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2008年03月24日

  チベット問題に関する中国と米国の出方に注目したい

  チベット問題に関する中国と米国の出方に注目したい

  私はチベット問題についてこのブログで書く事を控えてきた。その理由は十分な知識を持ち合わせていない為だ。自信を持って発言できないからだ。

  しかし24日の二つの新聞記事を読んで、少なくとも次の事を学んだ。

  この問題の責任は勿論まず中国にある。しかしもう一つの鍵を握るのは米国である。すなわち中国と米国がチベット問題の帰趨を決めると言うことだ。そしてその両国を国際世論が監視すべきである。

  24日の東京新聞「アジア観望」というコラムで清水美和論説委員が次のように教えてくれている。

  「・・・中国の総書記の中でも、チベット民衆に『チベット民衆の生活には大きな進歩がみられなかった』と謝罪し(80年)、無責任な漢民族幹部を更迭してチベット人を登用しようとした総書記がいた。胡耀邦である。

  ところが、これが中国共産党内の強い反撥を買い、失脚(87年)の遠因になる。その胡耀邦が見つけて、育てた胡錦涛現総書記は、チベット自治区の党書記に就任した88年、この事を熟知して、89年にラサで起きた大規模な騒乱では自ら装甲車に乗り、鎮圧の先頭に立った。

  最高実力者の鄧小平は『中国に必要なのは、このような人物だ』と絶賛した。天安門事件に驚愕した鄧小平は、自ら後継者に選んだ胡耀邦、趙紫陽の両総書記を、国内の民主化運動に手ぬるいと、中央で無名だった胡錦涛を49歳の若さで最高指導部に抜擢し、将来のトップに備えた・・・」。

  今回のチベット騒動がどのような背景で急に起きたかは私にはわからない。しかしはっきりしていることは、中国が国際的な大国を目指そうとするならば、かつてのように少数民族問題、人権問題に強硬姿勢を貫き通す事は許されないということだ。

   胡錦涛総書記は、時代が変わった事を知らなければならない。それがいかに国内政治上の大きな問題であるとしても、中国が国際的に認められる大国を目指すならば、従来の強硬政策、情報統制政策を改めなければならない事を知るべきである。

   この問題に対する対応を間違えば中国は大きなしっぺ返しを受けるだろう。中国の正念場である。

   もう一つの記事は24日の読売新聞「中国疾走」という連載記事である。第一回目の今日の記事では、チベット問題についての米国ブッシュ政権の及び腰姿勢を次のように書いている。

   「・・・ホワイトハウスのペリノ報道官は20日、記者団に、『五輪は政治イベントではない。あくまでも頂点に立つ選手たちが競う場だ』と説明、ブッシュ大統領の北京五輪開会式への出席を見直す考えがないことを明言した。(ソ連のアフガン侵攻に抗議して80年のモスクワ五輪がボイコットされた事を知っている記者が『五輪の歴史は違う』と食い下がっても、その質問には正面から答えなかった)
   ・・・その背景には、中国が経済的にも軍事的にも大きくなった故の米中関係の構造的変質がある。経済や軍事をめぐる利害が複雑に交錯するようになった両国が、全面対決に進む筋書きは考えにくい。
   米経済学者のポール・クルーグマン氏は『中国はいじめるには大きすぎる』存在になったと指摘する・・・」

   米国のダブルスタンダード面目躍如である。人権や民主主義を前面に押し出して弱い者いじめをしてきた米国が、「いじめるには大きすぎるようになった」中国に対しては、理念外交をあっさりと後退させる。その一方でブッシュ政権は中東民主化の名の下に一方的に軍事攻撃を行って来たのだ。

   覇権国家の中国と米国を、果たして国際世論はどう追及していくのか。チベット問題は、中国、米国という二大国と国際世論のせめぎあいである。チベット問題の本質はこの点に違いない。

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2008年03月23日

はちどりの一滴(ひとしずく)

はちどりの一滴(ひとしづく)

  週末の読んだ本の中から書評をしてみる。

  米国から自立しない限り日本の将来はない。この事に漠然と気づいている国民は多くいるに違いない。しかしそれを誰も公言しない。あたかもタブーのように。

  左翼イデオロギストは打倒米帝国主義を声高に叫び続ける。しかし、そのようなスローガンは、かえって国民から真の対米自立心を奪っていく。

  イデオロギーにとらわれるのでなく、反米一辺倒に傾斜するのでもなく、対米従属の呪縛から自立して本来の日本を取り戻すべきであると主張する指導者が日本にあらわれるのはいつの日か。国民がその事に気づく日が、日本に来る日はあるのか。

