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2007年10月15日

いまこそ日米軍事同盟の実態を直視する時だ(前編)

いまこそ日米軍事同盟の実態を直視する時だ(前編)

  思い起こせば、すべての始まりは、小沢民主党代表の7月31日の次の言葉から始まった。
「(テロ特措法延長に)以前反対したのに今度賛成というわけがない」
  そうではない。参議挙の結果民主党が多数を占めた時点で、民主党の法案反対の意味がまったく違ってきたのだ。以前であれば反対しても影響はなかった。しかしこれからは民主党の反対によって延長廃止がにわかに現実的となってくる。
  私は8月6日のブログで、民主党はいずれ「落しどころ」を見つけだろう、見つけるべきだ、と、おおよそ次のように書いた。
  本気で延長反対を貫けば「日米軍事同盟の是非」という本質論にたどり着くことになる、しかしそのような本質論を今の民主党が正面から自民党と論議しても勝てない、なぜなら民主党も日米同盟容認の政党であるからだ、だから安保問題を政争論議の中心にすべきではない、ましてや政権交代を目前にして最後の戦いを挑もうとしている小沢民主党にとっては得策ではない、対米従属外交への不満は右からも左からも高まっているけれど、いまだ一般国民の意識は日米軍事同盟から本気で自立しようとするところまで熟していない、だから米国が本気で怒りだせば国民は不安になる、それを逆手にとって自民党がテロ特措法反対は「国益に反する」などと言い出せば、「とまどえる群集」である一般国民は「延長やむなし」という考えに傾く、ここで延長が認められれば日米軍事同盟を見直すという選択肢が永遠に遠のいてしまう、延長廃止になって日米関係に摩擦が生ずれば小沢民主党は責任をかぶせられる、だから小沢民主党は早い段階で自らに有利な落しどころを見つけるべきだ・・・と
  私は今でもそう思っている。しかしその後の状況は大きく変わった。「落しどころ」がどこに行きつくのか予想することを難しくさせてしまった。
  その最大の理由は、なんと言っても給油がイラク戦争に転用されていた事実が明るみに出た事だ。この疑惑が明らかにされないままに給油延長は出来ない。だから民主党が、納得いく説明が得られるまで反対を貫く事は正しく、かつ必要な事である。その意味で民主党は強硬にならざるを得ない。
  しかしもう一つの思わぬ想定外が出てきた。小沢代表が、国連決議によって認められたアフガン国際治安支援部隊については、民主党が政権を取ったら自衛隊を派遣する、それは合憲である、と発言したのだ。しかも、これは党の決定事項だから、反対なら民主党を離れればいいとまで言った。
  ここに至って、テロ特措法延長を巡る論議は混迷する事になる。一方において自民党からの小沢発言違憲性の攻撃を招き、他方において民主党内の護憲派を刺激することになった。これからは毎日のように色々な立場からの論争が繰り返されるであろう。格好のメディアネタになってしまった。
  私には小沢民主党代表の真意がわからない。そう思っていたら、今日発売の週刊ポスト10月26日号に一つの考えが提示されていた。小沢党首は計算済みであるという。自民党を早期に解散・総選挙に追い込む作戦であるという。自公分断作戦であり、民主党内へのショック療法であるという。
  本当にそうであろうか。しかし、たとえそうであっても私はその作戦は正しくないと思う。それは、政界大再編につながる混乱を招く事はあっても、次回総選挙での政権取りを最優先した場合、必ずしも有利に事態が展開するとは思えないからだ。
  しかし、ここまで来たらもはや論争は避けられない。そうであるならば、一気に政界大再編に突き進む事になるのも悪くはない。
  政治は一寸先は闇だ。「テロ特措法延長の是非」などという瑣末な議論から始まった国会論争であるが、この際共産党や社民党、あるいはその他の政党の真の護憲論者は、政治家としての信念を貫いて、今こそ日米軍事同盟の是非を巡る本質的論戦に挑んでもらいたい。
  テロ特措法延長問題をきっかけに、本当の意味での政界大再編の総選挙、すなわち、単なる政権交代の総選挙ではなく、平和国家日本か戦争国家日本か、そのいずれを選択すべきかを問う、政界大編成の選挙になる可能性が出てきたのだ。
  これに関連し10月14日の東京新聞における佐々木毅学習院大教授の言葉を紹介する。佐々木教授は「時代を読む」というコラムの中でこう書いていた。ねじれ現象となって動きのとれない国会ばかりが強調されているが、そうではない。参院で否決された法案は衆院の三分の二の再議決で成立させる事ができるという憲法の規定が厳然としてある。与野党がこの憲法の規定の趣旨を正しく認識し、憲法遵守の精神があるのであれば、与党が野党の意見に耳を傾けるのは当然であり、野党も参院の多数の力を安易に濫用できない、政治家もマスコミも、ねじれ現象に「悪乗り」することなく、国民の為にベストな政策を進めていくべきだと言っている。
  そしてその後に次のように言っている。この発言こそ、私が最も注目した発言である。
「・・・日本の政党政治と二院制の関係が、厄介な問題を含んでいる事は否定できない。その根源には憲法問題がある。やがてその矛盾が沸騰点に達することがあるかもしれないが、今はなおそうした事態ではない・・・」
  いや、ひょっとしてその時期がいままさに訪れつつあるのではないのか。真の政党政治とは、憲法9条改憲の是非、すなわち日米軍事同盟をこのまま一気に強化させていくのか、それともここで踏みとどまって米国から自主・独立した平和外交に舵を切るか、その根本問題に沿って正面から国会論戦ができるような政治状況にならなければ嘘だ。
  日本は今猛スピードで戦争国家米国に従属させられようとしている。在日米軍基地が、日本を守る為の基地から、米国の戦争の為の基地に再編されようとしている。日本を守るはずの自衛隊が、日本とは無関係の米国の戦争の為に、米軍に命令されて中東にかれだされていく。この事は政局争いの為にする議論ではない。事実なのだ。そしてその事実が国民の目から隠されたまま、て深く・静かに、しかし猛烈なスピードで進んでいるのだ。
  思えば1995年のナイ・イニシアチブから始まり、96年のクリントン・橋本首脳会談による日米安保共同宣言、それを受けた97年の新ガイドライン、98年の周辺事態法を経て、ついに2005年にブッシュ・小泉の手による米軍再編への全面的協力(日米同盟:未来のための変革・再編)によって、憲法9条が否定され、日本の安全保障政策が完全に米国の戦争の中に埋没してしまった。この現実を今こそ国民の前に提示されなければならない。日米軍事同盟の実態については次回のブログで告発する(続く)。
  

