Font-size: small medium big

Blog Calendar

サイト内 検索

 


 人気blogランキング(政治)に参加しました、応援お願いします。 人気blogランキング

2007年10月03日

無為の時間を過ごす至福

無為の時間を過ごす至福

  両親が亡くなり、姉が一人では寂しいと娘を頼って上京して以来、京都にある実家が空き家のままだ。暇を見つけては墓参りをかねて京都にもどり家の掃除をする。
  ただでさえ暑い京都の夏であるが、今年の夏はとりたてて暑かった。その暑さも10月の声を聞いてさすがに去りつつある。おくればせの秋が古都に駆け足でやってくる。
  雨戸を開けて家の中に空気を通す。掃除機をかけ、くまなく拭き掃除をする。さすがに汗がにじんでくる。不揃いに伸びた生垣の芽を刈り込み、落ち葉を掃き集めて袋にまとめる。
  裏庭には、二年ほど前に88歳で逝った母が大切にしていた鉢植えが、今もそのまま並んでいる。これを枯らすと悲しがるだろうなあと思いながら水を遣るのだが、それでも家を訪れることが間遠になったりして、いくつかを枯らしてしまった。かんにんしてな、と心でつぶやく。
  仏壇を拭き、水と花と供え物をあげて線香をつけ、手を合わせる。線香の香りが、住人のいない部屋を包み込む。
  実家のすぐ裏は寺になっていて、そこに両親の墓地がある。散歩代わりに北野天満宮まで脚をのばし、帰りに花を買い求め、墓参りをする。
  気がついたらもう日が傾きつつあった。彼岸が終わって確実に日は短くなりつつある。
  一日をこうして過ごした。仕事に明け暮れていた頃には考えられないほどの無為の一日だった。何一つ生産的な事はしなかった。意味のある事はしなかった。
  こうしている間にも世の中はめまぐるしく動いているに違いない。政治が、経済が、社会が動いている。しかし今の私には、もはやそんなことはどうでもいいことなのだ。
  その昔読んだ堀秀彦の「銀の座席」(朝日新聞社)をなぜか思い出した。老哲学者が晩年を一人で暮らし、老いを直視して日常を生き続ける随想記である。人間にとって一番大切なもの、それは人によって異なるだろう。しかし若さだけは一様に人に訪れる。誰も取り戻す事は出来ない宝物なのだ。
  人は皆、好調なときには、永遠に生き続けたいという思いを持つ一瞬があるに違いない。私は今でもそう思う時がある。あれもしたい、これもしたいという欲望がある。しかし同時にまた、残りの時間が確実に少なくなりつつある現実と折り合いをつけて生きることが、やっと出来るようになった気がする。
  無為な一日の中に至福を感じる余裕が持てるようになった。肌に当たる風に季節の変わり目を感じ、道行く見知らぬ人に挨拶の言葉をかけてみる。木々や花に息吹を感じ、行き交う子犬を可愛いと思う。すべてに優しくなれる気がする。何事にもとげとげしかった若い頃の自分は、まぶしく、懐かしくもあるけれど、二度とあの頃にもどってもう一度人生を繰り返してみたいとは思わない。十分に生きてきた。頑張って生きてきた。
  会社の社長まで極めた七十半ばの老人が、その歳になってなお政府系金融機関の社長に選ばれ、「人生に不可能はない」、などと片意地張った人生訓を垂れていた。エネルギーのある人だ。そういう人は偉いと思う。しかし今の私にとっては、人生観において対極にある人だ。人生の最後の瞬間まで権勢を保ち、他人の追従に囲まれて生きるのもいいだろう。しかし無為の時間に至福を感じとる、そういう心のゆとりを、人は死ぬ前に持つ必要があるのではないか。私は本気でそう思っている。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年10月03日

