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2007年11月14日

鬱病や過労死になる前に目覚めて欲しい

鬱病や過労死になる前に目覚めて欲しい

 11月14日の日経新聞「こころのサプリメント」という心理カウンセルの欄に、臨床心理士が興味ある臨床患者の話を書いている。
 建設関連の企業につとめる30歳代のAさんは、過重労働による疲労と仕事の業績が上がらないことへの自信喪失からうつ病を発症し、会社を休職中である。病院での治療に加え、カウンセリングに訪れている。その時の状況を書いているのだ。
 「部下をまとめられない」と落ちこむAさんは、大手企業B社からの過酷な要求に押しつぶされる毎日であった。とはいえ、B社は超大口の取引先。「理不尽な要求も黙って聞くしかなかった」と話すAさん。部下たちはそんな彼を見て次第にやる気をなくし、Aさんの指示を無視するようになってしまったという。
 カウンセラーの求めに応じ、Aさんは取引先や部下に対する鬱積した感情をポツリポツリと話し始める。やがて「リーダーとしての自分の役目は、取引先の言いなりになることではなく、交渉して部下が働きやすい環境をつくることだった」、「自分と言う人間が悪かったのではない。取引先と交渉しない自分の仕事の進め方が悪かった」と気付いたAさん。すべて話し終える頃には、それまでの落ち込んだ表情は消え、晴れやかな顔になっていたという。
 このエピソードを引用した後、その臨床心理士は次のように締めくくっている。

 「・・・相手の言いなりになる事を続けていると、自分を卑下するような発想になりがちだ。相手に気を使い・・・相手に合わせてばかりいると、潜在的な能力や可能性が発揮できず、何をしてもやりがいや充実感が得られなくなってしまう。
  これは仕事だけではなく、夫婦関係や人間関係でもあてはまる。他者との関係にストレスを感じる時は、相手の言いなりになるばかりで、交渉を避けていないか。もう一度振り返ってみよう・・・」

  私がこの記事を引用したのは他でもない。米国の不当な要求を呑まされ続けている外務官僚たちとこの患者がダブって見えたからだ。
  もっとも官僚はこの患者のように簡単には鬱病にはならない。自分を偽って平然としていられる図太さがあり、出世のためにはあらゆる事を耐え忍ぶ強烈な出世欲を持っているからだ。
  しかしその彼らも、矛盾に悩んでいる。知らないところで徐々に自己崩壊している。その姿を私はまじかに見てきた。仕事の質がどんどんと低下していき、国民の幸せのために正しい外交をしているという充実感はなく、国民に嘘をついてまで日米外交の重要性を唱えるという後ろ向きの仕事に奔走することになってしまっている。アリバイづくり、言い訳づくりの外交に追い込まれてしまっている。
  相手の要求をはねつける事は容易なことではない。その相手が強大であればあるほど断る事は難しい。しかし人生において一番大切な事は自立した自分を取り戻す事だ。勇気を持って正論を口に出すことだ。それは一時的には大変な勇気がいる事かもしれない。しかし勇気を振り絞って口に出してみれば、その後には無限の自由と心の開放が広がっているのだ。
 外務官僚たちよ。自らを解き放て。自己に忠実な外交を目指せ。さもなければ日本外交は本当に行き詰まる事になる。自らを鬱病に追い込む事になる。

