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2008年03月31日

 平和憲法は国民の手で守れる

平和憲法は国民の手で守れる

  最近目にしたいくつかの言葉から、久しぶりに憲法9条について書きたくなった。

  31日の読売新聞は野坂昭如の近況を伝えている。2003年に脳梗塞で倒れた野坂は懸命にリハビリと戦っている。口述筆記で書かせた次の言葉に、人生の最後を必死で行き続けている者の迫力を感じる。野坂はいま最強の平和主義者となった。

  「・・・ぼくがこだわり続けているのは戦争。戦争は人をケダモノにする。人間を変えてしまう。嫌というほどそれを見てきたし、僕自身も変わった。戦争を知る人間として、戦争はするなと語り続ける義務がある・・・」

  本屋で手にした雨宮かりんと佐高信の対談本の中で、雨宮かりんが赤木智弘の言葉を代弁するかのように、次のように語っていた。赤木智弘とは、「希望は戦争」、「丸山眞男をひっぱたきたい」などと公言しているフリーターの社会評論家の事である。

  「戦争は起きたほうがいいが、愛国心などさらさらない」

  悲しい言葉だ。私は戦争には断固反対する。しかし日本を愛している。

  31日の東京新聞は、宇都宮駐屯地で30日に行われた陸自中央即応連隊の装備公開式において、折木良一陸上幕僚長が述べた次のごとき言葉を紹介していた。

  「今こそ武力集団としての原点に立ち返り、時代の変化に的確に対応するたくましい集団に・・・」

  驚くべき違憲発言だ。一昔前なら大問題発言である。しかしガソリン国会に奔走する今の政治やメディアはこの発言を見逃してしまう。

  私は自衛隊を認める。専守防衛に徹し、日本国民を守る自衛隊であるならば、敬意すら抱く。

  しかし、国際平和協力というごまかしの名の下に、海外活動を本来業務とし、米国の戦争のために武力集団と化す自衛隊を、認めるわけにはいかない。それを誇らしげに公言する陸将を許すわけにはいかない。

 
  少し前の報道になるが、新憲法制定議員同盟の3月4日の総会で、民主党の幹部議員があたらに参加したというのがあった。

  すなわち羽田孜元総理、鳩山由紀夫民主党幹事長、前原誠司副代表らが、顧問や副会長などになったというのだ。

  こうして改憲議員は超党派でまとまりつつある。しかし、護憲政党が団結するという動きはまったく見られない。もはや国会議員の三分の一以上の護憲議員によって改憲発議を阻止するなどという事は、絶望的だ。

  しかしその一方で、「9条の会」をはじめとした草の根集会や団体の、憲法9条を守ろうとする動きは全国に拡大しつつある。ここに希望を見出す。

  新憲法制定議員同盟の幹事役である愛知和男議員が、「9条の会」などが全国に根付きはじめている事に危機意識を持ち、「我々も全国的な活動を進めなければならない」と発言した事は象徴的だ。

  平和を叫ぶ市民団体や集会は、その背後に共産党や社民党の支援と思惑がある。だから集会のまとまりも統一化もない。たとえば「9条の会」が共産党の影響下にあり、「9条行脚の会」が社民党の団体である、といった具合に。

 しかし、それらの集会に集まる人たちの中には、政治と離れてひたすらに平和を願う一般国民が多く含まれている事も事実である。

 新憲法制定議員同盟が怖れているのは、そのような一般国民の護憲意識の拡大に違いない。共産党や社民党がわずかばかり議員数を増やしたところで、改憲発議はできる、とたかをくくっているに違いない。

 しかし国民投票で改憲案が国民の手によって拒否されれば、改憲の目論見は頓挫する。その事を怖れているのだ。

 重要なことは国民一人一人の意識である。もはや議論などいらない。「今憲法を変える必要性はない」、「憲法9条を変えて米国の戦争にこれ以上巻き込まれるのは真っ平だ」、そう素朴に考える国民が一人でも多くなればいいだけの話だ。その国民は、バラバラでもいい。政治的にまとまらなくてもいい。自分の頭で考え、自分の判断で、「戦争より平和がいいに決まっている」と思えばいいだけの話だ。

 戦争が起きて世の中が壊れてしまえばいいと考える者はいるだろう。戦争が好きなものはいるだろう。気に食わない国を攻撃してしまえと思う者もいるかもしれない。米国の軍事的庇護から離れて自主防衛力を高めるために憲法9条を変えるしかない、と思う者もいるだろう。どう考えようがそれは勝手だ。

 しかしそれは間違いだと思う国民が、過半数いれば平和憲法は守れる。他に解決すべき問題が山積している時に、何も今憲法を急いで変える必要はない、と考える国民が半分いれば憲法は守れる。

 憲法9条を維持する事は、もっとも安上がりで最強の安全保障政策なのだ。その事を一人でも多くの国民が気づくように、私はどのような平和集会でも応援する。

  

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2008年03月31日

ガソリン国会を正しく見抜く眼力

  ガソリン国会を正しく見抜く眼力


  ガソリン国会について、テレビも新聞も、うんざりするほど同じような報道を繰り返している。

  ガソリン価格が下がる事が、暮らしにあえぐ一般国民にとっていいことであるに決まっているではないか。

  その財源減をどうやって穴埋めするかとか、地方に財源をどうまわすかなどは、そして市場の混乱を防ぐなどという事は、正しい政治指導による、正しい政策を行えば、どうとでも解決できるものなのだ。

