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2008年01月14日

2月10日の岩国市長選に希望の光を

  2月10日の岩国市長選に希望の光を

 14日の日経新聞が2月10日に迫っている岩国市長選挙の事を報じていた。この記事を読んであらためてこの選挙の重要性を思い返した。
 なぜかテレビではほとんど岩国の市長選挙の事を報じない。だから全国的な話題にはならない。しかしこの選挙こそ日本の政治の未来を占う重要な選挙なのだ。
 岩国市長選挙に至る経緯は次の通りである。すなわち、米軍再編に協力するために日本政府は、何があっても米空母艦載機を厚木から岩国へ移駐させようとする。これ以上の負担を住民に強いる事はできないと井原岩国市長は反対する。日米軍事同盟を最優先する日本政府は、テロ給油継続と同様に強硬姿勢一点張りだ。「補助金打ち切り」という兵糧攻めで井原市長に圧力をかける。自公系が多数の岩国市議会も政府に同調し、井原岩国市長を解任に追い込んでいる。進退窮まった井原市長は、ついに昨年12月26日、辞職・出直し選挙に訴えた。こうして住民の信を問う選挙が行われる事になった。
 政府の横暴は目に余るものがある。あらゆる意味で井原市長に正義がある。しかし正義が常に勝つとは限らない。人は暴政の前に屈服する。理想よりも現実生活を優先する。この選挙で井原市長が勝つことは容易ではない。それでも井原市長に勝ってもらいたい。そう願って私は井原市長を応援する。
 大げさに言えば、この選挙で岩国市長が勝つか、自公の候補者が勝つかに、この国の未来がかかっている。この国が、為政者のゴリ押しを許して一億総保守化の国になるのか、それとも、権力の暴政に抗って正義を貫く国として踏みとどまることができるか、その試金石となる選挙である。
 私はこの選挙のポイントは三つあると考えている。
 一つはこの選挙を、左右イデオロギーの対立選挙にしてはならないということである。この選挙が我々に問いかけるものは何か。それは勿論米国の言いなりになって在日米軍を永久固定化しようとする政府の誤りである。それは日本の未来を危うくする。だから米軍再編に協力してはならないのだ。
 しかし私のこのような訴えは、左右のイデオロー対立にすり替えられるおそれがある。イデオロギー対立に辟易している一般市民の腰を引かせることになる。政府側はこの点をついて来るに違いない。
 おりしも14日の毎日新聞に、自民党の大田誠一衆院議員が福岡市内で行われた新春の集いで、福島瑞穂社民党党首を「極左」呼ばわりし、極左とテロを結びつける発言をしたという記事があった。政府側にしてみれば、元労働官僚の井原市長も今や共産党の如くであり、イラク戦争批判を声高に叫ぶ元外務官僚の私はさしずめテロリストに洗脳された過激派ということになる。
 しかし岩国市長選挙は決してイデオロギー対立の選挙ではない。それは、強者による弱者いじめ、国家権力による地方自治の弾圧、国民より米国政府を大切にする国民生活無視の政策に反対する、岩国市民、日本国民の闘いなのである。
 二つは、岩国市民が、そして日本国民が、国家(お上)と対決し続ける事にどこまで耐えられるか、それが問われる選挙であるということだ。
 06年3月に空母艦載機移駐の是非を問う住民投票が行われた時も、そしてその翌月に合併に伴う新岩国市長選挙が行われた時も、住民は井原市長を支持した。
 しかし今回は騒音被害が最も激しい基地周辺の自治会も「現実的対応」を市長に促すようになったという。「反対しても米軍は来る。だったら条件交渉を」という声が強まりつつあるというのだ。自らの手で主権を手にした事のない日本国民の悲しいまでの従順さである。
 果たして岩国住民は分断され、支配されていくのか。それとも筋を貫けるのか。全国の国民は岩国住民の苦しみを自分の苦しみとして受け止め、権力と闘う岩国住民を応援する声が高まるのか。
 三つは、移駐容認派が対抗馬として擁立した候補者福田良彦氏(37)が「小泉チルドレン」の一人であるという事である。米軍再編への協力を国民に説明することなくブッシュ大統領に公約したのは小泉元首相であった。その小泉元首相の郵政選挙で政治家になった福田氏は、今度の総選挙では勝てないと白旗をあげ、ならば市長に「再就職」しようと早々と手を上げたという。そんな候補者を岩国住民がおめおめと選ぶ事になるのだろうか。
 自公側にも福田氏の出馬を疑問視する声があるという。「市長選、補選に連敗したら目も当てられない」という危機感があるという。井原氏が市長を辞職した昨年12月26日、福田康夫首相は記者団に「困った」と述べたという(14日付日経新聞)。自公政権も追い込まれているのだ。
 2月10日の岩国市長選から目が離せない。

 

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2008年01月14日

 ねじれているのはこの国の政治そのものである

 ねじれているのはこの国の政治そのものである。

 14日昼に流されたJNNのニュースで最近の世論調査の数字が出ていた。いずれ同様の世論調査の結果が報道各紙で発表されるであろう。その数字に多少のバラツキはあっても、大勢は変わらないに違いない。
 それによると福田自民党の支持率は低下したままだ。新テロ法を再議決で強行成立させた事に対する反対が過半数以上ある。福田政権の支持率は、今後下がる事はあっても上がることはないだろう。無理もない。新テロ法案などという国民生活にとってどうでもよいものに血道をあげ、国民生活を救う財政・経済政策はまったく目処が立たない。
 それにもかかわらず福田首相は解散・総選挙を来年9月の任期いっぱいまで行わないという声すら出てきている。議席を減らすことがわかりきっている負け戦をする首相がどこにいるかということらしい。その間にどんどんと国民生活は窮乏していく。これでは自公政権は国民の悲鳴より自分たちの政治的保身を優先する政権だと公言しているようなものである。
 その一方で民主党も壮大な自己矛盾を抱えている事が世論調査で判明した。民主党の支持率が自民党の支持率を上回り、民主党中心の連立を望む声が自民党中心の連立を望む声よりも大きい。今ほど政権交代の可能性が高い時はないというのに、自公政権を追い詰めるという熱気がまるで民主党に感じられない。
 それどころか選挙に勝つために余人をもって替えられないという小沢民主党代表を、国民の7割以上が首相にしたくないと思っていることがわかった。新テロ法採決時に国会を欠席した小沢民主党代表を批判する声は、実に8割以上にのぼる。なにしろ欠席した事を鳩山幹事長が謝罪し党首の本人が沈黙するという政党である。
 これほど自民党と民主党の限界と矛盾が露呈しているというのに、その他の政党を支持する声は一向に強くならない。一体これはどういうことなのだろう。どの政党が、どの政治家が、難問山積のこの国を救うことが出来るというのか。
 ねじれているのは国会ではない。この国の政治そのものである。

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