2007年10月01日
2007年10月01日
郵政民営化のスタートと透明人間
郵政民営化のスタートと透明人間
10月1日から郵政民営化が実施される。ところがどの報道をみても「冷めた」扱いだ。それどころか郵政民営化が実施されて何がどう改善されるのか、まったく説明がない。
テレビで通行人にインタビューしていたのを聞いて驚いた。若い女性が「(郵便局がコンビニのようになって)アイスクリームが買えるようになるのでいい」などと喋っていた。別の通行人は金融機関が増えて選択の幅が増えたのは良い、などと話していた。この程度なのか。
その一方で民営化にともなう非課税によってその負担が消費者に転嫁されて郵便料金などが一律に値上がりする。民営化後の生き残りのために既存民間企業との競争が激化し、民業圧迫になる。競争激化であらたな従業員いじめが加速する。膨大な郵貯、簡保の資金はどこへいくのか。最後は米国金融資本をはじめ民間金融機関へ流れ込み彼らのあらたな収益源となる。一体郵政民営化とは何であったのか。この問いに明確かつ包括的に答えられる人が何人いるだろうか。
ここは是非とも小泉元首相に登場してもらわなくてはなるまい。そして説明してもらわなくてはならない。改革、改革と叫び続けた小泉政権5年半の「改革の本丸」が郵政改革であった。郵政改革を成し遂げるためには「殺されてもいい」などと口走って解散・総選挙を行った。その郵政民営化がスタートしたと言うのに、その式典に小泉元首相の姿は見えない。
そう思っていたら10月1日の毎日新聞「発信箱」で与良正男論説委員が「透明人間・小泉純一郎」というタイトルでタイムリーな指摘をしていた。
「・・・『最近の小泉さんは透明人間みたいだ』と言った人がいる。なるほど。確かに、新聞・テレビの取材は拒否。記者が話を聞こうとすると走って逃げることもあるそうだ。本人の姿が見えないままに(間接的に人づてに聞く話が)断片的に駆け巡る・・・
首相を退任した後、表に出ないのは小泉氏の美学だともいう・・・(しかし、安倍政治のこと、福田首相のこと、北朝鮮問題の事、小泉改革の影の部分など)聞きたい事は山ほどある・・・国民の前で口を開く時ではないか」
まったく同感である。日頃私が考えてきた事と同じ事を考えている記者がいたということは嬉しい。ただし、与良氏と私とでは、政治家に気くばりをしなければならない政治記者と一納税者の違いがある。私はもっとストレートに文句が言える。オイ、小泉、隠れていないで出て来い、説明責任を果たせ、聞きたい事はまだあるぞ。テロ特措法はなんだったのか。朋友ブッシュ大統領とは連絡をとっているのか、まだ国会議員をやっているんだろう。巨額の歳費と特権を享受しているのだろう。国民の前で説明する義務がある。そう要求できる事である。
2007年10月01日
アメリカの核兵器はなぜ他の国から何も言われないのですか?
アメリカの核兵器はなぜ他の国から何も言われないのですか?
「王様は裸だ」と言った子供のように、こういう質問を子供から受けたら、あなたはどう答えるだろうか。30日の毎日新聞は、「質問タイム」という欄で、和歌山県の小学生から寄せられたこの質問を取り上げていた。その答えを紹介する前に、あなた自身、答えを考えてみて欲しい。
「アメリカは世界の警察の役割を果たす国だから、そのアメリカが核兵器を保有することは許される」、「アメリカは世界で一番強い国だから、そのアメリカに核兵器を放棄しろと誰も命令できない」、「北朝鮮やイランは危険で悪い国だから、そのような国に核兵器を持たせる事は世界の平和にとって危険だ」、「アメリカは日本を守ってくれる国だから、アメリカのすることに反対できない」・・・
いずれも答になっていない。あなたは不機嫌な顔をして言うかもしれない。そんな愚問は、大人はしない、答えるまでもない、と。そうだろうか。子供を納得させる答を見つけられずに、強引に議論を打ち切る、それは恥ずべき事ではないか。そのような態度こそこの世界に不正義をはびこらせてきたのだ。その結果、不正義に対する反抗、反撥を招いてしまうのだ。
しかも、アメリカは核兵器をただ保有しているだけではない。世界の合意に反して核実験を繰り返し、最新核兵器を開発してそれを使おうとしている。その米国に対し、唯一の被爆国である日本の政府は、被爆者や平和を願う国民の声を無視して、ただの一言も本気で核廃絶を米国に申し入れた事がない。ついこの前、米国の要人が「広島、長崎の原爆投下は、終戦を早め、これ以上の犠牲者を防いだ」と原爆投下を正当化する発言をした時も、政府は抗議はおろか一言も発する事はなかった。この現実を知った時、冒頭の質問をした子供はどう反応するだろうか。
さて、毎日新聞の論説委員、中井良則氏の答えはどのようなものであったか。残念ながら直接に答えることはしていない。そのかわり、核廃絶へ向けての一つのヒントを述べている。それは、米ソ冷戦時代には「恐怖の均衡」によって核使用が抑止されたけれど、対テロ戦争の時代になった今、核兵器がテロ組織にわたれば抑止はできない、だから、核兵器そのものをなくさなければならない、と、キッシンジャー元国務長官などの米国有力者が「核のない世界」を訴え始めた、この動きを紹介しながら、「・・・『どうせなくならない』とあきらめないで、『核兵器をゼロに』と声を広げて行きたいものです。」と、結んでいる。
そうあってほしい。しかし現実はどうか。核兵器がテロ組織に渡れば確実に使われる。かつて私がレバノンのパレスチナ難民の若者と話した時、その若者は「核兵器があったらなあ・・・。今我々に核兵器があれば、ためらいなく直ちにイスラエルにぶち込む」と真顔で話していた事が忘れられない。
その一方で、米政府内部には、たとえ核兵器がテロ組織にわたって何十万、何百万の犠牲者がでようとも、何千万の犠牲者を出さないために、テロ組織を根絶するまで戦う、と考える者がいる。その米国はまた、核兵器よりはるかに破壊力のある兵器を開発し、独占した上で核兵器を廃絶し、世界を武力で圧倒しようとしているのだ。
そのような国と、日本政府は軍事同盟を一層強化しようとしているのである。憲法9条を守ろうと叫んでいる事がむなしくなる現実が、静かに、しかし急速に進行している。