  「脱アメリカで日本は必ず甦る」(日本文芸社)を最近出版した評論家森田実氏は、孤軍奮闘しているきわめて例外的な日本の有識者の一人である。

  しかし、彼自らが吐露しているように、米国批判や対米自立を公言する者は敬遠され、メディアから排除されるという現実がある。

  あたかもこの国には、対米批判の言説が如何に正鵠を得ていようが、幅広く国民の間に浸透していかない仕組みが厳然として存在するかのごとくである。

 それでも敢然と対米自立を訴え続ける二人の外国人がいる。いや彼らは二人とも最近日本人の国籍を取得したというから、立派な日本人だ。

  一人はカナダ出身のベンジャミン・フルフォード氏であり、もう一人は米国出身のビル・トッテン氏である。

  米経済誌フォーブズ誌のアジア太平洋支局長を経てフリーランスジャーナリストとなったフルフォード氏は、最近「解体されるニッポン」(青春出版社)という文庫を出版し、断末魔のアメリカにこれ以上従属していると日本は解体される、と警鐘を鳴らす。

  ソフトウエア販売会社の社長であるビル・トッテン氏もまた、近著「愛国者の流儀」(PHP)を出版して対米従属からの脱却を訴え、米国流経済至上主義との決別を訴える。

  彼は言う。ヒューマニズム(人間愛)こそ、本来の日本が世界に誇るべき伝統的な価値であり、その伝統を取り戻す事こそ、日本再生の鍵である、と。

  私が注目したのは、原罪を人の心に植えつけるキリスト教は、民衆の事を思う教えではなく、支配者が民衆を都合のいいように押さえ込む宗教であると、言い切っているくだりだ。

  それは、他の生き物や自然と共生して生きる事を大切にする日本の伝統思想とは対極にある教えだという。そういう米国の経済至上主義、軍事優先主義のから決別することこそ、日本をとりもどす鍵であると主張する。

  彼が日本に来た60年代の終わりにはそんな日本があった。その日本が急速に変化してしまった。米国が日本を解体させたのだ、日本を見てきた米国人だからこそ、それがわかると書いている。一読の価値がある本だ。

 なかでも、彼がいう「ワンドロップ」のたとえがいい。「ワンドロップ」とは、南アメリカのキチュア民族の「はちどりのひとしずく」という話に由来している。山火事で森が燃えたとき、一匹のハチドリがくちばしで水のしずくを運んで火を消そうとした。「そんな事をして、いったい何になるんだ」と笑われたとき、ハチドリは「私は私のできることをしているだけだ」と答えたという。

 対米自立の重要性を唱えることがたとえ「ワンドロップ」であるとしても、それを続けていく価値はあると書いているのである。

 そういう日本人がイデオロギーの違いを超えて、日本の有力者の中から一人でも増えて行かねばならないと思う。


 

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2008年03月22日

安倍前首相を今でも支持する国民がいるというのか

  安倍前首相を今でも支持する国民がいるというのか

  我々が毎日目の当たりにしている日本の政治の混迷は、すべて昨年9月の安倍前首相の政権放棄から始まった。この事を忘れている国民はいないだろう。

  それにもかかわらず安倍前首相は、「すっかり元気になりました」と言って、臆面もなく政治の世界に戻ってきた。それを許すぐらいだから、自民党が如何にだめになったかという事である。よもや国民は許していないだろうな。

  そう思っていたら、22日の朝日新聞に次のような投書があった。福井県の75歳の農業従事者からの投稿である。

  安倍前首相が地球温暖化対策をテーマにした新たな勉強会「クールアース50懇話会」を立ち上げ、自ら座長に就任したと報道で知って、一瞬耳を疑った・・・国会で所信表明演説後、各党から質問を受ける当日に突然政権を投げ出した日本一の無責任男が、だ。
  ・・・いかに熱しやすく冷めやすい日本人でも、よもや忘れはすまい。
  本来なら議員も辞職し、頭を丸めて禅寺にでもこもり、懺悔の日々を送るのが、あるべき姿ではないか・・・
  安倍氏は「北海道洞爺湖サミットを成功させるのは私の責任でもある」と挨拶したというが、彼から責任論を聞かされるほど国民はお人よしではなかろう・・・彼はもう過去の人である。

  毎日新聞各紙を読み、政治のニュースに注意している私も、安倍前首相がこのような発言をしていたとは知らなかった。

  あきれ果てるとともに、それを教えてくれたこの投稿者に敬意を表するため、今日のブログで紹介させてもらった。

  それにしても、このような投稿は、産経新聞や読売新聞では決してお目にかかれないだろう。色々な報道を読まなければならない理由がそこにある。

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2008年03月22日

日銀総裁人事の大騒ぎは何だったというのか

  日銀総裁人事の大騒ぎは何だったというのか

  あれほど大騒ぎをした日銀総裁人事問題がすっかりニュースから消えた。

  ついこの間までは、総裁人事が空白になる事など決して許されない、日本経済が混乱し、世界の信用を失墜する、などと書き立てていた経済記者たちも、空白が長期化する雲行きになっても、もはや今では無関心のごとくだ。何も書かなくなった。

