう解決するかであった。

 そして一部の拉致被害者の生還と引き換えに、国交正常化と経済援助を約束した。

 それがピョンヤン宣言の正体であった。

 本来ならばこれでめでたし、めでたし、であった。

 その意味で、「約束を破ったのは日本だ」と非難する北朝鮮の言い分は正しい。

 ところが小泉元首相と外務省には大きな誤算があった。

 一つは拉致被害者とその家族に対する同情から起きた世論の強い反発である。

 もう一つは、北朝鮮が核を保有している事を知っている米国が、たった一枚の紙切れ上の口約束だけを信じて国交正常化を進めようとした日本に、待ったをかけた事である。

 ここから拉致問題の二国間交渉が始まり、

 核問題に対する6カ国協議が始まった。

 6カ国協議は、北朝鮮との二国間協議の交渉でだまされた米国が、その轍を踏まないように、他の関係主要国を北朝鮮との交渉の場に引きずりだし、団結して北朝鮮に圧力をかけようとした米国の戦略から生まれたものであった。

 日本外交の最初の失敗は、この米国の6カ国協議に賛同し、おまけに拉致問題までその場で話し合おうとしたことである。

 すなわち6カ国協議では、一方において核問題では何の権限も影響力もない日本が、北朝鮮の核放棄を強硬に迫って北朝鮮を硬化させ、他方において、本来ならば二国間で厳しく迫るべき拉致被害者の救済問題を多国間協議の議題としたため、拉致問題に関する関心度や立場がそれぞれに異なる6カ国の間で、歩調が進まず、挙句の果ては、日本が「6カ国協議の足を引っ張るな」という批判におびえることになった。(続く)

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2008年06月20日

政権交代の前に政党が空中分解しているのではないか


 政権交代のまえに政党が空中分解しているのではないか。

  どう考えても異常な状態が続出している。

  重要政策に関する政府・自民党内の対立はもはや政権政党の責任を放棄しているがごときである。

  北朝鮮外交をめぐって、安倍晋三前自民党総裁と山崎拓前自民党副総裁が、「百害あって利権あり」、「誹謗中傷だ。名誉毀損だ」と怒鳴りあっている。

  東シナ海日中共同開発の合意を喜んでいる福田首相の互恵外交を、中川昭一元自民党政調会長が、「何の進展にもなっていない。明治時代の不平等条約みたいなものだ」とテレビ番組で切り捨てている。
  福田首相の消費税引き上げ発言をめぐって、与謝野馨前官房長官らと中川秀直元幹事長らの自民党重鎮議員が、真っ向から対立している。

  いずれも外交・内政の最重要懸案をめぐって、党を代表する幹部たちが決定的に対立しているのである。

  翻って野党の混乱も甚だしい。

  政権交代を目前にした野党第一党の民主党も分裂状態だ。

  前党首で現副代表の前原誠司氏が、テレビや雑誌で繰り返し繰り返し、小沢党首の政策と言動を批判している。それを見かねた若手議員が、前原副代表を痛罵して、離党を迫る。

  連立政権を組んでいる公明党も危機的状況だ。なにしろ矢野元公明党委員長が、支持母体の創価学会から言論妨害や寄付強要、脅迫を受けたとして訴訟を起こし、国会に喚問されれば憲法違反の疑いのある政教一致問題についてしゃべると言い出した。

  郵政民営化への造反をきっかけに生まれた国民新党も、綿貫民輔代表と亀井静香代表代行の対立がいよいよ表面化してきた。
  同じ造反組みの平沼赳夫氏と新党結成の動きをみせる綿貫代表に対抗するかのように、亀井静香代表代行は自民党の山崎拓前副総裁や民主党の菅直人代表代行らと会合を重ねる。

 社民党の辻本清美に至っては、社民党議員としての活動よりも、もはや権力に近づく事に忙しいかのようだ。
 やれリベラルの会、やれ日朝国交正常化議連、などと、自民党、民主党の政治家達との活動がやたらに目立つ。あきらかに政界再編後を睨んだ動きだ。

 共産党の独自路線も相変わらずだ。自民党は、次期総選挙前に選挙法を変えて供託金没収のハードルを低くすることを決めた。
 候補者を絞らざるを得なかった共産党に対するシグナルである。もし共産党がそのえさに食いついて全選挙区への候補者擁立を復活するような事になれば、自民党は大喜びだ。

 最近の報道をざっとながめるだけでも、これだけの混乱した動きがある。

 おそらく、我々の眼の届かないところで、はるかに大きな混乱が起きているに違いない。

 既存政党は、政権交代のまえに、すでに空中分解しているのだ。

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2008年06月20日

これでは日本はだめだ


 これでは日本はだめだ

  「閉塞感のある今の日本経済を元気にしてくれそうな人は誰だと思うか」

  そんなアンケートを、フジサンケイビジネスアイが首都圏在住のビジネスパーソン1500人にアンケートしたという。

  その結果を20日の産経新聞が報じていた。

  トップが東国原宮崎県知事だったという。2位に小泉純一郎元首相、と続く。

  麻生太郎(5位)、島耕作(漫画の主人公-8位)、石原慎太郎(10位)などが10位以内の揃いぶみだ。

  冗談ではないかと思う。ビジネスパーソンがこれでは日本経済がよくなるはずはない。

  その東国原知事は19日、県庁の記者団でまたぞろ国政への転進をほのめかしたという。

  小泉人気をはやし立てたメディアと、それに熱狂した国民が、今度は東国原を首相にさせるのかもしれない。

  これでは日本の政治がよくなるはずはない。

  20日の東京新聞(こちら特報部)は、東国原知事が、教師の体罰を認める条例を作りたい、と発言した事を報じている。

  徴兵制発言につぐ、暴言だ。

  そのまんま東は86年講談社襲撃事件で現行犯逮捕されている。その後も弟子への傷害事件を起こしている。渋谷のイメクラでのエンコー事件もあった。

 「そんな奴が、”愛のムチ”を語るとはちゃんちゃら、おかしい。知事は自分にゲンコツした方がいいんじゃないの?」

 息子が二人いる横浜市の40代会社員の言葉だ(同東京新聞)。

 1500人のアンケートの結果より、こちらのほうがよほどまともだ。

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2008年06月19日

福田首相の対中外交は小泉靖国外交の否定である

 福田首相の対中外交は小泉靖国外交の否定である

  日中間の懸案であった東シナ海共同開発問題がひとまず決着した。

  この問題は5月初旬の胡錦涛主席の来日時に事実上合意されていたとはいえ、そして条約締結までになお協議を要する点があるとはいえ、これで日中間の大きな懸案の一つが解決した事は事実だ。

  今回の合意の評価については、日本が譲歩し過ぎだとか、経済的メリットは少ないとか、批判的な見かたもある。

  しかし、日中間に一つの大きな外交的進展が見られたことは間違いなく、日中間の関係が進展する事が悪いはずはない。

  その証拠に、対中外交に日ごろ批判的な産経新聞や読売新聞を含め、すべての報道が総じて評価している。

  今回の合意の陰に隠れてあまり大きく報じられていないが、政府は北京五輪開会式に福田首相が出席する方向で調整を始めたと各紙が書いていた。

  これも大きな対中関係重視の福田首相のシグナルである。

  思えば福田首相は就任から今日まで一貫して日中関係改善に腐心してきた。

  年末の訪中から始まって5月の胡錦涛の来日、ギョーザ問題、チベット問題への対応、そして今回の北京五輪出席と東シナ海開発の合意である。

  その対中外交を見ていると、右翼から言わせれば腰抜け媚中ということになる。

  たしかにそう思えない言動もあった。

  しかし、これは小泉元首相が無意味な対中喧嘩外交で壊してしまった日中関係を正常化するための、福田首相の決意なのだ。どのような批判も甘んじて受ける覚悟が福田首相にはあると見るべきだ。

 そして胡錦涛主席もまたその福田首相の好意的な姿勢を認め、日中関係改善に意を払ってきた。

 胡錦涛主席もまた、国内の政治的リスクを負いながら、譲歩し、日中関係の改善に努力しているのだ。

 その評価は歴史が下すだろう。

 しかし一つだけはっきりしている事は、この福田首相の対中外交は小泉元首相の対中外交の否定であるということだ。

  泉元首相はパフォーマンスで威勢よく対中強硬外交を貫いた。それに惑わされた国民の支持を受けて、自分だけが格好をつけた。

  その裏で、小泉元首相は国民や経済界の実利を損ねた。

  不必要な喧嘩外交が長年培われた日中間の関係を壊した。

  壊されたものは修復されなければならない。

  それを福田首相はやる決意を示しているのだ。

  福田首相は不人気だ。何をやってもたたかれる。自民党からも批判される。

  それでも飄々としている。飄々としていながら、決断する。

  気がついたら小泉元首相の間違いが、浮き彫りになってくる。

   ひょっとして、福田首相はサミットが終われば自分の手で解散・総選挙を行うのではないか。

   小泉元首相と違って、本気で自民党を壊そうとしているのではないか。

  そう考えると、これもまた、福田首相は、自民党を壊すふりをして自分だけいい目をして逃げた小泉元首相を否定し、小泉郵政選挙の大勝を否定しようとしているのかもしれない、そう思えてくるのだ。

 

  

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2008年06月18日

ゲーテの言葉に感動する原田宗典の随想を読んで書きたくなった


 ゲーテの言葉に感動する原田宗典の随想を読んで書きたくなった


 どうでもいいことを書いてみたい気になった。

 断っておくがこれは原田宗典を批判するものではない。彼の書いた随筆にケチをつけるのでもない。

 彼と同様に、ゲーテの言葉に大いにうなずくものである。

 すべてはゲーテの偉大さの故に書いてみる気になったまでだ。

 そして、いつもの通り最後に一言余計な事を書く。それだけである。

 16日の毎日新聞に小説家、エッセイストの原田宗典が、梅雨の季節に暇に任せて手に取った「ゲーテの格言集」(高橋健二訳)を読んで、感動した事を書いていた。

 ゲーテいわく

 生活はすべて次の二つから成り立っている。したいけれど、できない。できるけど、したくない。

 豊かさは節度の中にだけある。

 生活をもてあそぶものは、決して正しいものになれない。自分に命令しないものは、いつになってもしもべにとどまる。

 目標に近づくほど困難は増大する。

 理解していないものは、所有しているとは言えない。

 人はみな、わかることだけ聞いている。

                          などなど

 うわっ!すれ違いざまに一本!みねうちじゃ・・・という感じ。さすがにゲーテである。なるほどお~と恐れ入ってしまうような言葉が並んでいる・・・と原田さんは感動している。

 私はそのように大げさに感動はしないけれど、やはりゲーテはいい事を言っている、と感動する。

 しかし私は、なぜかこのような名言集や格言集の類が嫌いだ。

 嫌いだと言うよりも、格言集にでてくる言葉の洪水に、辟易してしまうのである。

 一つ一つのありがたみが薄れるような気がするのである。

 そして、これに似た思いをどこかでする事があったと考え、しばらくして思い出した。

 たとえば読者の皆さんはこのような経験をしたことはないか。

 ある曲や歌が好きだとしよう。

 その曲は、他のどうでもいい曲の中に一つだけある。だからその曲を聴こうと思ったら他の曲が沢山入っているアルバムを買わなければならない。

 しかもそのアルバムで好きな曲を繰り返し聴こうと思ったら、他の曲を早送りしたりスキップしなければならない。

 そういう事が面倒なので、自分の聴きたい曲だけを編集してお気に入りアルバムを作って見たりする。

 ところがいざ作って見いてみると、その曲のありがたさが半減し、好きな曲ばかり入っているそのコレクションが、急に色あせて見える。

 格言集や箴言集の類もそうに違いない。

 たとえば一つの名言にたどり着くには、それまでの長い道のり、無駄な時間が必要ではないのか。

 長い小説の中で最後に主人公が漏らす言葉の中に、その小説のすべてが凝縮される、そのためにその作家がストーリーを凝らし、文筆を重ねるのではないか。

 何事も要領よく答えだけを引き出そうとすると上手くいかない。面白くもない。感動もない。

 それでもゲーテは偉大だから、その言葉の価値はなくならないとは思うけれど。

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2008年06月18日

 我々はインフレの怖さを甘く見ていないか


 我々はインフレの怖さを甘く見ていないか

 発売中のニューズウィーク日本版(6・25日号)の「世界経済を脅かす次の時限爆弾」という特集記事は、インフレがもたらす危機的状況に、大声で警鐘を鳴らしている記事だ。

 もしこの記事に書かれている一部でもいいから、日本の大手メディアが本気で報じるならば、国民も驚き、日本の政治が今なすべき最も重要な事こそ、インフレ対策に手を打つ事だと気づくに違いない。

 もし額賀福志郎財務大臣や太田弘子経済財政政策担当大臣が、経済の事を分かっているのなら、そしてその事を正しく福田首相に伝えているのなら、福田首相も消費税増税はやむを得ない、などという発言を行わなかったに違いない。