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2007年10月13日

政治家として「死ぬ」事になる

政治家として「死ぬ」事になる

 「ねじれ国会」の解消策としてよく引き合いにだされるのが大連立だ・・・
こういう言葉ではじまる10月13日の毎日新聞「発信箱」で松田喬和論説委員が興味深いエピソードを紹介していた。最近出版された「私の後藤田正晴」(講談社)の中の秘話であるという。
  その昔1960年、日米安保条約改定を強行したのと引き換えに、岸信介は退陣した。その時岸信介の子分である福田赳夫は岸の後任に、西尾末広民主党委員長を推薦したという。世の中の反岸路線をかわそうとする目くらまし作戦である。しかし西尾は「政治家として死ぬことになる」と固辞してこの目論見は頓挫した。
  このエピソードを福田赳夫が披露したのは、極秘裏に訪れた土井たか子元社会党委員長らであったという。冷戦が崩壊し、方向転換を模索していた社会党が自民党との連立を考えていた時のことであった。
  極秘会談の後、福田は言っていたという。「村山さんでも、土井さんでもいいのではないか。国政を任せて心配ない」と。
  村山擁立工作で一番暗躍したのは旧福田派であった。特に福田元首相は熱心だったという。その福田の連絡役が小泉純一郎で、社会党は良く会っていたという。
  その後の歴史は村山富一が自民党に担がれて連立政権の首相となり、自民党を延命させた。それと引き換えに社会党はそれまでの主義・主張を捨てて「政治家として死ぬ」事になった。社会党は三分割され、主流が民主党に流れ込んだ。残った社民党は生き残りをかけて日米同盟論者の小沢民主党と連立を組もうとしている。政治家として死のうとする政治家ばかりになってしまった。
 