  一体あの騒ぎは何だったのか。それは財務省次官の天下り人事が復活するかどうかという、こよなく政治的な問題に過ぎなかったのだ。我々の生活にはおよそ無関係な話であったのだ。

  腰が引けている民主党も今回ばかりは頑張って福田首相の思惑を打ち砕いた。そのとたんに一つの政治バトルは終わり、直ちに次の政府バトルに移った。ガソリン税廃止問題が、メディアが騒ぎ立てる次の政治バトルである。

 3月21日の毎日新聞「発信箱」で、中村秀明という経済部記者が、日銀総裁人事の大騒ぎの愚を、別の角度から次のように書いている。そもそも日銀総裁というポストが重要な仕事をしてきたポストであるのか、どんな責任をこれまで果たしてくれたというのか、と素朴な疑問をぶつけているのだ。

・・・マスコミの編集幹部が数人集まった会合で、誰かが言った。「いまさらだけど、日銀総裁って、大事な仕事なのかな?」・・・戦後初の空席になったが、市場の動揺を増幅するような事は起きていない・・・澄田智、三重野康、松下康雄、速水優、福井俊彦氏といった歴代総裁は、どうだったのか。国民には(その役割が)ほとんど届いていない。多くの人達の評価は「大事な仕事なの?」である・・・

  このような素朴な疑問は、何も日銀総裁人事だけに呈せられるものではない。マスコミは、国民にかわって、素朴な疑問を、もっとどんどんと今の政治にぶつけなければいけない。
  考えても見るがいい。年金問題をはじめとして、守屋次官の疑惑問題、特定財源問題、公務員改革問題、ギョーザ問題など、米軍基地問題、など、大騒ぎするだけで、問題の本質は何も解決されないままだ。

  我々はこのような政治家たちの無責任さを厳しく追及しなければならない。騒ぎ立てるばかりで政治の責任を最後まで追及しないメディアに文句を言わなければならない。

  政治家も官僚もメディアも、国民の事など考えていないのだ。いずれ国民は追い詰められ、それが彼らに跳ね返ってくるに違いない。

 

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2008年03月22日

横須賀タクシー刺殺事件と私のブログ

  横須賀タクシー刺殺事件と私のブログ

 今日のブログは一つの時事テーマについて私の見方を書くのではない。ここで少し立ち止まって、私のブログの趣旨を読者の皆さんに今一度説明しておくことが重要であると思ったので、横須賀タクシー刺殺事件などと関連して、以下にそれを書いて見る。

 読者の中には自分の関心の高いテーマについてこのブログで取り上げてもらいたいという声を寄せる者がいる。それに応じたい事はやまやまだ。しかし私の能力は限られている。どうしても自分の関心のあるテーマに限られる。

  さらにまた、どのようなテーマでどのように書こうとも、必ず反論が寄せられる。私は誰とも論争をするつもりはないが、どのような論争を挑まれても動じないためにも、確信を持って断言できるテーマしか書かない事にしている。

  そして私がこの際最も強調しておきたい事は、私は決して自己満足や自己宣伝の遊びでこのブログを書いているのではないということである。

  世の中の一人でも多くの人に、日本のカラクリを知ってもらいたい、真実に少しでも近づいてもらいたい、そうする事によって権力者の嘘や横暴から、身を守る知恵を皆に持ってもらいたい、その一念でブログを書いているのだ。

  私がこのブログで最も重要視しているテーマとは何か。それは日本の政治家、官僚、財界、メディアが絶対視し、タブー視している日米同盟関係の誤りを指摘することである。

  なぜならば、この問題こそ戦後62年の日本の歴史を覆ってきた最大の問題であるからだ。そしてこの対米従属関係の呪縛こそ、政治、安全保障問題はもとより、経済、社会、文化などおよそあらゆる問題の元凶であると思うからだ。

  それはまた、私がこのブログで重視するもう一つの問題、すなわち権力者の嘘や情報操作、法の支配の放棄、戦争をはじめとした暴力、弱者を犠牲にする不正義、などが、つまるところは日米関係の異常さとそれをタブー視する日本の空気から来ていると思うからだ。

  たとえば今日の新聞を見てみよう。横須賀のタクシー刺殺事件は大問題である。ところが米兵の犯した事件であるがゆえにその情報さえ米国に依存せざるを得ない。一ヶ月も前に米兵が脱走していた時点で犯罪が起きる危険性があったにもかかわらず、知らされなかった。タクシー運転手は、暴行された少女や、少し前の老女の殺害と同様、日米同盟のゆがみの犠牲者なのである。

