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2008年05月09日

 胡錦涛訪日と産経新聞の報道振りに思う


 胡錦涛訪日と産経新聞の報道振りに思う

  何から何まで中国を目の敵にして報道する産経新聞。チベット問題に関する中国批判が見られない日はない。

  だから今回の胡錦涛訪日について、産経新聞がどのように激しい批判的な記事を書こうと、驚くに値しない。

  中国には確かに批判されるべきところはある。それが正しい批判であれば中国にとっても有益であろう。そう思って私は産経新聞の対中批判記事を熱心に読んできた。

  しかし、9日の産経新聞の報道振りについては、心の底から苦笑せざるを得なかった。

  胡錦涛主席と創価学会名誉会長の池田大作氏との「うれしい再会」を、大きな写真入で詳しく報じている。そこには一切の批判的な言辞はない。

  その同じ紙面で、中曽根大勲位が、胡錦涛主席の来日と福田首相との日中首脳会談は、「歴史的意義がある」と評価した事を、これも何の批判もすることなく、そのまま載せている。

  さすがは中曽根大勲位である。いい事を言っていた。私もまったく同感である。

  それは産経新聞の言説とはまったく正反対であるが、その正反対の意見を掲載する産経新聞も、立派である。

  ところが、苦笑せざるを得なかったのは胡錦涛主席と歴代4首脳の朝食会で、安倍前首相が中国側にチベットやウイグルの人権問題を指摘した事を大きく取り上げ、それをグッドジョッブであるといわんばかりに誉めそやしていることだ。

  池田大作氏や中曽根大勲位の記事よりもはるかに大きく、詳しく書いている。

  冗談はよしてくれ。安倍前首相がどんな辞め方をした男か、忘れたのか。国民を失望させ、世界中に日本の恥をさらした、前代未聞の首相ではなかったか。

  まともな政治家であれば、あのような形で総理を辞めた時点で、議員さえも辞めるべきであった人物なのだ。あのような情けない体たらくを一番嫌うのは産経新聞ではなかったか。

  いくら中国批判をしてくれたからといって、そんな人物を誉めそやすようでは、私のこれまでの産経新聞に対する評価は、見事に失墜せざるをえない。産経新聞の志は一体何なんだ。

  それにしても安倍晋三という男、何を勘違いしているのだろう。これ以上晩節を汚してくれるな。その程度の政治家は、この国にははいて捨てるほどいる。

  

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2008年05月09日

目を疑う朝日新聞の小泉元首相インタビュー記事

 目を疑う朝日新聞の小泉元首相インタビュー記事

  5月9日の朝日新聞に「音楽と政治」小泉元首相に聞く、というインタビュー記事があった。

  何だろうと思って読んでみたら、小泉元首相が近く日経新聞出版社から発刊する予定の「音楽遍歴」と題する本の前宣伝記事であった。

  嬉々としてインタビューをし、その記事を書いた記者は、朝日新聞元政治部編集委員の早野透氏である。

  彼はまず、在任中に、頻繁にオペラ鑑賞をしたり、プレスリーを歌ったりして、大の音楽好きであると知られている小泉元首相ならではの出版だ、と持ち上げる。

  そして、その小泉元首相に、「音楽と政治」について、久しぶりにインタビューしたと、その応答を次のように書き連ねる。

  中学生の時にバイオリンを始めた小泉氏は、ハイフェッツの演奏する「ロマンス」をレコードで聞いて、ああ、自分の下手なこと!天才にはかなわない、以後、聴くのを専門にしよう、と思ったという。

  (政治の天才だったじゃないですか)「いやいや、天才は政治に向かない。国民とかけはなれちゃう。凡才が政治家になるんですよ」

  「オペラは愛である。そこには嫉妬も憎悪も死もある」

  「権力も愛の前にはむなしい。ベルディのドン・カルロスを聞けばよい」

  (郵政改革の時はミュージカル「ラマンチャの男」に励まされドンキホーテの「見果てぬ夢」を次のよう  に口ずさんだ)

