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2008年05月04日

暮らしと軍事問題は不可分であるという認識の重要性


  暮らしと軍事問題は不可分であるという認識の重要性

  選挙や世論調査のたびに明らかになるのは、国民の最大の関心は生活に直結する問題であるということだ。

  いま日本中で大問題になっているガソリン減税問題といい、後期高齢者医療制度問題といい、生活に直結する問題であるからこそ国民の反応は大きい。怒りも大きい。

  しかし、これらの問題の根本は、国の膨大な累積財政赤字問題にある。国家予算に余裕があればこれほど国民生活を犠牲にする政策をとらなくて済んだはずだ。

  なぜ赤字が累積されたのか。それは予算編成が財務省をはじめとした官僚に独占され、その官僚と利権政治家のしがらみによって、不合理な予算分配が続けられたからだ。

 国民はその不合理な予算編成から、常に遠ざけられたままである。

 そのような、与党政治家と官僚に独占された来た予算編成の中でも、最も聖域になっているのが国防予算である。

 特に日本の場合は国防予算は国民の声がまったく反映されない。一つには、「国防とか安保問題は難しい」と思い込まされているからだ。

 しかし、より大きな理由は、日本の国防政策は対米従属政策と同一であり、国民が何を言っても、政府の答えは、最後は、国民生活を犠牲にして米国に従う事に決まっている、という不毛さがある。

 それを如実に示してくれたのが5月3日の読売新聞一面のスクープである。

 皮肉にも憲法記念日の読売朝刊は、日米関係筋が2日明らかにした、という書き方で、次世代ミサイル防衛システムの日米共同開発に日本が了承した、という記事を一面トップで大きく掲載していた。

 その記事によると、ロシアや中国が新たな弾道ミサイルを開発している事に対抗し、米国は、2006年ごろから、急遽あらたな多弾頭ミサイル開発を検討し始めた。

 そして、米国単独での開発は負担が大きすぎるので、例によって米国は、共同開発という名の肩代わりを日本に求める、というものだ。

 読売新聞のスクープ記事の締めくくりの次の言葉が、すべてを象徴している。

 ・・・日本は当初、同意を渋った。多弾頭型の開発の完了期限や開発費が定まっておらず、「(共同開発を始めたばかりの)単弾道型ミサイルの能力を向上させる現在の日米共同開発に支障が出ることを避けたかった」(防衛省幹部)ためだ。
  ミサイル防衛システムの役割や能力、現状についての理解が、国民に十分浸透していないことも、新技術の共同開発に踏み込みにくい背景にある・・・
  (しかし)ミサイル防衛システムに関する日米協力は深化しており、今後も米国が日本に技術や運用面で様々な要求を求めてくる事が想定される。政府はその都度、国民に説明を尽く努力が必要だろう・・・

 この読売新聞の記事とは裏腹に、日米軍事協力のあらゆる問題は、国民への説明がなされないままに、そして国民の関心の高まりもないままに、どんどんと進められていくに違いない。

 しかもそのために財政負担はとてつもない額である。

  わずかばかりのガソリン税でこれほど大騒ぎをする。75歳の高齢者からむしりとる保険料などはミサイル開発をはじめとした日米軍事協力の負担に比べれば驚くほど少ない。

  そのアンバランス振りがまったく議論されない。追及されない。

  暮らしと軍事問題は不可分である。この事を国民がもっと認識しないと、今のガソリン税問題や後期高齢者医療問題や、更には年金問題さえも、その議論が馬鹿らしく思える。

  その事を教えてくれる読売新聞の5月3日の大スクープである。

 

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2008年05月03日

  「広告を出さない」と新聞社に圧力をかけた財界人


  「広告を出さない」と新聞社に圧力をかけた財界人

  このブログでもたびたび取り上げてきたが、毎週土曜日の読売新聞に連載されている堤清二(辻井喬)の回顧録「叙情と闘争」には、ときおり超ど級の史実が明らかにされることがある。

 5月3日の連載15においても、次のような興味深いエピソードがあった。

  新日鉄の副社長で「財界の政治部長」といわれた藤井丙午に誘われて、堤が朝日新聞社へ出向いて行った時のエピソードである。

 「おお、君、ちょうどいいところで出会った。これから皆で朝日新聞に行くことになっている。君もこないか」と僕を誘った。
 見ると彼と一緒に小坂徳三郎とか警視総監から参議院議員になった原文兵衛とかの顔が見えた・・・
 いわゆる財界の、政治に関するオピニオンリーダーが揃っていたので、新聞社側も広岡知男社長、重役の田代喜久雄氏をはじめ、各部の部長が出てきて、双方7,8名ずつの会談になった。

 広岡社長「今日は何ですか、お歴々がお揃いで」
 藤井丙午「おたくの新聞は、ここのところ二度にわたって、アメリカ空軍は北爆を止めるべきだ、という社説を掲げています。これは明らかに偏向である。もしこういう主張が続くなら、我々はあなた方の新聞に広告出稿ができなくなる。その事をお伝えするために来たんです・・・」