  それにもかかわらず、日本政府にとってこの問題は何よりも深刻な問題であるがゆえに、政府は封じ込めようとしている。メディアもそれに協力的だ。今日の各紙の中でこの問題を大きく取り上げたのは毎日新聞だけであった。読売、サンケイなどは三面記事並みである。

  その産経新聞はチベット問題で全紙を埋め尽くしている。あたかもチベット問題が最大の国際問題であるかのように。なぜか。それは中国叩きの格好の材料となるからだ。中国たたきこそサンケイの売りなのだ。

  私はチベット問題についてこのブログで詳しくは書かない。なぜならば情報不足であるからだ。断言できるほどの意見を持ち合わせていないからだ。しかし次の事だけは言える。

  およそ人権問題であれ民族自決問題であれ、これは世界中で常に問題になる厄介な問題である。そして人権抑圧や少数民族弾圧は許されるものではない。

  しかしある国の人権問題や民族、宗教問題に国際社会が介入する時、そこには公平性がなければならない。政治的道具に使われてはならない。

  突然起きたチベット問題は、産経新聞の如く中国を批判するだけで済ませるには、あまりにも大きく、不透明な国際問題であるのだ。

  最後にアントニオ・ネグりの訪日中止の問題に触れておく。この問題も、読者の一人から書いてくれと投稿のあったテーマである。結論から言えば22日の東京新聞「こちら特報部」に書かれている事が全てであると思う。

 これは外務省の判断ミスが起こした問題であると私は思っている。

 ネグリは過激な思想を持った学者である。しかしその著書が世界的にベストセラーとなった。外務省の担当官は入国問題なしと判断をし、それに基づいて関係者により全国で講演が予定されていた。

 ところが話が上に上がった時点で、何者かの判断で拒否反応が出たのだ。グローバリズムと新自由主義を否定するネグリは好ましくないという判断である。これも対米配慮なのだろう。

 拒否の理由は、懲役や禁固刑を受けた外国人の入国は日本の出入国管理法で禁じられている、という出入国管理法である。しかし政治犯は例外である。だから担当官は入国を認めたのだ。

 ところが横槍が入った。何か理由をつけなければならない。政治犯を証明するためには資料が必要である。それが間に合わなかったという説明だ。これはおかしい。そんな事ははじめから分かっていたはずだ。

  これも外務省の嘘であり情報操作だ。その背景には対米配慮がちらつく。


 

 

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2008年03月21日

  嘘の外交を堂々と告白する岡本行夫氏

  嘘の外交を堂々と告白する岡本行夫氏

  岡本行夫という人物がいる。北米一課長のポストを最後に外務省を辞めた元キャリア外交官である。私の一年先輩にあたる。米国研修でも、本省勤務でも、一時期をともにした間柄だ。

  いまここで彼の人物評価をするつもりはない。彼との個人的関係も決して悪いわけではなかった。しかし、外務省を辞めた後の目指すところがさっぱり分からない。

  ベンチャー・キャピタルを立ち上げたり、企業のコンサルタントを行ったりと、金儲けに走っているように見える。それならそれで分かりやすい。

  しかしその一方で、首相補佐官や内閣参与などの肩書きで日本政府の外交に関与したりする。外交に未練があるのか。いずれ外務大臣に声がかかるのをまっている野心があるのか。

  メディアに頻繁に登場する。しかし政府擁護の発言をする一方で、政府の外交批判を行ったりする。何が言いたいのか分からない。

  その岡本氏が、朝日新聞月刊誌「論座」の4月号に掲載されているインタビューの中で、見事にその本性を告白して見せた。

  岡本氏が、内閣参与の肩書きで小泉政権下に出来た「対外関係タスクフォース」の座長についたのは01年9月である。それから一年ほどたった02年の11月に、最終報告書を発表した。

  その報告書には、「米国は、反対意見や異なる価値体系に関する寛容の精神が弱まりつつある」、とか、「米外交の道義性が弱まる可能性がある」などという、アメリカに対する厳しい表現があるという。

  そこをついて、インタビュアーの薬師寺克行「論座」編集長・発行人が、どういう理由で対米批判のごとき言及をしたのか、とたずねたのに対し、岡本氏は、驚くべき率直さで次のように答えているのだ。

・・・日米安保は絶対的に必要で、安全保障の面では日本はアメリカと一心同体であるべきだと思います・・・(しかし、イラク開戦が囁かれている中で)国民の間に嫌米主義やアメリカは怖い、という感じが出始めていましたから、(アメリカに批判的な事を言う事によって)国民の米国離れ、安保離れを食い止めようという意識がありました。すべての問題についてアメリカべったりということになれば、日米安保への国民的支持が弱まってしまうという危惧感がありました・・・(それを防ぐための政治効果を狙ったレポートだったのです)。

