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2008年03月17日

考えられないことが起きる時代に突入する予感

 考えられないことが起きる時代に突入する予感

 たとえば、自民党が完全に野党になる。いや、それよりも保守の分裂、政界再編によって自民党そのものが消滅する。

 あるいは、特権にあぐらをかいた官僚支配の時代がまったくの過去の遺物になる。

 そんな日が来るなどという事は、少なくともこれまでの常識では考えられなかった事だ。そして、そのような事が日本でそう簡単に起きるとは考えられない。日本は自らの手で劇的な変化を遂げる事のできない国であるからだ。

  しかしそんな日本でも、世界の大きな変革のダイナミズムに押される形で、変化を余儀なくされる日が来るかもしれない。

  17日の朝日新聞「私の視点」の中で、元スリランカの外交官、元国連軍縮担当事務次長であり、現在は国連大学理事会議長であるジャヤンタ・ダナバラ氏が、今こそ核廃絶を、として次のように書いていた。

・・・核兵器のない世界なんて「絵に描いた餅」。かつて、英国のサッチャー元首相が、そのひと言で核廃絶を一蹴したのは有名な話だ。
  実際、核廃絶をめざす科学者らでつくるパグウオッシュ会議などの非政府組織から非同盟運動諸国まで、いくら核軍縮を訴えても非現実的だと歯牙にもかけられなかった。
  だが、こうした動きに革命的な変化が起きている。(2007年1月4日に)米政界の長老たち(ジヨージ・シュルツ、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ウイリアム・ペリー元国防長官、サム。ナン元米上院軍事委員長)が、保守的な米紙ウオールストリート・ジャーナルで「核兵器のない世界」を呼びかけた・・・(その呼びかけは)さらに多くの重鎮たちの賛同者を集めた。オルブライト元米国務長官、ベーカー元国務長官、ブレジンスキー元大統領補佐官、クリストファー元米国務長官、パウエル前国務長官といった人たちである。しかも彼らの背後には、科学的専門知識を提供するスタンフォード大学フーバー研究所の学者集団が控えているのだ・・・この構想は米大統領選や英国など諸外国の政策に影響を及ぼし始めている。2月末にはノルウェー政府が同構想の推進に向けた国際専門家会議を開いた・・・ハンス・ブリクス氏が率いる大量破壊兵器委員会は、大量破壊兵器の軍縮、不拡散に関する世界首脳会議を開くよう提言した・・・この機会を絶対逃がしてはならない・・・

  なんという未来志向の、創造的な投稿であろうか。国際政治において、かつては考えられないほどの大きな動きが生まれ始めているのかもしれない。

  それなのに、日本の政治家、有識者、メディアの間で、この世界的動きに呼応しようという者は皆無である。「唯一の被爆国である日本がなぜ動き出さないのだ」と、シュルツ元米国務長官は嘆く。情けないではないか。日本の指導者たちよ。

  日本の政治家や官僚に見通しの明るい者がいないのは、残念ながらそのとおりだ。だからいまさら失望もしない。しかし私が心底失望させられたのは、世論を導くべき大手新聞が、その社説、論説において、旧態依然とした考え方を繰り返している事だ。

 (中国の軍備増強から日本を守るには)日米安保体制を強化することだ(3月7日産経新聞)。東アジアの安定と繁栄をどう確保していくか。そのためには緊密な日米関係を維持すべきだ。この地域での米国の力の弱体化は、日本の国益を損なう(17日読売新聞)。日米同盟再・再定義が要る。集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更であり、恒久法の形で自衛隊の国際協力活動を可能にする取り組みであり普天間基地の約束である・・・(月17日日経新聞)。

  急速に変化しつつある国際情勢の流れに気づかず、百年一日のごとく日米同盟を訴え続ける知的怠慢である。

  今までに考えられないような世界の動きを先取りし、日本の新たな方向を唱えていく。作り出していく。なんという夢のある仕事であろうか。核廃絶の動きに日本が率先して参加する。米国や中国に歓迎される形で日米安保体制をなくしていくことができるかもしれない。圧倒的多数の国民の意見によって改憲の試みの愚が一蹴される日が来るかもしれない。

