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2008年05月09日

 胡錦涛訪日と産経新聞の報道振りに思う


 胡錦涛訪日と産経新聞の報道振りに思う

  何から何まで中国を目の敵にして報道する産経新聞。チベット問題に関する中国批判が見られない日はない。

  だから今回の胡錦涛訪日について、産経新聞がどのように激しい批判的な記事を書こうと、驚くに値しない。

  中国には確かに批判されるべきところはある。それが正しい批判であれば中国にとっても有益であろう。そう思って私は産経新聞の対中批判記事を熱心に読んできた。

  しかし、9日の産経新聞の報道振りについては、心の底から苦笑せざるを得なかった。

  胡錦涛主席と創価学会名誉会長の池田大作氏との「うれしい再会」を、大きな写真入で詳しく報じている。そこには一切の批判的な言辞はない。

  その同じ紙面で、中曽根大勲位が、胡錦涛主席の来日と福田首相との日中首脳会談は、「歴史的意義がある」と評価した事を、これも何の批判もすることなく、そのまま載せている。

  さすがは中曽根大勲位である。いい事を言っていた。私もまったく同感である。

  それは産経新聞の言説とはまったく正反対であるが、その正反対の意見を掲載する産経新聞も、立派である。

  ところが、苦笑せざるを得なかったのは胡錦涛主席と歴代4首脳の朝食会で、安倍前首相が中国側にチベットやウイグルの人権問題を指摘した事を大きく取り上げ、それをグッドジョッブであるといわんばかりに誉めそやしていることだ。

  池田大作氏や中曽根大勲位の記事よりもはるかに大きく、詳しく書いている。

  冗談はよしてくれ。安倍前首相がどんな辞め方をした男か、忘れたのか。国民を失望させ、世界中に日本の恥をさらした、前代未聞の首相ではなかったか。

  まともな政治家であれば、あのような形で総理を辞めた時点で、議員さえも辞めるべきであった人物なのだ。あのような情けない体たらくを一番嫌うのは産経新聞ではなかったか。

  いくら中国批判をしてくれたからといって、そんな人物を誉めそやすようでは、私のこれまでの産経新聞に対する評価は、見事に失墜せざるをえない。産経新聞の志は一体何なんだ。

  それにしても安倍晋三という男、何を勘違いしているのだろう。これ以上晩節を汚してくれるな。その程度の政治家は、この国にははいて捨てるほどいる。

  

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2008年05月09日

目を疑う朝日新聞の小泉元首相インタビュー記事

 目を疑う朝日新聞の小泉元首相インタビュー記事

  5月9日の朝日新聞に「音楽と政治」小泉元首相に聞く、というインタビュー記事があった。

  何だろうと思って読んでみたら、小泉元首相が近く日経新聞出版社から発刊する予定の「音楽遍歴」と題する本の前宣伝記事であった。

  嬉々としてインタビューをし、その記事を書いた記者は、朝日新聞元政治部編集委員の早野透氏である。

  彼はまず、在任中に、頻繁にオペラ鑑賞をしたり、プレスリーを歌ったりして、大の音楽好きであると知られている小泉元首相ならではの出版だ、と持ち上げる。

  そして、その小泉元首相に、「音楽と政治」について、久しぶりにインタビューしたと、その応答を次のように書き連ねる。

  中学生の時にバイオリンを始めた小泉氏は、ハイフェッツの演奏する「ロマンス」をレコードで聞いて、ああ、自分の下手なこと!天才にはかなわない、以後、聴くのを専門にしよう、と思ったという。

  (政治の天才だったじゃないですか)「いやいや、天才は政治に向かない。国民とかけはなれちゃう。凡才が政治家になるんですよ」

  「オペラは愛である。そこには嫉妬も憎悪も死もある」

  「権力も愛の前にはむなしい。ベルディのドン・カルロスを聞けばよい」

  (郵政改革の時はミュージカル「ラマンチャの男」に励まされドンキホーテの「見果てぬ夢」を次のよう  に口ずさんだ)