 何の事はない。本音とは反対の言辞を弄して国民の嫌米意識のガス抜きを図ろうとしたのだ。日米安保を守るための作文だったのだ。

 実はこれこそが外務省のやってきた外交なのである。国民のためではなく、日米同盟関係の維持を最優先する外交に終始し、そのために情報操作を行う、その意味で岡本氏は外務省を離れてもなお外務官僚を超えることが出来ないでいるのだ。こころざしが感じられないは当然である。

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2008年03月21日

  議員報酬の「日当制」導入について真剣な議論がなされる時だ


  議員報酬の「日当制」導入について真剣な議論がなされる時だ


  福島県矢祭(やまつり)町議会が3月31日の新任期から議員報酬の「日当制」を導入するという。このことについて、20日の読売新聞で小豆畑栄という福島支局員が書いていた。この制度導入の是非を考える事は議員活動の意義をあらためて考え直すきっかけになるのではないか、と。同感だ。

  昨年12月28日に日当制導入を決めた条例が議員提案され、賛成7、反対2で採択された。その条例では、定例会や委員会、町の公式行事などを条例で議員の公的活動と規定し、その活動を行う日に一日3万円の日当を支給する事に変えるという。

  その結果、経費はこれまでの月額20万円8000円から、月平均7万5000円に大幅に減少する見通しだという。

  「報酬は皆さんにわかりやすく払うのが一番いい。定着すれば議員の意識、町民の意識、そして選挙も変わる」。

  これは町長選挙に日当制導入を掲げて立候補したある候補者のアピールである。

  もちろん、この制度導入に反対する意見はある。議員活動では調査や資料集めに費用がかかる、議員のなり手が限られ、議会が資産家のサロンになる、などがそれである。

  しかし、本当にそうだろうか。それらの反対論は、議員報酬や議員特権を守る為から来ている言い訳ではないか。それよりもなによりも、国や地方の深刻な財政赤字は、もはや普通の手段では解決不能なレベルまで来ているのだ。

  財政赤字解消のために増税や保険負担増などが当然視される。国民や住民の生活が有無を言わさず切り詰められている。それを我々は当たり前の如く受け入れさせられている。そこに疑問を抱かないといけないのだ。

  国民の負担は今後どんどんと増えていくに違いない。議員、公務員の報酬や行政経費も制度的に見直しを迫られる時はやがて来る。来なければならない。

  少なくとも、テレビに出演に明け暮れたり、政治活動とは無関係の活動に忙しい無能政治家を淘汰することに役立つ。何かといえば国会審議がストップされる八百長国会を是正することができる。

  議員自らが、自らの甘味を手放すような制度導入を提案するはずはない。しかしメディアがそれを取り上げ、世論が啓発され、世論の圧力が高まれば、政治かもそれを無視し続ける事は出来ないだろう。

  国や地方の赤字累積はそこまで来ている。いかさまの制度改革ではなく、本物の制度改革をしなければならない。この読売記者の記事が、一過性の記事で終わらない事を期待する。

 

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2008年03月20日

5年前に決められていた武藤日銀総裁人事

  5年前に決められていた武藤日銀総裁人事

  20日の日経新聞に極めて興味深い記事が出ていた。武藤敏郎元財務次官の日銀総裁人事は、5年前に小泉元首相の手で決められていたという。それを手伝ったのが福田官房長官(当時)だったのだという。福田首相が武藤総裁にこだわったはずだ。

  その記事を一言で言えば、接待疑惑などで責任をとって辞めざるをえなかった松下日銀総裁以来、日銀総裁は速水、福井と二代続いて大蔵事務次官がはずされた。これは大蔵省にとっては耐え難い事で、大蔵官僚のお友達であった小泉元首相が、それを正常に戻す仕掛けを作った。つまり、当時財務次官であった武藤に、副総裁になるよう説得し、福井総裁―武藤副総裁という官僚の常識ではありえない逆転人事を耐え忍ぶことにより、5年後に武藤総裁を実現する事を約束したという。

  場所は小泉元首相のお気に入りである赤坂プリンスホテル内フランス料理店「トリアノン」。時は02年12月26日。03年度予算編成後の慰労会の場だという。大蔵省のエース武藤を使って、二代続いて失った日銀総裁のポストを5年後に取り戻す密約が決まった瞬間である。

  その予定調和が崩れるということは大変なことなのである。だからここまで大騒ぎになったのだ。

  予定調和が狂った最大の理由は参院選での与党敗北による国会のねじれ現象である。しかしもうひとつの大きな理由がある。大連立騒動の結果、小沢一郎が一転して福田政権に強硬にならざるを得なくなったという政治のハプニングだ。

  福田首相は19日夜の内輪の会談で、民主党のある方が、武藤さんで結構だ。責任を持って民主党内を説得すると言ってくれた、というようなことを口走ったという。この事を会談に出席していた自民党幹部が記者に漏らした。その事が記者に伝わって20日の報道で一部流れた。つまり民主党内の小沢、反小沢の攻防が、武藤人事に待ったをかけたのだ。