  そんな課題に向かって進むことは夢がある。翻って、国民に嘘をついたり、隠したり、飴と鞭を使ったりして、時代錯誤の日米軍事同盟を必死で守っていこうとする仕事の不毛さ、むなしさ。

  どちらが正しいかはやがて歴史が証明してくれるに違いない。

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2008年03月16日

   日本が世界に誇れるもの、それは「平和国家、日本である」

 日本が世界に誇れるもの、それは「平和国家、日本」である

 日本が世界に誇れるものは何か。ものづくりである。いや、今では日本料理だ、アニメだ、観光資源だ、などといわれている。しかし、それらよりもはるかに大きなものがある。それは平和国家、日本だ。

 連日チベットにおける反中国暴動のニュースが大きく流されている。私はその裏には、中国を牽制する周到に計算された謀略があると感じているが、それについてはここでは触れない。

 中国にはそのような謀略につけ込まれる隙があるのだ。もし中国が反政府の動きを軍事力で押さえつけようとすれば、中国は国際非難の的になる。北京五輪にも影響が出るに違いない。

 イスラエルがどのような暴虐をガザで働いていても、このような報道がなされる事は決してない。国際的批判がイスラエルに向けられることはない。だからと言って、中国が軍事力で人民を押しつぶす事を認めるわけにはいかない。

 今月初めに、旧ソ連軍将校の武器密売人がタイで逮捕されたという事件があった。15日の産経新聞は、ソ連崩壊後、旧ソ連製兵器が世界の闇武器市場に大量に流出し、世界各地の紛争地で使われている実態を報じている。ロシアもまた軍事大国の国である。だから「死の商人」の罪を犯す。

 中国の悪も、ロシアの悪も、米国軍事力の悪にくらべれば、まだ可愛いものかもしれない。開発途上国の独裁、非民主的国家の悪もそうだ。それにもかかわらず、これらの国の人民抑圧を容認できるものではない。世界の殆どの国が自らの軍事力によって苦しめられているのだ。

  こう考えた時、戦後の日本という国が、いかに世界の大勢から外れ、際立って平和な国であるかがわかる。軍事力を国家権力の後ろ盾として国益を追求するという、世界の常識とは、まったく異質な国であることがわかる。

  その最大の理由は、日本が、戦力の不保持を謳った憲法9条を有している国であるからだ。これこそが、今日の国際政治の中で日本が誇れる最大の優位性なのである。

  その日本が、いま音をたてて崩れようとしている。世界中を軍事力で押さえつけようとしている米国の言いなりになる国になりつつある。米軍基地が拡大・固定化されようとしている。その危険性に気づかず、平和の重要性に気づく余裕がないほど、国民が疲弊しつつある。国民が分断されつつある。

  平和を訴える者の声が、政治の場で消え去り、メディアや世論の中からかき消されようとしている。

  平和な日本を見失ってはいけない。日本こそ世界を世界に訴えていける国なのだ。せめて国民だけは平和な日本の素晴らしさに気づかなくてはならない。国民の手で平和な日本を守らなくてはならない。それを訴える事こそ、私がブログを書き続ける最大の理由である。

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2008年03月15日

 この国の不正義は最高裁にこそある

 この国の不正義は最高裁にこそある

  各紙がこぞって取り上げる記事は、大事件や政局がらみの話しと相場が決まっている。最近では、自衛艦「あたご」の事故、日銀総裁人事、特定道路財源問題、円安・株価暴落などである。

 だから、15日の各紙が、「横浜事件」という聞きなれない事件の最高裁判決をこぞってとりあげた事は異例である。それほど、この事件が重要な意味を持っているということだ。今日的な問いかけをしているということだ。