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2007年10月13日

内田樹のユダヤ文化論についてー私家版・書評

 内田樹のユダヤ文化論についてー私家版・書評

 内田樹(たつる)という仏文学者がいる。学者といってもどのような学問的業績を収めた学者かは知らない。私には学者と言うより雑誌や著書で社会時評しているエッセイスト、評論家と思える学者である。特段のイデオロギーに偏することなく、保守系でもありリベラル的でもあり、賛同できる意見があり、賛同できないところがあり、そういう意味で、私は彼の脱イデオロギー的な言論については関心を持って読んで来た。
 その内田が最近「私家版・ユダヤ文化論」(文春新書)を出し、小林秀雄賞なるものを取ったと宣伝されているので、早速本屋で買い求めて読んだ。勿論その本を買い求めた最大の理由は、ユダヤ人に関する知識を少しでも持ちたいと思ったからだ。
 私がユダヤ人に関心を持ったのは最近の事である。2000年前後に米国デトロイトに勤務して、ユダヤ系米国人の存在と影響力を体験したのが始まりだ。そしてユダヤ人への関心が決定的になったのは、その後レバノンと言うイスラエルと国境を接する中東の小国に勤務して、毎日のようにイスラエルのレバノン・パレスチナに対する暴挙を目撃したからだ。これほどレバノン・パレスチナ人を苦しめるイスラエルという国、その国を支えるユダヤ人、それは一体どういう存在なのかと毎日考えながら暮らしたからである。
  内田の本を読んで驚いた。100%ユダヤ絶賛の本だ。もっとも冒頭に彼は書いている。「これは私家版とあるように、私個人の知的関心に限定して書かれたユダヤ人論である。ユダヤについて中立的で正確な知識を得たいと思う人は、この本をそのまま書棚に戻されて、より一般的な入門書を手に取られた方がよい」と。そんな事を言われてももう買ってしまったのだ。読むしかない。どんな本であろうが、知識を得るには参考になる。
  この本は一言で言えば、世にあるユダヤ人に対する偏見や反感はまったく根拠のないものであり、反ユダヤ主義は殆ど病気であると言うものだ。とくにユダヤ人が世界を裏で牛耳っているといういわゆる陰謀説は、世界を分断統治しようとしているエリートたちが自分たちに向かってくるユダヤ人を牽制する反ユダヤ主義の典型であるというのだ。
  私はそのような内田の私家版・ユダヤ文化論をとやかくいうつもりは無い。陰謀論なるものも面白いとは思うが私はそのすべてに賛同するものではない。ユダヤ人をめぐる膨大な過去の歴史的背景についても興味は無い。しかし内田はなぜ今日の最大の国際問題であるイスラエルのパレスチナ弾圧政策について一言も言及しなかったのか。あまりにも片手落ちだ。
   どのようなユダヤ論であれ、そしてそれが文化論であれ、私は今日のユダヤ人を語る時パレスチナ問題を抜きには語れ無いと思う。目の前に繰り広げられているイスラエル・パレスチナ紛争の不正義について沈黙することはできないと思う。私はパレスチナ人をここまで虐待し続けるユダヤ政府が許せない。正確に言えばシオニズムが許せないという事であるが、今のイスラエル国民の殆どが党派を超えて反パレスチナである以上、イスラエル政府の暴挙を許す大半のユダヤ国民が許せない。 
  13日の読売新聞はイスラエル軍がエルサレム東部のパレスチナ人地区の強制収用に乗り出したという記事を掲載していた。11月に中東和平の国際会議が予定されているというこの時期に、エルサレムの帰属という最も困難な問題を歪める行為を平然と行うイスラエル政府。ふたたびパレスチナ人の抵抗とこれを弾圧するイスラエルの暴力が繰り広げられるであろう。耐え切れない流血と犠牲がやってくる。
  そういえば2000年9月にシャロン首相(当時)はエルサレム旧市にあるパレスチナ人の聖地アル・アクサ寺院を訪問すると言う挑発を行い、これを契機に第二次インテファーダが起きた。それを押さえつけるイスラエルの暴力が今日まで続いてパレスチナ人を絶望的な状況に追い込んできた。
  ホロコーストの犠牲者であり、それを売り物にしているユダヤ人が、なぜここまでパレスチナ人を弾圧できるのだろうか。
  今日の反イスラエル感情は内田が言う様な「根拠のない反ユダヤ主義」などではない。およそユダヤ人に関しては無関心、中立的であった私のような人間でさえも許せないと思わせるイスラエル政府の暴力とパレスチナ人弾圧・虐殺。いくら私家版といえども、今日のユダヤ論を語る時、目の前で繰る広げられているこの問題に一言も触れない事は、許されない事だと私は思う。

