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2007年11月29日

守屋疑獄ーもう一つの巨悪

守屋疑獄―もう一つの巨悪

 守屋前次官が逮捕された事で各紙が埋め尽くされている。東京地検特捜部は守屋前次官の妻まで逮捕して天下に二人の恥をさらした。ここまでした以上もはや東京地検特捜部は真実のすべて明らかにする責任がある。
 守屋夫妻の金銭的な収賄などは序の口に過ぎない。額賀の同席の有無などはどうでもいい。積年にわたって国民の目の届かないところで行われてきた日米軍需産業の疑獄と、何兆円にも上る防衛予算が米国に食い物にされている実態こそ明らかにされなければならない。戦闘機一機の水増し請求で消えたカネでどれほどの国民の医療救済ができると思うのか、我々はその事に思いを馳せるべきだ。
 しかし私はこの守屋事件のもう一つの巨悪こそ追及されなければならないと思っている。それは誰が守屋をここまで増長させたかである。そして増長した守屋を使ってより深刻な罪、すなわち、国民の目の届かないところで米軍再編への協力を一気に進めた巨悪こそ追及されなければならない。
  この事を正面から取り上げたのが29日付の日刊ゲンダイである。対米軍事従属をここまで徹底させたのは言うまでもなく小泉元首相だ。米軍再編への協力を最終的にブッシュ大統領に約束したのは昨年6月の訪米時である。その時小泉元首相は外務省を差し置いて守屋前防衛次官を同行させている。この異例な厚遇ぶりこそ、守屋が小泉対米従属外交の尖兵となって憲法違反の対米協力を進めた証であった。
   日刊ゲンダイは三流左翼ゴシップ新聞と馬鹿にするなかれ。本質をついているのだ。そしてこの問題意識は、大手新聞の中では、29日の朝日新聞本田優編集委員の記事が共有していた。
   本田の記事で注目すべきは、守屋が徹底した軍拡路線者であったということだ。本田の記事に中でかつての名次官と言われた西広整輝と若かりし頃の守屋のつぎのごとき論争が載っていた。
守屋 「有事になっても米軍や自衛隊が合法的に対応できるよう、有事法制を整備すべきだ」
西広 「米ソ核戦争で日本が戦場になったら終わり。抑止が大事なんだ。有事法制は研究だけして、金庫にいれておけばいい」
  それから20年近く経ち、守屋は小泉と言う稀代の対米従属主義者の庇護を得て、やりたい放題の憲法違反を重ねた。小泉は守屋というタカ派異端児を得て、「ブッシュの戦争」へ無条件で協力することに成功した。
  小泉も守屋もいなくなった今、この亡国的日本の外交政策を元に戻せる事のできるまともな護憲政治家が果たしてこの日本に出てくるであろうか。
  興味深いのは29日の読売新聞に掲載されていた西原正前防衛大学学長の懸念である。守屋事件によって基地問題の作業が遅れるのではないか、安全保障問題をめぐる日米関係に大きな影響がでるのではないか、と心配しているのだ。さすがに防衛省の御用学者である。よく分かっている。まさにその通りなのである。
  金銭授受の疑惑、疑獄ばかりが騒がれる中で、もう一つの巨悪、つまり小泉、守屋が進めた憲法蹂躙の対米軍事協力を再検討すべきであると、正面から申し立てる気骨ある政治家が出てこないものか。出てこないとすれば、この国は間違いなく米国の傭兵国家になる。日本の将来はない。

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2007年11月28日

政治家川田龍平の姿が見えない(最終回)

  政治家川田龍平の姿が見えない(最終回)

  今の日本の政治において無所属議員の活躍する余地はほとんどない。というよりも真の無所属議員が果たして何人いるのだろうかと思う。
  無所属議員には政党に帰属する議員にくらべて圧倒的なハンデイがある。その一つは無所属では選挙に勝てないという事であり、もう一つは国会の場で組織的な活躍ができないと言う事である。
  今の日本の政治は二大政党に急速に収束しつつある。自民党、民主党以外の政党の支持率は低下の一途を辿っている。自民党、民主党のいずれかに属さなければ政治家としてほとんど活躍できない時代に入りつつある。
  それでも既存の政党に属していれば生き残れる。ハードコアの支援者の組織票がある。生き残るだけが目的であれば政治家としての特権を十分楽しめる。政党に属すると政党助成金がもらえる。政党に属するとメディアに取り上げられる。政党の党首は党首会談に呼ばれる。国対協議に参加できる。国会質問の時間が与えられる。選挙の際に公認の選挙広報ができる。腐っても政党なのである。
 このように圧倒的に政党に有利な政治状況の中で、あえて好んで無所属議員になろうとするものがいるであろうか。いない。彼らはやむにやまれず無所属議員になっているのだ。下心があって無所属で通しているのだ。どこからも公認されなかったり、政党間に等距離を置く事によって利を得ようとしたり、あるいは裏ではどこかの政党につながって隠れ無所属を装っているか、そのいずれかである。要するに訳ありなのである。そのような無所属議員は、自己矛盾をきたすか、支持者に利用されるかして、やがて行き詰まる。
  不利な選挙を克服し、真の無所属議員になったとしよう。真の無所属議員は何が出来るのか。何をすべきであるのか。ここからが私の独断による答えである。
  無所属議員は、国会においては徹底した情報公開を求める政治家になることだ。質問主意書を連発して政府や官僚の情報提供を求め、それをメディアを通じて国民に公開する。国民が知りたい事を探してそれを政府、官僚にぶつける。これこそが国会議員のみに出来る特権である。判明した事実に基づいて起きてくる国民からの要望については、それが多くの国民の支持を得られるものであれば、おのずと与野党の攻防に発展させて新たな政策として実現する事が出来る。
  無所属議員は、国会外では、国家権力と闘う弱者の先頭に立って活動、行動をともにすることだ。自らの国会議員の特権を彼らに分かち合って最大限にそれを彼らの為に活用することだ。国会議員の移動には国から無償のグリーン券が供与される。それを使って東に困っている人がいれば助けに行き、西に怒っている人がいれば相談に乗ることができる。宮沢賢治の世界だ。体力が続く限り移動すればいいのだ。そうする事によって世間の苦しみ、悩みがわかる。わかればその解決に向かって政党政治家を動かせばいいのだ。そして政府の政策を変えていく。
  最後に残る問題は、組織もしがらみもない無所属候補がどうしたら選挙に勝てるかということである。それこそが大問題だ。シェークスピアの世界だ。答えは今の私にはない。しかし遠からず日本の政治は大混乱する。既存の政党の離合集散では国民がついて来ない時が来る。既存の政党を全否定する「無所属国民」が必ず出てくる。その時こそ真の無所属議員の好機が来る時であると私は思っている。
 能力と信念とカリスマのある人間が、こころざし一つを引っさげて国民的政治家として登場する、そんな時代が来る事を私は夢見るのである。

