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2008年04月30日

 普天間基地は不要であると言う米国ジャーナリスト

 普天間基地は不要であると言う米国ジャーナリスト

   連休中のネタ枯れのなかで、週刊東洋経済5月3・10日号に注目すべき記事があった。

   ピーター・エニスというニューヨーク在住の週刊東洋経済誌特約ジャーナリストが、行き詰まっている沖縄の米軍基地問題について、現状打開の提案をしているのだ。

   「日米関係は重大な問題を抱えている。日本における米軍基地を将来どうするか、という問題である。とりわけ、在日米軍の大半が駐留する沖縄の基地をどうするのか・・・」

   こういう文章で始まるエニス氏の記事は、結論から言えば在日米軍を存続させるための提案である。

  すなわち、在日米軍を青森県の三沢基地、神奈川県の横須賀基地、そして沖縄県の嘉手納基地の三箇所に集約・再編し、沖縄の海兵隊は縮小する。
  そして、最終的には米軍基地と自衛隊基地を統合・共有化し、日本の主権を尊重し、反米感情を抑えるために、基地には両国の国旗を掲げるが、星条旗を日章旗の下に掲げる、というものである。

  日米軍事同盟に反対し、在日米軍の縮小・撤退を主張する私にとっては、このような考えはまったく受け入れられないものである。それよりも、米国政府がこのような考えを現時点で受け入れる事はない。

  だからこのエニス氏の提案は私にとっては興味のない提案である。

  しかし、この提案の背景にあるエニス氏の次のような指摘に、私は注目した。一人でも多くの国民にそれを知ってもらいたい。そう思ってこのブログを書いている。

  エニス氏は沖縄問題に関しては三つのねじれが問題を複雑にしているという。

  ねじれの一つは日本政府や国民(東京)が沖縄の思いをまったく無視しているという東京ー沖縄間のねじれである。
  日本はもっと沖縄の住民の気持ちを尊重すべきであると、米国人が言っているのである。
  もちろんその背景には、米軍基地を存続させるには沖縄の反米感情をこれ以上高めるような政策を日本政府は取るべきではないと言っているのだ。

  二つ目のねじれは、米国政府と日本政府との間のねじれである。
  そもそも米国は沖縄の基地を手放す気は当初からなかった。確かに72年には沖縄施政は日本に変換された。
  しかし、米国は、その時も今も、基地の削減や返還について、日本側と真剣に話し合おうとした事は一度もなかった。
  その米国の考えを知ってか知らず課、いたずらに米軍基地撤退の期待を日本政府が沖縄県民や日本国民に持たせることが、問題をこじらせた原因だと言っているのだ。

  三つ目のねじれは、米海兵隊と米空軍との間の対立というねじれである。
  すなわち、もはや沖縄には今あるような大規模な海兵隊は戦略的に不要であるにもかかわらず、海兵隊は日本から受けている巨額の「思いやり予算」を手放したくないために駐留を続けている。
  その米海兵隊と米空軍は対立関係にある。だから基地の合理化は米国に任せていては進まない。  日本のほうから基地の整理・統合化のイニシアテブをとるべきであるにもかかわらず、日本側からは何の動きもない。米側の言う事を聞いているだけでは物事は建設的に進まない、という指摘である。

   米国人ジャーナリストに週刊誌上でここまで言われているのである。

   日本政府の安全保障政策とは一体何なのか。その日本政府の言われるままに、黙って米軍基地を抱え込む大多数の日本国民はいい面の皮である。
 
   その事を知らせてくれたエニス氏の記事であった。  

  

  
  

   

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2008年04月30日

  また一つ、日米関係の闇が明らかになったー砂川判決に介入した米国


 また一つ、日米関係の闇が明らかになったー砂川判決に介入した米国

  百の凡庸な評論よりも、一つの事実が全てを語ってくれる。これが私のブログの基本姿勢である。

  シナリオと振り付けによって、お笑い芸人までもが評論家気取りの借り物の論説を語る時代になった。政治家や学者やメディア関係者が、芸能人と一緒になって評論を繰り返す時代になった。

  そんな風潮の昨今において、この基本姿勢はますます重要である。

  我々は、少しでも多くの事実を知る努力をすべきだ。嘘と情報操作が氾濫している中で、真実に迫る努力をすべきだ。そこからすべてが始まる。

  連休中である。報道関係者も休んでる。チベット問題やガソリン減税は、そんな休みににはもってこいのニュースネタだ。毎日、毎日、同じニュースを繰り返していればいいからだ。

  そこから得られるものは何もない。刷り込みが頭の中に固定されるだけだ。意見の対立が増幅されるだけだ。

  そのような不毛な報道の中で、今日の毎日新聞と東京新聞の二紙が、日米安保関係の闇を照らす歴史的大事実について報道してくれた。

  それは、「米軍駐留は憲法違反」と断じた59年の東京地裁の砂川判決を覆す最高裁判決の影に、米国の露骨な司法介入があったという事実が、米国の機密資料で明らかになったという記事である。


  いうまでもなく、戦後の日本を規定してきたのは、「米国の日本占領」であった。そして、その延長線上の、自民党政権の「対米追従政策」であった。

  そして、この政策は小泉政権の5年半で完結し、いったんは経済大国に復興したと思い込まされていた日本が、今日のように格差に困窮する日本に様変わりし、長年の温和な日本社会がモラル破綻する日本に終わろうとしている。

  毎日新聞や東京新聞が報じているスクープの内容の詳細を書く余裕はない。ここでは次の諸点を強調しておきたい。

  それは、まず、この史実が、日本の資料ではなく、例によって機密指定解除された米公文書によって明らかにされたという事だ。新原昭治という研究者が見つけたという。

  その発見とは、「米軍駐留は憲法違反」という東京地裁判決(伊達判決)に衝撃を受けたマッカーサー駐日大使(マッカーサー総司令官の甥)が、その判決の破棄を求めて当時の藤山愛一郎外相や田中耕太郎最高裁判所長官に外交圧力をかけていた事であり、その露骨な政治介入を、日本の指導者が唯々諾々と従っていたという新事実である。

  それにしても、このような歴史的大発見を、朝日、読売、日経、産経が、まったく取り上げていないという事が興味深い。後追いでこれから書くのか。それとも出し抜かれたからしゃらくさいと思って取り上げないのか。

  それとも、自民党政府にはあまりにも都合が悪い事実だから握りつぶそうとするのか。

  すべては連休中であるからと思うことにしよう。連休中を狙って行われるガソリン税引き上げ再議決問題が、国民にとって最大の問題であるからだと思うことにしよう。

  しかし、連休が終わり、それらがすべて落ち着いた後には、このニュースが、改憲問題や米軍再編問題と絡めて大きく取り上げられ、戦後62年の日米同盟関係が、国民の前で大きく論じられるようになると期待したい。

  

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2008年04月29日

 米政府関係者によって次々に明らかにされていくイラク開戦の実態


 米政府関係者によって次々に明らかにされていくイラク開戦の実態

  イラク開戦の検証は末永く、忍耐強く、続けられなければならない。

  それは、イラク戦争が今も継続しているからだけではない。

  この戦争を検証する事は、これから起きるであろう、同様に愚かな戦争の、最大の抑止になりうると期待されるからだ。

  いや、この反省を今後の愚かな戦争の抑止としてなんとしても生かさなければならない。失われた犠牲者の命を無駄にしないためにも。

  4月29日の毎日新聞は、次のような米政府関係者のあらたな証言を掲載していた。元米国家情報評議会(NIC)情報官ポール・ピラー氏の言葉である。

  それにしても、日本のメディアや政府関係者OBの中から、ただの一人として、意味のある言葉が発せられる事はない。米国と日本の彼我の差を見る思いである。

  ・・・(質の悪い情報に頼ったという)情報以前の問題として、ブッシュ政権は、イラク開戦を決定し、政権幹部は「開戦の理由になる情報はないか」と繰り返した。
  政策決定者は開戦に都合のいい情報だけを求めていた・・・過去、米国がかかわった主な戦争は、なんらかの攻撃に対応する形で行われてきた。しかし、今回は、米国指導部が仕掛けた攻撃で(あった)誤った異常な戦争だ(った)・・・
  (われわれ)情報当局者は今の混乱に驚いてはいない。民族、宗派の対立の激化を予想していたからだ。一方、政策決定者にとってこの事態は想定外だった。彼らは、戦争を支持する少数の専門家による最も楽観的な見通しに頼っていた・・・
  占領への準備が十分でなかったのは確かだ(が)、どれだけ周到に準備していたとしても、混乱回避は難しかっただろう・・・
  米軍はすぐ撤退すべきだ。撤退後、状況がさらに悪化するという意見があるが、駐留を長引かせたところで、それ(事態の悪化)は変わらない・・・

 

  

  

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2008年04月29日

産経新聞の大スクープー自衛隊基地内にゴルフ場


 産経新聞の大スクープー自衛隊基地内にゴルフ場

 連休で皆が休んでいる時だから騒がれないのかも知れないが、4月29日の産経新聞は一面トップで、この記事を載せた。他紙にはまったく見られない大スクープである。

 全国の自衛隊基地や駐屯地の敷地内で、計11箇所のゴルフ施設があり、隊員や関係者が無料か格安料金で使っているというのだ。

 在日米軍基地内にゴルフ場があり、それを日本政府が財政援助したり、自衛隊員が使用している事の適否については、これまでにも指摘されてきた。

 しかし、自衛隊基地の中に、自分たちだけのゴルフ施設をもって使っていたとは、さすがの私も知らなかった。しかもそれらが、米軍基地内で米軍が使っていたものが国に返還されたものであるという。それを自衛隊が使っているのだ。

 産経新聞の記事を読むと、いくつかの興味ある点にきづく。

 まずこの事実が明らかになった経緯である。産経新聞によればこの事実が明らかになったのは、3月に民主党議員が衆院に提出した「在日米軍基地内ゴルフ場施設の利用に関する質問趣意書」で、在日米軍基地内のゴルフ場の実態を問い合わせた事がきっかけだったという。

 つまりひょうたんから駒がでたということだ。偶然に明るみになったわけであり、それほど国民に隠されていたということだ。

 二つ目に、この民主党議員は、なぜこのような貴重な情報を入手した時点で、記者会見などを通して国民に公表しなかったのかという点である。大きな得点になったはずであるというのに。それがなぜ産経新聞のスクープという形で明るみになったのかという疑問である。

 三番目に、防衛庁の対応である。そもそもこのような事実は防衛省にとっては周知の事であったはずなのに、わざわざ防衛省の内部調査で明らかになったとされている事である。しかも防衛省幹部の中には、空き地の有効利用であって、隊員の福利厚生という面もあると弁明している者もいるということである。

 いずれにしても防衛大臣は連休明けの国会でこの事実の真偽について国民の前に説明する必要に迫られるであろう。他のメディアも追求することであろう。

 産経新聞の貴重なスクープである。

 

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2008年04月28日

政権を倒すことが野党の仕事だ

 政権を倒すことが野党の仕事だ

  政権交代が起こりうる政治状況こそ、国民が主役の健全な民主政治である。

  この自明なことが、戦後の日本の政治では起こりえなかった。

  それが初めて現実のものになりつつある。それを示したのが山口2区の補欠選挙のであった。

  この選挙をきっかけに日本の政治は動き出す。日本は政治の季節に突入する。

  それを政治屋や政治記者たちの飯の種に終わらせてはいけない。
 
  今度こそ国民の手で、国民が主役の政治づくりにつなげなければならない。

  これから様々な論説がメディアに飛び交う事になるであろう。

  その前にいくつかの点を指摘しておきたい。

  まず今回の選挙で自民党の終焉がはっきり見えた。小泉元首相が自民党を壊した事が証明された。小泉元首相の人気にすがり、小泉元首相の売国政治を防ぐ事の出来なかった自民党の自滅である。

  今度の選挙の敗北に限っては、福田政治の完全な失敗だ。民意が反対だといっているガソリン税再議決を、選挙の結果がどうであれ強行すると選挙前に発言した。後期高齢者医療保険制度の撤廃を民意が認めているのに、制度は悪くない。説明不足だ、と選挙演説でも言い続けた。

  官僚政治を否定できなかった福田首相の限界である。もはや「解散・総選挙をしないことが福田首相に残された唯一の仕事である」などと言われている。ますます国民の支持を失っていくだろう。

  それにもかかわらず、解散・総選挙の熱気一向に伝わってこない。ここにこの国の政治の大きな問題がある。政治に対する国民のエネルギーの欠如がある。

  今後の政局のポイントは、解散・総選挙が遠のく中での、政界再編の動きである。

  その理由は簡単だ。自民党が生き残るには選挙を遅らせ、その間に小沢民主党に楔を打ち込んで解党的政界再編を仕掛けていくしかない。

  そしてその素地は民主党の中に十分にある。今度の民主党の勝利を素直に喜べない民主党議員が多数いるからだ。

  おまけにメディアがそれに味方しているかのようだ。メディアを見ていると不思議なほど政権交代の熱気が感じられない。自民党の敗北を残念がっているかのようだ。早期解散・総選挙より、政界再編を期待しているごとくだ。小沢政権の誕生を喜ばないごとくだ。

  解散・総選挙が遠のけば遠のくほど、小沢民主党による政権交代の可能性は遠のいていく。この事を小沢民主党は肝に銘じるべきだ。

  私は小沢民主党に次の言葉を送りたい。山口補選直前の4月26日の毎日新聞「発信箱」で松田喬和論説委員が引用していた三木武吉の言葉である。

  (野党の仕事は)何が何でもそのときの政権を倒す。政策も何もない。とにかく政権を倒す事が野党の仕事だ。

   小沢民主党の真価が問われるのはまさに今である。今をおいてない。

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2008年04月27日

ジュゴンが沖縄を救うかもしれない


  ジュゴンが沖縄を救うかもしれない

  メディアは北京五輪とチベット問題で一色だ。これは北京五輪が終わるまで続くだろう。

  それは理解できる。

   あまりにも多くの問題が絡んでいるからだ。日中の二国間問題だけでも大きい問題であるのに、中国の国際的な影響力の増大に伴って、それはもはや国際政治の一大問題となっているからだ。

   あらゆる状況の変化が予想される。それにともなって様々な意見が飛び交うことになる。

   しかし皆が騒いでいる時こそ、その裏で重要なニュースが隠されているものだ。

  福田自民党政権の根幹を揺さぶるような問題に急浮上してきた後期高齢者医療保険制度は、それが決まった時は殆どメディアは騒がなかった。とんでもない制度だと警鐘をならした議員や識者がいたが、メディアはそれを殆ど取り上げなかった。

  当時は何が大騒ぎであったか。それは村上ファンドの疑惑であり、それから利益を得ていた福井日銀総裁の辞任問題であったのだ。

  そのニュースばかりが騒がれ、メディアが同じニュースを繰り返したため、後期高齢者医療制度の問題は、国民に知らされることなく決められた。

  北京五輪のほかにニュースはないのか。そう思って探したら、27日の日経新聞に、日米環境団体がジュゴンの保護を求めて沖縄・普天間基地移設に反対する訴訟の記事があった。

  この訴訟については私もこのブログでかつて書いた記憶がある。その事もあって今日の記事を興味深く読んだ。

  今日の記事の概要は以下の通りである。

 ・・・この訴訟を受けて米国防省は26日までに「ジュゴンへの影響を独自に検討する」という文書を米サンフランシスコ連邦地裁に提出した。
   サンフランシスコ地裁は今年の1月、(日米環境保護団体が近海に生息するジュゴンの保護を求めて起こした訴訟に対して)日本の天然記念物ジュゴンが米国の文化財保護法の対象になると認定し、米国防省がジュゴンへの影響を考慮しないことは、米国の文化財保護法に違反すると指摘。「ジュゴンへの影響を評価するため必要な情報を」を示す文書の提出を求めていた。
  (これに対し)国防総省は文書で、「日本政府とも協議して、普天間代替施設がジュゴンに及ぼす影響について、地裁の判断に沿うよう独自に検討する」方針を明らかにした。
  原告側(日米環境団体)によると、米国防総省による文書提出から45日以内に原告側に反論の機会が与えられ、これを踏まえて米連邦地裁が夏にも改めて判断を示すと見られる・・・

  この記事は、というよりもこの訴訟は、きわめて重要な意味を持つ。なぜか。それにはいくつかの理由がある。

  まず普天間基地移設問題の重要性がある。この問題は日米軍事同盟の根幹である在日米軍問題の最大の懸案である。

  だからこそ、日本政府は米国の要求に対し何があっても応じようとしてきた。沖縄住民の反対を押し切り、情報開示を拒んで、国内の反対論議を封殺してきた。

  あらゆる問題がそうであるように、政府と官僚がごり押しする政策を日本国民が変更させることは殆ど不可能に近いのがこれまでの日本の政治の現実であった。その中でも日米安保関係は特にそうだ。

  しかしこれは米国の環境団体が原告に加わった訴訟である。米国の連邦地裁が米国防省に命ずる裁判である。その判決には米国防総省は従わざるを得ない。

  二つ目に、これは環境問題、文化財保護を全面に押し出した訴訟であるということだ。政治的思惑とは別に科学的立証が大きな影響力を有する。科学的検証次第では普天間基地の移設は変更を迫られることになる。

  今日米の関係者はこの問題で頭を痛めているに違いない。「独自の調査」をめぐって作為的な文書が作られてはならない。

  国民は、この訴訟の帰趨に注目すべきだ。そのためにはメディアはこの訴訟をもっと取り上げるべきだ。政府の動きを監視すべきだ。

  ひょっとしたらジュゴンが沖縄を救うかもしれない。ジュゴンが日本を米国の戦争から解放してくれるかもしれないのだ。

  その事を教えてくれた27日の日経新聞に乾杯。

  

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2008年04月26日

米国に翻弄される国際政治(番外編)-ガザは死にかかっている


 米国に翻弄される国際政治(番外編)-ガザは死にかかっている

  チベットの人権抑圧で日本が大騒ぎをし、長野の聖火リレーを一日中テレビが報じていた4月26日。その同じ日のレバノンの英字紙デイリースターは、社説で、次のように書いていた。

  「ガザの狂気に沈黙することは、その狂気を認める事だ」と題するその社説の冒頭部分の抄訳である。

 ・・・国際社会の沈黙が、21世紀の最も恥ずべき経済制裁を実効あらしめている。
   その半数が14歳以下の子供たちであるガザの1.5百万人は、食糧や医療サービスといった生き ていく上での最低限さえも奪われたまま、一年近くが経つ。
   イスラエルによって外界から遮断されガザは巨大な監獄だ。ガザの住民であるというだけですべてが囚人となり生きる権利を奪われている。
   今週はついに、国連の救済活動も、NGOの国際支援活動も、燃料不足で活動を停止せざるを得なくなった・・・
   犠牲者を助けようとするものはなく、人道の罪を犯すものを罰しようとするものもいない・・・

  24日ハマスはイスラエルに対し停戦を申し入れた。イスラエルはこれを無視した。

  イスラエルの非道をここまで増徴させたのは米国だ。国際政治は米国に翻弄されている。

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2008年04月26日

米国に翻弄される国際政治(番外編)-ガザは死にかかっている


 米国に翻弄される国際政治(番外編)-ガザは死にかかっている

  チベットの人権抑圧で日本が大騒ぎをし、長野の聖火リレーを一日中テレビが報じていた4月26日。その同じ日のレバノンの英字紙デイリースターは、社説で、次のように書いていた。

  「ガザの狂気に沈黙することは、その狂気を認める事だ」と題するその社説の冒頭部分の抄訳である。

 ・・・国際社会の沈黙が、21世紀の最も恥ずべき経済制裁を実効あらしめている。
   その半数が14歳以下の子供たちであるガザの1.5百万人は、食糧や医療サービスといった生き ていく上での最低限さえも奪われたまま、一年近くが経つ。
   イスラエルによって外界から遮断されガザは巨大な監獄だ。ガザの住民であるというだけですべてが囚人となり生きる権利を奪われている。
   今週はついに、国連の救済活動も、NGOの国際支援活動も、燃料不足で活動を停止せざるを得なくなった・・・
   犠牲者を助けようとするものはなく、人道の罪を犯すものを罰しようとするものもいない・・・

  24日ハマスはイスラエルに対し停戦を申し入れた。イスラエルはこれを無視した。

  イスラエルの非道をここまで増徴させたのは米国だ。国際政治は米国に翻弄されている。

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2008年04月26日

  米国に翻弄される国際政治(その4)-チベット騒ぎに振りまわされる日本


   米国に翻弄される国際政治(その4)-チベット騒ぎに振りまわされる日本


  人権問題にしても、チベットと言う国にしても、およそ無関心だった日本が、なぜ急にチベットの人権問題で大騒ぎをしているのか。いったい誰がチベット問題で騒ぎを大きくしているのか。

  それを冷静に考えると、この問題の真相が見えてくる。

  ねじれ現象がはやりの昨今の日本で、ついにチベット問題までもねじれ現象を起こしているとは、冗談のような話ではないか。

  少数民族の人権などにおよそ関心のない反中国右翼が、ここまでチベット自由と叫ぶ。そして右翼とは水と油の人権問題至上主義の左翼が、このチベット問題に関しては、同床異夢で、チベット解放を叫ぶ。

  おかしいと思わなくてはいけない。

  メディアは、他社に遅れてはならじと、競ってニュースに飛びついて大騒ぎをする。一般の国民は訳がわからないままに、そんなメディアに翻弄される。

  しかし、そんな空騒ぎも、長野の聖火リレーが大過なく終わったとたんに、終わるであろう。メディアも取り上げることなく、国民の忘れてしまうだろう。

  所詮日本人にとって、チベット問題の歴史的意味などわからない。関心もない。

  こんどの騒ぎの英雄は、星野をはじめとしたリレー走者たちに違いない。

  政治の事など分からない。人権問題は大切だ。しかし、そんなことよりも、自分にとって大切な事は、4年に一度の祭典を素直に喜び、その五輪に参加してメダルを目指す事だけだ。

  だから、その成功を祈って聖火をもって走る、それがなぜ反対されるのか。そういって、走りぬいた走者たちを、誰が非難できるというのか。彼らこそこの馬鹿騒ぎの中の英雄である。勝者である。