人を批判すること

人を批判すること

  いつも言い訳がましく断っているのであるが、他人を批判する事は、自らを他人の批判にさらすことでもある。「偉そうに他人を批判する、そういうお前は何様だ」という批判を受ける事を覚悟して、私は他人を批判している。もっとも私の批判の対象は決して普通の一般人ではない。一般人がどのような悪をしようと、それは私の関心事ではない。私が批判するのは、社会的地位のある人、社会的影響力を持った強者、に限っている。
  ヤメ検事田中森一氏の最新著書、「反転―闇社会の守護神と呼ばれて」(幻冬舎)が売れているらしい。しかしそれを読んで不快感が残った。検察上層部の政治的配慮によってみずから手がけた事件が握り潰された、それに嫌気がさして退官した、という彼の言葉に嘘はないだろう。しかしそれをきっかけに裏社会の顧問弁護士に転じ、検事の手口をアウトローに教えて彼らの顧問弁護士になった、そんな田中森一の生き様を私は決して評価しない。どのように自己弁護しようとも、浅ましい生き方だ。
  10月3日の産経新聞に、今世間を騒がせている詐欺会社L&Gという電子マネー会社が設立したNPO法人の顧問に、元警視総監の井上幸彦氏が就任していたと報じられた。井上氏は警察官僚の天下り指定席の一つである「日本盲導犬協会」の理事長に納まっている。その上さらにまた、内閣府の認証NPO法人の顧問に納まっていたのだ。自制心というものがないのだろうか。
 10月1日の日経新聞「私の苦笑い」というコラムに、連合事務局長の古賀伸明という人が登場していた。もちろんまったく面識のない人だ。その人が最年少で連合のナンバー2にスピード出世した事について、勉強不足を恥じたと振り返っている。女房に「あんた、どうしたん?事務局長になってからが、今までで一番勉強してる」と笑われたことを披露している。しかしその物言いに、私は言いようのない自己宣伝と不遜さを感じた。「私は大阪を中心に民間労組の組合専従を23年間、務めた。5年前に産業別組合の電機連合の委員長に選ばれ、初めて東京に引っ越した。その三年後には連合の事務局長に就いた。自分でも予想しなかった、あれよ、あれよの展開だった」などと自慢げに述べているが、とくに彼が臆面もなく述べた次の言葉は聞き捨てならないと思った。「・・・連合が目指すのは『政権交代が可能な二大政党的体制』 で・・・推薦候補の応援で東奔西走したし、いま、その経験が生きていると思う・・・」。労働組合の本来の役割を忘れ政治に奔走する労働組合の権力者。そんな暇があったら非正規労働者の労働条件の改善に心を砕け、と言いたい思いでこれを読んだ。
 池内恵という中東専門家がいる。正確には国際日本文化センター准教授という肩書きだ。この中東専門家のパレスチナ情勢に関する記述が、いつもイスラエル寄りに偏っている。だから私は彼の中東情勢に関する言論が気になって、彼の書いたものは目に付く限り注意して読んできた。その池内准教授が、10月3日の読売新聞に、11月に予定される中東和平会議の見通しについて書いていた。いまや米国・イスラエルの傀儡となったアッバス・パレスチナ自治政府議長と、指導力を欠いたイスラエルのオルメルト首相の会談など、何の成果も得られない事は中東情勢に詳しいものなら常識である。それにも拘わらず池内准教授は臆面もなく書いている。「・・・見通しは暗い。しかし今回の会議を逃せば、パレスチナ情勢はさらに流動化しかねない。入植地や分離壁の建設、エルサレム問題、難民帰還問題といった和平交渉の争点について、一刻もはやくアッバス議長に成果を挙げさせる必要がある・・・」。冗談ではない。どれ一つを取ってみてもイスラエルが一歩も譲歩しない問題ばかりである。パレスチナの一方的譲歩なくしてどうして成果が得られると言うのか。おりしも10月3日の朝日新聞は、シリア発特派員の記事として、シリアのアサド大統領が、「会議では包括和平について話し合うべきで、そうでなければシリアは参加しない」と発言した事を報じていた。真の和平が達成されるには、イスラエルの態度はあまりにも一方的で、非妥協的なのである。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年10月03日