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2007年11月28日

これがブッシュ大統領8年間の中東政策のすべてだ

これがブッシュ大統領8年間の中東政策のすべてだ

 米国アナポリスの海軍士官学校で開かれている中東和平国際会議の表向きの評価がどうであれ、その実態はブッシュ大統領8年間の中東政策の欺瞞と迷走を象徴する壮大なアリバイ作りでしかない。
 中東問題の本質を理解していないのか、それとも知っていながら無知な日本国民をごまかせると思っているのか、日本のメディアが論じる記事はあまりにも皮相的だ。「成功の見通しは楽観を許さないが、それでも和平の進展を期待する他はない」などという評論家まがいのものばかりだ。
 現地アラブ人の評価はそんな甘いものではない。和平の実現どころか、この会議の目的はただ一つ、パレスチナの反米強硬派であるハマスを更に孤立させ、壊滅させて、親米ファタハのパレスチナとの平和共存を見せかけるというものでしかない。そしてその先の大目的は、多くのアラブ諸国を会議に参加させる事によって対イラン大包囲網を進めることであるという認識で一致している。
  なぜブッシュ政権8年間の中東情勢がそれまでの中東和平のかすかな希望さえも打ち砕き、最悪の情勢を招いたのか。それは一言で言えばブッシュ大統領個人の迷走がある。その迷走振りを、今振り返って一言で再現して見せよう。
  そもそもブッシュ大統領には中東問題への関心はなかった。就任したばかりの演説では中東に触れる事はなかった。そればかりか、「欠点だらけの中東和平交渉には自分は巻き込まれない」とさえ宣言していた(26日ニューヨーク・タイムズ紙)。女性スキャンダルの汚名挽回のために必死になって中東和平の仲介を試み、失敗したクリントン大統領に対する、あてつけでもあった。
  そのブッシュ大統領は、いまから振り替えれば驚きであるが、第二次インテファーダを前にして当初はナイーブにイスラエルの蛮行に不快感を示した。強硬派のシャロン首相がイスラエルに登場し、入植地の拡大や強硬な占領政策を進めた。ブッシュ大統領はそれに不快感を示した。抑止さえしようとした。そしてパレスチナの主権国家実現を口にした。今でも鮮明に覚えているのであるが、この発言は私を含め当時の関係者を驚かせた。今米国で行われているアナポリスの会議前夜の夕食会で、ライス長官が「彼(ブッシュ大統領)こそパレスチナの独立を最初に語った人です」と持ち上げた(28日朝日新聞)のは、その意味で正しいのである。
  ところがそのブッシュ大統領はユダヤロビーからの激しい批判を浴びる。おりしもタイミングよく9・11事件が起きた。それを境にブッシュ大統領は中東政策を大転換させる(「ユダヤロビーと米国の外交」講談社)。
 そこから後のブッシュ大統領の中東政策はアラブ強硬一辺倒、イスラエル・米国同一化の政策に傾く。彼が始めて打ち立てた中東政策が、あのブッシュドクトリンであった。それは「敵か味方か」「テロにつくか米国につくか」である。そして、ブッシュ大統領のいう「テロ」とは反イスラエルのアラブ人であり、それをかくまうアラブ国家であった。アフガン、イラクを攻撃し、国際司法裁判所さえも違法と認定したイスラエルの分離壁の建設を容認し、あらゆるパレスチナ人への弾圧を放置した。その結果反米感情が高まり中東情勢は混乱の一途を辿った。
  ブッシュ大統領の混乱振りはそれだけではない。イラク戦争の失敗は民主国家米国を卑劣な嘘つきの国にしてしまった。「戦争で真っ先に犠牲になるのは真実である」とはよく言ったものだ。終わりのない「テロとの戦い」に突入したブッシュの米国は嘘にまみれた国家となった。その嘘は、次つぎと起きた米国要人の告発で明らかになっていったが、その極めツケとも言うべき告発が行われようとしている。03年7月から06年4月まで大統領報道官をつとめたスコット・マクレランが来年4月に回顧録を発行すると言う。その一部がメディアに流れ大問題になろうとしている。ブッシュ大統領とその側近(チェイニー、リビー、ローブ、大統領首席補佐官)に嘘をつかされ続けてきたとマクレラン元大統領報道官がその回顧録で暴露しているというのだ。やがて日本のメディアでも取り上げられ、大騒ぎになるであろう。
  その最後に打った芝居が今度の中東和平国際会議である。しかしその結果がどうであれ、その先が必ずある。ブッシュ政権はまだ一年近く残っている。その背後にはイスラエルがいる。妥協を許さないユダヤロビーがいる。信念を持たないブッシュ大統領は格好の操り人形である。何が起こっても不思議はない。


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2007年11月27日

政治家川田龍平の姿が見えない(2)

 政治家川田龍平の姿が見えない(2)