 「横浜事件」とは、戦前の42年から45年にかけて、雑誌編集者ら数十人が、「共産主義を広めようとした」として、治安維持法違反で逮捕され、特高警察の過酷な拷問の末に死者まで出した史上最大の言論弾圧事件である。いまではでっち上げであったことまで明らかになっている。

 私は3月11日のブログで拷問を禁止する上下院決議に拒否権を発動したブッシュ大統領を強く批判した。拷問は人間性に反する最大の罪であると思うからだ。これが国家権力と結びついて行われる時、一切の正義が抹殺される。

 その不正義を、21世紀を生きる我々の目の前で、この国の司法が断罪する事ができないでいる。その事を我々に教えてくれた判決が、14日の最高裁判所で下されたのだ。

 名誉回復の為に無罪を求めた遺族の、当然過ぎる訴えを、「すでに大赦を受けている場合は免訴とすべき」であるという法律、判例を踏襲して、無罪の訴えを起こす事、そのものを認めないという判決を、最高裁が全会一致で下した。最高裁の判決ですべては確定する。

 卑怯な判決だ。有罪か無罪かの判断を避けている。卑怯な判決はこの事件にとどまらない。これまでのほとんどすべての違憲訴訟がそうだ。国家権力に不利になるような訴訟については、いつも様々な理由をつけて判断を避ける。その事を最高裁は下級裁判所にまで命令する。裁判官の人事を握って従わせる。

  国家権力をあからさまに擁護する判決であっても、裁判官が自分の意見を国民の前に提示するのであればまだ許せる。卑怯なのは、国が法を犯している事が明らかであるにもかかわらず、いや明らかだからこそ、判断を回避し、訴えを却下する裁判官の保身的態度だ。

 思うに、この国の不正義の根源は最高裁にあるのではないか。司法試験を合格して法曹を目指す者たちが出世する序列は、裁判官、検事、弁護士の順であるらしい。その裁判官の中でも最高裁は最高位だ。すなわち最高裁判事は法曹を目指すものたちにとっての出世頭ということだ。

 しかし出世する事と優れている事とは違う。まして裁判官として立派である事とはまったく違う。それどころか立派で良心的な裁判官であればあるほど、出世が出来ない仕組みになっているのだ。最高裁判事になるものほど、出世の為に裁判官の良心を自己否定してきた者に違いない。
 
 このような判決を見聞きするたびに決まって思い出す映画の1シーンがある。南アフリカの人種差別(アパルトヘイト)を糾弾した、「白く渇いた季節」という映画の法廷シーンである。

  拷問の有無を問われる法廷で、警察側が一人の黒人を証人として招致する。そしてその黒人に、刑務所で拷問などなかった事を証言させようとする。 

  しばらく黙って下を向いていたその黒人は、やがて顔をあげ、キリッとした目をしてその官憲をにらみつける。
  そしていきなり傍聴席に背を向け、シャツを剥ぎ取り、拳を上げて、「アマンダ!」と叫ぶ。
  背中には拷問でつけられた傷跡が生々しく映し出される。

  彼は係員数名に取り押さえられるように法廷外に連れ出されていく・・・

  死を覚悟の上の真実の叫びである。

  命をかけろとは言わない。せめて一人くらい最高裁判事の中から現れてこないものか。正義の為に真実の判決を下す勇気のある者が。良心の拳を高らかに掲げる者が。

  最高位に上り詰めた裁判官。それ以上彼が手にしたいものは、もはや裁判官の良心のほかに、一体何があるというのだろうか。 

 

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2008年03月14日

 イラク戦争と小泉元首相

  イラク戦争と小泉元首相

  米兵の誤射でイラクの少女が死亡したという小さな記事があった。パトロール中の兵士が不審な動きを見つけ、警告のために土嚢に向けて発砲したところ、背後にいた少女にあたったという。