共産党、社民党は、小沢一郎を孤立させるな

 共産党、社民党は、小沢一郎を孤立させるな

 テロ特措法延長問題は、私の予想を超えて、この国の大きな政治問題に発展しそうな動きを見せてきた。
 私の予想を超えた理由は二つある。一つは、何と言っても民間NGOピースデポが米軍艦の航海日誌から見抜いたイラク戦争への補給転用の事実である。転用どころではない。日本の燃料補給は、当初よりイラク戦争に従事する米軍艦船に供給されていたのだ。
 もう一つは小沢民主党代表の覚悟である。ここにきて小沢代表の発言が日米軍事同盟の本質に触れるようになってきた。当初小沢代表は国連決議に基づかない米国のイラク攻撃は認められないという言い方をしていた。しかし2日の記者会見では、給油活動を通じて米国のイラク戦争に協力することは、戦争そのものへの協力であり、憲法9条違反そのものである、という言い方をするようになった。日米同盟関係の本質につながる議論を挑み始めた。これを聞いた町村官房長官は、「(憲法違反などという小沢発言は)まったく理解できない」と気色ばんだ。この狼狽振りが小沢発言の重大性を物語っている。
 ここに来て見逃せないのが、自民党がこの難局を正面突破しようと強攻策に転じてきた事である。まず、給油先を特定する事は困難である、米国が転用していないと言えば転用していないと信じるしかない、と言わんばかりに開き直りを始めた。これはかつて日本への核持込に際する米側との事前協議に関し、「米国が持ち込んでいないと言っているのであるから、持ち込まれていない」という態度と同じだ。その裏で日本政府は核持込を認める密約を交わしていた。この不誠実が後に米側の極秘文書公開で明らかになった。説明のつかない日米同盟関係の不都合は、最後は国民に嘘をついて隠す、この不誠実が再び繰り返されようとしているのだ。
  自民党の新法案は、国会の事前承認はおろか、現行法が認めている事後承認さえ削除しようとしている。今回のように面倒な事が起きても議論しないというわけだ。
  更に言えば、石破防衛大臣に至っては、(新法案が参院で否決された場合は恒久法を通常国会に出すのか)と聞かれ、「その都度特別措置法をつくるやり方には強い違和感を持っている・・・野党にも恒久法の必要性を指摘する方は大勢いる・・・与野党の共通認識として深まることを期待する」(10月3日毎日新聞)などとうそぶいている。民主党の前原グループを念頭に置いて揺さぶりをかけているのだ。いちいち個別法を作って国会で追及されてはかなわない、米国の「テロとの戦い」に対する協力は、政府に白紙委任させろと言っているのだ。
  私はかつてのブログで、小沢民主党は、テロ特措法よりも、年金問題や政治と金という国民の怒りが集中している問題で自民党を追い込めと書いた。
  しかしイラク戦争への補給転用が暴露され、小沢民主党がそこを衝いて来た。それに対し、自民党が開き直って強行突破して来た。状況はにわかに深刻になって来た。
  自民党の新法案が提出され、ここまで明白かつ重大な憲法9条違反がなされようとしている時に、なぜ共産党や社民党の党首は声をあげないのか。国民の先頭に立って行動を起こさないのか。護憲政党や平和主義者たちは、憲法9条を守ることや平和の大切さを訴える事だけに熱心であればよいなどと考えるな。憲法9条を踏みにじっている在日米軍の撤退や、その根本になっている日米安保体制の違憲性についてこそ怒るべきだ。拳を上げるべきだ。  
  自民党の新法が国会を通過するような事があれば、一気に日米軍事同盟が加速、固定化される。憲法9条は終わってしまう。その一方で国民が新法成立に反対すれば、日本を米国の軍事支配下に置こうとする自民党の暴走に歯止めをかけることが出来るかもしれない。日本の夜明けにつながるかもしれない。
  共産党、社民党は小沢一郎を孤立させてはいけない。民主党と一緒になって、一気に解散・総選挙に自民党を追い込むべきだ。海上補給新法の成立の可否は、自民党の政権維持をかけた勝負どころであり、政治家小沢一郎の政治生命をかけた勝負どころである。それはまた、護憲政党の生き残りをかけた正念場でもあるのだ。

Copyright ©2005-2008 www.amakiblog.com
人気blogランキング