  政治家の仕事は何か。衆参あわせて720余名の国会議員の中で、その歳費や特権に見合った仕事をしている国会議員が果たして何人いるというのか。やっとメディアもこの問題を取り上げるようになった。
  写真週刊誌フラッシュの11月20日号は衆議院議員の給料(歳費)を国会での質問語数で割って、国会議員の一言に税金がいくら使われているかを論じていた。第166回通常国会(07年1月25日―7月5日)における議事録から割り出した数字によると、発言一文字の経費が最も少なかった議員(すなわちもっとも発言して仕事をした議員)は共産党の吉井英勝で約266円。発言ゼロ、すなわち国会で一言も発言することなく給料をもらっている国会議員が480人中66名もいたという。因みに小泉チルドレンの杉村大蔵は質問した議員の中ではほとんどビリで、一字あたり15245円かかっていたという。
  また11月10日の毎日新聞は、07年度の予算で、国会議員一人当たり3億1078万円の経費がかかっている、という政府試算を報じていた。議員歳費や秘書給与などの議員経費に加え、各党に国家予算から配分される政党助成金や、国会事務職員の人件費などの国会経費など、すべての経費の総額を議員数で割ったら一人3億円以上かかっているというのだ。それだけの税金の消費に見合った仕事をしている国会議員は果たして何人いるというのか。
  国会議員の主たる仕事は国会審議である。その国会審議は与野党の政治駆け引きでほとんど開かれないのが現状だ。開かれても出席しない議員が多い。小泉や安倍は出席すらしない。小沢だってしない。その言い訳に、自分たちのすることはもっと重要なことがあるという。
  国会審議をしない議員は何をしているのか。考えられるのは次の選挙に備えた選挙運動である。あるいは国会対策の為の与野党折衝やその事前打ち合わせ。党内の会合や党内雑務。視察旅行。陳情受付。テレビ出演。選挙区まわり。要するに何でもできるのだ。逆に言えば何もしなくてもいいのだ。
  たとえばゴルファーの横峯パパなどは6年間何もしなくても歳費はもらい続ける。その一方で年金男の長妻昭などは勉強を重ねて国の不正を国民に教えてくれる。いずれも同じ国会議員だ。同じ民主党だ。
  この国の政治家は政党に属しているだけで国会議員が務まるのだ。政治家たちの最大の関心は政権をとることだ。単独で政権を取れないまでも政権政党と連立を組む事だ。政権を取るということは官僚を使って政策を実現できる。政策を実現する事で国民の役に立つというわけだ。政権政党の議員は自分が何もしなくても政権維持に貢献するだけで仕事をしていることになる。
  だから自民党政治家の最大の役割は選挙で勝って議席を一つでも増やす事だ。そうする事によって政権維持に協力することである。野党第一党民主党の政治家の役割は選挙で勝って民主党の政権獲得に貢献する事だ。だから横峯パパは国会で何もしなくても当選した事だけで意味があるのだ。スキャンダルにまみれてもやめなければいいのである。
 公明党の政治家は創価学会の論理で動く事が仕事である。政権政党にとどまって創価学会の利益を繁栄すればよいのだ。共産党の政治家は共産主義の政党を標榜したしかな野党であればいい。かつての野党第一党であった社民党は、いまや国民政党としての野党の存在意義をなくしている。それでも無くならないのは、支持する労働組合の利益代表としての意義があるからである。だからどんなに小さくなろうとも、それを通して国政に参加しようとする労働組合が存在する限り、ゼロにはならない。
  要するに今の日本の政党政治の中にあっては、いかなる政治家も既成政党のいずれかに属している限り意義があるということだ。それが国民生活に役立っていなくてもそれぞれの政党の存続に貢献するという意味があるのだ。
  ひるがえって川田龍平のような無所属の議員はどうか。よほどの個人的力量とカリスマがなければ活躍できる余地はない。いずれかの既存政党との連携なくしては何もできない。一般にはそう思われている。政治の現実もそうであろう。だから彼の場合は活躍の余地はない。社民党や民主党と連携しないかぎり何もできない。しかしそういう事をしているとたちまち自分の持っている良さを失ってしまう。何のために政治家になったのかという根本的な問題にぶち当たる。
   本当に川田龍平のような無所属議員の活躍する余地はないのであろうか。いや、決してそうではない。無所属議員だから思う存分出来る事があるのだ。その事について次回のブログで書く。 

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2007年11月27日

パレスチナ支援の欺瞞

パレスチナ支援の欺瞞

  この世の中には、世の不条理と闘い、国家権力の不正と闘い、あるいはさまざまな弱者の救済に立ち上がる組織や個人が多く存在する。それらの活動の中には、政治的背景があったり、利権が絡んでいたり、あるいは自己満足によるものがあったりする。しかし殆どは献身的な人達の善意の活動である。
  外務省を離れて言論活動を始めた私は、そのような活動に呼ばれ、賛同し、共鳴したりする。しかし自分の日常生活や生活費やエネルギーを割いて、それらすべての活動に参加する事は今の私にはとてもできない。
  その中で私が極力参加しようとつとめているのがパレスチナ支援の活動である。それは、私が職を賭してイラク戦争に反対した最大の理由がパレスチナ問題であったという事だけではない。パレスチナ問題こそ、世の中のあらゆる不正、不条理、暴力、人権抑圧などの諸問題が凝縮されている、今世紀最大の矛盾であると確信するからだ。
  11月25日、大阪で「国連分割決議から60年。今こそ、パレスチナに正義と平和を!」というささやかな集会があった。私は前座の講演を頼まれて参加した。前座であるといったのは、集会の中心は、主催者(パレスチナ平和を考える会 06-6949-2442)が日本に招聘したパレスチナ自治区ヨルダン西岸の元バルダラ村評議会議長ファトヒさんの現地レポートであったからだ。私もファトヒさんの報告を楽しみに参加したのだった。
  ファトヒさんの報告は衝撃的であった。知っていたつもりであったがイスラエルのパレスチナ占領政策、抑圧政策がこれほどまでに非人道的であったのか、ファトヒさんの報告を聞いて私は認識を新たにした。
   しかしそれを伝えるのが今日のブログの目的ではない。ファトヒさんの報告の中で、私ははからずも外務省のパレスチナ支援の欺瞞を知ったのである。前置きがいつものように長くなったが、外務省がでっち上げたパレスチナ支援の欺瞞を告発することがこのブログの目的である。
  小泉元首相が退任直前に中東へ卒業旅行した事は我々の記憶に新しい。らくだに乗り、ユダヤ帽をかぶってはしゃいだ小泉首相の姿が報道されていた。その小泉卒業観光旅行のお土産として外務省が用意したのが「平和と繁栄の回廊」構想という援助計画であった。米国の中東外交に追従してイスラエルの暴挙に何も文句の言えない日本が、それでも日本は中東和平に貢献していると宣伝するためにでっち上げられた「援助」と言う名の欺瞞である。
   パレスチナ、ヨルダン、イスラエル、日本の4カ国が協議して、パレスチナ自治区のあるヨルダン渓谷の農業、水資源開発を行うと宣伝する。紛争の原因の一つが貧困である。だから貧困を解決する事によって和平を実現するのだという。パレスチナ人の悲惨さから目をつむった官僚が鉛筆を舐めて考えだした虚構である。
   その欺瞞を見事に喝破したのがファトヒさんが伝えた現地の声であった。
   給油問題の大騒ぎの中で盛んに語られたのがアフガン復興支援である。日本ができる貢献はあるはずだ。それこそ復興支援である、などと、政府はもとより民主党なども強調する。これに対してアフガンで民生援助を続けるペシャワール会の中村哲医師が名言を吐いた。
   「戦争をしながら援助をするということがありうるだろうか」と。
   それニモ負けない至言をファトヒ元議長は我々の前で語った。
   「占領するものが占領されるものと一緒に真の協力が出来るというのか」
   日本の援助はイスラエルの占領を正当化し、占領を固定化するものだ、そのような支援は占領されているパレスチナ人の支援には決してつながらないとファトヒさんは訴えた。
   その通りではないか。しかし私がもっと強い憤りを覚えたのは、援助を実施する国際協力機構(JICA)が現地の声を聞くことなく、現地の要望に一顧だにすることなく、日本側の都合でどんどんと援助を実施しようとしている事だ。JICAの援助はパレスチナ解放を願う住民の声に敵対すらしていると、現地住民が告発しているというのである。
   「パレスチナの平和を考える会」はファトヒさんが携行したヨルダン渓谷地域評議会の声明とともに11月22日外務省を訪れ援助の見直しを申し入れた。国会議員会館で政治家に対して訴えた。しかしまともに相手にされなかったという。
   このブログを読んだメディアの関係者よ。遠路はるばる日本を訪れたファトヒさんの告発を記事にしてくれ。援助される側の住民から拒否される援助を血税で行おうとする外務省の欺瞞は必ずや国民の批判にさらされるであろう。このブログを読んだ野党国会議員よ。今こそ国会の場で外務省援助の欺瞞を追及して欲しい。福田政権はさらなる批判にさらされる事になろう。このブログを目にした外務省の後輩官僚たちよ。あわてて自己弁護の準備に取り掛かるがいい。しかしどのように取り繕っても、住民の声を押さえつける事は出来ない。自らの誤りを謙虚に反省するほかはないのだ。