  「夢は実りがたく、敵はあまたありとも、胸に悲しみを秘めて、我は勇みて行かん」

  (このごろどう過ごしていますか?)
  「本読んだりテレビ見たり、コンサートに行ったり、たまに政治会合」

  (ちまたには再登板を求める声がありますよ)
  「それは私を知らない人たちのいう事。総理大臣はつらいよ。しっちゅうあまたの敵と闘っているのは」
  (ご自分の葬儀にはどんな曲を?)
  「モリコーネの映画音楽を聴いてもらうのがいいんじゃない」

  このインタビュー記事に強い違和感を抱いた私がおかしいのか。

  第一線を退いたとはいえ、早野氏は長年政治部の記者を務めた人物である。今日の日本の混迷の根本原因は5年半の小泉政権の結果引き起こされたものであるという事を知らないはずはない。

  いくら保守化したとはいえ、朝日新聞は権力を監視する事を標榜してきたこの国のジャーナリズムを代表する大手新聞である。その朝日新聞が、このようなちょうちん記事を掲載するとは。

  せめて早野氏にはインタビューの最後に言って欲しかった。

  「5年半もこの国の首相を務めたあなたが、今国民が苦しんでいる時に、日本の未来についてとるべき政策を何も語らなくていいのか」、と。

  「好き勝手な余生を送るのは御自由だが、自分の楽しみだけを追求するのであれば、議員バッジをはずしてからにして欲しい」と。

  ちなみに、小泉元首相の近刊本「音楽遍歴」は、次のような言葉で結ばれているという。

 「総理大臣の職責から解放されて・・・これからは埋もれている名曲や新しい名曲を求めて遍歴の旅に出かけようと思っている」
  

  

 

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2008年05月09日

メディアから無視された憲法9条世界会議


 メディアから無視された憲法9条世界会議

  5月9日の朝日新聞に、「9条に世界からエール、幕張・世界会議に2万人」という囲み記事があった。

  この憲法9条世界会議については、これまでも新聞で二、三度見かけた記憶があるが、いずれも目立たないものだった。テレビに至っては、この会議の映像を流した局を見た記憶はない。

  9日のこの朝日新聞の囲み記事で、私ははじめて詳しく知る事ができた。

  「世界がもし100人の村だったら」という本の著者である池田香代子さんらが中心となり、井上ひさしさん、ピーコさんら、約90人が呼びかけて始まった会議であるという事を。

  31の国と地域から、ノーベル平和賞受賞者や大学教授や、イラク戦争経験者ら、150人あまりがやってきたという事を。

  そして、彼らが、「憲法9条を世界に広めるために来た」、「憲法9条を見習うべきだ」、「憲法9条は日本だけのものではない」、などと口々に語ったという事を。

  娯楽や芸能ニュースばかりがもてはやされるご時世で、平和集会に2万人を超える観客が集まるという催しは、それ自体が一大ニュースであるはずだ。

  しかしそれがほとんどニュースにならなかった。

  そういえば同様の会議は大阪でも一万人を超える参加者を得て開催されたけれど、やはりニュースにならなかったという。

  あまりにも不自然だ。作為的だ。

  報道されないということは、当事者や関係者以外の一般の国民にとっては存在しない事と同じだ。

  どれほどこの会議が熱気につつまれたものであっても、国民の間に広がっていかない。一過性で終わってしまう。そうさせたい力が働いているかの如くだ。

  日米軍事同盟を推し進めるために、国民の中に護憲の動きが広がる事を恐れる権力側の、作為的な報道抑制があるに違いない。さもなければ、権力に従順な昨今のメディアの報道自粛があるに違いない。

  もしそうであるならば、それに抵抗して行こうではないか。

  私は、この素晴らしい「憲法9条世界会議」を呼びかけ、主催した関係者に敬意を表するとともに、お願いをしたい。

  どうかこれをスタートとして、「憲法9条世界会議」を継続・発展させて行って欲しい。そして政府やメディアが無視できない程の大きな国民的動きにつなげて行って欲しい。

  それこそが、既存の護憲政党が決してなしえる事のできなかった、憲法9条の下の平和勢力の結集である。既存の護憲政党の党利・党略を超越した、あらたな政治的動きである。

  平和を願う普通の国民が待ち望んでいる動きである。

  今の日本を救うのは、そのような新しい動きしかない。
  

  