  ベトナム戦争で北爆が激しくなった時であるから、60年代前半の頃の事である。

  それから40年以上たった今日、新聞業界はかつて以上に広告収入に依存するようになった。

  だから今日では、ますますこのような圧力が強まっている事だろうと思ってこれを読んだ。

  そのせいで朝日新聞の論調が変わってきたのか。それとも、このような圧力をかける必要がないほど、朝日新聞が権力側にとって都合がいい新聞に変容してしまったのか、どちらだろうと思ってみたりする。

 

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2008年05月03日

福島重雄元裁判長ふたたび

 福島重雄元裁判長ふたたび

   私は5月1日のブログで、長沼ナイキ基地訴訟で違憲判決を下した当時の福島重雄札幌地裁裁判長が、朝日新聞に投稿した事について書いた。

   今度は、その福島裁判長をインタビューした記事が、5月3日の東京新聞「こちら特報部」に大きく掲載されていた。

   福島裁判長とは一面識もない私であるが、新聞記事を通して伝わってくる彼の生き方に、私はふたたび強い感銘を受けた。

   いくつかの彼の言葉を以下に引用しながら、その厳しい自己規制の人生を、読者とともに追体験してみたいと思ってこのブログを書いた。

   彼の生き方に賛同しない人がこの世の中に多く存在する事を私は知っている。それどころか、時流に身を任せて少しでも出世しようと考える者が大多数だろう。

   それはそれでいい。

   たとえば、国家権力に迎合し、違憲判決を避けて出世していった同期の裁判官たちよ。

   福島裁判長をほめなくてもいい。

   しかし、少なくとも、「福島はおろかだ」、とは言わないで欲しい。「俺たちのように要領よく生きたほうが人生勝ちだ」などと、自信を持たないで欲しい。

   どんなにうまく過ごした人生であっても、80近くにもなれば後は死が待っているだけだ。せめて人生の最後ぐらいは自分に素直になってもらいたい。

   次の福島裁判長の言葉を読んで、自分の人生との違いを振り返ってみて欲しい。いずれの人生であっても、やがて終わりを迎えるのだ・・・

  「・・・長沼事件なんて思い出したくないし、なるべく触れたくない。だから、当時の新聞を読んだ事もないし、資料も寄付してしまったんです・・・」

  69年、札幌地裁で判事になり、まもなくナイキ訴訟を担当。審理中に平賀健太所長(故人)から手紙が届く。
  「・・・最初は所長室や自宅に呼ばれ、口頭で『重要な事件だから、慎重に』と言われた。容認するなということです。所長と顔をあわせないようにしたら書簡が届いた・・・行政庁(法務省)出身の平賀さんを札幌地裁の所長にした最高裁の意図は見当がついた・・・」

  違憲判決を言い渡した翌年、東京地裁の手形事件担当に異動。その後、福島と福井の家庭裁判所へ。裁判長として判決を書くことは二度となかった。
  「・・・裁判官は憲法で身分が保障され、意思に反して免官、転官、転所されない、とされているが、そんなのは口先だけ。人並みの仕事もさせてくれない。ナイキ判決の後、ずっと辞めたかった・・・」

  4月17日のイラク訴訟違憲判決を知って、
  「・・・ここまで踏み込んでくれる裁判官が残っていたのは、一人じゃ寂しいですが、多少は心強い。五十年、六十年も違憲判決が出ないのでは、と考えないわけではなかったですから。消極ムードの中で、頑張って判決した・・・」

  最高裁の長官や判事は、内閣に指名、任命される。
  「・・・その最高裁が下級審を操る。どうしても政府の意向に沿うような流れになります。誰だって冷や飯を食うのは嫌だし、流れに乗って所長にでもなったほうがいいと思う。そういう裁判所の体制にしちゃった・・・本来もっと和気あいあいとした所だったが、司法行政がそういうふうにつくってしまった・・・」

 「法治国家なら憲法に従って社会制度をつくるのが当然。憲法の言う通り武力なしで努力する事もせず、最初から憲法だけを改正しようとするのは憲法に失礼だと思う・・・」

 「・・・今でも嫌な思い出ですが、年も年だし、後に言い残しておいたほうが、人のためになるかと思って・・・何かを残しておかないとね」

  

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2008年05月02日

中国遺棄化学兵器事業の不正を許した真の責任者


 中国遺棄化学兵器事業の不正を許した真の責任者


  ここ何ヶ月もの間、大手民間コンサルタント会社PCIによる、中国遺棄化学兵器ODA事業の不正流用疑惑が、大きく報道されてきた。

  そして、元社長である荒木民生容疑者の強引な言動に批判が集中されてきた。

  しかし、荒木容疑者のそのような言動を放置してきたのは誰か。それを指摘する記事がこれまで見られなかった。

  それをはじめて明らかにしたのが、5月2日の東京新聞である。

  すなわち、東京新聞は、特集記事「核心」の中で、荒木容疑者らの特別背任容疑の逮捕と、資金の流れの解明が進む中で、この事業をPCIに丸投げしてきた国の杜撰な仕事ぶりこそ、不正流用の温床であった、と指摘している。