  我々は、イラク戦争を、もはや遠い昔の、ひとごとだと思っているに違いない。しかしイラク戦争は今も続いている。その悲惨さが日本にいる我々に見えないだけだ。日本のメディアが関心を示さないだけだ。

  その意味で、3月11日から始まった毎日新聞のイラク戦争特集は、極めて意義のある特集である。主要国の関係者にインタビューする形で、当時の状況を再現してみせる。それはとりもなおさず、今も続くイラク戦争についての、この上ない検証作業になっている。12日のブログでも書いたが、あらためて毎日新聞に敬意を表したい。

 その特集の14日の証言者は、前英陸軍参謀総長のマイク・ジャクソン氏である。彼の言葉のなかで、私が特に注目したのは次のくだりだ。

「イラク侵攻の際、英陸軍参謀総長として異議を伝えましたか」という問いに次のように答えている。

 ・・・無論、そうした。しかし、我々は(米軍より)下位のパートナーだ。発言力に限界がある。フーン前英国防相は、「ブレア首相と私は当時、米政権を説得できなかった」と回想している・・・

 そういえば当時のストロー英外相もイラク攻撃に反対し、それに不快感を示したラムズフェルド前米国防長官が、「英国なしでも攻撃する」と、すかざず言い返した事を思い出す。

 イラク戦争に反対した仏のシラク大統領や独のシュローダー首相はもとより、米国を支持し参戦した英国のブレア首相も、そしてイタリアのベルルスコーニー首相も、ブッシュ大統領を説得した事を後日明らかにした。それほどまでに米国のイラク攻撃は当初より間違っていたのだ。

  翻って小泉元首相はどうだったのか。表向きに日米同盟の重要性を訴えるのはいい。しかし彼はただの一度も朋友ブッシュ大統領に、「攻撃はやめたほうがいい」と言わなかったのであろうか。外務官僚は小泉元首相に、そうブッシュ大統領に伝えて欲しいと言わなかったのか。自衛隊の幕僚幹部の誰一人として、あの戦争が間違っていると進言しなかったのだろうか。

  またぞろメディアに顔を見せ始めた小泉元首相に、国会議員は、メディアは、是非とも、イラク戦争を今でも正しかったと思っているのか、聞いて欲しいと思う。

  最近に至って小泉元首相が政局がらみの言動を活発化している。それをメディアが盛んに取り上げている。

  愚かなり小泉元首相。あなたはボロを出さずに首相を終えられた事で満足すべきであった。完全燃焼したという自らの言葉を忠実に守るべきだった。

  政争の与太話しか出来ないあなたが、あなたが壊した日本で苦しんでいる国民に、今でも喝采を受けると思っていれば、それは勘違いだ。

    自己の権勢欲の為に日本を壊してしまった男が、メディアに相手にされない寂しさに負けて再登場した、それが今の小泉元首相の姿である。

   そんな男にもう一度、好き勝手を許すほど、もはや今の日本に余裕はない。

   見ているがいい。彼の身勝手な言動をメディアが面白がって取り上げるほどに、この国の政治が劣化していく。この国の状況はもっと悪くなっていく。

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2008年03月13日

  日銀総裁人事のつぎは大使人事だ

   日銀総裁人事の次は大使人事だ

  武藤日銀総裁人事になぜ自民党はこんなのこだわるのか。その最大の理由は官僚が独占してきた人事権を改革する勇気と覚悟がないからだ。

  財務省事務次官のエースであった武藤氏の日銀総裁就任は、財務省という官僚組織にとっては予定調和であった。これが狂う事は財務省組織の崩壊を意味する。財務省官僚は組織をあげて自民党に泣きつき、自民党はその官僚のお願いを聞いてやる。

  永久に続くと思われていたこの国の官僚支配が、防衛省や厚生労働省や国交省の一連の不祥事で、今音を立てて崩れようとしている。国民がそのおかしさに気づき始めたからだ。

  我々が目の当たりにしているのは、官僚組織となれあって政権を維持してきた自民党の政治家たちが、そのような世論と、生き残りに必死な官僚組織のどちらに軸足を置くかで、歴史的な板ばさみに立たされている姿である。