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2008年05月08日

胡錦涛主席の訪日を日中歴史上の大きな転換としたい


 胡錦涛主席の訪日を日中歴史上の大きな転換としたい

  これから書くことは私の希望である。外交に多少なりともかかわった者として、ある程度の知見と情報に基づいて書いている。

  しかしそれ以上のものではない。あくまでも感想である。それも私の希望的な感想だ。

  胡錦涛主席がどうだとか、福田首相がどうだとか言うものではない。中国が好きだとか嫌いだとか、そんな話ではない。ましてやギョーザ問題やチベット問題や東シナ海油田問題などで何の具体的な進展がなかった、などという個別案件的なものではない。

  日本は開国して脱亜入欧をはかり、植民地戦争に突入してアジアを植民地化した。その日本が、太平洋戦争に突入し、破れ、米国の占領国となった。

  そして戦後は一転して対米従属となり、今日に至るまで戦後62年間、自主、自立外交を失ったまま日本という国を米国に完全に喪失させられてしまった。その結果としての今日の国民の困窮である。

  そういう近・現代史の流れを冷静に振り返った時、日中関係を正しいものにしていく事こそ、おそらくはこれからの日本の最大かつ喫緊の外交課題に違いない。

  繰り返して言う。好きとか嫌いとかいう話ではない。世界の多くの国、とりわけ開発途上国の歓迎する形で、日中友好関係は構築されなければならない。

  それを阻む勢力こそ米国なのだ。だからこそ常に米国は離反政策を画策してきた。

  その事を中国も知っている。中国は米国との関係を重視する。しかし決して米国に心を許してはいない。中国こそ、日本の対米自立を誰よりも望んでいるのだ。平和国家日本との互恵関係を望んでいるのだ。

  米国に命じられるままに作為的に日本を米国に差し出そうとする者たちや、その手先となって走り回る者たちも、過去から未来に貫かれる悠久の歴史に思いをはせ、自らの考えを改めるべき時である。

  外交とは無縁の一般国民であっても、そろそろ気づくべきである。日本と中国がともに力をあわせることが出来れば、それは間違いなくお互いの未来にとってよいことであるということを。

  今回の胡錦涛主席の訪日をめぐる報道の中で、私は特に次の二点に注目した。

  一つは日中共同声明第4項で、「双方は互いに脅威とならないことを確認した」という文言がある事だ。
  今までに出された共同宣言の中でも、あるいはこの言葉は使われていたかもしれない。しかし中国が着実に近代化を進め、世界経済に大きな影響力を持つようになりつつある今日ほど、この声明が重要な意味を持つことはない。

  日本と中国がお互いを軍事的脅威ではなく、平和的友好国であると世界に声明したのだ。

  この声明が偽りでなければ、日本の安全保障政策は対米従属から、自主、自立の平和外交へ発展していかなければならない。

  二つ目は、個人の身勝手な言動で日中関係をぶち壊した小泉元首相が、宮中晩餐会ほかのすべての歓迎行事に、歴代の首相のなかでただ一人、出席できなかったという報道である。

  呼ばれなかったのか、自ら辞退したのか、新聞では不明である。おそらく辞退したのだろう。しゃらくさいと思ったのだろう。

  歴史の大きな流れに、あだ花であった卑小な政治家小泉純一郎が弾き飛ばされたのである。私は彼が政治の場に再び登場する事はないとかねてから思って来たが、この欠席によってそれが確信となった。

  繰りかえしていう。これは私の勝手な感想だ。しかも希望的な感想だ。しかし日中友好関係の圧倒的な重要性の前に、ここ数日間、あらゆる反中的な言説が見事にかき消されてしまった。