  「他(の会社)はどこも手をあげなかった。非常にうまみのあるビジネスだ」
  「どれだけ弾(兵器)が出てくるか分からないから、中国に言われるまま日本は費用を払う事になる」

 これらは東京新聞に語られた関係者の証言である。この言葉からは中国政府や人民解放軍幹部への「上納金」の存在すら臭う。

  それでは、日本政府のどこがこの事業の責任部局であったか。それは1999年に内閣府に設置された担当室である。

  防衛庁(当時)や外務省などからの出向者で作られたこの内閣担当室こそ、遺棄化学兵器のスキャンダルを生んだ責任部局なのである。

  この担当部局は遺棄化学兵器の知識を持たない素人集団である。おまけにそこに送られてくる出向職員は、関係省庁の二流、三流職員の寄せ集めである。士気は上がらない。

  私もかつて内閣安全保障室に出向を命じられた事がある。その経験からこの中国遺棄化学兵器担当室の実態が容易に想像がつく。

  中国に遺棄されたままの化学兵器の処理という、重要だが後ろ向きの仕事を、出向職員からなる内閣担当室に押し付けた外務省、防衛庁の責任者こそ責められるべきなのである。

  特に、ODAを一元的に所管し、取り仕切る立場にある外務省の責任は大きい。

  パシフィックコンサルタント社は、長年にわたって外務省のODA事業を数多く受注してきたコンサルタント会社であり、外務省国際協力局と、その指揮・監督下にある国際協力機構(前身である国際協力事業団ーJICA)との関係は深い。

  結局、PCIは政府から仕事を丸投げされたのだ。それをいいことに、社長ら役員を送り込んだ「遺棄化学兵器処理機構」を設立し、事業を政府(内閣担当室)、外務省、国際協力機構から再委託、再々委託され、随意契約の利権をむさぼったのだ。

  総額一兆円ともささやかれるこの中国遺棄化学兵器事業の経費は、もとをただせばODAという名の血税である。

  繰り返して指摘する。このスキャンダルの真の責任者は、内閣に設置された担当室の無責任な丸投げ体質であり、パシフィックコンサルタントとの長年のODA事業委託関係を続けてきた、外務省とその実施機関である国際協力機構(その前身である国際協力事業団ーJICA)なのである。

  5月2日付けの東京新聞の特集記事は、この事ははじめて教えてくれた

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2008年05月01日

 ガソリン減税の混乱を煽り立てるメディア


 ガソリン減税の混乱を煽り立てるメディア

   この国の政治を語る事は馬鹿らしく思えてくる。だから極力書かずにすまそうとしてきたのだが、これだけはどうしても書いておかなければならないと思った。

   それはガソリン税をめぐる報道姿勢についてである。

   世論の多くがガソリン減税を支持し、暫定税率復活に反対していた。それにもかかわらず福田首相は復活させた。国民に喧嘩を売っているようなものだ。どう考えても福田首相は反国民的である。

   それにもかかわらず、メディアは福田首相への批判に向かわない。

   ガソリン価格が下がったのはわずか一ヶ月間だ。また値上げが復活した。何のための価格値下げだったのか。混乱するばかりだ。などと、あたかも民主党が反対した事が混乱の原因であるかのような報道ばかりだ。

   そんな情報操作に惑わされる事なく、我々は一連の税制改革について、それが国民のための議論ではなく、課税権限を手放したくない官僚と、その官僚に乗った自民党政治の税制改革でしかない、という一点を、見逃してはならない。

   それを教えてくれた貴重な記事を、4月29日の毎日新聞に見つけた。財務省と総務省(旧自治省が、地方財源改革をめぐって対立しているという記事である。

   すなわち、財務省は地方への税源移譲を認めるのであれば、その代わりに国が一般財源から地方に配分する地方交付税を大幅に削減すると主張する。

   しかし、総務省(旧自治省)は、地方交付税は自分たちが自治体を支配するための既得権であると捕らえている。だからはじめに地方交付税の削減ありき、という財務省の方針には徹底的に反発する。

   実は福田首相が暫定税率復活にここまで固執する理由も、財務省と国交省(旧建設省)の対立tという、国民不在の官僚支配にある。

   すなわち、暫定税率の名の下に道路建設予算を既得権益化している国交省と、その国交省から道路建設予算を既得権益化して配分してもらっている自治体は、一般財源化などくそ食らえなのである。

   そんな官僚のエゴを抑えきれない福田首相の官僚依存体質こそ、ガソリン税復活に見せた国民不在の福田政治の正体なのである。

   メディアがこの事を知らないはずはない。この国民不在の、官僚による血税の奪い合いを放任している福田政治の本性を知らないはずはない。

   しかし、メディアは、自民党・官僚体制を敵に回しては情報をもらえないとばかり、本当の事を国民に知らせようとしない。国民から背を向けて、もっぱら自民党と官僚の方ばかりを見ている。