  国民は、少しでも暮らしを楽にしろ、と政治家や官僚組織に訴えるだけでいいのだ。

  そう私が書くと、物事が分かっていると自称する識者はからは、ガソリン価格だけに問題を矮小化するなと言う声が聞こえてきそうだ。実際のところ、「ガソリン国会」をどう見るかについて、大手新聞の社説はすべて、「福田首相も発奮したのだから、民主党も譲れ」と書いている。自民党はわが意を得たりと、この社説を引用し、民主党を攻撃する。

  そんな中で一つだけ、ガソリン問題の本質を見抜いた記事があった。30日の毎日新聞「風知草」で山田孝男専門編集委員が書いている指摘がそれだ。

  山田氏は、片山善博前鳥取知事の発言を引用して、要旨次のように書いていた。

  ・・・片山善博は(福田)首相の発奮を疑う。首相案の本質は財務省案だからだ・・・首相案がなぜ財務省案か。そもそも、特定財源の一般財源化は財務省の悲願だ。国土交通省の権益を抑え、税金の使い道をあらかじめ決めない仕組みに戻す。これ自体は正論だが、結果として財務省の権益が大きくなる・・・

  首相案は「09年度から一般財源化(にする)」と、ここだけやけに具体的だ。これに対し、暫定税率の扱いや、道路整備計画の策定は今後の政治折衝にゆだねるという。日程や数値でシッポをつかませない。予算編成過程で抵抗勢力をなだめるための布石であり、発想が財務省的だ・・・ごまかしへの逆行を阻む歯止めがない・・・
  
  そこで思い出すのが94年の細川首相の真夜中の記者会見だ。あの時細川首相は突然国民福祉税導入を発表した。増税反対の武村官房長官や連立与党・社会党を出し抜くため、緊急会見という手法をとった。

  米国の要請で内需拡大のために所得税減税に踏み切る見返りの増税だったのだ。

  世論の反発をかって細川首相は一夜で撤回するのだが、このシナリオを書いたのが大蔵次官の斉藤次郎であったというのが定説だ・・・

  片山の見事な分析だ。片山の言うとおりであると思う。キャリア官僚であり、今では官僚組織から決別して本音の発言を繰り返す片山ならではの指摘だ。官僚組織を本当に監視できるのは、官僚組織と決別したキャリア官僚でしかできない。

  福田首相も、さらにその前に既に一般財源化を唱えている小泉元首相も、所詮は財務官僚のシナリオに踊らされている。それを知ってか、知らずか、福田首相の提案をこぞって持ち上げて、今度は民主党に譲歩を迫る大手新聞もまた、皆、官僚たちのお友達なのだ。

 そういえば、民主党副代表の前原誠司は、小沢民主党に反旗を翻すかのように、福田提案は画期的で民主党も評価すべきだと発言した。前原グループの松井孝治も自らのHPで、「福田提案は評価できる」などと見事に歩調をあわせているという(29日毎日新聞、岩見隆夫、近聞遠見)。

 この前原グループこそ、官僚を批判する振りをしながら、官僚と共存していく民主党の抵抗勢力なのだ。

 一般国民は気づかなくてはいけない。ガソリン国会を巡る与野党の攻防の本質は、ただ一点。官僚支配を突き崩せるかどうかだ。戦後の政治を貫いてきた、自民党・官僚支配勢力と、その支配勢力に支配されてきた一般国民の、最終的なせめぎ合いなのである。

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2008年03月30日

人種問題の原罪から逃れられない米国


  人種問題の原罪から逃れられない米国

  あれほど騒いで日本のメディアが報道したオバマ熱が、ここにきて急に冷めてしまった。それは決してヒラリー、オバマの混戦に決着がつかないからではない。

 誹謗合戦の選挙運動の中で、米国の有する原罪が表面化してきたからだ。人種差別問題に踏み込まざるを得なかったオバマ氏に対し、オバマで大丈夫かという声なき声が米国内で広がりつつあるからだ。

 この事を、30日の読売新聞「ワールド・ビュー」における大塚隆一アメリカ総局長の記事が教えてくれた。

 バラク・オバマ上院議員の躍進の原因の一つに、人種や性の違いを超えた国民「融合」の訴えがあった。

 ところが、そのオバマ候補が師と仰いできたジェレマイア・ライト黒人牧師の白人政権批判の発言が、米国民のオバマ熱を奪い、米国民を分裂させつつあるという。

 「広島と長崎で我々は(米同時テロで亡くなった)数千人よりはるかに多い人々に爆弾を落とした。米国は悪事の報いを受けた」

 「米政府は、有色人種を大量殺害するためにエイズウイルスを作り出した」

 「米国は今も世界一の殺し屋だ。プロの殺し屋の訓練にもかかわっている」

  この黒人牧師発言の映像が3月14日に米国メディアで流されると、騒ぎは一気に拡大したという。今では黒人票の大半がオバマ氏に集まり、白人票の多くはクリントン氏に流れているという。国民融和の熱は冷め、国民の分裂がむしろ深まっているという。

  オバマ大統領候補は、これを打ち消そうと、18日に人種問題を正面からとりあげた率直な演説をした。それがさらに国論を二分しつつある。人種問題こそは今でも米国の最大のタブーであり、弱点なのだ。