  具体的成果の何もない訪日であったかかもしれない。成果はパンだの貸与だけだと嘲笑する報道者もいた。

  しかし、そんな言説など一蹴する重みが今回の胡錦涛主席訪日にあった。日中友好関係、その事がすべてを凌駕したのだ。

  それは胡錦涛主席がえらいわけでも福田首相がえらいわけでも、外務省が偉いわけでも、親中国国会議員がえらいわけでもない。

  悠久の日中関係と両国民がそれを求めているのである。

  日中友好関係がゆるぎないものになった時、ギョーザ問題も東シナ海問題も、チベット問題も、そして歴史問題さえも、すべてが解決する。私はそう思って今回の訪中を眺めていた。

  

 
  

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2008年05月07日

雑誌ジャーナリズムから学ぶ


 雑誌ジャーナリズムから学ぶ

  以前このブログでも触れた事があるが、月刊誌に「紙の爆弾」(鹿砦社)というのがある。

  一言でこの雑誌を説明すると、かの「噂の真相」が廃刊された後を継ぐべく、反権力を標榜するスキャンダル誌を目指して三年前に発刊された月刊誌、ということになる。

  その最新号(6月号)に、元週刊現代、フライデーの編集長として権力批判の紙面づくりを貫いた元木昌彦氏が、「雑誌ジャーナリズムの原点」というタイトルで、次のような寄稿を書いていた。

  元木氏は私が好感を持って見ている数少ないジャーナリストの一人である。

  「ここ数年、雑誌ジャーナリズムを萎縮させる出来事が続いている。個人情報保護法成立がその最たるもので・・・出版はメディアではないといわんばかりの露骨な「雑誌規制」が盛り込まれた・・・
  権力側は、記者クラブに縛られず、法律で規制することも出来ない雑誌に対して、着々と牙を研いできたのだ。
 名誉毀損裁判の賠償額の高額化もその一つである(が)、個人情報保護法によって、出版社の発行する雑誌や、そこを舞台に権力批判するライターたちに網を掛け、取材活動を制限し、この法律を盾に、権力者側による出版差止めを容易にさせてしまった・・・
 雑誌はタブーに挑戦すると公言していた時代があったが・・・今ではタブーはなくなるどころか、メディア側の自主規制によって、ますます多くなっている・・・鶴タブーといわれた創価学会批判も細々となり、電通タブーは、景気が悪化する中でますます大きくなっている。
 そんな中で、「紙の爆弾」に期待するところ大である・・・もし「紙の爆弾」が休刊してしまえば、多くのタブーは、その存在さえも国民の目から隠され、国民のチェックを受けないまま肥大化してしまうであろう・・・
 「紙の爆弾」には、雑誌ジャーナリズムの原点を忘れず、権力と対峙するために、ペンの力をさらに磨いてほしい、と思う・・・」

  大変なほめようである。

  しかし、私も元木氏の意見に同感である。

  私は毎日大手新聞を購読してきたが、そこには決して見つけることの出来ない興味ある情報を、マイナーな雑誌の中に見つける事がある。

  やがてその情報が大手メディアの報ずるところとなり、世の中を動かす事もある。

  「紙の爆弾」のようなスキャンダル雑誌は、その記事のすべてを評価できなくてもよい。その中に、大手メディアでは決してかかれる事のない情報を見つける事ができれば、それだけで価値があるのだ。

  たとえば「紙の爆弾」が執拗に追い続けるテーマにパチンコ業界と警察OBの天下り癒着がある。私は、かつて官僚として同じ釜の飯を食った経験から、この癒着の実態を知っている。だから「紙の爆弾」の記事の凄さがわかる。

  およそ天下りはどの官庁のそれも醜悪なのであるが、警察官僚の天下りは、国家権力の悪用と直結しているだけに最も醜悪である。

  それを正面から追及したばかりに、鹿砦社の松岡利康社長は名誉毀損で逮捕され、懲役1年2ヶ月、執行猶予4年の刑を受けた。

  マスコミ人が名誉毀損で逮捕され、192日間も拘留されるなどということは前代未聞であるのに、大手マスコミは、松岡社長が「暴露本」出版社の社長であるといわんばかりに、松岡社長逮捕を無視した。だから、この事件は世の中に広く知られることはない。