   そんなメディアこそが国民の本当の敵であるのかも知れない。

   

   

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2008年05月01日

なぜ今ごろ騒ぐ


  なぜ今ごろ騒ぐ

  4月30日の東京新聞で、東京新聞が行っている「読者と対話の日」についての報告記事が掲載されていた。4月19日に、千代田区内幸町で開かれた第264回目の「読者との対話の日」の集いであるという。

  その中で、後期高齢者医療の問題について、「この問題を、なぜ今、騒ぐのか。早くから決まっていたのではないか・・・マスコミでとりあげてほしいことがたくさんある・・・・」と、マスコミの反応の遅れを指摘する意見が出されたという。

  これに対し、佐藤育男政治部長は、「後期高齢者医療制度ができたのは、2年前の小泉政権の時・・・当時、後期高齢者医療制度の問題点を報道しなかったのは、マスコミの責任だ」と答えたという。

 素直に非を認める佐藤部長には好感が持てる。

 しかし、私がここで注目したのは、五十住和樹社会部デスクの次の言葉だ。

 五十住デスクは、「制度の仕組みが複雑で担当記者にも難解な面もある」と答えたのだ。

 この率直な白状に、官僚支配のこの国の行政の本質的な問題がある。

 官僚は、暇に任せて机上の空論を重ね、複雑で、矛盾に満ちた欠陥法律を乱造してきた。そうして、自分たちだけが理解できる法律をつくって、自分たちの権限を守ってきたのだ。

 選挙の事しか頭にない政治家に、そんな複雑な法律が理解できるはずはない。採決前に官僚を呼びつけて教えてもらうような政治家ばかりだ。官僚の用意した法案を、ただ採決するだけの与党政治家なのである。

 野党政治家は、曲がりなりにも勉強をして問題点を追求する努力をする。しかし、多勢に無勢である。官僚は、議員もスタッフも少ない野党が追及できないように、わざと法案を複雑にし、乱造する。

 野党議員はアップアップ状態なのだ。

 ましてや、他社との競争に明け暮れる若い記者が、官僚のつくる法案を勉強して、その真意を見抜く事など出来るはずはない。

 こうしてこの国の、国民を切り捨てる政策がどんどんと作られていく。その多くは後になって多くの問題点が含まれている事が明らかになる。

 「今ごろ騒いでも法案が通ってしまったら終わりだ」

 そういう官僚の高笑いが、私には聞こえる。

 

 

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2008年05月01日

アフリカ開発会議という名のままごと遊び

 アフリカ開発会議と言うの名のままごと遊び

  こういう記事を書くことは私の本意ではない。読者にとって得るものがないからだ。外務省の仕事にケチをつけるだけの話だからだ。

  しかし、かねてから一度は書いておかねばならないと思っていた。外務省のやり方があまりにも目に余るものがあるからだ。その事を指摘できるのは私しかいない。それに免じておつきあい願いたい。

  4月29日の各紙は、「『日本・アフリカサミット』とあえて言わせていただく」という藪中事務次官の記者会見での唐突な発言を紹介していた。

  5月末に横浜市で開催予定の第4回アフリカ開発会議の名称を、外務省が、突然変更したのだ。

  第4回アフリカ開発会議は、40カ国のアフリカ首脳が参加する今年の日本外交の目玉行事である。

  それにもかかわらず、「国民にほとんど知られていない」。だから7月のサミットにあわせて、急遽「日本・アフリカサミット」と呼称して、思いつきで分かりやすさを狙ったのだ。