  ライト牧師の発言は、いずれも皆が内心思っている事である。しかしそれを他国の人間が口にしたとたん、米国の反発を招く。しかし、米国人が発言したらそういうわけには行かない。

  人種差別は60年代まで米国内で公然と存在したからだ。しかもその差別は、あらゆる差別がそうであるように、あまりにも酷かった。そして公的差別は撤廃されても、人種差別の意識は厳然として米国民の潜在意識に厳然と存在する。米国に少しでも住んだ事のある日本人なら、それを知っている。

  大塚アメリカ総局長はこう締めくくっている。

 「・・・オバマ氏が『パンドラの箱』を開けた形になった人種論争は今後も続くだろう。特に本選挙に勝ち進めば、共和党側はあの手この手でライト発言を蒸し返すだろう。歴史的な挑戦を続けるオバマ氏には、なお険しい道のりが待ち構えている」

   米国の人種差別は、中東政策や、そこから生じた「テロとの戦い」に強く反映されている。それどころか対日政策の根底にも人種差別が陰を落とす。

   それから目をそらし、米国こそ日本と最も価値観を共有する同盟国であると繰り返す政治家や外務官僚は、無知であるか、さもなくば自己欺瞞だ。民主党は反日的で、共和党は親日的だ、と単純化し、てマケイン候補の当選を願う日本の自称米国通は、あまりにも皮相的だ。

   今こそ、我々はオバマ大統領が米国に誕生するのか本気で見極めなければならない。日本のメディアは、今こそ米国大統領選挙の行方を、これまで以上に報道しなければならない。

 

 

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2008年03月29日

イスラエルに急接近する中国


  イスラエルに急接近する中国


  読売新聞が連載している「中国疾走」の29日の記事のなかに、注目すべき記述を見つけた。イスラエルに急接近する中国の姿が、そこに描かれている。

  このところ中国のイスラエルからの武器購入が増えているという。いまや中国はイスラエルにとってロシアについで第二の武器輸出国であるという。

 そして、その狙いは、イスラエルを通じて米国のハイテク兵器の技術力を獲得することにあるという。

 イスラエルにとっても「中国の巨大な市場は大きな魅力」だ。北京五輪で、競技場や選手村の出入り口を管理する警備システムを受注したのも、イスラエル企業であるという。

 ついに中国は、イスラエルをして、「中国は中東和平の支援役」であり、「家族主義で教育熱心など、我々と価値観が似ている。欧米人とのビジネスよりやりやすい」とまで、言わしめるようになった。

 イスラエルと中国はまた、異民族弾圧でも共通している。イスラエルのパレスチナ弾圧に口を挟まないかわりに、中国のチベット弾圧には口を挟ませない、という了解がある。

 中国はまた、ユダヤロビーの米国に対する影響力を知っている。イスラエルへの急接近を通じて、米国の対中政策をコントロールしようとしている。

 その一方で、中国はまたイスラエルの仇敵であるイランとの関係も強化している。世界がイランへの経済制裁を強化する中で、中国はイランとの関係を強化している。テヘラン市営地下鉄建設に協力し、イランの石油、天然ガス利権を次つぎと手にし始めた。

 そして、イランをして、「よき友である中国の協力に感謝する」とまで言わしめている。

 見事な全方位外交だ。私はそのような中国の外交に決して好感は持たない。しかしこれこそが国益を最優先した現実主義の外交なのだ。

 かつて私が中東・アフリカ局の課長であった時、当時の外務省の幹部は、安倍晋太郎外相(当時)のために、「創造的外交」なるキャッチフレーズをでっち上げた。イラン、イラク戦争の最中に、どちらにもパイプを持った等距離外交であると喧伝した。イランと米国の関係が途絶えている中で、米国とイランのパイプ役を自認した。

 しかし、その実態は、日本食や果物などを手土産に、イランとイラクを訪問するだけのパフォーマンス外交でしかなかった。

 その外務省は、いまや対米従属外交に終始し、親イスラエル政策に一方的に傾斜してしまっている。身動きが取れないでいる。

 中東外交においても、日本外交は中国外交に圧倒されてしまっている。それを見事に示してくれた読売新聞の記事であった。

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2008年03月28日

  前原誠司氏よ、こんな事を産経新聞に書かせる隙を見せてはいけない

  前原誠司氏よ、こんな事を産経新聞に書かせる隙を見せてはいけない


  産経新聞はよほど民主党が政権を取る事に反対らしい。よほど小沢一郎が嫌いらしい。だから、民主党を分断させるような、次の如き記事をあえて書いて見せるのだ。

  26日の産経新聞「政論探求」というコラムで、客員編集委員の花岡信昭氏が、次のように前原誠司副代表の事を書いていた。

 ・・・先週の数日間、「日露専門家対話」というシンポジウムに招かれ、日本政治の現状を報告した・・・民主党が強硬な態度に出ているのは、党内に「小沢(一郎代表)離れ」をはじめとした問題を抱えているためではないのか。
    モスクワ訪問は学者、政治家ら十数人のメンバーだったが、その中に、民主党の前原誠司副代表(元代表)もいた。この重大な時期に国会を離れていたのは、不毛の攻防戦から距離をおきたかったためではないか・・・