 そして来るべきサミットでは、二酸化ガス排出量削減目標などよりも、世界的インフレの早急な抑制策を最優先すべきであることに気づくに違いない。

 残念ながら、この国の政治家も経済学者もメディアも、そしてもちろん福田総理も、インフレの怖さを甘く見ているようだ。

 というよりも、経済がまるで分かっていないのではないか。

 ニューズウィークのその特集記事を要約して書くと以下のごときだ。

 「世界的インフレは始まったばかりだ。

 そしてそのインフレがすさまじい勢いで進むのはこれからだ。

 ある推計では今年の夏には世界人口の7割が2桁台のインフレの影響を受けることになる。

 しかも成長率低下(不況)におけるインフレという最悪の状況だ。

 インフレで真っ先に打撃を受けるのは、貧しい国々であり、低所得者層だ。

 食料品が買えなくなり、交通費や薬代、医療費が払えなくなる。

 企業はコスト高を転嫁するだけでは対応しきれず、企業収益を悪化させることになる。

 各国政府のインフレ策が、貿易抑制、物価統制、緊縮予算、に走るならば、社会不安が起きる国が続出することになる。

 金利引き上げによって株式市場が暴落すれば、金融資産を持っている個人さえもが深刻な被害を受けることになる。

 もしインフレに適切な策が講じられなければ、行き着く先は貨幣価値がなくなるハイパーインフレだ。

 最悪のシナリオだ」

  この予測はあまりにも悲観的だ、と反論する者がいるかもしれない。

  しかし、その反論者も、どうやったらインフレ進行を防げるかの答えはない。

  「そこまでひどいことにはならないだろう」という、論拠なき楽観論に過ぎない。

  その一方で、世界の支配者が、ひそかに自分達だけの生き残りを画策しているとすればどうだろう。

  政治家や官僚、財界人といった日本の指導者達が、その事に気づかずに、ただ無策に甘んじているとすればあまりにも情けない。

  知っていながら、支配者達の仲間入りをして国民を切り捨てているのであれば、許せない裏切りだ。

  真実はそのいずれかである。

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2008年06月18日

 もう一つの拉致被害者ー自由に帰国できない日本人妻の不幸


  もう一つの拉致被害者ー自由に帰国できない日本人妻の不幸

  日朝問題が突如動き出してから一週間近くたった。

  その間に報じられた関係者の発言や断片的な報道によって、どうやらその背景が見えてきた。

  すべては周到に練られたシナリオであった。

  実務者協議はそのアリバイ作りでしかなかった。

  そのシナリオとはおおむね次のようなものに違いない。

  ブッシュ政権と金正日政権はこれまでの紆余曲折を経た秘密交渉で、核問題とテロ指定解除の取引をして手打ちした。

  それを6カ国協議で具体化するために、ブッシュ政権は北朝鮮と日本に拉致問題の進展を強く迫った。

  二国間で話し合って早く解決しろ。米国は中身には口をはさまない。日朝が合意できるのそれでいいからとにかく合意点を早く見つけろ、と。

  米国の命令には北朝鮮も日本も逆らえない。

  しかも金正日政権も福田政権も、いつまで立っても拉致問題でにらみ合っているわけには行かないそれぞれの事情がある。

  今度こそ進展させなければならないという意味で、北朝鮮側と日本側は、もはや同じ目標を追及する協力者、利害一致者となった。

  その目的とは、どうして日本国民を説得させられる解決策を見つけるか、である。

  まず再調査をすることにして、経済制裁の一部を解除する。

  そして、いずれ北朝鮮側が新たな拉致被害者の日本帰国を発表する。

  その帰国者は横田めぐみさんたちではなくても仕方がない。死んでしまっているものは返せない。要するにどうやってそれを説得するかだ。

  あらたな被害者の帰国と引き換えに国交正常化と経済協力を実現し最終決着を図る。

  この決断を福田首相がするということだ。私が14日のブログで「拉致被害者とその家族がかわいそうでならない」と書いた理由がここにある。

  福田首相にはその非情な決断ができる強みがある。

  まず、これ以上落ちる事はないという支持率の低さだ。怖いものはない。

  それに「パフォーマンスをしない常識的な福田」というイメージが定着している事も大きい。あの福田ならしかたがない、というあきらめだ。

  それに福田首相には、ぎらついた野心がない。いつでも辞めてやる、しかし、代わりの首相の誰がこの問題を解決できるのか、と開き直れる強みがある。

  いいだろう。そうであるならば、せめて北朝鮮との交渉をもう少し公正に進めてもらいたい。そしてもう一つの拉致問題についても解決を北朝鮮に迫ってもらいたい、こう主張している人がいる。元東京入管局長の坂中英徳氏である。

  坂中氏は18日の読売新聞「論点」のなかで、次のように述べている。

 「 『地上の楽園』という宣伝文句に乗せられた北朝鮮帰国運動で、日本から北朝鮮に向けて出国した約1800人の日本人妻の多くは・・・当時は20歳代から30歳代だったが現在は70歳代から80歳代になっている。中には、自殺した人もいる。若くして処刑された人もいる。心労で早死にした人もいる。餓死した人もいる・・・最後まで日本へ帰ることを切望していたが、それがかなわないとわかると、せめて遺体は祖国の方角へ向けて埋めてほしいと願ったのである。
 北朝鮮には、今も100人以上の日本人妻が生活していると推定される。生存者は全員、「生きていさえすれば日本政府が必ず助けてくれる」と信じている・・・
  今日の世界では、自国民、外国人を問わず、すべての人の出国の自由は普遍的な権利であるとされている。しかし、北朝鮮は出国の自由を認めていない、世界で数少ない国の一つだ。
  国交の正常化と人の交流の正常化は不可分のものである。わが国が北朝鮮との国交正常化交渉を進めるに当たっては、まず在北朝鮮のすべての日本人の出国自由の保障が前提条件である・・・
  北朝鮮が万景峰号による在日朝鮮人の自由往来を求めるのであれば、日本政府は万景峰号による日本人妻の自由往来(永久帰国)を認めるべきだ。
  日本人妻全員の帰国が実現しない限り、万景峰号の全面的な入港再開を認めるべきではない・・・」

  坂中氏のこの要求は、これまでの北朝鮮との話し合いをめぐる報道の中では一切触れられる事はなかった。

  しかし、こうして改めて考えてみると、この問題は拉致問題と並んで大きな原則的問題だ。いわば第二の拉致問題である。

  日本人妻の話を日本政府が持ち出さないようでは北朝鮮との交渉は偽物に違いない。

  この事をメディアはもっと書いてよい。

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2008年06月18日

特定ニュースの過剰報道


 特定ニュースの過剰報道

 18日の読売新聞に、学習院女子大学教授の石澤靖治という人が、実に的確なメディア考を書いていた。

 このブログでも私が何度となく書いてきた事である。

 他人の意見と私の考えが、これほど見事に一致することはなかったので、ここで石澤教授のその意見を再現してみたい。

 「・・・(中国震災、秋葉原事件、岩手・宮城内陸地震などという)大きな事件が飛び込んできた。
    しかし、毎日ニュースを見ることを日課とし、仕事にもなっている私にとって、この種のニュースが起きると憂鬱になる。
    ・・・これらの事件が起きると、メディアは大半の時間をそれに費やすばかりか、その報道が数日間、場合によっては2,3週間続いてしまう。その結果、それまでの重大ニュースも、国内外の重要な情報も突然消える。
    このように、一つの大きな出来事が「ニュースジャック」するという傾向は、テレビメディアに多くみられる。中でも、災害報道に力を入れているNHKにその傾向が強い。
   衝撃的なニュースは大きく取り上げるべきだし、それがある程度継続されることも了解できる。しかし、問題はその度合いである。
    一つの問題に大半を費やすことは、他のニュースを報じる余地がなくなるリスクを負うことでもある。
    世の中に起こっていることでも、メディアに取り上げられなければ、それは「事実」として人々に認知されないというのは、ニュースの社会的意義を理解する際の基本である。
    私がもし政府や企業の要職にあって、何か都合の悪い事があったら、こんな時期を狙って発表するところだ。
    更に指摘したいのは、そのように大量に報道される内容が、一面的であることである。例えば四川大震災についての報道は地元の人たちがいかに大変な思いをしているかという悲惨な話ばがりに視点が固定されていた。
  (しかし、私がインターネットで見つけた情報では)現地で救援活動を続けている人が、日本の報道で伝えられていることが現場の状況と大いに違っていてびっくりした、とコメントしていた。
 ・・・インターネットで、多様な情報に接している現在、受け手は「複眼」を持ちつつある(という事を認識しないと、メディアに将来はない)・・・」

 最後の括弧書きは、私が勝手に付け足したものである。しかし石澤教授の言わんとしているところはそれに違いない。

  このメディア考は、なにもニュース報道だけに限らない。

 もはやテレビ局にとっては、安上がりのバラエティ番組と化した感のある朝から晩まで繰り返されるニュース解説番組もそうである。

  いや、むしろその解説番組は、事実を報道するだけにとどまらず、本音を隠し、無責任で同一的なコメントを繰り返して、視聴者に考える時間を奪うという意味で、もっと害がある。

 我々は自分の感性を研ぎ澄まし、自分の考えを持たなければならない時代に突入している。

 日々のメディアを批判的に見る基本姿勢を持たなければならない。

 インターネットの発達は、それを可能にする時代をもたらしつつある。

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2008年06月17日

ネット情報の凄さと大衆の知の力

 ネット情報の凄さと大衆の知の力

  16日のブログで米国の新しい金融体制の構築について読者の情報提供を求めたところ、すかさず多くの読者から参考情報が寄せられた。

  またブッシュ大統領の弾劾決議については、下院が弾劾決議案を可決したのではなく、下院が、下院議員(オハイオ選出デニス・クシニッチ・民主)が提出したブッシュ大統領弾劾決議案を、司法委員会に送付する事であるという、事実訂正のメールも多数から頂いた。

  自らの不明を恥じて直ちにブログを訂正させていただいた。

  この事を通じて私が感じた事は、かねてから私が漠然と考えていた事なのであるが、全国に埋もれている善意の知と情報の力を結集すれば、大きな力になりうるということである。

 ネットの世界は発信者が見えない上に、発信者の意図するところが不健全なものもあり、どうしても負の部分が強調される。

 そのためにネットが規制される事になる。

 しかしネットはその使い方を正しくし、志が同じ、善意のものが、一つの明確な目標をもって力をあわせれば、どのような国家権力の悪にも対抗できる力を発揮するに違いない。

 彼らの知識や情報は取るに足らないものになるに違いない。

 いつか その人たちと知と情報を分かち合う事によって、ネットでこの世の中を正しいものにしていけなしものだろうか。

 そうなると選挙や政治のありかたなども変える事が出来るに違いない。

 既存のメディアなど不必要になるかもしれない。

 権力や広告会社の情報操作などは時代遅れになるに違いない。

   

 

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2008年06月16日

 あたらしい金融体制をつくろうとしている米政権


 あたらしい金融体制をつくろうとしている米政権

  月刊誌リベラルタイムの7月号に、ハドソン研究所首席研究員の日高美樹氏が、「洞爺湖サミットの議題にあきれる米政府」という論評を書いていた。

  つまり、米国にとって緊急の課題は、金融危機を立て直す事であり、北朝鮮やイランの核を根絶することである。

 ましてや二酸化炭素削減問題は、米国内部でも議論が分かれる面倒な議題だ。

 こんな問題を前面に掲げて張り切っている日本は、一体何を考えているのか、と米政府の連中は呆れているのだという。

  そうだろうと思う。

  しかし、この日高の論評の中で私が驚いたのは、「ブッシュ政権が今あらたな金融体制づくりに努力中である」という事に言及していたことである。

  日高はそれ以上の具体的な事はこの論評では何も述べていない。

  しかし、私は、このくだりを目にした時、即座に、6月始めに米国に滞在していた時に耳にしたある米国人の言葉を思い出したのだ。

  彼は言っていた。

  ブッシュ政権は国民に知らせることなくあらたな試みを始めている。それは北米大陸の統合だ。今北米大陸のど真ん中をカナダからメキシコを一直線に縦断する16車線の一大高速道路を建設しようとしている。そして、ドルに替わるあらたな統一通貨をつくり、北米大陸を統合しようとしている、と。

  私は、にわかにそれを信じる気にはなれなかった。

  その後、どこを探してもそのような公開情報は見当たらない。

  そんな中での日高の言及である。

  「ブッシュ政権は今あらたな金融体制づくりに努力中である」

  それは何を意味しているのか。

  周知の通り、世界の基軸通貨であるドルの一極支配体制は、サブプライム問題で表面化したように、大きな問題を露呈した。

  ドルからユーロに、あるいはその他の通貨に移行、拡散しつつある。

  ドルの支配は基軸通貨を通じて世界経済を支配する事は、圧倒的な軍事力による世界支配と並んで、米国の特権である。

  だからドルの崩壊を米国が黙ってみているはずはない。

  米国が世界の金融支配をやすやすと手放すはずはない。

  「米国を信じ、どこまでもついていく事が国益である」、としか言えない単純な日本政府は、気がついたら、その失政のとんでもないツケつけを、国民に支払わせる事になるのかもしれない。

  ブッシュ政権が目指しているあらたな金融体制とは何か。情報を持っている人がいれば教えてもらいたいと思う。

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2008年06月16日

 ブッシュ大統領弾劾決議の動きを報じない日本のメディア

 ブッシュ大統領弾劾決議の動きを報じない日本のメディア

  日本人は米国人以上に米大統領選挙に関心を持っているという。米国調査機関が世界24カ国で実施した世論調査の結果であると言う。この事を14日の産経が報じていた。

  なにしろ米国国民の80%より高い83%だ。ドイツの56%、豪州の52%を大きく上回る突出ぶりだ。

  しかし、関心がある割には日本人は米国の本当の姿を事を知らない。メディアは正しく伝えようとしない。

  その典型例が6月11日に米国下院で可決されたブッシュ大統領弾劾決議の動きである。

  これはもの凄いニュースである。

  なにしろ下院議員(オハイオ選出デニス・クシニッチ・民主)がブッシュ大統領の弾劾決議案を提出し、下院本会議が、251対156という圧倒的多数で、それを司法委員会に送付することを可決したのだ。

  司法委員会がこの決議案をどうとりあつかうかは、米国政治の大きな政治的駆け引きとなるに違いない。

  だからブッシュ大統領が本当に弾劾されるかどうかはわからない。

  しかしこのような弾劾決議案が提出され、それを検討せよと下院本会議が判断した事自体が大きな事件であるのだ。

  しかも決議案に述べられている弾劾の理由がすさまじい。

  
  「イラクとの戦いを擁護する間違った論拠を捏造した」

  から始まって

 「イラクを米国に対する差し迫った脅威と思わせて国民、議会をミスリードした」

 「大量破壊兵器を所有したと信じ込ませた」

 「国連憲章に違反して主権国家イラクを攻撃した」

 「イラクに米国の永久的な軍事基地を設立した」

 「捕虜を拷問した」

 「国民の税金を浪費した」

 などなど、

  およそイラク戦争に関してこれまでに明らかにされた不正、犯罪の数々を、35項目にわたって弾劾の理由にあげているのだ。

 その中でも極めつけは弾劾理由の2番目に、9・11は不正に、組織的に犯罪的意図をもって実行されたと、内部犯罪説を匂わせている点である。

 中学校の教師が「9・11は内部犯行だったという説もある」と述べただけで新聞沙汰になる日本とは大違いだ。

 ところが、このような衝撃的な米国下院のブッシュ大統領弾劾決議が、日本の大手新聞やメディアでは全くといっていいほど報道されていない。

 ネットの世界では情報が飛び交っているというのにである。

 なぜか。

 それは小泉、安倍、福田と続く自民党政権にとって決定的に不利な出来事だからである。

 その自民党政権を支持し続けた「平和と弱者の政党」公明党にとって、弁解できない不都合であるからだ。

 あのイラク戦争を正しいと言った小泉を持ち上げたメディアは、自らを批判することになるからだ。

 いまからでも遅くない。こころある日本のジャーナリストよ。この米国における大事件の動きを報じ、日本国民に教えてやってほしい。

 日本人の自立は、米国の正確な理解から始まる。

  

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2008年06月16日

「脱藩官僚の会」の動きに注目する


 「脱藩官僚の会」の動きに注目する

  つくづく乱世の世の中になったと思う。

  自民党の元幹事長で、次期総理を目指そうとしている中川秀直さえも、「官僚国家の崩壊」なる本を出版し、この国の官僚支配を認め、それを変えなければこの国は崩壊する、などと言い出すようになった。