  そして、この期に及んでも、自民党は変わることが出来ないでいる。世論ではなく、あくまでも官僚のお友達でいようとしているのだ。彼らは、特権階級、権力保持者、という点で官僚たちの仲間なのである。特に福田首相はそうだ。

  なぜ公務員改革制度が一向に進まないのか。改革の目玉である内閣人事庁の設置が骨抜きにされようとしているのか。それは官僚組織が独占してきた人事権に手をつけようとしないからだ。けだし官僚組織は人事がすべてなのである。

  官僚が独占してきた人事の中で、いままで殆ど語られることなく、まったく手つかずの人事がある。  それは外務省の大使人事である。

  4月号の月刊文藝春秋に、とっくに内定している駐米大使の発令が5月にずれ込むという記事がある。その理由は、毎年4月にワシントンで開かれる日米友好行事「桜まつり」に、新任の藤崎一郎大使では荷が重いからだという。6年以上も大使をつとめてきた加藤良三駐米大使に任せてから赴任させようというのだ。

   もっともこの加藤大使も、6年間も駐米大使をしているにもかかわらず米国での存在感はない。それでも6年間いたから新任よりはいいだろうというのだ。

   これは象徴的だ。日本との関係が薄く、誰が大使をしてもさしたる影響もない三流国の大使なら官僚でもつとまる。しかし米国とか中国といった大国の大使人事を外務官僚が独占してきた時代はもはやとっくに終わっているのだ。

  それにもかかわらず未だに外務官僚が当然の如く大国の大使を独占してきた。その人選まで身内で決めてきた。

   その結果こんな人事も放置されることになる。欧州の某大国においては、人とのつき合いが嫌だと職場放棄した大使がいた。レストランで食事をする予算をすべて部下に使わせて、社交の場に出なくなったのだ。なんというもったいない事か。この日本においてはその国への知識と愛着と人脈を持った人物はいくらでもいる。その国の大使にふさわしい人物はいくらでもいる。

  駐米大使などというポストは、総理経験者やトヨタの社長などといった日本の顔になる人物がなってしかるべき重要ポストである。官僚でつとまるポストではない。

  次は大使人事に手がつけられなければならない。主要国大使の人事を広く国民に開放する。国民の目で見て最善の大使を送り込む。それこそが外務省改革の本丸なのである。外務省がもっとも嫌がる改革なのである。

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2008年03月12日

  元米国務省職員によるイラク攻撃批判

  元米国務省職員によるイラク攻撃批判

  毎日新聞が、イラク開戦5年を迎えるにあたって、イラク戦争の総括特集を始めている。きわめて重要な特集だ。毎日新聞に敬意を表したい。

  米国のイラク攻撃は、21世紀のはじめを汚した深刻な外交的一大事件であった。末永く記憶にとどめられる事件となるに違いない。

  それは世界を分裂させた。中東情勢の混迷を加速させた。日本は「テロと戦う」米国軍に決定的に従属させられる事になりつつある。なによりもおびただしい人命が失われた。その犠牲は今も続いている。

  自衛隊のサマワからの撤退にともなって、イラク戦争はすっかり日本のメディアから消えてしまった。それにともなって日本人の関心も急速に失せた。

  しかし、いつか日本でも、誰かの手によって、米国のイラク攻撃が冷静に検証されなければならない。我々は、米国のイラク攻撃を支持した小泉外交の大きな罪を直視しなければならない。それなくしては日本外交の再生はない。日本の自立はおぼつかない。

  12日の毎日新聞に掲載されていたジョン・ブラウン元米国務省職員(59)の次の証言は、当時の私の記憶を鮮やかに蘇らせてくれた。それはレバノンで皆が言っていた事だ。駐レバノン米国大使が私に述べていた事だ。ブッシュ大統領と小泉首相の軽さが見事に一致していた事を教えてくれる。

