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2008年05月16日

中国地震報道の洪水の裏で着々と進む「ねじれ国会」の幕引き


 中国地震報道の洪水の裏で着々と進む「ねじれ国会」の幕引き

  さすがに天変地異までは自公政権も操作できないであろう。だからあの地震が自公政権の手によってもたらされたと言うつもりはない。

  しかし、不幸な中国の地震は、福田政権にとっては幸いであったに違いない。

  連日洪水のように流される報道の前に、本来であればもっと報道されるはずの国内政治の諸問題が、完全にかき消されている。

  国民の目が中国地震ニュースに釘付けされている間に、窮地に立たされている福田政権が国会を幕引きし、態勢を立て直そうとしている。

  国会が6月15日に、会期延長なく終わる、と報道されはじめた。それを知っている政治記者は、もはや一月足らずの国会は消化試合だ、などと言い出している。

  そういうことなのだろう。

  あれほど騒いだ年金問題も、道路財源問題も、後期高齢者医療制度問題も、そして天下り官僚の税金の無駄遣い問題も、どれ一つとして解決されないままだ。

 格差問題も、公務員改革問題も、地方分権問題も、何もかも、解決に向けて進む気配は感じられない。

 政治家たちは、国民の窮状を救う政策の実現の事よりも、選挙に生き残ること、政権にしがみつくこと、政権に近づくこと、そのためにどのような政界再編を行うかということ、そればかりである。

 そんな、「国民から乖離した政治」を象徴したニュースが16日に流された。

 ボーリング振興議員連盟会長の武部勤が小泉、森元首相を誘い、猪口邦子ら小泉チルドレン約20名と都内のホテルでボーリングに興じた、というニュースである。

 一ゲーム目は91のスコアだったが二ゲーム目は161を出し、「普段は報道陣の問いに無言を貫く小泉氏だったが、この日ばかりは上機嫌だった」という。「解散・総選挙は来年のサミット後だ」と檄をとばしたという。

 この顔ぶれをみよ。この軽さ、緩みぶりを、目を凝らして直視せよ。

 生活に追われている国民を前に、問題山積の終盤国会にもかかわらず、政策に汗を流すわけではなく、政策を語るでもない。

 現職を離れた政治家たちが、政治家として、なお生き残り、あわよくば復権を、とうつつを抜かして恬として恥じない姿が、そこにある。

 政治家という職業を私物化して楽しんでいる姿がそこにある。

 

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2008年05月16日

 強行実施される裁判員制度ー民意無視の政策がまた一つ推し進められる


  強行実施される裁判員制度ー民意無視の政策がまた一つ推し進められる

  冷静に世の中の動きを観察していると、戦後62年もたって、本来ならば「国民主権の新憲法」が定着し、民主主義国家日本が実現していなければならないはずなのに、ここにきて急速に世の中は逆行しているような気がする。

  「世論や民意を大切にする」、という政府、政治家の言い草とは裏腹に、本音のところでは、自公政権と官僚支配がどんどんと強まり、国民の権利が無視されるような政策が加速度的に進んでいるような気がする。

  年金問題もガソリン税金問題も後期高齢者医療問題も、結局のところ、彼らの思惑通りに政策が推し進められてしまうことになる。

  国民の怒りも高まらず、マスコミも本気で追及せず、最後は皆があきらめる。その憂さ晴らしのように、テレビが馬鹿番組を流し、乾いた笑いで国民の頭を麻痺させる。政府・官僚の高笑いが聞こえるようだ。

  あと一年で開始される裁判員制度についても、そうだ。

  国民の大多数が反対しているこの制度は、このまま行けば間違いなくあと一年後に実施される。国民は、その意思に反して、原則として裁判員としての役務に服さなければならない。

  これは「現代の徴兵制度」ではないか。そういう指摘も、決して的外れではない。我々はもっと真剣にこの制度の導入を問題視すべきである。

  「なぜこんな制度を我々は許してしまったのか」と一年後に後悔しても始まらない。それはあたかも後期高齢者医療保険制度の諸問題が、実施に移されて始めて「とんでもない」事に気づくのと同じだ。その時点ではどんなに騒いでも手遅れなのである。

  なぜいきなり裁判員制度なるものが導入されるようになったのか。その事を知っている国民がどれほどいるだろう。

  裁判の迅速化であるとか、国民の司法意識を高めるとか、民意を裁判に反映させるとか、そんな理由が語られる。

  しかし、いずれも説得力はない。その程度の理由で導入される裁判員制度であれば、わざわざ国民の大多数の意見に反して強行する必要はない。

  この裁判員制度の導入に反対する意見を、作家の高村薫が15日の毎日新聞「社会批評」で次のように書いていた。

 ・・・裁判員制度なるものが民意を裁判に反映させるために導入されるのであれば、なぜ死刑か無期かを争うような刑事裁判から始まるのだろう・・・民意を活かすところは、むしろ公害訴訟や薬害訴訟、あるいは近年増加している労働訴訟や行政訴訟のほうだろう。裁判の長期化の弊害は、こうした民事裁判も同様であるし、公害問題や労働問題は私たちにとってより大きな関心事でありうる・・・想像してみよう。もし薬害肝炎訴訟を私たち裁判員が裁いていたならば、はるか昔に国と製薬会社の責任を認めて賠償を命じていたはずだ。
   結局、ほんとうに私たちの民意が活かされる民事裁判が閉ざされたままであるのは、国と司法と官庁が、これだけは国民に触れさせないとして死守しているからに他ならない・・・

   どこまでも国民を馬鹿にした政府・官僚支配のこの国である。

  

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