  先日上海から来た中国人の知人とチベット問題について話す機会があった。その彼が言っていた事はこうだ。

  ・・・中国人の多くは、この動きの背後に米国がいると思っている。
  米国は中国を警戒している。当面は中国の経済発展を願い、中国の経済力を利用しようとしている。しかし心の底では決して米国は中国を認めない。むしろ中国を潜在的な脅威とみなしているいる。
   だから米国の対中政策は常に二面性となる。経済的には重視するが政治的には不安定化工作を忘れない。
   中国はこのような米国の本性を知っている。だから中国も、表面的には米国と協力して自らの経済発展を目指すが、決して米国を信用しない。米国への警戒は怠らない。
   中国はまた、米国が、日本と中国の間を離反させようと考えている事も知っている。そもそも米国は日本と中国の関係が良好になる事を好まないのだ。
   日本もそんな米国ともう少しうまくつき合ったほうがいい・・・

  この中国人の友人の言葉が正しいかどうかは私は知らない。

  しかし少なくとも、突如として起きたチベット騒動が、米国と中国を主役とする国際政治そのものである事だけは確かである。

  日本も、中国に見習って、これからの対米関係を、友好心と警戒心の二面性を持って、したたかに進めていかなければならない。

  チベット問題は日本が率先して取り組む問題ではない。ましてや日本が大騒ぎをする話ではない。

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2008年04月26日

  米国に翻弄され続ける国際政治(その3)-日米安保体制はもはや日本を守るためにあるのではない


  米国に翻弄され続ける国際政治(その3)-日米安保体制はもはや日本を守るためにあるのではない

  私は在日米軍基地を縮小・撤廃すべきであると誰よりも強く主張する一人である。

  しかし、それは単に私が平和主義者であるからだけではない。もちろん私が左翼イデオロギストであるからでもない。

  国際政治の現実を直視した上で、日本が馬鹿を見ることに耐えられないのだ。それだけである。

  4月26日の産経新聞の社説の中に、思いやり予算が民主党の反対で参院で否決されたことを嘆く意見が述べられていた。

 そこには、次のような表現があった。

 ・・・米国の日本に対する信頼が損なわれた事を重く受け止めるべきである・・・民主党の反対も、政権を目指す政党なのかどうかをめぐる疑問符を生じさせた。
  日米安保体制の根幹である(思いやり予算に関する)新協定への反対は、日米同盟を否定したともいえる・・・日本の防衛に生命を賭する米側への配慮は欠かせない。窮地に立つ同盟国を思いやる心が同盟の絆を強めていく・・・


 無知でお人よしの人間なら、この社説を読んで、なるほどそんなもんか、と思うかもしれない。しかし少しでも国際政治の現実を分かっている者であれば、この意見が如何に間違っているか、すぐに分かる。

 かつて読売新聞の社主は米CIAの支援を受けて日本国民を情報操作する片棒を担いだ。まさか今日の産経新聞が同じだとは思わない。思いたくはない。

 しかし、この社説を真顔で書いているとしたら驚きだ。もし作為的に書かれたものであれば、かつての読売と同じだ。残念であるとしか言いようがない。

 冷戦後の日米安保体制が、もはや60年代の安保体制でないことは、少しでも国際政治を知っている者なら、分かるはずだ。

 そして今日の米国の「テロとの戦い」が、米国による、米国のための、米国の戦争である事も自明である。

 従ってまた、今日の在日米軍は、もはや日本を守るためにあるのではなく、米国の「テロとの戦い」に使われるためにある事も、いまや明白である。

 それよりもなによりも、そもそも米国は日本を守るために日本に駐留しているのではない。この事は米国自身が認めている。

 もちろん決して表向きには、米国はそのような馬鹿な事は言わない。しかし少しでも米国政府関係者とつき合った事のある者であれば、皆一度は必ずそのような米国の本音に出くわす。

  知ってか知らずか、その米国の本音に一言も触れることなく、「日本の防衛に生命を賭する米国に協力するのは当たり前」だと社説で書く産経新聞とは、いったい何者なのか。

 「窮地に立つ米国を思いやるべきだ」とする産経新聞は、日本国民の生活を困窮させてまで米国に財政的支援を貢ぎ続けて来た日本が、目に入らないのか。

  経済支援を受けたいのは、日本のほうだ。国民生活を犠牲にしてまで米国に貢ぎ続けさせられている日本国民なのである。

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2008年04月26日

米国に翻弄され続ける国際政治(その2)ー北方領土問題

 米国に翻弄され続ける国際政治(その2)-北方領土問題

   自民党存亡の危機にある政局の中で、なぜ福田首相はロシアへ行かなければならなかったのか。

   それはサミットの議長国としてメドベージェフ次期大統領と顔合わせをしておきたかったからだ。

   できれば欧州の首脳とも顔合わせをしておきたかったのだが出来なかった。せめてロシアとは、という事だ。

   そもそも首脳会議の前に各国首脳と初顔合わせをしたところで何の意味もない。初めて首脳会議で会ったところで、何の支障もない。中身があれば、初対面を相手にしても立派に議長がつとまる。

   本番前に顔合わせをしておかなくてはならない、などという考えはこよなく日本的だ。国際的には通用しない発想だ。

  さすがに挨拶だけのために訪露するとは言えない。そこで「北方領土の仕切りなおし」であるとか、「平和条約締結への環境整備」などという、とってつけた理由を並べる。

  いつもの通りであるとはいえ、外務官僚のどうしようもない浅知恵だ。

  25日の産経新聞を読んでさらに驚いた。外務省幹部が今回の福田首相の訪露の意義を次のように強調したというのだ。

 「日露両国が中長期的視野に立って領土問題にガチンコで取り組んでいく時代のスタート台だ」、と。

  滑稽さを通り越して哀れに思う。このようなあからさまな嘘を言うしか、今の外務省には語る言葉はないのだ。ここまで外交が空洞化しているのだ。

  そんな外務官僚の言葉を、そのまま報道する産経新聞も産経新聞だ。

  考えてみるがいい。サミットが終わればいつ辞めてもおかしくないとささやかれている福田首相に、北方領土問題解決のための交渉という大事業が出来るというのか。

  そのような福田首相が来たからといって、ロシア側がまじめに領土問題について話すと思うのか。

  それよりもなによりも、北方問題は米国の協力なくしては解決しない問題であることは、歴史を少しでも知っている者であれば分かるはずだ。

  裏を返せば、拉致問題も、国連安保理問題もそうだが、米国が本気になって日本のために動いてくれれば、北方領土問題も解決する。

  問題は米国がまったくその気がないと言う事だ。

  日米同盟がすべてだと言っておきながら、日本が一度も本気でこれらの問題への協力を米国と話し合ったことがないという事だ。

  米国にやられっぱなし、翻弄されっぱなしの、ピントはずれの日本外交が繰り返されている。それをメディアが垂れ流している。

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2008年04月26日

米国に翻弄され続ける国際政治(その1)ー北朝鮮・シリアの核協力疑惑

 米国に翻弄され続ける国際政治(その1)ー北朝鮮・シリアの核協力疑惑

  昨日のブログに続けて北朝鮮とシリアの核協力疑惑について書く。

  案の定、今日の各紙はどれもこの問題を大きく取り上げている。そのすべてに目を通してみたが、どれもこれも読者を混乱させるものばかりだ。

  なぜこのタイミングで米国が公表に踏み切ったのか。それは米国の対北朝鮮宥和政策が行き詰まったからだ、強硬路線に方向転換をせざるを得なかったのだ、米国は大きな賭けに出たのだ、シリアはかつてのイラクのように追い込まれつつある、シリアは苦渋の選択が迫られることになる、などなど。

  朝日新聞の論説に至っては、「ぞっとする核の拡散の闇」と題して、あたかも北朝鮮の核が中東に拡散しつつあるかのように書いている。北朝鮮に核申告を迫り、核不拡散への国際社会の取り組みを一段と強める必要がある、などと書いている。

  これらは一見もっともな意見に聞こえる。しかし、情報通が語る説はそれと大きく異なる。

  新聞などで決して書かれる事のない一つの仮説は、いよいよブッシュの米国はイラン攻撃に的を絞ってきたという説だ。今回の北朝鮮とシリアの核協力疑惑の公表もその一環であると言う説だ。

  つまり、米国は、北朝鮮、シリアとの間に了解済みで公表した。米国はそれぞれと取引をした上で公表したのだ。

  北朝鮮とは、「テロ指定解除」と引き換えに、この公表をきっかけに核申告で譲歩する態度を表向きに見せてくれればいい、という取引だ。六カ国協議はそれで、格好をつけて終わりすることができる。

  今回の公表によって、もはや北朝鮮はシリアとの協力はしない、できない。あとはイランへの協力さえしないと北朝鮮が確約すれば、米国は北朝鮮の核に目を瞑る、という取引だ。

  一方のシリアに対しては、イランとの協力をやめろ、そうすればシリア攻撃は行わない、アサドはサダム・フセインにはさせない、という取引である。

  シリアは、表向きの強硬発言とは裏腹に、常に米国との対立を避けてきた。最後は米国に従属してきた。米国も決してシリアを追い詰めることはしなった。今度もそうだ。

  トルコの仲介でイスラエルがゴラン高原の返還を提示したという。その動きもシリアをイランから切り離す戦略の一つだ。シリア・イスラエルの和平交渉を進めて、いよいよ攻撃対象をイラン一カ国に絞り込む布石を打ち始めたのだ。

  このような仮説が正しいかどうかはもちろん誰もわからない。しかしそれを占うことは簡単だ。それは米朝間のこれからの交渉を注意深く見ていればいい。

  北朝鮮とシリアの核疑惑をここまで明らかにしておきながら、それでも米国が対北朝鮮強硬政策をとることなく、北朝鮮との話し合いを継続するならば、それは取引ができているという証拠である。

  ここまで不利、不名誉な情報を公表されながら、それでも北朝鮮が米国を非難しないならば、それは取引ができているということだ。

  おそらくそうなるであろう。我々は結局は米国の手のひらの中で踊らされているということになる。私はそれが現実であると思っている。

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2008年04月25日

ブッシュ大統領のイラン攻撃は近づいているのか

  
  ブッシュ大統領のイラン攻撃は近づいているのか

  今日の各紙は、イスラエルが昨年9月に空爆したシリアの施設に関する米国秘密公聴会の記事をいっせいに載せている。

  秘密公聴会で明かされる北朝鮮とシリアとの核兵器開発協力の実態については、25日中にもホワイトハウスが声明をだして公表するという。

  その内容次第では国際情勢に影響を与えることになるかもしれない。

  なぜこの時期にブッシュ政権はそのような発表を行うのか。

  遅々として進まない北朝鮮との核凍結交渉に圧力をかけるためであるとの見方は、もちろんある。

  しかし私はあらたな中東情勢の展開への布石であるという見方のほうが正しいと思う。

  そもそも北朝鮮の核問題に米国が神経を尖らせるのは、核兵器が中東の反米テロ組織に渡ることを恐れるからである。北朝鮮との核凍結交渉は、こよなく中東問題であるのだ。

  米国の最大の軍事関心事はテロとの戦いである。その背景にはイスラエルの安全保障の確保という至上命題がある。

  それを、すべてに優先するイスラエルロビーの、米国支配があるのだ。

  イスラエルのシリア攻撃の背景にはイラン攻撃への予行演習であったという説が当時流された。果たしてブッシュ政権のイラン攻撃はあるのか。自ら手を下さなくてもイスラエルがそれを行う事を容認するのか。

  この事について、私はもちろんわからない。これまで様々な情報が流されてきたが、どれも確実なものはない。それどころか米国政府もわからないのではないか。米国政府内部で意見の分裂・対立があるのではないか。

  一つだけはっきりしている事は、もし米国がイランを攻撃するようなことになれば、その影響はイラク攻撃の比ではないということである。

  だからさすがのブッシュ大統領もやらないし、できないであろうと考えるのが普通だろう。

  ところがブッシュ大統領はそういうまともな考えをする人間ではない、と言う日本人を見つけた。

  「ロビイストからの警告」(集英社)という本が最近発刊された。本屋でたまたまそれを見つけて読んだ。4月30日第一刷というから、出来立てほやほやだ。

 自称日本人の米国ロビイスト第一号であるという岸田治子という人物が、その著書の中、でブッシュ政権のイラン攻撃はありうると言っている。

  米国大統領選挙の混迷に目を奪われがちだが、その裏でブッシュ政権はその準備を着実に進めている。その一方でイランには、米国の攻撃に対する情報と認識が希薄で、イランは孤立しつつある、と書いているのだ。

 私はこの岸田治子という人のことについては何も知らない。その説の信憑性についてもわからない。

 しかし、その著書で書かれている彼女の、米国と言う国への認識の的確さ、米国ロビーストの凄さ、卑劣さ、人脈が全てを動かす米国政治、社会の実態、などについては、私の限られたデトロイト勤務から得たそれと、全く同じである。

 民主党政権が出来たら人脈がないから困る、とおろおろする外務官僚や、米国通と自認しながらアポイント一つ取るのにも外務省の世話になるような日本の政治家たちは、彼女の足元にも及ばない。

 果たしてブッシュ政権はイラン攻撃を行うのか。それを阻止するために彼女はロビー活動を続けるという。
 米国・イスラエルとイランとの関係は、残されたブッシュ政権の最大の課題であることに間違いない。

 

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2008年04月24日

 動き出した政界再編と護憲勢力の沈黙


 動き出した政界再編と護憲勢力の沈黙


  名古屋高裁が下した自衛隊イラク派遣に対する違憲判断。それをもっとも深刻に受け止めなければならないのは、この国の護憲政党、護憲政治家であると私は思っている。

  なぜならば、小泉元首相のふざけた答弁を許し、明らかな違憲行為を防げなかったのは、この国の護憲政治力の弱さにあったからだ。

  しかも、この歴史的判決を前にして、その判決を定年する裁判官の世迷いごとだ、と一蹴し、だから改憲だ、集団的自衛権だ、自衛隊の恒久派遣法だ、かんけいねえ、などと叫ぶ保守・右翼的な議員が目立つ一方で、平和、平和と唱えてきた護憲政党、政治家の姿がまったく見えてこない。

  ここにこの国の政治の貧困さを見る。平和を唱える政治家が偉いのではない。憲法9条が立派なのだ。その憲法9条の前にひざまずいて護憲勢力が結集できなくて、なんの護憲政党か。護憲政治家か。

  私にこのような事を書かせる最大の理由は、最近にわかに動き出した政界再編のドタバタ劇が、すべて改憲と日米軍事同盟を是認する政治家たちの、生き残りをかけた低次元の合従連合であるからだ。

  そのようなねじれた動きの中で、私が最悪の一つと考えているものが、超党派の「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」である。その総会が23日、3年ぶりに国会内で開かれたという(24日毎日新聞ほか)。

   会員110名のうち約30人が集まったというこの総会では、自民党の中谷元・元防衛庁長官、民主党の前原誠司前代表、公明党の上田勇広報委員長の三人があたらに世話人代表に選ばれ、次のように挨拶したという。

   「いかなる政権ができても実行できる共通の基盤をつくりたい」(中谷)、
   「どちらが政権をとっても外交安全保障の根本は一致していないといけない」(前原)

  自民党から民主党に政権交代がなされても、安全保障政策については何も変わらないことが改めて世間に向けて証明された瞬間だ。平和を売り物にする公明党が、日米軍事同盟を認める正体を隠そうとしない瞬間だ。

   その民主党に旧社会党の大部分が吸収された。残った社民党もまた、その民主党にすりよって政党としての生き残りに汲々としている。

  天下の護憲政党である共産党は、平和は自分たちだけで守るといわんばかりの傲慢さだ。

  これから雪崩をうって始まる政界再編の一つの大きなテーマは、新自由主義(小さな政府)か、市民社会主義(大きな政府)かということであろう。

  言い換えれば、競争によって社会を向上させるという強者の政治か、国民生活の不幸を最小にする弱者の政治か、ということだ。

  しかしもう一つの大きなテーマ、つまり米国の戦争に加担する国になるのか、平和を最優先する自主外交、憲法9条を世界に掲げる日本外交を取り戻すのか、というテーマについては、誰もそれを正面から唱えようとしない。

  それでは、平和を願う国民の行き場がない。この国の政治がいつまでたっても国民の心に届かない理由がそこにある。

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2008年04月23日

大手新聞が報道しないニュースの中にこそ重要な事実がある

 
 大手新聞が報道しないニュースの中にこそ重要な事実がある

 これは決してへそ曲がりで言っているのではない。大手新聞や全国放送の大手テレビ局があえて報道しないニュースの中に、重要な事実が隠されていることがある。

 その一例として、日刊ゲンダイ(4月23日)に出ていた二つの記事を紹介したい。

 一つは、なぜ今年のサミット開催地に洞爺湖が選ばれ、そこにあるザ・ウィンザーホテル洞爺が会場となったのか、その裏には、実は重大な疑惑が隠されている、という記事だ。

 今年のサミットのテーマは環境である。環境といえば京都議定書を決めた京都がある。官邸関係者も外務省もそう思っていた。しかし安倍首相のツルの一声で北海道の洞爺湖に決まったというのだ。

 巨額の借金を抱え、サミット関連予算を捻出する余裕のなかった北海道も、当初は乗り気ではなかった。それを、「財政支援をするから」と、突然政府筋から言われ、しぶしぶ立候補の手を上げたという。

 洞爺湖を選んだ理由として「京都は警備が厳しい」というのがあるが、真っ赤な嘘だ。05年に来日したブッシュ大統領も京都の迎賓館に泊まっている。

 おまけに風光明媚なリゾート地は、北海道にはいくつでもある。はじめに洞爺湖ありきだったというのだ。

 それではなぜ安倍首相は洞爺湖にこだわったのか。

 それはずばり安倍政権とホテル関係者との癒着があるという。どんな癒着なのか。

 「バベルの塔」ならぬ「バブルの塔」と地元で揶揄されたウインザーホテルは北海道拓殖銀行が巨額融資した不動産業者が建設した。それが、拓銀破綻(97年11月)のあおりで閉鎖。いったん廃墟になった。

 それを、警察OBが多数天下っている警備会社セコムが買収、修繕した後にサミット会場に決まったというのだ。

 その決定の裏には、前警察庁長官の漆間巌氏が暗躍したと言われる。また、セコムの創業者・飯田亮氏と安倍首相は悪くない。

 安倍首相は洞爺湖のホテルを一度も訪れることなくツルの一声で決めたという。どう考えても「政官業癒着のサミット」と呼ぶべきではないか、と日刊ゲンダイは書いている。

 もう一つは福田首相の「北朝鮮にボーナス」発言である。

 すなわち、21日に訪日した李明博韓国大統領と会談をした福田首相は、その席上で、「北朝鮮を説得するとき、『日本からのボーナスがある』と話してほしい」と頼み込んだというのだ。しかも福田首相は「(北朝鮮への)ボーナスがある」と2度も強調したという。

 興味深いのは、この情報が韓国側の説明によってはじめて日本のメディアが知ることとなったということだ。日本の外務省のブリーフィングにはなかったのだ。

 このことは何を意味するのか。巨額の経済援助を与えるから日朝国交化交渉再開に少しくらい柔軟な姿勢を見せてくれ、と政府・外務省が頼み込んでいるということだ。そのような作為がばれないように、国民から隠しているのである。


  たかが10人ぐらいの拉致被害者にこだわるあまり、国交正常化という歴史的一大外交偉業が犠牲になってはいけない、という、拉致被害者切捨て政策が、またぞろ顔を出してきたということだ。

 これほど重要な福田首相の発言であるにもかかわらず、それを報じたのは、わずか産経新聞と毎日新聞ぐらいであった。しかも極めて小さい扱いだtった。

 我々は、大手新聞、テレビ映像が教えてくれないニュースの中にこそ、本当に知らなければならない事があると決めてかからなければならない。

                                              

 

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2008年04月23日

  それでも自民党を支持する国民が存在する理由


  それでも自民党を支持する国民が存在する理由


  政府・与党はガソリン税などを復活させる税制関連法案の再可決、成立を30日に強行する方針を固めたという。これがいっせいに23日の各紙で報じられている。

  いい度胸だ。天下分け目の27日の山口補選に勝つつもりなのか。

  福田自民党のこの開き直りをどう理解すればいいのか。

  考えても見るがいい。道路財源のムダ、後期高齢者医療制度、年金記録漏れ、急落する内閣支持率、政権放り投げ安倍前首相の地元など、自民党にとってプラス材料は何一つ無い。それでも山口補選は「接戦」、「大混戦」であるという。

  この期に及んで誰が自公政権に投票するのだろうか。その疑問に見事に答えてくれた記事を見つけた。4月23日の日刊ゲンダイで政治学者の土屋彰久氏がこう言っている。

 「イジメられている庶民や老人からすれば、自民党政治ケシカランですが、自民党は国民全体をイジメているわけではありません。現体制で利権にあずかって得している層や企業、儲けている勝ち組がいます。こうした層が自民党の根強い固定支持者であり、庶民がいくら反発しようと、政権を応援しているのです・・・」

  ズバリこれである。これが日本の現実である。

  しかも自民党はその固定支持者に徹底的に金をばら撒こうとしてきた。それを日刊ゲンダイは次のように書いている。

 ・・・やっぱりウラは利権とカネだ・・・山口県は8人の首相を輩出した保守王国。有力政治家が政界中枢を歩むごとに、地元に大型公共事業が転がり込んできた・・・このような土地柄だから有権者は地域や親戚、企業とのつながりを重視し、利益誘導型の自民候補に投票してしまうのだ・・・

 問題なのは山口のような選挙区が全国に無数ににあることだ、と法政大学の五十嵐教授が次のように言う。

 「・・・経済が疲弊しきった地方なら、なおさら公共事業に頼るしかなく、『仕事』を引っ張ってくる与党議員がガ然有利となる。
   しかし地方経済を麻痺させた元凶は何か。戦後連綿と続いてきた自民党政治ではないか。
   疲弊した地方が自民党支持に回るほど、ますます地方イジメが続く。そんな悪循環を今こそ断ち切る時期です。」

  山口県民は果たしてどちらに投票するのか。その結果が日本の政治を動かす。

  


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2008年04月23日

 イランの核疑惑問題をめぐる米国の迷走


 イランの核疑惑問題をめぐる米国の迷走

 
  皆さんは 米「国家情報評価」報告書が、「イランは2003年秋に核兵器開発を停止した」と結論づけ、これを公表した事を覚えておられるであろうか。07年12月の事であった。

  米国のイラン攻撃が囁かれていた中で、この突然の公表については当時さまざまな憶測が流された。

  それらの憶測の真偽はともかくとして、この報告書の公表によって、ブッシュ政権のイラン攻撃が遠のいた事は明らかであった。

  なぜならば、大量破壊兵器を持っているという嘘の口実に基づいてはじめたイラク攻撃が失敗に終わり、イラクが泥沼状態になっている中で、大量破壊兵器が無いのにイランを攻撃することは、さすがのブッシュ政権でもできないからだ。