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2007年11月27日

政治家川田龍平の姿が見えない(その1)

政治家川田龍平の姿が見えない(その1)

  小さな記事であるが27日の毎日と朝日に薬害肝炎の問題で、厚生労働省の調査チームが訴訟の原告の二人から感染の経緯などをヒアリングしたという記事があった。重要なのはヒアリングをした事ではない。ヒアリングに応じた原告の二人たちが、副作用で肝炎に汚染するおそれについて、「医師から何の説明もなかった」と証言した事だ。「医師が説明したはず」という厚生労働省の認識との違いが明らかになったという事だ。この欺瞞を記者会見して告発した原告は怒りに声を震わせた。
  まだこんな事をやっているのかと思う。薬害被害の問題は、防衛省の武器売買疑惑とならんで、国と業者の癒着による国民の生命と財産を裏切る深刻な国家犯罪疑惑である。
  それがいつまでたってもすっきりと解決しない。それはなぜか。本気で政治家が国民の為に問題解決に動かないからだ。国民が国家権力を相手に闘ったところで勝てるはずはない。その国民の闘いの先頭に立って国家権力を動かすのが政治家の重要な仕事である。
  なぜ川田龍平の姿が見えないのか。彼はもはやエイズ薬害の一被害者ではない。薬害被害を売り物にして選ばれた政治家である。いまこそすべての薬害被害者の先頭に立って徹底的に厚生労働省と闘うべきではないのか。わずかばかりメディアに露出して批判発言を繰り返したところで何の意味もない。薬害被害者を代表してあらゆる行動を取るべきなのだ。その時間と財政的裏づけと権力を政治家は持っている。それを国民の為に使う事以外に彼の政治家としての役割があるというのか。
 これは川田龍平に対する個人的批判ではない。彼のような無所属の一議員が政治家になったとき、一体何ができるか。何をすればいいのか。私が彼の立場であったならどうするか、それをこれから連載で書いていく。これから書いていく事は私の新しい政治像、政治家論でもある。

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2007年11月26日

「年末ジャンボ宝くじ発売」の舞台裏

「年末ジャンボ宝くじ発売」の裏舞台

  テレビが朝っぱらから騒がしい。山本一太と松原仁という政治家が額賀大臣証人喚問の是非をめぐって大声を出し合っている。ここ何週間もの間、一体どれほど同じような不毛なトークショーが繰り返されて来たことか。怒りを通り越して、「それしか芸がないのか」と笑ってしまう。
  その同じテレビ番組で、年末ジャンボ宝くじの発売が報じられていた。毎度のように、やれ今年は当たり券が増えた、賞金金額が増えた、とはやし立てている。
  私は生来のギャンブル好きであるが同時にまた賭け事に弱い。負け続けるから最近はほとんど賭け事はしなくなった。それでも年末のジャンボ宝くじと有馬記念だけは買うことにしている。私もまた年末に「夢を買う」一人である。そう自分に言い聞かせながら無駄遣いを正当化している。
  その夢を壊すようで申し訳ないが、「年末宝くじ発売」のニュースを聞くたびに、この国の国営ギャンブルが官僚の資金源となっているという不愉快な現実を思い出さざるを得ない。その事を今日のブログで書く。
  宝くじの所管官庁は総務省(旧自治省)である。そう思ってわが国の国営ギャンブルを眺めるとその背後に必ず特定の所管官庁が決まっている。競馬は農水省、競輪は通産省、パチンコは警察庁と言った具合だ。
  ギャンブルで必ず勝つのは胴元であると古今東西相場が決まっている。売り上げの一割から二割はそれぞれの省庁の懐に入り、それが特別会計となって省庁の隠し財源となる。
  この間の新聞で、競馬の配当率を少しだけ上げることになった、というニュースを読んだ。それを読んで私は即座にピンときた。生活苦にともなって競馬の売り上げが減っているのだろう。すこしばかり餌を与えて馬券購入者を増やそうという魂胆だ。何のことは無い。胴元の取り分をちゃっかり確保しようということだ。宝くじもそうだ。あれやこれやで当たり券を増やし、賞金金額を増やして購買者を煽り立てる。しかし結局一番得するのは総務省の官僚なのである。問題はそのような配当のサジ加減が、胴元である官僚の恣意的な裁量で行われているということである。
  やがて国営カジノがこの国でも認められるようになるだろう。ギャンブル好きの私にとってそれは大歓迎だ。殆どの先進国で認められているカジノがなぜ日本で何時までたっても認められないのか。ギャンブル好きの日本人の事だから、カジノを認めると破産者が続出して社会問題になるからだ、と考えている人がいたとしたら、それは大きな間違いだ。どこの省庁がこの美味しいギャンブルの胴元になるかで省庁間の縄張り争いがあるからだ。これでは当分カジノが解禁される日は来ない。
  官僚の裁量権といえば、かつてある医者からこんな話を聞いた。一般の所得税の累進化税率は最高が40%近くになっているのに、退職金にかかる税率だけは同じ所得でありながら20%に押さえられている。この事について患者の一人であった大蔵省の官僚がその医者に対し、聞かれもしないのに得意げにこううそぶいたという。「天下りを重ねて巨額の退職金を手にする自分たちの事を考えて、退職金の税率だけは低くしているのだ」と。
  官僚を35年も続けてきた私が何を言っても、読者のお叱りを受けるのがオチであるが、この国の官僚の厚顔振りと浅ましさは、度し難いものがある。

 