  今度は、中央官庁を途中で退職した若手キャリア官僚による、「脱藩官僚の会」の設立の動きである。

  16日の朝日と日経にその事が報じられていた。

  江田憲司衆院議員が発起人となって近く動き出すその会の正式名称は、「官僚国家日本を変える元官僚の会」というらしい。

  天下りの禁止や地方分権の実現などで、霞ヶ関と対抗するシンクタンクを目指すという。

  私はこの動きに多大の関心を持って注目したいと思う。

  本来ならば「注目する」ではなく、「賛同する」と書きたいところだが、そうは行かないところにこの動きの難しさと、不透明さがある。

  私が評価する点はいくつかある。

  彼らが言うように、霞ヶ関の正体を知り尽くしている元官僚だからこそ、官僚組織の悪を誰よりも鋭く追及できる。

  比較的若い元官僚たちから構成されているのも期待が持てる。堺屋太一や榊原英資などという、さんざん権力のうまみを享受してきた古い官僚OBでないところがいい。

  既存政党の議員や候補者は対象としない、というのも賛成だ。政界再編の道具になってはならない。

  なによりも、「退職後に出身官庁と縁を切り自力で生きる」という参加条件がいい。このことは言うは安いが、それを実行する事は簡単ではない。

  しかし、不透明な部分もまた数多い。

  脱藩官僚はいずれもはぐれものだ。中央官庁の同僚・後輩にとっては敵だ。権力を持った官僚組織と対峙していくには、よほどの覚悟と実力が要る。結束が要る。

  脱藩官僚は一匹狼が多い。それらをどうやってまとめていけるのか。そのまとめ役がつとまる人間がいるのか。その人間は誰か。

  脱官僚支配を当面の共通目標にするのはいいとして、その後に目指すより大きなもの、たとえば脱新自由主義であるとか、対米自立外交の実現であるとか、国民主権の政治の実現であるとか、根本的なところについての政策一致はあるのか、一致出来るのか。

  なによりも、脱藩官僚たちの思いの底に、私怨や個人の復権といった曇りを離れ、国民のために政治、政策実現のために尽くす、という無私の気持ちがあるのか。その言動に一点の曇りもない、と言い切れるのか。

  たとえば発起人の一人と報道されている元財務省官僚の高橋洋一は小泉・竹中改革の賛同者として重用された男だ。いまでも政府の顧問をしている。

  このように注文をつけていけばきりがない。文句は誰でも言える

  しかし、それらすべてを勘案した上で、

  私はこの新しい動きに注目している。今までには見られなかった動きだ。時代の変化を感じる。

  願わくば、この会に良質な若手元官僚がどんどんと決集し、本物の改革勢力、いや革命勢力になってもらいたいと期待している。

  今でも、やれ小泉の復活だ、麻生だ平沼だ小池だなどと、この国をダメにした過去の政治家の名前しかでない政治状況よりも、よっぽどおもしろい。

  

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2008年06月15日

小泉元首相の握手を拒否した中曽根元首相


 小泉元首相の握手を拒否した中曽根元首相

  14日の毎日新聞「近聞遠見」で岩見隆夫が、政治記者ならではのエピソードを書いていた。

  6月9日の夕刻に東京・内幸町のプレスセンタービルで開かれた、カーティス米コロンビア大学教授の出版記念パーティの席での話である。

  会場に先に着いていた中曽根元首相を見つけた小泉元首相が、腰をかがめ、右手を差し出して、

  「どうも・・・」

  と握手を求めた。

  しかし、中曽根元首相は手を出さない。握手を拒んだのだ。

  そこは瞬間芸にたけた小泉元首相のこと。すかさず、出した手をさっと上げて、挨拶のポーズをとり、その場をしのいだ。

  このエピソードをわざわざ紹介した岩見隆夫は次のように解説してみせる。

  すなわち、中曽根をして小泉の握手を拒んだ理由は二つあるという。

  一つは2003年10月23日に、73歳の定年制をタテに小泉首が中曽根に引退を迫った事件だ。

  「断じて了承できない。政治的テロだ」と怒った中曽根元首相を小泉首相は黙殺した。

  それどころか、わざわざ街頭演説で、「80歳でも『まだまだ』と言う人がいる。困っちゃうんだな」と、叩きのめしている。

  もう一つは05年11月、自民党の新憲法起草委員会の委員長を務めていた中曽根元首相が起草した案が、小泉首相の鶴の一声で捨てられ、別のものに替わっていたという事件である。

  後藤田正晴元副総理が亡くなる少し前、「このままでは日本がおかしくなる」と言って、前文に聖徳太子17条憲法の「和をもって尊しとなす」の精神を是非とも入れてほしい、と中曽根に懇望したという。

 これに応えて、中曽根は「和を尊び・・・」と前文に織り込んだ。

 しかし、「和」は戦いを好む小泉イズムに合わないのだ。

 「一回の相談もなく、(自分が)御聖断(を下すのだといわんばかりの)扱いをうけたことは・・・失礼も甚だしい」、と中曽根元首相は怒りを爆発させたという。

  岩見隆夫は、このエピソードを紹介した「近聞遠見」を、次の言葉で締めくくっている。

 ・・・長老追放と「和」の否定は、小泉時代に作られた後期高齢者医療制度の非情と重なる。

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2008年06月15日

矢沢永吉の言葉には真実がある


 矢沢永吉の言葉には真実がある

  ロック歌手としての矢沢永吉の事は、私はあまり知らない。

  しかし、矢沢の生き様にはなぜか惹かれる。

  彼の口から発せられる言葉はなぜか心に響く。

  それは、たぶん、ロック一つを頼みとして極貧から成り上がった(註:彼自身の言葉)彼の者の言葉に真実があるからだ。

  朝日新聞は、毎週日曜日の「朝日求人」欄で、各界で活躍している著名人の、若者へのメッセージを乗せている。

  6月15日のそれは矢沢永吉だった。

  その言葉もまた真実に満ちている。

 「・・・いつでも自分に質問を投げかけてきた。後悔はしていないか。何かおかしいと感じていないか。今の僕は間違っていないか。
    その質問に、頭で理屈を考え、自分を納得させることが大事だ。
    自分で臆病だと認めるのはなかなか難しい。しかし、本当は臆病と緻密な考えは背中合わせにあって、怖いからこそ有効な防衛策を繰り出せるのだと思う。目をそらさずに自分の現状をはっきり把握したいと僕は思う・・・
 ・・・うちの会社ではいつも若い人に言う。例え先輩に対してでも、言うべきことをのみ込むなと。やっぱり上の人間は、少しずつ時代遅れになっていたり、古い習慣になじみすぎて細かい良しあしが分からなくなっていることがある。ささいなことでも、見えたら発言するべきなんだ・・・
 ・・・自分たちの人生は自分で守らなきゃいけない。矢沢の歌手生命だってそうだ。自分らしく生きていくってサバイバルなんですよ。それを日本人はどこかで他人任せにしてきたと思う。
   国が守ってくれる、法律が守ってくれるって、本当か。国家賠償を頼みの綱と念じても、裁判をすればほとんど国が勝訴する。信じて払い続けてきた社会保険制度だってボロボロだ。
   これは起きるべきして起こったと思う。
   国民は「お国様」を無心に信じてきたけれど、国を動かしている役人も・・・自分の身が安泰ならどこかで・・・意識がゆるくなるもんだ。
   そして、その精神はきれい事や建前に甘んじている。
   役人が変だと感じても、誰も論じようとはしない。その危うさはかろうじて立っている積み木のようなもので、1ヶ所バランスが崩れたら、あっという間に全部が崩れ去るに違いない・・・

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2008年06月14日

 おかしくはないか?


 おかしくはないか?

 どうでもいいような事だけれど、よく考えてみればおかしくはないか?

  民主党の小沢代表が13日、次期衆院選挙の第一次公認候補を9月上旬に発表する方針を明らかにしたという(14日各紙)。
  おかしくはないか?そんな悠長な事でいいのか。一日も早い解散・総選挙を福田政権に迫っていたのではなかったか。はやくても9月上旬までは総選挙がないという事を公言したようなものではないか。民主党はそれほど人選に苦慮しているのか。

  枡添厚生労働大臣は13日の閣議後の記者会見で、秋の臨時国会に日雇い派遣を禁止する法律改正を目指すと表明したという(14日各紙)。
  おかしくはないか?日雇い派遣が悪いのではない。雇用の実態が悪いのだ。搾取的な雇用条件を改めることなく、日雇い派遣を禁止する事は乱暴である。お門違いである。就労の自由を奪う憲法違反ではないか。

 韓国の貨物トラック運転手の労働組合が13日、高騰が続く燃料価格の引き下げや運送料値上げなどを要求し、全国的なストライキに入ったという(14日読売)。
 おかしくはないか?まったく同じ状況にありながら、なぜ日本のトラック運転手たちはストライキを起こさないのか。労働組合は黙っているのか。

 政府は13日の閣議で、空自のイラク派遣を来年7月31日まで1年間延長する事を決定したという。
 おかしくはないか。憲法違反であると名古屋高等裁判所が4月17日に判じたばかりである。国会が事実上終わった直後に、これほど重要な与野党対立政策を、あっさりと決定してよいのか。怒るべき野党は沈黙したままである。メディアはベタ記事扱いである。おかしくはないか?

 14日の東京新聞は12,13日両日に行われた共同通信社の世論調査の結果を一面トップで報じていた。福田内閣支持率が5月の調査から5.2ポイント上昇して25%になったという。
 その同じ日の東京新聞が、6-9日に行われた時事通信の世論調査で、福田内閣の支持率が19.1%と、最低記録を更新したとも報じている。
 おかしくはないか?どちらが正しいのか。
 それよりも、内閣支持率が上昇したという共同通信の世論調査の結果を一面トップで取り上げ、支持が最低記録を更新したという時事通信の世論調査の結果を2面でベタ記事扱いだ。おかしくはないか?

 

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2008年06月14日

 誰のための商業捕鯨か(水産庁の大いなる欺瞞)


 誰のための商業捕鯨か(水産庁の大いなる欺瞞)

  私が外務省にいた時から、捕鯨問題は日本外交の大きな頭痛の種であった。

  外交一元化を主張する外務省であるが、最近の日本外交は、外務省の一存で決められるものは殆どない。

 それどころか、多くの重要な外交案件は、それぞれを主管する国内官庁が主導権を握っている。

 捕鯨外交もその典型だ。

  捕鯨にこだわって日本は国際的に悪者にされてきた。こればかりは外務省と言うより農水省が全面的に主導権を握って行われてきた稚拙外交の結果である。

  おまけに調査捕鯨と偽って、その実、商業捕鯨まがいの事を外務省は追認させられてきた。

  なにしろ国際法を遵守すべき立場にある外務省の条約局長が、外務省の幹部会で、わが国は国際条約違反をしている、と認めているほどである。

  断っておくが、私は日本の捕鯨を目の敵にする欧米の反捕鯨団体に加担しているのではない。

  また、動物愛護の観点から、日本の捕鯨だけが特別の批判を受ける筋合いはないと思っている。

  しかし、捕鯨問題は、単なる経済問題にとどまらず、政治的、文化的、さらには宗教的要素まで絡んだやっかいな問題である。

  議論で片付く問題ではない。

  だからこそ、商業捕鯨にこだわるあまり失う日本の国際的イメージの大きさを考えた時、農水省主導の捕鯨外交は、決して外交的に得策ではないと考えるのだ。

  それよりもなによりも、捕鯨にこだわる真の理由が、農水省の省益、天下り利権の温存から来ている事を私は知っている。

  だからどうしても日本の捕鯨外交を支持する気にはなれない。

  そして、14日付の朝日新聞の記事を読んで、私はその思いを決定的に強くした。

  捕鯨問題の不毛な論争はこれで終わりである。

  朝日の記事によれば、商業捕鯨の中核企業であるマルハニチロホールディングス、日本水産、極洋の水産大手三社が、たとえ商業捕鯨が解禁されても再参入しない方針を明らかにしたという。

  その背景には、「世界で魚を販売する企業として、鯨にかかわって良い事は全くない」(日水・小池邦彦取締役)と、欧米環境団体の強い反対に逆らって捕鯨する事への危惧がある。

  しかし、より重要な事は、

 「昔食べた人は懐かしいだろうが、他の肉のほうがおいしい」(日水・佐藤泰久専務)

 「若い人は鯨肉を食べない」(極洋・多田久樹専務)

 「捕鯨船は数十億円の投資がかかり、収支が合わない」(マルハニチロ・河添誠吾常務)

 などと、民間企業の企業論理がもはや商業捕鯨に関心がないのである。

  それでも水産庁は捕鯨にこだわるのだ。

  水産庁遠洋課の言い分がふるっている。

 「それぞれの企業判断だ。我々は捕鯨の技術を維持していく事を重視しているし、事業も採算はあうと思っている」

 語るに落ちるとはこの事だ。自分達のためだけの捕鯨であるという事がばれた瞬間である。 

  

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2008年06月14日

拉致被害者とその家族がかわいそうでならない


 拉致被害者とその家族がかわいそうでならない

  拉致問題の進展は、いつかはこうなると思っていた。

  そして、いずれそう遠くない時期に、拉致被害者とその家族は、国家に見捨てられる事になる。

  彼らの泣き崩れる姿を、われわれは見る事になる。

  拉致被害者救出に何もできない、何もしてこなかった私には、何を言う資格もない。

  それを承知で敢て書く。

  拉致被害者とその家族がかわいそうでならないからだ。

  最後は国民を切り捨てる国家権力の非情が許せないからだ。

  すべてを隠し続け、終始国家権力の側に身を置き続けて来た官僚の不誠実を知っているからだ。

  田中も藪中も佐々江も斎木も、ついこの間まで机をならべた同僚であり、後輩だ。

  彼らのやってきた事、考えている事が、手に取るようにわかる。

  拉致被害者の一人や二人のために、国交正常化実現という国益が損なわれていいのか。

  そういう彼らの言葉は、聞こえが良い。

  しかしその裏で彼らが行ってきた事は何か。

  功名心にあせった政治への迎合だ。

  責任逃れに走る情報操作であり、アリバイづくりだ。

  拉致問題の最大の矛盾は、

  一方において、本来ならば人権を尊重し、政府を糾弾する立場の左翼政党、政治家が、拉致被害者救出よりも日朝国交正常化を重視してきた事だ。

  他方において、拉致被害者救出に熱心な政治家が、アジアを敵視する右翼政治家たちであったという事だ。

  この「ねじれ」こそ、拉致被害者家族の最大の不幸であった。

  左翼政治家も右翼政治家も、国民の救出という本来の目標よりも、あるいはイデオロギーに基づいた北朝鮮との国交正常化を重視し、あるいはアジア敵視からくる制裁一辺倒を声高に叫ぶ。

