政治家川田龍平の姿が見えない(2)
政治家川田龍平の姿が見えない(2)
政治家の仕事は何か。衆参あわせて720余名の国会議員の中で、その歳費や特権に見合った仕事をしている国会議員が果たして何人いるというのか。やっとメディアもこの問題を取り上げるようになった。
写真週刊誌フラッシュの11月20日号は衆議院議員の給料(歳費)を国会での質問語数で割って、国会議員の一言に税金がいくら使われているかを論じていた。第166回通常国会(07年1月25日―7月5日)における議事録から割り出した数字によると、発言一文字の経費が最も少なかった議員(すなわちもっとも発言して仕事をした議員)は共産党の吉井英勝で約266円。発言ゼロ、すなわち国会で一言も発言することなく給料をもらっている国会議員が480人中66名もいたという。因みに小泉チルドレンの杉村大蔵は質問した議員の中ではほとんどビリで、一字あたり15245円かかっていたという。
また11月10日の毎日新聞は、07年度の予算で、国会議員一人当たり3億1078万円の経費がかかっている、という政府試算を報じていた。議員歳費や秘書給与などの議員経費に加え、各党に国家予算から配分される政党助成金や、国会事務職員の人件費などの国会経費など、すべての経費の総額を議員数で割ったら一人3億円以上かかっているというのだ。それだけの税金の消費に見合った仕事をしている国会議員は果たして何人いるというのか。
国会議員の主たる仕事は国会審議である。その国会審議は与野党の政治駆け引きでほとんど開かれないのが現状だ。開かれても出席しない議員が多い。小泉や安倍は出席すらしない。小沢だってしない。その言い訳に、自分たちのすることはもっと重要なことがあるという。
国会審議をしない議員は何をしているのか。考えられるのは次の選挙に備えた選挙運動である。あるいは国会対策の為の与野党折衝やその事前打ち合わせ。党内の会合や党内雑務。視察旅行。陳情受付。テレビ出演。選挙区まわり。要するに何でもできるのだ。逆に言えば何もしなくてもいいのだ。
たとえばゴルファーの横峯パパなどは6年間何もしなくても歳費はもらい続ける。その一方で年金男の長妻昭などは勉強を重ねて国の不正を国民に教えてくれる。いずれも同じ国会議員だ。同じ民主党だ。
この国の政治家は政党に属しているだけで国会議員が務まるのだ。政治家たちの最大の関心は政権をとることだ。単独で政権を取れないまでも政権政党と連立を組む事だ。政権を取るということは官僚を使って政策を実現できる。政策を実現する事で国民の役に立つというわけだ。政権政党の議員は自分が何もしなくても政権維持に貢献するだけで仕事をしていることになる。
だから自民党政治家の最大の役割は選挙で勝って議席を一つでも増やす事だ。そうする事によって政権維持に協力することである。野党第一党民主党の政治家の役割は選挙で勝って民主党の政権獲得に貢献する事だ。だから横峯パパは国会で何もしなくても当選した事だけで意味があるのだ。スキャンダルにまみれてもやめなければいいのである。
公明党の政治家は創価学会の論理で動く事が仕事である。政権政党にとどまって創価学会の利益を繁栄すればよいのだ。共産党の政治家は共産主義の政党を標榜したしかな野党であればいい。かつての野党第一党であった社民党は、いまや国民政党としての野党の存在意義をなくしている。それでも無くならないのは、支持する労働組合の利益代表としての意義があるからである。だからどんなに小さくなろうとも、それを通して国政に参加しようとする労働組合が存在する限り、ゼロにはならない。
要するに今の日本の政党政治の中にあっては、いかなる政治家も既成政党のいずれかに属している限り意義があるということだ。それが国民生活に役立っていなくてもそれぞれの政党の存続に貢献するという意味があるのだ。
ひるがえって川田龍平のような無所属の議員はどうか。よほどの個人的力量とカリスマがなければ活躍できる余地はない。いずれかの既存政党との連携なくしては何もできない。一般にはそう思われている。政治の現実もそうであろう。だから彼の場合は活躍の余地はない。社民党や民主党と連携しないかぎり何もできない。しかしそういう事をしているとたちまち自分の持っている良さを失ってしまう。何のために政治家になったのかという根本的な問題にぶち当たる。
本当に川田龍平のような無所属議員の活躍する余地はないのであろうか。いや、決してそうではない。無所属議員だから思う存分出来る事があるのだ。その事について次回のブログで書く。