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2007年11月26日

そして日本だけが残った

そして日本だけが残った

  やはりこのことだけは書いておかなければならないであろう。豪州の総選挙における野党の勝利である。
  自民党は内心おだやかでないに違いない。怖くて解散できないに違いない。24日に行われた豪州の総選挙で野党・労働党が圧勝し、11年ぶりに保守連合が政権を手放す事になった。
  豪州の事だ。労働党になったからと言って対米関係を重視する政策には変わりはないだろう。しかしイラク問題や環境問題ではっきりと路線を変更することになる。驚くべきは11年間も政権を担ってきた現職の首相が落選したことだ。ここまで劇的な政治の変化を国民は求めたのである。
  これで米国のイラク攻撃が始まってからわずか4年半で、イラク戦争を支持した米国の主要な同盟国のリーダーがすべていなくなった。25日の各紙の報道の中で、毎日新聞の見出しが一番的確であった。「米、『最後の朋友』失う」となっていた。振り返ってみれば、ブレア英国前首相を除いて、ブッシュの朋友はすべて選挙に敗れて退場した。そのブレア首相でさえ、イラク戦争を支持したことが原因で人気を失い、失意のうちに早期辞任に追い込まれたのだ。
  イラク戦争の張本人であるブッシュ大統領が史上最低の支持率にあえぎ、もうすぐ本格化する米国の大統領選挙で、候補者が競ってイラク戦争からの撤退を訴えているなかで、ただ一人日本の指導者だけが日米同盟の重要性を強調し、アフガン給油を継続することが国益だと訴える。それに疑問を抱かない国民が半数近くもいる日本は、間違いなく国際情勢から取り残されている。
  それにしても世界の国民の、選挙に関する熱狂振りはどうだ。政治家の言葉の魅力はどうだ。「国民みんなで歴史の新たな一ページを記そう」と勝利演説したラッド新首相に歓喜で応える国民。そういえば来年早々に行われるパキスタンの総選挙についても、現職陣営も野党陣営も、候補者も国民も、命がけの熱狂を見せている。指導者の呼びかけに地響きを立てて呼応する群集たち。指導者の言葉が国民の心を共振させている。
  ひるがえって日本はどうか。天下分け目の政権交代の選挙を前にして、与党も野党もまるで選挙をおそれて逃げ惑っているかのごとくだ。国民もさめたままだ。無理も無い。今の政治家の中で、演説で大衆の心を揺さぶる政治家が一人でもいるというのか。
  あの食わせ物の政治家の空疎な言葉に熱狂し、5年半もの長き任期をまっとうさせ、日本経済をここまで破壊させた責任を追及できないでいる日本国民は、今まさに政治の崩壊という形でそのツケを払わせられようとしているのだ。

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2007年11月24日

アフガン給油、中東和平国際会議、レバノンの混迷

アフガン給油、中東和平国際会議、レバノンの混迷

  アフガン給油に従事していた自衛隊の補給艦が日本に戻ってきた。それを防衛大臣や官房長官など政府要人がこぞって仰々しく出迎えた。テレビが一斉に放映し、国民の視覚に訴えた。24日の朝刊各紙もこれを取り上げた。おりしも国内政治はアフガン給油活動の継続をめぐって自民と民主が政権をかけて争っている。政府・自民党側からしてみれば、自衛艦を「誇らしく出迎える」ことにより、「熱波の中東で自衛隊は命を賭けて立派に国益を果たした」と、国民の感情に訴えたいのだろう。そうして給油継続への支持率を高めたいに違いない。
  しかし同じ24日の朝刊各紙は、世界の注目が27日に米国で行われる中東和平国際会議に集まっている事を報じた。同時に、任期が切れた大統領の後任者が決まらないレバノンの政治的空白が中東の混乱を招きかねないと危惧している。
  アフガン給油、中東和平会議、レバノンの混迷、この三つの報道を関連付けて解説する事が今日のブログの趣旨である。
  アフガン給油問題は、中東問題の中の実に瑣末な問題である。米国の、いや世界の最大の関心事は、危機に瀕した中東和平をいかに復元するかである。この事を私は繰り返して書いてきた。
  ブッシュ大統領の中東政策は、これまでのどの米国大統領以上にイスラエルに傾斜してしまった。そしてイスラエルのパレスチナ弾圧を放置してきた。その結果これまでに築き上げられた中東和平のかすかな希望まで粉砕してしまった。アラブの反米感情が高まり、アルカイダの9・11テロに繋がった。
  本来ならば、ここで米国は中東和平の実現に本腰を入れるべきであった。しかしイスラエル・ロビーに影響されたブッシュ大統領は、テロとの最終戦争を選んだ。アルカイダをかくまったアフガニスタンを攻撃し、反イスラエルの急先鋒であるサダム・フセインを排除し、レバノンの反米・イスラエル勢力であるヒズボラを攻撃した。いずれも失敗し、中東情勢は混迷した。その中で、米国は核武装を行おうとするイランの攻撃さえも視野に入れている。
  何故レバノンの大統領選挙が大問題なのか。レバノンは中東のクロスロードである。その地政学的重要性のゆえにレバノンと言う国は有史以来大国に征服され続けてきた。ギリシャ、ローマの支配から始まって長い間オスマントルコの支配下に置かれた。近代においてはフランスの植民地となり、そして戦後フランスから独立した後は、イスラエルとパレスチナの紛争の舞台となり続けた。イスラエルの北に国境を接するレバノンが、親米・イスラエルの国になるか、親イラン・シリアの国になるかは、中東和平の帰趨にとって極めて重要なのである。
  米国はシリアのレバノン支配を長らく許してきた。それはシリアが反米テロを押さえつける役割を果たしてきたからである。しかし9・11を契機に米国は中東全体を民主化しなければ真の安全は得られないと考え方を改めた。中東を親米政権に染め上げ、イスラエル・米国の安全保障を一気に高めようとした。
  それに危機感を感じたのがシリアだった。レバノンと言う経済的に魅力のある国を手放せばシリアはただの貧しい国となる。ましてや米国・イスラエルから攻撃されればシリアはひとたまりもない。危機感を抱いたシリアは、反米の雄であるイランと結びつき、レバノンを反米・イスラエルのテロの拠点として生き残りを図ろうとした。
  そのような中で、レバノンの新しい大統領が米国・イスラエルの言いなりになる大統領となるのか、それともイラン・シリアの傀儡大統領となるかは、もはや中東紛争の帰趨に直結する大問題となった。だからいつまでたっても大統領が決まらない。暗殺が続き、国民が分断された。残念ながらレバノンの混乱は当面は悪化の一途をたどるだろう。情勢如何ではイスラエル・米国の軍事介入もありえよう。
  そして中東和平である。任期が迫ったブッシュ政権にとって、もはやアフガンもイラクも安定化は望めない。せめて見せ掛けの中東和平を実現し、外交実績を残そうと思い始めたとしてもおかしくない。それが27日に行われる中東和平会議である。
  しかし、パレスチナの暴力放棄しか念頭になく、パレスチナ国家の成立を決して認めようとしないイスラエルと、それを容認するブッシュ大統領が主催する和平会議が成功する見通しはまったくない。
   ブッシュ大統領が中東和平実現を焦ってパレスチナに強硬姿勢をとるならば、中東和平は更に遠のく事になる。そうなれば、アフガンもイラクも混乱が放置され、レバノンが内戦になり、パレスチナではハマスが最後の抵抗を示す事になる。加えて、核開発に固執するイランを、イスラエルや米国が攻撃する事にでもなれば、まさに中東全体が燃え上がる。米国にとってもはやアフガン情勢どころではなくなる。そのアフガンに給油活動を行う日本は、完全にはしごを外されることになる。
   政府・自民党は中東情勢を真剣に考えたほうが良い。日米同盟への悪影響をおそれる、ただその一点でアフガン給油に固執する事が、中東情勢や国際政治から見て如何にぴんと外れであるかを、外務官僚の浅はかな入れ智恵に踊らされるのではなく、胸に手を当ててよく考えるべき時だ。何が本当の国益か。今こそ政治家は真剣に考えるべきである。