  今度の日銀武藤人事の混迷が示してくれたことは、官僚支配の予定調和が、思わぬところからほころび始めたということだ。それをメディアはとっくに知っているのに、正面から書かないのだ。しかしそれでもどこかで書かざるを得ないほど重要な内幕である。だからこのように断片的に漏れてくる。

 我々はそれを見抜かなければならない。政治家もメディアも味方につけたこの国の官僚支配体制が、果たして音を立てて崩れていくのか、それともうわべだけの混乱を経て、再びもとの予定調和に戻るのか。

 
 その帰趨に、国民生活がさらに苦しくなっていくのか、蘇生できるかがかかっている。日銀人事総裁の問題は、メディアが書いているような日本経済の将来や日本経済の信用の問題では決してない。国民が知らないところで動いているこの国の支配構造の内輪もめの話なのだ。

 そしてその支配構造の内輪もめが、はたしてどこに落ち着くか。それは支配者たちも、それと密着しているメディア関係者も分からなくなってきている、それほど今の日本は崩れ始めているということである。我々国民はしっかりしなければいけない。

 

 

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2008年03月19日

 イラク攻撃から5年たって、あらためて日本外交を検証する

  イラク攻撃開始から5年たって、あらためて日本外交を検証する

  明日3月20日はイラク攻撃が始まった日である。特集記事が各紙で組まれている。しかしいずれもがつまらない。本気で検証するものがないからだ。

  あの攻撃が正しかったかどうかを議論しても意味はない。正しいはずはないからだ。

  自衛隊を派遣してまで協力した日本外交の是非を論じても意味はない。「対米追従」の一言ですべてが説明できるからだ。

  イラクや中東の現状が改善したかどうかは、毎日のニュースが伝える通りである。

 ほとんど意味のない特集記事の中で、ただひとつ、私が興味を持って読んだのは、19日の毎日新聞の、「主要国の中で、日本の指導者だけが『誤り』を認めず、孤立が際立っている」、という記事である。

  ここに日本外交の空疎さが象徴的にあらわれている。事はイラク問題だけではない。すべての日本外交に通底する嘘の外交である。外務官僚に任せてきた日本外交の行き詰まりである。

  以下は私の言葉ではない。上野央絵という記者の言葉を抜粋、引用したものである。

  ・・・ブッシュ米大統領がイラクの大量破壊兵器に関する情報の多くが誤りだったと認めた05年、「盟友」小泉純一郎首相(当時)は、「国連決議に沿った判断。イラクが大量破壊兵器はないと証明すれば戦争は起こらなかった」とし、安倍晋三前首相もそれをなぞった。両首相と異なる外交姿勢の福田康夫首相も、この点については国会で、「当時の情報はイラクにおける大量破壊兵器の存在を示唆していた。国連決議に基づく支持だ」と繰り返す。「日本は、大量破壊兵器があるから開戦を支持すると言ったことは一度もない。支持の前提が違う」というのが外務省の理屈だ・・・

  (しかし)イラク戦争をめぐって日本は奇妙な国際的「孤立」に陥っている。開戦を主導した米英が「大量破壊兵器はなかった」と認め、「誤った戦争」との認識が(国際社会に)定着しつつある中、要請を受けて協力した日本は依然「開戦を支持したのは国連安保理決議に基づく正しい判断だった」という強弁を5年間貫いている・・・

  (前提となった重大事実に誤りがあり、各国の立場や国際環境が変わっても、なお同じ理屈にしがみつくかたくなさは、)かえって開戦支持の本質が「対米追従」に他ならなかったことを浮き上がらせている。
  今では外務省幹部さえ、「北朝鮮の拉致問題でお世話になっているから、米国がやると決めたのに日本が支持しないわけにはいかないという政界の空気があった」と語るほどだ・・・

  だが、自民党国防族からも「海上自衛隊のインド洋給油が『ガソリンスタンド』ならば、イラクでの空輸は『無料バス』。もうやめてもいい」という本音が漏れる・・・

  17日の日経新聞において、パク・トウジンコリア国際研究所所長という人が、「米朝が接近するときは日朝は進展しない。それが北朝鮮の外交戦略だ」と述べている。この記事を読んだ時に、上記の上野記者の書いた外務省幹部の言葉を思い出した。 「北朝鮮の拉致問題でお世話になっているから・・・支持しないわけにはいかない」、という考えまでもが、間違っていたのである。日本外交のすべてが間違っている。