  問題はなぜ、CIAなどの政府情報機関が、あのタイミングで「イランには核兵器はない」と公表したか。なぜそれをブッシュ大統領がいとも簡単に許してしまったか。という疑問である。

  これについての解答が、23日の読売新聞の記事の中に述べられていた。

  すなわち、ジョン・マクローリンCIA元副長官(04年退官)が読売新聞に対し、本来は機密報告である国家情報評価報告が公表された経緯について、次のように話したというのだ。

 「・・・当時、報告の概要がマスコミに漏れかかっていたので、先回りして発表したと聞いている」

  もし、マクローリンのこの言葉が本当であれば、今までに語られた憶測は馬鹿を見る事になる。こんな低次元の理由で公表してしまったのだ。

  しかも公表した後に、ブッシュ大統領は「イランは過去に核兵器開発計画を隠してきたし、今も隠しているかもしれない」(08年3月下旬、米政府系ペルシャ語放送)と、報告書と異なる事をしゃべり、ヘイデンCIA長官も「イランが核兵器関連物質の開発と、核弾頭ミサイル開発を急ピッチで進めている」(同3月複数の米メディアに)と、対イラン強硬姿勢を見せている。

  あたかもあの公表は失敗だった、公表することを知らされていなかった、と言わんばかりだ。

   米国の情報機関のいい加減さについては、「カーブボール」の著書ですでに明らかにされている。それにもまして報告書の公表に踏み切る経緯と、それに対する大統領の了解の有無があまりにも不透明である。

  どうやらブッシュ大統領の米国は、安全保障政策の根本においてモラルハザードを起こしているようだ。

  そんなブッシュ政権の命ずるままに軍事協力を進めてきた小泉、安倍、福田政権は、度し難い無能な指導者ということになる。

 

    

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2008年04月22日

 本村洋さんの記者会見の感動を覚える


  本村洋さんの記者会見に感動を覚える


  国家権力の不正を糾弾するというのが最大の目的であるこのブログで、光事件の判決について書く  つもりはなかった。

  しかし、これだけの社会事件である。一言書いておきたい。

  それはまた、私という人間が、どういう人間であるかを率直に語ることでもある。

  だからまた書いておきたいと思った。

  私はこの犯罪を憎む。

  犯人に対する同情心はない。

  判決を不服として最高裁に上告した安田弁護士らに対する共感はまったくない

  死刑は極めて厳格に適用されなければならないと思うが、なんでもかんでも死刑を廃止せよという意  見には、私は与しない。

  ブログで飛び交っているさまざまな意見の仲間入りをする気はない。議論すべき問題ではない。議   論すべきより重要なテーマは、もっと他に多くある。

  「きっこの日記」や、「世に倦む日々」を書いているブロガーの意見は、私の意見そのものだ。

  それよりもなによりも、記者会見で語った本村洋さんの言葉は感動的だ。32歳という、私の長男の  ような年頃の青年が、あそこまで語れるのは、彼の9年間の苦しみの重さに違いない。

  無条件で感動した。

  私はそういう人間である。

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2008年04月22日

日本のガソリン価格はなぜ高いのか


 日本のガソリン価格はなぜ高いのか

 ガソリン暫定税率が国民的論議の的であった時、新聞では、日本のガソリン価格はそれでも国際的にはまだ安いほうだ、などという政府の代弁者に成り下がっていた。

 私にはそれが笑止千万であった。

 読者はそれをどんな思いで読んだだろうか。いやそれよりもなによりも、ガソリンの小売価格がどのように決められているのか、正しく知っている国民はどれほどいるだろう。

 かくいう私もここまで詳しくは知らなかった。

 ある目的で、最近発刊された「石油がわかれば世界が読める」(朝日新書、社団法人石油学会著、瀬川幸一編)という本を買い求めて読んだ。

 その中で、「原油価格支配者の変遷」というくだりがある。これを読んだ時、私は目からうろこが落ちる思いだった。

 その秀逸な記述の要旨を、私の独断で、思い切り短縮して以下に述べてみる。つまりその本はこう我々に教えてくれている。

 ・・・原油価格が今のように大きく高騰したのは極めて最近のことであって、長い間1バレル3ドルで安定的に推移してきた・・・73年の第一次オイルショックで12ドルに、そして79年の第二次オイルショックで36ドルと上昇した・・・しかし先進国は省エネや北海油田、アラスカ油田など輸入先を多角化し、開発してOPECに対抗た。その結果86年には10ドル以下まで下落した・・・

 それから20年余りたち、今では原油価格の支配者はOPECでもメジャーでもなく、市場だ・・・
  もっと正確に言えば、石油価格が大きく変動する理由はレント(差額地域)と呼ばれる、超過利潤である・・・つまり石油というのはボロ儲けできる資源で、生産者、メジャー、ブローカー、精製業者、輸入政府、などが皆儲かることになっており、その儲けを山分けし、最後に消費者が高い消費価格のツケを支払わされているのだ・・・
  もっと驚くべきは、1リットル140円のうち、原油生産と輸送・精製・販売にかかる全体のコストは、ガソリン価格の3割程度で、残りの7割が資源国か消費国政府、石油会社の儲けであるということだ。その中でも意外なことに、消費国政府の儲けである石油課税が圧倒的に大きい・・・


 もうおわかりであろう。私がここで強調したいのは、この最後のくだり、つまり、「消費国政府の儲けである石油課税が(ガソリン価格の中で)圧倒的に大きい・・・」という部分である。

 あらためて我々は気づかなくてはならない。わずか25円の暫定税率の撤廃で我々は大騒ぎしているが、財務省はせせら笑っていることだろう。はるかに大きい金額を、さまざまな税金の名目でガソリン価格に上乗せし、彼らの財源にしているからだ。

 財務省が独占してきたこの国の税制そのものに光を当てなければならない。メディアはその事を国民に知らせなければならない。

 税務署ににらまれると脱税容疑で脅かされる、などとおそれてはいけない。失うものは何もない国民は、財務省、税務署を恐れる必要はない。

 それどころか、血税に依存するだけの寄生虫のような官僚を糾弾する立場にある。

 メディアは今こそ、そのような国民の立場にたって、この国の税制のいかさまを徹底的に白日の下にさらしてもらいたい。今求められていることはそれである。
  

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2008年04月22日

世論を見下す朝日新聞

 
  世論を見下す朝日新聞


  もう三十年ほども前に亡くなった私の父は、新聞配達少年から採用されたノンキャリアの朝日新聞記者だった。

  採用してくれた京都支局長の恩に報いたいと口癖のように話していた父は、一生を朝日新聞社に捧げて死んでいった。

  私はそういうタイプの人間ではない。しかしそんな父親に限りない敬意を抱く。

  だから朝日新聞の悪口をいう事ははばかられる。

  しかし最近の朝日新聞は、もはや父親の勤めていた頃の朝日新聞ではない。

  エリート意識の強い記者たちが幅をきかす、一つの権力集団であるかのようだ。

  「権力そのものが悪だ」というジャーナリズム精神を忘れ、世論を見下している政治家や官僚のお友達であるかのようだ。

  22日の朝日新聞「政態 拝見」という政治コラムで、星浩という編集委員が支持率の低下した福田政治のことを書いていた。そのなかで、次のようなくだりがあった。

 ・・・最近の福田政治を見ていると、新聞の社説に評価されるケースが多いことに気づく・・・これに対し、民主党からは「社説は従来、政権に厳しかったが、近頃はわが党への批判が目立つ。それでも、天下り反対やガソリン値下げでは、世論は民主党を支持してくれている(野田佳彦広報委員長)」という反応が聞かれる・・・
  新聞の社説は、各分野の専門家である論説委員が長時間の論議を経て執筆する。いわば「論理の結晶」のようなものだ。中長期的な政策を示す場合も多い。
  一方、世論調査に表れる「民意」は、身近で短期的な問題に関心が高い・・・
  福田首相は「政治は受けを狙うべきではない」が持論だ。日銀人事や道路財源問題では、それなりの筋道を示した。それが論説委員たちに評判が良いことは確かである。
  だが、民意は筋論だけでは動かない・・・その結果、福田内閣の支持率は落ち込むばかりだ・・・
   ガソリン高騰や医療費の負担増などに不安を募らせる庶民に目配りをしつつ、歴史の評価に耐える政策を示して国民を粘り強く説得できるかどうかー。福田首相はいま、そんな窮地に立たされている。

  読者はこの星浩編集委員の文章をどのような思いで読んだだろうか。

  私は、このオブラートに包んだうような表現の中に、次のような朝日の傲慢さを感じるのだ。

  世論なんて、目先の利害のことしか関係ない度し難い代物だ。我々が英知を集めて議論して出した論説が正しいに決まっている。その論説に評価される福田政治は、政策的には間違っていない。しかし、いかんせん支持率が低い。小泉さんの真似はできないまでも、もう少しうまく世論を操ることが出来ればいいのに。まあ、福田さんには無理だろうけど、頑張ってください・・・

  世論が間違った意見を持つとすれば、それは十分な情報が与えられていないからだ。正しい情報を与えられるのならば、世論はおおむね正しい判断をするものだ。それを信じるのが民主主義である。

  権力者におもねって、知っている情報をすべて伝えることなく、権力をかばったりする。俺たちの「論理の結晶」が政策を左右するとうぬぼれて論説を書く。それでは、読者はたまらない。

  同じ論説委員の言葉でも、4月3日の毎日新聞「発信箱」で書いている与良正男論説委員の言葉のほうが好感が持てる。

 ・・・民主党議員は不満のようだ。今度のガソリン税問題。毎日、朝日、読売、日経、産経各紙の社説はそろって「道路特定財源の一般財源化には大賛成、暫定税率撤廃にはこだわるな」の論調で、同党の対応に批判的だったからだ。
   この主張には読者からも「庶民の暮らしの厳しさがわからないのか」といった批判がよせられた。世論調査でもガソリン値下げを歓迎する人が大半・・・ここまでは小沢一郎民主党代表の勝ちである。与野党の歩み寄りを求めてきた私たちの社説も敗北したといえるかもしれない・・・

   我々は新聞をつねに批判的に読むようにすべきである。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

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2008年04月21日

日経新聞に連載されている扇千景の「私の履歴書」に注目する

 日経新聞に連載されている扇千景の「私の履歴書」に注目する


  扇千景という政治家がいた。ついこの間まで参議院議長だった政治家だ。もとをただせば二代目中村扇雀(のち三代目中村鴈治郎、現坂田藤十郎)にみそめられて結婚した元宝塚出身女優である。

  福田赳夫総理に可愛がられて1977年に参院選全国区に出馬して当選。以来参院議員を5期も務め、その間に、建設大臣や北海道開発庁長官、運輸大臣などを歴任し、保守党の党首になり、最後は三権の長である参議院議長までつとめた。

  女性の参議院議長は、護憲一筋に政治家人生を歩んだあの土井たか子についで史上二人目であるという。美女は得だ。

 しかし、その輝かしい政治歴の割には、私の記憶には、およそ政治家としての実績は何も残っていない政治家だ。

 それどころか、やたらに威勢のいい発言を繰り返し、自民党の擁護に終始した傲慢な勘違いタレント議員でしかない。あの宮沢蔵相が辞退したのと好対照に、行革で国土交通省が出来た時は、自ら手書きで看板を書いた厚顔な政治家だ。

 そんな人物が、政治家を30年も務め、最後は参院議長までして、旭日大綬章の勲章まで手にしている。この国の政治とは一体なんなんだと思う。

 その扇千景が、一月ほど前から日経新聞の「私の履歴書」に連載を寄せている。これまでは、中村扇雀にみそめられた話であるとか、歌舞伎役者に嫁いだ苦労だとかの話であったから、私はほとんど興味はなかった。

 しかし20回目の今日4月21日あたりから、いよいよ政界後の話に及んでいる。私はそれを楽しみにしていたのだ。

 というのも私は、彼女は極めて政治好きな政治屋だ。彼女ほど自民党(もっとも彼女は新生党や新進党、自由党、保守党、保守新党などと渡り歩いてはいるが、基本的には自民党である)、というよりも自民党福田派、の為に、あからさまな言動を繰り返した政治家はいない。

 その上に発言が軽い。必ず何か面白い政治の裏話を失言をしてくれるのではないかと期待するからだ。

  その連載が今日で20回目を迎え、いよいよ政治家になった後の思い出話に差しかかってきた。

  現に今日4月21日の連載20でも、

 「私が自民党を支持していたのは実に明快な理由からだ・・・二度と戦争をしないためには政治の安定が何より大切だ。だから責任政党である自民党に頑張ってもらうしかないではないか」 などと、訳のわからない迷言を吐いている。

 残された10回分の連載に注目しよう。

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2008年04月21日

サミットは福田政権の浮揚力とは決してならない


  サミットは福田政権の浮揚力とは決してならない


  福田首相は、次の三つをやるまでは決して総理を辞めることはないという。その三つとは、サミットの議長を務める、安倍前首相よりながく総理の座につく、そして自分の手で解散、総選挙を行う、これである。

  私はこれはメディアが勝手に流している、ためにする話だと思っている。とくに、安倍前首相より一日もながく総理をやりたいなどという次元の低い考えは福田さんにはないと思う。

  しかし、目の前に迫った最大の外交課題である洞爺湖サミットを無事に乗り切る事は、福田さんでなくても、責任感のある総理であれば誰でもそう願うに違いない。

  福田さんとしては、出来れば、そこで点数を上げて、支持率を回復し、福田政権を安定させたいに違いない。だが、残念ながらそれは無理だ。

  そもそも、サミットはとっくの昔にその役割を終えている。世界の経済に影響を与える新興国がここまで増えている中で、いまさらG-7 とか、G-8とか、の国だけで物事を決めて済む時代ではない。

  それに加えて今回のサミットはでは、環境問題にほかに、サブプライム問題であるとか、食料価格の高騰問題であるとか、アフリカ支援の問題とか、日本の責任ではないものばかりが次々と追加され、それを議長の責任でまとめなければならない役割を押し付けられつつある。

  この種の国際会議の常であるが、何を議題にするかの時点で、壮絶な綱引きが行われるのだ。そして。その時点で日本外交はいつも負けている。

  そもそも温室効果ガス削減問題がここまで喧伝されるようになったことも、私は日本の環境外交の失敗であると思っている。

  環境問題はもちろん重要である。しかし、環境問題の本質は、自然との共生であり、もったいないの精神であるはずだ。それこそが日本の得意とするところなのに、今では日本にとって不利な形で二酸化炭素排出削減の数値目標ばかりが強調されている。それがまとまらなければ日本の責任であるかのごとき圧力がかかっている。

  この不当さについては以前のブログでも触れたが、ここで強調したい事は、排出枠という概念が、あたかも金融商品のごとく扱われている異常さである。

 4月20日の産経新聞経済面で、奇しくもこの事を考えさせられる二つの記事が並んでいた。

 すなわち、一つはサブプライム問題の真の罪は米国の金融バブルであり、住宅バブルが崩壊し、行き場のなくなった膨大な資金が、石油や食糧といった資源に向かいそれらの価格を高騰させている、という記事である。

 もう一つの記事は、二酸化炭素排出削減の前提となるクリーン開発プロジェクトの多くが、不透明であり、国連登録もされていないものがあるという記事だ。そんなプロジェクトに基づいて排出枠の数値が決められ、それが「先物取引」となっている。そのゲームで割を食わされるのは日本である。

 福田首相は覚悟したほうがいい。サミットでは政権浮揚にはならない。サミットは国際的な政治ショーであり、無事に終わっただけで大成功なのだ、と。

 もっとも無事に終わるかどうかも危なくなってきた。チベット問題などが出できた。いっそのことサミット前に辞め、その貧乏くじを総理になりたい連中に任せたほうが大正解かも知れない。そう思わせるほど不毛な今年のサミットなのだ。

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2008年04月21日

一般財源化という名の増税


 一般財源化という名の増税

  私は4月8日のブログで、福田首相が、3月27日の記者会見で突然言い出した一般財源化について、ごまかされてはいけないと書いた。つまり暫定税率を廃止するかわりに、その穴埋めのために増税する事を考えているに違いないと。

  そのひとつの根拠として、なぜ暫定税率廃止を今年度から行わないのかという事がある。それは今年度では増税が間に合わないからだ。すなわち来年度の税制改革と一体になって暫定税率廃止する、つまり増税と一緒に一般財源化をする、と言ったに過ぎないのだ。

  この推測が正しかったことを裏づける記事を4月20日の読売新聞、「政(まつりごと) なび」に見つけた。

 「6文字に込めた思いは」という見出しで書かれた編集委員 尾崎和典氏の記事は、与謝野馨・前官房長官の告白に基づいて、次のように舞台裏を描いている。

 3月20日、祝日にもかかわらず与謝野・・・は首相官邸に呼ばれた。福田首相から、27日の記者会見で表明する09年度からの一般財源化を柱とした見直し案に助言を求められたのだ・・・
 自民党税制調査会小委員長の与謝野派(その案の中にあった「道路特定財源制度は今年の税制抜本改革時に廃止」という文言に驚いた。
 「卒倒しそうになったよ。本当にやるのかよ、と」
 税制関係者にとって「税制抜本改革」の(六文字の)意味は重い。消費税率引き上げに取り組むということだからだ・・・

 この尾崎氏の記事の中で、事実に反すると私がにらんだ部分がある。それは次のくだりだ。

   ・・・驚いたのは与謝野氏だけではない。
   (記者会見の翌日)朝、一番に財務省幹部が与謝野氏の事務所に飛んできた。
   財務省幹部 「(税制抜本改革の文言は9与謝野先生のアイデアで入れたんですか」
   与謝野氏  「俺じゃないよ。総理だよ」・・・

 そんなわけがない。すべては財務官僚の振り付けである。財務官僚が芝居をしているのか、与謝野が作り話をしたのか、あるいはそれら全てを知った上で尾崎氏が、読者を情報操作しているのか、いずれにしても作為的に書かれた文章であるに違いない。

  福田政権が続けば間違いなく消費税引き上げが行われるということだ。国民は覚悟しておいたほうがよい。

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2008年04月20日

過去の人になってもらっては困る

 
  過去の人になってもらっては困る

  私は毎日このブログで何を書くかについて苦渋する。書きたい事がない時も困るが、書きたいことがある時に、何を優先するかで悩むからだ。

  書きたい事のすべてについて書く時間的余裕もエネルギーもない。書きたい事があっても、自分の意見が絶対に正しいと断言できる知見がないために、書くことをためらって終わることもある。

  それやこれやの葛藤の中で、このブログは書き続けられているのだ。

  しかし、「今日のブログはこれしかない」、そう即断して書いた。小泉元首相の発言についての、次のような記事を見つけたからだ。

  20日の読売新聞は、沖縄県宮古島の地元高校生らとサイクリングを楽しんでいる小泉元首相の写真入で、次のように書いている。

  20日に開かれる「全日本トライアスロン宮古島大会」のスターターを務める事になった小泉元首相は、「何十年ぶり」という自転車に乗って、競技場を視察した・・・その時、9日に自民党の小池百合子元防衛大臣や前原民主党副代表らと会食をし勉強会を結成する動きが報じられた事に、記者団から質問が及んだ・・・小泉首相は、「そんなのない。もう私は過去の人だから、若い人に任せるよ」と強調した・・・

  私は小泉さんの分身ではないかと思うほど小泉さんの考えが手に取るようにわかる。そう自分で自惚れている。

  そしてそのような考えに基づいてなされた小泉元首相の、総理としての、そして政治家としての言動に、日本全国広しといえど私ほど批判的である者はいない。そう、これも勝手に、決め込んでいる。

  だから私は小泉元首相のあらゆる言動に目が向く。そしてことごとく批判的になる。

  私は小泉さんは、「燃え尽きた」と言って、一旦は再登場しないと心に決めていたと思う。もはやこれ以上の事は出来ないほど、好き勝手を繰り返し、しかも高支持率のまま総理の座を終えたからだ。つまりこれ以上ないほどうまく逃げ切ったからだ。

  この後何をやっても、これ以上うまくいく保障はない。

  しかし、その小泉さんも、わずか一年あまりで、権力を手放した寂しさに耐えられなくなって出てきた。中身がない人間が、権力を握って、そのうまみを味わったら、こうなるのだ。肩書きを離れては生きて行けない人間の常である。

  出てきたのはいいが、彼には語るべき政策はない。思想も知識もない。語れるのは政局についての与太話ばかりだ。

  ところがその政局がまさに混迷の度を深めてきた。自民党、民主党は早晩崩壊する。あらたな政界再編はもはや不可避な状況だ。小泉人気もいまだ健在だ。彼は飛びついたのだ。歴史的な政治の地殻変動の中で、俺の出番が再びめぐって来た、と。

  彼は自分を知っている。総理として再登場したり、新党の党首として表にでることは100%ない。テレビでの政策論戦や党首討論など出来ないからだ。ボロが出るからだ。そんな馬鹿なことはしない。

  しかし裏で政治をもてあそぶ。引っ掻き回す。そのようなパフォーマンスで常にメディアを自分のところに惹きつけてそれを楽しむ、彼の最も得意とするところだ。おまけにそれで政局に影響力を保つのであればこんないいことはない。これである。

  だから「もう私は過去の人だ」という発言は半分あたっている。再び政治の表には出ないという意味で。しかし、それは半分は真っ赤な嘘だ。政局動乱の中で常に中心にいたい、影響力を保ち、その言動がメディアに取り上げられる事を楽しみたい、これが本音だ。

  とんでもない不届き者である。これほど日本国民が苦しみ、日本が漂流している時に、国民や日本のためではなく、自分の為に政局をもてあそぶ。まさに小泉という人間の真骨頂である。

 小泉さんには「過去の人」になってもらっては困る。国民の前に引きずりだして、自ら積み重ねた国民いじめの政策の責任をとってもらわなければならない。

 経済の停滞も外交の行き詰まりも、貧困層の増加も後期高齢者医療制度も、すべて小泉政権5年半に起因する。その事の是非について、今こそメディアの前で語ってもらわなくてはならない。

 ひょっとして、「私は過去の人」は本心かもしれない。心変わりして再び逃げようとしているのかもしれない。

 もしそうであれば17日の名古屋高裁で下された違憲判決に恐れをなしたのだ。

 「どこが戦闘地域かなんて俺に聞かれてもわからない」、「自衛隊が行くところが非戦闘地域だ」などというふざけた発言を繰り返して自衛隊をイラクに派遣したのが小泉元首相である。