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2007年11月14日

福田・小沢会談の最大の問題点は何か

 福田・小沢会談の最大の問題点は何か

 大連立騒ぎの陰に隠れて、福田・小沢会談の最大の問題点が見逃されている。
 政局という観点から見れば確かに大連立についての密談は大問題であろう。政権交代を訴えて選挙に勝った民主党の代表が、その支持者の期待を突然に、勝手に、裏切ったからだ。
 しかし政策という観点から見れば、小沢代表は純情な護憲派の期待を裏切った。私はこちらの方こそ大問題にしなければならないと思っている。
 小沢氏は参院選の勝利後まもない7月末に、「アフガン攻撃は米国の一方的な戦争だ。その戦争に加担するようなテロ特措法の延長には断固反対だ」と大見得を切って護憲派を喜ばせた。
 私は単なる護憲論者ではない。護憲も重要だが、それ以上に日米軍事同盟を最優先する外交こそ改めなければならないと思っている。そして、その事をあらゆる機会に強調してきた。
 小沢氏は根っからの日米同盟論者である。その小沢氏が、その考えを根本のところで変えないままにテロ特措法に反対をした。この矛盾が必ず大きなツケとなって小沢氏に跳ね返ってくるに違いないと、私はブログで繰り返し書いてきた。たとえ小沢氏にどのような深謀遠慮があろうともである。
  果たせるかな、小沢代表は福田首相との党首会談で、「国連決議があれば合憲だ」という自らの勝手な論理を福田首相が飲むのであれば給油活動再開を認めると密約した、という話が、いくつかメディアで報じられた。
  勿論この密約はいまだ藪の中だ。しかし11月13日の毎日新聞が大貫智子記者の署名入りで極めて注目する記事を報じていた。すなわちその記事によれば、党首会談よりかなり前の10月中旬の時点で、民主党の小沢代表は民主党の新テロ特措法の対案の中に、「国連決議に基づく場合」という条件つきで、「給油・給水活動への参加を検討する」という表現を挿入するよう民主党の政調幹部に指示していたというのである。
  つまり小沢氏のテロ特措法延長反対は、米国のアフガンやイラクの攻撃そのものに反対するのではなく、国連決議に基づくものであれば自衛隊の海外派遣にさえ積極的であるというシロモノなのだ。自衛隊を海外に派遣する法律を恒久化してもいいとさえ考えているのだ。米国の「テロとの戦い」を全面的に否定する私にとっては、到底容認できない考え方である。
  私が不思議に思うのは、この小沢代表の自衛隊海外派遣恒久化容認の考え方に対して、民主党の旧社会党議員も、民主党と選挙協力をしようとしている社民党の護憲派議員も、批判するどころか、寂として声がない事である。もっとも民主党の旧社会党議員に関しては分からないではない。民主党に合流した時点で彼らはもはや護憲を捨てたも同然であるからだ。しかし社民党の議員は違う。護憲を党是としているのである。その社民党の福島代表は、小沢党首が大連立構想に乗った事を裏切りだと憤って見せたものの、テロ特措法に賛成したという密約報道については奇妙に沈黙している。
  護憲が売り物の社民党はどうした。そう思っていたら、読売ウィークリーの11月25日号に興味深い記事を見つけた。一回目の党首会談が行われた10月30日の前日、つまり10月29日に、小沢代表と輿石代表代行(山梨県教組出身)が自治労や日教組関係者と会談をし、社民党との選挙協力についてこれら組織に調整役を頼んでいたというのだ。そしてその中で小沢代表は社民党の民主党への合流話を持ちかけていたというのだ。党勢が衰退の一途をたどる社民党も、民主党と社民党の間で支持組織が股裂き状態の自治労や日教組も、本音ではこの合流話にまんざらではないという。なんという裏切り行為であろうか。
  もはや今の日本の政治家には信条に殉ずるなどという考えはないらしい。すべては選挙に勝つことだ。生き残りが第一だ。だから日米軍事同盟に断固反対するという真の平和政党は、今の日本の政治の中では共産党のほかには存在しなくなってしまった。共産党だけがただ一人日米軍事同盟反対を叫ぶこの国の政治こそ、この国の絶望的な状況を示している。
  これでは米軍基地は永久に日本からなくならない。それどころか日本は米国に命じられるままに戦争に加担する国に間違いなくなってしまう。その時が目前に迫っている。

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2007年11月14日

佐藤優という休職外務省員を私はどう評価するか

佐藤優という休職外務省員を私はどう評価するか

  佐藤優という起訴休職外務事務官がマスコミの寵児になって露出度を高めている。元外務省員である私にメディアから「彼をどう評価するか」という問い合わせが寄せられることがある。私は彼とは在職中も、現在も、言葉を交わしたことも、一面識もない。だからメディアからの問い合わせにはコメントしない事にしている。
  しかし、私のブログの読者中からも時々聞かれる。それを無視するのは忍びがたいところがある。ブログの読者にサービスをするつもりで、かねてから抱いていた私の佐藤氏に対する意見を、はじめて述べることとする。
  それは、彼の著作につぶさに目を通し分析した上での、作家、評論家としての佐藤氏に対する評論では決してない。断片的に見聞きしてきた彼の言動に対する、わたしの直感的感想である。一口で言えば次の通りである。

