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2007年09月11日

映画評から映画を想像する

 映画評から映画を想像する

  阿久悠の惜別がメディアで語られている。驚くべき数の作品を残したものだと改めて感心する。
  映画か歌か小説家か、どれでもいいから、人の心に永遠に残る作品を一つでもいいからつくることができればどれほど素晴らしいことであろうかと思ったりする。いつか挑戦してみたいと夢を抱く。
  そこで今日のブログは映画についてである。
  9月11日の朝日新聞に沢木耕太郎の映画批評「銀の街から」が掲載されていた。その映画評を読みながら、映画「キャンディ」を想像する。
  人生は愚かで残酷なものだ。「幸せな人生はどれも同じだが、不幸な人生はそれぞれに異なっている」とは誰かの言葉である。これもその不幸の一つだ。
  不幸はとどまってくれない。不幸は容赦なく加速していく。しかし人はその不幸に、なんとか美しさを見つけようとする。ほんとうは不幸に美しさなどない。あるのは悲惨さだけである。絶望だけである。しかし人間である以上、その不幸に負けていく人間に美しさを見つけようとする。救いをどこかに求めようとする。ましてやそれが男女の恋の人生であれば。
  若く美しいふたりの男女が恋におちいるところから物語は始まる。
  詩人志望のダンと画家志望のキャンディ。
  冒頭のシーンが二人の人生を象徴する。二人は遊園地で楽しんでいる。高速のドラムの回転によって遠心力が生まれ、二人は壁に押し付けられながら幸せそうにキスをしている。だが、その壁が不意にはずれてしまうと、ふたりはどこまでもとばされていってしまうことになる・・・
  一緒に暮らしはじめたものの、ダンは定職につこうとしない。そのうちドラッグに手を染め、ダンに導かれてキャンディもやがてドラッグの常用者となる。二人に稼ぎがあるわけではない。家族や知り合いに無心してはドラッグを手に入れようとする・・・
  しかしそんな生活がいつまでも続くはずはない。質入をしたり、万引きしたり、他人の物を転売したり、果てはキャンディが売春を始めることになる・・・
  二人は徹底的に愚かである。愚かな二人の愚かな物語だ。だが、愚かさにもかかわらず二人は美しい。いや、愚かゆえに美しい、と沢木耕太郎は評する。
  二人はドラッグから抜けだそうと努力する。キャンディが妊娠する。盗んだ金で食料を買い込み、アパートの一室にこもってドラッグを断とうと必死の努力をする。希望を抱かせるほんの一瞬である。しかし、ドラッグは若い二人を手放すほど優しくはない。キャンディは死産をしてしまい、やけになった二人はまたドラッグの世界に戻っていく。
   二人はもつれあいながら、幸せだった「天国」から地上に落ち、そして「地獄」へと下降に下降を重ねていく・・・
  この映画のミソはキャンディ役のアビー・コーニッシュの美しさにある。その美しさがこの映画を美しく、痛ましくしている。キャンディの父親がダンに「おまえはあの美しい娘に何をしたんだ」となじるシーンがある。「あの美しい娘」と叫ばせるにふさわしい絶対的な輝きがキャンディにはある。その美しさがこの映画を際立たせているに違いない。