 違憲を犯した首相として追及されるおそれがあることに気づいたのかもしれない。

 それであればなおさらだ。小泉さんを「過去の人」にさせてはいけない。歴史の断罪を受けてもらわなくてはいけない。
 

 
  

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2008年04月19日

  名古屋高裁違憲判決のこころざしを引き継ぐ(その2)ー青山邦夫裁判長を憲法9条の化身とする


 名古屋高裁違憲判決のこころざしを引き継ぐ(その2)-青山邦夫裁判長を憲法9条の化身にする

  全国の平和を愛する国民は、今こそ青山邦夫裁判長を憲法9条の化身とみなし、彼の下に結集し、平和の一大市民運動を起こしていかなければならない。

 いや、それは平和運動に限らない。権力や既成体制に抗って正義を貫いたために、権力から不当な弾圧を受けて苦しみ、孤立している、全国の多くの人たちこそ、青山裁判長の下に結集すべきなのだ。

 憲法9条を守るという事は、単に平和を守るだけではない。憲法全体を貫き通している「正義」を実現する事なのだ。

 青山裁判長を憲法9条の化身として結集し、日本をこれ以上息苦しい国にしないためにも、強権的、弾圧的な方向にどんどんと流されつつある今の政治を、方向転換する一大市民運動、護憲運動を展開して行かなければならない。

  青山裁判長は名城大法科大学院(名古屋市)の教授にするため、定年まで2ヶ月を残して3月31日付で依願退職していた。そのことを殊更にとりあげて、辞めることがわかっていたから最後に好き勝手な判決を残したのだと無責任な事を言うものがいる。

  私はこういう連中を最もさげすむ。こういう連中に限って、悪に目をつむり、口をぬぐう。その一方で自己栄達、自己保身しか考えない。良心と現実の葛藤を避け続ける卑怯者なのだ。

  辞めるから何でも言える、というのは大きな間違いである。彼は大学の教授になった後も、元裁判官であり、違憲判決を下した名古屋高裁裁判長である。

 そのことは、生きている限り一生ついて回る。国の政策が違憲であると断じた事により、たとえ彼が裁判官を辞めたとしても、国や同僚の彼を見る目は一変する。

 それを一番知っているのは本人に違いない。つまり彼は今までの裁判官人生の人間関係をすべて断ち切る覚悟であの判決を書いたのだ。その決断は計り知れないほど重く、厳しい。

 私は今回の判決が、その後につづく北海道札幌のイラク派兵違憲訴訟に悪影響を与えることを恐れるのだ。つまり今回の判決で青山裁判長への圧力が政府側からかかることによって、札幌の裁判官は萎縮し、二度と同じような違憲判決を書かなくなってしまう恐れがあるのだ。

 そうなると青山裁判長の勇気ある判決はあだ花で終わってしまう。歴史的な語り草として葬りさられてしまう。そうさせてはならない。

 札幌地裁の裁判長に圧力をかけようと言っているのではない。青山裁判長を孤立させてはいけないと言っているのだ。青山裁判長に対する国民的な支持が自然発生的に拡大していくことによって、こころある裁判官の良心的判決の輪を広げていこうと言っているのだ。

 青山裁判長を憲法9条の化身とさせ、その下に全国の平和を願う市民が結集する、そして大きな大衆運動にしていく、メディアも味方につける、そうすることによって世論を恐れる政治家に、これ以上強権政治ができないように圧力をかけていく、そうすることによって第二、第三の青山裁判長を、我々に手で誕生させていくのだ。

 ひょっとすると、この流れが日本を救う突破口になるかもしれない。日本の政治を変える大衆運動になるのかもしれない。そうしなければ、後退する。前に進まなければ後退する。

 

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2008年04月19日

名古屋高裁違憲判決のこころざしを引き継ぐ(その1)ー 護憲政治家の責務


  名古屋高裁違憲判決のこころざしを引き継ぐ(その1)-護憲政治家の責務

  名古屋高裁が下した空自イラク派遣違憲判決を受けて、野党からはこれを歓迎する声明が相次いだ。

  「(小泉首相の)インチキ答弁が裁判所に否定された」(菅直人民主党代表代行)、「今こそ(空自は)撤退すべきだ」(穀田恵二共産党国対委員長)、「自衛隊恒久法を出させないために勇気づけられる」(福島瑞穂社民党党首)などなど。

  いいだろう。しかし私はこのひとごとのような発言に、限りない違和感を覚えた。重装備した自衛隊のイラク派兵を防げなかったのは国会における護憲政党、護憲政治家ではなかったのか。たとえ数の力で押し切られたとしても、その政治力を最後まで出しつくして、本気で防ごうとしたか。

  「自衛隊が行くところが非戦闘地域だ」、「どこが非戦闘地域か俺に聞いてもわかるはずがない」などというふざけた発言を国会で行った小泉元首相に対し、護憲政治家たちは罷免要求ひとつ出さなかった。国会をストップさせる迫力を見せなかった。

  徒手空拳の市民が、平和を愛する情熱を唯一の力にして、違憲訴訟を起こし、継続した。その熱意が裁判官を動かした。そして、その裁判官が、その情熱に正面から受け止め、それに答えるように、自らの裁判官人生を賭けて違憲判決を下した。壮大な人間ドラマである。

  政治にこの人間ドラマがあるのなら、自衛隊を連れ戻すことが出来ないはずはない。違憲判決があるのだ。なによりも今のイラクの現状は、これ以上自衛隊を送り続ける正当性も、妥当性も完全に失われているのだ。

  今度こそ、護憲政治家たちは、その政治信念を賭けて自衛隊のイラクからの撤収を実現させなければならない。

 19日の朝日新聞によると、名古屋高裁判決を受けて、町村官房長官、高村外相、石破防衛相が国会内で急きょ協議し、空輸活動を継続する方針を確認したという。

 違憲判決をあからさまに無視した挑発的な行動である。憲法の定める、閣僚の憲法遵守義務を正面から否定する違憲行為であり、違憲閣僚である。護憲政治家は直ちにこれら政治家の罷免を求めるべきではないのか。

 19日の各紙は、名古屋高裁判決を聞いたあとの定例記者会見で、田母神と名乗る航空幕僚長が、「私が(隊員の)心情を代弁すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言した事をいっせいに報じている。

 ここにこの国の防衛体制のおごりと弛緩を見る。

 制服組のトップにこのような発言をさせて、護憲政治家は黙っているのか。直ちに国会に喚問して発言の趣旨をただすべきではないのか。

 それよりもなによりも、今こそ小泉純一郎元首相の国会招致を求め、イラク戦争を支持し、自衛隊を派遣した違憲性を質すべきではないのか。

 護憲政治家の本気度が、今まさに問われている。
 

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2008年04月18日

下された正義ー名古屋自衛隊イラク派兵違憲訴訟の判決と真の立役者


 下された正義ー名古屋自衛隊イラク派兵違憲訴訟の判決と真の立役者

 17日、名古屋高裁は、4年余りに及ぶ自衛隊イラク派兵違憲訴訟を終えることとなる、歴史的な判決を下した。

 その事実関係や、下された判決の評価については、今日の各紙に取り上げられているのでここでは述べない。

 しかし、次の諸点だけは、どうしてもこのブログで強調しておかなければならないと思う。それは、この訴訟にかかわってきた一人である私の義務でもある。

  まず、この判決は、戦後の憲法9条(戦争放棄、武力の不保持)をめぐる数ある違憲訴訟の中で、政府が決定し、実施した自衛隊の活動が、たとえ一部であるとしても、「違憲である」と司法が明確に判断した、戦後初の画期的な判決であるということである。

 この点はいくら強調しても強調しすぎることはない。「画期的判決」、「歴史的判決」という言葉が平凡に聞こえるほど、大きな意味を持つものである。

 次に、私が注目したのは、判決文の周到さである。すなわち判決文は、たとえ政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合であっても、自衛隊の活動の一部、つまり航空自衛隊のバグダッド空港への多国籍軍の兵員輸送活動は、イラク特措法にも、憲法9条にも違反している、と断じたことである。

 首都バグダッドが、もはや戦闘地域であることは今では誰の目にも明らかである。また、空輸という名の後方支援が武力行使と一体であることは世界の常識(軍事評論家江畑謙介)である。
 
 福田首相、町村官房長をはじめとした政府関係者が、そしてその政府に加担する有識者が、この判決にどのような不快感を表してみたところで、その物言いに説得力はない。

 それどころか、政府側が反論をすればするほど、ごまかし続けてきた自衛隊のイラク派遣そのものの不当性が明るみになっていくのだ。物言えば唇寒し。反論しようがないのである。

 三番目に強調したいことは、市民が裁判官を動かしたという事実である。弁護士たちがするどく弁論し、学者が論理を提供し、そして市民の応援が彼らを支えるという形で、平和を願う市民の熱意と協力が、裁判官を動かしたのだ。

 この事は、裏を返せば護憲政治家に責任を迫ることでもある。そもそも政府の違憲的政策を阻止するのは政治の役目である。

 小泉元首相の「どこが戦闘地域か聞かれてもわからない」とか「自衛隊の派遣されるところが非戦闘地域だ」などというふざけた答弁を許してきたのは誰だったのか。そんな首相に好き放題をさせ、政府の違憲行動を阻止できなかった責任は護憲政治家、政党にこそある。

 今こそ護憲政治家は、この判決を追い風にして、一日も「早いイラクからの自衛隊撤収実現に向けて行動を起こさなければならない。
 
 最後に私が強調したいことは、終結した名古屋イラク派兵違憲訴訟の真の立役者は、この判決を下した青山邦夫名古屋高裁裁判長であり、その裁判長をささえた二人の裁判官であるという事である。

 青山裁判長については、大学の教授に就任するために定年を2ヶ月残して3月31日付で依願退職しているから、このような判決が書けたのだと言う向きがある。

 しかし、そのような事を軽々しく言えるものは、自分の進退を賭けて行動する状況に追い込まれたことのない幸せな者だ。

 というよりも、自らを決してそのような状況に置こうとしない、保身に汲々とする臆病者だ。

 この判決は、裁判官を辞した裁判長であれ、これからも裁判官人生を送ることになる二人の裁判官であれ、彼らに一生ついてまわる。それを覚悟をした上での判決であった。その決断は重いものがある。

 2008年4月17日の終わった4年余りに及ぶ名古屋のイラク派兵違憲訴訟の主役は、数々の陳述を重ねた原告、それを弁護した弁護団、法的論理を展開した学者、そしてそれらを応援してきた市民たちである。その熱意が裁判官を動かした。

 しかし真の立役者は、この判決を下した裁判官に違いない。私は原告の一人として、そして国家権力の下で働いた経験のある元国家公務員の一人として、その勇気と決断に、心からの敬意を表したいと思うのだ。
 

 
 

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2008年04月17日

 後期高齢者医療制度を批判してみせる塩川正十郎


  後期高齢者医療制度を批判してみせる塩川正十郎


   このところ私は後期高齢者医療制度の非道を立て続けに書いてきた。それはもちろんこの制度が大変な間違いだからだ。なんとしても廃案にしなければならないと思っているからだ。

   しかし、もう一つの理由は、この制度をきっかけに福田政権が崩壊する予感がするからだ。その危機感を一番強く感じているのは自民党と公明党であるに違いない。

  今日の各紙の記事の中で、なんと言っても注目されるべきは、産経新聞一面に掲載されていた「塩爺のよく聞いてください」という記事である。

  塩川正十郎はあからさまな小泉、安倍、福田自民党政権の擁護者、代弁者である。政界を引退した後も、メディアに頻繁に登場し、政府弁護の発言を繰り返している。

  その塩川が、今日の新聞で、「後期高齢者医療制度の通知が役所から郵送されてきた・・・その紙切れは私の人生を否定するものでしかなかった」と言って、徹底的に怒ってみせる。

 それは嘘だ。彼は経済的に恵まれている高齢者だ。年金なんかいらない。手続きが面倒だ、などと恵まれない高齢者が聞いたら怒髪天に届くような無神経な発言を繰り返している人間だ。

 そんな彼が本気で怒っているとは思えない。彼がここまで後期高齢者医療制度を批判するのは、新幹線の中で見知らぬ高齢の男性から投げかけられた次の言葉に違いない。

  「わしらはもう死ねということですか」となみだ目で訴えかけられた。私は「国が待ちがっとる」と返すのがやっとだった・・・

  こう白状している。長年自民党福田派の政治家をやり、官房長官や財務大臣を歴任した自民党政治の責任者であった塩川が、自分の責任を棚に上げて批判するとは笑止だが、この事は塩川の危機意識を表しているのだ。

  このままいけば自民党政権は危ういと。

  折から 自民党議員のなかから、後期老齢者医療制度廃止の議員連盟ができたという。

 その一方で、政策にはまったく無関心で、高齢者の痛みなどには一顧だにしない改革、変革のキャッチフレーズ男、小泉が、政局ばかりをもてあそんで自分に世間の注目を集めようとしている。過去の人、小泉がにわかにはしゃぎ始めてきた。前原、小池、奥田の集まりにのっかかってしゃべりはじめた。あきらかな福田おろしだ。

 その福田首相は連休中の欧州訪問をキャンセルした。これは異常なことだ。政局は風雲急を告げてきた。

 野党は何があっても問責決議案を出して、後期高齢者医療制度撤廃、年金の完全支給の一転突破で政権交代に突き進むしかない。

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2008年04月16日

  山口2区の補欠選挙の前に野党が追及しなければならない事


 山口2区の補欠選挙の前に野党が追及しなければならない事

   報道が進むにつれて、後期高齢者負担制度の正体が明るみになってきた。

   このとんでもない改正法案は、当初より野党の強い反対があった。それを、2年前に、強行採決までして小泉政権が成立させたのだ。

   野田毅など、法案の内容を少しでも知っている自民党議員は、こんなひどい法律はない、と反対していた。それでも強行採決して成立させた。

   強行採決した小泉元首相も、2年後にそれを実施させられる福田首相も、厚生労働省がいじくりまわしてきた積年の無責任な医療保険制度の矛盾を、自らの頭で理解し、吟味することなく、官僚に踊らされて追認するだけであった。それが自民党政治であった。

   その自民党政治の矛盾が、今ものすごい勢いで明らかになっている。あれも、これも矛盾だらけだ。日本は行き詰っている。

   下落し続ける福田政権が、果たして国民の怒りによって息の根をとめられるか、その命運が決着するのが4月27日の山口2区の補欠選挙である。

   その事を、4月16日付けの日刊ゲンダイで、政治評論家の伊藤惇夫氏が、見事に喝破している。すなわち、「天下分け目の補欠選挙」という言葉は、これまで幾度となく言われてきたけれど、今度こそ歴史に残る、文字通りの補欠選挙になると。

   ところが問題は、自公候補者が勝つかもしれないのだ。私はそういう気がしてならない。

   自公・官僚政権の生き残りをかけた執念は半端ではない。今の野党連合の力量を見るにつけても、そのような自公政権の執着力を突き崩せそうもない。

   私は今の日本の行き詰まりを打開する道は、とにかく一度でいいから自公・官僚支配のこの国のシステムを木っ端微塵に破壊するしかないと思っている一人だ。だから山口補選では野党が勝たなければならないと考える。

   ならば野党はどうすべきか。それは福田首相が12日の「桜を見る会」でもらした、物価高「しょうがない」発言を追求することだ。徹底的にこの発言を国民の意識に上らせ、メディアが取り上げざるを得ないようにもっていく事だ。

   この事に気づいているのが東京新聞である。

   すなわちこの福田失言は、その政治的ダメージが深刻であるがゆえに、メディアは奇妙に沈黙を守ってきた。ところが16日づけの東京新聞「こちら特報部」では、初めてこれが大きく取り上げられた。

   政財界や芸能人などから1万人の招待客を集めて満開の桜の下で浮かれていた福田首相の口から、次のような言葉が漏れたのだ。

 「物価が上がるとか、しょうがないことはしょうがないんで。耐えて工夫して切り抜けていくことが大事だ」
 である。

  この失言を見逃してはならない、とばかり東京新聞は書いた。二世議員の福田首相にとっては物価高はもとより、年金問題も医療保険問題も、本当のところは「かんけいねぇ」なのだ。そんなお殿様気分を許していていいのか。これでまたガソリン税をあげるような事があれば許せない、と。

  その東京新聞はまた、同じ日の記事で、15日の選挙で大勝し、三度目の首相返り咲きを決めたイタリアのベルルスコーニ氏の事をこう書いていた。

 すなわち暴言や失言は数知れないベルルスコーニ氏が勝った。その理由としては、もちろん彼の明るさや、イタリア人の面白がりがあるかもしれないが、同時に彼はイタリア一の大富豪でイタリア媒体の7割を占める「メディア王」であると。つまり暴言・失言も世論操作でごまかせるのだ、と。

 天下分け目の4月27日の山口補欠選挙を前にして、野党は国民の怒りを結集せよ。メディアを使って、弱者切捨ての今の自公政権の非を白日の下にさらしてみよ。それで怒らない国民はいない。

 それでも自公政権を支持する国民がいたとしたら、それは自公政権との利害共有者か、庶民の苦しみなど関係ないと思っている富裕層か、情報操作にだまされて目の前の現実が見えない者に違いない。いずれも全国民を代表しているものではない。

 山口2区の有権者は、今度こそ全国民を代表して投票して欲しい。全国民は山口2区の有権者に自らの思いを託そう。

   

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2008年04月16日

  山口2区の補欠選挙の前に野党が追及しなければならない事


 山口2区の補欠選挙の前に野党が追及しなければならない事

   報道が進むにつれて、後期高齢者負担制度の正体が明るみになってきた。

   このとんでもない改正法案は、当初より野党の強い反対があった。それを、2年前に、強行採決までして小泉政権が成立させたのだ。

   野田毅など、法案の内容を少しでも知っている自民党議員は、こんなひどい法律はない、と反対していた。それでも強行採決して成立させた。

   強行採決した小泉元首相も、2年後にそれを実施させられる福田首相も、厚生労働省がいじくりまわしてきた積年の無責任な医療保険制度の矛盾を、自らの頭で理解し、吟味することなく、官僚に踊らされて追認するだけであった。それが自民党政治であった。

   その自民党政治の矛盾が、今ものすごい勢いで明らかになっている。あれも、これも矛盾だらけだ。日本は行き詰っている。

   下落し続ける福田政権が、果たして国民の怒りによって息の根をとめられるか、その命運が決着するのが4月27日の山口2区の補欠選挙である。

   その事を、4月16日付けの日刊ゲンダイで、政治評論家の伊藤惇夫氏が、見事に喝破している。すなわち、「天下分け目の補欠選挙」という言葉は、これまで幾度となく言われてきたけれど、今度こそ歴史に残る、文字通りの補欠選挙になると。

   ところが問題は、自公候補者が勝つかもしれないのだ。私はそういう気がしてならない。

   自公・官僚政権の生き残りをかけた執念は半端ではない。今の野党連合の力量を見るにつけても、そのような自公政権の執着力を突き崩せそうもない。

   私は今の日本の行き詰まりを打開する道は、とにかく一度でいいから自公・官僚支配のこの国のシステムを木っ端微塵に破壊するしかないと思っている一人だ。だから山口補選では野党が勝たなければならないと考える。

   ならば野党はどうすべきか。それは福田首相が12日の「桜を見る会」でもらした、物価高「しょうがない」発言を追求することだ。徹底的にこの発言を国民の意識に上らせ、メディアが取り上げざるを得ないようにもっていく事だ。

   この事に気づいているのが東京新聞である。

   すなわちこの福田失言は、その政治的ダメージが深刻であるがゆえに、メディアは奇妙に沈黙を守ってきた。ところが16日づけの東京新聞「こちら特報部」では、初めてこれが大きく取り上げられた。

   政財界や芸能人などから1万人の招待客を集めて満開の桜の下で浮かれていた福田首相の口から、次のような言葉が漏れたのだ。

 「物価が上がるとか、しょうがないことはしょうがないんで。耐えて工夫して切り抜けていくことが大事だ」
 である。

  この失言を見逃してはならない、とばかり東京新聞は書いた。二世議員の福田首相にとっては物価高はもとより、年金問題も医療保険問題も、本当のところは「かんけいねぇ」なのだ。そんなお殿様気分を許していていいのか。これでまたガソリン税をあげるような事があれば許せない、と。

  その東京新聞はまた、同じ日の記事で、15日の選挙で大勝し、三度目の首相返り咲きを決めたイタリアのベルルスコーニ氏の事をこう書いていた。

 すなわち暴言や失言は数知れないベルルスコーニ氏が勝った。その理由としては、もちろん彼の明るさや、イタリア人の面白がりがあるかもしれないが、同時に彼はイタリア一の大富豪でイタリア媒体の7割を占める「メディア王」であると。つまり暴言・失言も世論操作でごまかせるのだ、と。

 天下分け目の4月27日の山口補欠選挙を前にして、野党は国民の怒りを結集せよ。メディアを使って、弱者切捨ての今の自公政権の非を白日の下にさらしてみよ。それで怒らない国民はいない。

 それでも自公政権を支持する国民がいたとしたら、それは自公政権との利害共有者か、庶民の苦しみなど関係ないと思っている富裕層か、情報操作にだまされて目の前の現実が見えない者に違いない。いずれも全国民を代表しているものではない。

 山口2区の有権者は、今度こそ全国民を代表して投票して欲しい。全国民は山口2区の有権者に自らの思いを託そう。

   

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2008年04月15日

産経新聞社の本「カーブボール」を読んで

 
 産経新聞の本「カーブボール」を読んで

  私は4月2日のブログで、産経新聞社が翻訳して出版した、「カーブボール」という本の事を、産経新聞の抄訳記事を引用しながら読者に紹介した。

  カーブボールとは、「イラクに大量破壊兵器がある」という嘘の情報を流して、英、米、独を手玉にとった偽情報提供者のスパイネームのことである。

 そのブログを読んだ産経新聞社の関係者が、私のブログに敬意を表して一冊献本してくれた。私は感謝を述べてそれを受け取り、さっそく先週の週末を使って読破した。

  500ページ近くに及ぶその大部な翻訳本を私は一気に読破した。

  今、日本の巷では、やたらに情報(インテリジェンス)の重要性を強調する言説が流行っている。しかし、この本を読むと、世界を動かす陰謀とそのために利用される情報活動が、いかに愚劣なものであるかがわかる。