   ・・・この戦争は素晴らしいという同僚は一人もいなかった・・・ブッシュ大統領自身、国際的な事にほとんど興味を持たず、知識もなかった。
   ホワイトハウスの取り巻き連中の関心は常に国内問題だった。つまり、共和党政権をどうやって維持するか・・・02年11月の中間選挙に勝つために大統領を強い指導者に見せかける必要があった。そのためにイラク危機を利用したのだ・・・
   政権幹部はこんな結果になるとは全く予測していなかったはずだ。簡単に考えていたのだ。中東に関する無知のゆえだ・・・ブッシュ大統領は・・・イラクにイスラム教のシーア派とスンニ派の2宗派がある事さえ知らなかった・・・
   イラク戦争を遂行する必要上、米政府はウズベキスタンやパキスタンなどの独裁政権と手を結んだ。アブグレイブ刑務所での収容者虐待や拷問(を重ねた)。その結果世界中で反米感情を高めてしまった。イラク戦争によって米国のイメージは決定的に低下した・・・
   米国はもっと長期的な広い視野で外交をする必要がある。イラクはそれを教えている・・・

   あらためて強調する。イラク戦争の総括なくしては日本外交の再生はない。日本の自立はない。

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2008年03月11日

 拷問を容認するブッシュ大統領

  拷問を容認するブッシュ大統領

  さすがにこのニュースには驚いた。このような人物を大統領に居座らせた米国議会や米国民に、あらためて失望させられた。米国に正統性はない。

 ブッシュ大統領は、8日のラジオ演説で、CIAがテロ容疑者への尋問で「水責め」などの拷問を禁止する法案に拒否権を発動したと発表した。それを11日の読売新聞が報じている。

 布で覆った顔に大量の水を浴びせて自白をせまる「水責め」は、どう考えても今日の民主主義国家では許されない行為だと思っていた。映画の中のシーンであると思っていた。ところが米国でこれが行われてきたのだ。それが明るみになって世界の批判が集中した。民主党主導でそのような拷問を禁止する法案が上下院を通過した。

 それをブッシュ大統領が拒否したのだ。「大規模テロ計画を未然に防げた」からだと胸を張ったのだ。

 米国では「テロとの戦い」では何でも許されるのだ。これでは反米テロはなくならない。その米国と価値観を共有する日本に未来はない。

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2008年03月11日

   右翼ブログから学ぶ

  右翼ブログから学ぶ

  反中国、反米の、自称フリー作家が書いているブログに「依存症の独り言」というのがある。たまたま見つけたその2月11日のブログに興味深い記述があった。

  「街頭右翼は公安が泳がせている?」と題するそのブログは、先般のプリンスホテルによる日教組集会の拒否事件を取り上げて、「言論・集会の自由を封殺したのは街頭右翼である」と断じる。

  その上で、街頭右翼がホテルに集まる事を知って警察に警備を頼んでおきながら、日教組の予約を一旦受け付け、一部前金まで受けとっていながら、直前になって突然解約する、そんなプリンスホテルは非難されても仕方がない、と言う。正論だ。

  しかし私が注目したのはその後に続く公安警察と街頭右翼の関係を述べたくだりである。「元過激派だった私」そう言うのだから間違いない」、と繰り返し強調した上で、公安警察は街頭右翼などを利用して共産党の活動を牽制しているのだと次のように述べている。

  すなわち公安警察は暴力団と裏表の街頭右翼をこれまで本気で取り締まらなかった。なぜか。それは街頭右翼が反共であるからだ。公安警察の最大の標的は、今でも共産党である。その共産党と敵対している組織や団体を公安警察は利用してきたのだ、という。

  更に、反共という意味では部落解放同盟も過激派もそうだ、これらは警察が本気になれば簡単に検挙できたはずだ。しかし、そうしなかった理由は、それらが反共であるからだ。警察はそれらを通じて共産勢力の伸張を抑制しようとしたからだ、というのだ。