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2007年09月11日

小泉と小沢の戦いが見たい

  小泉と小沢の戦いが見たい

  私の期待が見事にはずれ、急速に次元の低い政局になってきた。総辞職発言をした安部首相が一人叩かれている。それを自民党が支えようとしない。国民も見放している。メディアも安倍批判一色だ。へそ曲がりの私は、そんな安倍首相を気の毒に思う。応援したくなる。
  この前のブログで私は小沢民主党にアドバイスをした。今度は安倍自民党にアドバイスをしたい。なぜそういう気になったか。それは民主党幹部の増長ぶりが目にあまるからだ。テロ特措法延長に反対する事の真の意味も分からずに、安倍自民党を追い込むという事だけで悪乗りしている。
  輿石東という民主党代表代行が、安倍首相の発言を捉えて、安倍発言は我々に対する挑戦である、と息巻いていた。しかし輿石は日教組に支えられた旧社会党の議員だ。旧社会党の総括も無しに生き残りの為に民主党に合流した男だ。そんな男にテロ特措法反対をいう資格はない。日米安保体制を認めながらテロ特措法延長反対を声高に叫ぶ人間を私は信用しない。
  小沢の限界は、そんな男と組まなければテロ特措法に反対できないという事だ。小沢がテロ特措法は間違いだと本気で思っているのなら、前原ら親米派と胸襟を開いて話し合い、彼らを説得してからテロ特措法に反対すべきなのだ。それを避けて似非左派と組むのはおかしい。真性左派に対する侮辱でもある。
  私の手元に興味深い記事がある。9月11日付の夕刊フジに連載されている、鈴木棟一の「風雲永田町」という記事だ。その中で、松本剛明前政調会長の次の言葉が引用されている。
「・・・いまインド洋で海自がやっていることは、テロ防止に有効な事は確かだ。アフガンだけでなく、イラク、南東アジア全域のテロを封じている。ただしこれは6年前にテロ特措法ができた時の趣旨から違った(外れた)事をやっているとも言える・・・いまやインド洋そのものが戦場で、アフガンを応援している法律で艦船を出しているのにはやや無理がある。正面からルールを決めてから動かさなくては・・・」
  これは凄い発言だ。テロとの戦いは正しいから、それを支援しなければならない、古い特措法を変えて、米国のテロとの戦いに堂々と協力できる新たな法律をつくるべきだ、そう言っているのだ。民主党は日米同盟の是非を巡ってまったく矛盾している政党なのだ。
  このような発言を公言する議員たちを説得しようともせず、旧社会党の議員と安易に手を組むという小沢一郎の手法はやはり邪道である。自民党はここを衝くべきだ。日米同盟の重要性について徹底的に小沢民主党に議論を挑むべきだ。あなたはいつから左翼の考えに同調するようになったのか、日米同盟を重視していた自らの主義主張を捨てたのかと。これは小沢にとって最も痛いところだ。
  そしてその役割を小泉前首相にさせるのだ。いまこそ小泉前首相を引きずりだすべきだ。いくら小泉が嫌がっても、頼み込んで引きずりだすべきだ。どんなに自民党が小泉にアレルギーがあるとしても、土下座してでも頼み込むことだ。そして小泉前首相が少しでも自民党に恩義を感じるなら、ここは義侠心を出してお返しをすべきだ。もし小泉が登場し、「テロ特措法は日本の命だ!」と叫べば、郵政改革に騙された国民の多くは今でもその気になるに違いない。小泉がそれをやるなら、あれほど批判してきた私はその小泉を見直す。
  私は悲しい。日本の将来を左右する日米同盟関係の是非について、真の議論なく世論に媚を売る形で低次元の政争が始まろうとしていることを。
  ええい、どうせ次元の低い日本の政治だ、政治家だ。それをまた面白おかしく報道する日本のメディアだ。いっそのこと、テロ特措法延長の是非を巡って、小泉前首相と小沢民主党代表のガチンコ勝負によって決着をつければいいのだ。安倍首相が唱えるテロ特措法延長が国民に受け入れられなくても、小泉前首相が延長すると言えば、国民はそれを支持するかもしれない。日米同盟の意味などどうでもいいのだ。そうなればこれはもう冗談だ。しかし所詮国民の意識はその程度なのだ。テロ特措法に反対しても在日米軍の存在には反対しないのだ。
  劇場政治に徹するなら、徹底的に徹してみるのもいい。そう割り切ると人生は悩まなくてよい。腹もたたない。

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2007年09月11日

ラ・パロマの曲が聞こえる

  ラ・パロマの曲が聞こえる

  いきなり唐突な事を書いてみる。このブログを毎日書き続けることは結構しんどいことだ。何がしんどいか。それは毎日その日のテーマを見つけて、誰からも文句の言われないブログを書こうと頑張るからだ。
  光市殺人事件の事を書いた8日のブログについては、一斉に批判のメールが来た。このブログの読者からくるメールであるから、さすがにバカヤローとか死ねとかいう低次元のものはない。それぞれもっともなメールだ。
  謙虚な(?)私は、そのようなメールからも学び取ろうとする。極力返事を書こうとしたりする。しかし批判を受けることはいい気がしない。馬鹿らしいから、そろそろブログを書くことを止めようかと思ったりもする。
  そんな時、なぜかラ・パロマという曲が聞こえてくる。私はこの曲が一番好きだ。クラシックもオペラもジャズもスタンダードも演歌も好きな曲は多々ある。しかしこの曲を聴くと私はすべてを忘れる事が出来る。心がなごむ。あのメロデーに私の外交官人生の遠い思い出が蘇ってくる。途中で頓挫してしまったが、悲しく、甘く、そして何かを追い求める懸命な外交官であった自分を思い出す。自分の人生そのものを感じるのだ。

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