  前原氏よ。こんな事を産経新聞に書かせてはいけない。今は何があっても小沢民主党が一丸となって自公政権との決戦に勝つことだ。隙を見せてはいけない。

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2008年03月28日

  マケイン大統領候補まで核軍縮を提唱し始めた

  マケイン大統領候補まで核軍縮を提唱し始めた。

  17日のブログ「考えられない事が起きる時代に突入する予感」の中で、私は米国の重鎮が、次つぎと核兵器撤廃を言い始めた事を書いた。

  28日の朝日新聞は、マケイン大統領候補までもが、「世界中の核兵器を削減する作業を、我々から始めなければ」と、核軍縮を提唱したという。26日、ロサンゼルスで外交政策について演説した中で発言したという。

  これは注目すべき発言だ。このブログを読んでいる外務官僚よ。この機会を逸することなくブッシュ大統領に呼びかけてみよ。今度のサミットで米国と一緒になってあらたな核軍縮の提案を福田首相にさせたらどうか。

  それが成功すれば、福田首相の業績は歴史に残るに違いない。それこそが外交というものだ。

  米国の真意は、核兵器がテロにわたるぐらいなら全廃したほうがいい、という程度の発想だ。核兵器が全廃されても、もっと破壊力のある兵器を開発しているので、米国の攻撃力は落ちる事はない、という計算がある。

  それでも、核兵器削減について、米国と日本が共同提案し、それが欧州を巻き込んで世界の核軍縮が進むようなことになれば、歴史的な成果となる。

  北朝鮮も六カ国協議で核凍結に応じざるをえなくなる。イスラエルも核兵器を持つことができなくなる。イランも核開発が出来なくなる。

  これほど大きな外交成果はない。国際環境は整いつつある。これほどまでに多くの米国の重鎮が核兵器廃止を言い始めている。ついに米国大統領選挙の共和党タカ派のマケイン氏までもが言い始めたのだ。オバマといい、ヒラリーといい、民主党大統領候補が核軍縮に反対するのは困難だろう。

 あらゆる条件が整いつつある。外務官僚よ。嘘とアリバイ作りの、どうでもいい仕事に埋没するのではなく、今こそ建設的な外交に取り組んだらどうか。

 たとえうまく行かなくても試みる価値は十分ある。ひょっとしたら福田首相の起死回生になるかも知れない。それぐらいの知恵を働かせてみろ、かつての同僚たちよ。

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2008年03月28日

 ガソリン税騒ぎのニュースの洪水のなかで、隠れた注目すべきニュースもある

  ガソリン税騒ぎのニュースの洪水のなかで、隠れた注目すべきニュースもある

   いつも思うことなのだが、一つのニュースにすべてのメディアが集中する。テロ給油の時はそればかり。守屋疑惑の時はそればかり。大連立騒動の時はそればかり。チベット暴動が起こればそればかり。ここ数日間はガソリン税の帰趨のニュースばかりが続くだろう。

   しかし、そのようなニュースはどの記事も同じだ。どの解説も大差はない。そういう時こそ、他のニュースに注目すべきである。

   たとえば28日の各紙が取り上げている、突然の文部科学省の学習指導要領の告示である。2月に公表したばかりの改定案を一部修正し、郷土愛の文言を追加した。君が代が歌えるようにと変更した。東京新聞だけが大きく問題提起していたが、普通であれば大きな論争を呼ぶニュースだ。

   イラクでは数日前からイラク軍・警察による掃討作戦が始まった。これは、イラク政権が治安能力を証明しようとするものだが、背後には撤退をスムーズに運ぶための米国の作戦があるに違いない。しかし結果は治安悪化の逆戻りだ。内戦再発の危険な賭けだ。

   その一方で中東ではアラブ連盟会議が開けないでいる。アラブ諸国が親米諸国とイラン・シリア派に対立し、その対立のあおりを受けたレバノンが大統領を選べないでいる。アラブ連盟に出席できないでいる。

   ブッシュ政権末期において中東情勢は確実に不透明さをましている。

   ブッシュ大統領が胡錦涛主席に電話連絡をして暴力の自制を求めたという。見せかけのポーズだ。米中の話し合いの始まりだ。

   北朝鮮の核問題を、密約まで交わして進めようとしているブッシュ政権が、中国と敵対するはずはない。イスラエルの暴力を放置している米国が、チベット問題で中国に強く出られるはずがない。

   フランスのサルコジ大統領が五輪をボイコットする可能性を匂わせた。笑止だ。格差に怒る若者を暴力で鎮圧したサルコジが、中国に何を言っても中国は相手にしないだろう。コソボ独立問題で分裂する欧州やロシアは、民族問題は自分たちの問題でもあるのだ。少数民族問題は世界で繰り広げられている最も厄介な国際政治問題なのである。

   産経新聞の「断」というコラムで潮匡人というサンケイ御用達評論家が、ミャンマーの時に大騒ぎをした人権論者がなぜチベット問題で強く反対しないのか、と皮肉っている。これも笑止だ。そんな事を言えば、日頃人権問題に関心のない連中が、なぜ中国叩きの道具に、チベット問題を利用して大きく騒ぐのか、と言い返されるのがオチであろう。

  昨年7月に横須賀で女性二人を刺して重軽傷を負わせた米海軍の水兵の初公判が横須賀地裁で行われ、水兵は殺意を否定したという。ここまで状況証拠が明らかであるのに、である。小さな記事であるが、我々はこの裁判の行方を見極めなければならない。