  雑誌ジャーナリズムに、「頑張れ」と言うのは簡単である。しかし彼らは採算が取れるかどうかのぎりぎりのところで、体を張って書いている。

  「朝すばっ!」の司会者であるみのもんたの一日のギャラが800万円であると、芸能レポーターの梨本勝が話している。

  そういう人間に反権力の報道ができるのか。そこに群がる解説者たちが弱者の立場に身を置く事が出来るのか。

  雑誌ジャーナリズムが認知され、収入源を増やし、マスコミ志望の若い編集者、記者が高給をもってそこに集まるようになる時こそ、この国のジャーナリズムが復権する時だと、私は思う。


 

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2008年05月06日

 石破防衛大臣の訪米取り止めと日米同盟の空洞化

 石破防衛大臣の訪米取り止めと日米同盟の空洞化

  もう一ヶ月前のことになるが、4月10日の朝日新聞は、石破防衛大臣が連休中の訪米を断念した、という記事を流していた。

  連休には、閣僚がこぞって、外遊という名の息抜き海外旅行をすると相場が決まっている。しかし今年は政局がらみで足止めとなった。所詮その程度の外遊なのだ。

  しかし石破防衛大臣の外遊取り止めは、それとは事情が違う。行きたくても行けなかったのだ。

  4月10日の朝日新聞によれば、会談の日時や場所が決まっていたにもかかわらず、日米の思惑の違いによって、訪米を断念せざるを得なかったという。

  これは異例な出来事である。それにもかかわらずメディアはこの事をまったく取り上げなかった。

  忘れかけていたところに、連休の最後の日である5月6日に、朝日新聞が、「日米同盟 揺らぐ足元」という見出しで、その理由を明らかにしてくれた。

  米国が日本に求める唯一の関心事は、「米軍再編」に対する協力である。そしてその象徴が普天間飛行場の移設である。

  それが進まない限り、日本が求める沖縄海兵隊のグアム移転も行わない。パッケージで同時解決したいという。

  もはや米国の安全保障政策にとって海兵隊を沖縄に置いておく必要性はないにもかかわらず、そして、海兵隊のグアム移転の巨額な経費を日本側が分担すると言っているにもかかわらず、普天間移転が進まない限り、海兵隊のグアム移転もない、と圧力をかけているのである。

  米国はこの普天間飛行場の移転問題を議題にしたいと要求した。しかし日本側はその議題を避けたい。そのかわり日本側が議題にしたいと要求したのは、次期主力戦闘機として米国の最新鋭ステルス機を買いたい、だからその情報を提供して欲しいというものであった。

  米国は機密上の理由から、日本にはステルス戦闘機は売れないと突っぱねてきた。昨年には安倍首相まで動員して要請したにもかかわらず、米国は応じなかった。

  そして今度の石破大臣とゲーツ国防長官との会談でも、日本側の要求にもかかわらず、米国はこれを議題にすることを拒んだ。

  普天間移転問題を議題にすることができず、ステルス戦闘機を議題としたいというのなら、そんな会談などする必要はない、という事なのだ。

  これが石破大臣が訪米を断念した理由である。これが日米同盟の実態なのである。それにしても、日本と米国の安全保障担当大臣が、こんな問題を議題とする事でもめるという。なんと情けない話ではないか。

  日本政府はそころそろ国民に本当の事を話すべきだ。米国は日本を守ることなどもはや何の関心もない。米国の唯一の関心は、テロとの戦いのために、日本の自衛隊と在日米軍基地を利用する事だけである、と。

  我々国民は、そろそろ本当の事を知るべき時である。日本政府が国民に決して教えなくても、日本は占領時代から今日まで、徹底的に米国に利用され、しぼりとられてきたという事を、我々の手で知るべき時が来ている。

  日米同盟が空洞化しつつあるのではない。日米同盟は、その当初から、米国の安全保障政策のためにあった。それだけの話である。

  