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2008年03月18日

   官僚組織に屈する政治家とメディア

  官僚組織に屈する政治家とメディア

  私は13日のブログで、日銀人事をめぐる混迷が示す一つの大きな理由は、それが官僚組織の人事をめぐる予定調和の破壊と密接に関係しているからだ、と書いた。

  読者が私の意図をどこまで正確に理解したかわからない。だから今日のブログでは、最近見つけたいくつかの証言を引用して再び述べてみる。

  これは、私がキャリア官僚であったから書ける事である。しかしキャリア官僚が官僚を辞めたからといって誰もが書けるわけではない。官僚組織から決別して生きる覚悟をした者だけが書けるのである。

  「潮」という月刊誌の4月号に、田原総一郎が極めて興味深い事を明らかにしている。小泉首相にインタビューした時の小泉首相の言葉を紹介しているのだ。

   すなわち、道路改革や郵政改革を成し遂げた小泉首相に、なぜ公務員改革を行わなかったのか、と聞いた時、小泉首相は次のように田原氏に語ったというのだ。正確な言い回しは忘れたが、小泉首相の言ったことは次のごとくである。

   ・・・そんなこと俺には出来っこない。官僚すべてを敵にまわすことになる。それにメディアをも敵にすることになる・・・

   小泉首相の、この後半部分の意味について、ご丁寧に田原氏は次のように解説して見せてくれている。

   なぜメディアを敵に回すことになるのか。それは、官僚組織がつぶれてしまうと情報源がなくなる、官製情報に依存するメディアが文句を言い出す、メディアの仕事の邪魔をすることになる、ということだ、と。

   私はこの小泉首相の言葉を知ったとき、私が抱いていた小泉政治の本質を見る思いがした。つまり小泉政権とは、官僚組織とメディアを味方につけた三者による合作政権であったということなのだ。

   確かに小泉首相は自分の政策に背くような官僚を、見せしめのごとく更迭したことがあった。しかし、それはあくまでも個々の官僚の更迭であり、しかも彼が更迭したのは中枢官僚ではなく傍流官僚だ。

   弱小官僚の首を見せしめのごとく切って抵抗勢力と戦う姿を演じ、その裏で官僚組織と手を結んでいたのだ。小泉首相は決して官僚組織と戦おうとしなかった。

   メディアも同様である。世論に迎合する形で官僚批判はしてみせる。しかし、決して官僚組織を怒らせるような記事を本気で書くことはない。官製情報から締め出される事を恐れるのだ。

   政治家もメディアも官僚組織との良好な関係を維持しようとしている。その現実を、最近の報道からさらに検証してみたい。

   17日の毎日新聞「風知草」で山田孝男編集委員が、元衆議院議員田中秀征の次の言葉を紹介している。田中は副総裁・武藤を総裁に昇格させる政府案に次のように反対する。すなわち財務省出身の武藤の総裁を阻むこと、そのものに意味があるというのだ。

・・・昇格といっても実態は最強官庁である財務省からの天下り。それを認めないことで、霞が関改革が期待できる・・・

  これが正しい。私が繰り返し言っていることだ。しかし政治家を離れ、もはや評論家に徹した感のある彼だから言えることであって、このような発言を本気で行う政治家やメディアはほとんど見当たらない。

  それどころか、次のような政治家の発言や新聞論調が、連日の報道で満ち溢れている。

  「政権を取った時に財務省を敵に回していいのかと躊躇した時期はあった。黒田氏でも渡辺氏でも(いずれも財務官経験者)個人的には認められる」(鳩山由紀夫民主党幹事長、16日のテレビ朝日番組)。

  「このままいってしまうと、経済も混乱する。国民生活にも影響が出てくる。福田総理も小沢代表も譲り合うところは譲り合い、少しでも国民生活を前進させる話し合いをしてほしい」(小泉元首相、13日の浜松市での講演-国民生活を無視して日本経済を米国に売り渡した男が、国民生活を大切にしろとはよく言ってくれるものだ)。

  「そもそも武藤氏の昇格への民主党の反対は、『財務省出身では財政と金融の分離に反する』という、まったく説得力のないものだ」(18日読売社説)

  最後に18日の朝日新聞「政態拝見」における星浩編集委員の次の言葉を引用してブログを終えることとする。これがギリギリの書き方であろう。

  ・・・新聞の社説は武藤氏の昇格容認が多数派だった。それに対しテレビ・・・は昇格に批判的な意見が多かった・・・社説を書く論説委員は経済の専門家の立場から武藤氏の力量を評価。(テレビの)キャスターは低金利に苦しむ庶民の感覚を重んじる・・・小泉政権で田中真紀子氏が外相に起用された時、新聞が冷ややかだったのに対し、テレビのワイドショーは喝采した。あれも外交の専門家と素人の反応の違いだった・・・

   その星浩編集委員もまた、その後に、「日銀人事問題を・・・政策論争に高めていく工夫が必要である」と締めくくって、問題の本質をはぐらかしている。

    日銀人事問題は、官僚組織を敵に回してまでも官僚支配を崩せるか、崩す覚悟があるか、の問題なのである。

    それは政治家やメディアでは出来ない。「素人」である世論が、「王様は裸だ」と叫んだ子供のように、「無能な官僚が日本を支配してきたから、ここまで日本がダメになったのではないか」と、言い出すかどうかである。