  手元の記録では、昨年にはこの殺人未遂事件のほかにも、横須賀での無免許、酒気帯び運転事故(1月)、広島での19歳女性の海兵隊4人による集団暴行(10月(、沖縄でも米兵子息による女性暴行(10月)、横須賀での女性2人殴打事件(12月)がある。今年に入ってからは、タクシー運転手刺殺容疑の前に、沖縄での少女暴行事件(2月)やフィリピン女性暴行(2月)や男性警官に対する暴力行為(3月)などがある。
  我々はどこまでこれら事件の結末を知っているか。メディアはどこまで報道してきたか。

 最後に、こういう記事が28日の朝日新聞にのっていたから紹介しておきたい。北富士演習場の返還闘争を住民団体が断念したというニュースだ。

 山梨県の富士山北麓に拡がる演習場では陸上自衛隊と米海兵隊が実弾射撃訓練をしている広大な敷地がある。国と山梨県が5年ごとに使用協定を更新してきた。そのたびに反対し、土地返還運動をしてきた住民団体が、今回ついに返還闘争を断念したというニュースだ。

 現在の会員はわずか10人たらず。平均年齢は80歳。「後に続く人がいない。闘争はもう終わりにする」と元会長は話す。その一方で、山梨県や地元3市村は、交付金をもらえなければ予算が組めない状況である。

  こうしてどんどんと在日米軍の日本占領が強化されていくのだ。こういう現実こそ、メディアは国民に問題提起すべきだと思う。

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2008年03月27日

  超党派「ビビンバの会」とは笑止千万だ


  超党派「ビビンバの会」とは笑止千万だ

  27日の産経新聞で「超党派ビビンバの会」が始動したという記事を読んで驚いた。同時に失笑を禁じえなかった。

  自民党の加藤紘一が民主党の仙石由人らと超党派勉強会「ビビンバの会」を発足させたという。なんでも2月に加藤と訪韓したメンバーが中心だという。自民党山崎拓、民主党枝野幸男、社民党辻本清美など15人が参加したという。

  いずれも賞味期限の切れた過去の政治家だ。こころざしの全くない政治家ばかりだ。自分の生き残りしか考えない政治屋だ。

  「評論家はもうやめた。これからは現役復帰だ」と加藤紘一が宣言したという。冗談じゃないか。「加藤の乱」の失態を忘れたのか。

  松本健一・麗澤大学教授を講師に招いてナショナリズムや国家像について意見交換したという。それで、「健全なナショナリズム育成に向け、リベラル派の結集」だと。「政界再編をにらんだリベラル勢力の結集」だと。なんという厚かましさだろう。

  なかでも社民党の辻本清美である。尊敬する元社会党衆議院議員だったのある人が、辻本だけは気をつけろ、とんだ食わせ者だ、と私に語った事がある。

  私にはわからない。しかし、二、三度言葉を交わした私の直感では、心に響くものが何もない政治家だ。何しろ議員に復活したとたん、「帰って来ました」と笑顔で小泉首相に握手を求めに行った姿をテレビで見て、これはダメだと思った。いくら護憲を唱えても、私の心には響かない。

  今の日本の政治の混迷を象徴している産経新聞の記事であった。

  

  

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2008年03月27日

  目にあまる主権放棄だ。

  目にあまる主権放棄だ

  ここまで主権を奪われて、政治家も、官僚も、メディアも、愛国主義者も、誰一人として本気で立ち上がろうとしない。これでは国民は浮かばれない。

  横須賀で起きたタクシー運転手刺殺事件は、これまでの報道を見る限り誰が見ても米脱走兵の仕業だ。ところが、いまだに日本の警察の捜査が進展していない。情報がすべて米軍に握られたままだからだ。これではタクシー運転手は浮かばれない。家族や同僚の怒りや無念は堪え難い。

  報道によれば米軍は脱走の取調べしかしていないという。それどころか本人は殺人を否定し、それが放置されている。

  これが日本人の犯行ならば、指紋やDNA鑑定などで直ちに白黒が判明するところだ。なんという無法状態だ。

  この事の不当さを、連日本気になって訴えているのは、夕刊タブロイドの日刊ゲンダイだけだ。やっと本日発売の週刊新潮が書いた。それも日米地位協定が捜査の壁になっている、というなまぬるいものだ。

  おりから、27日に、防衛省が機密を漏洩したとされる自衛官を書類送検したという記事を各紙が一斉に取り上げた。機密が漏れるなどという防衛省の体たらくを弁護する気はさらさらない。

  しかし、05年5月に起きた事件が、なぜ今頃になって書類送検なんだ。自衛官の機密漏洩がこれまでいくつも行われてきたのに、この事件だけなぜ書類送検か。

  それは米国からもらった情報だからだ。それが漏れたことにより米国が怒って日本政府に圧力をかけたからだ。情けないと思わないか。

  27日の朝日新聞に出ていた森本敏の次の言葉がすべてを物語っている。

  米国の信頼を著しく損なう深刻な事案で、リークした自衛官は厳しく罰せられるべきだ・・・安全保障にかかわる広範な「秘密保護法」を整備すべきで、自衛隊員に限らず議員やメディアなど「防衛情報に接した者」に保全の義務を課す(べきだ)。