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2008年05月05日

   連休に思う

 連休に思う

  世のサラリーマンにとって最大の休みの季節が終わろうとしている。やがてふたたび世の中が動き出す。ニュースも活発化する。

  働かざるもの食うべからず、という社会的モラルがある。私もそう考える一人だ。

  しかし、親が金持ちだったり、若くして大金を得たりと、何らかの事情で働かなくても一生遊んで暮らせる身分に自分が置かれたら、そんないいことはない、とも思う。

  そういう状況に置かれたら人間が駄目になる、と言う声が聞こえてきそうだ。しかし必ずしもそうではない。本人がしっかりしてれば、遊んで暮らすことと、立派に生きる事とは両立させられると思う。

  なぜ、私がいきなりこんな事を書くかといえば、連休の終わりになって決まって流されるUターンラッシュのニュースを見ながら、二、三日前に読んだある新聞記事を思い出したからだ。

  日経新聞の5月3日か4日の記事だったと思う。足立則夫という特別編集委員が「不機嫌な人」という随想で、次のような事を書いていた。

 ・・・雨の日、東京のビジネス街でタクシーに乗ったら、人のよさそうな個人タクシーの老ドライバーが嘆いた。「機嫌の悪いお客が多くて、いやになります」・・・
  
  足立編集委員の乗る前に、そのタクシーに若いビジネスマンの客が乗ったという。そしてその若者の態度について、その老ドライバーがこう話したという。

  「よく雨が降りますね」と声をかけても沈黙したまま。疲れているのかな、と思い、料金を受け取る時に「ありがとうございました。お仕事がんばってください」と言ってみた。返ってきたのは、「るっせーな」という捨てぜりふだったそうな。

  そして、足立編集委員は、ビジネス街を歩いても、不機嫌そうな男女が増えているような気がする、と次のように書いていた。

 ・・・現代人を不機嫌にするのは何なのか。社会の変化の波を今、もっとも強く受けるのは、職場・・・成果主義の弊害や、職場の同僚が面と向かって会話せず、電子メールによってやり取りする現象などによって、ギスギスした職場が増えている・・・

  私はこの分析が正しいかどうかわからない。

  しかし、数年前に突然外務省から辞職を言い渡され、不本意ながら職場に行く必要がなくなった私が、強がりをこめて思うのは、職場を離れて暮らす生活を始めてから人間性を回復したという事である。

  振り返ってみれば、私もまた外務官僚の頃は、すぐに不機嫌になる欠陥人間であった。その性格は今も変わらないとは思うが、それでも性格はおだやかになった気がする。

  今では私も世間並みの定年年齢を過ぎた。もう働かなくても許してもらえる年齢だ。かつては重い気分でUターンラッシュを経験していた私も、今では人事のようにそのニュースを眺める身分になった。

  そして思う。豊かな社会とは何か。それは若者が職場で人間性を失う事のない社会であり、十分に働いてきた年金生活者が安心して残りの人生を送れるような社会、これだと思う。

  何でもかんでも政治が悪いというつもりはない。しかし小泉改革以降の政治は、間違いなく不機嫌な国民を作り出していると思う。

  不機嫌な人たちは、タクシードライバーに八つ当たりをするのではなく、その怒りを連休明けに始まる貧困な今の政治と政治家にぶつけなければならない。

  

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2008年05月04日

暮らしと軍事問題は不可分であるという認識の重要性


  暮らしと軍事問題は不可分であるという認識の重要性

  選挙や世論調査のたびに明らかになるのは、国民の最大の関心は生活に直結する問題であるということだ。

  いま日本中で大問題になっているガソリン減税問題といい、後期高齢者医療制度問題といい、生活に直結する問題であるからこそ国民の反応は大きい。怒りも大きい。

  しかし、これらの問題の根本は、国の膨大な累積財政赤字問題にある。国家予算に余裕があればこれほど国民生活を犠牲にする政策をとらなくて済んだはずだ。

  なぜ赤字が累積されたのか。それは予算編成が財務省をはじめとした官僚に独占され、その官僚と利権政治家のしがらみによって、不合理な予算分配が続けられたからだ。

 国民はその不合理な予算編成から、常に遠ざけられたままである。

 そのような、与党政治家と官僚に独占された来た予算編成の中でも、最も聖域になっているのが国防予算である。

 特に日本の場合は国防予算は国民の声がまったく反映されない。一つには、「国防とか安保問題は難しい」と思い込まされているからだ。

 しかし、より大きな理由は、日本の国防政策は対米従属政策と同一であり、国民が何を言っても、政府の答えは、最後は、国民生活を犠牲にして米国に従う事に決まっている、という不毛さがある。