  私は、インテリジェンスなどという大げさなものは不要であると思っている。公開情報を正しく理解し、活用することによって正しい判断ができる。

  いや、物事の正しい判断と政策決定は、衆人環視の下で行われてこそ、あらゆる批判に耐えることができるのだ。間違いを最小限に防ぐ事ができるのだ。

  やたらに極秘情報を求め、人の知らないところで物事を決める。そのような決定にろくなものはない。人が知らない情報をもてあそんで、あたかも自分たちが有利な立場にいる、その立場を利用して重要な決定を行う、そう考える事自体が邪悪なのだ。

 この「カーブボール」という本はそれを教えてくれた。

 そして、それよりも何よりも、世界を裏で動かしていると喧伝される欧米の情報機関の実態が、いかにお粗末でいい加減なものであるかについて、我々に教えてくれたのである。

 対抗意識、野心、責任逃れ、リーダーシップの欠如など、あらゆる権力者の卑劣さがそこにある。そのすべてをここに紹介する事はできないし、またその必要もない。

 この膨大な著作の最後の部分において、カーブボールの誤った情報に米国全体がだまされていた事をブッシュ大統領に語るデビッド・ケイ調査団長の、次の言葉が、すべてを物語っているのだ。

 「何がいけなかったんだね?」、「なぜわれわれはこれほどの間違いをおかしてしまったのか?」とたずねるブッシュ大統領に、ケイは次のように答えている。

 ・・・簡単な情報収集技術、基本的分析、CIA上層部の指導力という点で、想像を絶する失敗があったのです・・・「カーブボール」と呼ばれるたった一人のイラク人情報源に全面的に頼りました・・・CIAはその男に直接尋問することなく、彼自身を入念に審査することも、彼の情報の裏を取ることもまったくしませんでした。それなのにコリン・パウエルは国連でカーブボールの情報を強調し、大統領ご自身も一般教書演説で彼の情報を引用して大量破壊兵器を見つけたと発表された・・・
  アメリカ合衆国は蜃気楼を追って戦争を始めたのです・・・
  大統領は何の反応も示さなかった。質問をすることもなかった・・・

  それにしてもである。そんな米国とも知らずに、「米国は正しい」と叫んですべてに追従していった日本政府の実態は、いかに空疎であったかがわかる。

  あれから5年たって、米国にはおびただしい検証が優秀なジャーナリストや関係者から語られている。その事によってブッシュ政権は責任を問われる事になった。

  しかしわが国ではただの一人も、当時の政策決定の検証をするものがいない。それとともに誰も責任を取ることはない。

  あまりにも無責任な政府関係者とそれを追求しようとしないジャーナリズム精神の欠如である。

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2008年04月15日

病院の待合室で見えてくるこの国の風景

 病院の待合室で見えてくるこの国の風景


 私は二ヶ月に一度のペースで、検査と投薬の受け取りのために病院に通っている。たった今病院から帰ってきてこのブログを書いている。

 これから頑張ろうと張り切っていた20代の後半に突然病に襲われ、以来その病と二人三脚の人生であった。霞ヶ関での本省勤務の時も、海外勤務の時も、生き続けるために、仕事の合間を見つけて病院通いを繰り返してきた。

 今から思えば過労が原因の病であった。私にも身を犠牲にして仕事に打ち込んだ一時期が確かにあった。今振り返って、それがたとえ出世を願っての、卑小で、徒労な毎日であったとしても、上司の顔色をうかがいながら夜中まで働く若い自分があった。

 すべては過去の話になった。持病をうまくコントロールしながら35年間の外交官生活を支障なく送れたことは、医者に言わせれば奇跡的であるという。神に感謝するほかはない。

 現役生活を引退し年金生活に入った今の私は、もはや、混雑する病院の待ち時間を気にすることなく、いつまでも、いつまでも、気長に待つことができる身分となった。

 わずか10分足らずの検査と投薬の受け取りのために、朝8時に受け付けてから、病院を正午前に後にするまでの4時間を、私は待合室で過ごした。

 栃木の遅い春もやっと本格的になり、遅咲きの桜も散り始め、木々も力強く芽吹き始めた。雨空も見事に晴れ、気温も上昇し、すべてがその生命を喜ぶような午前であった。

 窓越しに外を眺めながら、私は待合室においてある雑誌に目を通していた。やがて、隣に腰掛けていた老人が声をかけてきた。

 医療負担が増え、それを年金から天引きされることが今日から始まった、なんとかならないかという。心細げに話すその老人は、あらためて困った、困ったといいながら、結局は誰も助けてくれないから、政府の言うままに従うしかない、と、最後は従順にあきらめるのである。

 あらためて周りを眺めると、ほとんどがお年寄りであった。背中が曲がり、杖をつき、あるいは車椅子を押してもらって病院へ来る、そういう人ばかりだった。そのすべての人が後期高齢者医療制度の犠牲者なのだ。そして等しく何も抵抗できない一市民である。

 待合室に据えられてあるテレビから、福田首相や枡添厚生労働大臣の言葉が流れていた。「説明の仕方が十分でなかったことを反省しています」、「これから周知徹底して、ご理解をが得られる努力をしなければならない」。

 そうではない。説明が不足しているのではない。理解と協力を求める問題ではない。制度そのものが誤りなのだ。誤った制度は撤回しなければならない。そういう問題なのだ。

 待合室で手にした週刊朝日の最新号(4月25日号)に福田首相とベテラン政治記者たちの懇談の記事があった。

 その記事には、福田首相が自らも10年ほど前に胃がんの手術をしたことを打ち明けた事が記されていた。そのことをきっかけにベテラン記者たちとの健康談義が弾んだとか、日銀総裁の人事や、解散・総選挙の時期などの話が書かれていた。

 しかし、そこには後期高齢者医療制度の事には一切の言及はない。高齢者の悲鳴に耳を傾ける者は一人もいない。

 それもそのはずである。総理のおごりでベテラン記者たちは高級フランス料理に舌鼓をうっているのだ。高級ワインを傾けているのだ。

 日ごろ福田政権を批判しているベテラン記者たちが、雁首をそろえて接待を受け、それを平気で楽しんでいるのである。

 すべてがいかさまである。これで国民の為の政治が行われるはずはない。メディアが権力を監視できるはずはない。

 今こそ、高齢者のために本気で立ちあがる政治家が出てこなくてはならない。本気で政権交代を目指す政治家が出てこなければならない。

 人の痛みがわかる自己犠牲の指導者が、権力者の中から出てこなくてはならないのだ。

 

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2008年04月14日

増税の可否こそ総選挙の争点にしなければならない


 増税の可否こそ総選挙の争点にしなければならない

  いまや福田総理の後継者の一人に名前が挙がるほどもてはやされている与謝野馨前官房長官が堂々と増税の必要性を訴え始めた。消費税10%は日本経済再建にとって必要であるなどと公言する。

  年金問題、高齢者医療問題、消費者物価の高騰などの嵐の中で、よくも平然とこういう事が言えるものだ。自民党政治のおごりである。

  私はここで財政論議をするつもりはない。しかし内需が拡大しなければ日本経済の活性化が図れないことはもはや明らかだ。それよりもなによりも、生活に苦しむ多数の国民が目の前にいる。

  私は3月31日のブログ「ガソリン国会を正しく見抜く眼力」の中で、自治官僚であり鳥取県知事であった片山善博氏の言葉を引用し、一般財源化は財務省の予算編成権の強化、復権であることを指摘した。

  その財務省が一貫して狙ってきたのが増税である。歴代の総理はこの財務官僚と二人三脚でこの国の財政を運営してきた。その結果が膨大な債務の累積であり、無駄遣いを許した縦割り行政の予算分配であった。

  ねじれ国会の結果、情報開示がわずかばかり進んだために、今その誤りが一気に噴出してきたのだ。情報公開を徹底すれば、もっと驚くことが出てくるに違いない。それが政権交代なのだ。

  改革を唱えたあの小泉元首相もまた、財務官僚を敵にできなかった。財政再建を第一に掲げ、民営化の掛け声の下に、弱者に痛みを押し付けたに過ぎなかった。財政政策の失敗の、手のいい尻拭いである。

  その自公政権の正体が、今また一般財源化法案の議論の過程で明るみにされていく。すなわち、野党の要求どおり、特定財源をやめて一般財源化にしたじゃないか。今度は税制改革法案審議の過程で増税を認めろ、廃止したガソリン税の穴埋めを認めろ、とやってくる。

  国民はだまされてはいけない。政局の焦点はガソリン税の廃止で終わらない。増税を一切認めない形で一般財源化を実現することこそ、最終目標だ。限られた予算で適正な予算配分を政治に求めることこそ、今の政局の焦点である。

  野党は今こそ増税なき財政再建、増税なき経済回復を自公政権に求めなければならない。それを最大の争点にし、政権交代を求めていかなければならない。間違っても環境税はいい、などと言ってはいけない。

  

  

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2008年04月13日

中曽根大勲位の言葉


  中曽根大勲位の言葉

  中曽根康弘元首相の、次のような言葉が11日の日経新聞に掲載されていた。見事な政局観だ。外交観だ。

  彼こそ元祖日米軍事同盟推進論者だ。レーガン、サッチャーと並んだ元祖新保守主義、新自由主義者だ。何よりも筋金入りの改憲論者だ。

  その政治信条に私は賛同できない。

  しかし、この5月で90歳を迎える中曽根元首相の政治家としての生き様に、私は敬意を抱く。老いてなお不断の勉学を怠らない、その謙虚さに頭が下がる。

  実際のところ、私が官僚として歴代の首相と接した中では、官僚に対する威圧感は群を抜いていた。

  その中曽根元首相に、高齢を理由に引退の引導をわたしたのが、あの小泉元首相だ。

  引退後その言動の軽薄さにますます磨きがかかっている小泉元首相を見ていると、あらためて政治家としての器量の違いに気づかされる。こんな男から引退を迫られた中曽根元首相はさぞかし無念であったろう。

  もちろん、その小泉元首相の兄貴分である森善朗元首相との器量の違いも歴然としている。4月1日のブログで書いた森善朗元首相の言葉と比較していただきたい。


  ・・・福田さんは・・・現状維持でスピードが遅い。支持率が20%台に下がった内閣は前例によれば一年以内には投げ出さざるを得ない・・・小沢一郎君も福田政権に対し突くべき照準が定められていない・・・次にどういう政権をつくるか明確な目標や理想を国民に提示できていない・・・(今の政治の停滞は)両党首の個性からきている要素が多い・・・サミットが終わったら、そのまま一年以内に解散に突っ込んでいく展開になるでしょう・・・
 ・・・最近、外交環境は日本にとって良好になっている。中国や韓国が日本に好意的な方向に転換してきている。日本からも東アジアの経済や安全保障問題について積極的に協力すべき段階に来ている。だが、日本はまったく無策だね。とても良いチャンスを逃がしている。もったいない。これが日本の国際的地位の低下につながっている。米国の日本への対応も熱意が冷めてきていると感じざるを得ない。

 

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2008年04月13日

米国の二人の政治家の言動に驚嘆する


 米国の二人の政治家の言動に驚嘆する

  元大統領のジミー・カーターと元副大統領のアル・ゴア。

  この二人の米国の政治家の最近の言動を、私は驚嘆と敬意を持って注視している。

  最近のアラビア語紙の一つ(アル・ハヤート)が、ジミー・カーターが来週にも中東を訪れ、シリアのダマスカスで、パレスチナ強硬派ハマスの指導者であるメシャールと会談するという記事を流したという。

  ハマスはブッシュ政権にとって最悪のテロ組織である。ライス国務長官はじめブッシュ政権の外交責任者は、むろん反対している。米国のユダヤロビーの反発は凄まじいものがあるに違いない。

  しかし、ハマスを排除したままで、真の中東和平が実現できるはずはない。

  元大統領であったカーターが、非難を覚悟でここまで踏み込んだ政治的行動をとる背景には、彼の人道的な使命感があるに違いない。実際のところ、パレスチナ問題は、もはや理性ある人間ならば放置できない状況に至っている。

  誰かが打開の労をとらなければならない。それは米国の政治家をおいて他にない。

  アル・ゴア元副大統領が近著を出したという。その邦訳が講談社から「理性の奪還」というタイトルで出版されたという。その書評が13日の朝日新聞に出ていた。

  書評を書いた久保文明東大教授(アメリカ史)の言葉を借りれば、ゴアの訴えは次の通りである。すなわち、ブッシュ政権の政策は、人間の理性を正面から攻撃(本の原題は「理性に対する攻撃」)する、耐え難い悪政である、と、次のように痛烈に批判しているのだ。

  ・・・ブッシュ政権は、事実を捻じ曲げてイラク戦争に突進し、「テロとの戦争」の名目で個人の自由を様々な形で侵害してきた・・・「明らかにブッシュ政権は政治プロセスを操作するために脅威を悪用した」・・・
   著者が強調するのは、特殊利益から大量の政治資金を調達した団体や候補者が流すテレビ広告が、いかに大きくアメリカの政治を歪曲しているかである。30秒のテレビ広告こそが科学に対する、そして何より「理性に対する攻撃」なのだとゴアは主張する・・・
   そして、民主主義を奪還し、再活性化するための方法として、インターネットの重要性を強調する。著者によれば、インターネットがテレビと大きく異なる点は、政治資金のある側から一方的に情報が流されるのではなく、個人が自分の意見を容易に公開できることである。
   それは思想の新たな自由市場を提供する。市民が確実にインターネットで「結ばれている事が極めて重要であるのはこのためである・・・
   さらにゴアはブッシュ政権の大型減税をはじめとした経済政策を、「国民の財産を奪い、それを富裕な特権階級に可能な限りあてがおうとする、アメリカ史上例のない過激なもの」と断ずる・・・

  ここまで書いてきて、小泉政権下で急速に進んだこの国の現状が、まさにゴアの批判する米国そのものである事にあらためて気づかされる。

  それにしても、カーターにしてもゴアにしても、政治的信念に裏打ちされたその言動には驚嘆させられるばかりだ。
  
  利権と保身と人気取りに終始する日本の今の政治家にはとうてい真似の出来ない姿がそこにはある。

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2008年04月13日

米国の二人の政治家の言動に驚嘆する


 米国の二人の政治家の言動に驚嘆する

  元大統領のジミー・カーターと元副大統領のアル・ゴア。

  この二人の米国の政治家の最近の言動を、私は驚嘆と敬意を持って注視している。

  最近のアラビア語紙の一つ(アル・ハヤート)が、ジミー・カーターが来週にも中東を訪れ、シリアのダマスカスで、パレスチナ強硬派ハマスの指導者であるメシャールと会談するという記事を流した。

  ハマスはブッシュ政権にとって最悪のテロ組織である。ライス国務長官はじめブッシュ政権の外交責任者は、むろん反対している。米国のユダヤロビーの反発は凄まじいものがあるに違いない。

  しかし、ハマスを排除したままで、真の中東和平が実現できるはずはない。

  元大統領であったカーターが、非難を覚悟でここまで踏み込んだ政治的行動をとる背景には、彼の人道的な使命感があるに違いない。実際のところ、パレスチナ問題は、もはや理性ある人間ならば放置できない状況に至っている。

  誰かが打開の労をとらなければならない。それは米国の政治家をおいて他にない。

  アル・ゴア元副大統領が近著を出した。その邦訳が講談社から「理性の奪還」というタイトルで出版された。その書評が13日の朝日新聞に出ていた。

  書評を書いた久保文明東大教授(アメリカ史)の言葉を借りれば、ゴアの訴えは次の通りである。すなわち、ブッシュ政権の政策は、人間の理性を正面から攻撃(本の原題は「理性に対する攻撃」)する、耐え難い悪政である、と、次のように痛烈に批判しているのだ。

  ・・・ブッシュ政権は、事実を捻じ曲げてイラク戦争に突進し、「テロとの戦争」の名目で個人の自由を様々な形で侵害してきた・・・「明らかにブッシュ政権は政治プロセスを操作するために脅威を悪用した」・・・
   ゴアが強調するのは、特殊利益から大量の政治資金を調達した団体や候補者が流すテレビ広告が、いかに大きくアメリカの政治を歪曲しているかである。30秒のテレビ広告こそが科学に対する、そして何より「理性に対する攻撃」なのだ、とゴアは主張する・・・
   そして、民主主義を奪還し、再活性化するための方法として、インターネットの重要性を強調する。   ゴアによれば、インターネットがテレビと大きく異なる点は、政治資金のある側から一方的に情報が流されるのではなく、個人が自分の意見を容易に公開できることである。
   それは思想の新たな自由市場を提供する。市民が確実にインターネットで「結ばれている事が極めて重要であるのはこのためである・・・
   さらにゴアはブッシュ政権の大型減税をはじめとした経済政策を、「国民の財産を奪い、それを富裕な特権階級に可能な限りあてがおうとする、アメリカ史上例のない過激なもの」と断ずる・・・

  ここまで書いてきて、小泉政権下で急速に進んだこの国の現状が、まさにゴアの批判する米国そのものである事にあらためて気づかされる。

  それにしても、カーターにしてもゴアにしても、政治的信念に裏打ちされたその言動には、驚嘆させられるばかりだ。
  
  利権と保身と人気取りに終始する日本の今の政治家にはとうてい真似の出来ない姿がそこにはある。

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2008年04月13日

産経新聞を愛読する読者からの助言


 産経新聞を愛読する読者からの助言

  毎日ブログを書くために、私は毎朝、駅前の売店で、あるいは近くのコンビニで、あるいは移動中の駅の構内で、大手新聞すべてを購入して目を通すことにしている。

  それは、今の私にとっては色々な意味で負担であり、いずれ、このブログとともに、そのような生活は止めようと思っているが、おかげで各紙の主張や性格がはっきりと読み取れるようになった。

  新聞の記事が、すべて完全に中立的でなければならないと言うつもりはない。一つの出来事に対し、その新聞の主張に沿って記事が書かれることは、ある意味で当然である。

  読者もまたそれを求めている。私のように全ての新聞に目を通す人はむしろ例外で、自分の考えに合った新聞を購読すればいいと考えるのが一般的に違いない。

  しかし、卑しくも大手メディアを自認する新聞であるのなら、つまり特殊な組織の広報機関紙や政府の御用新聞でないのならば、そこにはおのずとメディアとしての自制がなくてはならない。

  私は、大手メディアの使命は、嘘を書かない事(あからさまな情報操作をしない事)と、反権力(権力の監視)である事の、二つであると思っている。

 今日の産経新聞には、その二つについて考えさせられた。

 私は産経新聞の愛読者の一人である。基本的なところで考え方に相違があるが、時として強い共感を覚える記事を見つけるからだ。考え方が異なる記事についてさえ、それを、反面教師として学ばせてもらっている。

 だから、このブログを読んでいる産経新聞社の関係者におかれては、今日のブログは、そういう愛読者の一人の意見して読んでいただきたい。批判ではない。あくまでも購読者の一人としての感想である。


 一つは12日づけで内閣府が発表した「社会意識に関する世論調査」の結果についての報道振りである。

 紙面の大きさや掲載するページの違いはあるが、すべての新聞が、食の不安と物価上昇について、国民の多くが急速に悪化していると感じている事を見出しにして報じていた。

 ところが産経新聞だけは、愛国心「強い」、過去最多57%、という見出しを掲げてこれを一面トップに掲載していた。

 内閣府の発表した報告の本文がどういう書き方をしているか知らない。政府発表をそのまま書く必要も無い。しかし、これではあまりにも客観性に欠けるのではないか。

 もう一つは社説である産経抄である。それが映画「靖国 YASUKUNI」の作者の偏向性を批判するのはいい。その映画に口を挟む国会議員をかばうのもいい。立場の違いである。

 しかし次のような書き方で論説を締めくくるのだけはやめたほうがいい。

 ・・・この映画が上映中止の騒ぎを起こしたとき(にも)、さも政治家の圧力のせいであるかのような報道があった。今回も「圧力」が独り歩きしそうだった。根底にあるのは何でも権力者を「悪者」にしておけばすむという戦後文化のさもしさである・・・

 そうではない。権力者はそれ自体が「悪者」なのである。その視点がなければジャーナリズムは成り立たない。

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2008年04月12日

今ほど政治家の真贋が求められる時はない

 
 今ほど政治家の真贋が問われる時はない

  自分のためではなく、国民のために政治家になる。政治活動を行う。そういう本物の政治家が今ほど切実に求められる時はない。そして、その期待に反して、今ほど偽物の政治家が氾濫している時はない。

  「枡添要一厚生労働相は辞任する必要は無い」と考える国民が8割を超えるという。その数字におそれをなして、あれほど息巻いていた野党が、枡添大臣の問責決議案を出す事をあきらめたという。

 いいだろう。確かに厚生労働大臣の首をすげ替えただけでは年金問題は解決しない。自公政権が続く限り、誰が厚生労働大臣になっても年金問題は解決しない。

  それに、枡添要一という政治家は憎めない。過去の彼の言動には、とんでもない物もあるが、うなずける物もある。少なくとも枡添要一という政治家は分かりやすい。

  更に言えば、確かに彼は厚生労働相に就任したばかりの時は、厚生労働省や社会保険庁に批判的な発言を繰り返した。国民の目線に立っていた。

  ところが最近の彼の変節振りはどうだ。完全に福田政権の擁護者となっている。国民に敵対して、責任逃れの詭弁を弄している。

  これを要するに、さらなる上の政治家が視野に入ってきたのだ。野心が出たのだ。保身に走るようになったのだ。彼もまたただの食わせ者の政治家であったということだ。

  けだし、今の政治家には偽者が多すぎる。自分のためではなく、日本国のため、日本国民のために政治家になり、政治活動を行う、そういう真の政治家が、与党はもとより野党の中にも、あまりにも少なすぎる。

  12日の読売新聞は、「点検 福田政権 サミットへの道②」の中で、次のような極めて興味深い記事を載せていた。このブログでは、その記事を紹介しながら福田首相に、政治家の真贋を問うてみたい。

  ・・・3月、北京から元麻布の中国大使館に、ある訓令が飛んだ・・・そのテーマは「福田政権はいったい、いつまでつづくか」(というものだった)・・・
  情報収集の最大の目的は、中国国家主席として10年ぶりとなる胡錦涛来日(5月6日)を成功させることだ。(来日直後に)福田政権が揺らぐようなことになれば、「国家主席にメンツにかかわり、駐日大使の責任問題に発展する」(日本外務省筋)というわけだ・・・・「福田政権は足元を見られている。他の国も五十歩百歩だ」と自嘲気味に語る(外務省幹部)。