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2007年10月12日

在日米軍の無法ー今度は青森だ

 在日米軍の無法―今度は青森だ

 昨日のブログで北海道室蘭市に米国原子力空母キティホークが寄港するという問題について書いた。
 今度は青森だ。12日の朝日新聞が、在日米軍が昨年4月に「民間用の青森空港を使用したい」と要請し、青森県がこれを拒否した事が、県の内部資料でわかったとスクープした。拒否するのは当たり前である。民間用の空港が、どうして米軍機との共用ができるというのか。
 私がこのブログで明らかにしたいのは、内部文書で明らかになったわが外務省の対応である。なんと外務省は県に対し、「空港を米軍に使用させろ。断るのであれば航空法や県条例に根拠はあるのか。日米地位協定では使用できる事になっている」などと申し入れてきたという。
  それでも断る県に対し、外務省は国土交通省を使って頼み込ませたという。
  それでも断った県に対し、外務省が「国土省から説明を聞いたが、再考しろ」と重ねて圧力をかけた。せめぎあいは翌日も続いたという。
  三村青森県知事は最後まで断り続けた。結局外務省の下っ端事務官はあきらめた。
  この一連のやり取りで何がわかったか。それは、米国の不当な要求は、筋を通せば断れるということだ。むしろ、ゴリ押しをするのは外務省の下っ端役人である。米国の機嫌をとろうとする官僚なのだ。国民に無理な要求を飲ませようとするのは、公僕であるはずの官僚なのだ。本当に重要なら外務大臣が知事に直接要請すべきだ。そうすれば嫌でも国民の前に明らかにされる。その不当さが暴露される。それは出来ない。その程度の要求なのだ。
  在日米軍がらみの、このような不条理は、恐らく全国いたるところで起きているに違いない。それらがすべて国民の知るところにならないといけない。
  もはや日本を守る事のない、米国の「テロとの戦い」為の在日米軍基地の為に、なぜ日本中が在日米軍がらみの話に、ここまで苦しまなければならないのか。誰もこの事に疑問を抱かないから外務省の下っ端官僚がむちゃくちゃな仕事をしているのだ。