  それぞれの政治的思惑を優先させてきたのだ。

  拉致被害者家族はそんな政治に弄ばれてきた。

  救出できないのは、勿論北朝鮮政府の悪である。

  しかし、拉致被害者家族が真っ先に詰めよりべきは、その悪と裏取引した、日本政府なのである。

  拉致問題のパンドラの箱を開けたあの小泉訪朝の裏で、一体何が話し合われ、何が行われたのか。

  その後の日朝交渉がこじれ続けた理由は何だったのか。

  日本側にまったく非がない拉致問題の解決に、なぜ日本はここまで譲歩し続けてきたのか。

  そして今、なぜ突然に制裁解除する事になったのか。

  我々は一切知らされていない。

  さすがに14日の社説は、すべて、今回の政府の動きに疑義を呈している。

  しかし、いくらメディアが疑義を呈しても、北朝鮮のテロ解除は行われ、日本は北朝鮮との関係正常化に向けて舵を切っていくに違いない。

  それは、ブッシュ政権がそう決めたからであり、日本は米国に追従するしか「選択の余地はない」からだ。

  米国追従に為には国民を切り捨てる、それは政府や官僚にとっては朝飯前だ。

  あれほど拉致被害者救出を求めてきた右翼、保守政治家さえも、最後は米国の前に沈黙することになる。

  横田めぐみさんら拉致被害者の救出が、何らかの理由で、もはや100%ありえないのであれば、政府は潔くそれを明らかにすべきだ。

  そして、今までの情報をすべて公開し、拉致被害者の補償と、拉致被害者が受け続けた精神的苦痛に誠意を持って謝罪、補償すべきである。

  これまでの闇を不問に付したまま、拉致問題の最終決着がはかられるとしたら、

  そしてやがてそのような決着がなされるに違いないが、

  それでは拉致被害者とその家族は、あまりにもかわいそうである。

 

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2008年06月13日

野党が今全力でなすべき事


 野党が今全力でなすべき事

   13日の各紙は、12日の衆院本会議で、自公が共同提出した内閣信任決議を、賛成多数で可決した事を一斉に報じている。

   同時に、各紙はまた、民主、社民、国民新党の3党が欠席したこと、共産党だけが出席して内閣信任決議に反対したこと、などを報じている。

   ここまでは同じだ。

   ところが読売新聞だけが最後にこう書いていた。

  「 ・・・民主党などは11日に参院で問責決議を可決したことを受け、今国会中の審議に応じない方針で、今国会は事実上、終結した・・・」

   そうなのだ。通常国会の会期は15日まであるというのに、しかも問責決議と内閣信任決議の応酬という国会史上まれな与野党対決の政治状況であるのに、会期を残して、国会は、「事実上、終結した」のである。

  大騒ぎする割りにまったく緊張感がない国会だと揶揄されるゆえんである。

  しかし、実は政治が緊張するかどうかは、これからの野党の出方にかかっているのだ。

  野党の真価が問われるのは、野党政治家のこれからの政治活動なのである。

  今、野党政治家が全力でなすべきことは何か。

   それは共産党が言う様に、国会に出て残りの日程を審議する事ではない。

   国会の審議などもはや何の意味もない事は、これまでの審議で嫌というほど見せつけられてきた。共産党にそれがわからないはずはない。

   野党政治家が国会の閉会中に全力をあげてやるべき事は、街頭に出て国民に自公政権の非道を訴える事だ。その政策の誤りを国民にわからせることだ。

   後期高齢者医療制度の廃案はもとより、解決のめどがたたないままの年金問題、

   すさまじい勢いで進むインフレに対する無策、

   税金を食い物にしている官僚支配の排除、

   世界を敵に回したブッシュ政権の戦争に協力し、血税を戦費に浪費する対米従属外交、

   醜悪な米国の金融資本主義にこの国の経済を売り渡し、取り返しのつかない格差社会をつくってしまった責任、

    などなど。

    どれ一つとってみても国民生活にとって喫緊の問題だ。

    ところが自公政権や官僚は何が出来たというのだ。

    出来ないのだから国民に詫びて政権を手放す事は当たり前ではないか。
  
    一刻も早く総選挙をして国民の信を問え、

    そう街頭で国民に訴えるのだ。

    小沢も、志位も福島も綿貫も田中も、そのほかの野党のすべての政治家は、政治家としてのすべてを賭けて、辻説法をし、集会を開き、大衆の中に飛び込んで訴えるのだ。

   国民を目覚めさせるのだ。

   国会閉会中にも支払われる総額1億円にものぼる歳費や秘書給与や通信交通費は、そのために血税から支払われているのだ。

   国民の怒りに火をつけよ。

  国会閉会中にこそ倒閣の国民運動を高めよ。

   国会が終わったからといって、ゆめゆめ、「さあ、休みだ」、などと勘違いをするな。
  
   テレビの番組に出まくって、自分だけ顔を売るようなさもしいまねはするな。

   共産党は、自分だけが正しい野党だ、などという独りよがりの真似はやめ、今こそ野党団結に協力し、国民倒閣運動を率先して始めるべきである。

   
   

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2008年06月13日

 トイレットペーパーより軽い命


 トイレットペーパーより軽い命

  13日の読売新聞のテレビ番組の解説記事「セリフ考」を読んでいて、またひとつ教えてもらった。

  7月8日午後9時から日本テレビ系で「あの日、僕らの命はトイレットペーパーより軽かった」という題名の戦争ドラマが放映されるという。

  オーストラリアの収容所で実際に起きた集団脱走事件を題材にしたドラマであるという。

  それを読んですぐにぴんと来た。カウラ大脱走の事であると。

  私は93年に豪州大使館に勤務するまで、この事件の事を知らなかった。

  シドニーの西方300キロほどのところにカウラ市がある。そこにあった捕虜収容所で44.8.5未明に日本人兵1200名の大脱走事件が起きた。脱走は失敗し231名の兵士が自決した。

  のちにカウラ市民と退役軍人が日本人墓地を造って弔い、それに感謝した日本政府がそこに桜並木の日本庭園を造り、以来毎年日豪共同で墓参をし、戦争の惨禍を繰り返さない事を誓ってきた。

  そのカウラ大脱走事件の裏で、このような実話があった事をこの記事で知った。

  脱走を最後に決定する時、捕虜収容所のトイレットペーパーに○×を記入して投票で決めたという。

  「生きて虜囚の辱めを受けず」という軍隊教育に忠実だった一部の捕虜が呼びかけて、その投票は行われた。

  圧倒的多数が○をつけた中で、主人公を演じる大泉洋は×をつける。

  そして「生きたい」との思いを押し殺し、○を投じた戦友たちに、切々と訴える。

  「僕は誰も殺したくないし、自分も生きたい」

  「大切な誰かを守ろうとして必死に戦ったから捕虜になったんだ・・・そうだろう!(捕虜になることは決して恥ずかしいことなんかではない!)」

  そのテレビ解説を書いた清岡央氏は言う

  「・・・戦時下で、国の建前に異を唱えることはいかに勇気が必要か。現代でも、『KY(空気がよめない)』という言葉がはやるのは、日本人の気質が、当時と変わっていないからではないか・・・」

  心に鋭く迫る言葉だ。

  人間が生きていく上で、譲れないものがあるとしたら、それは自分の命を大切にする事ではないか。それはとりもなおさず、他人の命をも大切にすることだ。

  人の命がトイレットペーパーのように軽く扱われていた時代がかつては確かにあった。

  その反省の上に戦後の日本が出来上がったはずだ。

  それがどうだろう。今日の日本の政治は人命をあまりにも軽視してはいないか。人の尊厳を軽んじてはいないか。

  何も出来ない一人一人であっても譲れないものはある。声をあげなければいけない時はある。

  

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2008年06月12日

もうひとつの格差


 もうひとつの格差

  秋葉原事件を契機に、この国の急速に進んだ格差社会が論じられている。

  確かに、「痛みに耐えろ」と叫び、「聖域なき改革」を断行した小泉前首相の5年半は、この国を米国に売り渡し、大量の弱者を生み、社会を絶望的な状況に追いやってしまった。

  格差社会の原因を一つに帰する事はできないとしても、小泉政権下の施策がその原因の一つである事を否定できるものはいないだろう。

  しかし、もうひとつの格差が、弱者を痛めつける「格差社会」を更に助長している。

  この事に国民は気づかなければならない。怒りをぶつけなくてはいけない。

  それは、権力を握った政治家や官僚が臆面もなくその特権を私物化して一人いい思いをする、そういう、恵まれた「逆格差」である。より悪質な格差だ。

  たとえばこの国の世襲政治家の跋扈だ。

  たとえばこの国の官僚の底なしの不正だ。

  6月4日の産経新聞に、小選挙制度見直し論が急速に浮上してきたと言う記事があった。

  その急先鋒が小泉元首相であるという。

  「選挙区が小さくなって政治家のスケールも小さくなったよな。大選挙区制のほうが議会制民主政治のエネルギーがでてくるんじゃないか!」

  5月23日夜、シーファー米国大使らとのゴルフコンペに参加した小泉元首相は、前夜の宴席でこう切り出したという。

  小選挙区制の下での選挙で空前絶後の大勝利を収めた後は、もう小選挙区制は要らない、というのだ。

  その発言の意味する本音はなにか。

  それは、自民党は再びあのような勝利は出来ないと自覚しているからではない。

  民主党に大勝利をさせたくはない、という事ではない。

  ましてやこの国にりっぱな政治家を送り出したい、などという事ではない。

  近いうちに地盤を譲って次男を政治家にさせたいからだ。

  その時は、自民党では勝てないおそれがある。いや自民党が存在していないかもしれない。

  政界再編などで保守党も分裂、乱立する。

  ますます小選挙区制では次男の勝利も保証できない。

  都合のいいように大選挙制度に変えてしまえ、ということなのだ。

   一生ワーキングプアで終わる若者が急増している御時世で、政治家の親をもった若者が、能力と関係なく政治家人生を保証されているとしたら、これほどの格差社会はない。

  ひるがえって、12日の産経新聞は、国土交通省が公用車の運転業務委託を天下り会社に独占受注していた事を報じていた。

  談合などという生易しいものではない。官僚ファミリーの底なしの組織的不正であり税金の私物化だ。

  外務省の醜聞はせいぜい不埒な個人の公費着服であり、仕事もせずに外交特権にあぐらをかく程度のお粗末だ。

  しかし巨大な許認可権を持つ国内官庁は、全国にその組織力を張り巡らしている。そして一般国民が知るよしもない無数の天下り組織、ファミリー会社を乱立させ、職員とその家族の食い扶持に予算をほしいままにしているのだ。

  これほどの格差があるだろうか。

  私たちは、新自由主義の餌食になって生まれる格差社会のほかに、もう一つの格差社会と戦わなくてはいけない。

 

 

 

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2008年06月11日

 何のためのG8エネルギー大臣会議か

 何のためのG8エネルギー大臣会議か

  そもそも国際会議とは何のためにあるのか。

  それは、世界の国民の安全と繁栄を目指して、各国が協力して政策の一致点を求める為のものであるはずだ。

  それが奇麗事であるというなら、各国が自らの国益をかけて、しのぎをけずる交渉の場である、と言い換えてもよい。

  しかし、7日から青森で開かれていた主要国8カ国(G8)エネルギー大臣会議は、そのいずれでもない、間抜けた会議であった。

  原油高が異常な値上がりを続けている。

  その原因が、中国など新興国による需要急増なのか、利益を求めて無節操に動き回る投機マネーの仕業なのか、などと責任のなすり合いをしている陰で、世界中の国民の生活を苦しめている。

  そんな中で開かれたG8エネルギー大臣会議だ。

  まっさきに原油高対策が論じられるべきであろう。

  そして、よしんばその抑制策について一致点が見出せないまでも、利害関係国の間での血みどろの攻防がなされ、それが世界の国民の前で情報公開されるべきであった。

  しかし、報道を見る限りそのような形跡はない。

  はじめから原油高対策の論議を避けていたかのごとくだ。

  それよりも残念なのは、問題意識を持ったG8エネルギー大臣会議の報道が、極めて低調であったことだ。

  わずかに10日の産経新聞が、「原油高対策先送り」という大きな見出しをつけて、次のように報じていた。

  「・・・11カ国は『深刻な懸念を共有する』、『現在の原油価格水準は異常』とする共同声明を採択した。しかし、価格高騰対策は省エネの推進や代替エネルギーの推進といった中長期の需要減対策が中心だ・・・原油先物取引で利益をあげる金融機関が多い米国は、市場の量的規制や透明性の向上に消極的・・・経済産業省の北畑隆生事務次官は9日、『もうければいいというウオールストリート資本主義の悪い面に、怒りに近いものを感じる』と歯噛みした・・・(論議は今月中旬のG=8財務省会合に委ねた形だが)G8財務相会合でも有効な対策は難しく、北海道洞爺湖サミットでの首脳の議論への影響が懸念される・・・」

  なさけないではないか。

  日本は議長国である。その気になれば議長国の権限は大きい。

  それにもかかわらず、わが政府といい、メディアといい、米国の前でははじめから不戦敗である。

  戦わずして泣き言だけを言う。対米従属のツケをいつも国民に押しつける。

  イラク攻撃による戦費の増大と原油価格の高騰は見事に一致しているという説がある。

  世界中の国民が、米国の軍事力に命を脅かされ、米国の金融資本に生活を脅かされている。

  

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2008年06月11日

防衛省改革の挫折に見る大臣の軽さ、官僚支配の強さ


 防衛省改革の挫折に見る大臣の軽さ、官僚支配の強さ

  11日の毎日新聞に、石破防衛大臣の防衛省改革案が省内外の強い反発にあって挫折したという記事があった。

  6月中にも取りまとめられる防衛省改革会議案は現行組織を基本的に温存する小手先のごまかし改革案になるという。

  一般国民にはピンとこないかもしれないが、この顛末をめぐる一連の動きは象徴的だ。

  防衛省に限らず、およそあらゆる省庁の官僚組織が、実は、特権にあぐらをかいた無能で弛緩した、反国民的組織であるという正体が、ようやく国民にさらされるようになった。

  官僚OBの堺屋太一氏や中川秀直自民党元幹事長政治家などを筆頭に、これまで官僚の味方であったような人物までも、一斉に官僚支配の打破を訴えるようになった。

  国民を代表した政治家による政策実現に走りだしたように見える。

  お上に楯突かないはずの財界人でさえも、丹羽宇一郎氏(伊藤忠商事会長)などのように、地方分権改革委員長となって、「従わない官僚はクビだ!」などと威勢がいい。

  しかし、実際は、官僚支配は微塵も揺るがない。

  今でも大多数の政治家、有識者、財界人は官僚の味方だ。彼らが官僚支配を守る。

  それを見事に証明したのが今回の防衛省改革の挫折である。

  守屋事件やあたご事件、更にはその前の機密漏洩やテロ給油をめぐる情報隠蔽など、あらゆる醜聞が重なって求められた防衛省改革であった。

  石破氏が、大臣としての識見と権限で、国民に向かって抜本的改革を行おうとしたまではよかった。

  しかし、それが官僚(背広組、制服組)の強い抵抗にあう。

  そして防衛族の浜田靖一(浜田幸一の息子)などが、防衛官僚の意向を受けて反対する。

  極めつけは、五百旗頭防衛大校長が石破案を骨抜きにする改革案を提案し、官僚との関係を穏便に済ませたい福田首相が、それを支持したという事だ。

  五百旗頭氏は日米同盟の重要性を訴え続ける神戸大学の国際政治学者である。

  その御用学者ぶりが重宝され、06年8月から防衛大校長に抜擢された人物だ。

  その五百旗頭氏が防衛省改革会議のメンバーに入り込み、挙句の果てはメンバーの案が大臣の案を覆したのだ。

  そして総理大臣が、内閣の一員である大臣の案よりも、有識者会議の一メンバーの案を優先させたのだ。

  大臣の軽さよ。官僚支配の強さよ。

  中川秀直氏の本ではないが、官僚支配は、この国を崩壊させるまでは終わらないという事である。

  