  この発言は深刻な発言である。外務省筋といい、外務省幹部といい、このような発言を新聞記者に話すとは、軽率のきわみであるが、おかげで我々は世界が日本をどう見ているかの実態を知る事ができた。

  福田首相が、真に日本国を思い、日本国民の事を優先するのなら、ただちに決断すべきだ。

  すなわち、総理の地位に連綿とするのでなければ、辞任すべきだ。総辞職すべきだ。

  もし少しでも長く総理をやりたいのなら、直ちに解散・総選挙を行い、国民に信を問うて勝利を目指すべきだ。

  総理の座を目前にして病に倒れた父、安倍晋太郎の無念をそばで見てきた安倍晋三は、時期尚早にもかかわらず、なれるときにならなければと、総理の座に飛びついて、結果的に失敗した。

  もし福田首相が、サミット前に解散・総選挙して敗れ、サミットに出席できなかった父、福田赳夫の失敗を念頭において、その愚を二度と繰り返すまい、どんなに求心力がなくなってもサミットまでは総理にしがみつきたいと思っているのなら、残念である。彼もまた偽者の政治家ということになる。

  福田首相の政治家としての真贋が問われている。

 

 

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2008年04月12日

  今度はバターだ


  今度はバターだ

   私は4日のブログで、小麦価格が高騰した理由の一つとして、小麦を政府が輸入していること、それを政府が民間企業に小売している事、その民間への小売価格を政府が30%も値上した事、について、新聞ではじめて知った、と書いた。

   今度はバターである。

   12日の読売新聞は、農林水産省が所管する独立行政法人である「農畜産業振興機構」なる組織が、11日、国内バターの不足に対応するために、バターの輸入を例年より半年程度前倒しすると発表した、と報じていた。

   この報道を見て私は二つの大きな疑問を抱いた。

   なぜバターが国家貿易でなくてはならないのか。それはバターなどの乳製品の輸入が、ウルグアイラウンド(関税・貿易一般協定の多角的交渉)で、一定量の輸入を義務付けられているからだ。

   しかし、輸入割り当てになっているからといって、それを直ちに国家貿易に結びつける必然性はない。ましてや独立行政法人などという天下り法人に、その仕事をマル投げする必然性はない。

   小麦の時もそうであるが、国が一元的に輸入し、それを業者に小売するという制度そのものが、民営化改革に反するのではないか。天下り行政の弊害の典型ではないのか。それが小売価格を割高にしているのではないのか。

   しかしもう一つの疑問の方がより問題である。

   輸入の前倒しを行う原因は、国内バターの不足だという。そしてその国内バターの不足は、12日の読売新聞によれば、中国などで需要が増加したからだと言う。

   その一方で、牛乳の過剰生産で余剰牛乳を処分したからだという報道もなされている。 いうまでもなくバターの原料は牛乳である。

   どっちが本当なのだ。

   もし牛乳の廃棄が原因ならば、それは畜産政策の矛盾から来ているのではないか。余剰牛乳をバター生産に回せば、国内バターの不足は起きなかったのではないか。

   私は畜産行政の素人だ。この記事の意味するところは多面的であろう。物事の当否を断言する自信はない。

   しかし、はっきりしている事は、報道だけでは我々は本当のところが何も分からないという事である。

   なぜ急速に消費者物価が上がってきたのか。その理由の多くが、行政の誤りから来ているとしたら、行政の責任は重い。

   我々は真実を知る必要がある。それを報じるのがメディアの使命だ。

   メディアが不十分であれば、せめて我々は、一つの報道に隠された問題の本質を見抜く眼力を身につけなくてはいけないのだ。

   
   
   

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2008年04月12日

心ある国民は、苦しめられている高齢者のために、今こそ政治的行動を起こすべきだ

  心ある国民は、苦しめられている高齢者のために、今こそ政治的行動を起こすべきだ

  後期高齢者医療制度の混迷が続いている。

  12日のニュースは、新制度の下で算定方式が変わったために、これまで低所得者層の保険料負担が低く抑えられていたものが、地域によって負担増になるところが出てきた、と一斉に報じた。

  その負担増が、4月の声とともに、突如として、有無を言わさず、年金から天引きされる。一体どうしたらいいのか、と、嘆き、戸惑う高齢者の姿が、連日のようにテレビで映しだされる。年金問題で自己申請を求められた時もそうであったが、高齢者はどう対応していいか途方に暮れている。苦しんでいる。

  その姿を見て心が痛まない者がいるだろうか。心が痛まない者は、よほどの傍観者か、「そのようなはした金は自分には関係ない」と思っている、恵まれた者に違いない。

  そういえば、テレビで重用され、露骨な政府弁護に走る後期高齢者の塩川正十郎元財務大臣などは、「自分は年金をもらっていない、年金に頼らなくても生きていける、あんな面倒くさい申請などする気がしない」などと公然と言い放った。

  この発言の無神経さが塩川には分からないと見えて、今でもその発言を繰り返している。

  若者はまだいい。「希望は戦争だ」などとふざけた事を言って過激な行動に走るエネルギーがある。全てを破壊して人生をやり直せばいい、と考える時間がある。

  しかし高齢者にはもはやその選択肢はない。老いれば体力も気力もなくなる。目も悪くなり、思考も衰える。怒りをどこにぶつけていいかもわからない。どんなに理不尽な政策を押し付けられても、泣き寝入りするほかはないのだ。何よりも時間がない。絶対的な弱者である。

  官僚主導によるこの国の行政が、弱者いじめであることはもはや明らかだが、今物凄い勢いで我々の眼に明るみになっている事は、その行政が、政策の是非以前の問題、つまりきわめて杜撰な仕事振りの結果として、不必要に国民を苦しめてきた、という事実である。

  今度の後期高齢者医療改革の問題の本質も、薬害問題や耐震偽装問題と同じく、そのような行政の低劣な政策の所業である。

  そのような、無能で、無責任な官僚の仕事に、全てを依存してきたのが、永久与党の自民党であり、近時突然野党から与党となり、自民党を支えて権力の甘味を味わってきた公明党である。

  心ある国民は、いまこそ、苦しむ高齢者のために、高齢者に代わって、政治的行動を起こすべき時だ。

  具体的にどうするかって?簡単な事だ。一日も早く解散・総選挙を求め、自らの一票で自公政権を下野させることだ。ただそれだけでいい。

  そうすれば、たちどころに、音を立ててこの国の政治が変わる事を目撃することになる。心配は要らない。どのような混乱が起きようとも、今より悪くなる事は絶対にない。

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2008年04月11日

 チベット問題から国際政治を考える


 チベット問題から国際政治を考える

  目の前で繰り広げられているチベット騒動について軽々に論ずるつもりはない。騒動の背景にある情報が不明であるからだ。あまりにも多くの問題点が含まれているからだ。

  しかし、ダライラマが日本に立ち寄った時に話した言葉が本心であるならば、そして、ダライラマの存在が今回の騒動を起こしている人々に絶対的な影響力があるのなら、そこから一つの議論が出来る。

  すなわち、ダライラマは北京五輪に反対するのではないと言った。中国は五輪の主催国となる資格があるとまで言った。

  そして、チベットは中国からの独立を求めているのではない、チベットの自治権を求めるのだ、そのための言論の自由を求めているのだ、それを抑圧する中国政府の人権侵害に抗議するのだ、と言ったのだ。

  そうであれば、国際世論は、聖火リレーを妨害したり、北京五輪をボイコットするなどという騒ぎに加担するのでなく、国際政治を支配する欧米諸国政府と国連に対し、「民族自決」、「人権弾圧の停止」、という国際政治上の最大問題を、この際一気に解決するよう求めるべきだ。

  中国政府も、かたくなに話し合いを拒否する愚をおかすのではなく、世界の目の前で、世界の主要国のすべてが抱えている民族自決問題を堂々と議論しようではないか、そして、この際皆で「公平で正義ある解決」を目指そうではないか、と開き直るべきだ。それを世界に向けて公言すべきだ。

  そのとたんにこの問題の流れは一気に変わるだろう。ボールは主要国や国連のコートに投げ返されることになる。パンドラの箱が開かれる。

  パレスチナ問題も、ミャンマー問題も、コソボ問題も、ダルフール問題も、北方領土問題も、沖縄問題も、拉致問題も、すべて同時に論じられ、同時に解決されることが求められる。

  もしひょうたんから駒が出て、そのような動きが少しでも始まるならば、それは革命的なことだ。今回のチベット騒動にも意義があった事になる。国際政治は最後はそこに行き着かざるを得ないのだ。

  私がこのような議論を書く気になったのは、4月11日の二つの新聞記事を読んだからだ。

  その一つは産経新聞「正論」の佐瀬昌盛防衛大学校名誉教授の「コソボ独立の見えざる背景」という論説だ。その中で佐瀬氏は次のように言う。

  ・・・国連憲章第一条は民族自決の原則をうたい、それにもとづいて国連総会は66年に人権規約を採択した。そして「すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し、ならびにその経済的、社会的および文化的発展を自由に追及する」権利を有する事を認めた・・・
   しかし(今年2月17日発出された)コソボ独立宣言においは、まさにこの「民族自決」が強調されねばならなかったのに、逆に一切の言及がない・・・
   それは、民族自決の大原則が、同じく国連憲章第一条にうたわれている「国際の平和および安全」と矛盾するからだ・・・
   15年前ブトロス・ガリ国連事務総長は、国際社会がボスニア紛争処理を間違うと、アフリカだけでも200の国家が出現しかねず、国連は機能しなくなる、と語った・・・
   同じ頃、クリストファー米国務長官は、異なるエスニック集団が一国内で同居する方法を見出さないと、世界は5,000ほどの国家を抱えてしまう、と嘆いた・・・
   もっと言えば、国連憲章やヘルシンキ宣言(欧州安全保障協力会議での宣言)などの国際法規範で重視される「領土保全」の大原則は、領土関係の変更を理論的に排除しない「民族自決原則」と微妙な緊張関係にあるのだ・・・
   
  もう一つは東京新聞のノンフィクション作家吉田司氏の「本音のコラム」だ。沖縄独立の視点というタイトルで吉田氏は次のように書いている。

 ・・・沖縄の受苦の連鎖構造に出会う時、なぜ沖縄はこんな日本に復帰したのかといつも考える。元沖縄県知事の大田昌秀もこう語っていた。
  『ハワイにいる沖縄出身者が絶えず言っとった。どうせ復帰しても基地が残るのは目に見えている。(むしろ)独立して、軍用地代を今の20倍にして貸せ。どうせ基地をつくるんなら、(それぐらいの)自主性を持て。沖縄は牛、馬じゃない、と』 
    いま議論されている「道州制」の中で、沖縄県が「沖縄州」に昇格するかどうか明確でない。「沖縄州」が(できて)、地方分権の力を得て、地位協定など米軍基地問題の解決に乗り出(したらどうか)。日米両政府は歓迎しない(だろうが)。
  (残念ながら)平成17年に九州経済同友会がつくった「九州自治州構想」では、沖縄の独自性は消滅し、九州・沖縄八県合併の自治政府が想定されている・・・

  国際政治の最大の矛盾。それは人民の権利と国家の権利の相克である。最後はそこまで議論を進めないと真の解決はない。そしていつの日か、国際世論はその事に気づき、平和と人権の確立を両立させるように、連帯して、国家権力に要求していかなければならないと思う。

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2008年04月10日

 小沢民主党の側に立つ


 小沢民主党の側に立つ

   私は4月5日のブログで、日銀総裁人事は、迷走の果てに最悪の人事に終わる事になるだろうと書いた。すなわち、白川総裁ー渡辺副総裁で決着し、日銀が、ますます財務省に屈し、その財務省は自公政権にますます弱くなる事になる、と。

   私は自らの予測が外れた事を嬉しく思う。同時に小沢首相の政治決断に驚かされた。そこに彼の覚悟を見た。

   ここまで財務省OBを拒否し続けるならば、さすがの世論も反発するだろう。自民党も、小沢のイメージを毀損し小沢批判を加速させてくるだろう。民主党の分断を画策してくるだろう。一部メディアもそれに加担しつつある。

   しかし私は断然小沢民主党の側に立つ。

   9日の党首討論で、福田首相は財務省OBだけで反対するのはおかしいと言った。メディアは人事を政局に絡めるなと小沢民主党を批判する。

   そうではない。財務省OBだからダメなのだ。年金問題といい道路財源の無駄遣いといい、官僚支配を許してきたからこそ今日の行き詰まりがあるのだ。一度それを断ち切らないと、何も変わらないということなのだ。

   今度こそ本格的な政権交代を実現しなければいけない。自公政権はこの国を誤らせた。そうであるならば責任をとらせなければならない。政権の座から降りてもらわなければならない。それが政局なのだ。すべてが政局に優先されるべきなのだ。

  与党と野党の戦いは圧倒的に与党に有利だ。なにしろ権力を握ってる物が、その権力を決して手放そうとしないからだ。野党はよほどの覚悟がないと戦えない。野党は政権交代の戦いに勝つためには決して妥協してはいけないのである。

   そもそも、今の政治は、国民から乖離している。一日も早く根底から叩き直し、国民のための政治を作らなければどうにもならなくなっている。

   そのためには一刻も早い総選挙であり、政界大再編だ。その順序はどちらでもよい。はやくそのどちらかが、そして早晩その両方が、起きなければならない。国民の困窮を救うにはそれしかない。

   その場合政界が混乱するのは当たり前だ。国民が分裂するのは当たり前だ。

   この期に及んでも自公政権を支持する国民がいる。彼らは自公政権で満足してきた者たちだ。自公政権の政策で利益を得てきた者だ。利益を得ないまでも、損をしなかった者たちだ。一言で言えば恵まれている者、余裕のある者たちである。

   その一方で日々の生活に苦しめられている者がいる。彼らは間違いなく自公政権の犠牲者だ。彼らの中には、自らの理由で苦しい生活に追い込まれている者がいるかもしれない。しかしそれ自己責任だと政治が言うのは間違っている。

   その間違いを公然と言い続けてきたのが小泉政権であった。そしてその後の自公政権は、その小泉政治の間違いから決別できないでいる。福田首相の最大の問題は、彼もまた小泉政治を否定できなかった事にある。

   このように考えた時、政権交代が実現するかどうかはまた、小泉政治を否定できるかどうかということでもある。だからこそ小泉元首相が動き始めたのだ。

  彼にとっては自公政権などどうでもいい。小泉政治を継承してくれる政権であればいいのだ。だから彼は政界再編に動き出すのだ。そしてその小泉再出動をメディアが追いかける。今でも小泉政治を懐かしむ国民もいる。

  私は小泉政治を否定する。小泉政治が日本を破壊してしまった。政権交代は小泉政治を否定する政権交代でなければ意味はない。それができるのは今のところ小沢民主党しかない。私は小沢の側に立つ。

   

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2008年04月10日

  最強の平和主義者である今上天皇に、私は限りない敬意を抱く


   これまで断片的に報道されてきた今上天皇のお言葉から、私は、陛下の平和に対する強い思いを感じ取ってきた者の一人である。

  その天皇陛下が、「核兵器は放射能を持っているので、通常の兵器と比べると影響が長い。核兵器の問題は長く記憶されていく必要があると思います」と話された事を知って、あらためて深い感銘を受けた。

  8日、マーシャル諸島のトメイン大統領と会談し、トメイン大統領が、「第五福竜丸の展示館を訪問する予定である」と話した際、そう応答されたと、9日の朝日新聞と10日の東京新聞が小さく報じていた。

  いうまでもなく、マーシャル諸島とは、1954年に米国が核実験を行い、日本の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が被爆し、乗組員久保山愛吉さんが犠牲になった場所だ。これがきっかけでわが国の反核運動が始まった事件だ。

  日本国憲法成立過程の歴史を正しく理解している者であれば、日本国憲法における第一条(天皇制)と引き換えに第九条(戦争放棄、軍事力不保持)が定められた事を知る。

  太平洋戦争の開戦と敗戦、そしてマッカーサーによる占領と東京裁判。その史実を知れば知るほど、昭和天皇が果たした役割の大きさを知る。

  昭和天皇の責任の重さを実感し、それを一身に担い続ける覚悟があるからこそ、今上天皇は、自らの役割を「平和国家日本」の象徴である事に徹底されているように見られる。

  「核兵器の問題は長く記憶されていく必要があると思います」

  その言葉に敬意を抱く。感動すら覚える。

  その今上天皇に、私は最強の平和主義者の姿を見る。その天皇陛下とともに、我々はこの日本を本当の平和国家にしていかなければならない。その平和国家日本を世界に発信していかなければならないと思う。

  

  

 

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2008年04月09日

 語り継がれるイラク戦争(2)


  語り継がれるイラク戦争(2)

   イラク制圧に失敗したブッシュ大統領は、一方においてイラク攻撃に反対したロシアと中国を利してしまった。他方において対米従属に終始した日本の外交を弱体化させた。

   ここではイラク戦争が日本の対ロシア外交に及ぼす影響について、二つの報道を引用して書いて見る。

   毎日新聞が連載した「イラク後の世界」④(4月8日)で、大木俊治モスクワ支局長がこう書いている。

  ・・・戦争に参加しなかったロシアは結果的に「勝ち組」になった・・・原油価格の高騰を追い風に経済復興を果たし、エネルギー資源というあらたな武器を手に国際舞台に復活した・・・自信をつけたロシアはコソボ独立や米ミサイル防衛問題(東欧への配備)で一歩も引かず欧米を当惑させてきた。
    プーチン大統領は6日、米ロの「和解」を演出したブッシュ大統領との最後の首脳会談でも、譲歩しなかった・・・

   このプーチン大統領の対米強硬姿勢は、次の如き彼のイラク攻撃批判の発言に如実にあらわれている。

   私はこの演説を知らなかった。大木支局長の記事が教えてくれた。昨年2月のミュンヘン安保会議で発言し、対米強硬路線を国際社会に強く印象づけたという。

  「一方的かつ正当性のない行為は何一つ問題を解決しなかった。あらたな人類の悲劇を生み、緊張の火種に油を注いだだけだった」

  ここまで強い対米批判を行うプーチン大統領のロシアと、対米従属一辺倒に終始し、語るべき言葉のない日本が、北方問題や平和条約締結問題でロシアとまともな交渉ができるはずはない。

  7日日本とロシアとの次官級戦略対話が行われた。その後の記者会見で藪中三十二外務次官は、「アジア太平洋地域で協力を深める可能性を話し合った」と胸を張った。

  本当か。協力を進める可能性とは具体的に何を指すというのか。

 4月9日の朝日新聞「政策ウオッチー進む経済関係 見えぬ平和条約」の中で駒木明義記者が書いている。

 「北方領土問題を置き去りに経済関係だけを進めることはできない、という従来の政府の立場はすっかり色あせて見える・・・緊張含みの米ロ関係が影を落とす可能性もある。対ロ交渉打開を日米同盟関係とどう両立させるか。日ロ関係を解くための連立方程式は複雑さを増している」

 

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2008年04月09日

  語り継がれるイラク戦争(1)


  後世に語り継がれるイラク戦争(1)

   今更イラク戦争でもないだろう、こう考える日本人は多いに違いない。

   しかし、そうではない。第一に、イラク戦争はまったく終わっていないのだ。

   イラク駐留米軍のペトレイアス司令官が、8日、部隊削減を休止する方針を発表した。これは象徴的だ。

   ブッシュ大統領の最後のよりどころがイラクの治安改善であった。そして、それがついこの間まで喧伝されていた。ところが、それがまったく根拠のないものであった事が明らかになりつつある。

   テロはおさまりそうもない。それどころか、民兵組織の対立がより深刻になっている。そしてその民兵組織の掃討作戦に出たイラクのマリキ政権は、その「政治的賭け」に敗れ、機能不全に陥っている(9日読売)。

   民兵組織の伸張が、如何に国家を分断させ、長期的な混乱をもたらすかは、レバノン内戦の例を見るだけでよい。レバノンは内戦が1990年に終わった今も、国家が民兵組織を持った宗派対立に分断されたままである。

   誰が米国の新大統領になったところで、イラクからの撤退が最大の問題となって米国を悩まし続ける事になる。

   しかし、私がここで言いたいのは、イラク戦争を通じてあぶりだされる、「国際政治の現実」である。メディアで語られることの少ない情報である。その一例を今回と次回に分けて書いてみたい。

  今日9日の毎日新聞「記者の目」で布施広論説委員が「何のためのイラク戦争だったのか」という記事を書いていた。

  そしてその中で、布施委員はブッシュ大統領の浅薄な歴史観について次のように言及していた。

   ・・・(イラク攻撃の正当性については、もはやブッシュ大統領にとって残った最後のカードは「民主化」を訴えるしかない。だが、その民主化論において)
      しばしば日本が巻き添えにされるのも不愉快だ。
      一例をあげると、ブッシュ大統領はイラクでの反米武装勢力の掃討作戦を、太平洋戦争における硫黄島の戦いなどにたとえ、旧日本軍を9・11の実行組織アルカイダになぞらえている。
      昨年8月の演説では、旧日本軍が特定のイデオロギーを他民族に強要し、これをやめさせようとした米国人を(太平洋戦争ー真珠湾奇襲攻撃で)殺した、という論理を展開した・・・大統領は日本の軍国主義とイスラム過激主義を同列に論じているのだ。
      この大胆な歴史観のオチは、「あの日本も米国のよき友人になったのだから、イラクは必ず民主化されて友好国になる」というものだ・・・

  このような歴史観を持ったブッシュ大統領がイラク攻撃を始めた。その事を当時の日本人が知っていたら、「ブッシュ大統領は正しい」と叫んで追従した小泉元首相を、果たして支持したであろうか。愛国・右翼主義者たちは、いやしくも本当の愛国・保守主義者であれば、小泉元首相のイラク戦争支持に沈黙し続けたか。

  布施委員の記事にはもう一つ注目すべき次の言及がある。

  ・・・自民党の山崎拓前副総裁が、

  「米国の対イラク開戦はイスラエルを守るためだったと解釈しています。イランの核問題にもそういう観点で対処している」

  と語っているのが目を引く(朝日新聞07年3月9日朝刊)。日本の論者には珍しい視点だ。確かに(反イスラエルを唱える)フセイン元大統領は処刑され、イランは国連制裁下に置かれ、パレスチナ指導部は分裂した。少なくともユダヤ系米国人にとって、ブッシュ大統領は名大統領かもしれない。
    この説が当たっていないことを祈りたい。イスラエルのために15万人ものイラク人が死んだのなら切な過ぎる・・・