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2007年11月23日

 テロ特措法をめぐる一大騒動に意味があるとすれば

 テロ特措法をめぐる一大騒動に意味があるとすれば

  23日の朝刊各紙は、22日に行われた党首会談で、「新テロ特措法を成立させたいと平身低頭する福田首相に対し、小沢民主党代表が断固これを拒否した」、と一斉に報じた。
  事ここに至ってはもはやこれ以上与野党間の協議が続けられる事はないだろう。いや、あってはならない。7月末の突然の小沢発言から始まった一大茶番劇はこれで終りにさせなければならない。我々国民は、これ以上無駄な時間を今の政治家たちに使わせてはいけない。今の日本にはそのような余裕はない。
  そもそもアフガン給油・給水問題などと言うものは、激動する国際政治においては極めて瑣末な問題である。対米配慮というその一点で日本の政治家たちが大騒ぎをしている。つまりこよなく国内政治上の問題なのだ。
 世界の大多数の国は日本の給油活動には関心はない。それどころか知っている国は殆どない。日本のメディアが盛んに取り上げたのは、それが政局に絡んだ話しであるからなのだ。
  しかし政局に絡んだ国内問題ならもっと重要な問題が山ほどある。年金問題はもはや解決不能である事がハッキリした。膨大な財政赤字は膨れ上がる一方だ。その尻拭いのために増税されようとしている。インフレが迫ってきた。米国金融資本による日本経済の乗っ取りは加速化していくだろう。格差社会がどんどん進み、企業と職員の対立、不信が、日本の企業文化や社会風潮を破壊しつつある。
  これらの問題について政府・官僚は打つ手がないのが現状だ。国民は政府・官僚に頼ることなく、日本のシステムを自らの手で根本的に変えていかねばならないという自覚を持つべきだ。戦後連綿と続いた政・官・業の馴れ合いが結局今日の日本の停滞を招いたのだ。テロ特措法問題は大騒ぎする問題ではない。
  私は、そもそもアフガン給油活動など必要はないという立場である。それどころか米国のテロとの戦いに日本は巻き込まれてはいけないと主張してきた。だからテロ特措法の延長にも、それに替わる新たな新法にも反対である。
   しかし対米配慮を最優先し、それを「国際責任」という言葉にすりかえて、何としてでも給油活動を続けようとする政府・自民党の立場を私は知っている。
   だから私はまず福田自民党に言いたい。日米同盟のために本当に給油活動が不可欠であると信じているのなら、野党が何と言おうと、世論がどう考えようと、もはやここに至っては強硬策を推し進めて成立させるべきではないかと。三分の二の衆院再議決で成立させる事が出来るではないかと。問責決議案が出されようと、解散・総選挙に追い込まれようと、いやしくも政権与党である。天下の自民党である、野党などに平身低頭することなく堂々と新法を成立させ、そのほかの重要問題に一刻も早く取り組むべきではないか。
   そして私は小沢民主党に尋ねたい。小沢氏がテロ特措法の延長に反対した真の理由は一体なんだったのかと。私の考えと同じように、そもそも米国の対アフガン戦争が間違いであり、その米国のアフガン戦争に加担するいかなる協力も日本はしてはならない、というものであるのか。それとも、日本にふさわしいやり方で、米国やNATOのアフガン戦争に協力すべきであると考えているのか。一体どっちなんだ。
  前者であるのなら、国連決議云々などということなく、あらゆる協力に反対だと明言すべきだ。後者であるのなら、自民党が言うように早く対案を出すべきだ。そして自分の考えを自民党に飲ませて一日も早く新法を成立させるべきだ。そうだろう。
  23日の毎日新聞に次のような小沢民主党代表の言葉を見つけた。首脳会談で福田首相が「(恒久法で)民主党も考えがあるのなら出してくれ」と迫ったのに対し、小沢代表はこう言ったというのだ。
「野党各党間でも異論があるので、首相から言われても簡単にまとまる話ではない」。語るに落ちるとはこの事だ。違いは野党の間だけではない。民主党内部でも意見が分かれている。それは衆知の事実である。
  だからと言って、いつまでたっても対案を出さず、さりとて自民党案を否決する訳でもなく、いたずらに法案審議を引き延ばすのであれば、それは卑怯というものだ。否決してもどうせ衆議院での三分の二の再議決で成立させられる、だからそれを避ける為に、審議を引き延ばし、時間切れを狙ってあくまでも法案成立を阻止すると言うのであれば、それも一つの戦略である。しかし、民主党内部や野党間で意見の不一致があるために引き延ばしているとすれば、その態度は自民党よりも劣る。情けない。
  23日の朝日新聞は、今の政局を評して、国会会期を再延期してでも衆院三分の二の再議決で新法を成立させようとする自民党と、それに対抗して福田首相の問責決議案を出そうとする小沢民主党の度胸比べ(チキンレース)であると書いている。つまり強硬姿勢を押し通せば最後は解散・総選挙に追い込まれる、それを恐れる方が先に譲歩するだろう、というわけだ。
  なるほど、そう考えてみると、追い込まれているのは福田自民党でも小沢民主党でもない。どちらも追い込まれているのだ。いや、今の政党のすべてが追い込まれているのだ。彼らが一番恐れているのは世論であり、解散・総選挙なのである。国民の投票権である。
 国民が主役になったのだ。こんどの茶番劇に意味があったとすれば、これまで以上に国民の判断が政治を動かすようになったという事である。国民はこの事を自覚すべきである。

 