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2008年06月10日

多田富雄東大名誉教授の言葉


 多田富雄東大名誉教授の言葉とナツメロ「異国の丘」

 
 多田富雄東大名誉教授の言葉とナツメロ「異国の丘」

 読者は多田富雄東大名誉教授(74)のことを知っているだろうか。

 世界的な免疫学者であると同時に「能」学者、文筆家という知の巨人が、ある日脳梗塞に倒れ、たちまちにして第一級の障害者になった。その人である。

 私が彼を知ったのは、後遺症と闘いながら、なんとか左手だけでパソコンを打ち、命の言葉を必死で紡いでいる姿をテレビで見たからであった。

 以来私は、彼の生き様を、感嘆と畏敬の念を持って眺めている一人である。

  その多田富雄氏が、10日の朝日新聞で日本の行く末を次のように憂いていた。

 「・・・戦後の復興期には、私たちも貧しかったが、少なくとも人間らしい健康な日常がありました。
   そして誰もが意見を持っていた。学生だって、時には反体制の運動に走るくらい元気がありました。
   ところが最近は、暮らしの原理ともいえる憲法を改正する国民投票法が強行採決されても、文句も出ないし、デモらしいデモも起こらない。
   昭和の日本には、社会の中心となる健全な中流が育っていました。日本はこの健全な中流に支えられていたのです。
   それが過剰な競争と能率主義、成果主義、市場原理主義で「格差」が広がり、もはや中流はろくに発言ができなくなった。
   一昨年4月から施行されたリハビリの日数制限、そして今年から始まった後期高齢者医療制度など、市場原理主義に基づく残酷な「棄民法」としかいいようがありません。
   日本はいつからこんな冷たい国になってしまったのでしょう。
   病にかかっているとしか見えません・・・」

 たまたまその日の夕にNHKの歌謡ショーがあり作曲家吉田正特集をやっていた。

 彼の出世作である「異国の丘」が流れた時、なぜか私は多田教授の言葉を思い出した。

 子守唄がわりに親からよく聞かされたなつかしい歌だ。

 戦前、戦後を生き抜いた日本人は、今度こそ平和で豊かな日本をつくろうと、歯を食いしばって頑張ったに違いない。

 その歌詞は次の通りだ。

 今日も暮れ行く異国の丘に、
 友よつらかろ、せつなかろ
 我慢だまってろ嵐が過ぎりゃ
 帰る日も来る、春も来る

 今日も昨日も異国の丘に
 重い雪空 日が薄い
 倒れちゃならない 祖国の土に
 たどり着くまで その日まで

  
  日本は、多くの犠牲者の上に戦後の復興を成し遂げた。

  高度成長を果たし、豊かな日本が実現するはずであった

  それがどうだろう。

  多田富雄氏の言うとおり、今日の日本は病んでいる。

  私たちの手で日本を蘇生させなければならない。

  政治家や官僚に期待するのではなく、我々の手で蘇生させるのだ。

  そうでなければ、苦しみながら戦後復興を成し遂げた日本国民に申し訳がたたない。

  将来の世代に、蘇生させた日本を残していかなければ無責任だ。

  

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2008年06月10日

福田さん、今度のサミットは気楽におやりなさい


 福田さん、今度のサミットは気楽におやりなさい

  福田首相が9日記者会見をし、環境サミットの成功に強い意欲を示した。

  それを聞いていて、そしてその後の記者の質問に対する福田首相の応答振りを聞いていて、私は、報道されている事とは反対に、福田首相は、サミットが終われば政権にこだわらないのではないか、解散・総選挙も含め政局は流動的に動くのではないか、という印象を持った。

  そう思う明確な根拠はない。しかし、一つだけあげるとすれば、サミットの議長を無事乗り切りたいとする福田首相の強い思いを感じたからだ。

  つまり、「サミットさへ無事に乗り切れば自分の責任は果たした」、「後は誰でもいいから日本の難局を乗り切れる人がやってくれればいい」、福田首相は、そう思っているのではないか。

 福田首相からは、いつまでも総理の座にしがみつきたい、という思いは伝わってこないのだ。

 それならば、私は福田首相に助言したい。

 「思う存分サミット議長を楽しめばいい。気楽にやればいい。どうせサミットは、もはや形骸化した首脳の顔見世でしかない。ましてや今年のサミットは・・・」

 あれは私が課長の時だったから1986年の東京サミットの時だったと思う。サミットが終わりかけていた時に、ホテルの控え室で外務次官がポロリと私に漏らした言葉が印象的だった。

 「やれやれ、やっと無事に終わる。サミットなんて、内容よりも無事に終わりさえすればいいのだ。次に日本が議長国になる時は、自分はとっくに辞めているからどうでもいいのだけれど・・・」

  そうなんですよ、福田さん。

  サミットなんて内容などはどうでもいいのです。

  特に今年のサミットは、まったくどうでもいい。

  私がそう思うのは10日の読売新聞の「欧州 ブッシュ離れ」という記事を読んだからだ。

  10日にスロベニアで開かれる米・欧州連合(EU)首脳会議を報じた読売新聞のその記事は、「洞爺湖サミットの焦点となる地球温暖化対策で米欧間の隔たりを埋める最後の機会となる首脳会議である」、と前置きした上で、EU側から聞こえてくる声は、「ブッシュ政権には、もはや主要政策で米議会を説得する力は残されていない。いくら交渉しても見返りは限定的」という冷ややかな情勢認識ばかりであるという。

  また米ジョン・ホプキンズ大学のデービッド・キャレオ教授は、「米欧はイラク戦争を巡る対立でお互いに痛手を負った。これを教訓に、欧州はブッシュ政権との直接対立避け、静かに次期政権誕生を待つ姿勢に転じた」と指摘しているという。

  欧州のブッシュ離れは着実に進んでいるのだう。そうだとすれば今度のサミットはブッシュの送別サミットでしかない。それ以上の何も期待できないという事だ。

  それは日本の責任ではない。めぐり合わせだ。日本だけが張り切ったところでどうにもならない。

  そうであればこんな気楽なものはない。

  福田さん、洞爺湖サミットを成功させなくてはならない、と張り切る必要はない。

  上手くいかなければどうしようと気を揉む必要はまったくない。

  会議はどんな内容になろうとも、「成功だ!」と言っていればいいのだ。誰から何といわれようとも、会議は成功した、と繰り返していればよい。

  気持ちよくサミット議長をつとめて、その後はきっぱりと政権を手放したらよい。それこそが福田首相の最大の功績になるのかも知れない。

  

  

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2008年06月10日

何のためのアフガン調査団か


 何のためのアフガン調査団か

  アフガニスタンへの陸上自衛隊派遣の可能性をさぐるため、外務・防衛両省などの合同調査団が、8日に日本を出発したという。

  10日の各紙はこの事実を小さく載せていただけであった。

  しかし、この調査団の派遣は税金の無駄遣いだ。

  政府のアフガン調査団派遣については、すでに6日の東京新聞と朝日新聞が、調査団派遣の適否について、それぞれ問題提起の記事を書いていた。

  すなわち、東京新聞は、実現の可能性もないのにサミットを意識して官邸(町村官房長官)が前のめりになっている、と書き、

  朝日新聞は、「法律もないのに調査団を出してどうするのか。拙速だ。安全な地域はNATOが離さない。危険な地域を押しつけられてはたまらない」という防衛省幹部の声をのせていた。

  自衛隊の海外派遣をめぐる論議は、国際貢献という錦の御旗を掲げてそれを積極的に進めようとする政府やそれを支持する保守・改憲論者と、憲法9条に反し認められない、とする平和・護憲論者の、安全保障政策をめぐるイデオロギー的な対立テーマであると思われがちだ。

  しかし実際は違う。もっと次元が低い問題であるのだ。

  米国の「テロとの戦い」に協力して以来、わが国を守るはずの自衛隊が、日本と関係のない外国領土で重装備をして活動する事が当然視されるようになった。

  その背景には、一方において、対米追従しか念頭にない政府、外務官僚の政治先行の思惑があり、他方において、防衛省格上げで張り切る防衛官僚の権限拡張の野心がある。

  ところが、両者ともに共通しているのは、自衛隊員が犠牲になる事だけは避けたい、という至上命題である。

  それはそうであろう。日本の領土や国民を守るために敵と戦うべきはずの自衛隊が、本来の専守防衛から大きく外れ、米国の戦争に巻き込まれて犠牲になる事は、いかに対米追従、組織拡大が重要だと言っても、受け入れる訳にはいかない。

  自衛隊員を犬死させる責任をとる政治家や官僚はいないのだ。

  自衛隊の海外活動を主たる任務に格上げしてみても、あるいは自衛隊派遣恒久法づくりを急いでみても、最後は安全な派遣場所探しに奔走する事になるのだ。

  ここにわが国の自衛隊海外派遣の最大の矛盾と滑稽さがある。

  今のアフガニスタンはイラク以上に危険地域だ。

  なにしろ、アフガニスタンで長年支援活動を続けてきたNGO「ペシャワール会」の中村哲医師が、陸上自衛隊が派遣されたら「日本人が攻撃対象になるのは確実で、会員の安全確保が難しくなる」と言って撤退宣言をしたのだ(8日各紙)。

  結論は見えている。陸上自衛隊をアフガニスタンへ派遣する事はありえない。

  その結論を出すためのアリバイづくりの調査団派遣は明らかな税金の無駄遣いだ。

  何よりも、アフガニスタンには大使以下外交官が常駐して情報を把握しているはずではないか。彼らを働かさないなら、もっと税金の無駄遣いになる。

  

  

  

 

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2008年06月09日

今週の週刊現代は350円の価値がある


 今週の週刊現代は350円の価値がある

  金持ちには関係ない話であるが、物価高や税負担などで日々の暮らしを切り詰めなければならない人々にとっては、「350円で何を優先的に買うか」という事を、一度は考えたことがあるだろう。

  かつて吉野家が米国産牛肉の輸入禁止によって牛丼を止めざるを得なくなった時、「千円で牛丼を食べて、おつりで週刊誌を買えたのに、これで週刊誌の売り上げが減る」、と嘆いていた週刊誌関係者がい事を思い出す。

  断っておくが、私は、350円前後で買える週刊誌は、どの週刊誌でも、得られる貴重な情報に比べれば安いと思っている。

  それでも今日(9日)発売の週刊現代6月21日号は、350円をはるかに上回る価値があると思った。

  たとえばみのもんたは決して「庶民の代弁者」なんかではないという記事だ。父親から受け継いだ水道メーター製造会社の社長でもあるみのもんたは、自らの会社の談合疑惑の収拾をはかるため、古賀誠や二階俊博に働きかけたとか、年商40億円の会社を持ち、司会者として年収5億円を稼ぐみのもんたが、年金や後期高齢者医療制度を声高に批判してみても、空々しいなどと書いている。その通りだ。

  福田首相の最新オフレコ方言集という記事も貴重な情報を提供してくれた。官邸に近い記者しか書けないインサイダー情報だ。「誰かみたいに支持率アップのためのパフォーマンス政治なんかやりたくない」、「説明不足だなんて小泉さんから批判される覚えは無い。2年前に改正保険法を公布したのは、いったい誰なんだ」、などと話す福田首相は、実は小泉元首相との仲は決してよくないのである。
  そういえば、福田首相は川口順子環境調査会長(元外相)を首相官邸に呼び、勝負服の「赤い服」を着るぐらいなら、「もっと緑になって頑張ってください」などと嫌味を言っていた(3月11日付産経新聞)。
  川口順子氏は、かつて田中真紀子が小泉元首相に更迭されて涙を流した時、「女なら泣かされてみたい」などという迷言を吐いた小泉元首相の一の家来だ。その産経新聞の記事を読んだ時、私は、「福田首相は間違いなく小泉元首相を嫌っている」、とピンときたものだ。

  ポスト小泉のナンバーワンと称せられている麻生太郎の実像を暴いている特集記事も参考になる。79年10月の衆院選挙で初めて当選を果たした麻生は、「将来は総理大臣ですね」というマスコミの問いに、「年寄り代議士が何人か死ねばね」と答えたという。
  その選挙の演説の開口一番、「下々の皆さん!」とやってのけ、まわりを凍えさせた事が、地元後援者の間でいまだに語り草になっているという。麻生氏の舌禍癖は筋金入りという事だ。
  おまけに、吉田一族から受け継いだ50億円もの資産について遺産相続税の不正疑惑まで書かれている。
  これでは次期総理はおぼつかないということだ。

  そのほかにも、「ライス国務長官は、7月初旬に平常訪問を果たすべく最終調整を急いでいる」、などという米国務省関係者の話を載せている(国際ニュースのソムリエ)。

  今週の週刊現代は、確かに350円以上の価値がある。

  

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2008年06月09日

国会審議が面白くない理由


 国会審議が面白くない理由


  参議院決算委員会の模様をNHKが放映していた。

  月曜日の昼間から、どれだけの国民がそんな国会中継を見ているというのか。

  見ている者は、国会答弁を書いて大臣を振付ける官僚と、政治記者ぐらいだ。

  あるいは、テレビのCMではないが、「金は無いが時間はいくらでもある」、私のような退職者ぐらいだ。

  それにしても、まったくつまらない決算委員会だった。

  全閣僚が揃った終盤国会の決算委員会である。問題が山積している国会である。総理の問責決議案が出されようとしている時である。

  それなのに、この緊張のなさは一体何なんだろう。

  政治評論家やメディアは、「政治家は政局にうつつを抜かすことなく国会で審議をしろ」と言う。

  しかし、この言葉ほど空疎なものはない。今の国会でまともな審議が期待できるというのか。

  それを知っていながら、まじめな顔をして、国会審議をせよと言っているのだ。

  もし、本気でそう言っているとしたら、それは何も分かっていない愚か者である。

  なぜ国会審議はこれほど不毛なのか。

  一つには与党議員の八百長質問に時間が浪費されることがある。

  当然だろう。与党議員が福田政権を責めてどうする。

  私が下っ端官僚として国会に詰めていた時は、与党議員の質問の時は、格好の息抜き時間であった。聞かなくてもよかった。大臣は馴れ合いで答えるのだ。

  だから国会審議とは野党の質問の時だけが本当の審議の時間である。

  ところがこの野党議員の質問が、最近はまったく迫力がない。

  一つにはあらかじめ質問事項が通報されていて、聞く方も答えるほうも、シナリオ通りに終わるからだ。

  確かに野党議員は政府に厳しい質問をして声を荒げたりする。

  野党の立場に立つ国民は、それを聞いて溜飲を下げる。

  しかし、それだけである。

  総理も閣僚も、のれんに腕押しだ。

  怒ってみせたり、平身低頭して見せたり、あるいは、「それは見解の違いだ」などと一蹴する総理もいたが、要するに、意味が無いのだ。

  政府や官僚が困る質問は、新しい事実を引き出す質問か、政府から新たな約束を引き出す質問である。

  これが出来てはじめて意味があるのだ。

  私の経験から言っても、この質問ができる野党議員こそ要注意であった。警戒した。

  しかし、これが出来るのは、勉強している政治家か、周到な戦略を立てられる政治家である。国民のために一つでも具体的な成果を得ようとする本物の政治家だ。

  そのような政治家は今では驚くほど少なくなった。

  自分が目立てばいいという政治家ばかりだ。

  自分の説を長々と披露し、悦に入っている政治家ばかりだ。

  国会が面白いはずがない。

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2008年06月09日

 民主党はオバマの政治資金集めを見習ったらどうか


 民主党はオバマの政治資金集めを見習ったらどうか


  公開情報の重要性を強調し、大手メディアが書けない事も書く週刊誌や雑誌に注目する私であるが、その私でも、そこに書かれる情報のすべてが正しいと思って読んでいる訳ではない。