    小沢代表の政治生命は、国民にその事を言わせられるかどうかにかかっている。

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2008年03月17日

考えられないことが起きる時代に突入する予感

 考えられないことが起きる時代に突入する予感

 たとえば、自民党が完全に野党になる。いや、それよりも保守の分裂、政界再編によって自民党そのものが消滅する。

 あるいは、特権にあぐらをかいた官僚支配の時代がまったくの過去の遺物になる。

 そんな日が来るなどという事は、少なくともこれまでの常識では考えられなかった事だ。そして、そのような事が日本でそう簡単に起きるとは考えられない。日本は自らの手で劇的な変化を遂げる事のできない国であるからだ。

  しかしそんな日本でも、世界の大きな変革のダイナミズムに押される形で、変化を余儀なくされる日が来るかもしれない。

  17日の朝日新聞「私の視点」の中で、元スリランカの外交官、元国連軍縮担当事務次長であり、現在は国連大学理事会議長であるジャヤンタ・ダナバラ氏が、今こそ核廃絶を、として次のように書いていた。

・・・核兵器のない世界なんて「絵に描いた餅」。かつて、英国のサッチャー元首相が、そのひと言で核廃絶を一蹴したのは有名な話だ。
  実際、核廃絶をめざす科学者らでつくるパグウオッシュ会議などの非政府組織から非同盟運動諸国まで、いくら核軍縮を訴えても非現実的だと歯牙にもかけられなかった。
  だが、こうした動きに革命的な変化が起きている。(2007年1月4日に)米政界の長老たち(ジヨージ・シュルツ、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ウイリアム・ペリー元国防長官、サム。ナン元米上院軍事委員長)が、保守的な米紙ウオールストリート・ジャーナルで「核兵器のない世界」を呼びかけた・・・(その呼びかけは)さらに多くの重鎮たちの賛同者を集めた。オルブライト元米国務長官、ベーカー元国務長官、ブレジンスキー元大統領補佐官、クリストファー元米国務長官、パウエル前国務長官といった人たちである。しかも彼らの背後には、科学的専門知識を提供するスタンフォード大学フーバー研究所の学者集団が控えているのだ・・・この構想は米大統領選や英国など諸外国の政策に影響を及ぼし始めている。2月末にはノルウェー政府が同構想の推進に向けた国際専門家会議を開いた・・・ハンス・ブリクス氏が率いる大量破壊兵器委員会は、大量破壊兵器の軍縮、不拡散に関する世界首脳会議を開くよう提言した・・・この機会を絶対逃がしてはならない・・・

  なんという未来志向の、創造的な投稿であろうか。国際政治において、かつては考えられないほどの大きな動きが生まれ始めているのかもしれない。

  それなのに、日本の政治家、有識者、メディアの間で、この世界的動きに呼応しようという者は皆無である。「唯一の被爆国である日本がなぜ動き出さないのだ」と、シュルツ元米国務長官は嘆く。情けないではないか。日本の指導者たちよ。

  日本の政治家や官僚に見通しの明るい者がいないのは、残念ながらそのとおりだ。だからいまさら失望もしない。しかし私が心底失望させられたのは、世論を導くべき大手新聞が、その社説、論説において、旧態依然とした考え方を繰り返している事だ。

 (中国の軍備増強から日本を守るには)日米安保体制を強化することだ(3月7日産経新聞)。東アジアの安定と繁栄をどう確保していくか。そのためには緊密な日米関係を維持すべきだ。この地域での米国の力の弱体化は、日本の国益を損なう(17日読売新聞)。日米同盟再・再定義が要る。集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更であり、恒久法の形で自衛隊の国際協力活動を可能にする取り組みであり普天間基地の約束である・・・(月17日日経新聞)。

  急速に変化しつつある国際情勢の流れに気づかず、百年一日のごとく日米同盟を訴え続ける知的怠慢である。

  今までに考えられないような世界の動きを先取りし、日本の新たな方向を唱えていく。作り出していく。なんという夢のある仕事であろうか。核廃絶の動きに日本が率先して参加する。米国や中国に歓迎される形で日米安保体制をなくしていくことができるかもしれない。圧倒的多数の国民の意見によって改憲の試みの愚が一蹴される日が来るかもしれない。

  そんな課題に向かって進むことは夢がある。翻って、国民に嘘をついたり、隠したり、飴と鞭を使ったりして、時代錯誤の日米軍事同盟を必死で守っていこうとする仕事の不毛さ、むなしさ。

  どちらが正しいかはやがて歴史が証明してくれるに違いない。

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