  森本よ、横須賀タクシー刺殺事件についても法の厳格な適用を唱えてみたらどうか。

  日本のメディアよ。政治の混乱を報じるのもよい。「誰でもいいから殺したかった」とうそぶく壊れた若者の事件を報じるのもよい。それらは今の日本の深刻な問題である。

  しかし、もう一つの大問題、主権を放棄して米国に全てを預けた今の日本の窮状について、どうして大きく声を上げないのか。愛国主義者はなぜ黙っているか。国民が押しつぶされている最大の原因が米国の日本支配にあるというのに。
  

  

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2008年03月26日

   姿が見えない外務省


  姿が見えない外務省

  ここ当分の間、防衛省や国交省や厚生労働省などが引き起こした問題がマスコミに騒がれ、その影に隠れて外務省の仕事振りが注目されることはなかったが、実は外交不在の状況は深刻だ。

  26日の毎日新聞と東京新聞の記事がそれを教えてくれた。

  毎日新聞は、国内政治で苦境に立つ福田首相が、実は得意の外交でもまったく成果が乏しいと、次のように書いている。

 ・・・「きちんとやるべきことはなされている。7月のサミットなどでリーダーシップがますます発揮されることを期待する」
    藪中三十二外務次官は24日の会見で(こう)語ったが、外務省内には「『外交マジック』は効かない」という悲観論が広がっている
    ・・・日米同盟に関連する安全保障論議は進んでいない。
    政権浮揚のカギとみられた日中関係も・・・ガス田開発問題は先送り。1月末にはギョーザ問題     が起こり、3月にはチベット暴動が起き、5月の胡主席来日を控え対応に苦慮している。
      対話路線に軸足を転換した対北朝鮮外交でも膠着が続く・・・4月13日に期限切れを迎える    対北朝鮮経済制裁は再延長が避けられず、北朝鮮の反発は必死だ・・・


   東京新聞「国際デスクから」はもっと核心をついている。外報部嶋田明浩記者は、今どき、「知らしむべからず」でもなかろうが、外務省が絡むトラブルでは、ことの経緯や責任の所在がまったく国民に明らかにされない、と次のように書いている。

    ・・・ガス田問題などを抱える日中関係でも「信頼関係を損なうようなことになっては・・・」が外務    官僚の口癖だ・・・昨年12月には「日中ハイレベル経済対話」の共同文書を、中国は勝手に一部    削除して発表した(が、外務省の説明は不明なままだ)。今月中旬、北京の裁判所が日本の外務   省幹部らを「スパイ」と認定する判決を出したと報じられた際も、高村正彦外相は「判決内容を知っ   ているか否かも含めて答えを差し控えたい」として、反論の姿勢を示さなかった。
      そこへ今月20日に持ち上がったのが、東大などで講演が予定されていたイタリアの政治哲     学者アントニオ・ネグリ氏の来日中止・・・査証申請手続き問題の当事者である外務省は、「直前    までネグリ氏の来日予定を知らなかった」という・・・今回もまた責任が明確にされないまま、著名    な学者の入国を拒んだとして日本の威信は傷ついた。

   外務省の置かれている状況は深刻に違いない。

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2008年03月26日

全面対決で今度こそ決着をつけてもらいたい

 
  全面対決で今度こそ決着をつけてもらいたい

   政治が面白くなってきた。これこそ本来の政治の姿だ。国民が観客となり、主役となって政治家たちの真価を監視すればいいのだ。

  思えば参院選挙での自公政権の敗北以来、随分まわり道をさせられた。あの時一気に政権交代の是非を国民に問うべきだったのだ。何しろ安倍首相が政権を投げ出したのだ。それも国会の所信表明演説の直後にだ。

   「ねじれ国会」などという言葉が横行し、「政局より政策を優先させろ」などとメディアは書きたてた。そんなごまかしでは、政治のゆがみは正せなかった。

   小沢一郎の「大連立騒動」などというパプニングもあった。大きな間違いであったが、それが政権交代を望む国民の強い反発を招いたゆえに、民主党も勉強をした。小沢民主党は今度こそ腰砕けの妥協をしないでもらいたい。

   小沢民主党は、メディアがなんと書きたてようと、暫定税率廃止を貫き、ガソリン価格を下げてもらいたい。審議拒否による国民の反発を恐れる必要は無い。参院で民主党を支持した国民は対決を望んでいるのだ。その国民を信じるしかない。
 
   福田首相は、自らの進退をかけて、衆院再議決を強行してくれ。正しいと思う租税法案を成立さろ。民主党案に譲歩することは、政権政党としての責任と矜持をかなぐり捨てる事だ。政権にとどまりたいだけの妥協は、貴方の本意ではないだろう。

   メディアはつまらない解説を繰り返すべきではない。所詮国民は、自公支持派と政権交代派に分かれているのだ。この際下手な情報操作などせず、一気に政局に持ち込んでくれ。

   日本の状況は待ったなしの状況に追い込まれている。嘘と犯罪に溢れかえった現状は、誰が政権をとっても容易に解決は出来ない。自公政権であろうが、民主党による政権交代であろうが、政界再編であろうが、はやくすっきりさせて強力な政権を作らなければならないのだ。

   今の日本はそれほど深刻なのだ。国民生活はそれほど困窮しているのだ。一刻も早く国民に政権を決めさせてくれ。

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2008年03月25日

松下幸之助の新党構想とその挫折


  松下幸之助の新党構想とその挫折

  産経新聞に北康利という作家が松下幸之助の自伝を連載している。25日の第29回目では、松下幸之助の新党構想とその挫折が記されていた。私はそれを読んで深く考えさせられた。