  すでにポスターなど印刷済みで、事務局は戸惑っている、というのにである。

  実は外務省はこのアフリカ開発会議を外務省OBや御用学者を使ってやたらに宣伝してきた。

  4月30日の産経新聞では岡本行夫氏が「人界観望楼」というコラムで、「アフリカが歩き始めた」などと持ち上げている。

  五百旗頭真防衛大学校校長(神戸大学名誉教授)や北岡伸一東大教授など、外務省御用達の学者が、最近新聞や雑誌で、やたらにアフリカ外交の重要性を書いている。

  笑止千万である。藪中といい岡本といい、五百旗頭、北岡教授といい、彼らはおよそアフリカなどには関心も知見もない対米重視一本やりの連中である。

  それがここへきてにわかにアフリカ外交の重要性を訴えている。明らかな宣伝活動である。

  米国研修を終えて私が最初に勤務したのがナイジェリアだった。72年の事だ。

  そして85年に外務省で課長になったのが英語圏アフリカ諸国を担当するアフリカ二課であった。

  さらには経済援助を担当して、アフリカ諸国の殆どを訪れている。

  だからアフリカ外交について、私は発言する資格はあると言わせてもらっていいだろう。

  日本外交の中で、アフリカは不在である。外務省幹部でまともにアフリカの事を考える者はいない。

  そういう連中が、今、日本・アフリカサミットの重要性を訴えている。

  この財政難の時代に、外務省はアフリカ地域に援助をばら撒き、名前も知られていないようなアフリカの小国に日本大使館を増設し、大使を乱造して税金の無駄遣いをしている。

  このいかさま外交を、鈴木宗男の秘書をしていたムルアカ氏が、月刊誌レベラルタイムス5月号で見事に言い当てていた。

  当時外務政務次官(今の副大臣)の鈴木宗男議員を利用して、関心のないアフリカに脚光を当てようとしたのが外務官僚であった。その外務官僚が、思いついたのがアフリカ開発会議であったのだ。

  以来、5年に一回のペースで開かれてきたこのアフリカ会議で外務省が行った事といえば、東京で会議を開催し、アフリカ諸国の閣僚を招待してばら撒いただけであった。

  そんなアフリカ開発会議は、アフリカの自立と発展にはなんら貢献しなかった。

  日本の都合でアフリカ外交をやっているというパフォーマンスの繰り返しであった。アフリカ諸国の間で失望と不満が出るのも無理はない。

  アフリカ諸国は見抜いている。外務省は本気になってアフリカの開発や生活向上のために支援する気はないと。

  日本の外務省が求めているのは、国連の一票であり、アフリカの資源でしかないと。そして援助をばら撒いて日本企業に仕事を与えてる事であると。

  そんなアフリカ諸国の冷めた意識を象徴するのが、安保理常任理事国入りを切望する日本に対し賛成票を投じなかったアフリカ諸国なのであった。

  5月末に開かれる日本・アフリカサミットは、大挙して押しかけるアフリカ首脳とその一行の世話と、ホテル、観光業者を喜ばすだけの壮大なパフォーマンスでしかない。

  そんなエネルギーと経費があるのなら、金をかけることなく頭を使う、もっと重要な外交を行うべきである。
  

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2008年05月01日

 長沼ナイキ訴訟で違憲判決を下した元判事の朝日新聞投稿

 
 長沼ナイキ訴訟で違憲判決を下した元判事の朝日新聞投稿


  福島重雄という元判事が、先般の名古屋高裁の自衛隊イラク派兵訴訟の違憲判決について、5月1日の朝日新聞に投稿していた。

  最初は気づかなかったが、読み始めてすぐにわかった。「・・・9条をめぐる裁判での違憲判断は、私が札幌地裁の裁判長時代に言い渡した『長沼ナイキ基地訴訟』の自衛隊違憲判決以来、実に35年ぶりのことだ・・・」というくだりを読んだ時に、この人があの福島裁判長だったのか、とピント来た。

  彼は、その投稿の中で、福田首相が今回の違憲判断に対して「傍論、脇の論ね」とそっけなくつっぱねた事や、「主文に影響しない違憲判断は蛇足だ」という一部批判に言及した上で、

  事実認定をまず確定した上で、その事実に基づいて、原告に訴訟するだけの権利、利益があるのかどうかを判断した手法は、裁判のあり方としては常道であり、なんら問題はない、と断じている。

  それどころか、航空自衛隊トップの「そんなの関係ねえ」発言をはじめ、政府関係者の指摘の多くは、判決のインパクトを弱めようとする意図が感じられる、と書いている。

  私もまったく同感である。

  あの判決は、在日米軍基地や自衛隊という一つの存在が違憲であるとした従来の違憲判決を超えて、「自衛隊を米軍の後方支援のためにバクダッドへ派遣した」という「政府の政策そのもの」が違憲である、と断じた点で、実に画期的な判決であった。この事はいくら強調してもしすぎることはない。

  だからこそ政府は慌て、ことさらにあの判決を貶め、一蹴しようとしたのである。

  しかし、私がこの福島元判事の投稿の中で最も注目した箇所は、国防など高度に政治性のある国家行為について「司法は判断権を有しない」とする、いわゆる「統治行為論」をとることなく、裁判所は堂々と憲法判断をすべきである、と次のように断じている部分である。

  「私は(長沼ナイキ訴訟の)判決でこれを採用しなかった。なぜなら憲法81条は最高裁判所は、一切の法律、命令、規則または処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する最終裁判所であると規定しており、このような憲法の下で、司法の審査に服さない国の行為の存在を考える余地はない・・・三権分立の中で、司法が一定の分野について判断を避けるという姿勢は、政治に追従、譲歩することに他ならず、日本が法治国家を(放棄することになるからである)・・・私はこうした考えから、自衛隊と憲法9条を、(司法)判断の対象にすることに、なんら迷いはなかった・・・」

  この物言いは、一見すると、自分のとった行動の自慢話のように聞こえる。間接的に名古屋高裁の裁判長に、主文の中で違憲判決を堂々と下すべきであった、と注文をつけているように聞こえる。