 それを如実に示してくれたのが5月3日の読売新聞一面のスクープである。

 皮肉にも憲法記念日の読売朝刊は、日米関係筋が2日明らかにした、という書き方で、次世代ミサイル防衛システムの日米共同開発に日本が了承した、という記事を一面トップで大きく掲載していた。

 その記事によると、ロシアや中国が新たな弾道ミサイルを開発している事に対抗し、米国は、2006年ごろから、急遽あらたな多弾頭ミサイル開発を検討し始めた。

 そして、米国単独での開発は負担が大きすぎるので、例によって米国は、共同開発という名の肩代わりを日本に求める、というものだ。

 読売新聞のスクープ記事の締めくくりの次の言葉が、すべてを象徴している。

 ・・・日本は当初、同意を渋った。多弾頭型の開発の完了期限や開発費が定まっておらず、「(共同開発を始めたばかりの)単弾道型ミサイルの能力を向上させる現在の日米共同開発に支障が出ることを避けたかった」(防衛省幹部)ためだ。
  ミサイル防衛システムの役割や能力、現状についての理解が、国民に十分浸透していないことも、新技術の共同開発に踏み込みにくい背景にある・・・
  (しかし)ミサイル防衛システムに関する日米協力は深化しており、今後も米国が日本に技術や運用面で様々な要求を求めてくる事が想定される。政府はその都度、国民に説明を尽く努力が必要だろう・・・

 この読売新聞の記事とは裏腹に、日米軍事協力のあらゆる問題は、国民への説明がなされないままに、そして国民の関心の高まりもないままに、どんどんと進められていくに違いない。

 しかもそのために財政負担はとてつもない額である。

  わずかばかりのガソリン税でこれほど大騒ぎをする。75歳の高齢者からむしりとる保険料などはミサイル開発をはじめとした日米軍事協力の負担に比べれば驚くほど少ない。

  そのアンバランス振りがまったく議論されない。追及されない。

  暮らしと軍事問題は不可分である。この事を国民がもっと認識しないと、今のガソリン税問題や後期高齢者医療問題や、更には年金問題さえも、その議論が馬鹿らしく思える。

  その事を教えてくれる読売新聞の5月3日の大スクープである。

 

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2008年05月03日

  「広告を出さない」と新聞社に圧力をかけた財界人


  「広告を出さない」と新聞社に圧力をかけた財界人

  このブログでもたびたび取り上げてきたが、毎週土曜日の読売新聞に連載されている堤清二(辻井喬)の回顧録「叙情と闘争」には、ときおり超ど級の史実が明らかにされることがある。

 5月3日の連載15においても、次のような興味深いエピソードがあった。

  新日鉄の副社長で「財界の政治部長」といわれた藤井丙午に誘われて、堤が朝日新聞社へ出向いて行った時のエピソードである。

 「おお、君、ちょうどいいところで出会った。これから皆で朝日新聞に行くことになっている。君もこないか」と僕を誘った。
 見ると彼と一緒に小坂徳三郎とか警視総監から参議院議員になった原文兵衛とかの顔が見えた・・・
 いわゆる財界の、政治に関するオピニオンリーダーが揃っていたので、新聞社側も広岡知男社長、重役の田代喜久雄氏をはじめ、各部の部長が出てきて、双方7,8名ずつの会談になった。

 広岡社長「今日は何ですか、お歴々がお揃いで」
 藤井丙午「おたくの新聞は、ここのところ二度にわたって、アメリカ空軍は北爆を止めるべきだ、という社説を掲げています。これは明らかに偏向である。もしこういう主張が続くなら、我々はあなた方の新聞に広告出稿ができなくなる。その事をお伝えするために来たんです・・・」