  それどころか週刊誌の記事には不正確な記事があることを私は体験的に知っている。

  週刊誌の記事をめぐって訴訟が起こるのも、そして週刊誌側が敗訴する場合があるのも、やはりその記事のすべてが事実ではないからであろう。

   これから書く本日発売の週刊ポスト6月20日号の記事も、その真偽の程は分からない。

   しかし、真偽はわからなくても、そういうこともあるのかもしれない、と思って読めばいいのだ。それでも参考になる。

   国会議員は解散・総選挙を渋っていると言われる。

   たしかに、自公政権が解散・総選挙を渋る理由はわかる。今選挙を行えば議席数を減らすからだ。

   しかし、勝てるはずの野党第一党、民主党でさえも、早期の解散・総選挙には本当は反対なのだ、と言われる。

   なぜなのだろう。

   その理由として、週刊ポストは政治資金不足をあげている。

   つまりこういう事だ。

   民主党は収入の殆どを政党交付金でまかなっている(自民党にくらべ、企業献金などは圧倒的に少ない)。その政党交付金の支給は4月、7月、10月、12月の年4回にわけて分割支給される。今回のような天下分け目の総力選挙だと、準備を含めざっと100億円以上は使う。もし、早期解散で秋に選挙があると7月分までの交付金しかもらえず、とても戦えない。だから、小沢一郎党首は鳩山幹事長に「君の財産をよこせ」といい、鳩山幹事長は、「代表も不動産を売ればいいじゃないですか」と応戦している。要するに解散・総選挙の時期も「カネ次第」というわけだ。

  果たしてこの週刊ポストの記事は本当だろうか。私にはもちろん分からない。

  しかしもしそうであれば、民主党はオバマの政治資金集めを見習ったらどうか。

  オバマの勝利は、資金集めでヒラリーを上回ったからだと言われている。

  しかもその献金の殆どが100ドル以下の小額であったという。ネットでの呼びかけで集まった献金で、その支持が広がって勝利の原動力になったのだ。

  民主党はこのアイデアを、他党に先駆けていち早く公言し、取り入れたらどうか。早い者勝ちだ。

  昨今の選挙の勝利は、大衆を動かし、大衆が自分たちの力で選挙を勝たせたと思わせる選挙をすることである。

  一般国民に、自分も参加したという達成感、連帯感、一体感を持たせる選挙である。

  民主党は、こ難しい理屈を捨てて、今こそ大衆の中に飛び込む選挙を行う時ではないか。

   

   

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2008年06月09日

 沖縄県議会選挙の自公敗北を報じないメディア


 沖縄県議会選挙の自公敗北を報じないメディア

   8日に行われた沖縄県議会選挙は、今後の政局をうらなう大きな意味を持つ選挙であった。

   与野党要人がこぞって沖縄に入り応援した。

   自民党はハマコーを使った後期高齢者医療制度のCMをつくって沖縄だけに流したりした。

   その選挙の結果が自公政権の惨敗で終わった。

   県議会の議席が与野党逆転した。

   それなのに、この結果が大きく報じられない。

   9日が新聞休刊日であった事は、もちろん大きい。

   しかしテレビがあった。そのテレビが殆ど報道しなかったのだ。

   確かにNHKは一報を報じた。

   民放もさらりと報じてはいた。

   しかし不自然だ。奇妙なまでに小さく、静かに報じていただけだ。

   秋葉原殺人事件は大ニュースだ。

   スピード水着による北島選手の世界新更新も大ニュースだろう。

   しかし解散・総選挙までの政局は、政界再編や新党結成とあいまって戦後政治の最大の問題である。

   それに直結する沖縄県議会選挙が、いくら新聞休刊日であるからといって、これほど抑制されて報道されたことは、やはり異常である。

   大騒ぎをすれば国民がきづく。いよいよ福田自民党は終わりが近づいたということになる。

   そういう事ではないのか。

   明日の報道で沖縄県議会選挙がどのように報道されるか。目が離せない。

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2008年06月09日

米国産牛肉輸入問題が揺るがした米韓関係


 米国産牛肉輸入問題が揺るがす米韓関係

  わずか4ヶ月ほど前に、圧倒的な勝利で韓国の第17代大統領に就任した李明博氏がピンチに立たされている。

  その理由はいくつかあるのだろうが、4月中旬の訪米にタイミングをあわせて制限撤廃を決めた李明博大統領に、韓国国民が反発したのだ。

  李明博政権が最終的に輸入再開に踏み切った背景には、米国との自由貿易協定(FTA)の実現と引き換えに再開を認めろという、かねてからの米国の圧力があった。

  ノムヒョン大統領を反面教師として登場し、経済優先を掲げた李明博親米政権としては、他に選択の余地がない既定の方針であったのだろう。

 しかし、韓国国民はこれに反発した。

 その怒りはとどまるところを知らず、「抗議は正義」という反対集会が連日開かれた(7日毎日)。6日夜にはソウル都心が数万人の抗議デモに埋め尽くされた(7日東京)。

  米国との軍事同盟の重要性では同じ状況にある韓国で、しして米国産牛肉輸入問題というまったく同じ問題で、日本と韓国の国民の、政府に対する反発心の強さのこの違いは、一体どこからくるのだろうか。

  しかし、私がこのブログで強調したいのは、そのことではない。

  ブッシュ政権の反応についてである。

  8日の日経や朝日は、7日、夜李明博大統領がブッシュ大統領に電話をし、BSEの発症例が多い月齢30ヶ月以上の牛肉が韓国に輸出されないように求めた事を報じている。

  そこまでは普通の報道だ。しかし注目すべきは、これに対しブッシュ大統領が、この要望を受け入れたと報じられた事だ。

  もちろん牛肉輸入問題に対する米、韓両政権の最終的な対応は、現時点では不透明だ。

  牛肉輸入に関する再交渉は、自動車や半導体などの米韓貿易全般に影響が及ぶ事になり、李明博政権としても困難であろう。また米国がそこまで譲歩するとは思えない。

  しかし、すべては韓国国民の反応次第である。

  国民の反米感情が、野党の倒閣運動と一体になって李明博政権を脅かすような事になれば、ブッシュ政権はそれを見殺しにできるか。

  米国が一番恐れるのは国民の反米感情の高まりである。

  圧倒的な軍事力と、政権転覆工作を誇る米国のアキレス腱は、国民の抵抗である。国民の反米感情がもたらす親米政権の崩壊である。

  歴史はそれを教えている。

  韓国国民の動きは今後どこへ向かうのか。

  訪韓を7月に控えるブッシュ政権としても、黙って見ている事はないだろう。

  牛肉輸入問題に見られた韓国の動きは、日本政府にとっても人ごとではない。

  小泉政権下で進んだ普天間基地移転問題や聖域なき規制緩和は、米国の圧力をことごとく丸呑みし、その痛みを国民に押し付けてきた結果である。

  その事を日本国民はどこまで気づいているだろうか。

  韓国の反米の動きが、日本国民に及ぶことを恐れるのは、もちろん自公政権である。

  しかしそれ以上に警戒心を抱いているのは、ブッシュ政権とそれに続く新しい米国政権に違いない。

  

  

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2008年06月08日

秋葉原通り魔事件に衝撃を受ける


 秋葉原通り魔事件に衝撃を受ける

  これは私のブログで書くべき性格のものではないかもしれない。

  しかし、秋葉原通り魔事件に衝撃を受け、考えるところがあったので、今の思いを書いてみた。

  「人を殺したかった。誰でもよかった」

  最近頻繁に起きる衝撃的な殺人事件で、お決まりのように聞かせられる言葉である。

  人を殺すという事は普通の人間にできることではない。

  ましてや恨みも何も無い不特定多数の人間を殺す事は。

  しかも、「誰でもよかった」、などという理由で、人を殺せるだろうか。

  間違いなく正常ではない。

  しかし、それが最近当たり前のように起きているのではないのか。

  いや、そうではないのかもしれない。

  統計的には昔も今も大差ないのかもしれない。

  いつの世も、一部の例外的な日本人によるこのような犯罪はあった。

  大多数の日本人はまともで善良な人間である。

  そう思いたい。

  しかし、ひょっとしてそうではないのではないか。

  今後もこのような事件が起こり続けるのではないか。

  そう思うのだ。

  そして、それはかつての日本では考えられなかった社会現象ではないのか。

  そうだとしたら、日本は正常を失いつつあるという事ではないのか。

  これらの事件は日本の病理を映し出す合わせ鏡ではないのか。

  もしそうだとしたら、その事をそう考えればいいのか。

  その責任は一体誰にあるのか。

  そこから先の答えは日本人一人一人が考えるべき事に違いない。

  その答えは一人一人違ってもいい。

  私は、その責任は、やはりこの国の指導者たちにあると思う。それは政治家であり官僚である。

  その中でも、最大の責任者は小泉元首相であると、私は思う。

  彼は日本を壊してしまったのだ。

  小泉元首相を支持した国民が多かったゆえに、その事を誰も認めたがらない。

  小泉批判は今でも起こらないのだ。

  しかし、時が過ぎ、日本人が日本の現代史を振り返るとき、必ずそれに気づく時がくる。

  小泉純一郎と言う政治家は日本国民の凶事の上に、一人自分の人生を謳歌した人物であった、と。

  あるべき政治家像の対極にある人間である。

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2008年06月08日

日本の政治家の国際会議における二つのスピーチ


  日本の政治家の国際会議における二つのスピーチ

  偶然にも、最近の新聞で、国際会議における日本の政治家のスピーチに関する二つの興味ある記事を見つけた。

  一つは、6日の産経新聞の藤本欣也氏の「終わりのみえない話」という記事だ。

  5月30日ー6月1日にわたってシンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」に出席した石破防衛大臣のスピーチについて、藤本氏は次のように書いている。

 「・・・珍事が起きた。石破茂防衛大臣が『東アジアの安保の将来』と題し、講演をしたときのこと。日本語でもゆっくり、よく考えながら話をする防衛相だけに、英語の方もかなりスローペースとなった。しかも単語の読み飛ばし、読み誤りが目立ち、しばしば意味不明となる。予定時間の20分はもちろん、30分が過ぎても結論に至らない。業を煮やした司会者が口をはさんだときは、防衛省改革のくだりを読んでいるところだった。
 『大臣、そろそろ結論に入ってもらえませんか・・・』
 それでも防衛相は2分ほど読み進めたが、ミサイル防衛システムの話の前で断念。そのまま席に戻ってしまった。閣僚の演説を司会者がさえぎるのも異例なら、結論なき閣僚のスピーチもまた異例であった・・・」

 もう一つは8日の毎日新聞「発信箱」の「目立たないのが持ち味」という見出しの藤原章生ローマ支局長の記事だ。

 食料サミットに出席した福田首相の演説について、次のように書いている。

 「・・・150カ国もの代表が演説をした。ブラジルのルラ大統領は予定の5分を大幅に超え、20分近くもしゃべり続けた。ずぶとさが持ち味のルラ氏は、さとうきび燃料への取り組みなど国の自慢を米国への皮肉を込めて語り、配られた演説文はすぐになくなった・・・
 その直後が福田さんである。300人ほどが出入りする記者室の空気がすっと動いた。イヤホンを外したり、コーヒーを飲みに席を立つ人が揺らす空気だ。演説は米国などを刺激しそうな部分をわざわざ省いて短めに終わった。誰の反発も買わない、おとなしい語りは、殆ど報じられることはなかった・・・」

 この二つの日本の政治家のスピーチについて、私はあえてコメントをしない。それが日本の現実であるという事である。

 藤原支局長の次の言葉が奇妙に印象的であった。

 「・・・国際会議で日本の代表には自分の言葉で語り、もっと目だってほしいと思った時期があった。でも最近は、何も無理しなくていいと思うようになった。場の邪魔にならず、誰とも対立せず、決して目立たない。それはそれで、一つの持ち味で、いいのではないかと思う・・・」

 福田さんをほめているのか、けなしているのか、私にはわからなかった。

 

 

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2008年06月07日

米国とイラクの安保協定締結の動きを注視せよ


 米国とイラクの安保協定締結の動きを注視せよ


  日本ではほとんど報道されていないが、米国のイラク攻撃とその後のイラク占領は、真珠湾攻撃のやらせから始まった日米開戦と、その後の米国の対日占領をモデルにしているのである。

  この事は識者の間ではもはや常識である。

  たとえば、03年3月20日に始まったバクダッド総攻撃は、おびただしい砲弾の嵐だった。

  その作戦が「恐怖と衝撃」作戦と名づけられたのは、日本に落とした原爆が、日本人の戦闘意欲を奪うほど強烈、衝撃的であった為に、日本はすぐに降伏し、占領に対する一切の抵抗をなくして従順になった、という米国の思い込みから由来する。

  まさかイラクに原爆は使えない。そのかわりに同じような衝撃を与えてイラクの戦意を喪失させようとしたのだ。

  だから米国は、その後反米感情を高め、ゲリラ戦で抵抗するイラクをみて、「こんなはずではなかった」、とうろたえたのだ。

  さらにまた、ブッシュ大統領が小泉元首相を持ち上げるとき、馬鹿の一つ覚えのように繰り返すせりふがある。

  「かつて敵対した両国の指導者が、今ではこのように良好な関係になれる。だからイラクもやがて民主化されて米国の同盟国となれる」、などというせりふである。

  歴史観もなければ政治家としての卓見もない愚かな小泉元首相は、繰り返しブッシュ大統領の口から発せられるこの言葉の侮蔑的な意味をまるで分かっていないに違いない。

  しかし、この言葉ほど日本を見下した言葉はない。

  米国は、憎き日本がかくまで従順に降伏したことが嬉しくて仕方がないのだろう。

  米国の数ある戦史の中で、おそらく日本を打ち破り占領したことは最大級の成功例と記録にとどめたに違いない。米国軍人の頭にそれがたたき込まれ、それをその後のあらゆる戦争に活用しようとしてきたに違いない。