  しかし、決してそうではない。この投稿文の全体に貫かれている主張は、名古屋地裁の勇気ある判決を、我々国民はもっと重く受け止め、国民の力で、この国のゆがんだ政治とそれに追随する官僚支配を、正していかねばならない、とするほとばしる叫びであることがわかる。

  私は最後に書かれていた福島元判事の経歴をしみじみと読み返した。73年の長沼ナイキ判決後、彼は東京地裁から、福島、福井家裁に追いやられ、定年を9年残して、89年に退官している。

  現在富山市で弁護士を続けている77歳の元判事に、出世をなげうって国家権力と戦った反骨魂を見る。

  ふやけきった今の日本に真に必要な人物は、この福島元判事のような日本人ではないのか。そう思って私はこの投稿を何度も何度も読み返した。
  

  

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2008年04月30日

 普天間基地は不要であると言う米国ジャーナリスト

 普天間基地は不要であると言う米国ジャーナリスト

   連休中のネタ枯れのなかで、週刊東洋経済5月3・10日号に注目すべき記事があった。

   ピーター・エニスというニューヨーク在住の週刊東洋経済誌特約ジャーナリストが、行き詰まっている沖縄の米軍基地問題について、現状打開の提案をしているのだ。

   「日米関係は重大な問題を抱えている。日本における米軍基地を将来どうするか、という問題である。とりわけ、在日米軍の大半が駐留する沖縄の基地をどうするのか・・・」

   こういう文章で始まるエニス氏の記事は、結論から言えば在日米軍を存続させるための提案である。

  すなわち、在日米軍を青森県の三沢基地、神奈川県の横須賀基地、そして沖縄県の嘉手納基地の三箇所に集約・再編し、沖縄の海兵隊は縮小する。
  そして、最終的には米軍基地と自衛隊基地を統合・共有化し、日本の主権を尊重し、反米感情を抑えるために、基地には両国の国旗を掲げるが、星条旗を日章旗の下に掲げる、というものである。

  日米軍事同盟に反対し、在日米軍の縮小・撤退を主張する私にとっては、このような考えはまったく受け入れられないものである。それよりも、米国政府がこのような考えを現時点で受け入れる事はない。

  だからこのエニス氏の提案は私にとっては興味のない提案である。

  しかし、この提案の背景にあるエニス氏の次のような指摘に、私は注目した。一人でも多くの国民にそれを知ってもらいたい。そう思ってこのブログを書いている。

  エニス氏は沖縄問題に関しては三つのねじれが問題を複雑にしているという。

  ねじれの一つは日本政府や国民(東京)が沖縄の思いをまったく無視しているという東京ー沖縄間のねじれである。
  日本はもっと沖縄の住民の気持ちを尊重すべきであると、米国人が言っているのである。
  もちろんその背景には、米軍基地を存続させるには沖縄の反米感情をこれ以上高めるような政策を日本政府は取るべきではないと言っているのだ。

  二つ目のねじれは、米国政府と日本政府との間のねじれである。
  そもそも米国は沖縄の基地を手放す気は当初からなかった。確かに72年には沖縄施政は日本に変換された。
  しかし、米国は、その時も今も、基地の削減や返還について、日本側と真剣に話し合おうとした事は一度もなかった。
  その米国の考えを知ってか知らず課、いたずらに米軍基地撤退の期待を日本政府が沖縄県民や日本国民に持たせることが、問題をこじらせた原因だと言っているのだ。

  三つ目のねじれは、米海兵隊と米空軍との間の対立というねじれである。
  すなわち、もはや沖縄には今あるような大規模な海兵隊は戦略的に不要であるにもかかわらず、海兵隊は日本から受けている巨額の「思いやり予算」を手放したくないために駐留を続けている。
  その米海兵隊と米空軍は対立関係にある。だから基地の合理化は米国に任せていては進まない。  日本のほうから基地の整理・統合化のイニシアテブをとるべきであるにもかかわらず、日本側からは何の動きもない。米側の言う事を聞いているだけでは物事は建設的に進まない、という指摘である。

   米国人ジャーナリストに週刊誌上でここまで言われているのである。

   日本政府の安全保障政策とは一体何なのか。その日本政府の言われるままに、黙って米軍基地を抱え込む大多数の日本国民はいい面の皮である。
 
   その事を知らせてくれたエニス氏の記事であった。  

  

  
  

   

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2008年04月30日

  また一つ、日米関係の闇が明らかになったー砂川判決に介入した米国


 また一つ、日米関係の闇が明らかになったー砂川判決に介入した米国

  百の凡庸な評論よりも、一つの事実が全てを語ってくれる。これが私のブログの基本姿勢である。

  シナリオと振り付けによって、お笑い芸人までもが評論家気取りの借り物の論説を語る時代になった。政治家や学者やメディア関係者が、芸能人と一緒になって評論を繰り返す時代になった。