  ベトナム戦争で北爆が激しくなった時であるから、60年代前半の頃の事である。

  それから40年以上たった今日、新聞業界はかつて以上に広告収入に依存するようになった。

  だから今日では、ますますこのような圧力が強まっている事だろうと思ってこれを読んだ。

  そのせいで朝日新聞の論調が変わってきたのか。それとも、このような圧力をかける必要がないほど、朝日新聞が権力側にとって都合がいい新聞に変容してしまったのか、どちらだろうと思ってみたりする。

 

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2008年05月03日

福島重雄元裁判長ふたたび

 福島重雄元裁判長ふたたび

   私は5月1日のブログで、長沼ナイキ基地訴訟で違憲判決を下した当時の福島重雄札幌地裁裁判長が、朝日新聞に投稿した事について書いた。

   今度は、その福島裁判長をインタビューした記事が、5月3日の東京新聞「こちら特報部」に大きく掲載されていた。

   福島裁判長とは一面識もない私であるが、新聞記事を通して伝わってくる彼の生き方に、私はふたたび強い感銘を受けた。

   いくつかの彼の言葉を以下に引用しながら、その厳しい自己規制の人生を、読者とともに追体験してみたいと思ってこのブログを書いた。

   彼の生き方に賛同しない人がこの世の中に多く存在する事を私は知っている。それどころか、時流に身を任せて少しでも出世しようと考える者が大多数だろう。

   それはそれでいい。

   たとえば、国家権力に迎合し、違憲判決を避けて出世していった同期の裁判官たちよ。

   福島裁判長をほめなくてもいい。

   しかし、少なくとも、「福島はおろかだ」、とは言わないで欲しい。「俺たちのように要領よく生きたほうが人生勝ちだ」などと、自信を持たないで欲しい。

   どんなにうまく過ごした人生であっても、80近くにもなれば後は死が待っているだけだ。せめて人生の最後ぐらいは自分に素直になってもらいたい。

   次の福島裁判長の言葉を読んで、自分の人生との違いを振り返ってみて欲しい。いずれの人生であっても、やがて終わりを迎えるのだ・・・

  「・・・長沼事件なんて思い出したくないし、なるべく触れたくない。だから、当時の新聞を読んだ事もないし、資料も寄付してしまったんです・・・」

  69年、札幌地裁で判事になり、まもなくナイキ訴訟を担当。審理中に平賀健太所長(故人)から手紙が届く。
  「・・・最初は所長室や自宅に呼ばれ、口頭で『重要な事件だから、慎重に』と言われた。容認するなということです。所長と顔をあわせないようにしたら書簡が届いた・・・行政庁(法務省)出身の平賀さんを札幌地裁の所長にした最高裁の意図は見当がついた・・・」

  違憲判決を言い渡した翌年、東京地裁の手形事件担当に異動。その後、福島と福井の家庭裁判所へ。裁判長として判決を書くことは二度となかった。
  「・・・裁判官は憲法で身分が保障され、意思に反して免官、転官、転所されない、とされているが、そんなのは口先だけ。人並みの仕事もさせてくれない。ナイキ判決の後、ずっと辞めたかった・・・」

  4月17日のイラク訴訟違憲判決を知って、
  「・・・ここまで踏み込んでくれる裁判官が残っていたのは、一人じゃ寂しいですが、多少は心強い。五十年、六十年も違憲判決が出ないのでは、と考えないわけではなかったですから。消極ムードの中で、頑張って判決した・・・」

  最高裁の長官や判事は、内閣に指名、任命される。
  「・・・その最高裁が下級審を操る。どうしても政府の意向に沿うような流れになります。誰だって冷や飯を食うのは嫌だし、流れに乗って所長にでもなったほうがいいと思う。そういう裁判所の体制にしちゃった・・・本来もっと和気あいあいとした所だったが、司法行政がそういうふうにつくってしまった・・・」

 「法治国家なら憲法に従って社会制度をつくるのが当然。憲法の言う通り武力なしで努力する事もせず、最初から憲法だけを改正しようとするのは憲法に失礼だと思う・・・」

 「・・・今でも嫌な思い出ですが、年も年だし、後に言い残しておいたほうが、人のためになるかと思って・・・何かを残しておかないとね」

  

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