  だからこそあのブッシュ大統領の頭にもそれがあるのだ。それが口についてでてくるのだ。

  その、単純で露骨な米国の軍事占領政策の正体が、見事に表れたのが、イラクとの間で強引に結ぼうとしている米・イラク安全保障協定である。

 6日の日経新聞に米国がイラク政府との間で7月末までに安保協定を締結する方針であるという記事があった。

 その記事はまた、イラク政権内部でさえも、米軍の駐留が長引き、主権が侵害されるとして反対の声が上がっていると報じていた。

 さらにまた5日附の英国インデペンド紙は、ブッシュ政権がイラクに展開する50の軍事基地とイラクの制空権を米国の管理下に置き、米軍兵士や民間傭兵の免責特権を確保する米軍地位協定を、イラクに飲ませようとしている、と報道した。

 話はそれるが、その交渉にあたっているのがサタフィールド米国務省顧問であるという。

 懐かしい名前だ。私がレバノンの大使をしていた時の米国の大使であった人物だ。イスラエルの手先のような男であった。レバノンの国民から嫌われていた男であった。

 話を元にもどす。

 賢明な読者は私の言いたいことがおわかりであろう。
 
 そうである。米国はイラク占領を、成功した日本占領を手本として進めようとしているのだ。

 そのことは逆に言えば、戦後62年間続いてきた米国の対日政策が、米国のイラク占領の先例であったということだ。

 つまり日米安保体制と言い、日米安保条約と言うものの正体は、米国が日本を守るなどと言うものでなく、米国の対アジア政策の基地として日本を永久占領することでしかなかったということだ。

 あたかも占領後のイラクを、米国に敵対するアラブ諸国に軍事的圧力をかける永久拠点にしようとしているように。

 しかしイラクと日本の違いは一つある。

 どんなに主権を侵害されても、「日米同盟は永久不滅です」と言い続ける愚かな日本。

 圧倒的な米国軍事力を前にして、そしてその米国の軍事力なくしては自らを守れないマリキ政権が、主権侵害を認めるわけにはいかないと、米国との安全保障協定締結に反対する、誇りを忘れないイラク。

 この違いである。

 我々は米国とイラクの安保協定締結をめぐる動きを注視し、おのれのふがいなさに思いをはせるべきである。

  

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2008年06月07日

 タクシー接待事件の衝撃


 タクシー接待事件の衝撃

 不正をしていた官僚たちは居酒屋タクシーと呼んでいたらしい。言い得て妙だ。よくぞ言ったものだ。それほど官僚は弛緩しているということだ。これだけ官僚の不正が批判されているなかで、こんな不正を続けていたとは、たいした度胸だ。見上げた厚かましさだ。

 この問題は福田自公政権にとって更なる打撃となるに違いない。

 一つには、この不正のたちの悪さだ。

 民間人が自分の金でタクシーに乗って、見返りにサービスを受けるのとは訳が違う。その金は税金だ。

 冬柴国土交通大臣は、営業活動として客にサービスをするという程度の話か、問題ある話か、良く考えてみる、などと口走っていたが、そんなごまかしで逃げられる話ではない。

 金銭の多寡ではない。客に対するサービスといった類の話ではない。際限なく出てくる官僚の、公費を私的に利用するたちの悪い不正が、ここまで及んでいたか、という衝撃的な話だ。

 二つにはその広がりだ。13省庁502人といっているが、そんな程度であるはずはない。ウソをついて逃げようとしている者がごろごろしているに違いない。

 更に、タクシー券にウソの数字を書いてその見返りに金品授受を受けているケースがあるに違いないということだ。そうなれば悪質な詐欺であり税金の横領だ。

 おそらく、この醜聞の実態は隠し通されるに違いない。

 なぜならば本当の事は分からないからだ。正直に自分の罪を申告するおめでたい官僚はいない。いくら部外者がしらべても、本当のところはつかめないからだ。

 しかし真相が明らかにされないからと言って、政府の責任が逃れられるものではない。

 年金や医療保険や物価高で国民が苦しんでいる時だ。

 官僚が、その特権を悪用して、天下りや談合や税金の不正流用といった、あらゆる醜聞を繰り返している中での事件である。

 またしてもか、と誰もが思う金銭がらみのあきれはてた行状だ。

 おまけに、その中心が、税金を国民から奪い取り、それを政治家や利権業界にばら撒いている財務官僚だ。

 国民の怒りを買わない筈はない。

 官僚をかばい続ける自公政権に打撃を与えないはずはない。

 この事件はこれからどのように発展していくのだろうか。

 野党はこの事件を追及しない手はない。野党の力量が問われている。何があっても自公政権を解散・総選挙に追い込む、という野党の本気度が、この醜聞への対応で、まさに問われることになると思う。

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2008年06月07日

「それでも公務員改革法の成立は一歩前進だ」、という声について答える


 「それでも公務員改革法の成立は一歩前進だ」という声について答える

  6日のブログで私は国家公務員改革法はまやかしだと書いた。

  それに対し、厳しすぎる、否定ばかりするのが能ではない、成立しなかった事を考えると、なんとか合意にこぎつけたのは一歩前進だ、という声が寄せられた。

  しかし、そのような考えをすること自体が、すでに官僚に負けているということだ。官僚の正体を理解していないということだ。

  ひょっとして、読者の中で同様の意見を持っている人たちが多く存在するのかもしれない。そう思って敢てこのブログで答えたい。

  何のための公務員改革なのか。

  それは、一言で言えば、キャリア官僚に不当なまでに集中した権力を削ぎ取り、我々の血税をほしいままに横領、濫用している官僚の現状を、根本的に変えるためである。

  天下りを規制するのも、人事を政治主導に一元化するのも、キャリア制を廃止し実力主義、能力主義にするのも、その目的達成の手段でしかない。

  今度の改革法はその手段のいずれもが、曖昧で中途半端である。

  なぜか。それは官僚の抵抗に政治家が妥協したからだ。

  官僚の代弁者である自公政権が官僚寄りである事は当然だ。だから自公は公務員改革法に慎重姿勢を貫く。

  しかし今度の合意は、自公が民主案を丸呑みしたのである。

  それは何を意味しているのかといえば、民主案そのものさえも、官僚との妥協の産物でしかない、という事だ。だから自公は丸呑みできたのだ。

  民主党は官僚と本気で対決する政党ではない。

  おまけに労働基本権の付与などという、労働組合的な改革を重視しなければならない政党だ。

  民主案を丸呑みした自公の妥協で、官僚規制という本来の改革目的は完全にぼやかされてしまったのだ。

  さすがに6日の各紙も手放しで評価はしていない。

  「改革はまだ入り口」(朝日)とか、「政治主導なお遠く」(日経)とか、「実効性疑問視も」(毎日)などと書いている。

  渡辺大臣に至っては、「骨抜きにさせぬ」などと威勢の良い啖呵を切っている。

  しかし、渡辺大臣のその発言はナンセンスである。

  大臣はすぐに変わる。しかし官僚組織は永遠に続く。

  法律の解釈や適用はその時の官僚によってどうとでもできるのだ。

  そしてその時渡辺大臣はいない。渡辺大臣だけではない。およそどの大臣もいない。

  だからこそ、法律には曖昧さを残してはいけないのだ。

  官僚の数を半減するとか、独立行政法人をすべてなくすとか、あるいは天下りはすべて禁止するとか、官僚幹部の人事はすべて内閣と国会で決定するとか、誰が見てもごまかせないような規定をともなった改革法でなければ、いけない。

  そうでなければ、すべては後日、官僚の裁量や運用でごまかされてしまうことになる。それを官僚は知っている。ほくそえんでいるのだ。

  今度の改革法は、キャリア制の廃止にしても、天下り一元化にしても、人事の一元化にしても、すべて曖昧、複雑であり、そして実施段階での裁量の余地を認めるものばかりである。

  今後の改革作業でさらに改革の手を緩めない、などと言ってみてもはじまらない。

  改革法が一旦できてしまえば、もはや改革は終わりなのだ。

  見ているがいい。政治家も世論もメディアも、もはや関心は他に移ることになる。

  かくして官僚組織だけが、自らの生き残りと特権確保のために、改革法の骨抜きに走り回る事になる。

  今度の改革法は真の公務員改革を遠のけてしまった。禍根を残す悪法である、と私が書いた理由がそこにある。

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2008年06月07日

私のブログに寄せられる声について


 私のブログに寄せられる声について

  かねてから一度は書こうと思っていたのだが、一つの区切りとして、ここでブログを発信し続ける私の基本姿勢を再確認させていただき、読者の皆さんの了解を得たいと思う。

  私のブログは、私と読者の一対一の交流である。というよりも私から読者への一方的な情報発信である。

  しかし、私の書いたブログの内容に対して、どうしても一言言いたいという読者がいる。そういう人のために、私に直接投稿できるようにシステムを作ってもらった。

  どのような意見が寄せられるか、それに対して私がどう返答しているかについて公開してほしいという要望が当初よりあったが、それは行わない。

  それをやれば、私のブログを使っての不特定多数の読者同士の勝手なやり取りが始まり、それがやがて不毛な論争に発展することになる。

  それはこのブログの目的ではない。

  このブログを、不特定多数の読者の遊びの場に提供するほど、私は暇人ではなく、お人好しでもない。

  それでは、私にはどのような投稿が寄せられるのか。それに対して私がどのような返答をしているのか。

  これについて、ここで初めて読者の皆様にお知らせしたい。

  結論から言えば、たいしたものではない、という事だ。一度知っておけばそれで良い、という程度のものだ。それをこれから書くことにする。

  因みに、よほどのことが無い限り私は寄せられた投稿に対して返事を書かない。

  返事を書きたいことはやまやまであるが、それをやりだすときりがなくなり、ブログを書くエネルギーがそがれるからだ。

  ブログに私のすべてを投入したい。そういう私の勝手な言い訳に免じて、返答しないことにつきあらかじめご宥恕願いたい。

  さて投稿の中身であるが、そのほとんどは共感するという激励のメッセージである。それについては多言は不要であろう。

  その反対に、当然のことながら罵詈雑言の批判も寄せられる。

  しかし、これについては、他のブログのことは知らないが、私のブログに限っては極めて少ない。

  その理由は、おそらく私が投稿者に身分を明らかにする事を求めるからであろう。

  私は、共感する者からの投稿に対しては返答はしないが、批判の投稿についてはつとめて応答する事にしている。その際は、身分を明かしてフェアで徹底した議論の応酬を投稿者に求める。

  それができない者だけが、身分を隠して、私からの連絡がとれないようにして、罵詈雑言を投げつけてくるのだ。

  そんな投稿が多いはずはない。長続きするはずはない。

  因みにそのような投稿が見られる時は一定の傾向がある。

  それはブログで極右の批判をする時と、野党の批判をする時である。つまり私は右からも左からも敵対的存在ということらしい。

  次に、私がいささか当惑する投稿について、いくつかの例を示してみたい。

  一つは、自ら関心あるテーマについて、次はこのテーマについて書いてください、と要望してくる投稿である。

  私が政治家や有力な評論家であれば、その人的、経済的な力を駆使して、その期待に答えられるかもしれないし、そうしたい。

  しかし、今の私にはそのいずれもない。一人で書いている。おのずとその能力に限界がある。

  ブログの内容とは関係のない一般的な問題について質問してくる投稿も、同様に当惑する。私にはその一つ一つに答える能力も、時間的余裕もない。

  私が一番困る投稿は、私の書いたブログの内容について善意の質問やコメントを寄越す投稿である。

  私が敢て「善意」と書いたのは、あきらかな悪意による質問や議論のふっかけではなく、ブログを真剣に読んだ結果としてなされる質問や議論である、と思われるからだ。

  これについては、私がブログに書いた内容に関するものであるから、誠実に対応すべきだと思う。

  しかし、その反面、それらの一つ一つに答えられない、答えるべきではない、というものも多い。

  だから応答に困るのである。

  たとえば、何から何まで、わからないことは教えてほしい、という態度の投稿である。

  このブログは教育を目的としているのではない。

  一人でも多くの読者が、自分の頭で考え、自立した考えを持つようになる、そのためにヒントを与える事を目的としている。

  だから、そこから先は自分で考えて欲しいのだ。

  また、私のブログの内容は、当然ながらすべて正しいというものでもない。

  明らかな事実誤認や間違いもあるだろうし、考え方が読者と異なることがあっても当然である。

  前者は訂正すればそれで終わる話であり、後者は、だからこそ、自分の考えの正しさを確かめる材料として私の考えを反面教師にすればいいのだ。それがこのブログの目的でもある。

  さて、いくつかの投稿の例と、それに対する私の基本的考えについて述べてきた。

  しかし、私がここで最も大切にしたいのは、投稿など一切書かないけれど、熱心にこのブログに目を通し、自分の考えの参考にしている、圧倒的に多いと思われるこのブログの「沈黙する読者」である。

  私はあなたであり、あなたは私なのだ。

  権力の不正に対しては、静かに、上手に、戦っていく。

  権力につぶされないよう慎重に、敢て大きな声を荒げることなく、しかし敢然と権力のおごりに立ち向かっていく。

  決して負け犬や弱者にはならない。しかしそれらを切り捨てるのではなく、それらに対する温かい視線を忘れない。

  あらそいは好まない。できれば皆仲良くやっていきたい。

  しかし、強いものが横暴さを見せた時には、決して泣き寝入りはしない。

  金も名声も地位も、できるものなら手にしたい。しかしそのために失ってはならないものがあることも知っている。

  そういう人が、一人でもこの国に増えれば、まだこの国は救われるかもしれない。

  そう思っている多くの読者に向けて、私はブログを書き続けて行く。

  

 

  

  

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2008年06月06日

朝鮮有事「日米密約」報道に思う


 朝鮮有事「日米密約」報道に思う

  5日の報道で、町村官房長が、「密約は存在しない。あらためて調査する考えもない」と記者会見で答えた事を知った。

  なぜそのような発言をしたのかと思ったら、4日の朝日新聞が、日米間の密約である「朝鮮有事議事録」をミシガン大学フォード大統領図書館で見つけたというスクープ記事を掲載していた事を、後で知った。

  安保改定条約が締結された60年6月に、藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日米大使との間で、「朝鮮有事の際には在日米軍基地を米国は日本に事前協議することなく使用できる」という密約が交わされていた、というのだ。

  かつて私はこのブログで、日米同盟史は日米密約史であるに違いない、と冗談めかしに書いた事がある。

  どうやらそれが現実らしい。これからもどんどんと日米密約が出てくるに違いない。

  問題は、揺るがすことのできない資料や公文書が出てきても、平然として密約の存在を否定し続ける日本政府である。

  そして、そのような日本政府を、あきれ顔をしながらも、もはや本気で追及しようとしない、この国の政治であり、メディアである。それを許す日本国民である。

  私がメディアに失望するのは、このような事実が朝日新聞にスクープされても、それを後追う新聞記事が他紙に現れない事である。そして何事もなかったかのように忘れ去られてしまう。