 「佐藤氏の言論の中で私が最も興味深く読むのは外務省や外務省幹部に対する批判と暴露の部分である。それは正鵠を得ており、実名を挙げてあそこまで徹底して外務省を批判し、外務省の実態を暴露する佐藤氏の勇気は驚きである。さすがの私も真似が出来ない。
  加えて彼が自らの逮捕・拘置の経験から「国策捜査」の実態をその著書「国家の罠」(新潮社)で告発し、国家権力と闘う姿勢を見せている事に注目する。
  しかし彼の言説は、その激しさ、直截さの割には私の心を共振させない。なぜだろうか。
  思うに彼はその根底において国家主義者であり、強権主義者である。インテリジェンスの重要性を殊更に強調し、戦略、策略によって国益を実現する外交を主張する。
  国家より個人を優先し、憲法9条を世界に掲げて平和外交を唱える私と佐藤氏は、おそらくその思想において対極的なところに位置する。情報公開を最優先し、一人でも多くの国民の監視によって国家権力の誤りを掣肘していかなければならない、と考える私が、佐藤氏の論説の多くに違和感を覚えるのは当然であるのかもしれない」

  このような私の直感的とも言うべき印象論に対して、より精緻な佐藤分析論を私は最近見つける事が出来た。それはインパクション(インパクト出版会)という雑誌の07年160号に掲載されたキム・ガンサンという在日三世の論文である。私が今までに見かけた佐藤優論の中で群を抜いて的確であり周到な評論である。
  キム・ガンサンはその論文の中で、佐藤氏が左右両派から重用されている「論壇の寵児」の異常さに着眼し、右派メディアと左派メディアにおいて言論を使い分ける佐藤氏の狡猾さを喝破する。特に、「週間金曜日」、「世界」をはじめとしたいわゆる左派雑誌が彼を好んで取り上げ、斉藤貴男、魚住昭らのような、一般に「左」とされるジャーナリストが佐藤氏を評価している現象を嘆いている。まったく同感である。
  私は、特に、キム・ガンサンの論文の中に引用されている佐藤氏の次の言葉を知って、いままでの私の佐藤氏に対する違和感の原因に合点がいった。
  佐藤氏は、昨年7月のイスラエルによるレバノン侵略戦争を、北朝鮮の拉致問題と絡めて次のように全面的に支持していたのだ。
  「・・・イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエルの国権侵害でもある。人権と国権が侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府の方針を筆者は基本的に正しいと考える・・・」
  とんでもない発言である。イスラエルのパレスチナ弾圧には一言も触れない彼は、この言葉によって完全にイスラエルの代弁者であることが証明された。彼のインテリジェンスの源はイスラエルの情報機関からの情報であるのだ。
  なぜ佐藤氏が「マスコミの寵児」となりえたのか。それは勿論彼の作家、評論家としての非凡さの故である。そしてそれに目をつけたマスコミが彼を利用して売り上げを伸ばそうとしたのだ。マスコミの打算である。しかし同時に、「マスコミの寵児」となることは、佐藤氏の打算でもある。経済的基盤を強化すると言う事も勿論あるであろうが、「マスコミの寵児」となって露出度を高めることは国家権力の圧力から身を守るという事でもある。生き残りに必死な佐藤氏の利害がマスコミの利害と一致した結果である。
  しかし「マスコミの寵児」となる事は自分自身を失う危険をおかすことでもある。私は自らの体験を通じてそれを知っている。
   今月号(12月号)の文芸春秋に「沖縄集団自決」に関する佐藤氏とその母の対話が掲載されている。それを読んだ私は、「マスコミの寵児」であり続けるために実母までも利用しなければならない佐藤氏を気の毒に思うのである。同時にまた私はその文春の記事を読んであらためてキム・ガンサン氏の佐藤優論の正しさを思い知った。 
  佐藤氏は母親の経験談を引用しながら「軍の自決強制」があったことを間接的に認めて左派に取り入り、その一方で、歴史には「複数の真実がある」などとごまかして右派からの反発を避ける。マスコミの寵児であり続けなければならない佐藤氏の苦しさと卑怯さを見逃すわけには行かないのである。

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