  そんな風潮の昨今において、この基本姿勢はますます重要である。

  我々は、少しでも多くの事実を知る努力をすべきだ。嘘と情報操作が氾濫している中で、真実に迫る努力をすべきだ。そこからすべてが始まる。

  連休中である。報道関係者も休んでる。チベット問題やガソリン減税は、そんな休みににはもってこいのニュースネタだ。毎日、毎日、同じニュースを繰り返していればいいからだ。

  そこから得られるものは何もない。刷り込みが頭の中に固定されるだけだ。意見の対立が増幅されるだけだ。

  そのような不毛な報道の中で、今日の毎日新聞と東京新聞の二紙が、日米安保関係の闇を照らす歴史的大事実について報道してくれた。

  それは、「米軍駐留は憲法違反」と断じた59年の東京地裁の砂川判決を覆す最高裁判決の影に、米国の露骨な司法介入があったという事実が、米国の機密資料で明らかになったという記事である。


  いうまでもなく、戦後の日本を規定してきたのは、「米国の日本占領」であった。そして、その延長線上の、自民党政権の「対米追従政策」であった。

  そして、この政策は小泉政権の5年半で完結し、いったんは経済大国に復興したと思い込まされていた日本が、今日のように格差に困窮する日本に様変わりし、長年の温和な日本社会がモラル破綻する日本に終わろうとしている。

  毎日新聞や東京新聞が報じているスクープの内容の詳細を書く余裕はない。ここでは次の諸点を強調しておきたい。

  それは、まず、この史実が、日本の資料ではなく、例によって機密指定解除された米公文書によって明らかにされたという事だ。新原昭治という研究者が見つけたという。

  その発見とは、「米軍駐留は憲法違反」という東京地裁判決(伊達判決)に衝撃を受けたマッカーサー駐日大使(マッカーサー総司令官の甥)が、その判決の破棄を求めて当時の藤山愛一郎外相や田中耕太郎最高裁判所長官に外交圧力をかけていた事であり、その露骨な政治介入を、日本の指導者が唯々諾々と従っていたという新事実である。

  それにしても、このような歴史的大発見を、朝日、読売、日経、産経が、まったく取り上げていないという事が興味深い。後追いでこれから書くのか。それとも出し抜かれたからしゃらくさいと思って取り上げないのか。

  それとも、自民党政府にはあまりにも都合が悪い事実だから握りつぶそうとするのか。

  すべては連休中であるからと思うことにしよう。連休中を狙って行われるガソリン税引き上げ再議決問題が、国民にとって最大の問題であるからだと思うことにしよう。

  しかし、連休が終わり、それらがすべて落ち着いた後には、このニュースが、改憲問題や米軍再編問題と絡めて大きく取り上げられ、戦後62年の日米同盟関係が、国民の前で大きく論じられるようになると期待したい。

  

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2008年04月29日

 米政府関係者によって次々に明らかにされていくイラク開戦の実態


 米政府関係者によって次々に明らかにされていくイラク開戦の実態

  イラク開戦の検証は末永く、忍耐強く、続けられなければならない。

  それは、イラク戦争が今も継続しているからだけではない。

  この戦争を検証する事は、これから起きるであろう、同様に愚かな戦争の、最大の抑止になりうると期待されるからだ。

  いや、この反省を今後の愚かな戦争の抑止としてなんとしても生かさなければならない。失われた犠牲者の命を無駄にしないためにも。

  4月29日の毎日新聞は、次のような米政府関係者のあらたな証言を掲載していた。元米国家情報評議会(NIC)情報官ポール・ピラー氏の言葉である。

  それにしても、日本のメディアや政府関係者OBの中から、ただの一人として、意味のある言葉が発せられる事はない。米国と日本の彼我の差を見る思いである。

  ・・・(質の悪い情報に頼ったという)情報以前の問題として、ブッシュ政権は、イラク開戦を決定し、政権幹部は「開戦の理由になる情報はないか」と繰り返した。
  政策決定者は開戦に都合のいい情報だけを求めていた・・・過去、米国がかかわった主な戦争は、なんらかの攻撃に対応する形で行われてきた。しかし、今回は、米国指導部が仕掛けた攻撃で(あった)誤った異常な戦争だ(った)・・・
  (われわれ)情報当局者は今の混乱に驚いてはいない。民族、宗派の対立の激化を予想していたからだ。一方、政策決定者にとってこの事態は想定外だった。彼らは、戦争を支持する少数の専門家による最も楽観的な見通しに頼っていた・・・
  占領への準備が十分でなかったのは確かだ(が)、どれだけ周到に準備していたとしても、混乱回避は難しかっただろう・・・
  米軍はすぐ撤退すべきだ。撤退後、状況がさらに悪化するという意見があるが、駐留を長引かせたところで、それ(事態の悪化)は変わらない・・・

 

  

  