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2007年11月22日

 普天間基地移設問題の本質は一体何なのか

 普天間基地移設問題の本質は一体何なのか

 11月22日の読売新聞に政治部の山田真也という若い記者が普天間移設問題の協議再開について書いていた。その記事の最後を山田記者はつぎのような言葉で結んでいる。
 「・・・政府も沖縄県も、普天間移設実現の「大目標」を失わないために、一致点を見出す努力が必要だ・・・」
 私はこの結論の是非をここで問題にしているのではない。勿論私は、「日本にとって在日米軍はもはや完全に不要かつ有害となった」という立場を取るものであるから、この結論には反対である。
 しかしこの記者のように、「普天間基地移設を早期に実現し日米軍事同盟をさらに進めていくべし」という、政府やその支持者の考えに賛同する国民が存在する事を知っている。同時にまたどちらが正しいか分からないままにこの問題を眺めている大多数の国民がいることも知っている。
 より重要な事は、どちらの考えが正しいのか、論点を一つ一つ明確にした上で正面から国民的議論を行ない、国民が納得する答が出される事である。メディアの役割は、特定の意見を押し付けるのではなく、正確な情報を提供して国民に自主的な意見を持たせる事である。
  残念ながら、この記事もそうであるが、およそこれまでの在日米軍基地問題をめぐるメディアが流す記事は、いずれも本質論を避けている。政府や外務・防衛官僚が、自らの政策実現の為に意図的な情報操作をしたり、真実を隠蔽したりする事はわかる。しかし少なくともメディアの報道は、事実を正確に伝え、国民が自主的な意見を持てるよう、啓蒙的な役割を果たさなければならない。いやしくも御用メディアでなければ。
  果たして国民は普天間基地移設問題の本質をどこまで正しく理解しているのか。その報道の多さにもかかわらず、誰も本当の事を知らされていないのではないか。
  どんなに普天間移転問題の解決が困難であっても、政府はいつかは強硬手段に訴えてそれを解決するであろう。なぜならそれが米国の命令であるからだ。そしてその時が近づきつつあるような気がする。だから私は、警鐘を鳴らす意味でも、22日の読売の記事がこの問題を提起した機会に、読者に問題提起をしてみたい。それが今日のブログの趣旨である。
1. まずこの記事でも書かれているように、普天間基地移設を含めた在日米軍再編に対する協力の必要性を強調する政府は、「抑止力の維持と地元負担の軽減の両立」という言葉を決まって繰返す。小泉元首相が、国民への説明も了解もないままにブッシュ大統領と約束を交わした時も、彼はこの言葉ばかり繰り返していた。そして今後もこの言葉が繰り返されるに違いない。
  しかし少しでも冷静に考えれば、この言葉そのものが壮大な矛盾である事が分かる。米国が求める「テロとの戦い」に対する攻撃力の強化は、日本の住民の負担などお構いなしに進めなければならないものである。攻撃力を抑止力という言葉でごまかす事には目をつぶろう。しかし抑止力(攻撃力)の維持は、必然的に住民の負担を増やす事である。戦争に勝つためにはあらゆる事が優先されるのだ。そして米国は今後永久にテロとの戦争を続けていかなければならないと自ら公言しているのだ。
  日本の住民の負担を減らそうとするなら、抑止力(攻撃力)に制約が加えられることになる。「テロとの戦争」に負ける訳にはいかない米国がそれを認めるわけがない。要するに普天間移転と住民負担の軽減は両立しないのである。日本政府はまずその事を国民にはっきりと明言して、それでも米国に協力するしかないのだ、と言わなければならない。メディアはそれを書かなければならない。
2 次に普天間基地移設に限って言えば、政府と沖縄の協議の対立点がどこにあるか、これが明確にされなければ、議論は進まないということだ。
   これについては次のような雑多な、そして時として矛盾する事が繰り返し語られてきた。
すなわち沖縄側は 、日米が合意した滑走路2本のV字型滑走路は、「騒音や墜落事故の危険性軽減」のため、あるいは「海ガメ、ジュゴンなどの生態保護、環境保護」の観点から、沖合いに移動させたいと主張する。その一方で。「建設業界により多くの工事費が落ちるために」沖合いに移転させたい、それが本音であるという見方がある。また、「返還跡地を利用して沖縄県を発展させたいから最後は譲歩する腹積もりだ。取引を有利に進める為に交渉を引き延ばしているだけだ」などという指摘もされる。
  他方において、政府側が沖縄との交渉に譲歩できない理由として「米国と合意してしまった以上一歩も譲るわけにはいかない」という事が言われ、その一方で「計画を1センチでも動かしてはいけないという訳ではない」と微調整なら応じるべきだという意見も報じられる。さらにまた、反対理由の中には「沖合いに滑走路をずらすと、埋め立て面積が拡大して海洋環境への影響が大きくなる」というものや、「滑走路が陸地から離れれば人が立ち入れない水域での工事が多くなり、反対派に工事を妨害される」と言った考えも報道されたりす。
  一体どれが本当の理由なのか。どの理由が政府側や沖縄側で最も大きな理由なのか、どの理由が一番が双方にとって譲れない理由なのか、そこがはっきりしないといつまで経っても議論は進まない。

 結論から言うと、今の沖縄の知事側が要求しているのは日米軍事同盟に反対するという原則論ではなく、あくまでも条件闘争である。そうであるならば、後は最後はカネをばら撒いて黙らせる事で決着することになる。そのカネを米国はビタ一文負担しない。すべては日本国民の税金だ。だから米国は攻撃力が損なわれない限り、あとは日本の問題だと高みの見物である。
 こうして、主として環境問題の観点から反対している人たちは、環境問題で政府を譲歩させる事が出来ればそれで満足するかもしれない。
 住民の被害とその補償を重視する立場から反対する人たちは、負担の軽減や補償の充実を勝ち取る事が出来れば、譲歩するかもしれない。
 しかしその一方で、普天間基地移転問題に限らず、日米軍事同盟の強化とその結果余儀なくされる全国に存在する在日米軍の継続、再編は、日本の将来を危うくするという、根本的な問題から反対する人たちもいる。私もその意見を唱える一人である。おそらく沖縄の住民の中にも、仲井真知事の考えに反対の住民jだって多く存在するはずだ。要するに誰が敵で誰が味方かわからないままに普天間基地移設問題が論じられてきたのだ。
  この問題はそろそろ正面から議論しなければならない時期にきている。さもなければいつまで経っても在日米軍基地にまつわる問題はなくならない。ある時は普天間基地移転問題、ある時は騒音・安全問題、そしてある時は原子力事故の危険性の問題などと言った個別問題にすりかえられて処理されてしまっては最後は政府側がその方針を押し通す事になる。
  普天間移設問題は、米軍再編問題に対する協力の是非、さらには日米安保体制の今日的意義といった本質的な問題との観点で論じられるべき時に来ている。国民的議論を尽くした上で解決されなければならない時期に来ている。メディアはこの点を国民に提起しなければならない。
  
     

