2008年01月03日
2008年01月03日
あるパキスタン歴史家の投稿
あるパキスタン歴史家の投稿
3日の朝日新聞、「私の視点」にタリク・アリというパキスタンの歴史家・作家が寄稿していた。これが極めて的確な指摘なのだ。以下に抜粋して紹介させてもらう。
・・・ブット氏の暗殺は許しがたい。だが、彼女がパキスタンとその民主主義の救世主になりえたとはとても思えない。
2回目に首相の座に就いたとき(筆者註93年―96年)、彼女と夫の腐敗は最悪だった。パキスタンがアフガニスタンに介入し、タリバン政権樹立に動いたのも彼女が首相の時だ。その彼女の遺志で、夫と19歳の息子がパキスタン人民党を率いるという。政党の私物化だ。そんな政党を欧米は改革志向で、近代的で、民主的だと言ってきた・・・
この国のエリートは一貫して盲目的に米国に依存し続けた。冷戦期はソ連への対抗策からイスラム過激派を支持し、今はそれと戦う米国を手伝う有様だ。パキスタンは近代的国民国家になり損ない、自立にも失敗している・・・
ブット氏が今回、帰国したのは、米国がどうしても非軍人の政治家を必要としたからだ。彼女の問題を覆い隠して政界に復帰させた。しかし、人々は彼女がブッシュ米大統領の手駒だと感じていた。パキスタンでは過激派自体は少数だが、大半の人々はイラクやアフガニスタンでの米国の対外政策に反発している・・・
軍政と、さらにまして嘆かわしい政党。それがパキスタンの悲しい政治状況だ。早晩選挙は行われよう。それは恥部を隠すイチジクの葉に過ぎないが、米国は正統政府ができたと認めるだろう。米国は対外政策で同調しない政府ができるのが嫌なのだ・・・
貧しい人たちがまず望むのは子供たちへのちゃんとした教育だ・・・それに基本的な医療制度、電気、水道も届かない地域はまだ多い。
米国をはじめ国際社会はパキスタンを戦略的、軍事的視点からばかり見る。それが悲劇を招いている。
この投稿を読んだ時、私はこの地球上にパキスタンのように米国の政策の犠牲になった国々がなんと多いことかという感慨を持った。日本もその一つに違いない。パキスタンほど日本の政治状況は悪くない、パキスタンほど国民生活は困窮していない。そう思う。日本がこれ以上悪くならないことを祈るばかりだ。
2008年01月03日
松本健一の平和論
松本健一の平和論
昨日に続き諸君!2月号の記事からブログの読者へ問題提起をさせてもらう。
諸君!2月号の中に、松本健一麗澤大学教授、長谷川三千子埼玉大学教授、今谷明都留文科大学次期学長の三者の鼎談記事があった。三者とも日本の天皇制と昭和天皇を絶賛している。
その事については、私はここでは問題にしない。私がここに引用し、読者とともに考えてみたいのが「天皇の政治責任」に関する松本教授の次の言葉である。
(A級戦犯が靖国神社に合祀された事に不快感を示された冨田メモに言及して)
・・・私はこのメモの信憑性を疑うものではありませんが、この記述をもって「昭和天皇は平和主義者」だったと論じるのは明らかな間違いでしょう。
というのも、君主の「平和」の観念は、戦後左翼や運動家のいう非武装中立的観念とは別物だからです。わかりやすく言うなら、「あいつは敵だ。だから、警戒しつつ手を握っておこう。そうすれば平和が生まれる」というのが、君主のリアリスティックな平和論です。実際、支那事変の際も、「威嚇すると同時に平和論を出せ」(「独白録」)と参謀本部に何度もおっしゃった。
そしてこの松本教授の言葉を引き取って、長谷川教授が次のように続ける
そこで用いられた「平和」のお言葉は、ピースボートのいう「平和」とは意味が違うわけですね。
読者諸兄はこの二人の言葉を聞いてどう思うか。君主の「平和」などというものがあるのだろうか。左翼やピースボートのいう「平和」と、昭和天皇のいう「平和」とは「意味が違う」のだろうか。「威嚇すると同時に平和論を出せ」という昭和天皇の言葉を、我々は一体どう理解すればよいのか。松本教授の言うように、昭和天皇は平和主義者ではなかったということなのか。
2008年01月03日
山口4区と神奈川11区に注目する
山口4区と神奈川11区に注目する
「政治の年明け」を象徴するかのように各紙が衆議院選挙の候補者一覧表を掲載している。その中に安倍前首相と小泉元首相の名前がのっている。しかも彼らには対抗馬がいない。事実上の当選確実だ。おかしくはないか。
安倍首相は、「総理の重責にこれ以上耐えられない」と言って、国民の目の前で首相職を放り投げた政治家である。政治家を続けて今更何を行おうとするつもりなのか。いくら若いといっても今年54歳だ。一年議員に戻って一からやり直す歳ではない。もう一度総理を目指そうと考えているのであればとんだ勘違いだ。どう考えても彼が政治家を続ける公的な理由は成り立たない。
ところが週刊新潮1月3・10日新年特大号に掲載されていた安倍昭恵夫人の「初めて明かす『安倍辞任』の真相」の次のくだりを読んで驚いた。
・・・私は主人に言いました。「総理大臣までしたのだから、もう政治家を辞めたいと思うなら、辞めても構わないんじゃないかしら」・・・主人の答えはこうでした。「いや、それは違う」。辞めるつもりはまったくないようでした・・・
その安倍夫人は、「もう一度主人と出会ったらどうするかと聞かれたら、どうでしょうか・・・今とは違う形で会えたらいいですね。政治家ではないほうがいいかも知れません」と答えている。安倍さんの残りの人生は、政治家にしがみつくのではなく、昭恵夫人を幸せにする第二の人生を歩む事だと思う。
もう一人の首相経験者である小泉元首相の場合は、もっと理解できない。彼は首相在職中から、父小泉純也氏が没した歳である65歳になったらきっぱりと政治家を辞めると繰り返し言っていた。小泉元首相はこの1月8日で満66歳になる。
それよりも何よりも、首相を辞めてからの小泉元首相の言動である。国会には欠席し、格差問題をよそに一泊7万円もするマンダリンオリエンタル東京を定宿にして自由を楽しんでいるという。勉強をするわけでもなく、財界が彼のためにつくったシンクタンク「国際公共政策研究センター」にもほとんど顔を出さない(1月5-12日週刊現代)。得意の政局さえも無関心になり、泣きつく小泉チルドレンを突き放し、「煮ても焼いてもどうにでもしたらいい」と古賀選対本部長に伝え、「小泉に何を言っても無駄。だから清和会からは連絡もないようだ」(親しい知人)(1月3日―10日週刊文春)といった調子である。
次回選挙に立候補して政治家を続ける唯一の理由が、準備の整わない次男の政治家への時間稼ぎだというのだから国民も舐められたものだ。
それにしても、と思う。
自分の都合で政治家を続ける彼らの当選を、当たり前のように許す地元有権者よ、これ以上選挙を貶めてくれるな。今の日本の政治にはそんな余裕はない。日本再生の為に働く本物の政治家が一人でも多く必要な時なのだ。
「火の玉となって何が何でも勝つ」と新年会で語った小沢民主党代表よ、もし本気でそう思っているのであれば、その戦いの証として、真っ先に山口4区、神奈川11区に強力な野党統一候補を擁立すべきではないか。一騎打ちの戦いを挑み、メディアがこぞって注目する今度の選挙の主戦場にすべきではないのか。
