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2008年04月05日

堤清二に決起を促したい

 
  堤清二に決起を促したい

  政治がまったくつまらなくなっている。これほど国民生活が苦しめられているのに、相変わらずの顔ぶれで政治が停滞している。メディアが政治家をもてあそんでいる。解散・総選挙が今ほど必要な時はないのに、一向にその緊迫感が伝わってこない。

  既存の政治や、その世界に安住する既存の政治家を全否定するようなあたらしい政治の流れが生まれてこないものか。

 その思いが、私をして3月25日のブログで、「松下幸之助の新党構想」について書かせることになった。

  産経新聞に連載されている北康利の手による松下幸之助の伝記の連載を読んだ時、私は単純に一つの受けたからだ。財界の中で孤立無援になりながらも、私財をなげうって新党をつくろうとしたこと、国民本位の政治を目指して無税国家構想を掲げた事、などに惹かれたからだ。

  しかし、限られた情報で物事を判断すると裏切られるのは世の常である。4月1日の最終回で、私は彼が、新党設立の動きとは別に、1983年に、「世界を考える京都座会」を発足させていた事を知った。そしてその委員の中に、加藤寛、高坂正尭、山本七平、渡辺昇一、牛尾治朗などが名を連ねている事を知った。

 さらにまた、松下幸之助の薫陶を受けたPHP総合研究所社長の江口克彦氏が2006年に「次代を考える東京座会」を立ち上げ、そのメンバーに、池内恵、中西寛、福田和也、などが名を連ねている事を知った。

 もっと失望したのは、伝記を書いている北康利までもが「その末席を汚している」と書いている事だ。なんの事はない。松下を好意的に持ち上げて書いているはずだ。

 松下自身の本当のこころざしは、勿論私には依然としてわからない。偉かったとは思う。しかし少なくともその松下に評価され、あるいは集まってくる人物の顔ぶれを見る限りは、私の目指すものと大きな隔たりがある。

 裏切られたついでに、今度は堤清二に期待する。

 私は読売新聞で毎週土曜日に連載されている堤清二の回顧録、「叙情と闘争」を興味深く読んできた。これは自らの手による回顧録であるから、少なくとも松下びいきの作家、北康利の手になる伝記より正直であろう。そこに吐露されている彼の考えと感性は私の心に響くものが多い。

 そして4月5日の連載の中に彼の次のような言葉を見つけたとき、混迷する今こそ、彼に新党を立ち上げてもらいたい、その感性と反骨精神で、今までにない政治を始めてもらいたいと思うようになった。

 「・・・独裁者はどんなタイプの人間でも猜疑心が強くしっと深い。一番安全な行き方は、あまりテキパキと仕事はせず、熱心だが能力が低いと思われている状態を保つ事だ。そして時々甘えるのだ。
 しかし、そうした態度を取ること、その結果として地位を確保し、偉くなることは僕の関心外の事であった。やりすぎて睨まれ追放されるなら、それは僕の存在証明になる・・・その結果、西武鉄道の幹部や異母兄弟にとって僕は危険な存在と見られるようになった・・・」

  堤清二は平和主義者だ。堤清二は作家の感性を持つ。堤清二は日本のエスタブリッシュメントの側に立つ。そういう人が、私財を投げ打って日本のために決起する事が必要だ。彼に残されたものは、もはやそれしかないだろう。

  彼の決起に同調して立ち上がるエスタブリッシュメント側の人間が現れてこないようであれば、日本の将来は暗いと思う。

  

 

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2008年04月05日

迷走の果ての最悪な幕引きー日銀総裁人事


  迷走の果ての最悪な幕引きー日銀総裁人事

  日銀総裁人事が白川副総裁(58)の昇格で幕引きされようとしている。私は両者の金融に対する知見を疑っているのではない。彼らは専門家であるに違いない。

  私は白川総裁に反対しているわけでもない。日銀プローパーの彼に日銀総裁が務まらないはずはない。

  ポストは人をつくる。やがて成長して立派な総裁になる可能性さえある。

  問題は白川総裁とセットで福田自公政権が財務省OBを副総裁にしようとしていることだ。前元財務官の渡辺博史氏(58)がそれである。

  民主党内には渡辺副総裁に反対の声もあるというが、白川総裁で福田首相が譲歩したのだ。三度目の提案だ。

  小沢代表やその後ろにいる輿水代表代行が反対を貫く事は難しいだろう。それでも反対したら、何も分かっていない世論の反発は、今度こそ彼らに向かう。だから白川総裁ー渡辺副総裁できまりだ。

  しかしこれは、迷走の果ての最悪の人事になる。

  何が問題か。それは、日銀出身の総裁が、財務省出身の官僚OBに監視されるという、従来の支配構造がそのまま温存されてしまうからだ。そして、彼ら二人に対する政治の影響力は一層強まる。

  白川ー渡辺の組み合わせは、福井ー武藤よりも悪い。なぜならば二人とも、迷走の果てに、これで仕方がないだろうという形で決まった軽量級であるからだ。

  福井は衆目の一致する日銀のプリンスであった。武藤も衆目の一致した財務省次官であった。両者の間には一定の節度が働く。しかし白川ー渡辺の場合はそうではない。渡辺を通じて財務省の圧力は今まで以上に白川にかかる。白川も自らを自粛する。白川のあの頼りなげな表情が、それを物語っている。

 一般国民には決して見えないだろうが、大蔵省が持つ金融関係者に対する影響力は絶大なものがあった。各銀行が大蔵省を相手にするいわゆるMOF担にエースを送り込み、大蔵官僚をノーパンシャブシャブなどで異常接待していたことからもそれが分かる。

 スキャンダルで大蔵省の権威が失墜したといっても、そして財務省に看板が変わっても、金融業界の官僚組織に対する服従は絶対だ。日銀とても銀行なのだ。

 白川ー渡辺に対する政治の圧力は以前より強まるであろう。福井ー武藤の場合はまだ政治に対する抵抗力があった。それぞれの組織を背負う実力者であったからだ。

 しかし白川ー渡辺は違う。そもそもなれそうもなかった人物が政局によって「ならせてもらった」からだ。出発点から政治に屈服してスタートすることになる。

  なぜ日銀総裁人事を完全に財務省の影響力から独立させられないのか。政治任命をするのであれば、なぜそれを徹底させて、福田首相と命運を共にする腕力のある大物が任命されないのか。

  すべては中途半端で終わってしまう。日本的だ。日本経済の迷走は続く。

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