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2007年11月21日

ODA工事の事故の責任をうやむやに終わらせてはいけない

ODA工事の事故の責任をうやむやに終わらせてはいけない

  もう誰も忘れかけていたに違いない、そう思って安堵していた外務省にとって、寝た子をさますような記事が、21日の朝日新聞に報じられた。
  アセアン+3の首脳会議に出席のためシンガポールを訪れていた福田首相は20日、ズン・ベトナム首相に対し、日本の援助で建設中に起きたベトナム橋(カントー橋)の崩落事故の犠牲者と遺族に「哀悼の意」を表明した。また高村外相も20日のキエム・ベトナム副首相兼外相との会談の席上、同じく犠牲者と遺族に「哀悼の意」を表明した。首相と外相がこぞって謝罪するなどと言う事は異例だ。それだけこの事故が深刻であったということだ。
  この事故とは今年の9月にベトナム南部のカントー市近くに日本の援助で建設されていたカントー橋が崩落事故を起こし、130名のベトナム人の死傷者を出したという事故の事である。
  この事故は単なる事故以上に深刻な意味を持っている。
  まずそれは日本の経済援助(ODA)で行われていた工事の事故であるということだ。そしてその工事を日本企業が請け負っていたと言う事である。
  日本のODAは、かつて欧米から「ひも付き(その工事を請け負うのは日本企業に限る)」の多さが批判され、おりしも日本の貿易黒字が非難されていた事もあって、世界のどこの会社も入札できるアンタイド援助にした時があった。ところが日本の不況にともない、経済界の要求に屈する形で、いつのまにか再びタイドにした。その時の言い訳は「日本の高い技術を活かす」という事であった。その結果のこの事故である。現地の日本企業駐在員からは、「税民を使いながら我々が培った「日本の技術力」を台無しにしてくれた」という批判が出たのも当然であろう。
  より深刻な問題は、この工事を施工する日本企業側において、経費節約の為に工事に手抜きがなかったか、という疑惑である。この点についてはいまだまともな事故調査が行われていない。
  おりしも10月22日の各紙は、日本政府が中国で進めている遺棄化学兵器処理事業をめぐる事業費の不正水増し請求を暴露した。この事業を請け負っているパシフィックコンサルタンツインターナショナル社は、わが国のODA事業を数多く受注している名うての公共事業請負コンサルタント会社である。
東京地検特捜部も資金の流れを解明しているという(10月22日読売)。
  おりしも防衛予算の疑惑が世間を揺さぶっている。防衛予算と並んで聖域あつかいをされ続けてきたODA予算をめぐる疑惑は、これまでにも枚挙にいとまがない。この際カントー橋の事故原因については第三者による徹底した調査が必要である。
  最後に130人にも及ぶベトナム人犠牲者を出した大事故について、日本政府は単なる言葉の謝罪にとどまらず補償をしなくていいのかと言う事である。もしこの事故が日本や欧米の先進国で起きたとすればただでは済まされなかったであろう。人の命にベトナムも日本も欧米も違いはない。ベトナムが日本の援助を受け続けてきた国であるからと言って謝罪だけで済まそうとすることが正しいのか。ベトナム政府が、最大の援助国日本に気遣って、自国国民に泣き寝入りさせようとしているとしたら、あまりにも悲しすぎる。
 日本政府はこの事故をもっと深刻に受け止めるべきである。施工業者の大成建設は担当役人2人の降格と全取締役の報酬の一部返上を決めた。ODAの監督官庁である外務省の責任が問われなくてもいいはずはない。
 

 
 

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2007年11月20日

米国を理解しない者たちが唱える日米同盟のもろさ

米国を理解しない者たちが唱える日米同盟のもろさ

 最近の報道を見ているとやたらに「日米同盟は危機的状態だ」といった記事が目立つ。外交に関する日米の彼我の違いが、ここに来て顕著になっているからだ。
 テロ特措法延長反対の動きがそれである。また、米国は北朝鮮をテロ指定国家から解除するという動きを見せている。かつては従軍慰安婦問題に対する米議会の対日批判決議もあった。その前には、わが国の国連安保理常任理事国入りについて米国が反対した事もあった。そして米国はもはや日本よりも中国のほうをはるかに重視しつつある。
  このようにおよそ日本は米国に裏切られっぱなしだ。さすがに日本人の保守層の中にも親米保守と反米保守の対立までみられるようになった。
 ところが、このような日米関係の現実を直視しようとせず、いたずらに言葉の遊びでごまかそうとするわが国の政府関係者や有識者が後を絶たない。たとえば20日の朝日新聞「政態拝見」にみられる星浩論説委員の記事などはその典型である。
 星浩編集委員は加藤良三駐米大使の次のような言葉を引用している。
 「・・・日米同盟は美しい庭になったが、それを維持するには、草むしりをしたり枯れ葉掃除をしたり、といった絶え間ない手入れが大事だ・・・」
 このような言葉の遊びから一体何が生まれてくるというのか。日本はこれまで草むしりや枯れ葉掃除以上の事をさんざんやってきたではないか。日米関係を悪化させない為に、絶え間ない努力を、国民の生活を犠牲にしてまで、行ってきたではないか。それにもかかわらず、日米関係は希薄なのだ。
 加藤大使はまた今の日米関係は「自分が米国に在勤してきた中で最悪である」とも言っているらしい。このような言葉が駐米大使から発せられる事自体が驚きである。それは自分の無能さを認めているのと同じ事だ。6年間という異例の長さで駐米大使を務めておきながら、どうして日米同盟が最悪になったと、まるでひとごとのように言えるのであろうか。一体どんな仕事をしてきたのか。
 星編集委員はまた次のようにも書いている。「・・・日米政治家同士の交流が細っていることが気になる。かつては、フオーリー元下院議長と竹下登元首相、ブラッドリー元上院議長と椎名素夫元参議院議員といった伝説的な人脈があった。それが、日米関係が険悪になることを防ぐ役割を果たしたが、そうしたつながりは途絶えた・・・」と。
  本当だろうか。星浩編集委員は本気でそう思っているのだろうか。それならば聞く。ついこの間までは小泉元首相とブッシュ大統領の関係が「史上最強、最善の個人的関係」と喧伝された事は一体何だったのか。もしそれが本当なら、なぜ日米同盟関係の手入れが重要なこの時期に、小泉元首相が活躍しないのか。活躍を頼まないのか。時間をもてあましているはずの小泉元首相は、退任して一年以上も経つと言うのに一度でもブッシュ大統領と会って日米関係について話しあおうとした事があったか。
  日本と米国との間には、強固な信頼関係などいまだ一度も出来ていないのだ。そのような関係を築き上げた指導者は一人もいないのだ。
 私は米国研修から始まって米国勤務にいたるまでの個人的体験を通じて、確信している事がひとつある。それは日本が米国と対等になるには、日本人の指導者たちはあまりにも米国を知らなさ過ぎるということである。米国人との個人的関係が希薄すぎるということである。米国の中に入り込めていない。またそのような努力を本気でしようとする者はいない、ということである。
  一つのエピソードを紹介しよう。私が国デトロイトの総領事をしていた時の話である。星浩の大先輩である朝日新聞の元米国総局長なる人物がデトロイトに講演に来たことがあ