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2008年04月29日

産経新聞の大スクープー自衛隊基地内にゴルフ場


 産経新聞の大スクープー自衛隊基地内にゴルフ場

 連休で皆が休んでいる時だから騒がれないのかも知れないが、4月29日の産経新聞は一面トップで、この記事を載せた。他紙にはまったく見られない大スクープである。

 全国の自衛隊基地や駐屯地の敷地内で、計11箇所のゴルフ施設があり、隊員や関係者が無料か格安料金で使っているというのだ。

 在日米軍基地内にゴルフ場があり、それを日本政府が財政援助したり、自衛隊員が使用している事の適否については、これまでにも指摘されてきた。

 しかし、自衛隊基地の中に、自分たちだけのゴルフ施設をもって使っていたとは、さすがの私も知らなかった。しかもそれらが、米軍基地内で米軍が使っていたものが国に返還されたものであるという。それを自衛隊が使っているのだ。

 産経新聞の記事を読むと、いくつかの興味ある点にきづく。

 まずこの事実が明らかになった経緯である。産経新聞によればこの事実が明らかになったのは、3月に民主党議員が衆院に提出した「在日米軍基地内ゴルフ場施設の利用に関する質問趣意書」で、在日米軍基地内のゴルフ場の実態を問い合わせた事がきっかけだったという。

 つまりひょうたんから駒がでたということだ。偶然に明るみになったわけであり、それほど国民に隠されていたということだ。

 二つ目に、この民主党議員は、なぜこのような貴重な情報を入手した時点で、記者会見などを通して国民に公表しなかったのかという点である。大きな得点になったはずであるというのに。それがなぜ産経新聞のスクープという形で明るみになったのかという疑問である。

 三番目に、防衛庁の対応である。そもそもこのような事実は防衛省にとっては周知の事であったはずなのに、わざわざ防衛省の内部調査で明らかになったとされている事である。しかも防衛省幹部の中には、空き地の有効利用であって、隊員の福利厚生という面もあると弁明している者もいるということである。

 いずれにしても防衛大臣は連休明けの国会でこの事実の真偽について国民の前に説明する必要に迫られるであろう。他のメディアも追求することであろう。

 産経新聞の貴重なスクープである。

 

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2008年04月28日

政権を倒すことが野党の仕事だ

 政権を倒すことが野党の仕事だ

  政権交代が起こりうる政治状況こそ、国民が主役の健全な民主政治である。

  この自明なことが、戦後の日本の政治では起こりえなかった。

  それが初めて現実のものになりつつある。それを示したのが山口2区の補欠選挙のであった。

  この選挙をきっかけに日本の政治は動き出す。日本は政治の季節に突入する。

  それを政治屋や政治記者たちの飯の種に終わらせてはいけない。
 
  今度こそ国民の手で、国民が主役の政治づくりにつなげなければならない。

  これから様々な論説がメディアに飛び交う事になるであろう。

  その前にいくつかの点を指摘しておきたい。

  まず今回の選挙で自民党の終焉がはっきり見えた。小泉元首相が自民党を壊した事が証明された。小泉元首相の人気にすがり、小泉元首相の売国政治を防ぐ事の出来なかった自民党の自滅である。

  今度の選挙の敗北に限っては、福田政治の完全な失敗だ。民意が反対だといっているガソリン税再議決を、選挙の結果がどうであれ強行すると選挙前に発言した。後期高齢者医療保険制度の撤廃を民意が認めているのに、制度は悪くない。説明不足だ、と選挙演説でも言い続けた。

  官僚政治を否定できなかった福田首相の限界である。もはや「解散・総選挙をしないことが福田首相に残された唯一の仕事である」などと言われている。ますます国民の支持を失っていくだろう。

  それにもかかわらず、解散・総選挙の熱気一向に伝わってこない。ここにこの国の政治の大きな問題がある。政治に対する国民のエネルギーの欠如がある。

  今後の政局のポイントは、解散・総選挙が遠のく中での、政界再編の動きである。

  その理由は簡単だ。自民党が生き残るには選挙を遅らせ、その間に小沢民主党に楔を打ち込んで解党的政界再編を仕掛けていくしかない。

  そしてその素地は民主党の中に十分にある。今度の民主党の勝利を素直に喜べない民主党議員が多数いるからだ。

  おまけにメディアがそれに味方しているかのようだ。メディアを見ていると不思議なほど政権交代の熱気が感じられない。自民党の敗北を残念がっているかのようだ。早期解散・総選挙より、政界再編を期待しているごとくだ。小沢政権の誕生を喜ばないごとくだ。

  解散・総選挙が遠のけば遠のくほど、小沢民主党による政権交代の可能性は遠のいていく。この事を小沢民主党は肝に銘じるべきだ。

  私は小沢民主党に次の言葉を送りたい。山口補選直前の4月26日の毎日新聞「発信箱」で松田喬和論説委員が引用していた三木武吉の言葉である。

  (野党の仕事は)何が何でもそのときの政権を倒す。政策も何もない。とにかく政権を倒す事が野党の仕事だ。

   小沢民主党の真価が問われるのはまさに今である。今をおいてない。

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