  松下幸之助が生きていたら今の政治を何と思っていただろうと思う。そして松下幸之助のような人物が、今の日本になぜ現れてこないのだろうと思うのだ。

  松下幸之助という人物が立派であったという事はよく聞かされる。本当にそうなのか。どこが彼の立派なところであるのか。私は詳しく知っているわけではない。

  しかし北康利の連載を読むにつれ、松下幸之助の非凡さに気づくようになった。1974年に、「崩れゆく日本をどう救うか」という警世の書を世に出し、それが発売半年で50万部も売れた。それだけでも只者ではない。

  84歳にもなった1979年に、総額100億円もの私財を投入して松下政経塾を設立し、国民に尊敬され、信頼される政治家を育てようとした事に改めて驚く。

  私が25日の産経新聞の記事で特に注目したのは、松下幸之助が松下政経塾の開塾式においてぶち上げたものが「無税国家構想」であったということだ。

  納税は国民の義務だとし、節税などおよそ考えた事がなかった松下幸之助が、税金が高いと国民の勤労意欲を維持できないと痛切に感じ、「税金をとるのが当たり前だと考えるのではなく、国家自体が企業のような事業体となって利益を生むような国家事業を展開し、その収益を国民に配分していこうといった発想の転換も必要ではないか」と提言したというのだ。私が漠然と考えていたものと同じだ。何でも国民から搾り取ろうとする今の政治の対極にある考えだ。

  松下幸之助が不幸だったのは、財界の中で誰一人として本気で彼につくものがいなかったことだ。彼が夢見た政経塾には、それを「ステップ」にして政治家になろうとするしたたかな連中しか集まらなかったことだ。

  松下幸之助は「松下政経塾では間に合わんかもしれん」と言い出して82年に保守新党を作ろうとしたという。既存政党にはもはや期待できない、人を育てるには自分の時間はない、と考えたのだ。

  しかし、自民党を敵に回す事など誰も怖くて出来なかった。松下電器の中枢でさえ、ビジネスへの悪影響を恐れて新党構想の火消しに躍起になった。幸之助は断腸の思いで新党構想を断念した。88歳である。

  それから二十数年たち、今の政治はもっとひどい。政治はまったく機能せず、国民はおいてけぼりだ。それにもかかわらず、この国の有力者の中で、誰一人として動き出そうとする者がいない。

  松下幸之助が生きていたら聞いてみたい。あなたなら今の日本をどうしたいか。あなたの言う保守新党の保守とは何か。対米従属から日本を自立させ、憲法9条を誇る平和国家をあなたは目指そうとしていたのか、と。

  

  

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2008年03月24日

  チベット問題に関する中国と米国の出方に注目したい

  チベット問題に関する中国と米国の出方に注目したい

  私はチベット問題についてこのブログで書く事を控えてきた。その理由は十分な知識を持ち合わせていない為だ。自信を持って発言できないからだ。

  しかし24日の二つの新聞記事を読んで、少なくとも次の事を学んだ。

  この問題の責任は勿論まず中国にある。しかしもう一つの鍵を握るのは米国である。すなわち中国と米国がチベット問題の帰趨を決めると言うことだ。そしてその両国を国際世論が監視すべきである。

  24日の東京新聞「アジア観望」というコラムで清水美和論説委員が次のように教えてくれている。

  「・・・中国の総書記の中でも、チベット民衆に『チベット民衆の生活には大きな進歩がみられなかった』と謝罪し(80年)、無責任な漢民族幹部を更迭してチベット人を登用しようとした総書記がいた。胡耀邦である。

  ところが、これが中国共産党内の強い反撥を買い、失脚(87年)の遠因になる。その胡耀邦が見つけて、育てた胡錦涛現総書記は、チベット自治区の党書記に就任した88年、この事を熟知して、89年にラサで起きた大規模な騒乱では自ら装甲車に乗り、鎮圧の先頭に立った。

  最高実力者の鄧小平は『中国に必要なのは、このような人物だ』と絶賛した。天安門事件に驚愕した鄧小平は、自ら後継者に選んだ胡耀邦、趙紫陽の両総書記を、国内の民主化運動に手ぬるいと、中央で無名だった胡錦涛を49歳の若さで最高指導部に抜擢し、将来のトップに備えた・・・」。

  今回のチベット騒動がどのような背景で急に起きたかは私にはわからない。しかしはっきりしていることは、中国が国際的な大国を目指そうとするならば、かつてのように少数民族問題、人権問題に強硬姿勢を貫き通す事は許されないということだ。

   胡錦涛総書記は、時代が変わった事を知らなければならない。それがいかに国内政治上の大きな問題であるとしても、中国が国際的に認められる大国を目指すならば、従来の強硬政策、情報統制政策を改めなければならない事を知るべきである。

   この問題に対する対応を間違えば中国は大きなしっぺ返しを受けるだろう。中国の正念場である。

   もう一つの記事は24日の読売新聞「中国疾走」という連載記事である。第一回目の今日の記事では、チベット問題についての米国ブッシュ政権の及び腰姿勢を次のように書いている。

