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2008年05月12日

強く生きることの難しさと大切さ


 強く生きることの難しさと大切さ

  このところ、政治がまったくつまらなくなってきている。それはなぜか。政治家に理想がなくなったからだ。政治家という特権を手放すことを恐れ、闘う事を恐れて、皆が保身に走っているからだ。

  そして、それを国民が許している。国民の間で政治対する怒りが失せ、あきらめの気持ちが強くなっているからだ。国民もまた保身に汲々としているのだ。

  12日の産経新聞の「新三無主義を吹き飛ばせ」という随筆が目に留まった。

  小林毅論説委員の手になる「一筆多論」のなかで、彼はこう書いている。

  かつて「三無主義」という言葉があった。「無気力、無責任、無関心」のことである。これは、昭和40年代後半の若者の姿勢を、戦後復興に懸命に取り組み高度成長を実現した人々が、苦々しい表情で批判した言葉だ。
  しかし最近の日本には、新しい三無主義がはびこっているように見える。しかもそれは「若者限定」ではなく、老若男女を問わず、社会全体を広く、深く覆っている。
 それは、そんなの「無理」だし、頑張っても「無駄」、何を言っても「無意味」じゃないか、という新三無主義の風潮である・・・

  この風潮が、「似非改革」を叫ぶ小泉元首相にだまされて熱狂した国民を生み、その小泉改革にだまされた、苦しめられたことがわかった今では、その怒りを小泉批判に向かわせることなく、逆に、より弱いものをいじめる方向に暴力的に走らせている。

  権力者にとっては、なんと都合のいい国民であろうか。

  この小林毅論説委員の随筆はまた、5月3日の東京新聞「本音のコラム」における伊藤洋一住友信託基礎研究所主席研究員の次の随筆を私に思い起こさせてくれた。

  彼はその前のコラムで、「最近日本では自動車のクラクションをあまり聞かなくなった。一般的に後進国ではやたらにクラクションを鳴らす。日本もかつてはそうであったが、クラクションがならなくなったということは、日本も先進国となり、日本人も洗練してたのではないか。結構なことだ」という趣旨の事を彼は書いた。

  それに対し、すかさず友人から次のようなメールをもらったという。

 「刺される恐れがあるからですよ。よほど必要でない限り、鳴らしたら報復されるかもしれないので・・・」

 また別の友人も「さわらぬ神にたたりなし(無駄な喧嘩をしては損をする)」と言ってきた。

 そして伊藤氏は「この反応には本当に驚いた」、と言い、また「そうかもしれない」と考え込んだという。

 考えこんで、妙に感心して終わっては困るのである。誰でも考える事は同じだ。そしてその事がわかっていても、誰も行動を起こそうとはしない事も同じである。

 正しいことを言い続けることは勇気がいる事だ。ましてやそれを行動に移す事はもっと勇気がいる。

 しかし、自分に忠実に強く生きる勇気が、今ほど大切な時はない。

 

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