    これは単なる説ではない。中東の人々の間の常識だ。切な過ぎるのだ。だから自爆テロが後を絶たないのだ。
    イラク開戦当時、この事を日本国民が知っていたなら、それでも「ブッシュ大統領が正しい」と叫んでイラク戦争を支持した小泉元首相を国民は許しただろうか。

    イラク戦争をめぐってはこれからもどんどんと新しい情報があぶりだされていくことだろう。イラク戦争はその度に語り継がれていくことになる。

 

  
   

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2008年04月08日

 小泉元首相の再登場を歓迎する

 小泉元首相の再登場を歓迎する

    私は小泉元首相をもっとも厳しく批判してきた一人である。しかし彼は高支持率を維持し続けたまま5年半もの首相の任期を全うした。彼は勝ちきったのだ。もって瞑すべしである。

    その時点で、彼はきっぱりと政治から身を引くべきであった。事実彼自身もそう言っていた。政治の舞台から離れていた。

    そのまま再び政治に色気を示さないようであれば、さすがの私も「まいった」と頭を下げたに違いない。小泉元首相に敬意さえ抱いたことだろう。

    ところが、彼はそうしなかった。今頃になってのこのこと出てきた。徐々に政治的発言をするようになった。そして今度の「なんとか風が吹き出した」発言だ。

    私の目に狂いはなかった。やはり彼は愚かな男だった。凡庸な人間にありがちな、権力を手放した寂しさに堪えきれない男であった。

    そんな小泉元首相の復活を私はこころから歓迎する。また小泉批判が出来るからだ。

    私は断言する。いくらメディアが彼を持ち上げようとも、彼が再び政治の主役に返り咲く事はない、と。

    それどころか政界再編の目玉になることさえもない。いまでも小泉人気は高いようだが、もはやそれまでだ。かつての小泉フィーバーは二度と起こらない。

    何故か。それにはいくつかの決定的な理由がある。

    第一は、国民生活があまりにも厳しくなってしまった。そしてその最大の責任が彼にある事を、もはや多くの国民は知っている。
    富裕層の中には今でも小泉支持者が少なからずいる。しかし、その一方で小泉偽改革の犠牲となった国民があまりにも増えてしまった。
    それでも小泉改革に期待する、などというお人良しは、もはや少ないに違いない。

    第二には、小泉元首相には、政策を語れる頭がない。政策をまともに語れないような男に、困窮する国民の期待に応えることなど、決して出来はしない。

    彼の言動を注意して見るがいい。政局がらみの与太話ばかりだ。満面の笑みを浮かべて「そろそろ風が吹いてきた」などと話す姿を見るにつけて、この男は苦しむ国民の事などまるで念頭にないことがわかる。あくまでも自分の事ばかりだ。この事に国民は気づかなければならない。

    第三に、自民党内部で、小泉元首相に対する強い反発が今でも強く残っているという事だ。彼が、自民党の中で影響力のある立場に置かれ事は二度とないだろう。

    第四に、従って、彼が再登場する唯一の局面は、政界再編の時である。しかしその場合でも小泉元首相の出番はない。
    もともと人の面倒を見ない小泉元首相に、新党を作る力はない。その党首になる器量はない。今になっても小泉人気にすがるしか能のない小泉チルドレンを相手にするのが関の山だ。

    このように考えて見ると、メディアが騒いでいる割には、小泉再登場が奏功する可能性は限りなく小さい事がわかる。

    それでも私は小泉元首相が再登場してくる事を心から歓迎する。持ち前の反小泉の血が騒ぐからだ。    

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2008年04月08日

この国は絶対的な中央集権国家だ。


  この国は絶対的な中央集権国家だ

   日本と言う国は、あまりにも中央官庁の力が強すぎる。外務省の現役官僚の頃、各省の同僚官僚の言動をつぶさに見てきて、私はつくづくそう実感してきた。

   だから、中央官僚を敵にまわすような地方分権化など出来るはずはない。その「難しさ」と、「割の合わない事」を誰よりも知っていた狡猾な小泉首相は、だから地方分権には自ら手をつけなかった。知恵者が考えついた「三位一体改革」などという空せりふを唱えてごまかして逃げた。

   残念ながら、この中央集権化は、近時ますます強まる傾向にある。それを如実に見せてくれた記事を、4月8日の朝日新聞に見つけた。

  道路特定財源の廃止が騒がれた時、全国の市町村長はこぞって暫定税率廃止を訴えた。ところが朝日新聞が昨年引退した全国の市長に聞いたところ、多くの市長が、暫定税率廃止に署名することは、踏み絵だった、と次のように答えていたと報じている。

  「医療、福祉、教育よりも道路整備が大事だと思ったことはない」
  「中央省庁や県に対して本当に弱い立場。目の前の事業を進めるため本心に背く場合もある」
  「署名を拒めば、『どの首長が反対したんだ』と国や県からリストアップされる」
  「署名を盾に道路整備を訴える国交省の手法はひきょうだ」

  これは道路に限った事ではない。今年の2月、岩国の市長選挙では、米軍移転に反対した市長が防衛省から不当な補助金打ち切りの脅しを受けて落選させられている。

  裁判官は、国の方針に逆らう判決を行えば左遷される事を知っている。だから定年間際になって、やっと自らの良心に従った判決を書いて辞めていく。

  勇気のなさが権力の悪をますますのさばらせてきた。そのツケが今日本に噴出し始めてきた。

  
   


 

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2008年04月08日

一般財源化という名の増税


  一般財源化という名の増税

   暫定税率が一時的にせよ廃止され、ガソリン価格が安くなった。快挙だ。それを素直に国民は喜べば良い。ただ喜ぶだけでいい。

   ところが世の識者は、その財源の穴埋めを考えなければならないと、したり顔をして言う。大手新聞の経済記者も、その大合唱だ。とんでもない情報操作だ。

   限られた財源をやりくりするのが政治である。必要な政策だからといって、そのつど財源を増やすのならば、誰にでも政治は出来る。財務省は要らない。

   国民は「税金はこれ以上びた一文も払わないから、その範囲で政治をやれ。それがお前たちの仕事だろう」と突き放せばいいのだ。

   なぜ、私がこのような事を声高に訴えるのか。それは、福田首相が、暫定税率を廃止する事と引き換えに、道路特定財源を一般財源化する方針を打ち出した事が、あたかも大英断の如く喧伝されているからだ。

   一般財源化すること自体は大英断でもなんでもない。増税する事なく一般財源化できてはじめて大英断なのだ。

   見ているがいい。福田首相は、一般財源化をした事を逆手にとって、必ず増税を国民に求めてくるに違いない。

   この事を見事に指摘してくれたのが、4月18日号の週刊ポスト、ガソリン税の一般財源化は「新税創出」の猿芝居だ!」である。

  経済評論家の森永卓郎は言う。

 「・・・道路特定財源は余っているから役人が無駄遣いしている。これは特定財源としての使命を終えた証拠。それならガソリン税など全部廃止して減税するのが筋です。ところが、道路にしか使えなかった税金を、何にでも使えますよとすり替えている。つまり、今までとはまったく違う税金を新たに年間6兆円集めようという話なのです・・・」

 財政学の専門家、藤岡明房・立正大学経済学部教授も、税の基本的考えに反していると、次のように言う。

 「・・・一般財源化は新税の創設と同じだから、当然、政府税制調査会で議論したうえで国会に新税の法案を提出し、国民との契約を結び直さなければならない。しかし、そうした議論は一切なされていません・・・」

 更に悪質なのは、一旦廃止されたガソリン税の暫定税率分を、「環境税」と言う名前にスリ変えて復活させようという議論が高まっていることである。

 その謀略に、環境問題といえばなんでも許されるとばかり、野党がこぞって同調している。愚かだ。

  NPO法人「環境・持続社会研究センター」の足立治郎・事務局長は、いみじくもこう指摘する。

 「・・・(欧米で導入されている)環境税は化石燃料の消費を抑制する事が目的の税制であって、税収を増やす事が狙いではない・・・(むしろ)環境税の税収分で社会保険料を引き下げるといった福祉分野の減税に充てています・・・」

  4月8日の朝日新聞は、一段見出しの小さな記事で、福田首相が7日の参院予算委員会の答弁の中で、道路特定財源を09年度から一般財源化するとの自らの新提案について、「(09年度の税制改正では)消費税を増やすかどうかという議論も当然入ってくる」と述べた事を報じている。

  これは聞き捨てならない答弁である。週刊ポストの記事と見事に平仄が合う。

  全ては財務省官僚の筋書き通りに、福田首相は動いている。

 

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2008年04月07日

 学力テストへの不参加貫く愛知県犬山市の教育委員長に喝采を送る


  学力テストへの不参加を貫く愛知県犬山市の教育委員長に喝采を送る

  4月7日の毎日新聞に、学力テストをめぐる犬山市長と教育長の対立についての特集記事があった。

  「学力テストは義務教育の中に競い合いの原理を持ち込む事になり好ましくない」、として学力テストに全国で唯一反対してきた愛知県犬山市。その不参加を決めてきたのが瀬見井久教育長率いる犬山市教育委員会であった。

  これに対し、06年12月に就任した田中志典犬山市長は、「国の方針に従ったらどうか」、と参加を主張する。

 この対立は、もうすぐ田中市長の勝利に終わり、犬山市が来年度の学力テストに参加することになるのはもはや時間の問題である。教育委員の任命権は首長たる田中市長にあるからだ。

 実際のところ、今年は、全会一致で不参加を決めた昨年とは一変し、教育委員会の議論も、不参加派3人、参加派2人に分かれたという。

 07年12月に、田中市長が、任期満了にともなって退任した委員2名の後継者として、学力テスト賛成派を選んだからだ。
 
 その田中市長は、「来年は参加する」と公言し、4月8日の臨時議会に教育委員の一人増員の人事案を提出するという。

 学力テストの是非をめぐっては父兄の間でも意見が分かれているという。特集記事を組んだ毎日新聞も、双方の意見を紹介するだけで、その賛否についての立場を明らかにしていない。

 私はこの問題についてこれまでブログで取り上げることはなかった。政治問題と違って、どちらが正しいかについて、声高に断定する事にためらいがあるからだ。

 しかし、孤軍奮闘してきた犬山市の教育委員長が、世論やメディアの強い後押しもなく、「国の方針に従ったらどうか」と市長に迫られ、犬山市が全国で唯一の「学力テスト不参加市」を返上させられるに及んでは、どうしても一言書いて記録に残しておきたい。

 私は断然瀬見井教育長が正しいと考える。文部官僚が決めたつまらない方針に従うことなく、全国で唯一学力テストに不参加を貫いた犬山市の教育委員は立派だと思う。メディアはこの事を、もっと大きくとりあげ、評価すべきであった。

 受験競争を経験してきた一人として断言する。子供を不幸にしている最大の元凶は受験競争である。受験競争の、背後にあるのは日本の学歴社会だ学歴社会の背後にある考えは、学歴を人間の評価に結びつけるという安物のエリート主義だ。

 学力テストはその延長線上にある。最近話題になった公立中学の補習授業(夜スペシャル)もそうだ。

 子供を受験競争に駆り立てる親の気持ちは分かる。子供には成功してもらいたい、幸せになってもらいたい、それが親心だ。

 しかし成績の優秀な者が正しい社会を作るのではない。官僚や高学歴の企業人がつくる今の日本がどうなったかを見れば、それは自明だ。

 教育の原点は試験の点数至上主義ではない。もっと広く、深いものだ。それは文部官僚などの手に負えるものではない。

 教育とは何か。それは、日本人全体が、将来を担う子供たちのために、本気になって考えなければならない重要な課題であるに違いない。

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2008年04月07日

今日のことば


 今日のことば

 一切の解説抜きで、今日の新聞で見つけたことばを紹介したい。いずれもその通りだと思う。

  (サブプライムローン問題が生じた背景について)

  この背景には、90年代以降のアメリカが主導した経済構造の変化がある。端的に言えば、われわれの生活に結びついた財・サービスの生産・供給という「実体経済」から、投機的な資本の運用によって富を生み出す「金融経済」へのシフトである。
  ではどうしてこのシフトが生じたのか。それは先進国においては、「実体経済」における経済活動はほとんど「成熟・飽和」の段階を迎え・・・たからだ。言い換えれば「実体経済」のレベルではもはや十分な利潤機会を獲得できなくなったわけであり・・・利潤は不動産バブルとグローバルな金融市場における資本運用に依存する、という構造が出来上がってしまった・・・グローバルな資本の、貪欲でなりふり構わない利益追求から、資源や食料、土地、労働といった「インフラストラクチャー」を守らなくてはならない・・・
   (4月7日産経新聞 正論 佐伯啓思 京都大学教授)

 (映画「靖国」上映自粛問題について)

  言論の自由は、新聞記者や作家が書く自由のみではなく、新聞を運ぶ運転手さんや本を販売する書店員の方たちを含めて社会全体に自由が確立されていなければならない。
  映画館の従業員が圧力団体の脅しにおびえたり、近隣に迷惑をかけるおそれがあるから中止するという理由のみを論じたら、社会のあらゆる自由はその段階で制約を受けてしまう・・・
  一部の議員の声に押される形で、事前検閲のような試写会をお膳立てした文化庁は、表現の自由の制約についてあまりに鈍感過ぎる。「公開されるので見てください」と断るべきではないか・・・上映する映画館が出てきたことは、日本社会にまだ復元力があるという健全性を示した。

 4月7日 毎日新聞 ノンフィクション作家 保阪正康

 (公務員制度改革が骨抜きにされようとしていることについて)

  ・・・悪人でも阿呆でもない軍人が「陸軍が滅ぶぐらいなら日本人は皆死んだ方がいい」と本当に思った。今の官僚もそうなってきています・・・

 4月7日 毎日新聞 「風知草」 堺屋太一元経企庁長官

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2008年04月06日

壮大な税金の無駄遣いーミサイル防衛システムの虚を衝く


 壮大な税金の無駄遣いーミサイル防衛システムの虚を衝く

  4月6日の報道の中で特筆すべきは、何と言っても東京新聞の一面トップに大きく掲載されていたミサイル防衛システムの矛盾であろう。

  米国から巨額の予算を払って購入したミサイル防衛システムが、予算不足のため実射訓練をすることができない状態であるという。目を疑うスクープ記事だ。

  ミサイル防衛システムとは、敵地から発射された直後にイージス艦から発射するSM3と、撃ち漏らした敵ミサイルを、本土に着弾する直前に迎え撃つPAC3の二つのミサイルシステムの事を指す。

  2003年末に当時の小泉政権下で導入を閣議決定した。その初期配備だけで約1兆円かかる。すでに配備を始めている。

  ところが6日の東京新聞によると、実射訓練をしようとすれば、ミサイル一発で約5億円(PAC3),約20億円(SM3)という高額な弾代がかかるほか、敵のミサイルを模擬したミサイルの発射を米国に頼まざるを得ない。その経費が追加される。とてもそのような予算は組めないというのである。

 武器を購入したのに実射訓練をしないというのは、軍事的常識では「極めて異例」だという。ただでさえ、その実効性に技術的な欠陥があると言われるミサイル防衛システムである。実射訓練をせずにどうしてその信頼性を確保できるのか。しかも一発でも撃ち損じて日本本土に着弾すれば、日本は壊滅的打撃を受けるのである。

 我々は日本の防衛政策についてもっとまじめに考えたほうがいい。米国に言われるままに高額な武器システムを買わされている。それが現実に役に立たないのだ。そんな中途半端な武器のために巨額の軍備費を払う。しかもそのツケはこれからどんどん大きくなっていく。

 敵に攻撃される前に、経済的困窮により、日本国民はその命を奪われてしまう。その事を教えてくれる東京新聞のスクープである。

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2008年04月06日

弱者から目をそらさない

 弱者から目をそらさない

 今日の新聞紙上で見かけたある弁護士の言葉である。すっきりした思いでこれを読んだ。

   現代の風潮として、弁護士になって高い収入を目指す人があるようだが、私にはそれがわからない・・・日本の弁護士法第一条には弁護士の使命について、「弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現する事を使命にする」と記してある。まさにそれこそが弁護士のなすべき事だと思う・・・
   財力や権力を持っている人は自分の権利を自分自身で守れる場合が多い。しかし、社会的・経済的弱者はそれを守れない人たちだ。だから人権擁護を目指すということを忠実に実践しようとすれば、弁護士は社会的弱者、経済的弱者の人権を守り、味方になるという方向が素直に出てくるはずだ・・・
   社会的正義を実現するというのは不正を許さないこと。どのような権力者であっても、大企業であっても、ごまかしや不正という最も悪質な行為を放置させない仕事をしていかなければならない・・・
   個別の救済だけではなく、法の改正や立法にもつなげていかなければならない・・・一人一人の署名が340万集まった時に国を動かす事が出来た。弁護士というのはそういう感動のある仕事なのだ。

  どうだ、この明快さは。この正しさは。

  この言葉は弁護士だけに当てはまるものではない。日本の政治にこそ求められるものだ。
  
  いや政治だけではない。官僚もにも、企業人にも、有識者にも、一般国民にも求められる。今の日本はもう一度この原点に戻るべきである。単純な話である。

  

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2008年04月05日

堤清二に決起を促したい

 
  堤清二に決起を促したい

  政治がまったくつまらなくなっている。これほど国民生活が苦しめられているのに、相変わらずの顔ぶれで政治が停滞している。メディアが政治家をもてあそんでいる。解散・総選挙が今ほど必要な時はないのに、一向にその緊迫感が伝わってこない。

  既存の政治や、その世界に安住する既存の政治家を全否定するようなあたらしい政治の流れが生まれてこないものか。

 その思いが、私をして3月25日のブログで、「松下幸之助の新党構想」について書かせることになった。

  産経新聞に連載されている北康利の手による松下幸之助の伝記の連載を読んだ時、私は単純に一つの受けたからだ。財界の中で孤立無援になりながらも、私財をなげうって新党をつくろうとしたこと、国民本位の政治を目指して無税国家構想を掲げた事、などに惹かれたからだ。

  しかし、限られた情報で物事を判断すると裏切られるのは世の常である。4月1日の最終回で、私は彼が、新党設立の動きとは別に、1983年に、「世界を考える京都座会」を発足させていた事を知った。そしてその委員の中に、加藤寛、高坂正尭、山本七平、渡辺昇一、牛尾治朗などが名を連ねている事を知った。

 さらにまた、松下幸之助の薫陶を受けたPHP総合研究所社長の江口克彦氏が2006年に「次代を考える東京座会」を立ち上げ、そのメンバーに、池内恵、中西寛、福田和也、などが名を連ねている事を知った。

 もっと失望したのは、伝記を書いている北康利までもが「その末席を汚している」と書いている事だ。なんの事はない。松下を好意的に持ち上げて書いているはずだ。

 松下自身の本当のこころざしは、勿論私には依然としてわからない。偉かったとは思う。しかし少なくともその松下に評価され、あるいは集まってくる人物の顔ぶれを見る限りは、私の目指すものと大きな隔たりがある。

 裏切られたついでに、今度は堤清二に期待する。

 私は読売新聞で毎週土曜日に連載されている堤清二の回顧録、「叙情と闘争」を興味深く読んできた。これは自らの手による回顧録であるから、少なくとも松下びいきの作家、北康利の手になる伝記より正直であろう。そこに吐露されている彼の考えと感性は私の心に響くものが多い。

 そして4月5日の連載の中に彼の次のような言葉を見つけたとき、混迷する今こそ、彼に新党を立ち上げてもらいたい、その感性と反骨精神で、今までにない政治を始めてもらいたいと思うようになった。

 「・・・独裁者はどんなタイプの人間でも猜疑心が強くしっと深い。一番安全な行き方は、あまりテキパキと仕事はせず、熱心だが能力が低いと思われている状態を保つ事だ。そして時々甘えるのだ。
 しかし、そうした態度を取ること、その結果として地位を確保し、偉くなることは僕の関心外の事であった。やりすぎて睨まれ追放されるなら、それは僕の存在証明になる・・・その結果、西武鉄道の幹部や異母兄弟にとって僕は危険な存在と見られるようになった・・・」

  堤清二は平和主義者だ。堤清二は作家の感性を持つ。堤清二は日本のエスタブリッシュメントの側に立つ。そういう人が、私財を投げ打って日本のために決起する事が必要だ。彼に残されたものは、もはやそれしかないだろう。

  彼の決起に同調して立ち上がるエスタブリッシュメント側の人間が現れてこないようであれば、日本の将来は暗いと思う。

  

 

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2008年04月05日

迷走の果ての最悪な幕引きー日銀総裁人事


  迷走の果ての最悪な幕引きー日銀総裁人事

  日銀総裁人事が白川副総裁(58)の昇格で幕引きされようとしている。私は両者の金融に対する知見を疑っているのではない。彼らは専門家であるに違いない。

  私は白川総裁に反対しているわけでもない。日銀プローパーの彼に日銀総裁が務まらないはずはない。

  ポストは人をつくる。やがて成長して立派な総裁になる可能性さえある。

  問題は白川総裁とセットで福田自公政権が財務省OBを副総裁にしようとしていることだ。前元財務官の渡辺博史氏(58)がそれである。

  民主党内には渡辺副総裁に反対の声もあるというが、白川総裁で福田首相が譲歩したのだ。三度目の提案だ。

  小沢代表やその後ろにいる輿水代表代行が反対を貫く事は難しいだろう。それでも反対したら、何も分かっていない世論の反発は、今度こそ彼らに向かう。だから白川総裁ー渡辺副総裁できまりだ。

  しかしこれは、迷走の果ての最悪の人事になる。

  何が問題か。それは、日銀出身の総裁が、財務省出身の官僚OBに監視されるという、従来の支配構造がそのまま温存されてしまうからだ。そして、彼ら二人に対する政治の影響力は一層強まる。

  白川ー渡辺の組み合わせは、福井ー武藤よりも悪い。なぜならば二人とも、迷走の果てに、これで仕方がないだろうという形で決まった軽量級であるからだ。

  福井は衆目の一致する日銀のプリンスであった。武藤も衆目の一致した財務省次官であった。両者の間には一定の節度が働く。しかし白川ー渡辺の場合はそうではない。渡辺を通じて財務省の圧力は今まで以上に白川にかかる。白川も自らを自粛する。白川のあの頼りなげな表情が、それを物語っている。

 一般国民には決して見えないだろうが、大蔵省が持つ金融関係者に対する影響力は絶大なものがあった。各銀行が大蔵省を相手にするいわゆるMOF担にエースを送り込み、大蔵官僚をノーパンシャブシャブなどで異常接待していたことからもそれが分かる。