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2007年10月11日

ああ、日本が消えていく。戦争国家米国に従属させられて消滅していく

 ああ、日本が消えていく。戦争国家米国に従属させられて消滅していく

  10日は講演で札幌を訪れていた。秋の北海道はいい。その爽快な気分を一つの新聞記事がぶち壊してくれた。
  帰りの朝、札幌駅で手にした11日付北海道新聞に、米海軍第七艦隊の空母キティホークが今月26日―31日に室蘭港へ寄稿するという記事があった。住民の間に懸念の声があがっているという記事があった。
  しかし室蘭市の新宮正志市長は北海道新聞の取材に対し、「断る理由はない」と述べ寄港を容認する考えを示したという。なんという市長だろうか。わかっているのかキティホークが大手を振って寄港すると言う事の意味を。市当局は、キティホークが核搭載をしているかどうについて、外務省から「事前協議がない以上、搭載はないと判断する」との回答を受けたと話しているという。わかっているのか室蘭市は。外務省がこれまでにどれほど平気で真っ赤な嘘をついてきたかと言う事を。
  もはやキティホークの受け入れは確実である、そう北海道新聞はあきらめ顔で書いていた。残念でならない。
  つい先日も非核三原則を破る密約の新たな証拠が米公文書により見つかったと報道された。それでも外務省は平然と「密約はない」と一蹴した。
  インド洋補給燃料のイラク戦争への転用疑惑に対し、米軍より「転用はない」との報告を受けたと、政府は国会で答弁した。野党はその明らかな嘘に対して、本気で政府を追及できないでいる。
  すべて嘘である事は皆が知っている。しかし誰も本気でその嘘を追及しようとしない。皆があきらめているのだ。野党議員はもとよりメディアもそして国民までもが。
   いつから日本はこんな嘘まみれの国になってしまったのか。かつてはこんな事はなかった。国会審議が中断し、政府が何らかの対応を迫られた。国民も反発した。今はすべてが押し通されていく。民主党が参議院で多数を占めたというのにこの体たらくなのだ。
   民主党の旧社会党の連中は何をやっているのか。旧社会党出身の代表代行は何をやっているのだ。陰の外相は何をやっているのだ。いまこそ彼らの出番であるはずなのに、その姿が全く見えない。その声が聞こえない。安全保障の論議が出来ないのだ。
  日米同盟を重視する小沢代表が、一人で自民党・官僚・米国連合軍と対決している。これでは勝てるはずはない。おまけに小沢代表は「テロとの戦い」には日本は協力するといっている。危ないから戦闘地域に自衛隊を出さないのは無責任だといっている。国連決議があれば戦闘地に自衛隊を派遣しても合憲だといっている。それは憲法違反だと、あの自民党に逆襲されているのだ。これはパラドックスだ。
  かつて私はこのブログで何度も警告した。テロ特措法を自民党との争点にしてはいけない。いまだ日米軍事同盟の危険性に国民は気づいていない。その国民を小沢民主党では目覚めさせる事は出来ないと。
  私はあらためて言う。今度のテロ特措法問題が単なる政争の具に終わり、日米軍事同盟のあり方についての根本的な見直し論議に発展していかなければ、結果として日米軍事同盟は加速、固定化していくと。もはや二度と日米軍事同盟見直しの機運は起きてこないと。かくて日米軍事同盟は永久的に固定化していくのだ。
  民主党は、それでも衆議院選挙に勝つかもしれない。そして政権交代が実現するかもしれない。自民党が勝つよりはいい。私も一度は民主党に政権を取らせたい。そのチャンスは今をおいてない。
  しかし私が素直に喜べないのは、民主党が政権をとっても日米軍事同盟は変わらないからだ。日米軍事同盟が見直されない限り、日本の自主自立はありえない、平和外交は有り得ない、憲法9条は、たとえ守られたとしても完全に形骸化する。
  憲法9条を死守すると叫んでいる国会議員は一体何をやっているのだろうか。何を考えているのだろうか。我々一般国民が何を叫んでも限度がある。政治家が率先して戦わなければならないのだ。国民を引っ張っていかなければならない。その為に政治家は巨額の報酬と大きな特権とそして何よりも自由な時間を与えられているのだ。
  ああ、この国の政治家の中から一人でもいいから出て来てくれ。米国との軍事同盟を終らせない限り平和国家日本を取り戻す事は出来ないと声をあげる政治家が。米国の鎖から解き放たれない限り、日本の明るい将来はないと力強く公言できる本当の政治家が。一人でもいいからそのような政治家が現れて欲しい。そのような政治家が現れるなら、私はその人の足元にひざまずいて、残りの人生を捧げてもいいと思っている。 