  「・・・中核も革マルも、お互いに相手を「権力の手先」と罵倒していたが、何の事はない、両方とも権力の手のひらで踊らされていた。情けない・・・」と。

  さらにまた刑事警察は暴力団対策法で暴力団を取り締まるのに、暴力団と一体の街頭右翼を泳がせるのは、街頭右翼の担当が公安警察であるからだ、と、警察の内部事情にまで言及している。

  確かにそのとおりかもしれない。しかも警察が手心を加えているのは街頭右翼だけではない。先般も暴力団を使った地上げ屋に警察OBが天下っている事が発覚している。

  善良な市民が何も知らない「権力の悪」が厳然と存在する。世の中の闇の部分である。たまったものではない。

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2008年03月11日

  拉致問題はどうなったのか


  拉致問題はどうなったのか

  年金問題をはじめとして、どの問題も何の解決もなされないまま、次々と新しい問題が生じて、古い問題はメディアから忘れ去られていく。これが今の日本の政治の現状だ。国民生活がよくなるはずはない。

  外交問題についての最大の懸案の一つが北朝鮮問題である。北朝鮮問題の核心は拉致問題である。あれほど連日メディアを騒がした拉致問題は、すっかり忘れ去られてしまった感があった。

  それを再び思い出させてくれたのが11日の朝日新聞一面のスクープであった。拉致を指示した北朝鮮工作機関の幹部が、金正日総書記の側近であることが日本の警察当局の調べでわかったというのだ。

  それが事実であるとすれば、6年前の小泉訪朝における合意が根底から覆る事になる。さもなければ、小泉、金総書記の間で拉致問題にフタをした密約があった事になる。

  あの時、メディアは、金正日総書記が初めて拉致を認めたと喧伝した。それが小泉訪朝の最大の成果であると言い立てた。それを根拠に日朝国交正常化を急ごうとした。それが日朝平壌宣言であった。

  本当に金正日総書記は小泉首相に謝罪したのか。その時メディアが書きたてたのは、「特殊機関の一部の妄動主義者による犯行」であり、「彼らを処罰した」、という事であった。

  そもそも金正日独裁体制の下で、拉致が一部の妄動者の犯罪であった、などという事がありうるはずはないのに、それが謝罪だと強弁して国交正常化を急いだのが、小泉元首相と外務官僚であった。それを書きたてたのがメディアであった。

  ところが、今回の警察当局の調査が正しければ、その「一部の妄動者の犯行」そのものが嘘であったという事になる。金正日は、謝罪したどころか、嘘をついたのだ。小泉元首相はまんまと騙されたのだ。さもなければ、金正日と裏取引をしたのだ。

  本来ならば、この朝日のスクープを契機に、再び拉致問題は大きく動き出さなければならない。もちろん金正日の北朝鮮は、「拉致問題は解決済み」と言い続けるであろう。しかし少なくとも日本においては、あの時の小泉訪朝の真相を、あらためて今究明する事はできる。そしてそれは是非とも国民の見える形で国会で追及されなければならない。

  しかし、残念ながら、拉致問題は動かないであろう。金正日の北朝鮮を動かす前に、日本政府が動かないのだ。与野党の政治家が自らの不明を隠し続けようとしているからだ。

  スクープをした朝日新聞の緒方健二編集委員がその事を記事の中で認めている。「・・・逮捕状をとっても北朝鮮にいる人物の身柄を確保できる可能性は低い。政治的な思惑も絡み、ただでさえ容易ではない捜査を、さらに困難にする要因は少なくない」と。

  スクープをした朝日新聞がかくも悲観的なのである。何のためのスクープなのか。

  平壌宣言にはこう書いてある。

   「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決」すると。

  平壌宣言とは一体何であったのか。小泉訪朝とは何だったのか。拉致被害者家族の苦痛だけが取り残されている。

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