  他紙にスクープされた物を今更書けるか、という事なのかも知れない。しかしそれではいけない。

  重要な事実が発見されたなら、メディアは書かなければならないのだ。それがジャーナリズムというものだ。

  さらに失望させられたのは、スクープをした朝日新聞さえもが、日米同盟関係はもはや「密約」以上に進んでいるのだから、日本政府は密約の存在を認めてもいいではないか、と書いていた事である。

 今更密約を批判してもはじまらない、むしろこれを日米歴史の一コマとして認め、さらなる日米軍事協力を堂々と進めたらどうか、といわんばかりのコメントを、天下の朝日新聞がしていた事である。

 そのうち、朝日新聞は次のように言い出すに違いない。

 「在日米軍基地の最大の目的は、日本を守ることでなくても驚かない。たとえ在日米軍は米国の安保政策を遂行上する為の存在であっても、日米同盟を維持するために、日本は在日米軍を日本に駐留させるべきだ。 そのための財政負担さえも日本が面倒を見るべきである・・・」と。

  最近の朝日新聞は、すでにいたるところでこのような考えを示している。

  因みに、密約を交わした藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日米大使とのエピソードについては、月刊マスコミ市民08年6月号にこういうくだりが紹介されていた。

 「(安保交渉の直接の任にあたっていた藤山とマッカーサーの)交渉の様を見ていた。そうしたら、日本の外務大臣がアメリカ大使館に呼びつけられる訳だ。応接室のソファの真ん中にマッカーサー・ジュニア(ダグラス・マッカーサーⅡ、マッカーサー元帥の甥で駐日米大使)が座っていて、藤山外相は直立不動でね。それで『イエス、サー。イエス、サー』と聞いているんだ。ジュニアがいちいち細かい説教をするんだ。そういう態度でした・・・」

 政界最後のフィクサーと言われた福本邦雄の回顧録「表舞台 裏舞台」(講談社・07年4月)の中の一節である。


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2008年06月06日

日米関係にとって都合の悪い事は徹底的に書かない日本のメディア


 日米関係にとって都合の悪い事は徹底的に書かない日本のメディア

  少しばかり米国に滞在し、米国のメディアを見てきた私は、この国の戻ってきてつくづく実感した。日本のメディアは、日米関係に都合の悪いことは意図的に報道しないのだ、と。

  かねてから感じてきたのであるが、この思いはもはや確信になった。

  たとえば米国で発売されたスコット・マッケラン元ブッシュ大統領報道官の暴露本である「何が起こったか(WHAT HAPPENED)についてである。

  これは米国で今大きな話題になっている。ブッシュ政権のイラク攻撃開始のウソを糾弾した最大級の暴露本であり、元報道官によるブッシュやチェイニーへの最大の裏切りであるからだ。

  マッカランはブッシュ政権の連中に「人間のする仕業ではない」などと最大限の罵声を浴びせかけられながらも、テレビに出てインタビューに応じ、「このまま国民をだまし続ける事は許されない」と答えていた。

  それは、そのまま日本でも問われる問題だ。

  あの時ブッシュ大統領を正しいと言い放った小泉元首相の、国民を欺いた責任を今こそ問わなくていいのか。

  その小泉元首相を誉めそやし、5年半の政権を支え続けた日本のメディアの責任を、今こそ問わなくていいのか。

  そう国民に気づかれてはまずい。だから米国でのこのような動きを、敢て日本で流さないのだ。握りつぶすのだ。

  マッカランのブッシュ批判の一つに、イラク戦争に反対したガボン大使への報復として、その妻がCIAの秘密諜報員であったことを報道関係者にリークした事件がある。

  その機密漏洩者が、ブッシュ大統領の懐刀であった元選挙参謀のカール・ローブ補佐官だったと、マッカランは指摘している。

  それが判明した時点でブッシュ大統領はローブを解雇すべきだったとマッカランは主張している。

  これに対し、ローブは、漏らしたのは自分ではない、アーミテージだ、と反論している。

  この事をなぜ日本のメディアは報じないのか。

  それは、アーミテージが、日本のすべての対米追従者が誉めそやし、従ってきた、数少ない人物であるからだ。米国との人的パイプの象徴のような人物であるからだ。

  そのアーミテージが卑劣な機密漏洩者であるとなれば、日本の対米追従者たちは立場を失うことになるのだ。なにしろ米国では政府高官による機密漏洩は重大な犯罪であるからだ。

  もう一つ。昨日のブログでも書いたが、ブッシュ大統領はパール・ハーバーをナショナルモニュメントにして残そうと国防総省に指令したというニュースが、米国の複数紙で取り上げられていた。

  パール・ハーバーを、「自由の女神」や「カスター将軍の戦場」のような栄誉ある国碑にしようというのだ。カスター将軍とはインディアンと果敢に闘った英雄とされている人物だ。インディアンにとっては民族浄化の大虐殺者だ。

  奇襲攻撃をした卑劣な日本を忘れないために、その場所を「カスター戦場」と並んで、国家遺産にして残そうというのだ。

  この事を日本のメディアは報じたか。

  メディアはこの事を詳しく報じて、ブッシュ大統領の稚拙な反日言動を日本国民に知らせなくてはならない。

  なにしろ、そんな男を誉めそやし、日本を米国に差し出したのが小泉元首相であるからだ。

  ブッシュ大統領を今でも尊敬しているのか。彼の退任式には出席するのか、などと、日本のメディアは今こそ小泉元首相に問いただすべきなのである。

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2008年06月06日

  国家公務員制度改革法案のまやかし


 国家公務員制度改革法案のまやかし

  国家公務員制度改革法案が自民、公明、民主3党の合意で6日の参院本会議で可決するらしい。

  5日の参院内閣委員会で全会一致で可決された後に、渡辺善美行革担当大臣と自民党の有村治子委員が笑顔でハイタッチしている写真を6日の毎日新聞が掲載していた。

 もっともこの合意は、5月27日の自公民3党協議で、自公が民主党の修正案を丸呑みしたことによって決着していた。あとはセレモニーに過ぎない。

 先送りされることがほぼ確実だと思われていた公務員改革が急展開してまとまった。その一点ばかりが強調され、歓迎されている。

 渡辺大臣がTVの前で、「国民の後押しがあったからこそ成立させることができた」などと涙を見せ、みのもんたが、「渡辺大臣はよくやった」などとほめていた。

  しかし、国民は本当にこの改革案なるものを知っているのか。

  官僚たちはほくそえんでいるに違いない。こんな中途半端な法案がいったん出来てしまえば、それでもう公務員改革は終わりだからだ。見せかけの瑣末な改革をいくら盛り込んでも、痛くも痒くもない。

  いまここで成立した公務員改革法なるものの詳細を論じる余裕は無い。しかし新聞に紹介されている要旨を一瞥するだけでも、国民が望んでいる本当の公務員改革などとは程遠いものであることがわかる。

  なぜこのような結末に終わってしまったのか。その裏交渉の一端を、6日の産経新聞が一面トップで報じていた。これは大スクープである。一言で言えば、自民と民主の談合だったのだ。

  今度の国会で公務員改革法を成立させなければならない理由が、自民、民主双方にあった。

  そもそも公務員制度改革に関する自民と民主の対立は大きなものではなかった。官僚組織を敵に回さない、という点では、自民と民主は共通しているのだ。

  だから自民は、官僚の声を代弁するような一部自民議員の反対はあったものの、民主案を呑めない訳ではなかった。

  それどころか、公務員改革法案を福田首相の政治決断で成立させた、という宣伝ができる。どんづまりの福田政権にとって今度の国会で成立させたほうが得策なのだ。

  一方の民主党も、自らの反対で公務員改革法案をつぶしたと世論の反発を買く危険をおかしたくない。
  それに、労働組合の支えられた民主党がもっともこだわる労使交渉権の拡大を、自民に飲ませることができた。

  官僚支配を変えるという本来の目的から大きく外れた、与野党政治家たちの「政治ゲーム」の産物であったのだ。

  産経新聞のスクープで一番面白かったのは、担当大臣である渡辺善美氏がまったく蚊帳の外に置かれていたという事だ。修正の多さに愕然としたという。それでも反対できなかった。涙の理由は悔し涙だったのではないのか、と思えるほどの存在の軽さだ。

  民主党のある議員が、本当の公務員改革は自分たちが政権をとってからやればいい、とうそぶいたという報道もあった。

  ここに正体が垣間見える。

  しかし、これは大きな誤りである。いったん法案が出来てしまえば、これでおしまいなのである。中途半端な法案は、法案をつくらなかったことより害が大きいのである。

  不思議なのは、この公務員改革法の成立をメディアが評価していることだ。

  田原総一郎は、6月13日号の週刊朝日「ギロン堂」で、この法案の成立は画期的だ、これまでマイナス面ばかりが目立った「ねじれ国会」のプラス面が作用した、などと手放しで絶賛している。

  田原が意図的にうぶな国民を情報操作する言説を流すのはわかる。

  しかし、私が比較的好意を持ってその言説を読んできた毎日新聞の与良正男論説委員までも、5日の「発信箱」の中で、「基本的に同じ方向を向いているのなら与野党審議を通じて、よりましな法案にしていくのがねじれ国会の役割だ」と歓迎している。

  国民はだまされてはいけない。

  審議を深めるとか、話し合いで合意点を探る、などという言葉は、反国民的な政策を、政治家たちが談合する事を意味するのである。

  見ているがいい。今の政治家たちにはこの国の官僚支配構造は変える事は出来ない。天下りはなくならず、税金の横領はなくならない。おまけにタクシー券をビールや現金に換えていたという醜聞がまた発覚した。

  とどまるところを知らないモラルハザードである。

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2008年06月05日

  ブログを再開します

 ブログを再開します

 4日の夕に帰国して、再び日本のニュースを目にするようになりました。

 そしてあらためて感じたことは、この国の政治家や官僚は、もはや本気で国民の苦悩を救う気がないに違いない、救う能力も気力もないのではないに違いない、という事です。

 弱く、無力な国民が切り捨てられて行き、権力を握った政治家や官僚組織が、財界の成功者たちと一緒になって時間とエネルギーを浪費している。

 やれ政界再編だ、環境サミットだ、内閣改造だ、8月の臨時国会だ、などと、次々と、国民生活に無関係な政治日程をつくって、生き延びようとしている。

 年金、医療保険制度、消費者物価高騰など、国民を苦しめる問題は何一つ解決していない、解決のめどさえたっていない。

 そんな現状を、メディアが、報道するだけで終わってしまっている。

 その中間に、なんとか日々の暮らしはできるけれど、割り切れない思いを抱きながらなすすべのない、多くの沈黙する国民が存在している。

  そう考えるとき、私一人がこんなブログを書き続けて何の意味があるというのか、という思いをいっそう強めるのです。

 しかし、読者の皆さんにお約束した通り、次の選挙までは書き続ける事にします。

 なぜ次の選挙までなのか。

 それは次の選挙こそが、日本に初めての真の政治変化をもたらす選挙になるかどうかであると思うからです。

 私が期待する政治変化とは、みせかけの政権交代ではありません。革命的な政治変化につながる結果をもたらす、新しい政治の始まりに、ということです。

 革命的という意味は、予想外の人物が首相になってこの国を変えていく、そういう日本へ向かっての変化の始まりになる、という意味です。

 もし次回の選挙がそのような選挙にならなければ、もはやこのブログを続ける気にはなれません。

 もし、次の選挙の結果が、私が期待する変化の始まりとなるのなら、やはりその時はブログを書く意味がなくなります。

 その時は、私も自らもブログを書く傍観者ではなく、変化を起こそうとする一大国民運動の参加者にならなければなりません。

 このブログは次の選挙までだという意味がそこにあります。

 その時までのこの私のブログのテーマは次の二つです。

 一つは、野党が後期高齢者医療制度の廃止を実現し、自公政権を早期の解散・総選挙に追い込めるかどうか。もう一つは、イラク戦争に協力し続ける事に象徴されるこの国の対米従属政策から自立できるか、です。

 いずれも小泉政治を国民の手で否定するということです。

 帰国して知ったのは、共産党も含めた野党が後期高齢者医療制度の廃止を求めて団結したという事です。民主党が問責決議に踏み切ったことです。

 私はそれを歓迎します。

 自公政権の言う修正は、官僚が考え出す複雑で無意味なごまかし策です。廃止か屈服かのどちらかです。

 どこまで野党が一致団結して廃止に追い込めるか。それは、6月8日の沖縄県議会選挙の結果とあいまって、最終国会の最大の問題であると思います。

 その結果次第では、来年のサミット後まで遠のいた総選挙が、ひょっとしたら早まるかもしれない。

 そうでなく、このまま自公政権が続いたら、国民生活は持たないでしょう。その意味からも総選挙は一日も早いほうがいいのです。

 もう一つは、日本の報道だけでは日米関係を正しく理解できない、という事です。

 私はここ数日間、米国に滞在し、米国の報道を通して日米関係を眺める機会がありました。

 ところが、帰国して日本の報道を見ても、日米関係の現状がまったく伝わっていません。

  今米国は大統領選一色です。そして大統領選挙が終わった後は、米国は民主党であれ共和党であれ、ますます日本どころではなくなるでしょう。

 それにもまして、米国はブッシュ政権と決別することになる。

  否定される運命にあるブッシュ政権に追い討ちをかけたのが、元報道官スコット・マッカランのブッシュ政権批判の告発本「何が起きたか」の発売です。

  私の米国滞在中も、スコット・マッカランはテレビのインタビューに出て賛否両論の嵐の中にありました。

  その嵐の中でスコットはブッシュ政権のウソを正面から告発し、米国政界や世論に大きな衝撃を与えていました。

 ただでさえ苦しいブッシュ大統領と共和党は、さらに窮地に追い込まれる事になりました。

 もう一つ、私の米国滞在中に、ブッシュ大統領が、パールハーバーを、自由の女神やグランドキャニオンと並んで米国の誇りとする国家的モニュメントにしたいと提案したというニュースが流されました。

 もしこれが実現すれば、日本は米国人にとって「卑怯な侵略者」としての烙印を永久に刻み込まれる事になります。

 このような提案を平気でする男がブッシュ大統領なのです。

 一体小泉・ブッシュ関係とはなんだったのか。ブッシュ大統領を正しいと言い続け、絶対服従してきた小泉元首相を、今こそ我々日本国民は、追及しなければならないのです。

 それにも係わらず、その動きが起こらず、今でも小泉元首相の政局がらみの与太話がメディアのとりあげられます。

 日本で流される報道は誰が大統領になっても日米同盟の重要性は変わらない、というものばかりです。

 ここに日本のメディアの大きな限界があります。日本のメディアは小泉政権と一体になって日本を毀損していったのです。

 私のブログは、小泉政治の矛盾が国内と米国の双方から噴出していく、その実態にますます鮮明に焦点をあてていく事になります。

 それは、とりもなおさず、もはや反国民的な政治しかできない自公政権に厳しく下野を求めていく事でもあります。

 

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