  「夢は実りがたく、敵はあまたありとも、胸に悲しみを秘めて、我は勇みて行かん」

  (このごろどう過ごしていますか?)
  「本読んだりテレビ見たり、コンサートに行ったり、たまに政治会合」

  (ちまたには再登板を求める声がありますよ)
  「それは私を知らない人たちのいう事。総理大臣はつらいよ。しっちゅうあまたの敵と闘っているのは」
  (ご自分の葬儀にはどんな曲を?)
  「モリコーネの映画音楽を聴いてもらうのがいいんじゃない」

  このインタビュー記事に強い違和感を抱いた私がおかしいのか。

  第一線を退いたとはいえ、早野氏は長年政治部の記者を務めた人物である。今日の日本の混迷の根本原因は5年半の小泉政権の結果引き起こされたものであるという事を知らないはずはない。

  いくら保守化したとはいえ、朝日新聞は権力を監視する事を標榜してきたこの国のジャーナリズムを代表する大手新聞である。その朝日新聞が、このようなちょうちん記事を掲載するとは。

  せめて早野氏にはインタビューの最後に言って欲しかった。

  「5年半もこの国の首相を務めたあなたが、今国民が苦しんでいる時に、日本の未来についてとるべき政策を何も語らなくていいのか」、と。

  「好き勝手な余生を送るのは御自由だが、自分の楽しみだけを追求するのであれば、議員バッジをはずしてからにして欲しい」と。

  ちなみに、小泉元首相の近刊本「音楽遍歴」は、次のような言葉で結ばれているという。

 「総理大臣の職責から解放されて・・・これからは埋もれている名曲や新しい名曲を求めて遍歴の旅に出かけようと思っている」
  

  

 

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2008年05月09日

メディアから無視された憲法9条世界会議


 メディアから無視された憲法9条世界会議

  5月9日の朝日新聞に、「9条に世界からエール、幕張・世界会議に2万人」という囲み記事があった。

  この憲法9条世界会議については、これまでも新聞で二、三度見かけた記憶があるが、いずれも目立たないものだった。テレビに至っては、この会議の映像を流した局を見た記憶はない。

  9日のこの朝日新聞の囲み記事で、私ははじめて詳しく知る事ができた。

  「世界がもし100人の村だったら」という本の著者である池田香代子さんらが中心となり、井上ひさしさん、ピーコさんら、約90人が呼びかけて始まった会議であるという事を。

  31の国と地域から、ノーベル平和賞受賞者や大学教授や、イラク戦争経験者ら、150人あまりがやってきたという事を。

  そして、彼らが、「憲法9条を世界に広めるために来た」、「憲法9条を見習うべきだ」、「憲法9条は日本だけのものではない」、などと口々に語ったという事を。

  娯楽や芸能ニュースばかりがもてはやされるご時世で、平和集会に2万人を超える観客が集まるという催しは、それ自体が一大ニュースであるはずだ。

  しかしそれがほとんどニュースにならなかった。

  そういえば同様の会議は大阪でも一万人を超える参加者を得て開催されたけれど、やはりニュースにならなかったという。

  あまりにも不自然だ。作為的だ。

  報道されないということは、当事者や関係者以外の一般の国民にとっては存在しない事と同じだ。

  どれほどこの会議が熱気につつまれたものであっても、国民の間に広がっていかない。一過性で終わってしまう。そうさせたい力が働いているかの如くだ。

  日米軍事同盟を推し進めるために、国民の中に護憲の動きが広がる事を恐れる権力側の、作為的な報道抑制があるに違いない。さもなければ、権力に従順な昨今のメディアの報道自粛があるに違いない。

  もしそうであるならば、それに抵抗して行こうではないか。

  私は、この素晴らしい「憲法9条世界会議」を呼びかけ、主催した関係者に敬意を表するとともに、お願いをしたい。

  どうかこれをスタートとして、「憲法9条世界会議」を継続・発展させて行って欲しい。そして政府やメディアが無視できない程の大きな国民的動きにつなげて行って欲しい。

  それこそが、既存の護憲政党が決してなしえる事のできなかった、憲法9条の下の平和勢力の結集である。既存の護憲政党の党利・党略を超越した、あらたな政治的動きである。

  平和を願う普通の国民が待ち望んでいる動きである。

  今の日本を救うのは、そのような新しい動きしかない。
  

  

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