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2007年10月10日

拉致家族が気の毒でならない

拉致家族が気の毒でならない

 しばらく政局がらみの話を書く気にならない。無意味と思えるからだ。
 民主党が反撃にあっている。小沢党首のあらたな政治資金疑惑が発覚したり、小沢党首が唱える自衛隊のアフガン派遣が自民党の反撃にあっている。世論調査では自民党が支持を延ばし民主党が支持を下げている。政権交代の勢いが一気にしぼみつつある。あれほどの追い風を受けていた民主党がこの体たらくだ。民主党はやはり弱体だ。結束力がない。人材がいない。国民の期待に応える魅力がない。
  しかし自公政権は勘違いをしないほうが良い。悪あがきをしないほうがよい。もはや自公政権がこのまま復活する事はない。好き勝手できる時代は終った。仮に次の総選挙で「負け」を防いだとしても、6年間は逆転参議院のままだ。参院で否決された法案を衆院で再議決するためには三分の二の多数決を必要とする。自公がいくらこれからの衆院選で頑張っても、その数を取ることは不可能だ。要するにねじれ国会は当分続くのだ。どちらも自分たちだけで政治を動かす事はできないのだ。
  そしてそれは国民にとって理想的なのだ。どちらも国民の方に顔を向けなければならない。政策を国民の前で競い合わなければならない。自公勢力を支援する国民も、民主中心の連立を支持する国民も、自分たちの政治を実現する事は出来ない。
  「支持政党なし」の国民が主役になる時代が来る。自公政権でも民主中心の政権でも、どちらでもいいから、正しい政策を実行しろ、と注文をつける国民こそ主役になる時代が来るということだ。我々国民は、究極の政治批判者になり、年金を返せ、税金をねこばばするな、経済を活性化させろ、米国に追従するな、といった要求を、政治家や官僚にどしどし要求し続け、まともな仕事をしない、できない政治を批判し、監視し続ければいいのだ。
  この国の政治家と官僚たち、そしてそれらに迎合して自らも権力者であると勘違いしているマスコミ幹部たちは、決して一般国民の視点に立っていない。弱者の気持ちを分かろうとしない。それは至るところに現れているが、今日のブログで取り上げるのは拉致問題への取り組みである。
  今発売中の月刊誌「正論」11月号に、拉致被害者の一人である有本恵子さんの父親、有本明弘さんの手記が掲載されている。「どうしても言いたい!拉致隠蔽に群がった政・官・マスコミへの根本的不信」と題するこの告発記を読んで、私は強い怒りと深い悲しみにとらわれずにはいられなかった。およその推測はしていたが、この国の指導者たちの国民無視がこれほど酷いものとは思わなかった。
 かつて外務官僚が「わずか10名ぐらいの事で日朝国交正常化が妨げられてはならない」という暴言を吐いた事があった。私はかつての同僚がそのような気持ちで仕事をしている事を残念に思った。しかし、これは外務官僚だけの考えではなかったのだ。与野党の政治家が国を挙げてそう考えていたのだ。本気で拉致被害者の救済に立ち上がる指導者はいなかったのだ。だからいつまでたっても拉致問題が解決しないのだ。
 拉致家族は最初から今日まで切り捨てられ続けてきたのだ。そして今後もそうなるに違いない。官僚であったからよく分かるのだが、我々国民は国を相手にどんな願いを繰り返してもどうにもならないのだ。誰も助けてくれないのだ。それどころか国の機嫌を損ねると仕返しをされるのだ。意地悪をされるのである。なんという国であろうか。
  これは有本さんの告発の核心であるのだが、なぜ拉致問題は解決しないのか、それは勿論一番悪いのは北朝鮮の金正日政権である。しかし金丸訪朝以来拉致問題を隠蔽したまま国交正常化を急いだこの国の政治家と外務官僚、そしてそれに加担したマスコミの姿勢こそ罪深い。特に許しがたいのは「拉致は無い」と言い張って北朝鮮との友好関係を唱えていた左派イデオロギー政党の政治家と信奉者たちである。今でも反省するどころか、国交正常化を急ぐ事ばかり唱えている。
  平和や憲法九譲の大切さを訴えるのもいい。テロ特措法をめぐる論議を続けるのもいいだろう。日米軍事同盟の危険性を糾弾するのもいい。格差社会を問題とする事もいい。しかし拉致された国民一人さえ救えない国とは何か。政治家とは何か。私は拉致問題の行く末だけは、あらゆる動きを見逃す事無く追跡して行こうと思っている。

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