 スキャンダルで大蔵省の権威が失墜したといっても、そして財務省に看板が変わっても、金融業界の官僚組織に対する服従は絶対だ。日銀とても銀行なのだ。

 白川ー渡辺に対する政治の圧力は以前より強まるであろう。福井ー武藤の場合はまだ政治に対する抵抗力があった。それぞれの組織を背負う実力者であったからだ。

 しかし白川ー渡辺は違う。そもそもなれそうもなかった人物が政局によって「ならせてもらった」からだ。出発点から政治に屈服してスタートすることになる。

  なぜ日銀総裁人事を完全に財務省の影響力から独立させられないのか。政治任命をするのであれば、なぜそれを徹底させて、福田首相と命運を共にする腕力のある大物が任命されないのか。

  すべては中途半端で終わってしまう。日本的だ。日本経済の迷走は続く。

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2008年04月04日

ねじれ国会こそ政治を変えつつある

 
  ねじれ国会こそ政治を変えつつある

  4日の産経新聞「断」というコラムで山口弘和というタレントが「いいぞ!ねじれ国会」と題して次のように書いていた。これほど共感できる文章に、私は久しくお目にかかった事がない。きわめて爽快な気分だ。

  それにしても、一タレントでもここまで政治がわかるのだ。

  そう言うとタレントに失礼になるから、こう言い換えたい。

  あまたいる政治記者、評論家たちは、一体どこを見て、偉そうな政治解説をしているのか、と。

 ・・・参議院で野党が与党を上回ったことで起きた衆参ねじれ国会。国会審議がスムーズに進まず、空転している事を嘆く声がある。しかし、本当にそうか。
   ねじれていない“正常”な国会で審議が形式的すぎ、不十分だったのではないか。それが証拠に、社会保険庁や厚生労働省の年金問題、道路整備特別会計を好き勝手に使ってきた国土交通省と天下り先の独立行政法人・・・とまあ、汚れた雑巾を絞った泥水のように汚い話が次つぎと出てきた。
   日本という家の管理を委託していた政治家や役人の仕事振りときたら、汚いものを押入れに押しこんで外から見えないようにしていただけ・・・有権者は騙されてきた。しかし、汚れたモノはいずれ悪臭を放つ。そのことに気づいた鼻のきく有権者が、においの元を探るために選択したのがねじれ国会なのだ。
  これが実にいい!この際、しばらく国会にはねじれていてもらいましょう。政府や市場関係者は、「国会の空転は、景気に悪影響を及ぼす」と目先の損得を心配するが、冗談じゃない!見えないところでどれだけ税金が無駄になっていたか。
  その損失を考えれば、見える空転のほうがまだ有益だ。いまこそ有権者は、埃を被ったガラクタをじっくり選別すべきだろう。
  税金の無駄遣いを追及する国会へ模様替えするために、ねじれている間に大掃除だ。
  ただし、ねじり過ぎて元に戻る事だけはしないでくれ。


 

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2008年04月04日

海上自衛隊のシンボルである「十六条旭日旗」

  海上自衛隊のシンボルである「十六条旭日旗」

  我々の知識は驚くほど限られている。知らないことが山ほどある。我々はそんな限られた知識で事の善悪を軽々に判断をしてはいないか。その上に、おかしいと漠然と思っていても、それを突き詰めて考えることなくやり過ごしてしまってはいないか。

  それを思い知らされる記事を4日の新聞に見つけた。

  4日の毎日新聞は「なぜ小麦の値段があがるの?」という質問に答えていた。国際価格が高騰しているなかで、小麦の輸入率が87%にもなってしまった日本は、まともに影響を受けざるをえないと。

  それはわかる。しかしその記事のなかで、「輸入分のほぼ全量を政府が買い付け、それを製粉会社に販売しています。この売り渡し価格が今月から30%も上がったんです」というくだりがあった。

  こんな事になっているとは知らなかった。なぜなのか。なぜ民間企業に自由に輸入させないのか。国が関与するほうが経費節約になるというのか。

  小麦輸入はまだいい。私がかねてから疑問に思っていたのが、海上自衛隊が大日本帝国海軍の軍旗であった「十六条旭日旗」をそのまま自衛艦旗として使っていることである。日章から16条の旭光が出ているあの旗の事である。

  この疑問に答えてくれたのが4日から産経新聞で連載が始まった、「野口裕之の安全保障読本」である。

  それによれば、昭和29年(1954年)当時、防衛庁・自衛隊創設を前に旗章の全面見直しが検討された時、軍艦旗復活を望む保安警備隊の大勢と、軍艦旗復活を危惧する平和世論の反対のせめぎあいの中で、図案作成の依頼を受けた米内穂豊という画伯が、「・・・これ以上の図案は考えようがない。それで軍艦旗そのままの寸法で一枚書き上げた。お気に召さなければご辞退いたします。画家としての良心が許しませんので」と述べ、これが保安庁の庁議にかけられてそのまま裁可されたという。

  その自衛艦旗を最終的に承認した吉田茂も、「世界中でこの旗を知らぬ国はない。どこの海にあっても日本の艦だと一目瞭然で誠に結構だ。海軍の良い伝統を受け継ぎ、海国日本の守りをしっかりやってもらいたい」と述べたという。

  こんな事が行われていたとは知らなかった。

  「君が代斉唱、日の丸掲揚」問題がことごとく議論される。生徒に斉唱させ、国旗掲揚に起立させることを反対する教師は、それがかつての軍国主義を連想させ、愛国心を強要するおそれがあるからだと反対する。護憲勢力がそれを支持する。

 その危惧はわかる。ところが海上自衛隊が大帝国日本海軍の軍旗を引き継ぎ、いまの海上自衛官幹部が、自らを大日本帝国海軍の軍人の後継者であるという軍人精神を持って、活動しているいることについては、まったく不問にされている。

 私には、このことのほうが、君が代、日の丸問題よりもはるかに深刻な問題ではないかと思えてならない。
 

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2008年04月03日

「思いやり予算」の延長反対を唱える民主党へ


  「思いやり予算」の延長反対を唱える民主党へ

  テロ特措法延長反対の時もそうであったが、今度の民主党の「思いやり予算」の反対についても、その不当さを指摘するだけで十分であると伝えたい。

  本気になって追及してはいけない。いま民主党が全力をあげて追及すべきは、年金問題であり、高齢者医療保険問題である。国民の怒りはそこに集中している。

  私は在日米軍撤退論者である。対米軍事従属関係を、自主、自立した健全な日米協力関係に変えるべきと唱える者の一人である。「思いやり予算」など、削減して当たり前だと思っている。それを主張するから日米関係が損なわれるなどとは、決して考えない。しかし今それを争点にしてはいけない。

  なぜ今の日米軍事同盟は間違っているのか。それは日米安全保障体制が、もはや米国が日本を守る体制ではなく、米国の戦争に一方的に日本が協力させられるものに、米国の手で完全に変容させられてしまっているからだ。

  米国は決してそれを公言しない。自らの戦争に日本の予算や自衛隊を意のままに使えるのだから、それをみずから放棄する馬鹿なことはしない。「日本を守るために存在し続ける」という嘘を繰り返す。日本の政治家、官僚、有識者、メディアも、その米国の本心を知っていながら、日米同盟は日本にとって最重要だと国民を騙し続ける。

  いずれ国民はその嘘に気づくだろう。気づかなければいけない。しかし、今はまだ国民の意識はそこまで進んでいない。だからこの問題を今本気で追及してはいけない。

  国民生活がここまで疲弊しているのに、ゴルフ場、ボーリング場、バーなどの娯楽施設の人件費まで、なぜ血税を使って負担しなければならないのか、なぜ億ションを米兵のために建ててやらないといけないのか、という、誰が見てもおかしい事を指摘して反対するだけでいい。実際のところ、ここまで米国に貢いでいる同盟国は世界に日本だけなのだ。

 予算関連法だから、自公政権は衆院の三分の二再議決で成立させるに決まっている。させればいいのだ。国民が生活に苦しんでいる時に、自公政権はよくもここまで税金を米軍のために使い続けるものだ、ということを国民に知らせるだけで良いのだ。

  しかし、私がここで言いたいことは、もう一つの理由がある。「思いやり予算」削減が与える影響を真っ先に受けるのが在日米軍基地で働く日本人従業員であるということだ。そのジレンマを4月3日の読売新聞が書いている。

 従業員でつくられている全駐留軍労働組合は、2日、民主党の反対方針について、「極めて遺憾」とする緊急要請文をまとめ民主党に送ったという。4月27日の山口補選は闘えないと、選挙協力を見直す考えをちらつかせているという。

 岩国市長選挙と同じ構図だ。基地反対より明日の生活だ、というわけだ。それを批判するのはたやすいが、生活を優先させる在日米軍基地の従業員もまた国民なのである。

 国民を分断して批判の矛先をかわす。批判のエネルギーを減殺する。それは政府の常套手段である。それに巻き込まれてはいけない。

 繰り返して言う。「思いやり予算」への反対は、その不当さを指摘するだけでよい。金で国民を分断する政府の卑劣さを追及するだけでよい。国民の暮らしより、在日米軍の暮らしを優先する政府の対米関係優先の姿を指摘するだけでよい。

 民主党は、今は年金と高齢化医療問題に集中すべきである。政府の国民切捨ての矛盾を追及するだけでよい。

  

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2008年04月02日

  カーブボールの意味を知っていますか?

  カーブボールの意味を知っていますか?


  ここで言うカーブボールとは、大リーグの投手が投げる曲球の事ではない。ブッシュ大統領に嘘の情報を与えてイラク攻撃をさせた、ペテン師のイラク人亡命者を指す隠語のことである。

  産経新聞が4月1日から、興味ある連載を始めた。4月4に産経新聞出版から発売される」、米紙ロサンゼルス・タイムズ紙記者ボブ・ドローギン著の「カーブボール、 スパイと嘘と戦争を起こしたペテン師」の抄訳を5回にわたって紹介するという。極めて有意義な連載である。

  その第一回目の4月1日の記事には、こんな事が書いてある。

  一人のイラク人亡命者からの虚偽情報が・・・ブッシュ米政権のイラク戦争正当化の重要な一端を担った・・・2004年1月29日の朝のことだ・・・電話口に出たのはコンドリーザ・ライス大統領補佐官(現国務長官)だった。「ブッシュ大統領が昼食を一緒にと言っておられます」

  (招待客は大量破壊兵器の探査に当たった調査団長のデビッド・ケイ。前日、米上院軍事委員会の公聴会で、開戦時における大量破壊兵器の存在を否定したばかりであった。)

 ・・・「何がいけなかったんだね?」、「なぜわれわれはこれほどの間違いをおかしてしまったのか?」

   簡単な情報収集技術、基本的分析、CIA上層部の指導力、という点で、想像を絶する失敗があったのです、とケイは言った。CIAは「カーブボール」と呼ばれるたったひとりのイラク人情報源に全面的に頼る情報を押し出しました、とケイは大統領に言った。ところがCIAは彼自身を入念に審査することも、裏をとることもしませんでした・・・
   ケイは続ける・・・コリン・パウエル(当時の国務長官)は国連でカーブボールのトラックを強調してしまいました・・・しかしカーブボールは嘘つき、ペテン師、とんでもない情報捏造者だったのです・・・アメリカ合衆国は蜃気楼を追って戦争を始めたのです。

 米国は大量破壊兵器があったからイラクを攻撃したのではない。それは口実に過ぎない。しかし少なくともその口実が見つかったと思い込んで攻撃が正当化されると喜んだ。その口実さえも、嘘に基づいたものだったのだ。

 米国の歴史的誤りが世界にさらされた瞬間である。

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2008年04月02日

  次は裁判員制度導入を大きな社会問題にしなければいけない


  次は裁判員制度導入を大きな社会問題にしなければいけない

  我々の目の前で繰り広げられている今日の諸問題は、つまるところ政治家・官僚の作為・不作為の悪に帰結する。

  高見にある権力者が、一般国民を苦しめているのだ。名もない、組織もまとまりもないバラバラの、だからこそ救われることのない弱者の国民の日々の生活を、めぐまれた支配層が苦しめている、そういう問題に帰結するのだ。

  優秀な(と自らを思い込んでいる)政治家と官僚たちが、小難しいことなどわからないとたかをくくっている一般国民を、騙し、詭弁を弄し、最後は権力にまかせて情報操作して抑えつける、そういう状況が毎日繰り返されている。

  世論の主導者を自認するメディア業界と、そのメディア業界に依存する有識者、評論家達が、あたかも国民の味方、正義の味方であるかのように振舞いながら、最後は権力側となれあってしまう。決して権力側に嫌われる形で最後まで徹底して闘わない、その結果国民を裏切ることになる。

  国民はもっと自信を持ってよい。おかしい事、嫌な事、自分の利益が損なわれることには、素直に声を上げるべきだ。難しい事はひとつもない。権力者が言っている事、している事は、実にお粗末なのだ。

  私のブログは、それを指摘するだけである。それは、元官僚として政治家や官僚の実体を見てきた私の責務である。

  世の中を動かす力は何もない。しかし少なくとも、同じく力のない一般国民に、考える材料を与える事は出来る。

  一般国民が漠然と考えている事が、決して間違ってはいないのだという事を気づかせることが出来れば、このブログも無駄ではない。

 昨日(4月1日)から始まった後期高齢者医療制度はひどいものだ。名前が悪いといって福田首相の一声で長寿医療制度と呼称が変わったらしい。これは高齢者の侮辱だ。高齢者を手厚く遇する政策を確保することこそ、福田首相のなすべきことだ。

  高村外相が4月1日の閣議で平成20年度の外交白書を報告し、了承されたという。福田首相の掲げる「日米同盟とアジア外交の共鳴」外交に着手したという。

  一年前の外交青書は麻生元外相の「自由と繁栄の弧」を誇示していた。それが一年で消えた。それどころか、高村外相が自賛するアジア外交さえ、あらゆる面で日本の影が薄れている(4月2日日経新聞 地球回覧)という。嘘ばかりだ。

 暫定税率がなくなって道路がつくれなくなったという。地方の予算が組めなくなったという。とんでもない嘘だ。

 これほど色々な税金を国民から取っているのだ。その予算を、道路が必要なら優先的にまわせばいいだけの話だ。地方の経済が大変ならば国家が地方に予算を回せばいいのだ。

  4月2日の東京新聞の社説が見事に指摘している。特別会計や独立行政法人には眠っている莫大な積立金や準備金(いわゆる埋蔵金)があるではないか。それがすでにバレているではないか。

  2009年度からの一般財源化を公約した以上、今年度の2.6兆円の歳入不足をどうするかという問題だけである。今年度ぐらいは埋蔵金のわずか一部を使ってどうとでも工面できるはずだ。なぜそれをまわそうとしないのか。

 それをしないのは福田首相が各省庁とお友達であるからだ。既得権化している各省庁の予算に手をつけようとしないからだ。そのつけを国民に回されてはたまらない。

  さて、いつももように前置きが長くなったが、このブログで取り上げたいのは一年後に導入される裁判員制度の問題である。

 4月1日、最高裁は全国意識調査なるものを発表した。それによると、「参加したい」、「参加してもよい」をあわせてもわずか15%、「義務なら参加せざるをえない」の44.8%と「義務であっても参加したくない」37.6%あわせると82.4%だ。

 当然である。裁判官がいるのに、なぜ国民が裁判官の仕事を肩代わりしなくてはならないのか。ただでさえろくな判決をしない裁判所に、なぜもっと仕事をさせないのか。

 なぜ素人が人を裁かなければならないのか。自分の仕事があるのに人の裁判をしてみたいと考える者は、よほどの好奇心ある者か、人を裁いてやろうと考える野心家に違いない。そんな連中に裁かれては、被告者もたまったものではない。

 それよりも我々が糾弾しなければならないのは、この調査結果を牽強付会する最高裁の次の言葉だ。

 「裁判員制度参加は国民の義務。義務なら参加という人も含めて6割以上が参加意向を示したのは一定水準に達したと考えている」

 これが最高裁の判断なのだ。この調子で今まで最高裁の判決が出されていたのだ。我々はそのような裁判所に、もっとまじめに裁判をしろと要求することが先決なのだ。

 裁判員制度については国民はまだ真剣に考えていないに違いない。しかし裁判員に参加する事は国民の義務だという。そんな法律ができていたのだ。裁判員制度は、実施日が近づくにつれ、大きな社会問題にしなくてはいけない。この悪法を白紙にさせなくてはいけない。

 

 

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2008年04月01日

  稲田朋美という政治家の言動を注視する


 稲田朋美という政治家の言動を注視する

 稲田朋美という自民党の政治家がいる。05年の小泉郵政選挙で刺客として福井1区から立候補して当選した、弁護士出身の一年生議員である。

 南京大虐殺を否定し、靖国参拝にこだわり、先ほど敗訴した沖縄集団自決冤罪訴訟の原告弁護人をつとめた人物だ。私にとってはまったく興味のない政治家だ。

 しかし4月1日に掲載されていた稲田のコメントを読んで、俄然興味が湧いてきた。

 靖国神社をテーマにした日中合作のドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」が、右翼の妨害を恐れた東京と大阪の映画館で上映中止となったというニュースが流された。

 その騒ぎを起こした一人が稲田であった。

 この映画は、文化庁所管の芸術文化振興基金から助成金を受けてつくられ、今年3月の香港映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した映画であるという。

 その映画に、自民党の反中タカ派の国会議員が、「政治的意図のある映画ではないか」と疑義を呈し、そのような映画に政府が資金援助する事を疑問視して、映画を見せろと迫ったというニュースがあった。その結果、配給会社が国会議員約40名を相手に試写会までしている(3月12日)。その火付け役が稲田だった。

 このことがメディアに流れ、右翼の知るところとなって、今回の上映中止につながったのだ。

 だから、稲田としては、「してやったり」という事だろう。

 ところが、4月1日の朝日新聞に載せられた稲田のコメントを知って驚いた。上映が中止されたことは残念であると、次のように述べているのである。

 「日本は、表現の自由も守られている国。一部政治家が映画の内容を批判して上映をやめさせるようなことは許されてはいけない。今回、私たちの勉強会は、公的な助成金が妥当かどうかの一点に絞って問題にしてきたので、上映中止という結果になるのは残念。私の考え方とは全然違う作品だが、力作で、私自身も引きこまれて最後まで見た」

  一体どういうことなのか。言動に一貫性がない。

  さては選挙が近づいてきたと見えて、中止に追い込んだ責任を取らされる事をおそれたか。信念を曲げずに、「ざまあみろ」ぐらい言って欲しかった。

 

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2008年04月01日

   森元首相の言葉


  森元首相の言葉

  4月1日の朝日新聞で、森元首相が語っていた次の言葉を、国民は肝に銘じて置くことだ。

  こういう政治家が小泉、安倍、福田という歴代首相の後見人として、清和会の支配を続けさせたのだ。日本の混迷を作り出したのだ。

  自分たちの生き残りしか考えていない。よくもここまで新聞で公言できるものだ。良識ある国民は、愛想をつかさなければ嘘だと思う。

 (内閣支持率が低迷している事を聞かれて)

  国会開会中は支持率はよくならない。ガソリン値下げや小麦などの物価上昇とか、政権にとって悪い材料ばかり出てくる。小泉さんみたいに奇想天外なことを言えば支持率はあがるだろうが、後にツケが回ってくる。支持率を上げようと思ってはいけない。私も首相時代に支持率が下がったが、『何てことはない』と思っていた。ただあの時は夏に参議院選挙があったので、迷惑をかけてはいけないと思って早い時期に辞めようと自分で決めていた。福田さんの場合、衆院を解散しなければいいんだ」

 (民主党が早期の解散・総選挙を求めている事について)

  与党が衆院で3分の2勢力でなければ、とっくに解散している。空前絶後のことで大事にしなければならない。総選挙をやっても与党が勝てば(政権交代は起こらず)、国会審議はまた同じことの繰り返し。その時再度、大再編を考えることになるだろう。

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2008年04月01日

米ファンドの脱税を追及できない日本の国税当局

  米ファンドの脱税を追及できない日本の国税当局

  4月1日のニュースの中で日本国民が最も注目しなければならないニュースは何か。私は、それを米ファンドの脱税事件であると指摘したい。

  4月1日の各紙が報じるところによれば、米投資ファンド「ローンスター」は、03年までの2年間で総額約140億円もの申告漏れをしていたという。

  この脱税疑惑は、単なる脱税疑惑ではない。米国金融資本が日本経済を食い物にした上に、税金までも踏み倒そうとした、極めて周到で悪質な、米国の日本経済占領の氷山の一角であるということだ。

  経済記者たちは、今後総力をあげて、この問題を国民に情報公開していかなければならない。

  この事件は主として次の二つの点で深刻な事件だ。

  まず、その所得の源が、旧東京相和銀行(現東京スター銀行)の不良債権運用で得た利益であるという点である。

  一般の国民は殆ど知らされていないが、数年前に嵐のように起きた銀行の不良債権問題と破綻は、米国金融資本(ハゲタカファンド)が意図的に作り上げられた危機であった、というのがその世界の常識である。実際のところ、不良債権処理に参入して利益をかっさらったのは、ほとんどが米国資本であった。

  「濡れ手で粟」で利益を得た上に、税金までも踏み倒そうとしていたのだ。まことに許しがたい悪質な所業である。

  もっと問題なのは、日本の国税当局が手が出せないでいたという事実である。この期に及んでもローンスターは「脱税ではない」と強弁し、日本の課税当局の要求に応じていないのだ。これまで国税局は1円も徴収できていないという。

 英領バミューダ諸島のオフショアーファンドに送金し、課税を逃れようとした。そのファンドに実体がないことまで明らかになっているというのにである。果たして東京国税局は50億円と言われる追徴課税ができるのか。

  この事件の発覚は、図らずも我々に日米関係の異常さを教えてくれた。

  米国に全面服従した日本の政府、官僚が、米国の戦争につき合わされ、日本全土に米軍基地を認めさせられ、その経費まで国民の血税で負担させられている事を、我々は知っている。米軍人の犯罪に国民が犠牲になっても、自らの手で捜査、処罰出来ない悔しさを知っている。

  しかし、米国の日本占領はそれだけではない。暫定税率にこだわって減税を拒む福田政権は、その一方で、米国金融資本には脱税さえも取り締まる事が出来ないでいるのだ。経済占領も、深く、静かに日本を蝕んでいるのである。

  このまま黙って見過ごしていいはずはない。
  

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