   「・・・ホワイトハウスのペリノ報道官は20日、記者団に、『五輪は政治イベントではない。あくまでも頂点に立つ選手たちが競う場だ』と説明、ブッシュ大統領の北京五輪開会式への出席を見直す考えがないことを明言した。(ソ連のアフガン侵攻に抗議して80年のモスクワ五輪がボイコットされた事を知っている記者が『五輪の歴史は違う』と食い下がっても、その質問には正面から答えなかった)
   ・・・その背景には、中国が経済的にも軍事的にも大きくなった故の米中関係の構造的変質がある。経済や軍事をめぐる利害が複雑に交錯するようになった両国が、全面対決に進む筋書きは考えにくい。
   米経済学者のポール・クルーグマン氏は『中国はいじめるには大きすぎる』存在になったと指摘する・・・」

   米国のダブルスタンダード面目躍如である。人権や民主主義を前面に押し出して弱い者いじめをしてきた米国が、「いじめるには大きすぎるようになった」中国に対しては、理念外交をあっさりと後退させる。その一方でブッシュ政権は中東民主化の名の下に一方的に軍事攻撃を行って来たのだ。

   覇権国家の中国と米国を、果たして国際世論はどう追及していくのか。チベット問題は、中国、米国という二大国と国際世論のせめぎあいである。チベット問題の本質はこの点に違いない。

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2008年03月23日

はちどりの一滴(ひとしずく)

はちどりの一滴(ひとしづく)

  週末の読んだ本の中から書評をしてみる。

  米国から自立しない限り日本の将来はない。この事に漠然と気づいている国民は多くいるに違いない。しかしそれを誰も公言しない。あたかもタブーのように。

  左翼イデオロギストは打倒米帝国主義を声高に叫び続ける。しかし、そのようなスローガンは、かえって国民から真の対米自立心を奪っていく。

  イデオロギーにとらわれるのでなく、反米一辺倒に傾斜するのでもなく、対米従属の呪縛から自立して本来の日本を取り戻すべきであると主張する指導者が日本にあらわれるのはいつの日か。国民がその事に気づく日が、日本に来る日はあるのか。

  「脱アメリカで日本は必ず甦る」(日本文芸社)を最近出版した評論家森田実氏は、孤軍奮闘しているきわめて例外的な日本の有識者の一人である。

  しかし、彼自らが吐露しているように、米国批判や対米自立を公言する者は敬遠され、メディアから排除されるという現実がある。

  あたかもこの国には、対米批判の言説が如何に正鵠を得ていようが、幅広く国民の間に浸透していかない仕組みが厳然として存在するかのごとくである。

 それでも敢然と対米自立を訴え続ける二人の外国人がいる。いや彼らは二人とも最近日本人の国籍を取得したというから、立派な日本人だ。

  一人はカナダ出身のベンジャミン・フルフォード氏であり、もう一人は米国出身のビル・トッテン氏である。

  米経済誌フォーブズ誌のアジア太平洋支局長を経てフリーランスジャーナリストとなったフルフォード氏は、最近「解体されるニッポン」(青春出版社)という文庫を出版し、断末魔のアメリカにこれ以上従属していると日本は解体される、と警鐘を鳴らす。

  ソフトウエア販売会社の社長であるビル・トッテン氏もまた、近著「愛国者の流儀」(PHP)を出版して対米従属からの脱却を訴え、米国流経済至上主義との決別を訴える。

  彼は言う。ヒューマニズム(人間愛)こそ、本来の日本が世界に誇るべき伝統的な価値であり、その伝統を取り戻す事こそ、日本再生の鍵である、と。

  私が注目したのは、原罪を人の心に植えつけるキリスト教は、民衆の事を思う教えではなく、支配者が民衆を都合のいいように押さえ込む宗教であると、言い切っているくだりだ。

  それは、他の生き物や自然と共生して生きる事を大切にする日本の伝統思想とは対極にある教えだという。そういう米国の経済至上主義、軍事優先主義のから決別することこそ、日本をとりもどす鍵であると主張する。

  彼が日本に来た60年代の終わりにはそんな日本があった。その日本が急速に変化してしまった。米国が日本を解体させたのだ、日本を見てきた米国人だからこそ、それがわかると書いている。一読の価値がある本だ。

 なかでも、彼がいう「ワンドロップ」のたとえがいい。「ワンドロップ」とは、南アメリカのキチュア民族の「はちどりのひとしずく」という話に由来している。山火事で森が燃えたとき、一匹のハチドリがくちばしで水のしずくを運んで火を消そうとした。「そんな事をして、いったい何になるんだ」と笑われたとき、ハチドリは「私は私のできることをしているだけだ」と答えたという。

 対米自立の重要性を唱えることがたとえ「ワンドロップ」であるとしても、それを続けていく価値はあると書いているのである。

 そういう日本人がイデオロギーの違いを超えて、日本の有力者の中から一人でも増えて行かねばならないと思う。


 

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2008年03月22日

安倍前首相を今でも支持する国民がいるというのか

  安倍前首相を今でも支持する国民がいるというのか

  我々が毎日目の当たりにしている日本の政治の混迷は、すべて昨年9月の安倍前首相の政権放棄から始まった。この事を忘れている国民はいないだろう。

  それにもかかわらず安倍前首相は、「すっかり元気になりました」と言って、臆面もなく政治の世界に戻ってきた。それを許すぐらいだから、自民党が如何にだめになったか